旅行・地域

2017/10/14

富士そばの茨城進出も将来あるかな?

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171013-01396480-sspa-soci
べて「失敗した」チェーン店の不人気商品――丸亀製麺、吉野家、富士そばの“地雷メニュー”は?

10/13(金) 9:00配信    

    

30~50代の男性食通サラリーマン200人が足繁く通っている各種チェーン店のNo.1をアンケート調査したところ、地雷メニューも存在した――

⇒【メニュー画像】アンケートで不人気!?

◆人気店にもある不人気メニューの実態

 値段以上のクオリティを提供していおり、世のサラリーマンたちの強い味方となっているチェーン店。だがそんな中、「これを頼んで失敗した」「もう頼まない」といった厳しい評価を受けたメニューも散見された。

「1000円で山盛り食べられるランキング」で1位の吉野家だったが、黒カレーの低評価ぶりは顕著だ。

「以前のカレーからリニューアルされたが、スパイシーな辛さはなく、ただ大量の黒コショウを振りかけたような辛さ」(40歳・メーカー)、「350円なので多くを要求できないが、これを食べるならどう考えてもあと30円出して牛丼を食べる」(36歳・鉄道)と手厳しい。

 うどん部門で断トツの1位だった丸亀製麺もカレーうどんに関しては「あまりコクがない。具が少なく、軽く食べ終わってしまうのが寂しい」(44歳・保険)と不評だ。

 このほか、餃子の王将の王将ラーメンには「餃子に比べてクオリティが低すぎ」(39歳・商社)、サイゼリヤのパルマ風スパゲッティは「トマトの酸味が酸っぱすぎる」(30歳・小売)と辛辣な意見が相次いだ。地雷メニューはどこの店にも存在するようだ。

 また、意外な意見としては富士そばの天ぷらそばを挙げる声もあった。

「かき揚げがいつも冷たい。揚げて時間がたっているのでべちゃっとしているのが残念」(43歳・建築)

 絶品メニューを提供するチェーン店とはいえ、当然すべてのメニューが値段を上回るわけではない。各々の好みによっても意見は分かれるが、数あるメニューの中には“他に安くておいしいメニューがたくさんあるのにわざわざこれを選ぶ必要はない”という商品も存在するのは確かだ。

 忙しいサラリーマンにとって束の間のランチタイムは貴重な時間。だからこそ、満足度の低いメニューに対する目はより厳しいものになるのだ。


折角の休日ですが、決定的なブログネタがまたまたないので。

そう言えば、最近すき家の黒毛和牛弁当食べる機会がありました。普通の牛丼よりはさすがに肉にはコクはあったけど、1080円出すにはいささか高すぎたかなあと。その前後に牛あいがけカレー大盛もたまたま食べる機会あって、カレーの味自体は中の上だったけど、普通に食べた感じがして、こちらの方が普通にコスパ高いと改めて思いました。

丸亀製麺は、そう言えば小沢真珠氏と共にCMにも出ていた武井壮氏は最近半ばご意見番にもなっている様で、1度しか食べに行った事ないけど、だし玉肉づつみうどんとおにぎり(いなり)、かしわ天(2個)頼みましたね。こちらも思ったよりもガッツリ食べられました。今日現在では牛すきかま玉うどんが季節限定メニューとなっている様だけど、ややありきたりで、もっと他の店では食べられない様なメニューにしてほしい所?吉野家は、例の黒カレーは引用記事元の画像だけ見ると普通に美味しそうに見えるけど、却ってホントにそうなのか余計食べてみたい気もしますね。ベジ牛定食もまだ頼める様で、そもそも1日の野菜摂取量とか気にする人とかは牛丼チェーン積極的に食べに行くのかでもありますが、一定以上の人気あるのでしょうね。

餃子の王将と富士そばは食べに行った事すらないけど、前者は確かに麺類は天津麺以外はHPの画像見ても、その他の料理ほど美味しそうには見えないですね。最近牛久にも新店舗がオープンしたらしいですが・・・・・・・・・後者は存在自体知らなかったと言うか、それもそのはず(?)で、前者と違って未だ茨城には進出していない様なのです。自宅からは一番近くて千葉の柏店ですね。天丼のてんや等共々。山田うどんやゆで太郎とか他の有力チェーン店もあるから?まあ他の関東都県にもあるけど、店舗ごとにメニューが異なるらしいミニ丼セットは山田うどんより美味しそうです。でも、なかなか食べに行く機会はなさそうかもですね。現在は店舗数が減少してしまっているチカラめしも、数年前のGWに鎌ヶ谷市の名所巡りした帰りに、ダブル焼肉定食買って、夕飯にしましたが・・・・・・・・・・

ヤフコメではかつやについても触れていた人もいて、かつやもカツ丼買って食べた事あるけど、今月・来月それぞれ登場予定の牛スキ煮チキンカツシリーズとタレカツシリーズも美味しそうです。かつやもレギュラーメニュー優秀、期間限定メニュー微妙と言われている様ですが、どちらも是非食べてみたいです。

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2017/09/23

千葉県道28(&35?)・70号旧道走行レポート

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先日、千葉県旭市の矢指ヶ浦海岸まで行ってきました。上から3枚目の画像からも見える通り、大きい白鳥のオブジェ(?)みたいなものまであって、海鳥の群れが集まっていたり、改めて海の大きさが感じられた波しぶきが見られたりと目の保養になりましたね。

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で、行く時も途中、新水郷大橋~利根川大橋までずっと利根川沿いを走ったり、r266からR126、r35に入らないでそのまま旭市街、住宅地を通って同海岸にたどり着いたけど、帰りにr28(&r35?)の旧道と思われる道をまず通りました。東総文化会館交差点を右に曲がって入ったけど、沿線はやや小規模の商店街が並んでいた風景な印象でした。画像2枚目は総武本線の踏切を横断した時のもので、東に旭駅が見えます。

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R126を過ぎて、r28に変わって(?)からもずっと北進を続けた後、今度はr70に入ったけど、香取市内の区間にも旧道があって、そこも通りました。画像1枚目のY字路を右に曲がるのですが、総じて生活道路の域を出なかった印象でした。しばらくして画像2枚目の交差点にぶつかったけど、ここを過ぎると道路は狭くなって、普通乗用車同士がスムーズにすれ違えるのかも微妙な程の狭さに。一旦現道を交差して、徐行しながら交差点を通過しようとしたら、左からも現道から旧道に入る道路あったけど、そこから入ってきた車がおそらく時速60キロ以上で私の車の前を通り過ぎていきました。これ、走行があと10秒でも早かったら事故っていたかもしれないと言うか、もう少しスピード落とせよ、ゾッとさせられたわでしたね・・・・・・・・・・画像4・5枚目がそんなヒヤリハットの後に撮影したものですが、狭い事には変わりなく、5枚目の地点を過ぎて間もなくr125にぶつかり、旧道区間終了です。その後はr16東総有料道路、成田市東部から香取市の鳳翔瑞穂ニュータウンを通ってR356旧道に出てきた後は知っている道を通って帰りました。まあアクシデントはありましたが、久々に海岸に行ってきたのは良い気分転換にはなりましたね。

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2017/08/28

自公推薦の新知事でホントに「新しい茨城」作れるの?

http://lite-ra.com/2017/08/post-3414.html

横田一「ニッポン抑圧と腐敗の現場」20

保守分裂の茨城県知事選で自民が背水の陣 原発再稼働反対の現職知事がアベ官邸のやり口や口利きを告発する異例の展開に

茨城県知事選の応援に駆けつけた小泉進次郎議員(写真・横田一)

 都議選(7月2日投開票)で歴史的敗北、仙台市長選(7月23日投開票)でも野党統一候補に競り負けたアベ自民党が、茨城県知事選(8月27日投開票)を“踏み台”に政権浮揚をはかろうとしている。

 立候補は、自公が推薦する元経産官僚でドワンゴ役員の大井川和彦候補、7期目を目指す現職・橋本昌候補、共産党推薦の鶴田真子美候補の3人だが、大井川候補と橋本候補が保守分裂の激戦を繰り広げており、自民党は「内閣改造後、初の大型地方選挙」と位置づけて、大物国会議員が続々と現地入り。国政選挙並の総動員体制で臨んで、自公推薦候補勝利につなげて10月の衆院トリプル補選への弾みをつけると同時に、都議選で悪化した「自公の関係修復」もする狙いが見え見えなのだ。

 安倍政権の“本気度”は、告示前後に現地入りした国会議員の顔ぶれをみると一目瞭然だ。告示前から菅義偉官房長官や石破茂氏らが駆けつけ、告示日には山口那津男・公明党代表、そしてラストサンデーを含む先週末の3日間にも、18日(金)に再び石破氏、19日(土)には岸田文雄・政調会長(前外務大臣)や石井啓一・国交大臣や加藤勝信・厚労大臣、そして20日(日)には小泉進次郎・筆頭副幹事が茨城に入り、元経産官僚の大井川和彦候補の応援演説をしたのだ。さらに、進次郎氏や石破氏は25日(金)にも応援に駆けつけている。

 永田町の論理(都合)が地方に持ち込まれる異例の展開に対して、7期目を目指す橋本昌知事は「『中央対県民党』の戦いだ」と反発。「自民党から自民党県議45人に130万円ずつ(合計で約6000万円)が配られた」と報じられたことから、11日の古河駅前での街宣では「金権選挙NO!」「県民党の底力」と横断幕に掲げ、次のような自民党批判で対決姿勢を露にした。

「何で首相官邸が、自民党が(茨城県知事選に)関与してくるのか分かりません。森友・加計問題、あるいは日報問題で支持率が下がっているわけですから、それをこっちの選挙で勝って上げようというのは無理な話です。日本全体の政治をきちんとしてもらわないといけない。そんなに自民党国会議員がこっちに来る暇があるのなら、自民党の議員を減らせばいいのですよ。給料をもらいながら選挙運動ばかりやってもらっていては困る」(橋本氏の街宣)

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噂の真相出身者が多数関わっているらしいリテラ記事からの引用は一部ですが、前にも言った通りこのブログは茨城県を中心とした地域ブログの面もあるので、私も触れないわけにはいかないだろうという事で、今日は直虎は後回し(9/1以降に述べる予定です)という事で・・・・・・・・・・

谷垣元幹事長も来月復帰見通しらしいですが、正直自公擁立の候補には茨城県知事になってほしくなかった。当然昨日投票には行ってきて、鶴田氏とちらにするか迷った挙句橋本昌氏に票を入れましたが、午後10時前頃に大勢決まった旨の速報を聞いて正直ガッカリでした。

いや、勿論自民の政治家全てに否定的なわけでも決してないです。地元一の大物政治家だったであろう故・梶山静六氏(晩年総裁選で争った小渕氏の後を追う様になくなったのは皮肉で、奥さんはまだご健在な様ですが)も嫌いではないけど、最近の政治家も、このリテラとかでは羽目を外した遊びぶりを書かれてしまった小野寺防衛大臣や親父とは確かに大違いな河野外務大臣とか個人的に期待している政治家もいます。困った事にそうした期待の感じられる活躍よりも、最近は国政が安倍一強状態で気の緩みが故の不祥事の方が全然目立って(今井氏も大概だけど、不倫相手なんかもっと酷いだろう)いるのだけど・・・・・・・・・・・

原発については「そこで働いている人達だって当然いるし、彼らの事も決して無視できないし、茨城について言えば鹿島臨海鉄道(いつかは乗ってみたい)だってあるけど、なるべく依存しない様努力する事は絶対に必要」だとも思っています。つまりは再稼働には消極的反対ですが、茨城県政では橋本氏の多選(いくら野党がダメだからと言って、前述通りの中央での頻発する不祥事をいくつも見せられては多選がダメだとか県政が停滞しているとかネガキャンされても説得力は感じられず、「そんなに支持率上げたいのなら、森友・加計学園についてもっと納得する説明でもすればいい。」という様な批判していたけど、まあ「お互い様」だろう)よりも原発再稼働及びそのリスクの方を懸念していて、このリテラの記事で書かれた事情(住民投票実施しようとしたけど、自民の反対で頓挫し、選挙活動中もあまり明言しなかった件)がホントだとすれば、「猶更この人には入れないよ」でしたが・・・・・・・・・・・橋本氏も原発について主張を変えたのは選挙対策だと邪推されてもしょうがない面はありましたが・・・・・・

画像は昨日付の県知事選挙公報ですが、医師不足の解消やITも活用した助け合いコミュニティ運動の推進、子育て世代の医療費・教育費の負担軽減、新茨城リゾート計画は是非やってほしいと思います。しかし、新茨城マルシェ計画(茨城の農産物の世界でも通用するブランド化)や新茨城ベンチャー計画、介護・健康ビジネス特区とかは「ホントに出来るのか?」ですね。女性活躍社会の推進も、それ自体を否定するわけではないですが、最近ホントに・・・・・・・・・・・・

いずれも平均寿命を下回った享年だった議員達の死去に伴う3補選を前に、小泉次男だけでなく、梶山氏を師と仰いでいるらしい菅官房長官、巨人戦にも始球式に登場した野田総務大臣も動員して勝ったのだから、自民としてはひとまずは安心でしょうが・・・・・・・・・・やたらフレッシュやチェンジ、チャレンジを強調していて、県知事多選禁止の条例や情報公開とガラス張りの県政も、後者は結局どこかの某都知事みたいになるだろうなあと言うか、ホントにやるつもりか?橋本氏のネガキャン含みの選挙対策とかじゃなくて?この人がホントに公約通りの事を全てやったとして・・・・・・・・・・・どういう県政したいのかは明確に述べてはいましたが、茨城県が従来のイメージを覆す、近未来型モデルとして大きく脱皮すると同じぐらい、南北格差等従来から抱えていた歪みがもっと酷くなりそうな可能性があるのではないかであります。共産党等の革新勢力は今回保守分裂したにも関わらず、擁立した鶴田氏の得票率は前回の田中重博氏の1/3に過ぎず、以前にもこのブログでも共謀罪採決の日は下手すれば日本の左翼の命日になるとも言いましたが、野党共闘等何故自分達が思ったよりも支持を得られないのかをこの茨城県知事選挙をもってでも客観的に振り返り、少しでも自民と前向きな政策議論が出来、自民に代わる選択肢にもっとなれる様変革の契機にしてほしい所であります。まあ、民進党は前原氏だろうが枝野氏だろうが大して変わらないだろうけど・・・・・・・・・・・

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2017/08/19

東京都道427号瀬田貫井線走行レポート

前々から通ってみたいと思っていましたが、タイトル通り今回は東京都道427号を走行した時のレポートという事で。

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世田谷通り事東京都道3号から入ったけど、道幅が狭い。勿論都道標識も見当たりませんでした。
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これは豪徳寺付近で撮影した画像で、近くに自転車こいでいる人が見えると思いますが、427号はこの先右に曲がり、東急世田谷線の踏切を超えてすぐ今度は左に曲がります。

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しばらくして小田急小田原線豪徳寺駅が見える様になりますが、狭隘区間は相変わらず続きます。

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そしてまたしばらくしていくらか見通し良い道路との十字路にぶつかりますが、ここを左に曲がります。

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またしばらく東急世田谷線と並走するルートとなるけど、この舗装はインターロッキング舗装というらしい。茨城県道でこんな舗装してある道路あったっけ?しばらくして京王線とぶつかるけど、残念ながら踏切超えてすぐ右に曲がるルートは一方通行で世田谷方面からは自動車で通行できないので、いったん国道20号に出てから左に曲がってまた入りました。案内表示があったので、迷わなかったです。

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国道20号から入ってしばらくは二車線の道路だけど、間もなくまた狭くなり、永福付近の商店街風景もこんな感じです。ところが・・・・・・・・・・・・・・・・都道14号や、GW(5月4~5日にかけて)に通行した428号との五差路以降はこれまた杉並方面からの一方通行で、残念ながら今回もここでゲームオーバーでした。

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その後は新宿方面から知っている道に抜けて帰ったけど、この新宿レオパレスセンターの看板、ぼやけているけど、モデルは広瀬すず氏か?まあおまけという事でですが、また機会あったら他の道路共々レポートとして更新したいと思っています。

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2017/08/11

近年は寒冷化傾向?1991-92年以降のソウル冬平均気温推移

https://matsuri.2ch.net/test/read.cgi/sky/1495848554/

今日山の日ですね。お盆ですね。昨日からまた比較的涼しくなっている(しかし、東海以西では依然猛暑が続くとの事らしい。ひるおび!でたまたま気象情報やっていたのを目にしたが)様ですが、たまたま某巨大掲示板でこの上記スレを目にしました。レス161に、1960年以降のソウル冬(12、1、2各月)平均気温が載ってあるけど、1981-2010年平年値では冬の平均気温は-0.5度。韓国って緯度の割には寒いですね。釜山まで下って漸くここらと同じぐらい気候です。東北北部と同じぐらいか?ここで1991-92以降のソウル冬平均気温及び、完全に正しいかどうか自信持てないけど、等級(過去30年の平均気温から1~10番目に高い範囲の値を暖冬、11~20番目の範囲を並冬、21番~を寒冬とし、5番目までは大暖冬、26番からは大寒冬とする)、そして平年比挙げてみます。(1961~90年平年値は-1.6℃でこれとの比較は1991-92~2000-01冬まで、1971~2000年平年値は-0.7℃でこれとの比較は2001-02~2010-11冬まで)

1991-92 大暖冬 0.9(+2.5) 
1992-93 大暖冬 0.2(+1.8)
1993-94 大暖冬 ‐0.1(+1.5)
1994-95 大暖冬 0.1(+1.7)

1995-96 並冬  ‐1.6(±0)
1996-97 大暖冬 ‐0.3(+1.3)
1997-98 大暖冬 1.3(+2.9)
1998-99 大暖冬 0.7(+2.3)

1999-00 並冬(暖冬寄り) ‐1.1(+0.5)
2000-01 並冬(暖冬寄り) ‐1.2(+0.4)

2001-02 大暖冬 0.9(+1.6)
2002-03 暖冬  0.6(+1.3)
2003-04 暖冬  0.5(+1.2)

2004-05 並冬  ‐0.8(-0.1)
2005-06 寒冬(並冬寄り) ‐1.3(‐0.6)
2006-07 大暖冬 1.9(+2.6)
2007-08 並冬  ‐0.4(+0.3)
2008-09 大暖冬 0.7(+1.4)
2009-10 寒冬  ‐1.4(-0.7)
2010-11 大寒冬 ‐2.4(‐1.7)
2011-12 寒冬  ‐1.9(‐1.4)
2012-13 大寒冬 ‐2.9(‐2.4)
2013-14 暖冬   0.3(+0.8)
2014-15 並冬  ‐0.9(‐0.4)
2015-16 並冬  ‐0.5(±0)
2016-17 並冬  ‐0.3(+0.2)


ハッキリ一目でわかるのは、1990-2000年代初頭まで暖冬傾向がかなり激しく、それで平年値を押し上げて基準が緩くなった(気候区分も亜寒帯から温帯となった)のも無視できないけど、2000年代半ば以降相対的に寒冷化が進み、並冬や寒冬年が多くなり、暖冬傾向が弱まっている事ですね。

1961年以降の暖冬年トップ5は①2006-07年(1.9℃)②1997-98年(1.3℃)③1988-89年(1.1℃)④1978-79年(1.0℃)⑤1992-93年(0.9℃)で、ほぼいずれも日本も顕著な暖冬だった年です。日本も末尾が9の年は1940年代以降毎年暖冬年となっていますが、韓国でも70年代以降は末尾7~9の年が暖冬になりやすい傾向な様です。しかし、平年値比別で見ると、1991-92年冬以降限定ですが、①1997-98年(+2.9)②2006-07年(+2.6)③1991-92年(+2.5)④1998-99年(+2.3)⑤1992-93年(+1.8)と最大の暖冬は1997-98年冬で、その年を筆頭にほぼ90年代に集中しています。(1941-70年の平年値は知らないけど、1978-79年も当時平年値比ではその97-98年に匹敵したと思われる)そして2009-10年冬からは4年連続寒冬で、2010-11年も大寒冬でしたが、特に2012-13年冬が1985-86年以来では最も寒い冬だった様です。

と言うかまた、161レスの人は何処でそういう他所の国の過去の気象調べたの?(モスクワとかサンクトペテルブルクとかロシアの主要都市はwikiのロシア語版に載っているけど、モスクワも4月以降低温傾向で、戦勝パレードが開催された5月9日も最高気温4℃だったらしいけど、6・7月平均気温は平年比-1.9℃とロシア北西部は冷夏になる見込みな様である)でもありますが、さあ平昌オリンピックが開催される来年はどうかな?羽生選手も本番に向けて練習していた姿が最近もNHKニュースとかで報道されていて、大関嶺はソウルより気温は寒くとも、あまり雪は降らないらしいが・・・・・・・・

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2017/07/23

茨城県道7号(r7石岡筑西線)の上曽トンネル事業も再開された様だが

http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/list/201705/CK2017051702000176.html

桜川-石岡結ぶ「上曽トンネル」建設再開へ 特例債で事業費めど

 

 財政難などから、事実上、工事が中断していた桜川市と石岡市を結ぶ「上曽(うわそ)トンネル」の建設が再開されることになった。合併特例債を活用することなどで、事業費のめどが立った。これまでは県が事業を進めてきたが、今後は市道に変更する予定。十九日、トンネル整備に向け、合意書に調印する。(原田拓哉)

 県道石岡筑西線の上曽トンネルは、筑波山系を貫き、桜川市真壁町山尾と石岡市上曽を結ぶ総延長六・一キロ(トンネル部は三・五キロ)。当初の計画では総事業費は百十億円で、県が百億円、両市が五億円ずつを負担する予定だった。

 一九九〇年度に基礎調査に入り、二〇〇一年七月に着工した。しかし、用地買収が難航した上、東日本大震災で県の土木関連予算が復興事業に充てられたこともあり、本体工事に着手できない状況が続いていた。現在、事業の進捗(しんちょく)率は11%にとどまる。

 両市は一五年五月、事業を再開するため「整備促進勉強会」を設立し、整備手法などを検討してきた。

 県道を市道に変更することで、合併特例債を使えるようにする。難航していた用地取得にも見通しがついたという。二五年度までの完成を目指す。

 筑波山系の上曽峠を越える県道石岡筑西線は、幅員が狭く、冬場は路面が凍結するなど車の通行に支障があることから、地元から早期の整備を求める声が寄せられていた。

 県西と県央地域を直接、結ぶ幹線道路として期待が寄せられており、特に県西地域から茨城空港へのアクセスが格段に良くなる。

先日日立市~高萩市区間の旧陸前浜街道とかを通ってきました。日立市小木津町内はちゃんと「浜街道」の案内標識も建っていたけど、海がすぐ見えて、ホントにそれらしかったですね。6号にぶつかった後、日立電線の横を通ったけど、しばらく車のすれ違いはまず無理な一車線分しか確保されていない狭い道になっていて、「ホントにこんな道もかっての街道だったのか?」でした。旧十王町伊師あたりからそれなりにマシになってきて、しばらくしてr230になり、高萩市に入り、R461に入って、花貫ダムを過ぎた直後農道を通って常陸太田市に出て帰りましたが・・・・・・・前エントリーは結局以前話した事の焼き直しになっていた面もあったので、今日は今更な感あるけど、もう一つはこれで。

http://blog-imgs-104-origin.fc2.com/t/o/i/toita1026/201702251706122af.jpg

建設図は依然土浦土木事務所のHPにも掲載(現在は閲覧不可)されていて、どういうルートだっけと思ったら、戸井田和之県会議員のブログに載っていたけど、さらに東に旧八郷町柿岡の市街地を迂回するルートも計画されているんですね。

http://news.mynavi.jp/articles/2015/08/31/airport/

県西地域というよりはその中の水戸線沿線地域(結城市・筑西市・桜川市)と言った方が正確でしょうが、北関東道は有料道路だし、r42も山道だし、無料かつ山を越えないでアクセスするにはr53やR6等で南に遠回りしなければいけないから、確かにアクセスは便利になりそうです。(古河・境・五霞地区もR125下妻・八千代バイパスや同つくばバイパスの整備が待たれる所である)ただ、上記の記事とかで指摘されている茨城空港が抱えている不利な地理的条件はこの上曽トンネル開通だけでは解消されないだろう、いやそれ以前に道路工事は用地取得で7割方終わるとも言われている様ですが、そもそもホントに2025年度までに完了できるのかなあと。ただ通るだけなら上曽峠よりも朝日峠(旧八郷町・旧新治村境の峠)の方が難所で、朝日峠もトンネル開通して久しいですが、R6の牛久土浦バイパスや千代田石岡バイパスの全線開通とどっちが先が実現するかな?さらに建設後30年間は有料道路として償還するつもりらしいですが、下手すれば無料化実現したころには私はもうこの世にはいないかもね。まあ、どうしても早く実現してほしいというほどではないです。それよりは、土浦バイパスは四車線化して流れ良くなったけど、特に日立、石岡、牛久を中心にしたR6の整備を最優先してほしいです。さらに言えばまた、殆ど県道等に降格されてしまっているR4名取市~仙台市街地までの旧道区間はそのままR6としてほしかったのですが・・・・・・・・・

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2017/07/02

再考-茨城県道150号月岡真壁線旧八郷町内旧道ルート

過去にも茨城県道150号(r150)の旧道ルートについて少し触れましたが、あの後もう少し突っ込んで考察したので公表します。

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上記画像はgoogleマップでの周辺図を編集したものですが、黒線ルート=r150推定旧道ルート(通行可能) 赤線ルート=r150推定旧道ルート(通行不能) 緑線ルート=r150現道 青線ルート=r138旧道ルートです。r138旧道も1983年5月までは県道に指定されていたのですが、小幡交差点(r42との交点)まで殆ど重なっていませんね。

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この地点は朝日トンネルを超えて旧八郷町(現石岡市)に入ってすぐの十字路を右に曲がってr138旧道に入った直後での地点ですが、道幅はそこそこあり、小桜郵便局が見えるr138現道との交差点では距離ポストも残っていて、かって県道だった名残も感じさせるものがあります。その交差点直前の所で左に曲がっていよいよr150旧道推定ルートを通るのですが・・・・・・・・
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道路が舗装されておらず、雑草等がぼうぼうと生えている。自動車が通行できないわけではないのですが、ホントにかって県道だったとしても地元の人も認識できている人が果たしてどれほどいるか。

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上2枚目の画像はr138現道(フルーツライン)との交点で撮影したものですが、フラワーパーク近くまで実際走ってみると全区間自動車同士のすれ違いは不可能なほど狭かった。まあ昭和年間に既に指定解除されていた盆地の県道(と思われる)なので、冷静に見れば不思議でも何でもなく、上4枚目の画像がその時のものだけど、そこそこの広さが確保されている道路にぶつかり、ここを右に曲がるとすぐに一番下の画像の道路にぶつかる。左に曲がっていくのであり、画像向こう側に見えるのがフラワーパークですが、r138旧道との交点付近区間ほど酷くはなかったながらもご覧の通り雑草が生えている。wikiでは廃道になったとかは書かれていないけど、旧道が指定解除になったのが1982~83年にかけてで、フラワーパークが開園したのが1985年6月2日(声優・沢城みゆき氏の誕生日でもある)だから完成に伴ってgoogleマップ上で描いた赤のルートは廃道になったかと思われます。

しかし、下青柳~小幡(小幡交差点)にかけての旧道ルートは既に数年前に走った事あるから今回は改めて走ったりはしませんでしたが、r42と重複していた区間もある。この区間は1982年3月に指定解除になったらしいけど、r42はその直後の同年11月に当時はr60として指定されたらしいから、この区間は一旦八郷町道に降格になったけど、まもなくもっと番号が若い新規県道に指定されたという事になりますね。その当時のr42は現在はr24である土浦境線で、この県道も最近になって土浦市田中~つくば市天久保までの旧道が指定解除となったらしいですが、1995年3月に笠間筑波線からさらに整理番号が若いr42としての笠間つくば線となった様です。(じゃあさらに今のr60十王里美線は当時何番だったのと言うとr104だったらしい)ホントにこのルートだったのかは100パー確信は持てないですが、取りあえずこれで茨城県道旧道にまつわる最大の(?)謎が解けた感じですね。

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2017/07/01

埼玉県道303号、263号等旧道走行レポート

週末なので記録がまだ残っている内に埼玉r303弥藤吾行田線、r263弁財深谷線等の旧道を先月某日に走ってきたけど、レポートします。

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まずr303、熊谷市下川上付近の旧道区間です。星宮小学校を過ぎてすぐのY字路を右に曲がるのであり、上の画像はその時撮影したものですが、狭い・・・・・・そこから少し進んで右に曲がるのを真っすぐ行ってしまって下の画像は逆方面から撮影したのですが、これまた狭い・・・・・・と同時に制限速度の標識も残っていて、かって県道だった事もある程度は物語っている様に思えました。三島神社付近は二車線分ぐらいの広さは道路確保されていますが、また曲がって狭い道になって何の前触れもなく現道に交差してこの区間は終了です。
R128oss

お次はr128熊谷羽生線の熊谷市上之付近の旧道ですが、こちらも狭かった。生活道路の域を出なかったのですが、R17熊谷バイパスで分断されている様である?

R83o1s
次はr83館林熊谷線の旧道で、熊谷市役所を過ぎてすぐ右に曲がります。バイパスは東に迂回するルートで、肥塚で合流しますが、まあ沿線は普通の市街地・住宅地といった感じで、何か凄い面白かったとかはなかった。

R303o

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次はまたr303旧道です。熊谷市吉野宮付近の区間ですが、常光院が目印になっていて、案内看板が見えたからトレースは難しくありませんでした。その常光院が見えるT字路を左に曲がるとすぐにJAくまがや中条が見えて、下の画像のT字路にまたぶつかりますが、ここは右を曲がります。

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右に曲がっても生活道路な性格は変わらず、熊谷市荒宿でバイパスと合流しますが、旧妻沼町に入るとまた旧道が見られます。沿線には工場等が見えましたが、二車線分が確保されている程度の広さがありました。

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r263弁財深谷線旧道はR407方面からトレースしたけど、旧道とバイパスはX字みたいな線形となっていて、熊谷市西条付近でバイパスと交差してすぐ長慶寺が見えたのですが、そこを過ぎるとまた狭くなる。下の画像の昭和橋も一車分程度で車同士のすれ違いはまず無理でしょう。
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後はずっと東に進んで帰ったけど、その途中r60羽生外野加須線の、羽生市市街地と加須市外野付近の旧道も通りました。前者は羽生市中央の区間はかってのR122だったと思われますが、中央4丁目付近を右に曲がって、葛西用水を超えて左に曲がって平野病院が見えるT字路までの区間です。後者はバイパスは左を曲がって通るのですが、しばらく真っ直ぐ行った後左に曲がり、旧大利根町の境付近で一旦バイパスと交差した後右に曲がった所をまた下の画像みたいにバイパスと交差して終了です。沿線は小規模の工業団地みたいになっていて、静かな風景でした。帰る途中にはまた、地元の出身者で、近代日本初の女医だった荻野吟子の記念館案内看板も見えたけど、時間が無かったのでまた機会があったら行ってみたいです。

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2017/06/24

栃木県道179号旧道ルートについて

栃木県道179号(r179)稲沢黒羽線は那須町~旧黒羽町(現・大田原市)を結ぶ一般県道ですが、特に区間前半の直線状の道路とトンネルの存在からこの一般県道も新道として新たに整備された想像は容易です。

R179

見づらくて線引きが下手で申し訳ないけど、これはgoogleマップで、1987年頃に発行された某地図から旧道ルートを辿ってみました。黒線が現在も通行可能なルートで、赤線が通行不能と思われるルートです。前者の方がまだ長いけど、後者も断続的に見られ、普通に今じゃあ全ルート自動車では通行できないという事ですね。栃木県道の県道で他にも自動車での通行不能な旧道ルートが存在するのは他にはr22(鞍掛トンネル開通により)やr32(大越路トンネル開通により)があって、wikiでもそう書かれているけど、後者の大越路峠は鹿沼市下長野側からはバリケードは設置されてなかったです。昨年夏に行ってきた時点では。まあ下粕尾側からは設置されていたのでいずれにせよその時はr199との交点付近しか旧道ルートは通りませんでしたが・・・・・・・・r285旧道ルートは現在も辿れる様で、画像は残さなかったけど、今年2月に実際通ったらかなり狭くて生活道路の域を出ない感じでした。再訪問は・・・・・・多分ないかとですが・・・・・・・・・・

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2017/06/11

千葉県道6号旧道及び篠崎街道走行レポート

R6o1

タイトル通りだけど、まず千葉県道6号市川浦安線(r6)の方ですね。分岐となるr283との交点でもある交差点では新道しか案内表示されていなかったけど、現在も旧道も指定解除されていない?旧道の方を先日通ったけど、住宅地の立ち並ぶ、思ったよりもやや狭い道(普通乗用車同士のすれ違いには支障はない)な感じでした。旧行徳橋もwikiで書かれていた通り、老朽化している様に見えました。旧道は押切交差点を左に曲がって、行徳駅すぐ近くの行徳交差点が終点になっている様だけど、実際は押切交差点をしばらく真っ直ぐ通過して、相之川での交差点を左に曲がって、r50と交差し、市川新井郵便局等の前を通って浦安市に入り、西に見える浦安駅を通過してすぐr10と交差するルートだったと思われます。

上記画像はそのr50との交点に差し掛かった時に撮影したものですが、この交点を過ぎるとさらにいくらか狭くなります。なお、市川市と浦安市の境にはカントリーサインは特に設置されていませんでしたが、旧道はr10との交点でもまだ終わりではなく、そのr10も新道で、旧道がかって存在し、さらに南東に進み、猫実の庚申塔が見えるr10旧道との交点がr6旧道の終点だったのでしょう。(r10新道?旧道?間の道は一方通行)

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上記画像がそのr10(新道?)との交点に差し掛かった時に撮影した画像でしたが、この交点を右に曲がって東京都江戸川区に入ってしまった。まあ残りの旧道ルートについてはまた機会ある時にでも・・・・・・・

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お次は東京都江戸川区内の篠崎街道画像ですね。上一番目は東京都道r451と別れた直後、二番目は柴又街道との交点、一番下はr451との再合流交点に差し掛かった時に撮影した画像です。走って凄い面白かったわけではない、普通の道路でしたが、r451との再合流直前にはキグナスのあまり大きくないセルフが見られたのは印象的でした。江戸川沿いにどんどん北上していったら、三郷駅が見えてきたけど、あとは知っている道を通って帰りました。東京・千葉r10については、また旧道ルートの推定とか改めてやりたい所です。

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