軍事

2017/07/09

新年度に就任したスペイン軍の新参謀総長達

https://politica.elpais.com/politica/2017/05/01/actualidad/1493636085_558554.html

El nuevo jefe del Ejército de Tierra se recupera de un infarto

El general Varela ha sido intervenido en el Hospital Clínico de Valladolid

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El general Francisco javier Varela Salas, a la derecha, en su toma de posesión como jefe del Ejército de Tierra.

El nuevo jefe del Estado Mayor del Ejército de Tierra, el general Francisco Javier Varela Salas, se recupera de un infarto en el hospital Clínico Universitario de Valladolid, donde ha sido ingresado, según ha confirmado un portavoz del Ejército de Tierra. El general sufrió un ataque al corazón el pasado sábado en Palencia y fue trasladado a Valladolid, donde fue intervenido ayer y se le practicó un cateterismo. Su evolución es favorable y su familia ha pedido que se respete su intimidad y se le deje descansar, según el mismo portavoz.

Francisco Javier Varela, nacido en Puertollano (Ciudad Real), de 64 años, fue nombrado nuevo jefe del Estado Mayor del Ejército de Tierra el pasado 31 de marzo, junto a los jefes de la Armada y el Ejército del Aire, a propuesta de la ministra de Defensa, María Dolores de Cospedal, y tomó posesión de su cargo, en sustitución del general Jaime Domínguez Buj, el 3 de abril.

Desde febrero de 2016 estaba al frente del Cuartel General de Alta Disponibilidad del Ejército, con base en Bétera (Valencia). Anteriormente estuvo al mando de la Fuerza Terrestre, de las Fuerzas Ligeras y de la Brigada Alfonso XIII de la Legión. Entre otras misiones internacionales ha participado en las operaciones en la antigua Yugoslavia (1992), Kosovo (1999) y Afganistán (2008).

これスペイン語のページですが、今年度から陸軍参謀総長に就任したフランシスコ・ハイバー・ヴェレイラ・サラス陸軍大将についてのニュースです。

スペイン軍はフランコ独裁政権期には各軍(陸海空)には参謀総長とは別に大臣がいて、Alto estado mayor、まあ高級参謀と訳すべきなのですが、この高級参謀が各軍の調整役的な役割を担っていたらしい。フランコ死後王政復古&民主化されて、今度はこの高級参謀がJunta de jefes de estado mayor、直訳して評議会参謀長かな?移行期のポストとして改めて新設されて、1984年以降は国防参謀総長に置き換えられて現在に至っているらしい。国防参謀総長はまた、偏りが生じない様に陸海空各軍出身者交代で就任する(他にはイタリア軍とかもそう)らしいですが、スペイン軍には大将に相当する階級が長く存在せず、おそらくNATO加盟後、自衛隊の幕僚長達同様各軍参謀総長達のみ大将待遇とされていたのですが、1997年に創設(陸海空それぞれGeneral de ejercito、Almirante general、General de aireだが、海軍将官階級の場合は准~大将ではなく、少~上級大将と訳した方がしっくり来るかもしれない。なお、アルゼンチン陸軍の大将相当階級が未だにTeniente generalとなっているのはこのスペイン軍の影響であろう)されて、それ以前に民主化以降各参謀総長に在任していた人も後追いで授与されたらしいです。

陸海空、それに国防の各参謀総長(1984年以前は前述通り参謀評議会議長)はフランコ独裁政権期は30年強実施されなかった事もあったけど、民主化以降は原則国会議員総選挙の前後に交代となる傾向がある様です。最近では前年の6月下旬に実施されたのですが、サラス陸軍大将は1952年8月15日(日本では終戦記念日です)生まれだからもうすぐ65歳、自衛隊だったらとっくに定年退官になっていますね。

スペイン軍は大尉になるまでの年数は他国軍とそうは変わらないが、中佐・大佐になるまでの年数がかなり長いのが特徴的です。このサラス陸軍大将にしたって、大尉昇進が1981年だから28-29歳の時でしたが、中佐昇進が1998年で45-46歳、大佐昇進が2005年で52-53歳です。将官(准将)に昇進したのが2009年(56-57歳)で、少将が2011年(58-59歳)、中将が2014年(61-62歳)の時だった。将官昇進後は旅団長、軽戦力集団司令官(2017年に組織改編により地域師団となる)、地上部隊(陸軍部隊の最高司令部)司令官を経て現職に就任したのですが、スペイン軍の中佐以上の定年って何歳なのでしょうね。中佐が53~55歳、大佐が58~60歳、准将・少将が60~63歳、中将が65歳ぐらい?かなり高いのは間違いなく、2016年秋時点で中将は陸軍が11人いるらしいですが、大佐以上の定年の高さが椅子取りゲームの激しさに拍車をかけているのでしょう。(なお、余談ながらロシア連邦軍も近年少将・中将が55→60歳、大将が60→65歳に定年引上げられたらしい。実際は必ずしも定年いっぱいまで務めているわけでもないようですが、旧帝国陸海軍だって平時は殆ど定年前に予備役となっていたし)

大将は各軍参謀総長ポストのみで、中将昇進後まもなく抜擢される例も珍しくない(米軍ではいきなり中将からは統合参謀本部議長、陸空参謀総長、海軍作戦部長、海兵隊司令官にはなれないのとは対照的であるとも言える)らしいですが、アルフォンソ・パルド・デ・サンタヤーナ・イ・コロマ陸軍大将(1998-2003年陸軍参謀総長在任)やマヌエル・リボリオ・ガルシア海軍上級大将(2008-12年海軍参謀総長在任)みたいに67歳まで在任した例もあるみたいです。スペインの国会議員任期は4年らしく、次の総選挙は遅くとも2020年には実施されるのですが、サラス陸軍大将も少なくとも2年は在任する事になるのでしょう。旧ユーゴスラビアやアフガニスタン等実戦経験も豊富な様ですが、組織改編したばかりでもある陸軍のナンバー1として日本同様女性でもある国防相(この人の場合は特に酷いエピソードとかは聞かないが、野田聖子氏同様体外受精経験者でもあり、所属政党が中道右派なのも自民と似ている)ともどの様な連携を取っていくか注目される所です。

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2017/06/25

共産党大会を目前にした武装警察粛清劇起きる

https://news.nifty.com/article/world/worldall/12180-566641/

中国武装警察幹部19人が解任 「習近平主席の一連の粛清人事」と香港紙は報道

記事まとめ

  • 中国国内の治安維持を担当する武装警察部隊の幹部ら19人が6月中旬の1週間で解任
  • 習近平主席はこれまで、周永康氏同様、上海閥に属する軍高官を汚職事件で摘発している
  • 香港紙は「習近平主席が党大会前に、武警中枢部の大掃除に乗り出した」と伝えた

中国武装警察幹部19人が解任「習近平が大掃除に乗り出した」

 

習近平氏の反腐敗運動が続く

 中国国内の治安維持を担当する武装警察部隊の幹部ら19人が6月中旬の1週間で、解任されていたことが明らかになった。これほど多数の幹部がこの短期間で解任・交代するのは、これまで例がない。しかも、北京の武警本部のほか、地方の12省の最高幹部も含まれており、全国にまたがるのも極めて異例。

 汚職摘発のほか、今年秋の中国共産党の第19回党大会を前に、習近平国家主席が軍や政法関係部門での実権掌握を急いでいるとの見方が有力だ。

 中国メディアの「財新網(ネット)」によると、19人は武装警察の政治工作部の程偉副主任のほか、北京や天津、重慶など地方を統括する幹部らで、全国の3分の1に当たる12省の武装警察部隊の幹部が交替。このうち、雲南省など7省では司令官、甘粛省など4省では政治委員、チベット自治区では司令官、政治委員ともに解任されている。

 中国国防省は昨年12月、軍の検察機関が武装警察の司令官を務めた王建平・元軍統合参謀部副参謀長を収賄の疑いで調査していると明らかにした。19人は王氏らとの関係が深かったとされる。

 その王氏自身も武警や警察、司法関係機関を一手に管轄する党政法委員会書記で、巨額の汚職や国家機密漏えいなどの罪で終身刑を受けた周永康・元党政治局常務委員に近い人物として知られており、香港紙「星島日報」は「一連の粛清人事」との見方を伝えている。

 武警は65万人の陣容を抱え人民解放軍の陸軍に次ぐ規模で、ロケットランチャーなど重火器等を配備するなど一大軍事集団で、軍権掌握とも密接な関係がある。

 習近平主席はこれまで、周永康氏同様、上海閥に属する軍高官らを汚職事件で摘発しており、その反腐敗運動の波がいよいよ武警中枢に及んでいるとみられる。

 また、今年3月には中国のファーストレディ、習近平国家主席夫人の彭麗媛氏が公務で移動するための専用車両に爆発物を仕掛けられるという暗殺計画が発覚したが、犯人は武装警察部隊幹部らで、中国人民解放軍の30万人削減など習氏の軍事改革に不満を募らせていたと伝えられる。犯人グループは昨年末まで北京軍区に所属していたが、習氏の軍事改革の一環で武装警察部隊に異動させられ、不満を募らせていたという。

 このため、同紙は「習近平主席が党大会前に、武警中枢部の大掃除に乗り出した」とも伝えている。

まあスターリンの赤軍大粛清とかに比べたらまだ全然可愛いレベルですが、19人が解任って異常ですね。武装警察の最高幹部は、司令員の王宇は上海警備区参謀長、政治委員の朱生嶺は上海警備区政治委員及び上海市共産党委員会書記を務めた事もあった等明らかに習近平の上海閥人脈が反映された人事で、王宇はまた、中将から上将(大将)への昇進条件は中将昇進から4年後かつ内大軍区(2016年以降は戦区)司令員または政治委員を2年以上経験している事が原則ですが、彼の場合は3年で昇進している。

で、その王宇の前に武装警察司令官を務めていたのが、今回失脚した19人の中で最も大物であろう王建平ですが、彼の場合は江沢民政権期に旧軍区の中でも戦力が高く、独立性が強く、かつ反習派の拠点でもあった旧瀋陽軍区の隷下部隊で勤務していた事もあったのも標的にされてしまった決め手となってしまったのでしょう。

武装警察雲南省部隊の司令員は李志剛(少将)というらしく、2015年2月にバレンタインデープレゼント(?)として就任したと思いきや、彼は昨2016年8月に北京市総隊司令員に転じたらしく、後任が誰かまでは分かりませんでした。あと、産経ニュースでは武装警察政治委員等を経て、2014年12月に人民解放軍軍事科学院政治委員に就任した許耀元上将も軍規律検査部門で調査を受けていると報じられていた様ですが、許上将は1952年12月生まれで、人民解放軍上将は定年65歳だから共産党党大会直後に退役予定だったのですが、彼も既に廃止されてしまったらしい、瀋陽軍区隷下だった第二三集団軍に勤務していた事があったらしいですね。兄弟達も何人も軍人となっていて、中でも許鳳元も瀋陽軍区隷下の旅団政治委員等を歴任して、今年の4月に湖南省軍区の副政治委員に就任したばかりらしいですが、彼もその内標的にされそう?

トランプ大統領との首脳会談もシリア空爆されて、外交的に敗北した等の見方がされているけど、そんな屈辱的な出来事もあってか余計権力強化に必死なのでしょうね。今度の秋に党大会開催予定で、党主席(他の社会主義国の書記長に相当するのであろう中央書記処の総書記とは別の役職で、中央書記処総書記は文革前には鄧小平が在任していた)を復活させるとか国家主席の再選制限を撤廃するとか終身的な権力を保持する為に色々考えてもいる様ですが、その前に、北載河会議とかだけでなく7月に例年通り昇進人事がある筈です。上将昇進者は1988年の階級制度復活後は、江沢民が漸く独り立ちした直後の1994年に上将昇進者が最多の19人を記録し、胡錦涛に共産党軍事委員会主席を譲る直前の2004年にも15人が昇進(胡就任直後にさらに2人昇進)と比較的乱発が目立った。

胡錦涛主席時も2006年は10人、2010年は11人出たけど、2005年は前年の反動かゼロで2012年までの8年間で計45人、年平均で4.9人(2004年9月~2012年11月までの期間で)、習就任後は2012年11月~2016年7月までの期間で計23人、年平均で4.9人と殆ど同じペースです。昨年は2人だけで、朱福煕は政治部畑を歩んできた様ですが、もう1人の乙暁光は旧南京軍区空軍司令員を務めた事もあり、やはり習の地盤、上海とも全く無縁ではなさそうです。戦区司令員または政治委員も10人中2人が来年に定年を迎える様ですが、将官を中心とした軍人事もどの様な人事になるのか、武装警察も汚職が蔓延していて、習の強権をもってしても根絶は無理だとも指摘されていますが、これも要注目ですね。

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2017/04/16

中南米各国軍の階級についてその2

その1からだいぶ年数は経ちましたが、中南米各国軍の階級についてその2です。

今回はキューバ軍のそれですね。下士官・兵は兵卒の上に軍曹が一等から三等軍曹、准尉が一等准尉、二等准尉、准尉と分かれていて、准尉の最下級は軍曹みたいに三等とはつかない様です。米軍の場合は准尉は下士官にも士官にも分類されない階級で、等級ももっと多いですが、キューバ軍の場合は上級下士官型な様ですね。士官では尉官・佐官、社会主義国は尉官は4等級に分かれていて、「少尉補、少尉、中尉、大尉」または「少尉、中尉、上級中尉、大尉」と訳し方によって変わります。例えば、スターリンの長男だったヤコフ・ジュガシヴィリや某番組では花京院でもあった平川大輔氏が吹き替えていたヴィクトル・ベレンコは前者なら中尉、後者なら上級中尉で、ソ連軍の場合は少尉または中尉が基本士官学校卒のスタート階級だったらしいですが、キューバ軍は尉官も3階級な様です。

http://vagpress-salvador.blogspot.jp/2011/11/blog-post_3665.html

将官は、陸軍も本来ならば「大将、中将、少将、准将」と訳されるのですが、共産党政権時代のポーランド軍共々ソ連軍等他社会主義国の軍隊との兼ね合いで「上級大将、大将、中将、少将」(それぞれスペイン語で「general de ejercito、generai de cuerpo de ejercito、general de division、general de brigada」)と訳されるべきでしょう。しかし、この上記ブログでもその様に訳されていましたが、実質的な最高階級は大将(general de cuerpo de ejercito)で、それも革命軍相、副革命軍相、参謀総長のみのポストで、引退した人を含んでも6人しかこの階級まで昇った人はいない様です。3つある地域軍の司令官は中将(general de devison、他には内務相、副内務相、各局長等が中将ポスト)で、90年代末の時点では地域軍-(軍団)-師団・・・・が基本的な陸軍の指揮系統な様ですが、軍団長及び師団長が少将ポストなのでしょう。

社会主義国の軍隊はどちらかと言えば階級デフレ傾向が強く、比較的そうでない国の軍隊(例えばソ連軍や朝鮮人民軍)も将官級以上の階級が他国軍より1、2ランク多かったりするのですが、キューバ軍の場合も上級大将以上の階級は中国人民解放軍の中華人民共和国元帥、同大将同様革命第一世代の高級将領限定な様です。

comandante en jefeは直訳すると最高司令官で、国家元帥と訳して差し支えないでしょうが、これは勿論最高指導者だったフィデル・カストロのみが名乗っていた階級です。弟のラウルが上級大将で、引退した兄に代わって最高指導者となっても軍階級はそのままな様ですが、キューバ軍にはこれら以外にも限定階級がある様なのです。それはcomandante le la revolucionで、直訳すると革命司令官ですが、この階級を授与されたのはラミーロ・バルデス・メネンデス、ギレルモ・ガルシア・フェレイアス、フアン・アルメイダ・ボスケの3人です。

http://www.cubagob.cu/otras_info/verde_olivo/los_tres_comandantes_de_la_revolucion.htm

このHPでも彼らトリオについて紹介されていて、ボスケ氏は同時多発テロ8周忌の日でもあった2009年9月11日に82歳で亡くなったらしいですが、肩に掲げてある階級章を見ると、少将と似ていますが、微妙に異なります。将官の場合は★に加え、キューバの国章にもある月桂樹と思われる植物で佐官と区別していますが、彼ら革命司令官の階級章はさらに同じく国章にある樫と思われる植物が見えるのが分かると思います。★自体は、大きさは将官と同じな様で、他国軍なら朝鮮人民軍の次帥に相当すると思われますが、まあ革命軍元帥と訳すのが妥当でしょうね。メネンデス氏は現在も副大統領に相当する、5人いる国家評議会副議長の1人で、共産党第一書記・国家評議会及び閣僚評議会議長(首相に相当)を兼ねているラウル氏より国家、政府、党では下位者でも軍では上位者であるねじれ現象が発生しているとも言えます。しかし、ブレジネフや金一族は自身の軍階級にもこだわったけど、スターリンはソ連邦大元帥を推戴されて、直後のポツダム会談等の際には上衣白色の専用軍服(金日成生誕105周年のパレードでも金正恩の横にそういう軍服来ていた某将領がいて、直接のルーツは1950年代のそれだったのだろうけど、これもソ連軍の影響故だったのであろう)を着た事があっても、結局1947年以降は大元帥と名乗るのを拒否し、軍服来ても元帥の階級章を付ける様になったらしいし、毛沢東も中華人民共和国大元帥の推戴自体拒否して、文革直前には階級制度そのものを廃止したし、マレンコフやフルシチョフも最高首脳となっても軍階級は中将のまま(前者にとって政敵でもあったジダーノフは大将階級で、彼の方が高かった)だった。ラウル氏もその後継者とされているミゲル・ディアス氏もまあ別に気になんかしちゃいないでしょうね。カストロ兄弟って社会主義国の指導者としてはマトモな方・・・・・・かと思いきや、弟の方は、キューバ軍って悪く言えばソ連の走狗(しかも兄は本来共産主義者ではなかったのに)として活動したアンゴラとかそれなりに実戦経験もある様だけど、その進駐軍司令官とかも粛清した「前科」もあって、カリスマ性と、個人崇拝も嫌った、私利私欲に溺れない人徳があった兄と比べてかなり不人気らしいけど。次回あるとすればまた気が向いた時にでも言及します。

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2017/02/19

中国人民解放軍の旅長・軍長ポストの階級と新任海軍司令員について

http://www.360doc.com/content/13/0112/09/8434947_259684977.shtml

http://www.360doc.com/content/13/0116/09/5581565_260449610.shtml

これちょっと古いけど、2013年1月中旬時点での中国人民解放軍陸軍所属部隊の師長(師団長)及び旅長(旅団長)の在任者リスト等を記した中国語のページですね。

人民解放軍は中央軍事委員会(党・国家それぞれ存在し、構成員もほぼ同じだが、その選出には1年のズレがある)を頂点に大軍区、軍(集団軍とも。軍団に相当)、師、団(連隊に相当)・・・・・・の正副軍級があって、旅は正旅級が副師級、副旅級が正団級に相当するらしい。旅は師の隷属部隊ではなく、大きな違いはそれぞれ隷属部隊が営(大隊に相当)か団からしいですが、師長は大校(准将相当だが、人民解放軍では将官ではなく、佐官に相当する校官)で、旅長は大校か上校(大佐相当)、しかし人民解放軍はまた師の旅への改編が進んでおり、旅の方が圧倒的に多い(ほぼ実質的に七大軍区期においては軍区-集団軍-旅-営・・・・の指揮系統であったと言える)のであり、数え間違いがなければですが、旅長も旅政治委員と合わせた人数は不明者を除いて大校117人・上校23人と前者の方がかなり多いです。さらに二番目のページでは、副師長や副旅長、参謀長等のリストも載っているけど、副師長(副師政治委員)や副旅長(副旅政治委員)、師参謀長とかも大校の人もいたりします。

http://blog.sina.com.cn/s/blog_4de8461c0100e8lo.html

さらにこれはもっと古い、2009年2月上旬時点での各集団軍主要幹部のリストを記したページですが、正副軍長、正副軍政治委員、参謀長は不明者を除けば少将89人・大校17人で、やはり前者の方が圧倒的に多い。国共内戦・朝鮮戦争・中越戦争で目覚ましい活躍を遂げた第42集団軍のみ副軍長が3人いる様ですが、これらポスト全員少将の集団軍もありました。まあそれを言えば旧帝国陸軍も軍司令官も師団長も中将で、方面軍司令官も中将の人がいたのですが、他にも省軍区正副司令や連合参謀部(2016年1月までは総参謀部)正副部長、戦区正副各部長等も共に少将である事が多く、1988年9月の階級制度復活時点での人民解放軍の将官は上将(大将)17人・中将124人・少将1289人の計1430人でしたが、中将と少将の比率が約10:1とかなり差がある事が分かります。(欧米各国軍の元帥級に相当したであろう一級上将もこの時は存在し、軍事委員会主席または副主席相当の階級とされたらしいが、鄧小平等が固辞したため授与者がいないまま廃止階級となる)ちなみに2017年1月現在では上将32人(陸24・海3・空4・武警1)、中将134人(陸84・海16・空25・武警9)と上・中将がやや増加していますが、将官の人数自体は少将の人数は確認できなかったながらも約1400人と変わりない様なので、少将はおそらく1200~1250人程度でこの比率にもやはり大きな変動はないでしょう。

と言うか、2016年の人民解放軍大改革では7つの軍区は4つの戦区に削減して、18ある集団軍も師または旅に格下げするつもりだったらしいですが、自衛隊が陸上総隊創設の話が具体化してきた時、方面隊を廃止するか、師団を旅団に降格すべきな意見も出ながらも結局出来なかった様に、人民解放軍も将官が100人以上も減ってしまうから、そこまでのドライな改革は出来なかったのか。今年2017年は秋に第19回中国共産党党大会の開催が予定されていて、習近平の後継者が決定されるのでしょう。

http://www.mag2.com/p/news/239078

引退後しばしば体調不良で入院していて、今年に入ってからも心筋梗塞で入院していた胡錦濤が旧正月に広州市で開催された花の市で公に姿を現したのも、習の独走を阻止し、子飼いの胡春華を彼の後継者に据える意図があったかららしいですが、共産党中央軍事委員会等のポストについてもこの大会で決定されます。(総書記等党のポストは1の位が2または7の西暦の年に、国家主席や国務院総理等政府のポストは1の位が3または8の年に入れ替えが行われる)

https://udn.com/news/story/4/2242798

習派でもある呉勝利党中央軍事委員会委員は今回の党大会をもって引退するのでしょうが、それに先駆けてか海軍司令員を先月20日に沈金龍に譲りました。しかし、これが異例の抜擢なのです。人民解放軍はまた、海軍なら艦隊(2016年1月以降は戦区海軍)司令または政治委員と海軍副司令または副政治委員、空軍なら軍区空軍(2016年以降は戦区空軍)司令または政治委員と空軍副司令、後者も就任時は少将で、その翌年に中将に昇進する例も珍しくはなく、明らかに前者と比べて序列が上だとかは言えない様ですが、少将昇進が54歳だった2010年、中将も昨年7月に昇進したばかりと決して速いとは言えなかったのが、田中(念のため言っておくが、「たなか」ではない。「でん ちゅう」という)ら4人の副司令達(当然中将にも彼より先に昇進している)も追い越して戦区海軍司令員からいきなり海軍司令となったのです。

2014年8月に当時の南海艦隊副司令員に就任したと思ったら、僅か4か月後に海軍副司令員となった蒋偉烈の後任として同司令員に昇格し、人民解放軍改革で南部戦区海軍となってからも引き続き在任していたのですが、南海での艦隊演習を取り仕切ったり、トランプが大統領選挙に勝った直後にアメリカの無人潜行機を捕獲したり等の功績が評価された様です。

そう言えば、前任司令員の呉も2002~04年にかけて南海艦隊司令員を務めた経験がありましたが、沈は今度の共産党党大会で同中央軍事委員会委員となるし、来年には国家中央軍事委員会委員にもなるのでしょう。しかし、軍事委員会メンバーは主席は文民職ですが、副主席と委員は上将ポストですが、人民解放軍上将は中将を4年以上、かつその内大軍区級のポスト(軍区・海軍・空軍等の各司令員および政治委員)を2年以上務めるのが昇進条件です。

実際は3年で上将に昇進した例はいくつかあるのですが、それにしても沈の場合、上将昇進は2019年7月(将官の昇進式は大抵7月に行われる)の話になります。人民解放軍は中将定年が63歳ですが、沈は1956年生まれなので「特例昇進」してもギリギリです。しかしまた、それではホントに19回党大会で委員になったとして、1年半強中将委員に据え置かれる事となります。上将昇進を階級制度復活直後に比べ乱発する様になった江沢民政権期には中将のまま委員に就任して、1年弱程度経過してから上将に昇進した人もいたにはいた様ですが・・・・・・・・

いずれにせよ、2代続けて旧南海艦隊司令員経験者が海軍司令員に就任、しかも沈はまた前述通り最初が肝心と言わんばかりだったかどうかは知らないけど、良くも悪くも(どちらかと言えば悪い意味でか?)今までの大統領達とは異質なトランプのアメリカも牽制した事もあった等中国の南シナ海進出にかける強い執念も伝わる様な今回の海軍司令員の交代劇です。沈はまた一兵卒からのたたき上げでもあるらしいですが、流石に今年は見送られても、来年2018年7月に海軍上将に昇進、もしかしたら20回共産党党大会開催予定の2022年には制服組ナンバー1ポストでもある軍事委員会副主席に就任し、チャイニーズドリームも体現(?)、軍事動向的に重要な人物の一人として注目されていくに違いありません。

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2016/12/30

ソ連軍の兵科総元帥は兵科元帥と同格だったのか

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B5%E7%A7%91%E5%85%83%E5%B8%A5

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B5%E7%A7%91%E7%B7%8F%E5%85%83%E5%B8%A5

かって、戦中~崩壊直後までのソ連軍(赤軍)には航空(空軍)・砲兵・戦車・工兵・通信各兵科に兵科総元帥と兵科元帥の階級があって、前者は陸軍上級大将等と同格で、後者は他国軍においても元帥級に相当するながらもソ連邦大元帥・同元帥・ソ連邦海軍元帥より格下だと思っていました。ソ連邦大元帥(スターリンだけが授与されたが)>ソ連邦元帥・ソ連邦海軍元帥>兵科総元帥>陸軍上級大将・海軍元帥・兵科元帥な感じで。文革前の中国でも許光達が装甲兵大将の階級を授与されていたけど、やはりこのソ連軍の兵科元帥をモデルとしたのでしょう。(なお、以前にも触れたけど、将官階級は当初は大・上・中・少ではなく、上・準上・中・少の4階として構想されていた。もっとも、1940年以降准将相当の階級が無くなった当時の赤軍・ソ連軍に対して、人民解放軍には大校という准将相当の階級がありますが)

しかし、ロシア語版ウィキにも書いてあるからまあ間違いないのだろうけど、兵科総元帥と同元帥って同格だったんですね。それぞれ授与された人数は兵科元帥は航空25・砲兵10・戦車6・工兵6・通信4の計51人で、総元帥は航空7・砲兵3・戦車2の計12人です。

内航空総元帥については、空軍総司令官は1943年以降は原則航空元帥のポストで、歴代総司令官8人中3人が在任中に航空総元帥に昇進しましたが、内パーヴェル・ジーガレフ(1949-57年在任)は1955年3月11日にパーヴェル・バトフ(上級大将)と共に授与されていて、この年は8月8日にも一気に7人も上級大将に昇進させていたけど、スターリンが死んで、実質的な最高権力者のポストな党筆頭書記も間もなくマレンコフから譲ってもらって、べリヤも処刑して、首相にも腹心のブルガーニンに就任させた事に成功した等ノリノリだったフルシチョフが大盤振る舞いしてあげた等の想像は難くなかったでしょう。

他の総元帥授与者はどんな職務についていたのかなあと思いきや、砲兵総元帥のミトロファン・ニェジェーリンが戦略ロケット軍総司令官だった他は大抵国防次官やアカデミーの校長等各兵科の最高責任者的ポストに就いていた様ですが、同格なのに態々総元帥に昇進させてまで就かせるべきポストだったのかと言うと、やや微妙でしたね。

ソ連末期の1990年にはエフゲニー・シャポシニコフは航空大将のまま48歳の若さで空軍総司令官に就任して、1991年の8月クーデター後、国防相就任とほぼ同時に航空元帥に昇進したのだから大抜擢な起用でしたが、ソ連崩壊後は兵科総元帥・元帥は廃止され、就任時大将、在任中に上級大将に昇進がデフォ・・・・・・と思いきや、近年航空宇宙防衛軍と統合して航空宇宙軍として再編されたらしいけど、就任時は大将どころか少将または中将の例も見られる様になる等多分まだそんな例はないと思われる陸軍・海軍と比べてその重要性等やや軽視されている事が伺えますが、それはロシアになってからではなく、ソ連時代から既にそうだったという事ですか。

まあ中国人民解放軍の元帥・大将も国共内戦及び日中戦争での戦歴がある人にしか授与されず、階級制度が1988年に復活してもそれは変わらなかった(一級上将が制度的に存在したが、鄧小平等が授与を固辞し、結局元老達が完全に引退し、江沢民が独り立ちした後1994年に廃止される)のですが、兵科総元帥も工兵・通信兵は授与者なしで最年少が共に1923年生まれのボリス・ブガーレフとアレクサンドル・コルドゥーノフだったのですが、大祖国戦争等の戦歴を有した功労者に特別に贈られた階級みたいなものだったのでしょう。しかし、空軍は連邦元帥・連邦海軍元帥と同格のソ連邦空軍元帥でも設立して、それ以外の兵科は普通に〇〇上級大将とした方が分かりやすかったのかもねですね。

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2016/12/11

台湾軍(中華民国国軍)参謀総長は続けて陸軍出身者が就任

http://news.ltn.com.tw/news/politics/breakingnews/1895995

邱國正接任參謀總長 王信龍升任陸軍司令

2016-11-23  18:54

〔即時新聞/綜合報導〕國軍現任參謀總長嚴德發將於12月屆齡退伍,新任總長將由陸軍司令邱國正接任,有媒體消息指出,參謀本部副參謀總長王信龍將接任陸軍司令。

  • 陸軍司令邱國正將接任新任總長,至於陸軍司令一職則由參謀本部副參謀總長王信龍(見圖)接任。(資料照,記者林正堃攝)

  • 國軍現任參謀總長嚴德發將於12月屆齡退伍,新任總長將由陸軍司令邱國正(見圖)接任。(資料照,記者陳志曲攝)

本報今日報導,現任參謀總長嚴德發將於12月1日屆齡退伍,有高層消息指出,國防部已向總統蔡英文提報接任建議名單,最高當局敲定由陸軍司令邱國正接任新職。

綜合媒體報導,陸軍司令邱國正將接任新任總長,至於陸軍司令一職則由參謀本部副參謀總長王信龍接任。

1953年生的邱國正畢業於陸軍官校(裝甲兵科)65年班、戰爭學院84年班,歷任國防部參謀本部作戰室次長、陸軍第六軍團指揮官、後備司令部司令、國防大學校長等職,他在2012年9月晉升陸軍二級上將,2015年元月出任陸軍司令。

1960年生的王信龍則畢業於陸軍官校專科班1期(69年班),曾任國防部常務次長、陸軍六軍團指揮官、國防部參謀本部人事參謀次長等職,是中華民國陸軍歷史上第一位官校專科班出身的最高階將領,也是在2015年復興航空235號班機空難期間,擔任指揮國軍部隊救援的直接負責人。


今さらですが、邱前陸軍司令は定年(少将57歳、中将60歳、二級上将64歳)を迎える来年2017年までそのまま同職に在任するのかと思いきや、意外な参謀総長への横滑りでしたね。参謀総長は、基本的には自衛隊の統合幕僚長(ただし、これも2人続けて陸上出身者が就任した例がある)やイタリア軍の国防参謀総長等共々三軍出身者が代わり代わり就任するのが今までのパターンだったのですが、今回のこの横滑りでそうした原則が崩れました。

ホントは副参謀総長、海軍司令、制服組では初の国防部軍政副部長(軍備副部長もいるが、こちらは創設時から制服組の現役二級上将ポストとなっている)を歴任してきた李喜明海軍二級上将が有力候補だったのが、就任直後の今年7月に起きた誤射事件での失言でパーとなってしまって、邱陸軍司令の就任となった様である。2017年5月に満64歳となるので、遷台後では桂永清(就任直後に没するも一級上将を追贈される)に次ぐ短期の在任となってしまいますが、退任後の国防部長就任も確実視されてきているらしいです。

アメリカでもトランプ次期大統領の意向で、狂犬の異名を持つジェームズ・マティス元アメリカ中央軍司令官が国防長官に就任・・・・・・と思いきや、退役してから7年経たないとダメらしいですが、台湾にはそんな規定はない様で、一・二級上将として軍でのキャリアを極めた将領が退役後即国防部長になるのは良くある様です。

陳腐ながらも「酒は飲んでも飲まれるな」が教訓となった、楊嘉智元東引地域指揮官の不祥事で厳徳発前参謀総長共々責任を取らされた事もあった邱参謀総長でしたが、今度は自身が他軍種の不祥事で制服組ナンバー1に昇りつめたのは皮肉でしたね。果たして今度こそは不祥事に見舞われないまま無事僅か5か月ながらも参謀総長の任を全うし、国防部長になれるか?

そんな邱参謀総長の後任として就任した、王信龍陸軍司令ですが、軍政副部長が制服組ポストとなった事で8人に増加(国家安全局局長も二級上将経験者の就任例はあるが、こちらは文民扱いな様です)した二級上将達の中では最年少の56歳です。専科出身者唯一の上将でもあるらしいけど、将官となったのも44歳とかなり早く、以降は部隊指揮と国防部勤務を交互にこなしながら要職を歴任してきた様で、洪仲丘事件にも直面しながら(と言うか、最近の台湾軍も不祥事ホント目立つよだけど)も現在は国家安全会議秘書長を務めている高華柱元国防部長も第十軍団指揮官だった時に921大地震の対応等善処し、らしいですが・・・・・・・・・特に陸軍第六軍団(日本語の軍に相当するが、実際の規模は軍団級)指揮官期にはトランスアジア第235便墜落事故の対応に当たったのも今回の抜擢の決め手となったのでしょう。

邱二級上将の次の参謀総長は誰になるのか?海軍か空軍出身のその他現役二級上将達の中の誰かなのでしょうが、黄曙光海軍司令も就任したばかりだし、蒲澤春副参謀総長兼執行官も同職からの就任は例がないかと思われます。沈一鳴空軍司令が後任として就任し、その次は黄海軍司令が就任、王陸軍司令はその次の2021年頃に就任となるのでしょうね。しかし、各軍司令も参謀総長も在任は大体2年か3年なので、その間に国防副部長あたりを経てからの就任となるのかもです。いずれにせよ、自衛隊も岩田清文前陸上幕僚長も統合幕僚長就任が確実視されていたかと思いきや、防衛不祥事で退官を余儀なくされた様だし、やはり陸上幕僚長就任が確実視されていたのが、三島由紀夫割腹自殺事件に遭遇してしまった益田兼利元東部方面総監ももっと不運でしたが、そういう意味では、ドイツ連邦陸軍総監は実際当たりましたが、自分の力ではどうしようもない不祥事だってあり得るし、この拙い予想もホントにその通りになるのか余計分からないですね。

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2016/07/31

台湾軍(二級)上将が8人に

http://www.storm.mg/article/123334

http://news.ltn.com.tw/news/politics/breakingnews/1750738

まあ今更な感もありますが、台湾(中華民国)国防部は国防部長(国防大臣)に近い上級幹部に文官の軍政副部長と二級上将(大将)の軍備副部長、そして中将(かっては二級上将指定職だった)の常務次長2名がいる様ですが、今年5月より現役の海軍二級上将な李喜明が就任し、制服組にも充てられる様になった様ですね。


好事魔多しとはこの事なのか、台湾海峡で今月初めに誤射事件が起きてしまったらしいですが、これで国家安全局局長(二級上将相当職だが、現任者は中将で退役していた)と総統府戦略顧問を含まない現役上将は8人になりました。李登輝政権時より将官の人数を698→292人まで減らしてしまったらしいですが、軍部の不満もあるだろうし、民進党への政権交代でさらに増してきているであろう中国の脅威への対応とかの他にもそういうのも宥める意味合いもあるのか。

中将は中国語版wikiによれば憲兵司令を含んで35人まで減ったらしいけど、将官数が292人よりももっと減っているかもしれない。しかし、以前度々見ていた台湾将軍のサイトもパスワード制になってしまって見れないからそこまではちょっと分からないですね。副参謀総長(執行官兼任以外の2名)は二級上将、参謀次長や各軍軍官学校校長とかは中将のままでも良かっただろうと言うか、必要以上にポストを降格しすぎな気もしないでもないけど、前回政権握った時に一時検討されていたらしい、上将の一・二級分離廃止及び准将の新設話もまた浮上するのですかね?自衛隊でこんな将官削減なんかやったらまず発狂される事間違いなしでしょうが・・・・・・・・・

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2016/06/19

ドイツ連邦軍の階級と陸軍軍服その12

ドイツ連邦軍は、今年3月24日にマンフレート・ネルソン海軍中将がNATO変革連合軍副司令官への就任に伴って大将となった様です。ネルソン大将は1997年に42歳で大佐、2003年に48歳で准将、2008年に53歳で少将、2010年に55歳で中将となって、前職は戦略基盤軍総監でしたが、連邦軍での海軍大将は史上5人目でした。

一方でその7日後の3月31日にブルンスム統連合軍司令官だったハンス=ローザー・ドムローゼ陸軍大将が退任となり、それまで歴代司令官は1966年以降ほぼドイツ連邦軍の将官のポストとなっていたのが、後任者はイタリア陸軍のシルヴォトーレ・フェレーラ大将で、初めてのイタリア陸軍将官が就任しました。(※正確には、日本語では「特任中将」と訳される様だけど、普通の三ツ星+赤い一ツ星の階級章で普通の中将とはちゃんと区別されているし、我が国の自衛隊の「○○幕僚長たる将」同様、事実上の大将階級と見て良い。しかし、イタリア軍の場合は1997年以降制定されたけど、統合幕僚長に相当する国防参謀総長等に充てられるgeneraleというまた別の階級が存在する様で、NATO階級符号は元帥級のOF-10と扱う資料も存在する様だけど、米軍ですら平時は元帥いないから微妙かもしれない。どっちも大将級のOF-9扱いなのだろう)

連邦軍軍人の定年は将官は大将から准将まで一律62歳な様で、大抵定年前に将(中将相当)は58歳、将補(少将相当)は57歳程度で退官する自衛隊と比べると連邦軍将官の平均年齢は高いと思われますが、特例で定年延長になる例も珍しくなく、ドムローゼ大将は1952年生まれだから、2年の延長を経て引退となった様である。

http://www.planungsamt.bundeswehr.de/portal/a/plgabw/!ut/p/c4/JYqxDsIwDET_KE7GslFVSAwsVSUom2mjyMJNIuPCwsfjiHvS3fAO7mBkfFNCpZKR4QbzQofHx1VOaINP3SNzfMG1fdfolpKjttaYlayToBZxtYhyM7uIGUcrzD4MvQ_GP-HbTafLNIbOD-d-hLptxx908yUH/

どころが、連邦軍陸軍の軍服は国防軍以前の軍服との差別化の為に上衣は灰色、ズボンは黒色と異なった色にしている(逆に空軍の場合は国防軍のそれと似ているデザイン)のが特徴的で、この画像、左隣に一緒に写っているのはフランク・レイデンベルガー陸軍少将(後陸軍中将)ですが、ドムローゼ大将はレイデンベルガー少将よりも色の濃い上衣を着ているのが分かります。

http://www.gettyimages.co.jp/detail/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E5%86%99%E7%9C%9F/german-general-of-the-eurocorps-hans-lothar-domr%C3%B6se-receives-%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E5%86%99%E7%9C%9F/107035839

中将時代はちゃんと普通の灰色の上衣を着ている姿も見られますが・・・・・・・

https://www.army.mil/article/162823/NATO_leader_visits_USAREUR_headquarters_in_Germany/?from=RSS

http://edition-lingen-zeitgeschichte.de/general-hans-lothar-domroese-des-lebens-seltsame-wege/

上のそれはアメリカ欧州軍司令部(かっては司令官は大将ポストだったが、中将ポストに現在は降格されている)を訪問した際、儀仗兵の栄誉を受けた画像ですが、やはり濃い方の灰色の上衣を着ていて、ズボンとの色もそれほどは大きく違いがありません。

http://www.pressburg.diplo.de/Vertretung/pressburg/de/AKTUELL/Mil-2015/Mil-2014/140707_20Besuch_20General_20Domr_C3_B6se.html

そうかと思えばズボンの方も、正確にはやや緑がかった濃い灰色な様ですが、ほぼ上下同色の軍服を着ている姿も見られました。

http://ww2talk.com/forums/topic/2214-wehrmacht-generals-who-became-bundeswehr-officers/

連邦軍創立間もない頃に、中央欧州軍(ブルンスム統連合軍とは別組織)司令官を務めていたハンス・シュパイデル陸軍大将も、車から降りたこの画像は白黒ですが、同じ軍装でしょう。推測の域を出ないですが、この濃い灰色の上衣と、それとほぼ同色のズボンはNATO勤務用(それも、将官限定?)の軍服で、最近復活したのでしょう。

http://www.postimees.ee/2738492/nato-kindral-artikkel-5-toimib-kindlasti

一方でこれはエストニア語のページ(generalはエストニア語ではkindralと表記される)ですが、セーターは普通の黒色な様ですね。

http://www.wiedenroth-karikatur.de/02_PolitKari150213_Bundeswehr_Uniform_Dienstanzug_Heer_Grautoene.html

このページは、ドムローゼ大将の上衣の色に驚いた他の軍人達の視線を描いたイラストな様ですが・・・・・・・

http://www.rp-online.de/politik/deutschland/bundeswehr-uniformen-fifty-shades-of-grey-beim-deutschen-heer-aid-1.5262390

と思っていたら、どうやら陸軍軍服は上衣は実に色の濃薄で5種類もある様で、ドイツ語の基礎知識はないですが、このドムローゼ大将がしばしば着ていた、黒に近い灰色の上衣はつい最近採用されたもので、同じ色に統一する動きもあったらしいが、結局はどの種類着るか選択できるらしいです。かってほどそういうユダヤ人に対するホロコーストも起こしてきた、戦争アレルギーが無くなって来たという事でもあるのでしょうか。

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2016/02/28

中国人民解放軍2016年大改革は結局成功したのか

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46134 (※最初のページのみ引用)

 昨年(2015年)末から今年2月の春節前までの1カ月余りで、習近平は人民解放軍の大胆な機構改革をやってのけた。大胆な改革を実行できるほどの実力をつけたことを証明するものであるとともに、そうしなければならなかった背景も考慮しなければならないだろう。

米国に「新型大国関係」を持ちかけたのは時間稼ぎ

 習近平の軍事改革には、表裏をなす2つの動機がある。

 1つは長期的国家戦略であり、中国を米国に対抗しうる強国にするために必要な強軍建設である。ただし、それは一朝一夕に実現できるわけではなく、一定の時間が必要となる。それは2020年を改革達成の目標としたことに見て取ることができる。

 長期的国家戦略の中で、なぜ軍事改革が必要だったのか。中国の国際戦略を見てみよう。

 習近平は、まだ国家副主席だった2012年の訪米時以来、オバマ大統領との首脳会談のたびに米中の「新型大国関係」を持ちかけてきた。これは新興大国たる中国が既成の大国である米国に対抗せず、協調関係を構築することを提案するものである。そこには名称が示すように「中国が米国に対抗しうる大国になった」という自負が示されていた。

 そして同時に、鄧小平時代から継続されてきた「韜光養晦」(低姿勢で自力を蓄える)路線が2010年頃から中国国内で言及されなくなった代わりとして出現してきたことに注目する必要がある。

前々から軍区を7から4に減らすとは聞いていましたが、ついにですね。と言うのも、北朝鮮と警備範囲が接している瀋陽軍区が特に強力なので、瀋陽軍区潰しが今回の大改革の大きな目的の一つだったらしいですが、結局今回の戦区は4つじゃなくて5つにしたらしいし、その戦区の警備範囲も旧瀋陽軍区→北部戦区は内モンゴルと山東省(旧済南軍区警備範囲)も加えた形となった様だし、旧北京軍区→中部戦区も内モンゴルと引き換えに河南省(やはり旧済南軍区警備範囲)と陝西省(旧蘭州軍区警備範囲)を加えた。河南省には第20集団軍および第54集団軍の司令部があります。(集団軍は軍団相当)

旧4総部等再編された主要ポストの人事共々反発も大きかったであろう軍部との妥協案とかだったのでしょうが・・・・・・・・集団軍は文革当時は36個と現在は18個だから倍もあったのですが、内13個は旧瀋陽および旧北京軍区に配置されていました。それが今回の大改革は実はまだ完全に終了したわけではなく、軍集団は3個旅団等を直属部隊とする14個師団に降格する再編がまだ予定されているという。となると、残り4個は降格どころか廃止となるのでしょうが、北部戦区(旧瀋陽軍区+内モンゴル+山東省)に配置されている16・26・39・40各集団軍の内の2個集団軍と、中部戦区(内モンゴルを除く旧北京軍区+河南省)に配置されている20・27・38・54・65各集団軍の内、1個集団軍、そして西部戦区(陝西省以外の旧蘭州軍区+旧成都軍区)の13・14・21・47各集団軍の内47集団軍の1個集団軍の計4個が廃止になると予想します。16集団軍と47集団軍はそれぞれ共に胡錦濤政権を支え、制服組ナンバー1・2(共産党中央軍事委員会副主席)となったが、汚職が判明して失脚した徐才厚&郭伯雄の出身部隊でもあって、前者も政治委員を務めた徐の異動後は2人続けて上将となっていますが、特に後者は軍最高幹部の登竜門な様です。

しかし、人民解放軍は中将の定年は63歳らしく、中将ポストである旧軍区の副司令員や副政治委員達も、どうするんだ?新たに陸軍司令部が創設されて、陸軍副司令員や副政治委員、参謀長のポストが新設されても全員横滑り出来まいですが、集団軍は軍長・副軍長(2~3人程度)・軍政治委員・軍副政治委員(2人程度)が少将ポストで、軍参謀長は就任時は大校(上級大佐で、他国軍の准将に相当)でも、在任中に少将になる事が多い様である。集団軍の正副軍長・正副政治委員合せて6・7人はいますが、師長(師団長)は大校(副師長も)と将官のポストじゃないんです。もしポストの階級を据え置きにしたまま、18個の集団軍を14個の師(師団)に格下げすると、100人強も陸軍の将官ポストが減ってしまいます。これ人民解放軍とは逆に星が1つ多い(特に陸上)ポストが目立つ自衛隊幹部が聞いたら発狂するであろうですが、余計軍部が黙ってなさそうですね。

いずれにせよ、人民解放軍の上将の定年は軍事委員会委員にならない限りは65歳らしいですが、10人の戦区司令員・政治委員の内、共産党中央軍事委員会第19回大会が開催される来年2017年に定年を迎えるのは1952年生まれの王教成(南部戦区司令員)だけです。この時に大きな人事異動等予想され、今回の大改革の真価が問われる事となるでしょうが、経済減速しているのにこんな事やっててホントに大丈夫なのか?中国ってそう遠くない未来に分裂して、中国本土はかっての前漢なみにまで領土が縮小してしまうのではないかですが・・・・・・・・経済は失速傾向でも外交や国防では周辺地域やその他途上国(アフリカ各国か主に)に影響を増しているのはブレジネフ時代のソ連に似ているかもですが、そのソ連がどうなったかはもう周知の通りですしね。

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2016/02/14

ドイツ連邦軍の階級と陸軍軍服その11

http://www.deutschesheer.de/portal/a/heer/!ut/p/c4/NYs7DsIwEAVv5LUlPoIuUYQEHTQQOhMvtkWyjjZraDg8dsEbaZrRgzsUyL6jtxIT2RFu0A9x__iogMjKRaRFFlEvl0LVM2PgTB6u9elQDYlQqgVJYrFnK4nVnFjGWjJzKSo66LXpWr3W_5nv7nw6bJrtynTH9gLzNDU_vaOglw!!/


既に2014年10月に、最近も陸軍総監(兼陸軍指揮司令官)に直接昇格した例も見られたほどの重要ポストだったのに、しばらく准将に留め置かれたままだったアルフォンス・マイス陸軍参謀長(兼陸軍指揮参謀長)でしたが、最近漸く少将に昇進した様です。

マイス少将は、陸軍航空学校の出身で、航空畑を歩いてきた様である。最近は航空作戦師団参謀長や第1航空機動旅団長、母校の陸軍航空学校校長を経て、陸軍参謀長に就任したのですが、氏も少将の中では若い方です。ドイツ連邦陸軍は2016年2月13日現在少将が42人いて、生年が不明な1人(海軍少将)を除き、誕生日も考慮しない単純計算ですが、41人の少将の平均年齢は59.0歳です。中将が25人で、59.6歳だから大して変わりありません。(なお、大将はブルンスム統連合軍司令官、欧州連合軍参謀長、連邦軍総監の3人)

どっちも自衛隊より高いでしょうね。自衛隊は幕僚長以外の将及び将補(共に中将、少将相当)共に定年60歳ですが、実際は将は58歳、将補は57歳で退官する例が多い様である。またその他他国軍の少将定年はロシア連邦軍が55歳、インド軍が58歳、中華民国国軍が57歳らしいですが、少将以上の将官は70人、2015年末時点でドイツ連邦軍の総兵力は17.7万人だから、1000人あたりで0.40人。准将は115人程度らしいので、全将官は1000人あたりで1.05人となりますね。総兵力24.8万人で将官260人強程度の自衛隊と将官の割合は同じですが、自衛隊は周知の通り准将に相当する階級はない(1佐1が准将待遇で、幕僚監部課長在任中に将補に昇進する例が良く見られるらしいが)し、しかも実態より1、2階級高いポストも珍しくはないので、やはり自衛隊は階級インフレ気味ですね。

それはともかく、現総監のイェルク・ボルマー中将は1957年生まれで、2009年頃に連邦軍の将官定年は62歳に引き上げられた様なので、実際は延長の例も珍しくないながらも2019年までの在任となりそう。そして副総監(兼陸軍指揮副司令官)のカルステン・ヤコブソン中将は1955年生まれだから、来年の2017年で定年ですが、陸軍総監から欧州連合軍参謀長に就任したウェルナー・フリエルス大将みたいに陸軍航空学校出身者が陸軍のトップになった例もあるらしいし、マイス少将の2017年の陸軍副総監昇格、さらに陸軍総監への就任はなるかですが。せめてインド軍(中将が60歳、少将が前述通り58歳、左官扱いだけど、准将が56歳定年で、大将は各軍参謀総長のみだけど、最長任期3年または62歳定年)並みにまた定年引き下げ無い限り、西ドイツ時代には珍しくなかった40代の少将(エーベルハルト・エイムラー大将の47歳等)はもう登場しないだろうなあでもありますが・・・・・・

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