NPB

2017/03/20

NPBは永久欠番を出し惜しみすぎ?

https://www.daily.co.jp/baseball/carp/2017/03/19/0010013042.shtml

黒田氏、広島ナインに魂注入! 日本ハム倒して日本一に “引退試合”で夢託した

                         

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 昨季限りで現役引退した前広島の黒田博樹氏(42)が18日、広島-日本ハム戦(マツダ)の試合前に広島の緒方監督やコーチ陣、ナインとともに昨年のセ・リーグ制覇のチャンピオンリング贈呈式に参加。その後、背番号「15」のユニホームを着て始球式も行った。元チームメートらには、日本ハムにリベンジを果たしての日本一という夢を託した。

 スーツ姿の黒田氏がグラウンドに姿を見せると、真っ赤に染まったスタンドから大歓声が巻き起こった。

 この日は「黒田博樹特別試合」と銘打たれ、広島の首脳陣、ナイン全員が背番号「15」の特別ユニホームを着用。マツダに凱旋した“レジェンド”を一目見ようと、スタンドにはオープン戦としては異例の観衆2万8051人が詰めかけた。

 試合前にマウンド付近で行われたチャンピオンリングの贈呈式。最後に名前を呼ばれて登場した黒田氏はリングを受け取り、緒方監督や選手全員とがっちり握手。その後、背番号「15」のユニホームを上だけ着ると、一塁側のベンチ前で新井とキャッチボールで肩慣らし。始球式では山なりのボールながら、しっかりとストライクゾーンに投げ込んだ。

 ボールを握るのは1月15日の名球会東西対抗戦(宮崎)以来という黒田氏は「やっぱりいいものですね。スタンドも盛り上がっていて気持ち良くマウンドに上がれた。マウンドに立って、また(野球が)やりたくなった」と心が揺さぶられた様子。背番号「15」を全員がつけたことには「すごくうれしい半面、恥ずかしい感じもある。セレモニーをしていただき感謝している」とほおを緩めた。

 現在は家族とともに米ロサンゼルスに住んでおり、暇な時はウエートトレーニングで汗を流している。「現役時代は体のバランスを考えながらやっていたけど、今は健康のためにやっています」と苦笑いで明かした。

 この日、広島は日本シリーズで敗れた日本ハムに惜敗。黒田氏は元チームメートに「昨年はあと一歩で日本一を逃したので、まずはリーグ連覇して、日本シリーズでファイターズにリベンジしてほしい。これからもOBとして、ファンとしてカープを応援していく」とエール。3・31開幕が迫る中、“黒田魂”をしっかりと注入した。

ノムさんが「永久欠番なんて俺(の成績)を超えてからにしろ。」とか言っていた様ですが、彼その人は成績自体は文句なしながらも女性問題あったし、球団自体が身売りして、本拠地も移転してしまいましたからね・・・・・・近年は西鉄時代のライオンズを皮切りに(?)身売り前の歴史も尊重される様になって、ノムさんも門田氏らと共に南海時代のユニフォームを着て公の場に姿を現した事もあった様ですが・・・・・・・・

日米通算をあたかも公式記録であるかの様に扱う(特に一般的にレベルが高いとされている方のリーグで全て積み重ねたかの様に扱う事)のにはどちらかと言えば否定的ですが、今まで積み重ねてきた事への証左には確かになる。価値がないのかと言えば、決してそんな事はない。黒田氏もNPB在籍経験者では「唯一の先発だけで200勝を達成した大卒選手」(杉下茂氏や村山実氏みたいに救援での勝利数を含んだ人を対象にしても5人目)だし、最晩年に古巣に戻って24年ぶりの優勝に貢献したのだから、この永久欠番にも全く異議なしであります。しかし、それなら創設期からしばらく球団を支えた長谷川良平氏や黄金期の大黒柱だった北別府学氏だって永久欠番に指定されてもおかしくありません。

しかし、別に球団それぞれどういう条件を設けようかも自由ですが、たとえばNPB一の大正義、もとい常勝球団である巨人はもっといてもおかしくなさそうなのが5人しかいないし、ヤクルトにいたっては若松勉氏や古田敦也氏ですら生え抜きまたはFAで獲得した選手かつ推薦が必要な準永久欠番扱いである様ですが、NPBはMLBと比べて永久欠番を出し惜しみしている感もあります。だから、ノムさんみたいに一部黒田氏の永久欠番に違和感を隠せない人も出てくるのでしょう。MLBなんかヤンキースはジーター氏が野球殿堂入りすれば一桁皆永久欠番になりそうだし、レッドソックスもかってはもっと厳しい基準があったのに2000年のカールトン・フィスク氏以降は緩和されている。レッズにいたっては残念ながら本来ギャンブル好きで野球賭博もクロだったピート・ローズ氏も最近指定されたし・・・・・・・・・

ローズ氏でもOKならば、ノムさんも女性問題とか永久欠番ダメな理由には全くならないし、ヤクザに1億払った原辰徳氏もOKでしょう。また、大下弘氏や中西太氏は一時準永久欠番の扱いを受けた筈が、数年後に失効となってしまった様ですが、黒田氏のこの永久欠番指定もまた、過去の名選手達にも改めてスポットとか当てられれば・・・・・・・ですね。現在も殺人で刑務所に服役しているらしい、小川博氏の様な不名誉永久欠番の例もある様ですが・・・・・・・・

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2017/01/30

中日、2017年新ユニフォーム全公開される

http://dragons.jp/news/2017/uniform2017.html

サードの昇竜ユニフォームは悪くないデザインだと思いますが・・・・・・・一番先に公開されたホーム用からロード用もどういうデザインになるか想像ついたけど、まあその通りと言うか、落合時代(04年型)のマイナーチェンジ版みたいで新鮮味には欠けますね。中日のユニフォームってまた、監督が代わる毎に前任監督カラーを一掃する様なデザインのユニフォームがしばしば採用されている感がある(まあ、星野時代のドジャーススタイルも15年型同様1950年代の先祖返りとも言えるし、故・川上哲治氏入団時のユニフォームを基にした巨人61年型を意識したであろうダブルラインのユニフォームを採用していた事もあったけど)けど、今回のこの落合カラーの「復活」はGMとしてはダメだったながらも監督としてはたとえそれが遺産含みだったとしても球史最高の黄金期を築いたから、あの強さをもう一度・・・・・な待望故だったのでしょう。実際現監督が落合氏が連れてきた森繁和氏その人ですからね。果たして新ユニフォームでドラゴンズは「燃え」て、元チームメートでコーチとしても横浜・中日でついこないだまで同僚だった辻新監督率いる西武との13年ぶりの日本シリーズ対決は実現するか?

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2017/01/28

2017年NPB公式戦日程、試合開始時間が発表される

http://npb.jp/games/2017/

最初交流戦、その次セリーグときて最後パリーグの順だった様ですが、いよいよ今年のNPB公式戦、試合開始時間付き日程が発表されましたね。今年は4月29日と9月23日が土曜と重なる祝日で、5月5日と8月11日も3連戦の初戦日なのも多少は影響しているのか、セリーグ主催試合でのデーゲーム試合数はやや減少した様です。

2004年9月23日の横浜戦で、11年ぶりにビジターデーゲームを体験した巨人は今年の予定デーゲーム数は数え間違っていなければ35試合で、2004年以降、2005年は9月の横浜戦、2006年は4月の中日戦等次第にデーゲームが増えていって、2008年には20試合となりましたが、2009年以降は順に2016年まで30、38、35、38、34、37、40、39ともう全試合の4分の1はデーゲームなのが当たり前になってきている感があります。今年は予定試合数は前述のセリーグ主催試合でのそれ同様、過去3年と比べて減少はしましたが、他にも7月9日、9月2・3日での神宮球場でのヤクルト対広島戦等では17時開始の薄暮試合が組まれていたり、楽天主催試合では例年の開幕直後本拠地主催カード以外にも4月11日の郡山での西武戦や7月16日の秋田での日本ハムも平日デーゲームで、盛夏期では8月26・27日の日本ハム戦等16時開始の試合も組まれているのが特徴的(?)でしょうが、6月27・28日に山形・福島でのヤクルト対巨人戦も・・・・・・巨人は昔から1990年~2000年代前半を除いて地方遠征はどちらかと言えば多かった方で、主催の東北遠征カードが組まれていた年も多かったし、ビジターでも去年等秋田でのヤクルトとの2試合カード組まれていたけど、秋田以外での東北ビジターって近年無かったですよね?大昔ではミスターがデビューした1958年7月15日での、当時県営宮城球場(現・KOBOパーク宮城)で大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)と平日ながらダブルヘッダー消化した等の例はあった様ですが・・・・・・・・

交流戦は一昨年・去年同様ホーム・ビジターどちらかで3試合ずつ戦う18試合制で、日程終了はセリーグが10月1日、パリーグが10月5日予定な様ですが、やや間延びしすぎています。まあ特に中日、ヤクルト、横浜、広島、特に最後の2球団は概して交流戦の成績も悪いし、巨人・阪神戦となるべく多く対戦したいという事でだんだん削減されているのでしょう。

なんJでしたね。あるサカ豚が「たった6球団で優勝争う野球なんて何が面白いの?」なんてスレ立てていて、まあこういう人種は無視するのが一番のクスリ(正論でレスしていた人もいたけど、サッカーファンというよりは相手がどう反応するか楽しんでいた愉快犯でしょうしね)なのでしょうけど・・・・・・・・このサカ豚の言動自体にはうんざりさせられて、もう途中で見るのを止めたながらも、NPBの場合、同一リーグチームとの対戦数が少々多すぎて、マンネリである事を改めて認識させられたのもまた事実ではありました。

長く130試合制が定着していた1996年まではそれでも良かったのだろうけど、1位とのゲーム差等に関係なく3位チームまで参加出来る上に、20試合以上対戦している相手とまた・・・・・・ではプレーオフの正当性が弱いのも否めないでしょう。そういう意味ではその意図とは別にこのサカ豚の煽りもいくらかは問題提起にもなってはいたのでもあり、2005・06年は22回総当たり(パリーグは20回)+交流戦36試合の146試合制(パリーグは136試合制)だったのが、いつの間に25回総当たり+交流戦18試合の143試合制とどんどんバランス悪くなっていますが、これならリーグ戦23回総当たり+交流戦30試合の145試合制にでもした方がまだベターでしょう。

この場合でもホーム・ロードの試合数が年によって1試合どちらかが多くなるまたは少なくなる不均衡は起きてしまうのですが、リーグ戦は4クールにして、その4クール内で予定日程を組んで(9月末以降に雨天中止とかになったわけでもないのに予め追加日程を極力組まない)、交流戦は前年の同じ順位(例えば、今年の場合広島VS日本ハム、巨人VSソフトバンクの様な)以外の5チームとの6回総当たり、または隔年でホーム3・ロード2、ホーム2・ロード3を入れ替える6チームとの5回総当たりにして、開催期間は5・6月(Ⅰ期)と子供達が夏休みの8月(Ⅱ期)に分けるのです。今年の場合だったらⅠ期は2クール目を6カード消化した後の5月26日~6月11日、Ⅱ期は8月4~20日です。そしてⅠ・Ⅱ期ともに1回は月・火、水・木の4日間を各2連戦2カード消化し、金・土・日は必ず3連戦になる様にします。例えば、実際の昨年、去年の日程を基にした、巨人の場合・・・・・

(Ⅰ期)

5/26・・・・@楽天
5/27・・・・@楽天
5/28・・・・@楽天
5/29・・・・西武
5/30・・・・西武
5/31・・・・@オリックス
6/1・・・・@オリックス
6/2・・・・@日本ハム
6/3・・・・@日本ハム
6/4・・・・@日本ハム
(6/5移動日)
6/6・・・・@ソフトバンク
6/7・・・・@ソフトバンク
(6/8予備日)
6/9・・・・ロッテ
6/10・・・・ロッテ
6/11・・・・ロッテ

(Ⅱ期)

8/4・・・・オリックス
8/5・・・・オリックス
8/6・・・・オリックス
(8/7移動日)
8/8・・・・日本ハム
8/9・・・・日本ハム
(8/10移動日)
8/11・・・・@西武
8/12・・・・@西武
8/13・・・・@西武
8/14・・・・楽天
8/15・・・・楽天
8/16・・・・@ロッテ
8/17・・・・@ロッテ
8/18・・・・ソフトバンク
8/19・・・・ソフトバンク
8/20・・・・ソフトバンク


連戦が続いてキツイかも(でも、Ⅱ期は関東ばかりで移動は楽ですね)しれませんが、期間が終了したら数日間の予備日なしにすぐリーグ戦に戻ります。この期間に交流戦消化しきれない場合はまた後日元々試合が予定されていない移動日に残り試合を開催して消化します。まあ一番良いのは、もう既存のセ・パ両リーグの概念を一時取っ払って、まず3地区制(タイトルやオールスター等はセ・パの概念を使用すればいい)にして、次に球団拡張してセ・パ各7の14球団制とし、余ったチーム同士常時交流戦を行う、そして最終的には東西地区制の16球団制とし、日本シリーズの前に地区優勝したチーム同士でリーグ優勝決定戦を行う。15~20年かけてでもこういう流れに持っていくのが一番の理想なのですが、しかし、東京や大阪とか特定の都市圏に人口が集中している日本ではやはりなかなか難しいのだろうなあ、しかし、既存のCS制度では、似たルールのKBOはペナントレース優勝チームは無条件で韓国シリーズに出場できるからまだ良いとして、消化試合を減らしたい目的は理解は出来ながらも不合理さも目立つし、いずれかは何らかの改革をしなければいけない時は必ずやってくるとも思います。監督の存在自体が既にハンデ(個人的には嫌いな人ではないけど、もっと適役な人を見つけられなかったのか)である様なWBCも、メジャー組は殆ど不参加を表明している様ですが、変化を恐れて現状に固執する様ではNPBのマイナーリーグ化も進む一方でしょう。いい加減今こそ、色々な面で改革が問われる時だとも思います。

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2017/01/17

野球殿堂×判官びいき×落選者達?

https://thepage.jp/detail/20170115-00000002-wordleafs?utm_expid=90592221-74.fuXON9qkQKOlkl5SDh-FzQ.0&utm_referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.co.jp%2Furl%3Fsa%3Dt%26rct%3Dj%26q%3D%26esrc%3Ds%26source%3Dweb%26cd%3D1%26ved%3D0ahUKEwiw0KO1lcnRAhXEGJQKHUGbC3kQqQIIGzAA%26url%3Dhttps%253A%252F%252Fthepage.jp%252Fdetail%252F20170115-00000002-wordleafs%26usg%3DAFQjCNF3mi9rAbG1j88gwVg6me-rCLw48A%26bvm%3Dbv.144224172%2Cd.dGo

原氏、立浪氏は、なぜ野球殿堂入りができなかったのか?

2017.01.17 05:00

                     

 

 

 

 

         
                                 

平成29年度 野球殿堂入りしたメンバー

                

 公益財団法人、野球殿堂博物館は16日、東京ドーム内の野球殿堂博物館で平成29年度の野球殿堂入りを発表した。プレーヤー表彰では、元西武の捕手で現在千葉ロッテ監督の伊東勤氏(54)が選ばれ、監督、コーチの退任後6か月以上、引退後21年以上を経過した人を対象とするエキスパート部門では、中日、阪神、楽天の3球団で優勝監督となった星野仙一・楽天副会長(69)、元大洋ホエールズのエースで、カミソリと恐れられたシュートを武器に通算201勝を果たした平松政次氏(69)の2人が殿堂入りした。晴れやかな受賞式の一方で注目が集まったのは、元巨人の原辰徳氏(58)と、元中日の立浪和義氏(47)の落選だ。

 原氏はエキスパート部門で初の候補者となったが、62票の次点に泣いた。またプレーヤー部門で、昨年度は伊東氏と1票違いの171票を集めていた立浪氏も、今回は217票で伊東氏に大きく水をあけられ、有効投票数の75パーセント以上とされている当選ラインの250票に33票も足りなかった。

 原氏は2年前にも、プレーヤー表彰で243票を集めながら、わずか6票足らずに次点に終わった。プレーヤー表彰の資格を失い、今回は7度のリーグ優勝監督、3度の日本一監督としてエキスパート表彰にノミネートされたが、当選とはならなかった。

 エキスパート表彰は、星野氏も今回が再資格を得て3年目での当選、平松氏も無効票が1つなければ落選というギリギリで滑り込んだほどの狭き門。殿堂入りの約30人、殿堂入り委員会の幹事、野球記者歴30年以上の野球記者の合計120人の資格者が5人連記の形で投票、有効投票数の75パーセント以上を必要とするので、決して簡単ではないのだが、WBCで世界一監督にもなっている原氏の落選には、なぜ? と疑問視する声が挙がっている。

 平松氏も「原も候補に入ってきたので先に追い抜かれると思っていた」と殿堂入り後に語っていたほど。

 すでに殿堂入りをしていてエキスパート表彰の投票権のある元巨人で、ヤクルト、西武で監督も務めた広岡達朗氏は、今回、原氏に投票したという。

「私は、5人を書かずに原一人だけの名前を書いた。11年で7度の優勝、3度の日本一、その功績もさることながら、巨人でクリーンナップを打ち、正力松太郎氏の意思を受けつぎ、真正面から野球に向かいあう巨人の正しい野球を継承してきた人物。殿堂入りするに値する実績を残して野球界に貢献をしてきた。
 これまで殿堂入りしてきた人物には、なぜ、この人が? という人物もいるのに、入るべき原が当選しないのは、投票者の見識を疑う。星野、平松、伊東については、その実績がちゃんと認められたのだと思うが、投票資格を持つ人々には、尊い1票をちゃんと入れなさいよ、と言いたい」

 今回、エキスパート部門で最大5人まで連記可能の連名の平均は、4.2票だった。
 独自の価値観で1人しか書かない広岡氏のような人がいるので、より狭き門となっているのではあるが、原氏のように選ばれて当然の名前が、選出されるのに何年もかかるようなシステムは、どこかに問題があるのかもしれない。 

 また関係者の一部には、エキスパート表彰に投票のできる委員は、記者歴30年以上など、ベテランで年配の方が多いため、選考基準が以前のプレーヤー表彰だけしかなかった時代と、ごっちゃになっていて、まだ現役時代の成績などに強くこだわっているような人もいて、原氏の監督としての評価をクローズアップすることができていない可能性もあるという。

立浪氏も、PL学園からドラフト1位で指名された1年目から星野監督に抜擢されて衝撃的なデビューを果たし、3拍子揃ったショートストップとして“ミスタードラゴンズ”と呼ばれる活躍を見せた。

 通算2480本安打は歴代8位の記録で、まだ資格のない金本知憲・阪神監督を除き、上位の6人は全員が殿堂入りを果たしており、中日の生え抜きOBとしては、同じく殿堂入りをしている高木守道氏よりもヒットを打っているにもかかわらず今回は落選となった。プレーヤー表彰に関しての投票権のない広岡氏は、立浪氏に関するコメントを残さなかったが、投票権を持つ筆者は、彼には入れなかった。

 理由は、一昨年、球界を騒がせたグラウンド外の問題で、彼の名前も取り沙汰されるなどした件で殿堂入りの資格という点で少し躊躇したからだ。真偽のほどは定かでなく、あくまでも疑惑の段階で、週刊誌などに報道され、彼にとってはいい迷惑だったのかもしれないが、今回、伊東氏よりも票が伸びなかった理由には、私がそうだったようにコンプライアンスの問題が多分に含まれていたのではないか、と推測する。

 覚醒剤の問題で逮捕された清原和博は、今回、殿堂入りの候補者リストから外された。立浪氏に投票しなかった人間が、こういうことを書くのは矛盾しているかもしれないが、立浪氏は候補者リストに入っている以上、そういう予断を投票の判断に含めてはならなかったのかもしれない。

 いずれにしろ殿堂入りの投票に関してのガイドラインは、以前として曖昧なまま。この部分をハッキリとさせない限り、今後も、この人がなぜ? の意外な落選が続く可能性を否定できない。

 (文責・駒沢悟/スポーツライター)
 

過去エントリーでも述べましたが、平松氏が評価されているのには・・・・・・・勿論実際残した実績は凄いものがあります。同じ200勝なら弱いチーム(甲子園優勝投手でもあるが、プロでは優勝経験はなく、Aクラスも5度。内4度は別当薫監督時でしたが)での方が価値があるのも分かりますが、何より第三期黄金期にあった巨人相手に50勝以上しながら勝ち越してもいる。これも間違いなく平松氏だけの「立派な勲章」です。ベースボールマガジン2008年7月号でのインタビューでも、選手生活晩年は故障との戦いで200勝までの道のりが辛かったという様な述懐をされていましたが、もっと早く殿堂入りしてもおかしくなかった人です。

しかし、平松氏>堀内氏ではありますが、堀内氏も何度も優勝争いの中、彼や江夏氏、松岡氏らエース達と何度も投げ合いしてきた中でその栄光を掴んできました。彼らを含んだ一定レベル以上の主力投手たち(防御率がリーグ平均以上で、先発登板数が16試合以上。何故16試合なのかと言うと、1967年の堀内氏の先発登板数で、それは78年まででは規定投球回数には達していながらも最小だったから)との投げ合いでは、全試合平均よりも援護点をもらえなかったシーズンだって何シーズンもあったし、何よりポストシーズンでは2年連続日本シリーズMVPや通算登板試合数等の輝かしい記録をいくつも保持しています。

異論が大いにあるのは百も承知です。「今度は何言ってんだこいつ」な感じで聞いてもらえる程度で全然構わないのですが、彼ら名投手たちへの評価も日本人特有の判官びいきも背景にある様に改めて思えます。どちらかと言えば、理非の冷静な判別よりも感情論や印象論に走り、実態よりも甘くなってしまいがちなのです。

勿論今回の殿堂入りで改めて平松氏を評価している野球ファンが皆アンチ巨人とかではないのでしょうが、現実として今まで殿堂入りしてきた、またはそれに相応しい名選手達がプレイしてきた時代は巨人一極集中の歪な時代でした。テレビ中継だって特に地方は巨人戦しか殆ど放送しない。自民だって大都市圏よりは群馬とか新潟とかの地方の方が強い様ですが、巨人もこれでは巨人ファンが大量発生したのも無理もない一方で、既にV9末期には湯口事件も起きていたけど、江川事件、桑田事件、自球団に明らかに有利なFA・逆指名、野球賭博ETC・・・・・・・・・巨人VS他セリーグ5球団が大半だったテレビ中継に加えて、巨人がただのヒーローならまだともかく、現実はヒールな面もかなり強い事も相まって、良い面ばかりを強調して、悪い面は半ばスルーする確証バイアスに陥ってしまうのです。

そういうバイアスに陥ってしまう奴はバカなのだではなく、誰しもそういう危険性があるもので、故・天本英世氏もアンチ巨人のヤクルトファンだったらしいですが、同世代でもあるミスター(長嶋茂雄氏)とは選手時代から日本シリーズでも何度か対戦してきたノムさん(野村克也氏)が、私から見れば、選手としては相応でも監督としては実態以上の評価を受けていて、星野仙一氏も事あるごとに「監督時代の実績は野村の遺産」とか言われている(星野氏もブランク置かないで同一リーグ球団に監督移籍したノムさんの事批判したくせに、自分も間もなく同じ事したのもノムさんフリークからの反感材料となっているのだろう。噂の真相でもそのくだりについても書かれていたけど)のもぼやき等本人の独特なキャラもあるけど、巨人たたきを営業にもして、しばしば巨大補強も何度かやった巨人を倒した姿をテレビ中継等で見せつけていたからだし、これもこのブログを始めた直後に指摘して、実際は彼はそこまであの時代の投手としては突出していたまでの成績を残したわけではなく、水爆打線をバックにしたシーズン39勝や故・藤村冨美男氏がまだバリバリ四番張っていた頃の大阪時代等決して援護にも全く恵まれていなかったわけじゃなかったのに、故・佐野洋氏が十番打者で故・真田重蔵氏はあたかも、強豪チームでのプレイに恵まれなかっただけで、故・別所毅彦氏とも肩を並べるほどの大投手であると過剰評価したのもそうした判官贔屓故の確証バイアスだと思います。

佐野氏のこの過剰評価については、故・千葉茂氏もあからさまに反対したほど強引な引き抜きで巨人に入団し、概ね順風満帆な現役生活(指導者としては成功したとは言い難かったが・・・・・)を過ごした別所氏と戦前から参加していたのに、所属していた球団自体、水爆打線も一瞬の夢、対等合併だった筈が発表時点で既に消滅球団となってしまっていたり、2リーグ分裂のゴダゴダで選手を引き抜かれたチームに所属していた真田氏の「境遇の差」が大きな背景なのでしょうが、堀内氏についても、殿堂表彰者決定直前の記事でのヤフコメ民みたいに同世代ではあるけど、直接関係ない場面で否定的に引き合いに出す人達が正当に評価しているとは正直思えないのです。実際既にベースボールマガジン社刊「連続写真で見るプロ野球20世紀のスター100人の群像Ⅱ」でも堀内氏について以下の様に指摘されていました。(一部引用)

「ONをはじめ野手に強力メンバーがそろっていたこともあり、その実績に比して正当な評価を受けていない部分もある。あれだけのバックがそろっていれば勝って当たり前という意見である。しかし、当時のメンバーで200勝を挙げたのは堀内だけ。低い評価があるとすればそれは間違っている。(中略)どれほど選手層が厚くても、9連覇が容易でない事は過去の歴史を見ても分かる。その中でエースとして投げ続けた堀内に、もしも低評価があるとすれば、それは不当な評価と言えるだろう。」


まあそろそろ「お前いい加減ムキになり過ぎ」とか突っ込まれそうだし、平松氏と堀内氏の話はいい加減ここで止めますが・・・・・・・・・・アメリカでもブレーブスのシャーホルツ球団社長とセリグ元コミッショナーが野球殿堂入りを果たして、一方でバリー・ボンズ氏とロジャー・クレメンス氏は今年も落選とステロイド全盛期の名選手達への逆風は依然止まない様です。しかし、それを言うならば、ハンク・アーロン氏やマイク・シュミット氏とかだってアンフェタミンを服用した事があったらしいし、落選したのは明らかに怪しいのに薬物服用を認めなかった事以外にも人間性にも問題があると見なされているのか。まあ、それを言うならば情状酌量の余地も(トミー・リー・ジョーンズ氏主演の映画でもそういう悲しき過去も良く描かれていましたが)ありながらもタイ・カッブ氏とかオーランド・セペダ氏も微妙なのですが、平松・星野・伊東各氏の殿堂入り共々シャーホルツ&セリグ両氏の殿堂入りもおめでとうございますです。

その一方で、この記事でも原辰徳氏と立浪和義氏の落選について言及されていましたが・・・・・・・・・実績だけを見れば、原氏は確かに川上・王・長嶋各氏のレジェンドクラス(彼らはたまたま切れ目なく巨人に入団したにすぎないしね。川上氏は入団時は投手、王・長嶋両氏は他所の球団に入団する可能性だってあったし)と比べれば物足りなく感じられるだろうし、ましてや長嶋解任&王引退直後に入団してしまったから前述のテレビ中継等も相まって余計凡打した悪いシーンばかり印象に残ってしまってその点では損をしているし、監督時代も確かに戦力には恵まれてはいましたが、それでもV9以降リーグ3連覇を二度もやった監督なんてそうはいないでしょ?WBCでも優勝監督になっているのも無視できまい。監督時代の実績も加味してギリギリ基準を満たしたと言った所ですか。しかし、「弱いチームで一度監督やれ。」とも言った事もあった広岡氏があそこまで高評価していたのは意外でしたが。2007~14年の巨人は第四期黄金時代と評しても差し支えないながらも、連続日本一は未だにV9の1973年が最後ですが、「日本一になってやっと正力さんから褒めてもらえた。」ともしばしば言っていたしね。広岡氏って。氏はまた、CS制度には否定的な様だから、2007年と2014年に日本シリーズに出場できなかった(そして皮肉にも中日が53年ぶりの日本一となり、阪神も戦後15~20年に1・2回しか出場できないジンクスが無くなった)のもそんな元々マイナス評価にはなってはいないのでしょう。「尊い1票云々」は政治家の選挙じゃあるまいし、何を大袈裟なとも突っ込みそうにもなったけど・・・・・・・・・

立浪氏は個々のシーズンでは突出したほどの成績ではなかったながらも、長くミスタードラゴンズとして活躍し、チームにはなくてはならない顔でした。特に二塁打を量産した中距離打者で、コーチ・監督になってもおかしくなかったのですが・・・・・・・・・・・・何故後者はコンプライアンスとやんわり言及したのに対して、前者は・・・・・と思いきや、以前にも引用したこの記事のライターはスポーツ報知OBだから巨人や巨人OB寄りの記事になるのは当たり前(まあ、キムタク上げ提灯記事の方がもっと露骨ですがね。今度の主演ドラマも、あれだけ他にも老若男女有名どころ集めて、初回視聴率が14.2%?だけど)なのですが・・・・・・・・ヤクザの娘とも言われているファンの女性とのできちゃった婚や梅宮アンナ氏との不倫以外にも色々週刊誌にも書かれた黒い噂がある後者もなかなかエグいわですが、前者もあのヤクザに1億円渡した件なんかもどーみても正力(松太郎)氏の言う紳士のやる事ではないですからね。これで殿堂入りできるのならば、平松氏が今まで殿堂入りできなかったのも、堀内氏とどっちが上かとか抜きにしてもおかしいけど、清原氏がその対象からも外されてしまったのもそれ以上におかしいですからね。原氏の、主に現役時代の成績への否定的な意見にはそれなりに擁護はしますが、この1億円の件はさすがに無理です。そう言えば、息子は今度は麻布十番嘉YOSHIというレストランで店主として働いている様で、あの海水浴を楽しんでいた頃と比べるとふっくらした様なですが、今度こそ長続きするのですかね。今度はマイナーだけど、70過ぎまで長生きした某新撰組隊士も演じるらしいフクシ(落合福嗣氏)の方が全然マシだぞ、今の所。せいぜい頑張れよ!!だけど。まあそれはともかくとして、来年は誰が新たに野球殿堂入りするのか、もっともっと陽の当たらない感がある面々も再評価され、これからも国民的娯楽としての野球の発展に寄与する事にもなれば・・・・・・・です。

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2017/01/14

史上最強の巨人キラー、平松は今年こそは殿堂入りできるだろうが

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170111-00000003-wordleafs-base

野球殿堂7不思議の落選を続けた星野氏、原氏、平松氏の殿堂入りはなるか

THE PAGE 1/13(金) 5:00配信    

 今年度の野球殿堂入りの表彰者が16日、野球殿堂博物館より発表される。すでに発表されている平成29年の野球殿堂入り候補者は「プレーヤー表彰」が16人、「エキスパート表彰」が14人の計30人。選出は「プレーヤー」は野球記者暦15年以上の記者、「エキスパート」は過去の野球殿堂入り者、表彰委員会幹事、野球記者暦30年以上の記者の投票によって行われ、共に3分の2以上の有効投票で、75%以上の得票を得た候補者が殿堂入りを果たすことになる。

 今年度の「プレーヤー表彰」の有力候補は、現・千葉ロッテ監督で、西武の現役時代には3拍子揃ったハイブリッド捕手として捕手の概念を変えた伊東勤氏(53)と、中日一筋で通算2480安打、歴代最多の487二塁打の記録を持つ“ミスタードラゴンズ”立浪和義(47)の2人。伊東氏の通算134盗塁は捕手の歴代最多で西武の監督としても日本一に輝いている。昨年度の投票でも伊東氏が172票、立浪氏が171票を獲得しており、今回は、共に当選の可能性が高い。

 それよりも注目は、監督、コーチ、審判の引退後6か月以上経過している者、プレーヤー表彰の有資格者だった者で引退後21年以上経過した者が対象となる「エキスパート表彰」だ。

 殿堂入りの“7不思議”と言われるような落選を続けていた星野仙一・楽天副会長(68)と、元大洋の平松政次氏(69)、そしてプレーヤー表彰で、選出されないまま2年前に資格を失っていた元巨人の原辰徳氏が、エキスパート部門で復活選出されるかどうかに注目が集まっているのだ。

 星野氏は、監督として中日、阪神、楽天の3球団に跨って優勝に導きながら、なぜか2年連続で落選していた。3チームで優勝を果たしたのは故・三原脩氏、故・西本幸雄氏と過去に3人しかいない。監督としての通算1181勝は、歴代10位の記録である。その三原氏、西本氏だけでなく、上位の9人全員と通算勝利数では13位の故・仰木彬氏も2004年に殿堂入りしている。実績だけでなく、闘将と呼ばれる強いリーダーシップなどファンに対する印象度から行けば、殿堂入りになんら不足はない。しかし不思議と票が集まらなかった。

 またカミソリシュートを武器に大洋ホエールズ(現横浜DeNA)のエースとして201勝を挙げている平松氏も弱小チームで記録した201勝という価値ある数字が評価されず、昨年度の投票では、平松氏が次点の70票、星野氏は69票で、それぞれ13票と14票が75パーセントの得票ラインに足りなかった。

 また原氏はプレーヤー表彰でエントリー最終年だった2015年には243票で、当選にわずか6票及ばずに落選した。ちなみにその年度の殿堂入りは古田敦也氏だった。

 巨人での現役時代の原氏の打撃成績は、通算1675安打、382本塁打、タイトルは打点王、新人王くらいで物足りないかもしれないが、伝統ある巨人の4番を務めたインパクトに加え、巨人の監督としてリーグ優勝7度、日本一3度に輝いている。それらの実績を踏まえると選出されても不思議ではなかったが、エキスパート表彰が作られてから、監督としての実績をプレーヤー表彰の選考基準に含むかどうかのガイドラインが曖昧となっていて、なぜか選ばれなかったのである。だが、今回、候補者となったエキスパート表彰は、監督、コーチ、審判の実績を讃えるものなので、もう、その部分での議論の余地はないだろう。

 エキスパート表彰は、メジャーのベテランズ選出を参考に過去に殿堂入りから漏れた功労者の掘り起こしと、監督、コーチとしてプロ野球の発展に多大な貢献をした人の殿堂入りを目的にして2008年に制定されたもの。過去9年の表彰者は、故・青田昇氏、故・江藤慎一氏、故・皆川睦雄氏、外木場義郎氏、故・榎本喜八氏のたった5人。2014、2015年の2年間は該当者がなかっため、投票に関する規約が変更され、投票の際の連記人数が3人から5人に増やされて、昨年度、故・榎本喜八氏にようやく光が当たった。
 
 エキスパート表彰の投票者は、過去の殿堂入り者、表彰委員会の幹事、記者暦も30年以上の記者と、選りすぐりのメンバーになっていて、プレーヤー表彰の投票資格者が345人に対して、エキスパート表彰のそれは120人と少ない。現在は、一人が5人連記で投票を行うが、75パーセント以上の得票ラインとなると、84、5票が必要となり、依然、非常に狭き門となっている。
 
 球界関係者の話によると「投票基準が明確でないので、“好き嫌い”が投票に反映されていて特に約30人の殿堂入り者の方々の影響が大きく、記者暦30年以上となると、毎年、大きく投票者の顔ぶれも変わらないので、なぜ、この人が落選? という事態が続くんです」ということらしい。

 それが野球殿堂7不思議を生むことになり、エキスパート表彰で複数の表彰者が出たことが過去に一度もないのも、その影響。今年度も、投票方式、規約に関しての見直しが行われておらず、昨年度選出された榎本氏の票が、新たな候補者となった原氏に流れ、また昨年度に63票を集めた権藤博氏(70)も有力の候補のため、ひょっとすると、今回も票が割れて、星野氏、平松氏、原氏の3人が同時に選出されることは難しいのかもしれない。
 殿堂入りの権威や、選出の価値観の多様性は必要だと思う。だが、そこに候補者の功績をそっちのけに投票者の個人的な価値観が、あまりにも大きく影響を与えるのだとすれば、野球ファンは納得しない。
 それに光を当てねばならない過去の功績者は、まだまだたくさん残っている。
 
 発表は16日だが、また殿堂入りの7不思議が続くようならば、野球記者クラブ内だけの記者に限られているような投票資格者のあり方を含めて殿堂入りの選考方法の見直しがより活発に議論されることになるだろう。

(文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)

何だか平松氏については「堀内が選ばれているんだから」とか「巨人と大洋の差」とか言っていたコメントが見られましたが・・・・・・・・・そう言えば某巨大掲示板でも「一番ショボい200勝または2000本安打達成者を挙げるスレ」(だったっけか?)でも投手は堀内を挙げるレスが多く、まあそんな不毛な議論している連中の方が・・・・・・・・とも思いますが、堀内氏が13年連続2ケタ勝利を挙げていた1966~78年、防御率がリーグ平均以上かつ、先発登板試合数16以上の相手チーム投手、つまりエース格投手とだけ先発または他の登板投手よりもイニング長いロングリリーフとして登板し、投げ合った時の成績を日本プロ野球記録というサイトを参考に調べました。以下のエクセル様式でまとめたのですが、見ていただきたい。

「horiuchi_and_other_aces.xlsx」をダウンロード

堀内否定派の意見でよく聞くのが、「ONを中心とした打力も守備力も優れた野手メンバーが揃っていて、かつONと対戦しなかったからあれだけ勝ったのも当然だ。」とかですが、こうして見ると、エース格との投げ合った試合での平均援護点が巨人の平均試合得点を上回ったのは1966・67・71・74・76年と5回にとどまって、いつもよりは援護をもらえなかった年の方が多かった様です。まあ、いくら共通の苦手投手が殆どいなかったON(1974年をもってNの方は引退したが)とかいくらレギュラー野手が曲者ぞろいでも二線級以下はともかくとして、エースクラスはそうそうは打てない。1969年なんか巨人の平均得点よりも1.55点も下回っていて、3点少ししか援護してもらえず、7勝8敗と負け越してしまっていました。

防御率も1968と70~74年は全登板のそれより良く、特に68年は0.57も良かった。また70年も1点台で、ベストシーズンの1つとして挙げられるであろう72年の反動で不振に陥った73年も全登板4.52よりは0.49良い数字を残しています。74年まではまた、エース格との投げ合いで延長戦まで8回投げており、70年7月31日の阪神戦等それでもサヨナラ負けを喫した事もありましたが、75年以降は打高投低傾向が顕著となっていたのを考慮しても劣化が目立ちます。

75年から順に4.37、4.82、4.41、4.01ですが、3.79、3.96、4.58、3.54で全登板のそれはエース格との投げ合いで、二線級以下投手とのそれよりも打ち込まれる事が多くなっていたのが分かります。特に同世代のエース達との対決では対江夏が10勝8敗、対松岡が8勝8敗、そして対平松が3勝7敗と、ヤンキース王朝史上最高の生え抜きエースであろうホワイティ・フォード氏もライバルだったインディアンスとホワイトソックスに所属していた故アーリー・ウィン氏との投げ合いでは負け越してしまったらしい(通算ではイ軍にもホ軍にも大きく勝ち越しているのに)ですが、やはり史上最強の巨人キラーだった平松氏との相性が良くなかった様です。彼らも含めたエース格との投げ合いでは84勝63敗の勝率.571で、同じ期間の951勝668敗だった巨人の勝率.587よりはやや劣りますが、1967年には数か月以上二軍落ちしていた時期もあったし、このエース格との投げ合いでの援護点と防御率だけを見ても、援護に恵まれていたから勝ち星が伸びたとは必ずしも言えない事は分かるでしょう。

早熟型だった堀内氏と史上最強の巨人キラー平松氏、どちらかが上かと言えば、それは平松氏でしょう。同じ200勝なら、弱いチームで達成した方が価値があるのも理解はできます。しかし、堀内氏も・・・・・・・・・まあノーヒットノーラン&3本塁打は優勝が決まった後の消化試合でやった事だと500歩譲って差し引いても(それでも十分すごいが)、日本シリーズでも通算最多登板、通算最多投球回数、通算最多勝利等の記録をいくつも保持しているし、2年連続MVPにもなっています。落合氏みたいにレギュラーシーズンでの成績は超一流でもポストシーズンでは目立った活躍が出来なかった人だっていますが・・・・・・・・

ヤフコメ民の言う事に「それは違うんじゃないの?」と一々突っ込んでたらキリがないのは分かっているつもり(だから、例えば「太平洋戦争はアジア解放の為の聖戦」だとか悪い意味で何言っていたか分かる記事なんて最初から見ない)だし、別に堀内氏の信者じゃないけど、平松氏にはないポストシーズンでの活躍も見られたのに、殿堂入りしているかしていないかの差を半ば単に所属していたチームが強豪だったか否かとか断ずるのは全くフェアじゃないし、的外れでしょう。どうも彼らは韓国の事も関係ない記事でも叩きたくてしょうがない様ですが、この記事も同世代ではあるけど、そもそも堀内氏について一言も触れてないのに・・・・・・・明らかに勝利数とか表面上での通算成績で劣っているのならまだしも、そんな堀内氏とどっちが上かとかの比較なんか全く抜きにしても、平松氏も間違いなく時代を代表する大エースだという事は、別にヤフコメ民がどや顔で強調しなくたって分かる人は分かる事です。今年こそ多分きっと殿堂入りできるでしょうが、他の2人も星野氏はやや微妙だけど、原氏は現役時代の成績が平凡って、たまたま巨人に川上・長嶋・王と続けてレジェンド級が入団(しかも長嶋・王両氏は他の球団に入団する可能性だってあったし)したからそう見えるだけの印象論でしょ、あのヤクザに一億払った件は擁護しかねるけど、WBCで優勝監督になったのと、2度のリーグ3連覇等巨人第四期黄金期をもたらした監督としての実績を加味して、殿堂入りさせてあげても良いんじゃないかとも思います。

【以下1月16日追記】

平松、星野、伊藤各氏が殿堂入りした様ですね。星野氏については、「野村の遺産」コメントが目立ったのも、全く悪い意味で「ああ、やっぱり」でしたが・・・・・・・まあ「関根さんが~」云々等の広岡氏の発言は、嫌いな人間の事は私怨も半ばむき出しにしてボロクソに貶す様な人だから100パー鵜呑みには出来ないけど、それを言うならばノムさんだってヤクルト時代は確かに彼の活躍とチーム戦績はほぼ比例していたし、育てたのも大きな功績の一つだったのでしょうが、古田氏以外にも広沢氏(1995年に巨人に移籍したが)や池山氏等監督就任前に主力となった選手だって何人かはいたし、伊藤氏や岡林氏等杉浦氏を酷使した鶴岡親分の悪い点をも受け継いで潰した事(大沢親分もこの点はノムさんと同じで、木田氏も工藤氏も短期間しか活躍できなかった)あったし、阪神だって、矢野氏みたいに前監督の時に移籍した選手や、今岡氏みたいにノムさんとはソリが合わなかった選手だっていたでしょ?でも、「〇〇の遺産」云々言っている人達って、日米通算とかと同じ。自分達に都合の良い面でしか見ないで無責任にものを言う。何度も言う様に、ホントに遺産に頼らなかった人なんて、せいぜい鶴岡親分と西鉄時代の三原修氏ぐらいなんじゃないの?それなら他にももっと評価されていい人いるでしょ?あなた達はそういう人達の事なんて興味ないのだろうけどですが・・・・・・・・星野氏にも決して欠点が無いわけではないし、殿堂入りに積極的に賛成するほどまでではないですが、たとえ遺産だとしても、そういうのも、主力選手のやる気を引き出してある程度以上上手く使った結果、他に2人しかいない3球団で優勝した監督になったのもまた事実でしょうに。(そうした勢いがあまり長続きしなかったのもまた事実だけど)「〇〇の遺産」の〇〇に入るべきなのは100歩譲っても、自身もホントに全くそういう遺産に頼らないで勝ってきた監督だけです。勿論メジャーでもそんな監督はごく少数しかいませんが。やっぱ原氏と立浪氏は今後も厳しいだろうなあでもありますが、今回は取りあえずもうこれくらいにします。殿堂入りされた諸氏方々おめでとうございます。

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2017/01/06

巨人を意識するのは良いけど、阪神の2010年代は負け越しの可能性が

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170106-00000015-nkgendai-base

FA大補強をチクリ…阪神球団社長“天にツバ”する巨人批判

日刊ゲンダイDIGITAL 1/6(金) 12:23配信    

 鼻息は荒かった。

 5日に行われた阪神の年賀式。四藤球団社長が「東ですごい補強をした球団があるが、金本監督のもと、一丸となってやっていれば、結果はついてくると思う」と、巨人をチクリとやったのだ。

 このオフ、陽、山口俊、森福の3人をFAで獲得した巨人。助っ人、トレードも含めると、たしかに「すごい補強」をやった。だが、巨人関係者が聞いたら、「どの口が言うのか」と、苦笑いを浮かべる発言だ。

 阪神だってFAで糸井を獲得。新外国人も2人、米国から引っ張ってきた。

 93年にFA制度が導入されてからの獲得総数は巨人の23人(落合、清原ら)に対して阪神は11人(石嶺、金本ら)と差があるとはいえ、メジャー帰りの選手の獲得人数は、巨人の2人(柏田、小林雅)に対して、阪神は5人(伊良部、城島ら)で逆転する。

 金本監督はデイリースポーツの元日インタビューで、捕手と左のリリーフ投手を獲得する話が浮上していたことを明かした上で、「1人でも多く生え抜きを育てたいという思いがあった」「補強は必要だけど、補強依存のチームにはしたくはない」「補強は最小限」と語ったものの、カネを積んで補強をしたがるフロントの体質は、巨人も阪神も何ら変わりはないのだ。

 生え抜きの育成に定評がある広島や日本ハムが巨人をチクリとやるならまだしも、少なくとも阪神がどうこう言える話ではないだろう。

まあ別に批判と言うほどの発言でもないでしょでもありますが、とにかく巨人を自民共々暇さえあれば叩きたくてしょうがない、悪質なアンチ巨人がそのままペンを握った様な記事ばかりのゲンダイにしては「比較的マシ」な記事ですね。ここで、2015年までの巨人・阪神両球団にFA移籍した選手の成功度を〇、△、X(さらに〇と△は+と-あり)で評価してみたいと・・・・・・・異論はあるでしょうが・・・・・・・・・

巨人

落合・・・・〇、2度の優勝に貢献。打率3割も2度。
川口・・・・△、リリーフとしてメークドラマに関わる。
広沢・・・・×
河野・・・・△
清原・・・・△-、初のシーズン3桁打点の年もあったが、フル出場してかつリーグ優勝に貢献した年が一度も無かった。
工藤・・・・〇
江藤・・・・△+、2002年以降成績は下降。
前田・・・・△+
野口・・・・×
豊田・・・・〇-、リリーフ弱点の当時のチーム(2005年は4人以上の投手が登板した試合の勝率が3割台前半)において、一定以上の貢献を果たす。
小笠原・・・・〇、第四次黄金時代立役者の一人。
門倉・・・・×、野口と並ぶFA投手外れ補強。
藤井・・・・△-、1年目は7勝する。
村田・・・・〇
杉内・・・・〇-、但し2016年は一軍登板なし。
大竹・・・・△-、野口・門倉よりはマシだが・・・・・・・
片岡・・・・△-
相川・・・・△-
金城・・・・×
脇谷・・・・×

阪神

石嶺・・・・△-
山沖・・・・×、一軍出場のないまま引退。
星野伸・・・・×
片岡・・・・△、2003年の優勝に貢献。
金本・・・・〇、説明不要だろうが、鉄人として不動の主砲に。そして監督就任。
新井・・・・△+、打点王のタイトルを取るも、2014年の日本Sでは出番なし。〇に近い△+。広島に戻って優勝に貢献。
藤井彰・・・・△+、他捕手との併用起用が多かったが、2013年には盗塁阻止率リーグトップ。2014年の日本Sにも出場。
小林・・・・×、2012年は一軍出場なし。
日高剛・・・・×
高橋聡・・・・△+、貴重な左腕投手だが、防御率3.76はチーム平均よりも悪かった。新井同様〇に近い△+。

△+以上がまあまあ以上な評価ですが、巨人は20人中8人、阪神は10人中4人、しかし、〇だけなら、巨人は6人に対して阪神は1人ですね。ゲンダイの記事でも言及されていた海外帰りは巨人は柏田選手がそこそこ働いて、小林雅選手は実力を発揮できなかったけど、1年で移籍したからまだそこまで目立たなかったかも?対する阪神は5人中、福留選手が、日本S出場と昨年の打率3割を考慮して何とか△+かなあですが、他の4人は伊良部選手も2003年の優勝に貢献したけど、働いたのはその年だけでは△かなあだし、福留選手だけがまあまあ成功している感じですね。

FAで一番成功しているのはソフトバンクでしょうね。ダイエー時代は石毛・田村・山崎慎各選手の失敗例もあったけど、ソフトバンク時代以降は目立った失敗は無く、現監督の工藤・小久保(古巣への復帰)・内川各選手の他にも細川選手はベストナイン&ゴールデンクラブに選出された事もあったし、中田選手も勝ち星と投球回数は減少気味ながらも、CSで6勝挙げている等、短期決戦に弱い印象が強かったチームにあって、2014・15年の連続日本一には欠かせない戦力でした。

巨人も正直補強するのは良いとして、その為の金かけすぎじゃね?ですが、阪神も・・・・・・・まあFA以前からアルトマン氏やパリッシュ氏等他球団での実績あった助っ人外国人選手も良く獲得していたけど、間違いがなければ1980・90年代が負け越しとなってしまった後の2000年代、727勝659敗32分の勝率0.525で、巨人戦は4シーズン勝ち越し・負け越し、2シーズンタイの128勝121敗6分と実に1930年代ぶりに年代通算勝ち越し(2リーグ制以降1999年までの50年間では巨人戦勝ち越しはわずか6回と8年に1回の割合だった)を果たして、漸く伝統の一戦復活かと思いきや、2010年代は去年まで483勝490敗33分の勝率0.496と再び負け越しに転じてしまい、巨人戦もメークレジェンドを許した2008年以来再び勝ち越せなくなり、それでも2009~2011年は何とかタイだったのが、以降は負け越し続けています。2010年代の対戦成績は68勝94敗8分と大きく負け越してしまっていて、過去の年代では98勝137敗7分だった1950年代に近いペースです。去年は甲子園でなかなか勝てなかったのが特に響きました。なお巨人は1990年代は715勝600敗2分の勝率0.544だったのが、2000年代は2006年までは508勝461敗16分の勝率0.524だったのが、第四次黄金期の到来で巻き返し、2000年代は761勝627敗29分の勝率0.548で90年代を僅かに上回り、2010年代は去年まで548勝419敗39分の勝率.567とさらに巻き返し、去年は広島に17.5ゲーム差もつけられましたが、2007年以降今の所はBクラスも負け越しもない状態です。

ちなみにMLBではヤンキースVSレッドソックスは90年代がヤンキースの64勝60敗、00年代が同97勝83敗、ヤンキースが弱体化してきている10年代が去年まで65勝65敗の全く五分と00年代は勝ち越したのが2004年だけながらもリーグ優勝決定戦でもまさかの・・・・・・・だったのですが、通算でもヤンキースが1183勝996敗の勝率0.542と阪神に対する巨人ほどではないにせよ、大きく勝ち越している事(同じ伝統のライバルでは、ジャイアンツVSドジャースおよびカブスVSカーディナルスはいずれも前者が勝ち越しているが、ヤンキースほどではない)を考えると90年代以降は比較的レッドソックスも善戦していると言えるでしょう。2011年に7年ぶりに勝ち越して以降、大きく勝ち越した年も見られる様になりましたが、レッドソックスも21世紀、既に3度も世界一にもなっている一方、2010年代は地区最下位も3度経験しており、今年もオルティーズ元選手が抜け、上原選手もカブスに移籍したので戦力ダウンは免れないでしょう。話がそれながらも、阪神も全く若手起用に消極的なわけでも無いようですが、またダメ虎に戻るのか、それともレッドソックスやジャイアンツ(2010年代に隔年ながらも3度の世界一)みたいに強豪復活となるのか正念場でしょうね。巨人も四番打者も立て続けに補強していた時なんか迷走してましたが、巨人以上に「補強した割には・・・・・・」な戦績なのは否めないでしょう。まあ阪神って戦後は15~20年に1・2回優勝するジンクスがある様で、CS制のおかげで日本シリーズには2014年にも出れる様になったけど、次の優勝はやはり2020年頃で、金本監督も安藤統男氏みたいに「後任監督時の優勝の下地を作った」とそれなりに評価されるにとどまるのかもですね。

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2016/12/23

荒木の「責任」発言も中日復活の追い風・・・・・になるのか?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161222-00000198-sph-base

【中日】荒木、低迷原因は「選手はもちろん、監督、GMも平等に責任」

スポーツ報知 12/22(木) 20:34配信    

 中日の荒木雅博内野手(39)ら5選手が22日、名古屋市内の名古屋第二赤十字病院を慰問。入院患者らと触れ合った。闘病生活を送るちびっ子たちはもちろん、その家族とも積極的に会話し「看病疲れのお母さんたちの笑顔も見られた」とほほ笑んだ。

 1995年に大豊泰昭氏らが始めた同院への中日ナイン訪問。荒木は5年連続12回目の参加となり、井端弘和・巨人内野守備走塁コーチ(41)、立浪和義氏(47)を越えて“単独トップ”になった。「数を競うものじゃないけど、野球を続けている以上、ユニホームを来ている以上は価値がある。どんどん参加したい」とさらなる記録更新を予告した。

 初参加の小笠原慎之介投手(19)には歴代の訪問選手リストを手渡し、ジョーク混じりで「ここに来た選手はすごい人ばっかりだろ。プロ野球選手の仕事は社会貢献もあるからな」と説教。左腕は「はい!」と言ってから神妙に名簿を見つめて「すっげえ!」と感嘆の声を上げた。

 慰問の前に行われたトークイベントでは、年配男性から「今季の低迷は誰が悪いのか」と質問された荒木。「選手に責任があるのはもちろん。監督、編成をやられたGMも平等に責任を感じないといけない」と口元を引き締めた。

 荒木、小笠原のほか、大島洋平外野手(31)、大野雄大投手(28)、高橋周平内野手(22)も訪問した。

ロッテGM時代の広岡達朗氏(嫌いな野村氏や森氏、星野氏とかが自分の立場だったら絶対ぼろくそに叩いていたでしょうけどね)もそうだったのだろうけど、結局球団もご本人もその職務範囲とか理解してなかった感じでしたからね。この4年間の中日白井オーナー&落合GM体制って。質問した年配男性も選手相手に答えにくい事をズバッと聞いてきたなあで、答えた荒木選手も一言、明確かつ簡潔に無難な回答をした感じでしたが、コストカットして、それで浮いた金を何か効果的な補強に回せたのかと言うと、メジャーの名GM達を見てもそれが一番重要なポイントなのにそうでもなかった様だし、ヤフコメでは「配られたカードでやり取りするのは上手でも、カードを配るのは下手だったのかもね。」と言っていた人もいましたが、その通りかもしれない。2016年も色々あったけど、キムタク、川谷氏、成宮氏、そしてこの落合氏・・・・・彼らは今年の評判暴落四天王(落合氏は代わりに高畑親子を選んでも良いかもですが)と評して差し支えないかもしれない?個人ではなく、組織ならば間違いなくブラック企業大賞にも選ばれた電通でしょうけど。(電通も以前からネットでは叩かれてましたが)

ただでさえ、落合氏って日本人にはあまり見られないタイプのキャラだから、ファンも多いけど、アンチも多い。某巨大掲示板では「落合と松中、どちらが上か」なスレで不毛な議論がなされた(まあ、松中氏は2000~2005年レベルの活躍をあと5・6年は続けていれば、確かに落合氏以上の最強打撃人になっていたかもですが)事もあって、選手時代と監督時代についてのアンチとかの否定的な意見にもこれまで自分は擁護的な立場を取ってきましたが、今回のGM時代については残念ながら・・・・・・・ですね。

彼目当てで「灰と幻想のグリムガル」も見てみて、その後何か出ているの?と思いきや、「僕らのヒーローアカデミア」とか息子はまだまだ端役・脇役が多いながらも着実に出演作を重ねていて、「ちるらん にぶんの弐」とやらでも島田魁を演じる予定らしいけど、GM体制下での中日の低迷はそんな息子の飛躍(?)とも悪い意味で対照的だと言えるのかもしれない?特に今年は2リーグ制後ではファンにとっては最悪のシーズンの一つとなってしまっただろうで、救いは巨人戦連続シーズン負け越しを5でストップ(しかし、5年連続負け越しも既に2リーグ制以降ではワースト)した事と小笠原慎之介投手が高卒一年目で2勝(しかし、11月に左肘の手術を受ける)した事、そして平田&大島両選手が残留(これも、落合氏の退任が前提だったか?)した事ですが・・・・・・・・・・

この4年間の白井オーナー&落合GM体制を客観的に総括・反省し、落合氏だけでなく、白井氏にもいい加減引退してもらわなければ、ユニフォームを変えても中日の低迷はまだしばらく続くでしょう。ジャニーズだって、どうも他タレント達の乱行もコントロールが効かなくなっている様だけど、明後日のクリスマスで90歳になるメリー喜多川氏も絡んだ派閥闘争の結果どうなってしまったのかは周知の通りだし、確かに小池都知事は環境大臣とか務めた事もあったから、劇場とか小泉元総理の手法を意図的に受け継いでもいるのだろう(しかし、毎日や報知等いくつかのマスコミ報道にも悪意とか感じられて、小池氏の言動よりもずっと強い違和感がある)けど、内田茂氏や森喜朗氏も後者は「オリンピック招致したのは東京都」って、そういう問題じゃないだろだし、海外ではブレジネフ~チェルネンコ時代のソ連や鄧小平時代の中国も党古参幹部がいつまでも引退せず、ジンバブエのムガベ大統領ももう92歳なのに次の大統領選挙にも出馬するつもりらしいですが、年寄りがいつまでも権力に固執するのは大抵ロクな結果にならない。中日もそれで落合氏の選手・監督時代の輝かしい実績まで帳消しになるわけではなく、ラミちゃんが監督になって漸く明るい兆しが見えてきた横浜DeNAよりはまだマシだけど、2リーグ制以降史上最悪の暗黒期に突入してしまった。個人的には落合氏には今度はパリーグ、出来れば故郷の秋田に近い楽天で監督として指揮を執って、史上4人目の「セ・パ両リーグ日本一監督」となってほしかったと思っていた(結局落合氏を入団させるも、過去の人になりかけてきた星野氏が因縁の巨人を倒して日本一となり、「日本一になってないから原よりも下」ともディスっていた広岡氏をも見返す形となりましたが)だけにこの4年間は余計勿体なかったとも思いました。しかし、ペンも握らせてもらった悪質なアンチ巨人が書いた様な駄記事を連発しているゲンダイは巨人にヘッドコーチとして入閣か?な報道もしていて、勿論それは全く信ぴょう性に欠ける記事ですが、もうどこからも監督としてもフロントとしてもお呼びがかからないのだろうなあ・・・・・・・・凄い信者なわけではなく、今年はもっとそういう気分にさせられるニュースがいくつもあって、長々と話したけど、「残念」の一言に尽きます。結局は。

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2016/12/04

今オフの巨人補強、これでホントに「大型」なのか?(※12/14に追記しています)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161201-00000003-wordleafs-base

巨人の大型FA補強への賛否が再沸騰!

THE PAGE 12/3(土) 12:00配信    

 V奪回を狙う巨人が大型補強に成功した。先発では横浜DeNAで今季11勝をマークした山口俊(29)、左の中継ぎでは、ソフトバンクの森福允彦(30)をFAで獲得。かつて巨人の“十八番”だったFA補強は、2014年オフにヤクルトの相川亮二、横浜DeNAの金城龍彦の2人を獲得して以来、2年ぶり。

 先日トレードでは、将来の大砲候補と言われ続けた大田泰示(26)を放出して、日ハムの先発、吉川光夫(28)を獲得、菅野智之(27)、田口麗斗(21)、マイコラス(28)の3人にしか計算の立たなかった先発陣をテコ入れした。

 まだ正式発表はされていないが、新外国人として元楽天のケーシー・マギー内野手(34)とも合意。これは、阪神との争奪戦に勝利したもの。昨年オフは、野球賭博問題の影響からか沈黙を守っていた巨人が来季の巻き返しに向けて超本気モードで、このオフに大補強を仕掛けたのである。
 
だが、広島や日ハムという補強に頼らずチーム生え抜きの育成に主眼を置いた両チームがペナントレースを制した球界の流れに逆らうような、その強化手法に対して早くも賛否両論が浮上している。毎年オフの恒例行事だった巨人の強化手法に関する是非論が2年ぶりに再沸騰したのだ。

 元巨人OBでヤクルト、西武で監督、ロッテではGMを務めた“大御所”の広岡達朗氏は一刀両断した。

「巨人の監督、コーチが“うちでは選手を育てることができません”と言っているような補強だ。特に失望したのは、吉川ー大田のトレード。大器と呼ばれた大田を育てきれなかった。昔話で恐縮だが、古き良き時代の巨人は決してこうではなかった。トレードなどの補強はあったが、中心となる選手は走攻守3拍子が揃っていて、しっかりと内側から育て、チーム内に激しい競争の原理があった。
 日ハム、広島の優勝は、育成の重要さを示し、またソフトバンクも、今オフはFA補強に乗り出さなかった。外国人にお金をかけるのは、資金力のある球団の長所としてよしとすべきだが、数年前から3軍を作り、育成の重要さに気がついたのだろう。巨人も3軍制を採用した。生え抜きの育成に目を向けていると思っていたが、また同じことを繰り返している。これでは選手が育たない。FA補強で勝って意味があるのか」

 巨人フロントが聞けば耳の痛い辛辣な意見。昨季はソフトバンクが金満野球の批判を受けたが、巨人が来季V奪回に突き進んでも、金満野球という批判の声が外から乱れ飛ぶことは免れないのかもしれない。

 その一方で元千葉ロッテで評論家の里崎智也氏のような巨人の手法に理解を示す向きもある。

「巨人は勝つことを宿命づけられているチームです。もし来年も優勝を逃すようなことにでもなれば高橋監督へのバッシングの嵐が吹き荒れるでしょう。他チームとは立ち位置が大きく違うと思うんです。そうなると、資本力のあるチームですから、FA補強に乗り出すのは仕方がないのではないでしょうか。フロントも含めて他のチームに比べて負けられないプレッシャーは尋常ではありません。
 どのチームにも主力の力が落ちる転換期があります。巨人は、ほとんどBクラスには落ちていないチームです。そういう転換期をうまく補強で乗り越えることに成功しています。今、巨人は、その転換期に入っています。先発がいないところに山口、吉川の2人が加わり、菅野、マイコラスが開幕から万全で揃えば、田口も含めて先発が5人揃います。また森福の加入で山口鉄への負担も減るでしょう。
 広島から2桁勝った黒田が抜けることを考えると、現時点で巨人が優勝候補でしょう。そう予想させるチームをオフに作ったフロントの仕事は評価しなければならないのでは」

 里崎氏の意見のように、巨人が敢行した大型補強は、勝つことを義務づけられたチームの宿命と捉えることもできるし、メジャーのヤンキースやレッドソックス、ドジャースなど資金力のあるチームが堂々と推し進めている強化スタイルのような企業努力の結実とも捉えることもできる。

「金でかき集めたチームに負けたくない」との“アンチ巨人”のモチベーションを高める意味でも巨人が強くなければペナントレースは面白くない。同じく楽天も、星野副会長の号令のもと大補強に動いたが、巨人にだけその補強戦略に賛否両論が沸き起こるのも、巨人ブランドが健在であることの証拠かもしれない。

(文責・駒沢悟/スポーツライター) 

まあ、ちゃんと里崎氏の様な肯定的意見も載せているあたり、少なくともとにかく巨人と自民党を叩きたくてしょうがないゲンダイの記事よりはマシ(ライターの駒沢氏はV9時代から活動しているスポーツ報知OBらしいから当然であるとも言えるのかもしれないけど)で、困った事に最近でもYOU TUBEでの「闘魂こめて」とかでの動画で坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言わんばかりに荒らしているのもいるけど、アンチだってあまり言わないであろう言いがかりでしょう。

そりゃ1970後半~80年代ヤンキースの様に、監督の首をすぐ替えて、挙句の果てにミスターメイとかこき下ろした某大物移籍選手の不利な情報を得ようとしてオーナーが停職(これで却ってマイナーから有望が若手が台頭する様になったのだけど)したり、別所事件や江川事件等の強引な選手獲得もしばしば見られたけど、つい最近までの巨人みたいに手あたり次第4番やエース投手を取りまくるのは考えものでしょう。と言うか、それに比べれば森福投手はともかくとして、山口投手吉川投手はどうしても補強すべきだったのか、疑問符付きだし、他にも狙っているらしい陽選手は、彼は2010年以降は右翼を守っているらしいけど、巨人では大半は長野選手が守ってきて、終盤は亀井選手が右翼で長野選手が中堅守っていた様だけど、やはりどうしても取る必要があるのか?(主軸としては物足りない数字だったギャレット選手の代わりに左翼の方を守らせるとかのつもりならばまた話は別だけど)で、まあマギー選手も来年37歳で同じ三塁の村田選手がいるけど、楽天時代以降の劣化も指摘されている様だし、総じて「巨人にしては」小粒と言うか、もっと大物な選手はメジャーに行っちゃうし、一方で捕手については小林選手は現状の能力では心もとなく、90年代みたいに長く規定打席到達者不在等に陥る可能性もあるけど、どうなのかな?である。補強の方向性についてならまだしも、それ自体あたかも悪い事であるかの様に非難するのはおかしいでしょう。

と言うかまた、西武監督に就任した辻氏についてのコメントも「ロッテGM時にコーチとして誘った事がある」って、その時彼はまだ現役だったでしょで、広岡氏には広岡氏なりのジャイアンツ愛があるのも分かるけど、広岡氏が現役だった頃も、広島でもコーチとして同僚だった関根潤三氏とかONに続く五番打者候補次々と補強していたし、監督時代もヤクルトの時は長く優勝チームの得失点差最少記録を保持していたほど打ち勝つ野球で1978年に日本一になったのは良かったけど、理想を早急に求めすぎて、マニエル放出の失敗トレードもした事あったのはもうお忘れか?西武時代にも権限とかで揉めたのも周知の通りですが、補強に関しても広岡氏はいつまでもご意見番のつもりかどうか知らないけど、あーだこーだ言える立場じゃないでしょう。これじゃあGM時代にホントにコーチとして起用しようとしたらしい「喝!!あっぱれ!!」の某野球解説者や、五輪組織委員会を務めていて、嫌いな某東京都都知事との連携も余儀なくされている某元総理の事も笑えない。巨人と言えばまた、ユニフォームも4年ぶりにビジター用がグレー地に変更された等より1953年式に近いデザインにマイナーチェンジされた様で、まあ来年優勝できるかどうかこれで果たして・・・・・・ですが、去った方の大田選手だって開花する可能性だってあります。巨人に来た方の選手各氏も外野の雑音とかにも惑わされないで、来てくれてよかったなあと思える様な活躍ができる様頑張って下さいですね。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161214-00000130-spnannex-base

陽岱鋼 巨人入り合意 初のFA選手「トリプル獲得」、背番は2

スポニチアネックス 12/14(水) 15:10配信    

 巨人は14日、日本ハムからFA宣言した陽岱鋼(ヨウ・ダイカン)外野手(29)と合意したと発表した。山口俊、森福に続き、初のFA選手「トリプル獲得」が実現した。

【写真】一足先にFAで巨人入り、高橋監督(中央)と活躍を誓う山口(左)と森福

 今オフ最後のFA選手の去就が決まった。巨人・堤辰佳GM(51)は報道陣に対応し「陽選手ときょう、正式に合意しました。代理人とOKということになったので本人にも連絡した。お互いに“よろしくお願いします”ということだった」と話した。

 出来高などの条件面については最終調整中だが3年総額10億円以上を用意し、背番号は2に決まった。19日に都内で入団会見を行う予定。堤GMは「補強はきちっとしないといけない流れで、センターを守ってもらえる選手をしっかりとれたのはチームにとってはプラスになる」と話した。

「ああ、やっぱりね。」な感じ。外野守備どうするの?と言ったけど、陽選手が中堅守る様ですね。ヤフコメでのコメントは費用対効果が疑問と言った人とかが特に的を得ているかなあでしたが・・・・・・・・これで良くも悪くもいくらかいつもの巨人らしくなってきたかなあですが、やはり彼らのポジションよりも重要なのはリリーフ投手と捕手ですね。前者は164キロ右腕のカミネロ投手を獲得した様で、ゲンダイではノーコンとか叩かれてましたが、マー君&マエケンが確かメジャーの方が日本よりストライクゾーン厳しいと言っていた記憶があるのですが、彼が期待通りの活躍できれば、巨人は来年のV奪還に大きく前進する事になるのかな?その確率はカミネロ投手獲得前が40%だったのが、70%ぐらいにはなっているかなあと。そりゃ、現役引退させてまで監督になってもらった高橋監督を男にしないと球団も体裁よくないでしょうしね。果たして・・・・・・・・ですが・・・・・・・・あと、巨人がオリックス化しているという様な事書いた某記事も目にしたけど、阪神やオリックスが巨人の悪い点まで真似して、巨人以上に失敗が目立っていると言った方が正しいです。まあ阪神は同じ虎でもあるMLBデトロイト同様戦後は15~20年に1・2回優勝しているジンクスがある(CSのおかげで2014年にも日本シリーズ出場は果たしたが)ので、次の優勝は2020年頃でしょうけどね。オリックスは・・・・・・・・ユニフォームも変えた様ですが・・・・・・・・

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2016/11/15

ホントに「ツイテいる」のなら来年こそは?

https://news.nifty.com/topics/nikkansp/161115137634/

「斎藤佑はなぜダメ?」栗山監督へ海外記者から質問

 

 

日本外国特派員協会で外国メディアのインタビューに笑顔を見せる日本ハム栗山監督(撮影・山崎哲司)

 日本ハムの栗山英樹監督(55)が15日、都内の外国特派員協会で記者会見を行い、海外メディアから質問を受けた。

 大谷翔平投手(22)の注目度の高さを示すように、同投手に関する質問が多い中、「斎藤佑樹投手はなぜダメなんですか?」と、今季未勝利に終わった斎藤への厳しい質問も飛んだ。同監督は「僕が悪いんです」と苦笑いしながらも「本当に何とかしないと。時間をください。なんとかします。2、3日前に本人とも話して思っていることは伝えました」と、話していた。

そう言えば、日本シリーズで日本ハムが日本一になった直後に目にしましたが、「甲子園、大学野球、プロ野球すべてで優勝を経験した斎藤はツイテいる。」という様な内容の記事も見られましたね。

http://g-times.jp/koushien_yusho_pro/

このサイトも参考にして、他に斎藤投手みたいな人いるかなと探してみましたが・・・・・・・・・松坂投手みたいに世界一を経験した人もいますが、そういう人はどうやら後藤武敏選手ぐらいな感じですね。(横浜高校、法政大、西武ライオンズ)確かに滅多にいないと言うか、レアですね。MLB3球団で世界一を経験した人達(少なくともロニー・スミス氏やジャック・モリス氏等13人いる)よりも全然少ないでしょう。内スミス氏はブレーブス時代にもワールドシリーズに出場して、四球団で出場した人は他にはいないとも思われますが、斎藤投手よりももっとラッキーだったのでしょうね。なんせ、ポルシェとかよりももっと大事なピッツバーグ薬物裁判事件で有罪になったトラブルも乗り越えての記録だったのだから。

パイレーツが1979年に世界一になって以来ワールドシリーズに出場できないのも、ボンズの呪いというよりもこの薬物裁判事件の呪いと言った方が正確かも(1927年にヤンキース殺人打線に打ち込まれた以降もしばらく遠ざかっていたが、1960年にリベンジを果たす)ですが、クリント・ハードル監督松井稼頭央選手等もプレイしていたロッキーズ時代にも初のリーグ優勝に導いた実績もあるし、カーディナルスやカブスとか強豪がいるナリーグ中地区ではなかなか厳しい(一番ハイレベルなのはアリーグ東だろうが)だろうけど、来年こそはワールドシリーズに出場してほしいですね。カブスはビリーゴートの呪いを解いた!!今度はパイレーツが呪いを解く番だ!!と言うか、前述の記事では福の神扱いされていたけど、来年は斎藤投手、パイレーツでプレイするか?後輩の大谷選手に先駆けてMLB挑戦するか?

まあそれは冗談だし、斎藤投手はあくまで「親会社の為の商品」であって、「球団の為の戦力」ではないのだから、あまりマジレスしないで温かく見守ってあげるべきなのでしょうが、たとえば1962年初めてシーズン打率が三割割ったミスターみたいに箱根あたりでこのオフは山籠もりした方が良いんじゃないですか?ホントにこの先も、同級生のマー君にも恥ずかしくない様プロとしてやっていきたいとおもっているのなら。どうするのかは斎藤投手次第で私なんかがあれこれギャーギャー言う事でもないですが。(ミスターについては、それでも打率・本塁打・打点等多くの部門でリーグ5位以内だったし、この年の巨人2リーグ制初のBクラス転落の原因は投手陣のコマ不足とON以外のレギュラー野手の不振でしたが)

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2016/10/30

日本プロ野球81年間のリーグ平均打率について

http://2689web.com/

今年も日本シリーズ終わりましたね。2003年とかみたいなパターンになるのかと思いきや、日本ハムが札幌に戻って、完全に勢いを取り戻して・・・・・と終わってみればあっけない結末でした。黒田投手も今年いっぱいで引退するつもりらしいし、広島も来年以降尾を引かなければいいが・・・・・・・・・・さて、上記サイト等を基に1936年から今年までのリーグ平均打率を調べてみました。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
1リーグ時代
1936 0.216
1937春 0.226
1937秋 0.233
1938春 0.229
1938秋 0.219
1939 0.224
1940 0.206
1941 0.201
1942 0.197
1943 0.196
1944 0.191
1946 0.253
1947 0.232
1948 0.242
1949 0.267
2リーグ制以降
セリーグ パリーグ
1950 0.265 0.26
1951 0.264 0.247
1952 0.253 0.254
1953 0.255 0.247
1954 0.254 0.242
1955 0.236 0.246
1956 0.225 0.232
1957 0.228 0.235
1958 0.231 0.236
1959 0.23 0.241
1960 0.232 0.246
1961 0.236 0.248
1962 0.231 0.25
1963 0.244 0.244
1964 0.245 0.25
1965 0.235 0.24
1966 0.237 0.238
1967 0.245 0.243
1968 0.24 0.244
1969 0.237 0.246
1970 0.234 0.246
1971 0.23 0.253
1972 0.245 0.256
1973 0.237 0.254
1974 0.249 0.247
1975 0.252 0.254
1976 0.265 0.256
1977 0.271 0.255
1978 0.269 0.265
1979 0.262 0.274
1980 0.26 0.273
1981 0.265 0.269
1982 0.255 0.259
1983 0.27 0.27
1984 0.269 0.265
1985 0.272 0.272
1986 0.259 0.27
1987 0.263 0.263
1988 0.256 0.26
1989 0.26 0.266
1990 0.262 0.264
1991 0.256 0.259
1992 0.256 0.259
1993 0.252 0.254
1994 0.26 0.271
1995 0.255 0.248
1996 0.265 0.258
1997 0.258 0.266
1998 0.259 0.265
1999 0.268 0.259
2000 0.262 0.264
2001 0.263 0.265
2002 0.257 0.255
2003 0.269 0.276
2004 0.275 0.278
2005 0.27 0.267
2006 0.263 0.261
2007 0.265 0.262
2008 0.265 0.265
2009 0.256 0.267
2010 0.267 0.27
2011 0.242 0.251
2012 0.244 0.252
2013 0.254 0.262
2014 0.264 0.257
2015 0.249 0.256
2016 0.253 0.259

ざっと見て改めて分かった点は以下の通りです。

1リーグ時代は総じてかなり投高打低だが、特に日中戦争が泥沼化して、アメリカらとの太平洋戦争に追い込まれた1940~44年はボールの質の悪化も助長して、極端な傾向となっていた。(実際打率2割台の首位打者も登場した)

1949・50年にはラビットボールが使用されたが、2リーグ制スタートによる球団増の影響等もあって、1950年代前半までは特にセリーグはしばらく平均打率.250台をキープしていた。

③戦前または1リーグ時代からの代表選手だった川上・藤村・小鶴・西沢・大下らが衰え始めた1950年代後半から、巨人第三期黄金期(所謂V9)が続いていた1970年代前半まで(1955~73年)長く再び顕著な投高打低現象が見られた。特にパリーグよりもセリーグが顕著で、1956・57年は.220台、高かった1964・67・72年においても.245で.250を超えた年は一つもなかった。

1970年代後半以降は圧縮バットの使用禁止も途中見られたが、ストライクゾーンが改正された1986年頃まで逆に顕著な投高打低傾向が続いた。1978年までは特にセリーグの方がこれまた顕著で、ヤクルトはしばらく該当チームの最小得失点差記録となったほどの打ち勝つ野球で同年初めてのリーグ優勝、日本一(それなのにマニエル放出の失敗トレードをしてしまったわけだけど、広岡達朗監督は理想が高すぎて先を見過ぎてしまったのであろうと言うか、自軍の戦力を過大評価してしまったのが翌年の途中退任及び自身以上の実績を残した野村克也に対する異常なヘイトの伏線となった)を成し遂げたほどだった。

⑤その一方で、指名打者制度を導入した筈のパリーグはまだそこまででもなかった。張本や長池は守備につかなくなった事で却って打撃のリズムを狂わせてしまった様だし、選手兼監督だった江藤も既に全盛期は過ぎていた。(張本は大杉と共にセリーグの球団に移籍して、④の恩恵を受けたが、長池は結局4年後の1979年に引退する).239→.259に大きく平均打率が上がり、西地区所属のアスレチックスも連続世界一となった1973年のMLB・アメリカンリーグとは大きく結果は異なった。

江藤同様選手兼監督を務めていて、その後は金田監督にロッテで拾われたのも同じだった野村解任等による南海の弱体化とほぼ同時にパリーグでも④の傾向が見られる様になり、1979・80年の飛ぶボール採用でより顕著となった。近鉄もヤクルトからマニエルをもらったからこそリーグ連覇出来たのだろうけど、西本幸雄監督=悲運の名将なのも一面的な見方に過ぎないとも言える。(あまり深入りはしないけど、例えば阪急時代、米田・梶本・足立・石井の先発カルテットを築いたのをあたかも西本一人の貢献であるような事を言っていた人もいたが、少なくとも米田・梶本については西本が指導者としてはまだ阪急と縁もゆかりもなかった頃に監督を務めていた藤本定義が一定間隔の休みを与えて、必要以上の酷使をしなかった事も決して無視してはならない。これは「週刊プロ野球セ・パ誕生60年 1962年」8ページにも書いてある事である)

⑦1981年以降はそれ以前ほどは極端な傾向にはならなくなったが、1981年はセリーグでは藤田・篠塚・大杉・掛布と打率.340以上の打者が4人も登場して、パリーグでも門田博光が当時の記録となる月刊本塁打16本をマークした。そしてこの時期はまた、落合・バース・ブーマーと三冠王が3人も登場した。

⑧1980年代後半以降はストライクゾーンのルール改正や東京ドーム誕生、甲子園球場のラッキーゾーン撤廃等の球場の大型化等でこの傾向はいっそう落ち着いていった。彼と同世代以降の日本人選手で彼ほど本塁打を打った選手はいないが、清原和博が登場したのもこの頃であり、一年目で高卒新人として記録的な成績を残したはずがその後は思ったほどは突出したシーズン成績を残さなかったのも、堤オーナーに甘やかされて、森監督以下コーチ陣も厳しい指導ができなかった(十代の四番としても先輩だった土井正博も不祥事で途中退団を余儀なくされたし、事実上のGMだった根本陸夫も福岡ダイエーに行ってしまった)とかの事情もあったのだろうけど、そういう意味でも必然的だったのかもしれない。

⑨特に1991年はパリーグの首位打者は.314と久々に低い数字となったが、そうかと思えば、西宮から神戸、川崎から千葉マリン、平和台から福岡ドームといくつかのチームの本拠地も続々と変わっていった1994年にはパリーグの平均打率は.271と突然変異的に(?)跳ね上がった。前後の年と一分五厘以上も違っていたのである。当時20歳の若武者、イチローが衝撃的な覚醒を遂げたのもこの年であるが、シーズン200本安打のみならず、打率もこの90年代では一時的に打高投低だったこの年においても.385と平均よりも一割以上も上回っていた。

⑩イチローは2000年に大リーグ(MLB)挑戦するまで、松井秀喜と共にパリーグのみならず、日本プロ野球界の代表的なレジェンドとしてあり続けたが、彼が当然の様に毎年首位打者等のタイトルを取り続けていた1990年代末期よりまた打高投低が顕著となっていった。マシンガン打線、ミレニアム打線、いてまえ打線、ダイナマイト打線といずれも一時的であったが、愛称もしっかり付けられたチームの打ち勝つ野球がしばしば見られた。特に2003~05年のダイエー・ソフトバンクのダイハード打線の破壊力はすさまじく、松中信彦は当時MLBでも長く途絶えていた(その後2012年にタイガースのミゲル・カブレラが45年ぶりに三冠王となり、チームもリーグ優勝する)久々の三冠王となる。セ・パ両リーグを見ても、特に2004年はいずれも平均打率.275以上だった。巨人の史上最強打線も本塁打・打点・長打率・出塁率いずれもセリーグ記録を塗り替えたが、優勝したのは中日だった。

⑪しかし、どんなに打線が強力でも好投手相手にはそうは打てない。この頃からまた、CS制度等プレーオフが採用され、しばらく打高投低の傾向は続きながらも、ソフトバンクはプレーオフでの苦戦が目立つ様になった。2010年はセ・パ両リーグ共にシーズン200本安打達成者が登場し、特に阪神のマートンは試合数が14多いながらも、1994年のイチローの記録を更新したが、この年はまた、ソフトバンクはリーグ優勝はしてもロッテの下剋上を許し、オール本拠地&1勝アドバンテージの条件を得ながらも日本シリーズには出場できなかった。

⑫そして運命の2011年、その後も変更問題等ゴダゴダは続いたが、統一球採用でセリーグは37年ぶりに平均打率が.240台となり、パリーグも1975年以来では最も低い記録となった。おかわりこと中村剛也が自分一人で他の特定の球団全体よりも多くの本塁打を打つ、57年ぶりの珍事が発生したのもこうした変革を象徴した出来事だったと言える。2013年以降は統一球に慣れてきたのか、前2年ほどではなくなってきており、バレンティンのシーズン60本塁打や秋山翔吾のシーズン216本安打(マートンの記録を更新)等の快挙も見られる様になったが、2010年代の平均打率はセは.253、パは.258とそれぞれ2000年代の.265、.266に比べ低下しており、しばらくは大きな傾向の変化は見られないと思われる。


何だか傾向を通してこれまでの歴史も要所要所触れた感じになってしまったけど、まあこんな感じです。さらに通算打率で上位に位置している面々の突出度(その人が現役だった頃の平均打率とその人自身の通算打率はどれほど離れているのかとか)も調べるつもりでいたけど、長くなりすぎたので今回はとりあえずここでやめておきます。

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