旅行・地域

2017/07/23

茨城県道7号(r7石岡筑西線)の上曽トンネル事業も再開された様だが

http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/list/201705/CK2017051702000176.html

桜川-石岡結ぶ「上曽トンネル」建設再開へ 特例債で事業費めど

 

 財政難などから、事実上、工事が中断していた桜川市と石岡市を結ぶ「上曽(うわそ)トンネル」の建設が再開されることになった。合併特例債を活用することなどで、事業費のめどが立った。これまでは県が事業を進めてきたが、今後は市道に変更する予定。十九日、トンネル整備に向け、合意書に調印する。(原田拓哉)

 県道石岡筑西線の上曽トンネルは、筑波山系を貫き、桜川市真壁町山尾と石岡市上曽を結ぶ総延長六・一キロ(トンネル部は三・五キロ)。当初の計画では総事業費は百十億円で、県が百億円、両市が五億円ずつを負担する予定だった。

 一九九〇年度に基礎調査に入り、二〇〇一年七月に着工した。しかし、用地買収が難航した上、東日本大震災で県の土木関連予算が復興事業に充てられたこともあり、本体工事に着手できない状況が続いていた。現在、事業の進捗(しんちょく)率は11%にとどまる。

 両市は一五年五月、事業を再開するため「整備促進勉強会」を設立し、整備手法などを検討してきた。

 県道を市道に変更することで、合併特例債を使えるようにする。難航していた用地取得にも見通しがついたという。二五年度までの完成を目指す。

 筑波山系の上曽峠を越える県道石岡筑西線は、幅員が狭く、冬場は路面が凍結するなど車の通行に支障があることから、地元から早期の整備を求める声が寄せられていた。

 県西と県央地域を直接、結ぶ幹線道路として期待が寄せられており、特に県西地域から茨城空港へのアクセスが格段に良くなる。

先日日立市~高萩市区間の旧陸前浜街道とかを通ってきました。日立市小木津町内はちゃんと「浜街道」の案内標識も建っていたけど、海がすぐ見えて、ホントにそれらしかったですね。6号にぶつかった後、日立電線の横を通ったけど、しばらく車のすれ違いはまず無理な一車線分しか確保されていない狭い道になっていて、「ホントにこんな道もかっての街道だったのか?」でした。旧十王町伊師あたりからそれなりにマシになってきて、しばらくしてr230になり、高萩市に入り、R461に入って、花貫ダムを過ぎた直後農道を通って常陸太田市に出て帰りましたが・・・・・・・前エントリーは結局以前話した事の焼き直しになっていた面もあったので、今日は今更な感あるけど、もう一つはこれで。

http://blog-imgs-104-origin.fc2.com/t/o/i/toita1026/201702251706122af.jpg

建設図は依然土浦土木事務所のHPにも掲載(現在は閲覧不可)されていて、どういうルートだっけと思ったら、戸井田和之県会議員のブログに載っていたけど、さらに東に旧八郷町柿岡の市街地を迂回するルートも計画されているんですね。

http://news.mynavi.jp/articles/2015/08/31/airport/

県西地域というよりはその中の水戸線沿線地域(結城市・筑西市・桜川市)と言った方が正確でしょうが、北関東道は有料道路だし、r42も山道だし、無料かつ山を越えないでアクセスするにはr53やR6等で南に遠回りしなければいけないから、確かにアクセスは便利になりそうです。(古河・境・五霞地区もR125下妻・八千代バイパスや同つくばバイパスの整備が待たれる所である)ただ、上記の記事とかで指摘されている茨城空港が抱えている不利な地理的条件はこの上曽トンネル開通だけでは解消されないだろう、いやそれ以前に道路工事は用地取得で7割方終わるとも言われている様ですが、そもそもホントに2025年度までに完了できるのかなあと。ただ通るだけなら上曽峠よりも朝日峠(旧八郷町・旧新治村境の峠)の方が難所で、朝日峠もトンネル開通して久しいですが、R6の牛久土浦バイパスや千代田石岡バイパスの全線開通とどっちが先が実現するかな?さらに建設後30年間は有料道路として償還するつもりらしいですが、下手すれば無料化実現したころには私はもうこの世にはいないかもね。まあ、どうしても早く実現してほしいというほどではないです。それよりは、土浦バイパスは四車線化して流れ良くなったけど、特に日立、石岡、牛久を中心にしたR6の整備を最優先してほしいです。さらに言えばまた、殆ど県道等に降格されてしまっているR4名取市~仙台市街地までの旧道区間はそのままR6としてほしかったのですが・・・・・・・・・

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2017/07/02

再考-茨城県道150号月岡真壁線旧八郷町内旧道ルート

過去にも茨城県道150号(r150)の旧道ルートについて少し触れましたが、あの後もう少し突っ込んで考察したので公表します。

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上記画像はgoogleマップでの周辺図を編集したものですが、黒線ルート=r150推定旧道ルート(通行可能) 赤線ルート=r150推定旧道ルート(通行不能) 緑線ルート=r150現道 青線ルート=r138旧道ルートです。r138旧道も1983年5月までは県道に指定されていたのですが、小幡交差点(r42との交点)まで殆ど重なっていませんね。

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この地点は朝日トンネルを超えて旧八郷町(現石岡市)に入ってすぐの十字路を右に曲がってr138旧道に入った直後での地点ですが、道幅はそこそこあり、小桜郵便局が見えるr138現道との交差点では距離ポストも残っていて、かって県道だった名残も感じさせるものがあります。その交差点直前の所で左に曲がっていよいよr150旧道推定ルートを通るのですが・・・・・・・・
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道路が舗装されておらず、雑草等がぼうぼうと生えている。自動車が通行できないわけではないのですが、ホントにかって県道だったとしても地元の人も認識できている人が果たしてどれほどいるか。

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上2枚目の画像はr138現道(フルーツライン)との交点で撮影したものですが、フラワーパーク近くまで実際走ってみると全区間自動車同士のすれ違いは不可能なほど狭かった。まあ昭和年間に既に指定解除されていた盆地の県道(と思われる)なので、冷静に見れば不思議でも何でもなく、上4枚目の画像がその時のものだけど、そこそこの広さが確保されている道路にぶつかり、ここを右に曲がるとすぐに一番下の画像の道路にぶつかる。左に曲がっていくのであり、画像向こう側に見えるのがフラワーパークですが、r138旧道との交点付近区間ほど酷くはなかったながらもご覧の通り雑草が生えている。wikiでは廃道になったとかは書かれていないけど、旧道が指定解除になったのが1982~83年にかけてで、フラワーパークが開園したのが1985年6月2日(声優・沢城みゆき氏の誕生日でもある)だから完成に伴ってgoogleマップ上で描いた赤のルートは廃道になったかと思われます。

しかし、下青柳~小幡(小幡交差点)にかけての旧道ルートは既に数年前に走った事あるから今回は改めて走ったりはしませんでしたが、r42と重複していた区間もある。この区間は1982年3月に指定解除になったらしいけど、r42はその直後の同年11月に当時はr60として指定されたらしいから、この区間は一旦八郷町道に降格になったけど、まもなくもっと番号が若い新規県道に指定されたという事になりますね。その当時のr42は現在はr24である土浦境線で、この県道も最近になって土浦市田中~つくば市天久保までの旧道が指定解除となったらしいですが、1995年3月に笠間筑波線からさらに整理番号が若いr42としての笠間つくば線となった様です。(じゃあさらに今のr60十王里美線は当時何番だったのと言うとr104だったらしい)ホントにこのルートだったのかは100パー確信は持てないですが、取りあえずこれで茨城県道旧道にまつわる最大の(?)謎が解けた感じですね。

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2017/07/01

埼玉県道303号、263号等旧道走行レポート

週末なので記録がまだ残っている内に埼玉r303弥藤吾行田線、r263弁財深谷線等の旧道を先月某日に走ってきたけど、レポートします。

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まずr303、熊谷市下川上付近の旧道区間です。星宮小学校を過ぎてすぐのY字路を右に曲がるのであり、上の画像はその時撮影したものですが、狭い・・・・・・そこから少し進んで右に曲がるのを真っすぐ行ってしまって下の画像は逆方面から撮影したのですが、これまた狭い・・・・・・と同時に制限速度の標識も残っていて、かって県道だった事もある程度は物語っている様に思えました。三島神社付近は二車線分ぐらいの広さは道路確保されていますが、また曲がって狭い道になって何の前触れもなく現道に交差してこの区間は終了です。
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お次はr128熊谷羽生線の熊谷市上之付近の旧道ですが、こちらも狭かった。生活道路の域を出なかったのですが、R17熊谷バイパスで分断されている様である?

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次はr83館林熊谷線の旧道で、熊谷市役所を過ぎてすぐ右に曲がります。バイパスは東に迂回するルートで、肥塚で合流しますが、まあ沿線は普通の市街地・住宅地といった感じで、何か凄い面白かったとかはなかった。

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次はまたr303旧道です。熊谷市吉野宮付近の区間ですが、常光院が目印になっていて、案内看板が見えたからトレースは難しくありませんでした。その常光院が見えるT字路を左に曲がるとすぐにJAくまがや中条が見えて、下の画像のT字路にまたぶつかりますが、ここは右を曲がります。

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右に曲がっても生活道路な性格は変わらず、熊谷市荒宿でバイパスと合流しますが、旧妻沼町に入るとまた旧道が見られます。沿線には工場等が見えましたが、二車線分が確保されている程度の広さがありました。

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r263弁財深谷線旧道はR407方面からトレースしたけど、旧道とバイパスはX字みたいな線形となっていて、熊谷市西条付近でバイパスと交差してすぐ長慶寺が見えたのですが、そこを過ぎるとまた狭くなる。下の画像の昭和橋も一車分程度で車同士のすれ違いはまず無理でしょう。
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後はずっと東に進んで帰ったけど、その途中r60羽生外野加須線の、羽生市市街地と加須市外野付近の旧道も通りました。前者は羽生市中央の区間はかってのR122だったと思われますが、中央4丁目付近を右に曲がって、葛西用水を超えて左に曲がって平野病院が見えるT字路までの区間です。後者はバイパスは左を曲がって通るのですが、しばらく真っ直ぐ行った後左に曲がり、旧大利根町の境付近で一旦バイパスと交差した後右に曲がった所をまた下の画像みたいにバイパスと交差して終了です。沿線は小規模の工業団地みたいになっていて、静かな風景でした。帰る途中にはまた、地元の出身者で、近代日本初の女医だった荻野吟子の記念館案内看板も見えたけど、時間が無かったのでまた機会があったら行ってみたいです。

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2017/06/24

栃木県道179号旧道ルートについて

栃木県道179号(r179)稲沢黒羽線は那須町~旧黒羽町(現・大田原市)を結ぶ一般県道ですが、特に区間前半の直線状の道路とトンネルの存在からこの一般県道も新道として新たに整備された想像は容易です。

R179

見づらくて線引きが下手で申し訳ないけど、これはgoogleマップで、1987年頃に発行された某地図から旧道ルートを辿ってみました。黒線が現在も通行可能なルートで、赤線が通行不能と思われるルートです。前者の方がまだ長いけど、後者も断続的に見られ、普通に今じゃあ全ルート自動車では通行できないという事ですね。栃木県道の県道で他にも自動車での通行不能な旧道ルートが存在するのは他にはr22(鞍掛トンネル開通により)やr32(大越路トンネル開通により)があって、wikiでもそう書かれているけど、後者の大越路峠は鹿沼市下長野側からはバリケードは設置されてなかったです。昨年夏に行ってきた時点では。まあ下粕尾側からは設置されていたのでいずれにせよその時はr199との交点付近しか旧道ルートは通りませんでしたが・・・・・・・・r285旧道ルートは現在も辿れる様で、画像は残さなかったけど、今年2月に実際通ったらかなり狭くて生活道路の域を出ない感じでした。再訪問は・・・・・・多分ないかとですが・・・・・・・・・・

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2017/06/11

千葉県道6号旧道及び篠崎街道走行レポート

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タイトル通りだけど、まず千葉県道6号市川浦安線(r6)の方ですね。分岐となるr283との交点でもある交差点では新道しか案内表示されていなかったけど、現在も旧道も指定解除されていない?旧道の方を先日通ったけど、住宅地の立ち並ぶ、思ったよりもやや狭い道(普通乗用車同士のすれ違いには支障はない)な感じでした。旧行徳橋もwikiで書かれていた通り、老朽化している様に見えました。旧道は押切交差点を左に曲がって、行徳駅すぐ近くの行徳交差点が終点になっている様だけど、実際は押切交差点をしばらく真っ直ぐ通過して、相之川での交差点を左に曲がって、r50と交差し、市川新井郵便局等の前を通って浦安市に入り、西に見える浦安駅を通過してすぐr10と交差するルートだったと思われます。

上記画像はそのr50との交点に差し掛かった時に撮影したものですが、この交点を過ぎるとさらにいくらか狭くなります。なお、市川市と浦安市の境にはカントリーサインは特に設置されていませんでしたが、旧道はr10との交点でもまだ終わりではなく、そのr10も新道で、旧道がかって存在し、さらに南東に進み、猫実の庚申塔が見えるr10旧道との交点がr6旧道の終点だったのでしょう。(r10新道?旧道?間の道は一方通行)

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上記画像がそのr10(新道?)との交点に差し掛かった時に撮影した画像でしたが、この交点を右に曲がって東京都江戸川区に入ってしまった。まあ残りの旧道ルートについてはまた機会ある時にでも・・・・・・・

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お次は東京都江戸川区内の篠崎街道画像ですね。上一番目は東京都道r451と別れた直後、二番目は柴又街道との交点、一番下はr451との再合流交点に差し掛かった時に撮影した画像です。走って凄い面白かったわけではない、普通の道路でしたが、r451との再合流直前にはキグナスのあまり大きくないセルフが見られたのは印象的でした。江戸川沿いにどんどん北上していったら、三郷駅が見えてきたけど、あとは知っている道を通って帰りました。東京・千葉r10については、また旧道ルートの推定とか改めてやりたい所です。

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2017/05/13

国道126号旧道走行レポート(東金市~山武市)

折角の週末ですが、天気は悪いし、これといったネタもないので先月15・16日にかけて走行した国道126号旧道(東金市台方?~山武市早船)についてレポートします。

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一部は千葉県道119号に格下げ(その他区間は市道)されている様ですが、この画像は東金駅付近での交差点で信号待ちしていた時に撮影したものです。
 
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この画像はそれより少し進んだところで撮影した画像ですが、普通の、昼はそこそこ賑やかそうな市街地な風景でした。いかにも。なお、東金市と山武市の境にはカントリーサインは設置されていなかったと思われます。


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wikiでは、山武市成東でのY字路を右に曲がって現道に合流するルートがあたかも正しい様な記述されているけど、おそらく左に曲がって、成東市街地を進むルートもかっての126号旧道かと思われるので、左に曲がりました。上の画像はちょっと乱れていますが、成東駅東の、総武本線と東金線が合流する直前の踏切を通過する際に撮影したものです。

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途中県道76号(近年八街市内でバイパスが建設される)になったり、県道213号になったりもしていましたが、特に上記踏切を超えると道は一層狭くなり、そこらの生活道路と大して変わりありませんでした。そしてこの画像は山武市早船での、現道との交点で撮影したものです。

その後早船交差点から県道112号(途中同22号と重複)、同116号、同62号を通って、あとは知っている道を通って帰りましたが、早船交差点から山武市松尾にかけても国道126号と並行している道が存在(県道112号は途中道を左に曲がるが、これといった案内表示がないので注意)しますが、この道もかっての126号かと思われます。

Photo

そして最後におまけですが、これは道の駅、風和里しばやまで撮影した夜桜です。まだこの時点では桜も結構残っていました。記念として残します。

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2017/05/05

東京都道428号高円寺砧浄水場線走行レポート

かっては自動車は通行できなかったらしいけど、杉並区から世田谷区にかけて南西にほぼ直線に進むルートである、東京都道428号(r428)高円寺砧浄水場線等を通ってきました。日本橋や皇居前、国家議事堂、渋谷等を通って、r423、環七通り(r318)、世田谷通り(r3)を通って、実際はもっと南の世田谷区喜多見が終点らしいですが、世田谷通りとの交点以南は川崎方向への一方通行なので、世田谷通りから入りました。東京都心の道って、こういう特例都道(400番台)とか一方通行の道が多いから、全部トレースするのは何気に面倒です。

結論から言って、思ったほどは狭くは無かったですね。あくまで「思ったほどは」ですが・・・・・・環八通り(r318)とぶつかるまでは一定の幅以上の自動車は通れない事を示すポールが数か所置いてあって、自分の車ではギリギリに近かったです。環八通りとの交点は、直接横切って進む事は出来ず、しょうがないから近くの交差点を曲がって、また環八通りに戻って、r428に戻るというこれがまあめんどくさい運転を余儀なくさせられたけど、それを過ぎると多少は広くなりました。しかし、r118との交点を過ぎるとまた狭くなった。タクシーも何台か見かけたけど、桜上水駅付近には日本大学のキャンパスや商店街等もあって、深夜だったけど、学生達と思われる若者も何人か見かけ、それなりに賑やかでした。桜上水駅を過ぎてすぐ杉並区に入り、R20とぶつかるけど、ここも直接は横切れません。ここを過ぎるとまた多少は広くなって、二車線分の広い区間も見られる様になるけど、すぐまた狭くなります。またこの都道はほぼ全線にわたって自動車の重量制限(4トン以下)の標識も見られるのも特徴的です。

方南通り(r14)等と交差する四差路も過ぎて・・・・・・・・・・沿線にはファミリーマートも見られ、桜上水駅以北は静かな住宅地な印象が強かったけど、杉並区堀ノ内に入って、またも渇き方面への一方通行によりまさかの(?)車両進入禁止の標識にぶつかり、残念ながらここでゲームオーバーでした。しょうがないから、右に曲がったけど、妙法寺が見えて、それなりに大きな寺でした。その後は環七通りに出て、そこから早稲田通り(r25)、r305に出て池袋や王子を通って・・・・・と思ったら逆方向に進んで、またR20にぶつかって、遠回りになってしまったけど、まあ途中新宿も通れたから良しと・・・・・・でしたね。r305を池袋駅も横目に真っ直ぐすぎるとR122となり、2回右に曲がって今度は片側一車線のr307となり、r449を通った後は既に良く知っている道を通って帰ったけど、このr449もR4との交点付近は一方通行となっており、R4から直接入る事は出来ません。こういう一方通行とか事前に良く調べないとダメですね。まあ、googleマップとかで大体は分かりますが・・・・・・・・・・

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2017/04/26

茨城県道24、123、148各号旧道走行メモ

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まず24号旧猿島町(現・坂東市)区間の旧道についてです。この画像は境町方面から生子菅小学校付近の風景を撮影したものですが、右の方が正しい行先で、良く見られる集落な感じでした。現在は既に県道指定からは外れていますが、現道を北に迂回する様なルートとなっています。

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次は123号つくば市・常総市境付近区間の旧道風景ですね。上から3番目の画像は福雷橋前の風景を撮影したそれで、いくつも制限標識が掲げられていますが、東日本大震災直後は通行止めになっていたのが、既に解除されていた様です。カントリーサインが残っていたらもっと面白かったのですが、残念ながらありませんでした。4番目の画像は129号との交点で、現道開通前は一部これとの重複区間となっていた様です。

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あと桜川市内(旧大和村)の、343号との交点付近の148号旧道も走って、画像は載せないつもりでしたが、やっぱこれも載せときます。岩瀬方面から走って、まもなく現道と合流して終わりでしたが、周りの風景は普通の集落な感じで、郵便局も見えましたけど、特に福雷橋はこれからも撤去しないで地域の歴史を伝える重要な証しとして残してほしいですね。

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2017/03/05

茨城県道169号水戸市内旧道(推定ルート)走行メモ

wikiではやけに茨城県道の歴史に関する記述が充実していて、他の都道府県もそうなってほしいぐらい(?)だけど、1984年(昭和59)8月に指定解除されたらしい、r169の推定旧道ルートを走ってきました。

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R118との交点から少し行った地点ですが、撮影場所は水戸市文京で、1番上の画像の左には茨城大学が見えます。2番目の画像は沿線に見えた、祐養園碑・義公腰掛石で、義公は徳川光圀のことですが、彼の死後に水戸藩藩士だった鈴木重時(勇山、なお今年の大河、おんな城主直虎にも登場するのかな?井伊谷3人衆にも同姓同名の武将がいる)が建てたらしい。

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しばらくまた走ると、R118の西側ルートは1986年(昭和61)以降に開通したらしいけど、R123と那珂川の間のルートを通過する、見通しの良い二車線の道路と交差します。

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その交点を過ぎると、しばらくは普通の二車線が続きますが、この画像で見える十字路を過ぎると、すれ違いがほぼ困難なほど狭くなり、間もなく那珂川にぶつかって行き止まりとなります。

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しょうがないので、前述の那珂川とR123に並行した道に出て、そこからr63に出ましたが、上記画像の交差点、左はr102、右は(推定の)r169旧道に曲がります。

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ですが、那珂方面からの旧道もご覧の通り狭い。生活道路の域を出ません。

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そしてやはり、走ってすぐ那珂川にぶつかり、旧道ルートでは那珂川を渡る事は不可能な様です。下の方の画像は国田の渡し跡です。国田大橋はr169のこの旧道ルートが指定解除された前年の1983年(昭和58)に建設されたらしいですが、今年でもうすぐ6年経つ、東日本大震災の際にも被害を受け、支承の取り換え等災害復旧工事が行われました。他にも水戸市田谷町にも旧道が存在しますが、茨城大付近を除けば、やはりこの推定ルート同様生活道路な性格が強いです。しかし、今日は日曜で、梅のシーズンでもある為か水戸市街地周辺は偕楽園や千波湖とか市内観光目的の車で渋滞していましたね。r30もそうだったけど、もう少し交通分散できないものか。

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2017/02/26

圏央道、ついに茨城県全区間開通する

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170226-00010003-houdoukvq-soci

圏央道 9割の区間で開通

ホウドウキョク 2/26(日) 16:59配信    

 

ホウドウキョク

首都圏1都4県を結ぶ圏央道が、およそ9割の区間で開通になった。
圏央道では、26日午後3時から、境古河インターチェンジとつくば中央インターチェンジ間の28.5kmが開通し、茨城県内の区間が全線で開通となった。
これにより、圏央道で、千葉・成田市から神奈川・藤沢市までが結ばれ、成田空港付近から渋滞が激しい都心部を経由せずに、東北道、関越道、中央道などに行けるようになった。
開通した区間では、外国人観光客の利用も見込まれるため、アルファベットや数字を取り入れた「高速道路ナンバリング標識」が、国内で初めて導入されている。

ついにな感じですね。ヤフコメでは片道1車線ではと言っている人もいますが、下総からつくば中央までは昼でも流れ良いです。途中登板車線もあって、つくば市に近付くと交通量はいくらか多くはなりますが・・・・・・・狭山日高~境古河までも走った事はあって、特に白岡菖蒲から境古河までは何度か走りましたが、いずれも深夜オンリーで、久喜白岡からは片道1車線だけど、ガラガラです。しかし、これからはもっと交通量が多くなるでしょう。まだ一部開通してない区間もあるけど、次は久喜白岡からつくばジャンクションまで片側2車線化ですね。そしてR354(圏央道もR468であるが)も・・・・・・・・境岩井バイパスはまだ境古河インターチェンジに接続する一部区間しか開通していない(r17バイパスもr56との交点南側のみ開通)けど、この圏央道茨城県区間全開通が追い風になればですね。あとは谷田部バイパスの開通と谷田部東拡幅が完了すれば、かっては行方地域にも狭隘区間があったR354もかなり整備された国道となるでしょう。R6の方ももっと何とかすべきですが・・・・・・土浦はやっとイオン付近区間の片側2車線化が進んできたけど、特に日立・石岡・牛久が・・・・・・・・・・

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