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2018/07/09

茨城・栃木県道1号旧道散策記

今度の週末は16日まで3連休の人も少なくないと思われ、私は東京都・神奈川県内の旧東海道を走ってくる予定ですが、その前に今月1日日曜日に茨城・栃木県道(笠間宇都宮線)1号の旧道、茨城・栃木両県境にあるのですが、散策してきたので、その件についてレポートします。

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行く途中、別の県道の旧道と思われる道を通りましたが・・・・・・・・何番の県道の旧道(?)かと言うと、165号ですが、常陸大宮市内を区間とする山方常陸大宮線ではなく、現在の64号土浦笠間線の前身である八郷稲田線の旧道と思われる道です。既に1986年(昭和61)頃には県道指定はされていなかった様ですが、沿線には郵便局も見られるし、やはりかっては県道だったかと思われます。

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さて、実際着いてみたら・・・・・・・気温31度の炎天下の中、一般車両通行禁止の標識等が出迎えてくれて、桜植樹記念碑も見られたから、花見シーズンだったらなお良かったかもしれなかったけど、とにかく歩いてみました。

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想像通り、雑草がボーボーに生えた獣道に半ば化していました。

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一般車両は通行禁止なはずが、コンクリートにはタイヤの跡が。バイクにしては大きいよね。

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カーブミラーも見られたけど、この旧道が県道を指定を外れたのはやはりそう凄い昔の事ではなかったのか?

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カーブの警戒標識も。

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苔が目立つ所もあったけど、狸とも歩いている途中出くわしました。しかし、こちらと目が合った途端すぐ逃げてしましましたが・・・・・・・・・・・

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やや見づらいけど、「馬力神」の碑石も。もうとっくに県道指定から外れているであろうな割には立派だけど、確かにかってはこの道も多数の人達が行き交っていた歴史を物語る様です。

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すっかり変色してしまったであろうガードレールも見られたけど、間もなく舗装された道となり、現道と交流した所で終点となりました。

その後は、車を停めていたスタート地点まで戻ったけど、まだ帰らず、今度は茨城・栃木県境を超えて茂木町に入り、今度は高峰と仏頂山との間にある、茨城・栃木両県を結ぶ峠道を両県境まで歩いてみる事にしました。

実は昨年11月12日日曜に茨城県側(桜川市)から歩いてみて、その時は途中で引き返しましたが・・・・・・・・・・スマホも持ちながら常に現在位置確認したのですが、地図上は繋がっていても、県境まで残り距離1/3まで歩いたところで木等の障害物に阻まれて進めそうになかったので、残念ながらここで引き返しました。

帰りは国道355号笠間バイパス(笠間市街地を迂回するルート)等を通りましたが、まだ全線開通されていない状態でした。355号と言えば、玉里石岡バイパスも6号と355号旧石岡有料道路(2005年に無料化される)との交点から通すルートらしく、その地点で営業している某ガソリンスタンドも既に用地買収金貰っているとも聞いた事あるけど、さあいつ全線開通するかね?千代田石岡バイパスもどうも不透明な状況になっている様だけど・・・・・・・・・それはともあれ、また機会あらば、今度はまた茨城県側から歩いてみたいですね。

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