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2018/02/24

アメリカの連邦議員達の在職年数について(下院議員編)

昨年末、アメリカ合衆国アラバマ州で上院議員補選が実施されて、ハンク・アーロン氏等が出身者ですが、結果は野党の民主党が勝利したのも記憶に新しい所かもしれませんが、三権分立が徹底しているアメリカでは大統領は議会解散権がなく、他に解散権を持つ人もいないけど、任期は上院が6年で2年ごとに3分の1が改選、下院が2年で、大統領選挙がない年にやる選挙は中間選挙として実施されるらしい。最初は上院議員達で長く在職した人達について調べたけど、定員が4倍以上いる下院議員達の在職年数等についてから分かった事を述べます。

30年以上在職した下院議員の人数(州別)

デラウェア・・・・0
ペンシルバニア・・・・4
ニュージャージー・・・・2
ジョージア・・・・1
コネチカット・・・・0
マサチューセッツ・・・・4
メリーランド・・・・1
サウスカロライナ・・・・1
ニューハンプシャー・・・・0
バージニア・・・・3
ニューヨーク・・・・13
ノースカロライナ・・・・2
ロードアイランド・・・・0
バーモント・・・・0
テネシー・・・・3
オハイオ・・・・2
ルイジアナ・・・・0
インディアナ・・・・3
ミシシッピ・・・・5
イリノイ・・・・6
アラバマ・・・・0
メイン・・・・0
ミズーリ―・・・・3
アーカンソー・・・・1
ミシガン・・・・4
フロリダ・・・・0
テキサス・・・・11
アイオワ・・・・0
ウィスコンシン・・・・3
カリフォルニア・・・・2
ミネソタ・・・・1
オレゴン・・・・1
カンザス・・・・0
ウェストバージニア・・・・1
ネバダ・・・・0
ネブラスカ・・・・0
コロラド・・・・1
ノースダコタ・・・・0
サウスダコタ・・・0
モンタナ・・・・0
ワシントン・・・・0
アイダホ・・・・0
ワイオミング・・・・0
ユタ・・・・0
オクラホマ・・・・1
ニューメキシコ・・・・0
アリゾナ・・・・2
アラスカ・・・・1
ハワイ・・・・0

下院は人口比に応じて定員が定期的に見直されているらしいけど、アメリカと言うよりも世界の政治・経済の中心地であるニューヨークのお膝元なニューヨーク州が一番多いですね。その次がテキサス州で、それぞれシカゴがお膝元のイリノイ州も5人いて、成立が遅い州を中心に未だゼロな州も少なくないけど、全米では77人います。ワシントンDCやグアム、プエルトリコ等州ではない特定地域でも30年以上在職した人はまだいません。

合衆国初期において長く下院議員を務めたのはジョン・ランドルフかと思われます。数度ブランクがあって、晩年は短期間ながら上院にも転じていましたが、1813年にバージニア州15区で落選して、2年後の1815年に今度は16区から出馬して当選しましたが、同じバージニア州の21区だったトーマス・ニュートンジュニアに並ばれてしまい、1817年にまたランドルフが落選した時点でおそらくニュートンが議員として最長在職者となりました。

ニュートンも1区に転じていた1830年に議員でなくなってしまいながらも、翌1831年にカムバックして、1期務めて64歳だった1833年に引退、その直後にランドルフも現職のまま結核で亡くなってしまいましたが、通算31年務め、下院議員初の在職30年議員及び議員の最長在職記録の保持者になったかと思われます。

次に更新したのがニューヨーク州のジョン・ケットカム(在職1865年3月~73年3月、77年3月~93年3月、97年3月~1906年11月)で、1904年にニュートンの記録を更新、2人目の在職30年の下院議員となりました。しかし、翌1905年には早くもイリノイ州のジョセフ・キャンノン(在職1873年3月~91年3月、93年3月~1913年3月、1915年3月~23年3月)も3人目の在職30年下院議員となり、1908年末にケットカムの記録を更新、1913年にはまた議員でなくなるも、1915年に返り咲き、1917年におそらく初の在職40年議員となりました。アメリカの議会が設立されたのは1788年で日本のそれより約100年早いですが、これは尾崎行雄が在職40年議員になった13年前の事でした。

1923年に87歳で引退したキャンノンのこの記録は半世紀強の長きにわたって保持されてきましたが、アイゼンハワー政権期の1959年にテキサス州のサム・レイバーンが久々に更新、彼はこの時下院議長も務めていましたが、上院も院内総務だったリンドン・ジョンソンらを自分の手足の様に使って、影響力を保持していました。フランクリン・ルーズベルト政権期においても第1・2期の副大統領だったジョン・ガーナ―を擁立してルーズベルトの3選を阻止しようと(結局予備選で敗北して引退を余儀なくされた)しましたが、第二次世界大戦後、大統領の連続3選禁止が明確化されて、ポストアイクに焦点が充てられた時もそのジョンソンを擁立して、ジョン・F・ケネディに敵対したのです。

結局は、ケネディが民主党候補となって、疑惑もありながらもニクソンとの大統領選に勝利を収めたのは周知の通りですが、そこで燃え尽きてしまったのか議員在職のまままもなくガンで亡くなった。ところが、これも周知の通りケネディ自身もそのレイバーンやジョンソンの地元、テキサス州で暗殺されて、副大統領だったジョンソンが結局昇格したけど、天国から見ていたらどう思った事やら。

ニクソンもそのジョンソンの後に大統領になったけど、そのニクソン政権期の1971年末にはニューヨーク州のエマニュエル・セラーがレイバーンの記録を更新、このセラーは第二次世界大戦後、対イギリス援助についてイギリスのパレスチナ撤退とセットでなされるべきと主張したエピソードがありますが、最終的にはユダヤ人だったエリザベス・ホルツマン(当時の彼女の地元、ニューヨーク州16区はユダヤ人が住民の過半数を占め、特にユダヤ人の支持を得ないと当選は不可能だった)にあともう少しで議員在職50年の所で引退に追い込まれたのも皮肉な話です。

下院議員在職50年を達成したのはミシシッピ州のジェイミー・ホワイテンで、その時はブッシュパパ政権期だったけど、それからさらに四半世紀経ったオバマ政権期の2015年には在職50年の下院議員が入れ替わった。ジョン・ディンゲルとジョン・コニャーズジュニアの同じミシガン州で、同じ「ジョンさん」だけど、ディンゲル氏は白人、コニャーズ氏は黒人の「オセロ」コンビです。(そう言えば、本家オセロも中島氏は今どうしているのやら。お笑いコンビって片方は露出しなくなってしまうの多いけど)

特に日米貿易摩擦時には対日強硬派として鳴らしたディンゲル氏はまもなく引退したけど、引退当時は(現在もか)議員在職記録の保持者でもありました。下院議員を40年以上務めた面々は以下の通りですが、わずか13人と30年以上の6分の1に過ぎません。

1位 ジョン・ディンゲル 59年1ヶ月(1955年12月~2015年1月)
2位 ジェイミー・ホワイテン 53年2ヶ月(1941年11月~95年1月)
3位 ジョン・コニャーズジュニア 52年11ヶ月(1965年1月~2017年12月)
4位 エマニュエル・セラー 49年10ヶ月(1923年3月~73年1月)
5位 サム・レイバーン 48年8ヶ月(1913年3月~61年11月)
6位 ライト・パットマン 47年(1929年3月~76年3月)
7位 ジョセフ・キャンノンとチャールズ・ランゲル 46年 (キャンノンは1873年3月~91年3月、93年3月~1913年3月、1915年3月~23年3月で、ランゲルは1971年1月~2017年1月)
9位 アドルフ・サバス 45年8ヶ月(1907年3月~52年11月)
10位 ドナルド・ヤング 44年11ヶ月(1973年3月~現職)
11位 ジョージ・マホン 44年(1935年1月~79年1月)
12位 メルビン・プライス 43年3ヶ月(1945年1月~88年4月)
13位 ロバート・ダウグレン 41年10ヶ月(1911年3月~53年1月)


殆どが20世紀以降に国政デビューした面々で、ヤング氏のみが現職議員ですが、長くなってしまったので上院議員編はまた別稿という事で。

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