NPB

2017/06/04

続・巨人は今年も優勝できない?10連敗以上したチームは優勝どころかAクラスすら確率10%未満

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170604-00010023-fullcount-base

巨人が泥沼10連敗…06年以来11年ぶり球団史上3度目、オリ山岡に打線が沈黙

6/4(日) 16:38配信    

    

 巨人が泥沼の10連敗を喫した。4日本拠地でのオリックス戦に1-3で敗れ、球団史上3度目の10連敗に達した。

【画像】オールスターゲーム2017  ポジション別ファン投票中間発表結果

 先発宮國は初回、駿太に先頭打者弾を許したが、直後にマギーの適時打で試合は1-1の振り出しに戻った。だが、3回1死から3連打で1点を失うと、なおも2死一、二塁から中島に適時打を浴び、2点のリードを許す。宮國は4回以降は無死点に抑える粘投で、7回8安打3失点としたが、打線が沈黙した。 

 オリックス先発のドラフト1位山岡の前に打線が沈黙。初回にマギーが右翼へ同点二塁打を放った後、2回に實松が1四球を選んだものの、7回先頭に村田がセンターへ安打するまで打者18人ヒットなし。8回にも長野が左翼へヒットを運んだが、いずれも得点には結び就かなかった。

 巨人が10連敗したのは、原監督時代の2006年6月18日~6月30日以来、球団史上3度目の出来事となった。

6月らしかぬ爽やかな陽気、私も近所を1時間程度散歩して、その際野生のウサギも見かけましたが・・・・・・・・・・・失速していたオリックス相手だからさすがに今日は勝つだろうと思っていたら11年ぶりの10連敗です。巨人・・・・・・・ここで2リーグ制以降消滅球団も含めて9連敗以上した例がどれほどあったのか述べてみます。(昨年シーズンまで。シーズン、最終順位、連敗数の順に左から表記)


巨人

1975⑥ 11
2003③ 9
2006④ 10(6/18-30)、9(7/4-14)


手束仁氏に強い皮肉を込めて「長嶋茂雄の人間宣言」と評された、最下位転落の1975年が初めての例でしたが、2006年も2度も9連敗以上があって、その1975年以来31年ぶりに中日には2桁負け越しで読売銀行名古屋支店状態、しかもまた落合監督の胴上げも見せつけられた等屈辱的なシーズンでした。

阪神

1976② 9
1977④ 9
1978⑥ 9
1989⑤ 9
1991⑥ 10
1995⑥ 9
1998⑥ 12
1999⑥ 12
2000⑥ 9
2007③ 9

阪神も70年代前半までは巨人同様9連敗以上した事がなかったけど、70年代後半に3年連続9連敗を喫してついに1978年には初の最下位、暗黒期にも5回記録して、特に1998・99年の12連敗も現在も更新されていない。長期低迷を脱した後も2007年に9連敗してしまい、シーズン勝率1位は2005年が最後なままです。今年は果たして・・・・・・・

中日

1962③ 10
1968⑥ 11(5/29-6/11及び8/24-9/9)
1980⑥ 10
1992⑥ 9

中日は現在進行形で歴史上最悪の暗黒期にありますが、9連敗以上から一番遠ざかっている球団です。回数自体もかなり少ないですが、1968年は2度も11連敗。杉下氏はコーチとしては在籍した球団いずれも優勝しているし、有能だったのでしょうが、監督にはつくづく向いていなかった様で、ノムさんの持論「投手出身者に名監督はいない」を裏付ける格好となってしまった様です。

ヤクルト

1950⑦ 14
1952⑤ 10
1953⑥ 9(5/12-24)、10(5/26-6/14)
1954⑤ 9
1964⑤ 11
1965⑥ 13
1970⑥ 11(7/14-24)、16(8/4-25)、9(10/8-19)
1971⑥ 9
1973④ 10
1992① 9
2009③ 9
2010④ 9
2012③ 10
2014⑥ 9
2015① 9

ヤクルトは国鉄時代、トレードでやってきた宇野光雄氏が選手兼監督(まもなく監督専任となる)となって巨人に対抗心を燃やしてしばらくは途絶えましたが、ヤクルトアトムズ時代の1970年には16連敗のワースト記録を更新、1年目の楽天よりも勝率も低い惨憺たる戦績を残してしまいました。三原修監督期も数回見られ、それでも最終年の1973年は4位ながらも優勝した巨人とはそれほどゲーム差はなく、1992年と2015年には優勝しており、他にも2009・2012年にもAクラス入りしている。ある意味ラッキーですが、一方で1992年と2015年は優勝争いのレベルが低く、またいずれも福岡に本拠地を置いているまたは置いていた事があったチームとの日本シリーズで敗れているし、近年また9連敗以上が頻発してもいます。

横浜

1951⑥ 11
1954⑥ 11(4/10-25)、9(8/7-15)
1955⑥ 9(6/18-30)、14(7/7-23)、11(8/7-18)
1957⑥ 11
1961⑥ 11
1967④ 11
1969③ 9
1972⑤ 10
1976⑥ 9
1980④ 12
1981⑥ 9
1984⑥ 10
1986④ 13
1987⑤ 9(6/14-25、8/27-9/7)
1989⑥ 9(5/27-6/8)、11(9/23-10/6)
1993⑤ 10
1996⑤ 9
2002⑥ 13
2003⑥ 9(4/13-25)、10(6/7-20)
2008⑥ 14
2010⑥ 9
2013⑤ 9
2015⑥ 12

ハイ、横浜は非常に多いですね。10連敗以上に限定しても全ての年代で記録しています。比較的強かった1990年代も2度9連敗以上していたし、当然記録した年の最下位回数も多く13回も記録しています。

広島

1950⑧ 9(3/24-4/9)、12(7/30-8/19)
1957⑤ 10(4/24-5/7)、9(9/8-19)
1966④ 10(8/24-9/4、10/4-11)
1967⑥ 12
1968③ 12
1969⑥ 11
1976③ 11
1993⑥ 12
1998⑤ 9
1999⑤ 13
2011⑤ 10
2014③ 9

広島は良くシーズン序盤は強いけど、その後失速して結局Bクラスに落ち着くパターンを「鯉のぼりまで」とか言われているけど、1957年はそれを待たずに大型連敗となってGW全敗となってしまいました。60年代後半も4年連続で10連敗以上していて、おかげで1966年なんかそこでも監督としては駄目だった杉下氏率いた阪神にも抜かれて4位でしたが、1968年は12連敗しながらも3タテ食らったのは1カード(阪神戦)だけで球団史上初のAクラス入りを果たしています。初優勝した翌年の1976年には故・加藤初氏にもノーヒットノーランを食らい、終盤には11連敗、そして本拠地でミスターの胴上げを逆に見せつけられた等Aクラスは保ちながらも散々なシーズンとなってしまいましたが、強くはなっていったのでしばらくは大型連敗は途絶えた。その後また暗黒期に入ってしまい長く優勝から遠ざかってしまったのですが、1999年には阪神も球団ワーストタイの12連敗、平成以降で同じリーグに所属するチームが2桁連敗したのは他には1993年セリーグ(横浜、広島)や2005年パリーグ(日本ハム、楽天)ぐらいですが、かつ2球団ともワースト連敗記録を残したのは長い歴史の中でももっと珍しいでしょう。2014年にも9連敗したけど、この頃から漸く強くなり始めてきた。周知の通り昨年4半世紀ぶりに優勝して、今年も阪神と激しい優勝争いを続けています。

オリックス

1950④ 11(3/18-4/10)、9(8/26-9/10)
1954⑤ 9
1959⑤ 11
1961⑤ 10(4/9-20、開幕から)、9(4/30-5/10)、9(9/27-10/14)
2002⑥ 10
2006⑤ 9
2007⑥ 10
2009⑥ 9
2012⑥ 12

阪急時代、60年代前半までに4回記録していて、特に1961年が酷かった。開幕にGW期にヨネカジに援護がつかず、合わせて5度責任投手となってしまった終盤にと余計ファンをガッカリさせる様な連敗を繰り返していたけど、「下には下がいる」と言うか、近鉄がもっと弱かったからいずれも最下位にはなりませんでした。ところがイチロー選手が去り、仰木彬前監督も一旦勇退した2002年以降また頻発するようになり、2002年にはとうとう最下位、2006年には交流戦中に9連敗、2012年にはワースト記録更新とAクラスですら21世紀以降は8年に1回な有様。今年も巨人を3タテはしたが、どうか。3強の牙城を崩すのは既にムリゲーっぽいです。

ソフトバンク

1960② 9
1969⑥ 15
1984⑤ 10
1985⑥ 10
1990⑥ 9
1996⑥ 9

長期低迷期間もあったソフトバンクですが、それにしては意外に少ないです。1960年はこの間皆川睦夫氏が3度敗戦投手となっており、内容は悪くは無かったのですが、別所引き抜きや長嶋横取り(道徳の教科書に載せようとしたのは長嶋ファンなのだろうが、この時点でアウトだろう)等因縁の巨人を倒して日本一になった前年の再来は成りませんでした。1969年は鶴岡親分が去った直後の事でしたが、既に1965年の蔭山和夫急死事件が南海消滅を暗示していた(蔭山氏はノムさんの良き理解者の一人でもあった)と言えたかもしれない。ダイエーとなってからも2度記録しており、特に1996年はあの生卵事件まで起きてしまいましたが、以降は記録していません。

日本ハム

1959③ 10
1963③ 9
1968⑥ 10
1970⑤ 9
1971⑤ 9
1984⑥ 14
1986⑤ 9
1992⑤ 9
1998② 9
2005⑤ 11
2013⑥ 9

1959年はこの年デビューした張本氏(他にも王氏や村山氏、江藤氏等同期は多く、この時期は川上、藤村、大下、西澤各氏らも続けて引退した等大きな世代交代がなされた)等若い力も手伝ってか3位、1963年は張本氏は比較的不振でしたが、この年もAクラスでした。しかし、水原茂監督が勇退すると1968年にはついに最下位、1970・71年も張本&大杉両主砲が絶好調だったにもかかわらず9連敗しています。日本ハムとなった後は1992年は1966年の広島と似たパターンだったとも言えたでしょう。1998年は上田監督も自身としても14年ぶりの優勝かと思いきや、夏場に致命的な連敗を喫する様ではつかめなかったのも無理は無かった。北海道移転後は2005・2013・2017年の様な不振な年も見られながらも強豪化し、昨年までで5回も優勝しているのだから移転は成功していると言えるでしょう。

ロッテ

1972⑤ 9
1978④ 15(6/1-28)
1983⑥ 9
1987⑤ 9
1991⑥ 9(6/2-15、6/18-7/3)
1993⑤ 9
1994⑤ 9(7/3-13)
1998⑥ 18(6/18-7/3)
2002④ 11(3/30-4/13、開幕)
2004④ 10(4/6-17)
2011⑥ 11
2012⑤ 9

ロッテは特に90年代までは梅雨時に大型連敗を喫するパターンが何度か見られました。1978年はついに6月には1度も勝てなかったし、同じ金田監督だった1991年も2度も9連敗、川崎球場最初と最後の年も散々でしたが、極めつけは何と言っても1998年の18連敗だったでしょう。あの醜い盗塁王タイトル争いも見られましたが、その一方で最下位ながらも得失点差はプラスで、しかも近藤昭仁監督は横浜時代の1994年にも・・・・でしたからつくづくいやはやでしたね。2002-04年には序盤で大きく躓くも、以降は4位でも5割またはそれに近い勝率を残すパターンを続け、ついに2005年にはCS制の恩恵も受けて、2010年にもでしたが、安定した強さは無く、勝率1位は依然1974年が最後、連続シーズンAクラスも昨年やっと30年ぶりに達成して、近年も2011年には11連敗、最下位でしたが今年も早々と自力優勝の可能性も消滅し、最下位となる可能性が高いです。

西武

1964⑤ 9
1968⑤ 9
1969⑥ 9(5/3-14、9/25-10/5)
1971⑥ 11
1972⑥ 9
1978⑤ 10
1979⑥ 12
2007⑤ 10
2011③ 9
2015④ 13

西鉄時代、早々と干されていた三原修氏を招聘し、黄金時代を築き、鉄腕稲尾投手がその大きな原動力となった為、彼がフル回転していた間は9連敗以上は有りませんでしたが、力が衰え、黒い霧事件にも巻き込まれて一気に弱体化、所沢移転元年の1979年もいきなり開幕12連敗でしたが、間もなく黄金期に入った。1990年も8連敗した事もありながらも4月19日以外は1日も首位を譲らず優勝したし、しばらく途切れていたのですが、2007年に10連敗、26年ぶりのBクラス、私にとっても西武のBクラスを見たのはまさに「アレ」でしたが、1つの時代が終わりました。翌2008年には日本一に返り咲きましたが、もう西武も8年も優勝から遠ざかっています。今年もさあ、楽天を倒すことは出来るのか?

楽天

2005⑥ 11(4/10-27、9/9-23)
2006⑥ 9
2016⑤ 9

まあ2005年はしょうがなかったですよね。2013年にはついに日本一にもなったし、今年も首位を走っていて4年に1度は強くなる様ですが、少なくともオリックスよりはマシでしょう。2016年も最下位は免れたし・・・・・・・・以降は消滅球団ですが・・・・・・・・・

近鉄

1951⑦ 10
1957⑥ 10
1958⑥ 9(6/19-29)、10(7/20-8/7)
1959⑥ 9(7/5-16、7/18-30)
1960⑥ 10
1961⑥ 10(6/11-22、7/25-8/6)
1964⑥ 10
1965⑥ 10
1969② 9
1990③ 9
1996④ 9
1999⑥ 9

特に千葉茂監督期の酷さが目立ちます。三原監督2年目の1969年には漸く強くなり、序盤9連敗しながらも最後まで1960年の日本シリーズ等因縁あった西本監督率いる阪急との優勝争いを演じました。1990年も野茂英雄投手の活躍でAクラスは保ちましたが・・・・・・・・噂の真相でもフロントからも差別的発言(年俸について「お前、○〇なのにこれだけもらっているんだからもう十分だろ・・・・・」という様な発言)をされていたとも書かれていましたが、鈴木啓示監督との確執でその野茂氏も去ってしまい、これが近鉄消滅の序章と結果的にはなってしまいました。最後に9連敗した直後には梨田監督の下で最後の優勝を遂げるも・・・・・・・・・

松竹

1952⑦ 10

セリーグ初代優勝チームでもあったけど、事実上大洋に吸収合併されてしまったのは悲しかったですね。水爆打線とか、リアルタイムで見てきたファンの方々にとっては一瞬な夢を見させられた様だったのかも?夢だったとしてももう一度でも見られれば良かったのですが・・・・・・・・

西日本

1950⑥ 12

こちらも1年で西鉄と合併してしまったけど、ライオンズが所沢に移転した際、セリーグでこの西日本以来となる吸収を本拠地とする新球団を作ろうな話もあったらしい。これも前々から言ってるけど、こういう消滅球団も見ると、やっぱ南九州とか北陸とか四国とか空白地に新球団設立してほしいなあとも改めて思いますね。でも莫大な加盟料の他にも一極集中とか交通手段とかやっぱ日本では12球団じゃないとダメなのかなあ・・・・・・・・・

大映

1954⑧ 14
1955⑥ 15
1957⑦ 10(4/29-5/9、9/4-18)、9

高橋

1954⑥ 12
1955⑧ 12
1956⑧ 12(3/25-4/14、5/6-23)



大映は現在のロッテの前身球団の一つでしたが、当時のパリーグは7球団でした。奇数で、メジャーでもまだ地区制も交流戦もなかったから必ず1球団は試合が出来ず、勝率3割5分を割ったチームは解散させようなルールを設けましたが、該当チームが出なかったので大毎のオーナーだった永田雅一氏が8球団にする事を提案しました。その結果誕生したのが高橋ユニオンズでしたが、大映も高橋も酷い負けっぷりを見せてしまいました。結局どちらも間もなく消滅し、1958年以降現在までセパ12球団体制が続いていますが、永田氏はスポンサーになってくれた高橋龍太郎氏も散々振り回していたらしい。高橋氏は長生きで、毎日と合併して1960年に日本シリーズに出場するも、三原大洋にストレート負けを喫して西本監督をクビにして、東京球場建設やあの世紀のトレードもすぐには効果をなさずオリオンズがBクラス低迷を続けていた中92歳で亡くなったらしいですが、さぞかしこのラッパオーナーを冷ややかな目で見ていたに違いない。

高橋氏が亡くなった直後漸く8年ぶりにAクラス入りするも追い出した西本氏の胴上げを監督・コーチ・選手らが見せつけられる屈辱を味わった。ロッテとなった1970年には優勝するも本業の映画が不振となって結局球団経営も手放すハメになった。嘘偽りなくオリオンズやパリーグを愛していて、決してナベツネとかと同列で語られるべきではないのも分かるし、永田氏やその親族の方々には酷な言い方ですが、西本後任の監督選任も須藤豊氏(巨人に移籍し、コーチ・監督としても活躍)の造反を招いた等失敗だったし、結果的に「個々の選手は高い実力を持っているが、それがチームとしての総合力になかなか結び付かない」悪い伝統も作ってしまったし、「当然の報い」であるというのが個人的な見解です。(西本解任については孫の方も負い目に感じていたらしいですが)


さて、ここまでまた長々と述べましたが・・・・・・・・巨人は8連敗した1994年にあの10.8決戦に勝って日本一に輝いた事もありましたが、2リーグ制開始以降9連敗以上したチームは数え間違いがなければ述べ139チームで内優勝確率は2チームだから約1.4%、Aクラス確率は18チームだから約12.9%とやはりかなり低いです。ドラフト制が採用された1966年以降では述べ101チームでそれぞれ2チーム、14チームだから優勝確率が約2%、Aクラス確率が約13.9%と若干上がるにとどまる。10連敗以上となるともっと絶望的で、延べ81チーム中優勝チームゼロ、Aクラスチームも僅か5チーム(1959年東映、1962年中日、68・76年広島、2012年ヤクルト)だから優勝確率0%、Aクラス確率約6.2%です。10連敗Aクラスチームも平成以降は2012年ヤクルトだけです。この5チームの中で最も勝率が高かったのは1968年広島で、今はCS制がありますが、ホーム・1位チーム1勝アドバンテージがあり、2010年ロッテが3位からの下剋上を果たしたのもあくまで例外中の例外な出来事でしょうからやはり厳しい事には変わりないでしょう。

ましてやもう確信せざるを得ないけど、繰り返し言う様に高橋監督&村田ヘッドコーチではこの先も巨人はかなり高確率で優勝できないと思います。広島・阪神よりも中日の方が巨人のすぐ近くまで迫ってきてもいて、ジャニタレ主役の周りに色々良い人達を集めた無限の住人や貴族探偵が思ったほどヒットしていないのもこの2017年巨人と重なり合うものもある様なですが、いい加減巨人もこれまでの変な固定観念とか捨て去って、相手球団のファンからも闘魂こめての替え歌なんか歌われない様金の使い方とか変わっていかなければいけないと強く思います。巨人が球界の盟主なのももはや過去の話となりつつありますが、それでも巨人が変われば保守的な球界ももっと良い意味で変わっていくはずです。メジャーへの選手流出も相変わらずみられるから猶更でしょう。

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2017/06/03

巨人は今年も優勝できない?絶望的な開幕4連勝以上した後の8連敗

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170603-00000013-spnannex-base

由伸監督「逃げ切らないと」決断裏目8連敗 3日敗れれば優勝確率0%

6/3(土) 5:30配信    

    

スポニチアネックス

 ◇日本生命セ・パ交流戦 巨人5―6オリックス(2017年6月2日 東京ドーム)

 巨人は2日、オリックスに延長11回の末に敗れ、2006年以来11年ぶりの8連敗を喫した。打線強化のため、ルイス・クルーズ内野手(33)が今季初昇格。外国人枠からはじき出される形で、守護神のアルキメデス・カミネロ投手(29)が出場選手登録を外れた。しかし、新守護神のスコット・マシソン投手(33)が9回に3点リードを守れず、逆転負けを喫した。

【写真】8連敗…試合終了後、高橋監督はベンチでしばらく動けず

 連敗脱出まであと1アウトだった。4―1の9回2死。勝利を確信した巨人ファンのボルテージが上がる。ところが、マシソンが代打・ロメロに特大ソロを被弾。さらに3連打を許し、同点に追いつかれた。延長11回には今村が安達に勝ち越しソロを被弾。高橋監督は「現時点で最後を託す投手は彼しかいない。一番抑えられる投手がマシソンなので逃げ切らないといけない」と険しい表情で今季チーム最長の4時間37分の試合を振り返った。

 連敗脱出へ、手は打った。打線に厚みを出すため2軍からイースタン・リーグトップの8本塁打を放っていたクルーズを今季初昇格させ、守護神カミネロと入れ替えた。「(連敗脱出へ)カードを切ったということ」と堤辰佳GM。しかし、8回2死一塁から投入した新守護神のマシソンがリードを守れず「2死からの失投が悪い結果につながってしまった」と唇をかんだ。

 13セーブで防御率1・96を誇るカミネロの出場選手登録を抹消する大胆な策だったが、皮肉にも救援失敗。村田ヘッドコーチは「最後のバトンに入ったんだけど」と嘆いた。打線では5番で起用したクルーズは5打数無安打だったが、2年ぶりの1番に座った坂本勇が3安打。4番の村田は7回に2戦連発で一時逆転の2ランを放った。11回には長野のソロで1点差に迫るなど機能しただけに、指揮官は「必死に何とか流れを変えようというかね。負けているところで必死にやってくれている」と悔やんだ。

 観戦した老川祥一オーナーは「プロ野球はファンで成り立っている。ファンの目を一人一人が意識してもらわないと」と奮起を求めた。高橋監督も「遅くなっても応援してくれる人がたくさんいた。期待に応えないといけない」。1日で計8選手の入れ替えを敢行したが、11年ぶりの8連敗。借金は5に膨らんだ。全員で、1勝をつかみにいくしかない。 (川島 毅洋)

 ≪3日負ければ優勝確率0%≫巨人は5月25日阪神戦から8連敗。巨人の最多連敗は75年の11連敗だが、8連敗以上は06年7月に9連敗して以来11年ぶり9度目になる。過去、8連敗を喫したシーズンで優勝したのは94年だけ。9連敗以上になると前記75年を含め3シーズンで4度あって全て優勝を逃している。交流戦は初戦から4連敗となったが、うち3試合が逆転負け。昨年の交流戦でも巨人は両リーグ最多の逆転負け6試合と2年続けて粘り切れない。なお、交流戦開幕からの最多連敗は10年ヤクルトの9連敗。5連敗は08年横浜、11年ロッテ、12年阪神とあり5連敗以上の4チームは最終順位がオールBクラス。巨人は脱出できるか。

 ☆06年の巨人 原辰徳監督が3年ぶりに復帰。4月は8連勝するなど首位で交流戦を迎えたが、6月6~14日に8連敗、18~30日に10連敗、7月4~14日に9連敗と大失速。後半戦も勢いは戻らず65勝79敗2分け、勝率・451。首位・中日と23・5ゲーム差の4位で球団史上初の2年連続Bクラスに終わった。

http://route-125.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/4-a02d.html

この過去エントリーでは現存12球団と2004年に消滅した近鉄の合わせて13球団ごとに開幕4連勝以上の最終戦績について触れました。述べ78チーム中、優勝(勝率1位という意味で)したのは26チーム。丁度33%の確率で高くはない事が分かりますが、巨人に限れば過去11回中9回優勝(平成初期までなら100%)していて、単純計算して約82%です。それが・・・・・・・・

今度は開幕4連勝以上しながらその後8連敗してしまったチームの最終戦績を改めて調べてみました。古いシーズンから順に以下挙げます。

1960年中日・・・・5位、開幕6連勝するもそこから7連敗、9/21-30にかけても8連敗。9月以降は5勝15敗で、5分で乗り切れていればAクラス入りできた。

1961年大洋・・・・最下位、開幕4連勝から4/13-30にかけて11連敗と大崩れ。初の日本一からの最下位に。

1973年太平洋・・・・4位、稲尾青年監督、赤と青の原色系ユニフォーム、金田ロッテとの遺恨等色々話題は作るが・・・・・・・

1979年近鉄・・・・1位、但し当時2シーズン制で勝率は2位。飛ぶボールを使用した時にヤクルトからマニエル譲ってもらった(一方のヤクルトは神部年男ら3人とも大した活躍が出来ず、日本一からの最下位転落)し、2シーズン制の恩恵にもあずかれて日本シリーズにも出場したし、やっぱ前から何度も指摘している様に西本幸雄が悲運の名将なんて一面的な見方に過ぎないと思います。米田・梶本・足立・石井の投手カルテットだって4人とも彼がコーチ・監督に就任する前から入団し、それなり以上登板してもいたし。

1987年近鉄・・・・最下位、8/8-17にかけて8連敗。阪急には勝ち越すも西武には河内銀行所沢支店状態でリーグ3連覇を大きくアシストし、森監督の胴上げも見せつけられる。1989年には漸くあのブライアントの一発で西武をぎゃふんと言わせるも・・・・・・・・

1990年西武・・・・日本一、ブライアント氏にやられ、昨年はリーグ連覇は4で止まるもロケットスタートに成功。6月に8連敗もしたが、その時点でも首位で、工藤公康は前年からの不調を引きずるも結局4月19日以外は全日首位をキープしたまま優勝。

1993年広島・・・・最下位、5月の神宮でのヤクルト戦での16-17な大乱打戦をモノに出来ず、この年以降本拠地移転まで打高投低に苦しめられる。

2002年阪神・・・・4位、漸くダメ虎からの脱却の兆しが見られる様になるもまだまだ地力不足で原監督の胴上げも見せつけられる。

2009年楽天・・・・2位、阪神では結果が出せなかった野村監督の野球が漸く浸透、得失点差はあわや最下位だった前年(なお、兼任監督時代の1975年にも危うくこの2008年同様「得失点差プラスの最下位チーム」になる所だった)とは逆でマイナスながらも2位浮上。私は野村氏は監督としては過大評価な認識は変わりないけど、あと数年はやらせてあげたかったとも思いますね。

2012年ロッテ・・・・5位、8月末から9月上旬にかけて9連敗。下剋上した2010年の再来は成らず。

2015年西武・・・・4位、24年ぶりの開幕5連勝を飾るも後半戦で球団ワースト記録の13連敗。何とか5割は保つも、翌年まで35年ぶりの3年以上連続Bクラス。


開幕4連勝以上からの7連敗の場合は、Aクラスは1962年西鉄、1964・79・2000年の大洋・横浜、1972年中日ともっといくつか例があって、1948年南海、1962年東映にいたっては優勝しています。開幕4連勝以上してなくても、終盤9連敗した1992年のヤクルトの様な例もあるけど、開幕4連勝からその後8連敗以上したチームで優勝したのは実質1990年西武だけで、しかも過去に4例しかないけど、セリーグ限定ではいずれもAクラスにすらなれなかった。2014年阪神みたいにCS制の後押しでついに得失点差マイナスの日本シリーズ出場チームが出てきてしまったし、開幕2連勝でシーズン終盤に8連敗しながらも何とか10.8決戦で優勝、日本一にもなった1994年の様な例もあるけど、これだけでも巨人にとっては絶望的な連敗だというのが分かるでしょう。単純計算して僅か約9%だけど、前述通り1990年西武は8連敗時点でも首位をキープしていて、今年の巨人とは状況は全然異なります。1979年の近鉄もやや極端な話、半期優勝すればもう半期シーズンは全てプレーオフ戦略の為の消化試合に出来た2シーズンじゃなくてCS制なら果たして出場できたか・・・・・・・・・

何度も言う様に、日本シリーズで巨人に全く勝てなかった事や江夏の21球とか西本氏の悲運の名将な一面ばかり殊更強調して、既に故人な佐野氏とか一部ファンが神格化するのも「それはちょっと違うでしょ」(名監督であるのは勿論全く否定していない)ですが、アンチ巨人快楽読本シリーズでも1975年の最下位について、手束仁氏に西本氏のそれ以上にそうしたがるファン、マスコミや球団への強い皮肉を込めた「長嶋茂雄の人間宣言」(今年2017年は「イチローの人間宣言」年になると思う。アンチにも最近の成功者は皆憎くてしょうがない様である「あの人」の様な人もいるけど、あくまで今までの功績とか認めた上での進退決断とか述べた豊浦彰太郎氏をあたかも親兄弟の仇みたいに21世紀型ムラ社会とも言えるフェイスブックで過剰に叩いた等一部ファンの異常性も長嶋氏のそれ以上だし)だと評されて、結局引退してすぐ監督にした失敗をした筈なのに・・・・・・・

まだ40年も経っていないのに球団はもうそんな失敗も忘れてしまったのかですが、まあ高橋監督&村田ヘッドコーチ体制のままでは巨人は高い確率で優勝できないと思います。もう遅くとも今シーズン開幕直後以降の戦いぶりを見ると正直そう確信せざるを得ないのですが、菅野投手も楽天(もっと言えばパリーグか)選手を見下していると取られかねない発言する等どうも近年の原一族に対する印象も良くないですしね。前監督の伯父については、「チャンスにポップフライ」とか彼の前に川上、長嶋、王とたまたまレジェンド級が続けて入団して、長嶋にいきなり勝手に監督やらせて、結果失敗して同時期にたまたま王も引退したから、勝手に幻想抱いて勝手に過剰に期待していただけでしょに尽きるだろ(アンチ巨人快楽読本での、他セリーグ5球団のファンが応援する球団への思い入れや巨人批判等を語ったコーナーでは横浜ファンだった人もこの伯父を印象論とかで叩いていたマスコミやファンの見識の無さも批判していた)と言うか、いくらでも擁護はするし、あの一億円がなければ、選手&監督両方の実績合わせてギリギリ野球殿堂入りOKかなあでもありましたが・・・・・・・・・

久しぶりに勝ったらしい斎藤佑投手に実力不相応にチャンスを与えて続けている(栗山監督も一部ネット等で批判されているけど、彼だって球団の意向を汲んでいるにすぎないのでしょう)のもそうですが、プロ野球球団経営はボランティアなどではなく、利益を上げ続けなければいけないし、その結果巨人が得た金を使って補強する事自体はどーだこーだ言うつもりはないです。しかし、周りに色々良いキャストを集めてもらってドラマまたは映画の主演を務めているジャニーズタレント達とも重なり合うものもあるけど、「肩に小錦」とか1997年の様な失敗例もあったし、もっと契約が高騰化しているMLBでもフィルダージュニアとかそんな例になってしまったけど、折角既に獲得した選手達も不良債権にならない様、球団はいい加減「他所で活躍されるよりはウチが飼い殺しになってでも獲得した方が良い」とかな考えも捨てて、賭博問題の幕引きとか一時的なものではなく、長期的な視野に立った調査・育成・起用法等色々一から考え直し、議論し、今年は優勝無理でも来年以降に反映させていく事が不可欠だとも強く思います。また大正義らしく強くなって黄金時代を築いて、V9以降40年以上ない連続日本一にも輝くのか?それとも2005・06年以上の暗黒期に突入してしまうのか?結局今日も負けてこれで9連敗となってしまったけど、今の巨人は大きな正念場を迎えているとも言えるでしょう。

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2017/05/13

打高投低広島になかなか勝てない巨人と過去の開幕4連勝以上したチームの最終戦績

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170513-00000112-sph-base

【巨人】また広島に勝てず 阿部の2ランの2点のみ…通算成績1勝6敗に

スポーツ報知 5/13(土) 17:00配信    

 

◆広島11―2巨人(13日・マツダスタジアム)

 巨人はマイコラスの初回3失点が響き、広島に2―11で敗れた。広島との今季対戦成績は1勝6敗となった。

 阿部の2ランが唯一の得点となった。4点を追う4回、1死一塁で阿部が広島ファンで埋まる右翼席へ7号2ラン。しかし、マツダスタジアムの鯉党が静まりかえったのは、この瞬間だけ。終始試合を優位に進められてしまった。

 G打線は6回に先頭の2番・橋本到が二塁打で出塁したが、クリーンアップが3者連続で倒れ得点できず。7回には1死一、二塁で代打・脇谷と石川が連続三振に。結局打線は広島投手陣の前に6安打しか放てなかった。

 敵地での11連勝を狙った長身助っ人右腕は、初回に3失点。3回にはエルドレッドにソロを許し、6回には田中に犠飛を打たれた。

 そして8回、救援陣がダメ押しの6点を追加され、12球団NO.1のチーム打率を誇るカープ打線に先発全員安打の合計13安打11点を奪われた。

 この日の敗戦で、2位・広島とのゲーム差は2に広がり、試合がなかった首位・阪神とも3.5差となった。14日の同カードは巨人・田口、広島・九里の先発が予告されている。

あともう一つ喜んでライターは記事を書いていたであろうゲンダイの記事も引用します。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170513-00000016-nkgendai-base

FA3選手機能不全に渡辺恒雄氏激怒 巨人に「鹿取GM」急浮上

日刊ゲンダイDIGITAL 5/13(土) 9:26配信    

 

 巨人内がにわかにピリピリし始めた。

 原因はもちろん、前日10日のナベツネ発言。5本塁打で阪神に打ち勝った試合を、上機嫌で観戦した読売新聞グループ本社の渡辺恒雄代表取締役主筆(90)が、オフに獲得したFA選手について話を振られるや、「3人いねえじゃねえか。見る目がなかったんじゃねえか。スカウトがダメだ!」と爆発した一件だ。

 計26億円超もの大枚をはたいて招き入れた山口俊(29)、森福(30)、陽岱鋼(30)のFA3選手が故障、不振でひとりとして一軍の戦力になっていないという状態。それを「見る目がない」とフロント編成部門の責任と断じたわけだから、チーム内がザワつくのも当然である。

■突然のフロント入りに憶測

「カミナリが落ちたのは2年連続ですからね。昨年も首位広島との差が10ゲームに開いた7月に、『これは由伸のせいじゃねえな。フロントだ。こんな補強をせずに、今の陣容で勝てと言ったって無理だよ』とやり玉に挙げられた。このままV逸ということになれば、今オフこそ責任問題は避けられない、ともっぱらです。慶大OBの現GMは同窓の由伸監督の信頼が厚く、選手からも信用されているとはいえ、開幕直後の今年4月には突然、鹿取(義隆=60)元ヘッドコーチがフロント入りし、GM特別補佐に就いた。来年はGMに昇進か、なんて囁かれていましたが、今回のことでそれが前倒しになるかもしれません。鹿取さんは本社の覚えがやたらとめでたいですからね」(巨人関係者)

 長嶋政権で一軍投手コーチ、原政権でヘッドコーチを務めた鹿取氏は確かに、読売首脳から高く買われている。2003年オフにヘッドコーチを辞任すると、読売新聞スポーツアドバイザーに就任。同社が人事に影響力を持つ「侍ジャパン」でも、06年の第1回WBCで投手コーチを務め、その後も中学生以下の日本代表の監督、さらにはアンダー世代を含む侍ジャパン全体のテクニカルディレクターも任された。

 選手、指導者として豊富な経験、実績を持ち、アマチュア球界とのパイプもあって、さらには現役19年で培った人脈が他球団にも広がる。GMにはうってつけの人材ではあるが、「巨人のGMはこれまで、選手経験者が務めたことはない。本来は監督人事を含む編成権のすべてを握るGMは、親会社である読売から出すという考えが根強くある。鹿取さんのGM就任も実現するかは微妙なところ」(読売関係者)という声もある。

 いずれにしろ、ドンのカミナリに球団フロントは戦々恐々だ。

共に開幕ダッシュには成功しましたが、現在セリーグ首位に立っているのは阪神です。広島は黒田とジョンソン(正確には後者はもう少しで復帰できる見込みらしいが)が抜けて、打高投低だった90年代みたいな野球やってるし、巨人は巨人でもう補強する直前から「そんな大金はたいてまで取るような選手じゃないだろ!!」と突っ込まずにはいられなかったけど、山口・森福・陽3人とも全く給料相応の働きが出来ず、噂の真相でも結婚時の写真が掲載された事もあったナベツネも激怒している有様な様ですが、広島にとっては昨日雨で流れて、今日大勝して少なくとも今週中の3位転落は無くなったから一安心と言った所ですか。

巨人はまた、開幕5連勝した際には優勝確率とか報道されていたけど、現存12球団と消滅した近鉄を含んだ全13球団が開幕4連勝以上した時の戦績を球団別に調べてみました。(昨シーズンまで)

巨人

1939 ①
1941 ①
1953 ①
1957 ①
1977 ①
1981 ①
1983 ①
1990 ①
1998 ③
2013 ①
2016 ②

大正義なだけあって(?)今年も含めたら12回記録しています。V9時代は寧ろ開幕戦には弱く、1度も達成していません。藤田元司は選手として1回、監督として3回の計4回も経験していて、いずれも優勝していますが、1957年は自身、1981年はドラフトで当てた原辰徳、1983年は50番トリオと新戦力の台頭が大きく後押ししました。第2次藤田政権までは8度全て優勝していて、確率100%だったのですが、1998年にそのジンクスは破れてしまいました。何故か道徳の教科書にも取り上げられる事になったミスター(長嶋茂雄)が監督だった時ですが、1977年の再来はなりませんでした。

阪神

1938春 ①
1942 ③
1956 ②
2002 ④
2008 ②

阪神は戦前の1938年春が最初で最後の例です。戦後は戦前からの現存球団では唯一そのまま優勝できていない球団でもあります。1956年にはミスタータイガース、藤村富美男(兼任監督)が2002年には星野仙一が共に新監督として張り切りましたが、いずれも最終的には巨人が優勝しました。そして2008年もあのメークレジェンドで・・・・・・

中日

1940 ⑤
1943 ②
1954 ①
1956 ③
1960 ⑤
1963 ②
1972 ③
1999 ①
2008 ③
2009 ②
2012 ②

中日は1940年には開幕4連勝以上しながらBクラスの最初の例を作ってしまい、戦後は戦力をつけてきましたが、9回中優勝したのは1954年と1999年だけでその他の年は殆ど最終的に巨人が優勝とその引き立て役となってしまった感じです。1956年も酷使の影響があったのでしょう。フォークの神様、杉下茂の衰えが見られる様になり、1954年の再来とは行きませんでした。

ヤクルト

1999 ④

ヤクルトは平成一桁台まで開幕4連勝以上した事なく、久しぶりの生え抜き監督だった若松勉が就任し、ユニフォームもインディアンススタイルにチェンジした1999年に漸く達成したにとどまっていますが、4位に終わり、星野監督の胴上げも見せつけられてしまいました。

横浜

1961 ⑥
1964 ②
1965 ④
1979 ②
2000 ③

横浜も1度も開幕4連勝以上からのリーグ優勝をした事がありません。開幕4連勝以上自体は5度あり、いずれも比較的勝率が高い三原修、別当薫、権藤博各監督時代の事でしたが、1961年には初の最下位チームの例を作ってしまい、前年の日本一という天国からの地獄への転落となってしまいました。

広島

1988 ③
1993 ⑥

広島も昭和年間開幕4連勝以上未達成の可能性がありましたが、何とか結果的に昭和最後のシーズンだった1988年(翌1989年は1週間で昭和64年は終わり、平成に改元される)に達成しました。この間マエケンこと前田健太も生まれています。しかし、山本浩二&衣笠祥雄両大砲が抜けた穴は大きく、小早川毅彦&リチャード・ランスもそれぞれ江川卓からのサヨナラ本塁打、シーズン39本塁打打った前年から成績を下げ、星野中日に惨敗しました。そして翌年は星野氏の友人でもあるその山本氏が監督となって、1991年には逆に星野氏に引導を渡しましたが、1993年にはヤクルト戦で16-17の大乱打戦もモノに出来なかったのも響いて19年ぶりの最下位に転落、以降本拠地移転まで打高投低に苦しむ事になります。

オリックス

1938秋 ③
1960 ④
1972 ①
1975 ①(但し、年間勝率は②)
1979 ②(但し、年間勝率は①)
1987 ②
1989 ②
2010 ⑤

悲運の名将はあくまで一面的にすぎない西本幸雄が監督となって漸く強くなったオリックス(当時は阪急)ですが、1972年の独走優勝、西本氏が移った近鉄とのリーグ優勝チームと年間最高勝率チームの「ねじれ現象」には巨人一極集中、黒い霧事件で全く不人気となってしまい、2シーズン制や指名打者制度等色々試行錯誤していたパリーグの歴史も垣間見られるかのようです。1960年代前半のヤンキース等で指揮を執ったラルフ・ホークは彼をもっと劣化させたかのような監督成績でしたが、黄金期終了後も2年のブランクを経て復帰した上田利治は1984年こそ久々に優勝に導きましたが、1987・1989年は2位に終わりました。その後イチローを開花させた仰木彬監督時代を経て、21世紀はAクラスすら2度しかなく、今シーズンは現時点でまだ3位ですが、果たして・・・・・・・・・

ソフトバンク

1948 ①
1953 ①
1954 ②
1955 ①
1961 ①
1966 ①
1994 ④(勝率は5割3分台)
1997 ④
2000 ①
2002 ②
2005 ②(但し、年間勝率は①)
2008 ⑥

南海時代は高い確率で優勝しています。1953年は初めてセパ両リーグ共に開幕4連勝以上したチームが優勝した年でもありました。1954年が惜しかった。この年も優勝していればリーグ5連覇となっていました。鶴岡親分退任後弱体化していって、野村兼任監督の「死んだふり優勝」もありましたが、しばらく開幕4連勝以上達成する事はありませんでした。南海からダイエーとなって、西武でも辣腕を振るった根本陸夫が現場復帰して漸く強くなり始め、2年で世界の王貞治にバトンを譲りましたが、1997年もBクラスに終わり、なかなかすぐに勝てる様になりませんでした。ダイエー・ソフトバンク時代の王監督采配については例の「便器」や「根本の遺産」とか心無い中傷(西本監督時代、日本シリーズで巨人にことごとく勝てず、特に1971年には大好きな山田久志がサヨナラホームランを打たれた私怨から中傷・罵倒していた、阪急ファンを名乗るある人もいて、見苦しい以外の何物でもなかった。名誉の為にフォローもするとも言うか、この人は台湾プロ野球への造詣も私より深い等純粋な野球ファンな面もありますが、阪急やその選手・監督が絡むとバイクに乗ったこち亀の本田みたいに別人になってしまうのだろうか?)も聞かれますが、もし王氏がそのまま根本氏の築いた基礎に乗っかっていただけの監督だったならば、特に1999・2000年のリーグ連覇は無かった、この時点で怪物・松坂大輔が期待通りのデビューを果たしもした西武への苦手意識も払拭しきれていなかったし、下手すればどちらも西武に優勝をさらわれていたとも思います。何度も言いますが、確かに前任者が築いた基礎まで後任者の手柄の様に扱うのも筋違いながらも「遺産」云々は殆どの場合、前任者の信者が後任者を貶めたい時等に都合良く印象操作する為の詭弁に過ぎません。しかし、そんな世界の王も短期決戦に弱かったのもまた事実であり、2005年も年間勝率1位ながらリーグ優勝は出来ませんでした。2007年以降のCSの制度ならば、2003~05年も実質リーグ3連覇で、作品は忘れたけど、大のホークスファンでもある水島新司も2004年の中日VSダイエーの日本シリーズを描いた事もありましたが・・・・・・・CSで敗退するのが2010年頃まではホークスの風物詩となっていた感もありましたが、王監督最後のシーズンの2008年は本塁打歴代1・2位同士でもある野村楽天との裏天王山に負け、最下位で終わってしまいました。

日本ハム

1962 ①

東映時代に1度記録しているのみです。しかし、阪神との日本シリーズにも勝利し、1度だけながらも優勝確率は100%です。しかしまた、2016年に巨人のメークシリーズ以上の大逆転劇をやってのけたので、そんな事はどうでも良いとも言えるかもしれません。

ロッテ

1952 ②
2012 ⑤

ロッテはそもそも年間勝率1位自体、もう42年も遠ざかっていて、大毎時代に日本シリーズで対戦した横浜の37年(1961~97、さあ私が生きている内にあと何回このチームも優勝できるか?)も既に更新してしまっているのも皮肉ですが、CSの恩恵を受け、2005年と2010年に2度日本一にはなっています。2012年も選手やファンの人達からすれば夢よもう一度な気分だったかもしれませんが、現実は甘くありませんでした。昨シーズンは平成初で、31年ぶりの2年連続Aクラスにはなれましたが、今シーズンは・・・・・・巨人、村田譲ってやれよでもありますが・・・・・・・・・

西武

1954 ①
1956 ①
1961 ③
1962 ③
1966 ②
1967 ②
1973 ④
1990 ①
1991 ①
2002 ①
2015 ④

1956年は周知の通り神様や仏様と並び称された稲尾和久がデビューしました。西鉄黄金時代が終わってもその鉄腕ぶりは衰える事を知らず、1961年にはシーズン勝利記録も更新しましたが、翌1962年共々開幕4連勝以上しながら続けて優勝を逃した最初の例を作ってしまいました。しかし、そのまた翌年の1963年に巨人のメークシリーズ以上の大逆転劇をやってのけます。この大逆転劇が西鉄にとっても稲尾氏にとっても最後の大きな見せ場だった様で、1966・67年も2位に終わり、黒い霧事件等を経て太平洋クラブに身売りされた1973年も今度は監督として指揮を執りましたが、4位に終わりました。そして所沢で名目上新球団、西武ライオンズとして再スタートし、黄金時代を築いたのですが、1990・91年の2度に留まったのも、監督が開幕戦に強くなかった川上哲治の影響を受けていた森祇晶だったのだからさもありなんと言えたかもです。2015年は4位に終わり、所沢移転以降では相対的に暗黒期にあります。

楽天

2009 ②

新球団で、2013年に日本一になった事があっても基本Bクラスだから1度限りなのも当然かもです。しかし、今シーズンはオコエはダメながらも、西本門下生最後の監督となるであろう梨田昌崇監督指揮の下、首位を走っている様ですが・・・・・・・・・師匠と因縁あった三原氏、師匠、元監督でもある星野氏に続いて4人目の「3球団で優勝した監督」になれるか?果たして・・・・・・・・・・

近鉄

1968 ④
1979 ①(但し、年間勝率は②)
1984 ④
1987 ⑥
1988 ②
1993 ④
1998 ⑤
2003 ③

Bクラスも多く、勢いそのままに年間勝率1位になった事はついに1度もありませんでした。1968年は大洋でも3度開幕4連勝以上しながら優勝を逃した三原氏で、翌69年はもう少しの所で・・・・・・だったのですが、三原マジックも既に神通力が薄れてしまっていたのかもしれません。その後今度はその三原氏に引導を渡し、1960年の日本シリーズの借りを返した西本氏が指揮を執った1979年は、当時2シーズン制でしたが、チャーリー・マニエルの離脱もあって、1978年に続いて阪急が完全制覇しそうになっていて、「遺産を食いつぶした」と嘆いたらしいですが、西本氏は結果的に指名打者制度導入やその直前の土井正博放出も拍車をかけたと言うか、「外国人の一発頼り」という現在のオリックスにも受け継がれている伝統も作ったとも言えます。


とまあまた長々と語ったけど、特に1990年までの巨人の様な例もありながらも、意外と全球団的には優勝確率は高くなく、Bクラスに終わった例も珍しくはない事が改めて分かりました。特に巨人はよほどの無駄遣いじゃない限りコスパの悪さなんて気にしちゃいないよとも以前言ったけど、さすがに今年は最低でもリーグ優勝しないとなおさら笑われるでしょう。村田選手が飼い殺しにされているのも「昔から巨人はそうなんだ」でもあるけど、阪神だって守備力に不安を抱えているし、「大人の事情」(ここも日本のプロ野球のダメな所でもあるけど)で2015年からさらに試合数削減されてしまった交流戦での戦績もどう影響していくか?いずれか昨シーズンみたいに抜け出る可能性は高くないとも思いますが、今シーズンは阪神VS楽天の日本シリーズになれば面白いかも?勿論異論も大いにあるでしょうが・・・・・・・・・・

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2017/04/02

巨人が劇的な開幕連勝を飾った様だが

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170402-00000056-sph-base

【巨人】由伸監督の非常通告に村田が奮起「スタメンで出るだけが野球ではない」

スポーツ報知 4/2(日) 6:04配信    

 

◆巨人4x―2中日(1日・東京ドーム)

 場内の大歓声は、ベンチ裏まで聞こえてきた。由伸監督の声のトーンも上がった。逆転サヨナラ弾を放った阿部にはもちろん、チャンスメイクした村田への賛辞も止まらない。「いつでも行ってやるという気持ちはあったと思うし、本当に、村田のヒットでベンチがいける雰囲気になった」。そう、何度も何度もうなずいた。

【写真】逆転サヨナラ3ランの阿部とともに喜ぶ村田

 1点を追う9回1死、中井の代打に、満を持して村田を送った。今季初打席だった。大歓声に迎えられた男は、2球ファウルで粘った後に右前安打。「ヒットを打てば阿部さんにつながると思った。集中力は高まっていたよ」。開幕スタメンを外れても、文句一つ言わずに準備を怠らなかった。その姿をチームメートは見ていた。自然と、ベンチは沸いた。押せ押せムードを作り上げ、慎之助の劇弾へとつなげた。

 3月26日のロッテとのオープン戦後。指揮官は東京Dの監督室に村田を呼んだ。「スタートはマギーで行く。試合後半でいつでも行けるように準備をしておいてくれ」。昨年、打率3割2厘、25本塁打をマークした主軸への、非情通告だった。開幕ベンチスタートは、けが以外ではプロ1年目の03年以来。だが、すぐに指揮官の苦渋の決断を理解した。「スタメンで出るだけが野球ではない。また『村田を使いたい』と言ってもらえるように勉強しながらやっていきます」。常に、熱い思いを持ち続けていた。

 村田だけではない。今季の代打陣には亀井も脇谷も控える。昨年の代打成功率1割5分6厘からの脱却も今季のテーマの一つ。2点を追う7回も、1死で代打・脇谷の右前安打から1点を取り返した。由伸監督は「両方とも代打から始まった得点だからね。後から行く選手の強さを今日は感じたね」。9回、村田の代走・重信も一塁走者として相手バッテリーを揺さぶった。おのおのが役割を理解し、ダイナミックな逆転劇を演じてみせた。(水井 基博)

何でも開幕直前にファンミーティング2017というのが横浜市で開催されて、そのトークショーかなんかで中日森監督が巨人高橋監督を心理的に揺さぶる様な発言したらしいですが、いざ本番では・・・・・・・・都心でのソメイヨシノ満開も祝福のしるしだったのか、渡辺謙氏の不倫発覚直後に杏氏の第三子妊娠が明らかになっただけでなく、婿の東出昌大氏が不倫ドラマに出演する事になったのもそうだけど、阿部選手のサヨナラ本塁打で巨人が連勝スタートって凄い皮肉ですよね。アンチ巨人快楽読本シリーズでも巨人ヘイト丸出しの日記(2000年シーズン当時の)を記した事もあった手束仁氏も下手すれば発狂していたかも。手束氏のブログでは野球以外にもラグビーや相撲等主に学生スポーツについて取り上げていて、更新頻度もそれほどでもなく、昨日現在で1か月半近くブログ更新されていないようですが・・・・・・・・・・・まあポジションが重なる有力選手を複数確保するのも巨人が昔から用いている手法(しかし、その一方で「長島茂雄大年鑑」では彼の影に隠れて結局プロ野球では大成できなかった難波昭二郎氏も第一次政権監督解任直後のコメントを寄せていた。残念ながら難波氏は既に故人らしいが、音楽プロデューサー等第二の人生では成功された様である)で、村田選手は絶頂期こそそれほど長いとは言えなかったですが、ここまで来たら阿部選手共々2000本安打を達成してほしい所です。一方で中日は、ノムさんの「投手出身の監督には名監督がいない」の持論(藤田元司氏は例外的に評価しているらしいが)を鵜呑みにするつもりはないですが、また優勝争いできるチームになるまではしばらく時間がかかるかも?新ユニフォームも、落合時代のマイナーチェンジ版みたいと言うか、あまりカッコいいとは個人的には思いませんが・・・・・・・・・

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2017/03/20

NPBは永久欠番を出し惜しみすぎ?

https://www.daily.co.jp/baseball/carp/2017/03/19/0010013042.shtml

黒田氏、広島ナインに魂注入! 日本ハム倒して日本一に “引退試合”で夢託した

                         

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 昨季限りで現役引退した前広島の黒田博樹氏(42)が18日、広島-日本ハム戦(マツダ)の試合前に広島の緒方監督やコーチ陣、ナインとともに昨年のセ・リーグ制覇のチャンピオンリング贈呈式に参加。その後、背番号「15」のユニホームを着て始球式も行った。元チームメートらには、日本ハムにリベンジを果たしての日本一という夢を託した。

 スーツ姿の黒田氏がグラウンドに姿を見せると、真っ赤に染まったスタンドから大歓声が巻き起こった。

 この日は「黒田博樹特別試合」と銘打たれ、広島の首脳陣、ナイン全員が背番号「15」の特別ユニホームを着用。マツダに凱旋した“レジェンド”を一目見ようと、スタンドにはオープン戦としては異例の観衆2万8051人が詰めかけた。

 試合前にマウンド付近で行われたチャンピオンリングの贈呈式。最後に名前を呼ばれて登場した黒田氏はリングを受け取り、緒方監督や選手全員とがっちり握手。その後、背番号「15」のユニホームを上だけ着ると、一塁側のベンチ前で新井とキャッチボールで肩慣らし。始球式では山なりのボールながら、しっかりとストライクゾーンに投げ込んだ。

 ボールを握るのは1月15日の名球会東西対抗戦(宮崎)以来という黒田氏は「やっぱりいいものですね。スタンドも盛り上がっていて気持ち良くマウンドに上がれた。マウンドに立って、また(野球が)やりたくなった」と心が揺さぶられた様子。背番号「15」を全員がつけたことには「すごくうれしい半面、恥ずかしい感じもある。セレモニーをしていただき感謝している」とほおを緩めた。

 現在は家族とともに米ロサンゼルスに住んでおり、暇な時はウエートトレーニングで汗を流している。「現役時代は体のバランスを考えながらやっていたけど、今は健康のためにやっています」と苦笑いで明かした。

 この日、広島は日本シリーズで敗れた日本ハムに惜敗。黒田氏は元チームメートに「昨年はあと一歩で日本一を逃したので、まずはリーグ連覇して、日本シリーズでファイターズにリベンジしてほしい。これからもOBとして、ファンとしてカープを応援していく」とエール。3・31開幕が迫る中、“黒田魂”をしっかりと注入した。

ノムさんが「永久欠番なんて俺(の成績)を超えてからにしろ。」とか言っていた様ですが、彼その人は成績自体は文句なしながらも女性問題あったし、球団自体が身売りして、本拠地も移転してしまいましたからね・・・・・・近年は西鉄時代のライオンズを皮切りに(?)身売り前の歴史も尊重される様になって、ノムさんも門田氏らと共に南海時代のユニフォームを着て公の場に姿を現した事もあった様ですが・・・・・・・・

日米通算をあたかも公式記録であるかの様に扱う(特に一般的にレベルが高いとされている方のリーグで全て積み重ねたかの様に扱う事)のにはどちらかと言えば否定的ですが、今まで積み重ねてきた事への証左には確かになる。価値がないのかと言えば、決してそんな事はない。黒田氏もNPB在籍経験者では「唯一の先発だけで200勝を達成した大卒選手」(杉下茂氏や村山実氏みたいに救援での勝利数を含んだ人を対象にしても5人目)だし、最晩年に古巣に戻って24年ぶりの優勝に貢献したのだから、この永久欠番にも全く異議なしであります。しかし、それなら創設期からしばらく球団を支えた長谷川良平氏や黄金期の大黒柱だった北別府学氏だって永久欠番に指定されてもおかしくありません。

しかし、別に球団それぞれどういう条件を設けようかも自由ですが、たとえばNPB一の大正義、もとい常勝球団である巨人はもっといてもおかしくなさそうなのが5人しかいないし、ヤクルトにいたっては若松勉氏や古田敦也氏ですら生え抜きまたはFAで獲得した選手かつ推薦が必要な準永久欠番扱いである様ですが、NPBはMLBと比べて永久欠番を出し惜しみしている感もあります。だから、ノムさんみたいに一部黒田氏の永久欠番に違和感を隠せない人も出てくるのでしょう。MLBなんかヤンキースはジーター氏が野球殿堂入りすれば一桁皆永久欠番になりそうだし、レッドソックスもかってはもっと厳しい基準があったのに2000年のカールトン・フィスク氏以降は緩和されている。レッズにいたっては残念ながら本来ギャンブル好きで野球賭博もクロだったピート・ローズ氏も最近指定されたし・・・・・・・・・

ローズ氏でもOKならば、ノムさんも女性問題とか永久欠番ダメな理由には全くならないし、ヤクザに1億払った原辰徳氏もOKでしょう。また、大下弘氏や中西太氏は一時準永久欠番の扱いを受けた筈が、数年後に失効となってしまった様ですが、黒田氏のこの永久欠番指定もまた、過去の名選手達にも改めてスポットとか当てられれば・・・・・・・ですね。現在も殺人で刑務所に服役しているらしい、小川博氏の様な不名誉永久欠番の例もある様ですが・・・・・・・・ 

【以下4月13日追記】

ジーター氏は既に昨年12月に背番号2が永久欠番入りしていた様です。

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2017/01/30

中日、2017年新ユニフォーム全公開される

http://dragons.jp/news/2017/uniform2017.html

サードの昇竜ユニフォームは悪くないデザインだと思いますが・・・・・・・一番先に公開されたホーム用からロード用もどういうデザインになるか想像ついたけど、まあその通りと言うか、落合時代(04年型)のマイナーチェンジ版みたいで新鮮味には欠けますね。中日のユニフォームってまた、監督が代わる毎に前任監督カラーを一掃する様なデザインのユニフォームがしばしば採用されている感がある(まあ、星野時代のドジャーススタイルも15年型同様1950年代の先祖返りとも言えるし、故・川上哲治氏入団時のユニフォームを基にした巨人61年型を意識したであろうダブルラインのユニフォームを採用していた事もあったけど)けど、今回のこの落合カラーの「復活」はGMとしてはダメだったながらも監督としてはたとえそれが遺産含みだったとしても球史最高の黄金期を築いたから、あの強さをもう一度・・・・・な待望故だったのでしょう。実際現監督が落合氏が連れてきた森繁和氏その人ですからね。果たして新ユニフォームでドラゴンズは「燃え」て、元チームメートでコーチとしても横浜・中日でついこないだまで同僚だった辻新監督率いる西武との13年ぶりの日本シリーズ対決は実現するか?

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2017/01/28

2017年NPB公式戦日程、試合開始時間が発表される

http://npb.jp/games/2017/

最初交流戦、その次セリーグときて最後パリーグの順だった様ですが、いよいよ今年のNPB公式戦、試合開始時間付き日程が発表されましたね。今年は4月29日と9月23日が土曜と重なる祝日で、5月5日と8月11日も3連戦の初戦日なのも多少は影響しているのか、セリーグ主催試合でのデーゲーム試合数はやや減少した様です。

2004年9月23日の横浜戦で、11年ぶりにビジターデーゲームを体験した巨人は今年の予定デーゲーム数は数え間違っていなければ35試合で、2004年以降、2005年は9月の横浜戦、2006年は4月の中日戦等次第にデーゲームが増えていって、2008年には20試合となりましたが、2009年以降は順に2016年まで30、38、35、38、34、37、40、39ともう全試合の4分の1はデーゲームなのが当たり前になってきている感があります。今年は予定試合数は前述のセリーグ主催試合でのそれ同様、過去3年と比べて減少はしましたが、他にも7月9日、9月2・3日での神宮球場でのヤクルト対広島戦等では17時開始の薄暮試合が組まれていたり、楽天主催試合では例年の開幕直後本拠地主催カード以外にも4月11日の郡山での西武戦や7月16日の秋田での日本ハムも平日デーゲームで、盛夏期では8月26・27日の日本ハム戦等16時開始の試合も組まれているのが特徴的(?)でしょうが、6月27・28日に山形・福島でのヤクルト対巨人戦も・・・・・・巨人は昔から1990年~2000年代前半を除いて地方遠征はどちらかと言えば多かった方で、主催の東北遠征カードが組まれていた年も多かったし、ビジターでも去年等秋田でのヤクルトとの2試合カード組まれていたけど、秋田以外での東北ビジターって近年無かったですよね?大昔ではミスターがデビューした1958年7月15日での、当時県営宮城球場(現・KOBOパーク宮城)で大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)と平日ながらダブルヘッダー消化した等の例はあった様ですが・・・・・・・・

交流戦は一昨年・去年同様ホーム・ビジターどちらかで3試合ずつ戦う18試合制で、日程終了はセリーグが10月1日、パリーグが10月5日予定な様ですが、やや間延びしすぎています。まあ特に中日、ヤクルト、横浜、広島、特に最後の2球団は概して交流戦の成績も悪いし、巨人・阪神戦となるべく多く対戦したいという事でだんだん削減されているのでしょう。

なんJでしたね。あるサカ豚が「たった6球団で優勝争う野球なんて何が面白いの?」なんてスレ立てていて、まあこういう人種は無視するのが一番のクスリ(正論でレスしていた人もいたけど、サッカーファンというよりは相手がどう反応するか楽しんでいた愉快犯でしょうしね)なのでしょうけど・・・・・・・・このサカ豚の言動自体にはうんざりさせられて、もう途中で見るのを止めたながらも、NPBの場合、同一リーグチームとの対戦数が少々多すぎて、マンネリである事を改めて認識させられたのもまた事実ではありました。

長く130試合制が定着していた1996年まではそれでも良かったのだろうけど、1位とのゲーム差等に関係なく3位チームまで参加出来る上に、20試合以上対戦している相手とまた・・・・・・ではプレーオフの正当性が弱いのも否めないでしょう。そういう意味ではその意図とは別にこのサカ豚の煽りもいくらかは問題提起にもなってはいたのでもあり、2005・06年は22回総当たり(パリーグは20回)+交流戦36試合の146試合制(パリーグは136試合制)だったのが、いつの間に25回総当たり+交流戦18試合の143試合制とどんどんバランス悪くなっていますが、これならリーグ戦23回総当たり+交流戦30試合の145試合制にでもした方がまだベターでしょう。

この場合でもホーム・ロードの試合数が年によって1試合どちらかが多くなるまたは少なくなる不均衡は起きてしまうのですが、リーグ戦は4クールにして、その4クール内で予定日程を組んで(9月末以降に雨天中止とかになったわけでもないのに予め追加日程を極力組まない)、交流戦は前年の同じ順位(例えば、今年の場合広島VS日本ハム、巨人VSソフトバンクの様な)以外の5チームとの6回総当たり、または隔年でホーム3・ロード2、ホーム2・ロード3を入れ替える6チームとの5回総当たりにして、開催期間は5・6月(Ⅰ期)と子供達が夏休みの8月(Ⅱ期)に分けるのです。今年の場合だったらⅠ期は2クール目を6カード消化した後の5月26日~6月11日、Ⅱ期は8月4~20日です。そしてⅠ・Ⅱ期ともに1回は月・火、水・木の4日間を各2連戦2カード消化し、金・土・日は必ず3連戦になる様にします。例えば、実際の昨年、去年の日程を基にした、巨人の場合・・・・・

(Ⅰ期)

5/26・・・・@楽天
5/27・・・・@楽天
5/28・・・・@楽天
5/29・・・・西武
5/30・・・・西武
5/31・・・・@オリックス
6/1・・・・@オリックス
6/2・・・・@日本ハム
6/3・・・・@日本ハム
6/4・・・・@日本ハム
(6/5移動日)
6/6・・・・@ソフトバンク
6/7・・・・@ソフトバンク
(6/8予備日)
6/9・・・・ロッテ
6/10・・・・ロッテ
6/11・・・・ロッテ

(Ⅱ期)

8/4・・・・オリックス
8/5・・・・オリックス
8/6・・・・オリックス
(8/7移動日)
8/8・・・・日本ハム
8/9・・・・日本ハム
(8/10移動日)
8/11・・・・@西武
8/12・・・・@西武
8/13・・・・@西武
8/14・・・・楽天
8/15・・・・楽天
8/16・・・・@ロッテ
8/17・・・・@ロッテ
8/18・・・・ソフトバンク
8/19・・・・ソフトバンク
8/20・・・・ソフトバンク


連戦が続いてキツイかも(でも、Ⅱ期は関東ばかりで移動は楽ですね)しれませんが、期間が終了したら数日間の予備日なしにすぐリーグ戦に戻ります。この期間に交流戦消化しきれない場合はまた後日元々試合が予定されていない移動日に残り試合を開催して消化します。まあ一番良いのは、もう既存のセ・パ両リーグの概念を一時取っ払って、まず3地区制(タイトルやオールスター等はセ・パの概念を使用すればいい)にして、次に球団拡張してセ・パ各7の14球団制とし、余ったチーム同士常時交流戦を行う、そして最終的には東西地区制の16球団制とし、日本シリーズの前に地区優勝したチーム同士でリーグ優勝決定戦を行う。15~20年かけてでもこういう流れに持っていくのが一番の理想なのですが、しかし、東京や大阪とか特定の都市圏に人口が集中している日本ではやはりなかなか難しいのだろうなあ、しかし、既存のCS制度では、似たルールのKBOはペナントレース優勝チームは無条件で韓国シリーズに出場できるからまだ良いとして、消化試合を減らしたい目的は理解は出来ながらも不合理さも目立つし、いずれかは何らかの改革をしなければいけない時は必ずやってくるとも思います。監督の存在自体が既にハンデ(個人的には嫌いな人ではないけど、もっと適役な人を見つけられなかったのか)である様なWBCも、メジャー組は殆ど不参加を表明している様ですが、変化を恐れて現状に固執する様ではNPBのマイナーリーグ化も進む一方でしょう。いい加減今こそ、色々な面で改革が問われる時だとも思います。

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2017/01/17

野球殿堂×判官びいき×落選者達?

https://thepage.jp/detail/20170115-00000002-wordleafs?utm_expid=90592221-74.fuXON9qkQKOlkl5SDh-FzQ.0&utm_referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.co.jp%2Furl%3Fsa%3Dt%26rct%3Dj%26q%3D%26esrc%3Ds%26source%3Dweb%26cd%3D1%26ved%3D0ahUKEwiw0KO1lcnRAhXEGJQKHUGbC3kQqQIIGzAA%26url%3Dhttps%253A%252F%252Fthepage.jp%252Fdetail%252F20170115-00000002-wordleafs%26usg%3DAFQjCNF3mi9rAbG1j88gwVg6me-rCLw48A%26bvm%3Dbv.144224172%2Cd.dGo

原氏、立浪氏は、なぜ野球殿堂入りができなかったのか?

2017.01.17 05:00

                     

 

 

 

 

         
                                 

平成29年度 野球殿堂入りしたメンバー

                

 公益財団法人、野球殿堂博物館は16日、東京ドーム内の野球殿堂博物館で平成29年度の野球殿堂入りを発表した。プレーヤー表彰では、元西武の捕手で現在千葉ロッテ監督の伊東勤氏(54)が選ばれ、監督、コーチの退任後6か月以上、引退後21年以上を経過した人を対象とするエキスパート部門では、中日、阪神、楽天の3球団で優勝監督となった星野仙一・楽天副会長(69)、元大洋ホエールズのエースで、カミソリと恐れられたシュートを武器に通算201勝を果たした平松政次氏(69)の2人が殿堂入りした。晴れやかな受賞式の一方で注目が集まったのは、元巨人の原辰徳氏(58)と、元中日の立浪和義氏(47)の落選だ。

 原氏はエキスパート部門で初の候補者となったが、62票の次点に泣いた。またプレーヤー部門で、昨年度は伊東氏と1票違いの171票を集めていた立浪氏も、今回は217票で伊東氏に大きく水をあけられ、有効投票数の75パーセント以上とされている当選ラインの250票に33票も足りなかった。

 原氏は2年前にも、プレーヤー表彰で243票を集めながら、わずか6票足らずに次点に終わった。プレーヤー表彰の資格を失い、今回は7度のリーグ優勝監督、3度の日本一監督としてエキスパート表彰にノミネートされたが、当選とはならなかった。

 エキスパート表彰は、星野氏も今回が再資格を得て3年目での当選、平松氏も無効票が1つなければ落選というギリギリで滑り込んだほどの狭き門。殿堂入りの約30人、殿堂入り委員会の幹事、野球記者歴30年以上の野球記者の合計120人の資格者が5人連記の形で投票、有効投票数の75パーセント以上を必要とするので、決して簡単ではないのだが、WBCで世界一監督にもなっている原氏の落選には、なぜ? と疑問視する声が挙がっている。

 平松氏も「原も候補に入ってきたので先に追い抜かれると思っていた」と殿堂入り後に語っていたほど。

 すでに殿堂入りをしていてエキスパート表彰の投票権のある元巨人で、ヤクルト、西武で監督も務めた広岡達朗氏は、今回、原氏に投票したという。

「私は、5人を書かずに原一人だけの名前を書いた。11年で7度の優勝、3度の日本一、その功績もさることながら、巨人でクリーンナップを打ち、正力松太郎氏の意思を受けつぎ、真正面から野球に向かいあう巨人の正しい野球を継承してきた人物。殿堂入りするに値する実績を残して野球界に貢献をしてきた。
 これまで殿堂入りしてきた人物には、なぜ、この人が? という人物もいるのに、入るべき原が当選しないのは、投票者の見識を疑う。星野、平松、伊東については、その実績がちゃんと認められたのだと思うが、投票資格を持つ人々には、尊い1票をちゃんと入れなさいよ、と言いたい」

 今回、エキスパート部門で最大5人まで連記可能の連名の平均は、4.2票だった。
 独自の価値観で1人しか書かない広岡氏のような人がいるので、より狭き門となっているのではあるが、原氏のように選ばれて当然の名前が、選出されるのに何年もかかるようなシステムは、どこかに問題があるのかもしれない。 

 また関係者の一部には、エキスパート表彰に投票のできる委員は、記者歴30年以上など、ベテランで年配の方が多いため、選考基準が以前のプレーヤー表彰だけしかなかった時代と、ごっちゃになっていて、まだ現役時代の成績などに強くこだわっているような人もいて、原氏の監督としての評価をクローズアップすることができていない可能性もあるという。

立浪氏も、PL学園からドラフト1位で指名された1年目から星野監督に抜擢されて衝撃的なデビューを果たし、3拍子揃ったショートストップとして“ミスタードラゴンズ”と呼ばれる活躍を見せた。

 通算2480本安打は歴代8位の記録で、まだ資格のない金本知憲・阪神監督を除き、上位の6人は全員が殿堂入りを果たしており、中日の生え抜きOBとしては、同じく殿堂入りをしている高木守道氏よりもヒットを打っているにもかかわらず今回は落選となった。プレーヤー表彰に関しての投票権のない広岡氏は、立浪氏に関するコメントを残さなかったが、投票権を持つ筆者は、彼には入れなかった。

 理由は、一昨年、球界を騒がせたグラウンド外の問題で、彼の名前も取り沙汰されるなどした件で殿堂入りの資格という点で少し躊躇したからだ。真偽のほどは定かでなく、あくまでも疑惑の段階で、週刊誌などに報道され、彼にとってはいい迷惑だったのかもしれないが、今回、伊東氏よりも票が伸びなかった理由には、私がそうだったようにコンプライアンスの問題が多分に含まれていたのではないか、と推測する。

 覚醒剤の問題で逮捕された清原和博は、今回、殿堂入りの候補者リストから外された。立浪氏に投票しなかった人間が、こういうことを書くのは矛盾しているかもしれないが、立浪氏は候補者リストに入っている以上、そういう予断を投票の判断に含めてはならなかったのかもしれない。

 いずれにしろ殿堂入りの投票に関してのガイドラインは、以前として曖昧なまま。この部分をハッキリとさせない限り、今後も、この人がなぜ? の意外な落選が続く可能性を否定できない。

 (文責・駒沢悟/スポーツライター)
 

過去エントリーでも述べましたが、平松氏が評価されているのには・・・・・・・勿論実際残した実績は凄いものがあります。同じ200勝なら弱いチーム(甲子園優勝投手でもあるが、プロでは優勝経験はなく、Aクラスも5度。内4度は別当薫監督時でしたが)での方が価値があるのも分かりますが、何より第三期黄金期にあった巨人相手に50勝以上しながら勝ち越してもいる。これも間違いなく平松氏だけの「立派な勲章」です。ベースボールマガジン2008年7月号でのインタビューでも、選手生活晩年は故障との戦いで200勝までの道のりが辛かったという様な述懐をされていましたが、もっと早く殿堂入りしてもおかしくなかった人です。

しかし、平松氏>堀内氏ではありますが、堀内氏も何度も優勝争いの中、彼や江夏氏、松岡氏らエース達と何度も投げ合いしてきた中でその栄光を掴んできました。彼らを含んだ一定レベル以上の主力投手たち(防御率がリーグ平均以上で、先発登板数が16試合以上。何故16試合なのかと言うと、1967年の堀内氏の先発登板数で、それは78年まででは規定投球回数には達していながらも最小だったから)との投げ合いでは、全試合平均よりも援護点をもらえなかったシーズンだって何シーズンもあったし、何よりポストシーズンでは2年連続日本シリーズMVPや通算登板試合数等の輝かしい記録をいくつも保持しています。

異論が大いにあるのは百も承知です。「今度は何言ってんだこいつ」な感じで聞いてもらえる程度で全然構わないのですが、彼ら名投手たちへの評価も日本人特有の判官びいきも背景にある様に改めて思えます。どちらかと言えば、理非の冷静な判別よりも感情論や印象論に走り、実態よりも甘くなってしまいがちなのです。

勿論今回の殿堂入りで改めて平松氏を評価している野球ファンが皆アンチ巨人とかではないのでしょうが、現実として今まで殿堂入りしてきた、またはそれに相応しい名選手達がプレイしてきた時代は巨人一極集中の歪な時代でした。テレビ中継だって特に地方は巨人戦しか殆ど放送しない。自民だって大都市圏よりは群馬とか新潟とかの地方の方が強い様ですが、巨人もこれでは巨人ファンが大量発生したのも無理もない一方で、既にV9末期には湯口事件も起きていたけど、江川事件、桑田事件、自球団に明らかに有利なFA・逆指名、野球賭博ETC・・・・・・・・・巨人VS他セリーグ5球団が大半だったテレビ中継に加えて、巨人がただのヒーローならまだともかく、現実はヒールな面もかなり強い事も相まって、良い面ばかりを強調して、悪い面は半ばスルーする確証バイアスに陥ってしまうのです。

そういうバイアスに陥ってしまう奴はバカなのだではなく、誰しもそういう危険性があるもので、故・天本英世氏もアンチ巨人のヤクルトファンだったらしいですが、同世代でもあるミスター(長嶋茂雄氏)とは選手時代から日本シリーズでも何度か対戦してきたノムさん(野村克也氏)が、私から見れば、選手としては相応でも監督としては実態以上の評価を受けていて、星野仙一氏も事あるごとに「監督時代の実績は野村の遺産」とか言われている(星野氏もブランク置かないで同一リーグ球団に監督移籍したノムさんの事批判したくせに、自分も間もなく同じ事したのもノムさんフリークからの反感材料となっているのだろう。噂の真相でもそのくだりについても書かれていたけど)のもぼやき等本人の独特なキャラもあるけど、巨人たたきを営業にもして、しばしば巨大補強も何度かやった巨人を倒した姿をテレビ中継等で見せつけていたからだし、これもこのブログを始めた直後に指摘して、実際は彼はそこまであの時代の投手としては突出していたまでの成績を残したわけではなく、水爆打線をバックにしたシーズン39勝や故・藤村冨美男氏がまだバリバリ四番張っていた頃の大阪時代等決して援護にも全く恵まれていなかったわけじゃなかったのに、故・佐野洋氏が十番打者で故・真田重蔵氏はあたかも、強豪チームでのプレイに恵まれなかっただけで、故・別所毅彦氏とも肩を並べるほどの大投手であると過剰評価したのもそうした判官贔屓故の確証バイアスだと思います。

佐野氏のこの過剰評価については、故・千葉茂氏もあからさまに反対したほど強引な引き抜きで巨人に入団し、概ね順風満帆な現役生活(指導者としては成功したとは言い難かったが・・・・・)を過ごした別所氏と戦前から参加していたのに、所属していた球団自体、水爆打線も一瞬の夢、対等合併だった筈が発表時点で既に消滅球団となってしまっていたり、2リーグ分裂のゴダゴダで選手を引き抜かれたチームに所属していた真田氏の「境遇の差」が大きな背景なのでしょうが、堀内氏についても、殿堂表彰者決定直前の記事でのヤフコメ民みたいに同世代ではあるけど、直接関係ない場面で否定的に引き合いに出す人達が正当に評価しているとは正直思えないのです。実際既にベースボールマガジン社刊「連続写真で見るプロ野球20世紀のスター100人の群像Ⅱ」でも堀内氏について以下の様に指摘されていました。(一部引用)

「ONをはじめ野手に強力メンバーがそろっていたこともあり、その実績に比して正当な評価を受けていない部分もある。あれだけのバックがそろっていれば勝って当たり前という意見である。しかし、当時のメンバーで200勝を挙げたのは堀内だけ。低い評価があるとすればそれは間違っている。(中略)どれほど選手層が厚くても、9連覇が容易でない事は過去の歴史を見ても分かる。その中でエースとして投げ続けた堀内に、もしも低評価があるとすれば、それは不当な評価と言えるだろう。」


まあそろそろ「お前いい加減ムキになり過ぎ」とか突っ込まれそうだし、平松氏と堀内氏の話はいい加減ここで止めますが・・・・・・・・・・アメリカでもブレーブスのシャーホルツ球団社長とセリグ元コミッショナーが野球殿堂入りを果たして、一方でバリー・ボンズ氏とロジャー・クレメンス氏は今年も落選とステロイド全盛期の名選手達への逆風は依然止まない様です。しかし、それを言うならば、ハンク・アーロン氏やマイク・シュミット氏とかだってアンフェタミンを服用した事があったらしいし、落選したのは明らかに怪しいのに薬物服用を認めなかった事以外にも人間性にも問題があると見なされているのか。まあ、それを言うならば情状酌量の余地も(トミー・リー・ジョーンズ氏主演の映画でもそういう悲しき過去も良く描かれていましたが)ありながらもタイ・カッブ氏とかオーランド・セペダ氏も微妙なのですが、平松・星野・伊東各氏の殿堂入り共々シャーホルツ&セリグ両氏の殿堂入りもおめでとうございますです。

その一方で、この記事でも原辰徳氏と立浪和義氏の落選について言及されていましたが・・・・・・・・・実績だけを見れば、原氏は確かに川上・王・長嶋各氏のレジェンドクラス(彼らはたまたま切れ目なく巨人に入団したにすぎないしね。川上氏は入団時は投手、王・長嶋両氏は他所の球団に入団する可能性だってあったし)と比べれば物足りなく感じられるだろうし、ましてや長嶋解任&王引退直後に入団してしまったから前述のテレビ中継等も相まって余計凡打した悪いシーンばかり印象に残ってしまってその点では損をしているし、監督時代も確かに戦力には恵まれてはいましたが、それでもV9以降リーグ3連覇を二度もやった監督なんてそうはいないでしょ?WBCでも優勝監督になっているのも無視できまい。監督時代の実績も加味してギリギリ基準を満たしたと言った所ですか。しかし、「弱いチームで一度監督やれ。」とも言った事もあった広岡氏があそこまで高評価していたのは意外でしたが。2007~14年の巨人は第四期黄金時代と評しても差し支えないながらも、連続日本一は未だにV9の1973年が最後ですが、「日本一になってやっと正力さんから褒めてもらえた。」ともしばしば言っていたしね。広岡氏って。氏はまた、CS制度には否定的な様だから、2007年と2014年に日本シリーズに出場できなかった(そして皮肉にも中日が53年ぶりの日本一となり、阪神も戦後15~20年に1・2回しか出場できないジンクスが無くなった)のもそんな元々マイナス評価にはなってはいないのでしょう。「尊い1票云々」は政治家の選挙じゃあるまいし、何を大袈裟なとも突っ込みそうにもなったけど・・・・・・・・・

立浪氏は個々のシーズンでは突出したほどの成績ではなかったながらも、長くミスタードラゴンズとして活躍し、チームにはなくてはならない顔でした。特に二塁打を量産した中距離打者で、コーチ・監督になってもおかしくなかったのですが・・・・・・・・・・・・何故後者はコンプライアンスとやんわり言及したのに対して、前者は・・・・・と思いきや、以前にも引用したこの記事のライターはスポーツ報知OBだから巨人や巨人OB寄りの記事になるのは当たり前(まあ、キムタク上げ提灯記事の方がもっと露骨ですがね。今度の主演ドラマも、あれだけ他にも老若男女有名どころ集めて、初回視聴率が14.2%?だけど)なのですが・・・・・・・・ヤクザの娘とも言われているファンの女性とのできちゃった婚や梅宮アンナ氏との不倫以外にも色々週刊誌にも書かれた黒い噂がある後者もなかなかエグいわですが、前者もあのヤクザに1億円渡した件なんかもどーみても正力(松太郎)氏の言う紳士のやる事ではないですからね。これで殿堂入りできるのならば、平松氏が今まで殿堂入りできなかったのも、堀内氏とどっちが上かとか抜きにしてもおかしいけど、清原氏がその対象からも外されてしまったのもそれ以上におかしいですからね。原氏の、主に現役時代の成績への否定的な意見にはそれなりに擁護はしますが、この1億円の件はさすがに無理です。そう言えば、息子は今度は麻布十番嘉YOSHIというレストランで店主として働いている様で、あの海水浴を楽しんでいた頃と比べるとふっくらした様なですが、今度こそ長続きするのですかね。今度はマイナーだけど、70過ぎまで長生きした某新撰組隊士も演じるらしいフクシ(落合福嗣氏)の方が全然マシだぞ、今の所。せいぜい頑張れよ!!だけど。まあそれはともかくとして、来年は誰が新たに野球殿堂入りするのか、もっともっと陽の当たらない感がある面々も再評価され、これからも国民的娯楽としての野球の発展に寄与する事にもなれば・・・・・・・です。

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2017/01/14

史上最強の巨人キラー、平松は今年こそは殿堂入りできるだろうが

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170111-00000003-wordleafs-base

野球殿堂7不思議の落選を続けた星野氏、原氏、平松氏の殿堂入りはなるか

THE PAGE 1/13(金) 5:00配信    

 今年度の野球殿堂入りの表彰者が16日、野球殿堂博物館より発表される。すでに発表されている平成29年の野球殿堂入り候補者は「プレーヤー表彰」が16人、「エキスパート表彰」が14人の計30人。選出は「プレーヤー」は野球記者暦15年以上の記者、「エキスパート」は過去の野球殿堂入り者、表彰委員会幹事、野球記者暦30年以上の記者の投票によって行われ、共に3分の2以上の有効投票で、75%以上の得票を得た候補者が殿堂入りを果たすことになる。

 今年度の「プレーヤー表彰」の有力候補は、現・千葉ロッテ監督で、西武の現役時代には3拍子揃ったハイブリッド捕手として捕手の概念を変えた伊東勤氏(53)と、中日一筋で通算2480安打、歴代最多の487二塁打の記録を持つ“ミスタードラゴンズ”立浪和義(47)の2人。伊東氏の通算134盗塁は捕手の歴代最多で西武の監督としても日本一に輝いている。昨年度の投票でも伊東氏が172票、立浪氏が171票を獲得しており、今回は、共に当選の可能性が高い。

 それよりも注目は、監督、コーチ、審判の引退後6か月以上経過している者、プレーヤー表彰の有資格者だった者で引退後21年以上経過した者が対象となる「エキスパート表彰」だ。

 殿堂入りの“7不思議”と言われるような落選を続けていた星野仙一・楽天副会長(68)と、元大洋の平松政次氏(69)、そしてプレーヤー表彰で、選出されないまま2年前に資格を失っていた元巨人の原辰徳氏が、エキスパート部門で復活選出されるかどうかに注目が集まっているのだ。

 星野氏は、監督として中日、阪神、楽天の3球団に跨って優勝に導きながら、なぜか2年連続で落選していた。3チームで優勝を果たしたのは故・三原脩氏、故・西本幸雄氏と過去に3人しかいない。監督としての通算1181勝は、歴代10位の記録である。その三原氏、西本氏だけでなく、上位の9人全員と通算勝利数では13位の故・仰木彬氏も2004年に殿堂入りしている。実績だけでなく、闘将と呼ばれる強いリーダーシップなどファンに対する印象度から行けば、殿堂入りになんら不足はない。しかし不思議と票が集まらなかった。

 またカミソリシュートを武器に大洋ホエールズ(現横浜DeNA)のエースとして201勝を挙げている平松氏も弱小チームで記録した201勝という価値ある数字が評価されず、昨年度の投票では、平松氏が次点の70票、星野氏は69票で、それぞれ13票と14票が75パーセントの得票ラインに足りなかった。

 また原氏はプレーヤー表彰でエントリー最終年だった2015年には243票で、当選にわずか6票及ばずに落選した。ちなみにその年度の殿堂入りは古田敦也氏だった。

 巨人での現役時代の原氏の打撃成績は、通算1675安打、382本塁打、タイトルは打点王、新人王くらいで物足りないかもしれないが、伝統ある巨人の4番を務めたインパクトに加え、巨人の監督としてリーグ優勝7度、日本一3度に輝いている。それらの実績を踏まえると選出されても不思議ではなかったが、エキスパート表彰が作られてから、監督としての実績をプレーヤー表彰の選考基準に含むかどうかのガイドラインが曖昧となっていて、なぜか選ばれなかったのである。だが、今回、候補者となったエキスパート表彰は、監督、コーチ、審判の実績を讃えるものなので、もう、その部分での議論の余地はないだろう。

 エキスパート表彰は、メジャーのベテランズ選出を参考に過去に殿堂入りから漏れた功労者の掘り起こしと、監督、コーチとしてプロ野球の発展に多大な貢献をした人の殿堂入りを目的にして2008年に制定されたもの。過去9年の表彰者は、故・青田昇氏、故・江藤慎一氏、故・皆川睦雄氏、外木場義郎氏、故・榎本喜八氏のたった5人。2014、2015年の2年間は該当者がなかっため、投票に関する規約が変更され、投票の際の連記人数が3人から5人に増やされて、昨年度、故・榎本喜八氏にようやく光が当たった。
 
 エキスパート表彰の投票者は、過去の殿堂入り者、表彰委員会の幹事、記者暦も30年以上の記者と、選りすぐりのメンバーになっていて、プレーヤー表彰の投票資格者が345人に対して、エキスパート表彰のそれは120人と少ない。現在は、一人が5人連記で投票を行うが、75パーセント以上の得票ラインとなると、84、5票が必要となり、依然、非常に狭き門となっている。
 
 球界関係者の話によると「投票基準が明確でないので、“好き嫌い”が投票に反映されていて特に約30人の殿堂入り者の方々の影響が大きく、記者暦30年以上となると、毎年、大きく投票者の顔ぶれも変わらないので、なぜ、この人が落選? という事態が続くんです」ということらしい。

 それが野球殿堂7不思議を生むことになり、エキスパート表彰で複数の表彰者が出たことが過去に一度もないのも、その影響。今年度も、投票方式、規約に関しての見直しが行われておらず、昨年度選出された榎本氏の票が、新たな候補者となった原氏に流れ、また昨年度に63票を集めた権藤博氏(70)も有力の候補のため、ひょっとすると、今回も票が割れて、星野氏、平松氏、原氏の3人が同時に選出されることは難しいのかもしれない。
 殿堂入りの権威や、選出の価値観の多様性は必要だと思う。だが、そこに候補者の功績をそっちのけに投票者の個人的な価値観が、あまりにも大きく影響を与えるのだとすれば、野球ファンは納得しない。
 それに光を当てねばならない過去の功績者は、まだまだたくさん残っている。
 
 発表は16日だが、また殿堂入りの7不思議が続くようならば、野球記者クラブ内だけの記者に限られているような投票資格者のあり方を含めて殿堂入りの選考方法の見直しがより活発に議論されることになるだろう。

(文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)

何だか平松氏については「堀内が選ばれているんだから」とか「巨人と大洋の差」とか言っていたコメントが見られましたが・・・・・・・・・そう言えば某巨大掲示板でも「一番ショボい200勝または2000本安打達成者を挙げるスレ」(だったっけか?)でも投手は堀内を挙げるレスが多く、まあそんな不毛な議論している連中の方が・・・・・・・・とも思いますが、堀内氏が13年連続2ケタ勝利を挙げていた1966~78年、防御率がリーグ平均以上かつ、先発登板試合数16以上の相手チーム投手、つまりエース格投手とだけ先発または他の登板投手よりもイニング長いロングリリーフとして登板し、投げ合った時の成績を日本プロ野球記録というサイトを参考に調べました。以下のエクセル様式でまとめたのですが、見ていただきたい。

「horiuchi_and_other_aces.xlsx」をダウンロード

堀内否定派の意見でよく聞くのが、「ONを中心とした打力も守備力も優れた野手メンバーが揃っていて、かつONと対戦しなかったからあれだけ勝ったのも当然だ。」とかですが、こうして見ると、エース格との投げ合った試合での平均援護点が巨人の平均試合得点を上回ったのは1966・67・71・74・76年と5回にとどまって、いつもよりは援護をもらえなかった年の方が多かった様です。まあ、いくら共通の苦手投手が殆どいなかったON(1974年をもってNの方は引退したが)とかいくらレギュラー野手が曲者ぞろいでも二線級以下はともかくとして、エースクラスはそうそうは打てない。1969年なんか巨人の平均得点よりも1.55点も下回っていて、3点少ししか援護してもらえず、7勝8敗と負け越してしまっていました。

防御率も1968と70~74年は全登板のそれより良く、特に68年は0.57も良かった。また70年も1点台で、ベストシーズンの1つとして挙げられるであろう72年の反動で不振に陥った73年も全登板4.52よりは0.49良い数字を残しています。74年まではまた、エース格との投げ合いで延長戦まで8回投げており、70年7月31日の阪神戦等それでもサヨナラ負けを喫した事もありましたが、75年以降は打高投低傾向が顕著となっていたのを考慮しても劣化が目立ちます。

75年から順に4.37、4.82、4.41、4.01ですが、3.79、3.96、4.58、3.54で全登板のそれはエース格との投げ合いで、二線級以下投手とのそれよりも打ち込まれる事が多くなっていたのが分かります。特に同世代のエース達との対決では対江夏が10勝8敗、対松岡が8勝8敗、そして対平松が3勝7敗と、ヤンキース王朝史上最高の生え抜きエースであろうホワイティ・フォード氏もライバルだったインディアンスとホワイトソックスに所属していた故アーリー・ウィン氏との投げ合いでは負け越してしまったらしい(通算ではイ軍にもホ軍にも大きく勝ち越しているのに)ですが、やはり史上最強の巨人キラーだった平松氏との相性が良くなかった様です。彼らも含めたエース格との投げ合いでは84勝63敗の勝率.571で、同じ期間の951勝668敗だった巨人の勝率.587よりはやや劣りますが、1967年には数か月以上二軍落ちしていた時期もあったし、このエース格との投げ合いでの援護点と防御率だけを見ても、援護に恵まれていたから勝ち星が伸びたとは必ずしも言えない事は分かるでしょう。

早熟型だった堀内氏と史上最強の巨人キラー平松氏、どちらかが上かと言えば、それは平松氏でしょう。同じ200勝なら、弱いチームで達成した方が価値があるのも理解はできます。しかし、堀内氏も・・・・・・・・・まあノーヒットノーラン&3本塁打は優勝が決まった後の消化試合でやった事だと500歩譲って差し引いても(それでも十分すごいが)、日本シリーズでも通算最多登板、通算最多投球回数、通算最多勝利等の記録をいくつも保持しているし、2年連続MVPにもなっています。落合氏みたいにレギュラーシーズンでの成績は超一流でもポストシーズンでは目立った活躍が出来なかった人だっていますが・・・・・・・・

ヤフコメ民の言う事に「それは違うんじゃないの?」と一々突っ込んでたらキリがないのは分かっているつもり(だから、例えば「太平洋戦争はアジア解放の為の聖戦」だとか悪い意味で何言っていたか分かる記事なんて最初から見ない)だし、別に堀内氏の信者じゃないけど、平松氏にはないポストシーズンでの活躍も見られたのに、殿堂入りしているかしていないかの差を半ば単に所属していたチームが強豪だったか否かとか断ずるのは全くフェアじゃないし、的外れでしょう。どうも彼らは韓国の事も関係ない記事でも叩きたくてしょうがない様ですが、この記事も同世代ではあるけど、そもそも堀内氏について一言も触れてないのに・・・・・・・明らかに勝利数とか表面上での通算成績で劣っているのならまだしも、そんな堀内氏とどっちが上かとかの比較なんか全く抜きにしても、平松氏も間違いなく時代を代表する大エースだという事は、別にヤフコメ民がどや顔で強調しなくたって分かる人は分かる事です。今年こそ多分きっと殿堂入りできるでしょうが、他の2人も星野氏はやや微妙だけど、原氏は現役時代の成績が平凡って、たまたま巨人に川上・長嶋・王と続けてレジェンド級が入団(しかも長嶋・王両氏は他の球団に入団する可能性だってあったし)したからそう見えるだけの印象論でしょ、あのヤクザに一億払った件は擁護しかねるけど、WBCで優勝監督になったのと、2度のリーグ3連覇等巨人第四期黄金期をもたらした監督としての実績を加味して、殿堂入りさせてあげても良いんじゃないかとも思います。

【以下1月16日追記】

平松、星野、伊藤各氏が殿堂入りした様ですね。星野氏については、「野村の遺産」コメントが目立ったのも、全く悪い意味で「ああ、やっぱり」でしたが・・・・・・・まあ「関根さんが~」云々等の広岡氏の発言は、嫌いな人間の事は私怨も半ばむき出しにしてボロクソに貶す様な人だから100パー鵜呑みには出来ないけど、それを言うならばノムさんだってヤクルト時代は確かに彼の活躍とチーム戦績はほぼ比例していたし、育てたのも大きな功績の一つだったのでしょうが、古田氏以外にも広沢氏(1995年に巨人に移籍したが)や池山氏等監督就任前に主力となった選手だって何人かはいたし、伊藤氏や岡林氏等杉浦氏を酷使した鶴岡親分の悪い点をも受け継いで潰した事(大沢親分もこの点はノムさんと同じで、木田氏も工藤氏も短期間しか活躍できなかった)あったし、阪神だって、矢野氏みたいに前監督の時に移籍した選手や、今岡氏みたいにノムさんとはソリが合わなかった選手だっていたでしょ?でも、「〇〇の遺産」云々言っている人達って、日米通算とかと同じ。自分達に都合の良い面でしか見ないで無責任にものを言う。何度も言う様に、ホントに遺産に頼らなかった人なんて、せいぜい鶴岡親分と西鉄時代の三原修氏ぐらいなんじゃないの?それなら他にももっと評価されていい人いるでしょ?あなた達はそういう人達の事なんて興味ないのだろうけどですが・・・・・・・・星野氏にも決して欠点が無いわけではないし、殿堂入りに積極的に賛成するほどまでではないですが、たとえ遺産だとしても、そういうのも、主力選手のやる気を引き出してある程度以上上手く使った結果、他に2人しかいない3球団で優勝した監督になったのもまた事実でしょうに。(そうした勢いがあまり長続きしなかったのもまた事実だけど)「〇〇の遺産」の〇〇に入るべきなのは100歩譲っても、自身もホントに全くそういう遺産に頼らないで勝ってきた監督だけです。勿論メジャーでもそんな監督はごく少数しかいませんが。やっぱ原氏と立浪氏は今後も厳しいだろうなあでもありますが、今回は取りあえずもうこれくらいにします。殿堂入りされた諸氏方々おめでとうございます。

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2017/01/06

巨人を意識するのは良いけど、阪神の2010年代は負け越しの可能性が

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170106-00000015-nkgendai-base

FA大補強をチクリ…阪神球団社長“天にツバ”する巨人批判

日刊ゲンダイDIGITAL 1/6(金) 12:23配信    

 鼻息は荒かった。

 5日に行われた阪神の年賀式。四藤球団社長が「東ですごい補強をした球団があるが、金本監督のもと、一丸となってやっていれば、結果はついてくると思う」と、巨人をチクリとやったのだ。

 このオフ、陽、山口俊、森福の3人をFAで獲得した巨人。助っ人、トレードも含めると、たしかに「すごい補強」をやった。だが、巨人関係者が聞いたら、「どの口が言うのか」と、苦笑いを浮かべる発言だ。

 阪神だってFAで糸井を獲得。新外国人も2人、米国から引っ張ってきた。

 93年にFA制度が導入されてからの獲得総数は巨人の23人(落合、清原ら)に対して阪神は11人(石嶺、金本ら)と差があるとはいえ、メジャー帰りの選手の獲得人数は、巨人の2人(柏田、小林雅)に対して、阪神は5人(伊良部、城島ら)で逆転する。

 金本監督はデイリースポーツの元日インタビューで、捕手と左のリリーフ投手を獲得する話が浮上していたことを明かした上で、「1人でも多く生え抜きを育てたいという思いがあった」「補強は必要だけど、補強依存のチームにはしたくはない」「補強は最小限」と語ったものの、カネを積んで補強をしたがるフロントの体質は、巨人も阪神も何ら変わりはないのだ。

 生え抜きの育成に定評がある広島や日本ハムが巨人をチクリとやるならまだしも、少なくとも阪神がどうこう言える話ではないだろう。

まあ別に批判と言うほどの発言でもないでしょでもありますが、とにかく巨人を自民共々暇さえあれば叩きたくてしょうがない、悪質なアンチ巨人がそのままペンを握った様な記事ばかりのゲンダイにしては「比較的マシ」な記事ですね。ここで、2015年までの巨人・阪神両球団にFA移籍した選手の成功度を〇、△、X(さらに〇と△は+と-あり)で評価してみたいと・・・・・・・異論はあるでしょうが・・・・・・・・・

巨人

落合・・・・〇、2度の優勝に貢献。打率3割も2度。
川口・・・・△、リリーフとしてメークドラマに関わる。
広沢・・・・×
河野・・・・△
清原・・・・△-、初のシーズン3桁打点の年もあったが、フル出場してかつリーグ優勝に貢献した年が一度も無かった。
工藤・・・・〇
江藤・・・・△+、2002年以降成績は下降。
前田・・・・△+
野口・・・・×
豊田・・・・〇-、リリーフ弱点の当時のチーム(2005年は4人以上の投手が登板した試合の勝率が3割台前半)において、一定以上の貢献を果たす。
小笠原・・・・〇、第四次黄金時代立役者の一人。
門倉・・・・×、野口と並ぶFA投手外れ補強。
藤井・・・・△-、1年目は7勝する。
村田・・・・〇
杉内・・・・〇-、但し2016年は一軍登板なし。
大竹・・・・△-、野口・門倉よりはマシだが・・・・・・・
片岡・・・・△-
相川・・・・△-
金城・・・・×
脇谷・・・・×

阪神

石嶺・・・・△-
山沖・・・・×、一軍出場のないまま引退。
星野伸・・・・×
片岡・・・・△、2003年の優勝に貢献。
金本・・・・〇、説明不要だろうが、鉄人として不動の主砲に。そして監督就任。
新井・・・・△+、打点王のタイトルを取るも、2014年の日本Sでは出番なし。〇に近い△+。広島に戻って優勝に貢献。
藤井彰・・・・△+、他捕手との併用起用が多かったが、2013年には盗塁阻止率リーグトップ。2014年の日本Sにも出場。
小林・・・・×、2012年は一軍出場なし。
日高剛・・・・×
高橋聡・・・・△+、貴重な左腕投手だが、防御率3.76はチーム平均よりも悪かった。新井同様〇に近い△+。

△+以上がまあまあ以上な評価ですが、巨人は20人中8人、阪神は10人中4人、しかし、〇だけなら、巨人は6人に対して阪神は1人ですね。ゲンダイの記事でも言及されていた海外帰りは巨人は柏田選手がそこそこ働いて、小林雅選手は実力を発揮できなかったけど、1年で移籍したからまだそこまで目立たなかったかも?対する阪神は5人中、福留選手が、日本S出場と昨年の打率3割を考慮して何とか△+かなあですが、他の4人は伊良部選手も2003年の優勝に貢献したけど、働いたのはその年だけでは△かなあだし、福留選手だけがまあまあ成功している感じですね。

FAで一番成功しているのはソフトバンクでしょうね。ダイエー時代は石毛・田村・山崎慎各選手の失敗例もあったけど、ソフトバンク時代以降は目立った失敗は無く、現監督の工藤・小久保(古巣への復帰)・内川各選手の他にも細川選手はベストナイン&ゴールデンクラブに選出された事もあったし、中田選手も勝ち星と投球回数は減少気味ながらも、CSで6勝挙げている等、短期決戦に弱い印象が強かったチームにあって、2014・15年の連続日本一には欠かせない戦力でした。

巨人も正直補強するのは良いとして、その為の金かけすぎじゃね?ですが、阪神も・・・・・・・まあFA以前からアルトマン氏やパリッシュ氏等他球団での実績あった助っ人外国人選手も良く獲得していたけど、間違いがなければ1980・90年代が負け越しとなってしまった後の2000年代、727勝659敗32分の勝率0.525で、巨人戦は4シーズン勝ち越し・負け越し、2シーズンタイの128勝121敗6分と実に1930年代以来の年代通算勝ち越し(2リーグ制以降1999年までの50年間では巨人戦勝ち越しはわずか6回と8年に1回の割合だった)を果たして、漸く伝統の一戦復活かと思いきや、2010年代は去年まで483勝490敗33分の勝率0.496と再び負け越しに転じてしまい、巨人戦もメークレジェンドを許した2008年以来再び勝ち越せなくなり、それでも2009~2011年は何とかタイだったのが、以降は負け越し続けています。2010年代の対戦成績は68勝94敗8分と大きく負け越してしまっていて、過去の年代では98勝137敗7分だった1950年代に近いペースです。去年は甲子園でなかなか勝てなかったのが特に響きました。なお巨人は1990年代は715勝600敗2分の勝率0.544だったのが、2000年代は2006年までは508勝461敗16分の勝率0.524だったのが、第四次黄金期の到来で巻き返し、2000年代は761勝627敗29分の勝率0.548で90年代を僅かに上回り、2010年代は去年まで548勝419敗39分の勝率.567とさらに巻き返し、去年は広島に17.5ゲーム差もつけられましたが、2007年以降今の所はBクラスも負け越しもない状態です。

ちなみにMLBではヤンキースVSレッドソックスは90年代がヤンキースの64勝60敗、00年代が同97勝83敗、ヤンキースが弱体化してきている10年代が去年まで65勝65敗の全く五分と00年代は勝ち越したのが2004年だけながらもリーグ優勝決定戦でもまさかの・・・・・・・だったのですが、通算でもヤンキースが1183勝996敗の勝率0.542と阪神に対する巨人ほどではないにせよ、大きく勝ち越している事(同じ伝統のライバルでは、ジャイアンツVSドジャースおよびカブスVSカーディナルスはいずれも前者が勝ち越しているが、ヤンキースほどではない)を考えると90年代以降は比較的レッドソックスも善戦していると言えるでしょう。2011年に7年ぶりに勝ち越して以降、大きく勝ち越した年も見られる様になりましたが、レッドソックスも21世紀、既に3度も世界一にもなっている一方、2010年代は地区最下位も3度経験しており、今年もオルティーズ元選手が抜け、上原選手もカブスに移籍したので戦力ダウンは免れないでしょう。話がそれながらも、阪神も全く若手起用に消極的なわけでも無いようですが、またダメ虎に戻るのか、それともレッドソックスやジャイアンツ(2010年代に隔年ながらも3度の世界一)みたいに強豪復活となるのか正念場でしょうね。巨人も四番打者も立て続けに補強していた時なんか迷走してましたが、巨人以上に「補強した割には・・・・・・」な戦績なのは否めないでしょう。まあ阪神って戦後は15~20年に1・2回優勝するジンクスがある様で、CS制のおかげで日本シリーズには2014年にも出れる様になったけど、次の優勝はやはり2020年頃で、金本監督も安藤統男氏みたいに「後任監督時の優勝の下地を作った」とそれなりに評価されるにとどまるのかもですね。

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