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2018/02/12

熊谷市内の中山道を走る

今年に入ったばかりの1月3日午後、埼玉県熊谷市内の中山道等を走ってきました。その時実際見てきたもの等を画像を交えながらレポートします。

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走り始めてしばらくはこの様な住宅が立ち並ぶ風景でしたが、やがて荒川が見え、しばらくはその荒川沿いを走る様になります。

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その荒川が見えた所で、権八地蔵等を目にしましたが、この権八は徳川四代将軍家綱治世下の鳥取藩士で、 罪を犯して処刑されてしまった人らしい。報徳の像も見えたけど、まあ二宮金次郎の事でしょうね。

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しばらくは荒川沿いを走っていったけど、まもなく荒川からは少し離れて小学校も見える集落の中に入ります。

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元々重要な街道だったからか、現在の国道でも県道でもないのに この様な道路案内表示まで立っていました。

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この表示を過ぎると、集落から抜けて、8枚目の画像の様な交差点にぶつかりますが、ここは、この直前のY字路を右に曲がって、その後のT字路を左に曲がる様です。そのまま直進すると相変わらず道路は普通車同士のすれ違いも容易でないほど狭いですが、熊谷駅に着いて、ひとまずここで終了です。 この走行レポートシリーズ、次回は東京都道442号及び同8号旧道を予定しています。乞うご期待?

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