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2018/02/10

歴代衆議院議長(日本国憲法下)の顔ぶれ

折角の3連休ですが、これと言ったブログネタも無い(明日ならばダリフラ感想とか書けるのだが)ので、日本国憲法下の歴代衆議院議長についてちょっと語ってみます。

誰の記事かは忘れたけど、戦前は国会(衆議院・貴族院)議長の地位は現在よりずっと低かったと言う。(退任後次官に就いた例もあった)現在は総理大臣より給料も僅かながら高いし、海外では国家元首(天皇はそうだと明確に明記されてないですよね、確か)に準じた扱いを受ける等決して単なる名誉職ではない様ですが、歴代の面々の就任時の当選回数及び退任後に就いた主な要職について調べてみました。(左から当選回数、退任後要職、あればその他一言コメント)

松岡駒吉(2、?)・・・・あと5年以上存命だったら民社党に移籍していたかも。
幣原喜重郎(2だが、大日本帝国憲法下で貴族院議員も3期21年務める、在任中死去)・・・・唯一の総理大臣経験者
林譲治(7、自由党幹事長)
大野伴睦(7・8、北海道開発庁長官・自由党総務会長・自由民主党副総裁)・・・・この人ももっと長生きだったら佐藤政権は史実の様な長期政権になってたか。
堤康次郎(9、?)・・・・西武グループ創業者
松永東(6、文部大臣)・・・・議員在職中は当時の東京音楽短期大学の学長も務める。
益谷秀次(9、副総理兼行政管理庁長官)・・・・入閣経験がついに無いまま終わった三木武吉との椅子取りゲームを制して就任。
星島二郎(15、?)・・・・短期で辞職
加藤鐐五郎(11、?)・・・・医者出身
清瀬一郎(11・12、?)・・・・映画「プライド」では自身も政治家の秘書経験がある、犬養毅の孫、安藤和津の夫、奥田瑛二が演ずる。
船田中(11、のち再任、その後自民党副総裁)・・・・晩年江川事件にも巻き込まれるも、江川のプロ公式戦初登板を見る事無く死去。
山口喜久一郎(11、?)・・・・不祥事で辞職。
綾部健太郎(7、落選して引退)・・・・山口の後任として就任も間もなく解散となり、総選挙で落選する。
石井光次郎(9、自民党顧問)
松田竹千代(12、落選して引退)
中村梅吉(12、法務大臣)・・・・失言で辞職するも、半年後に法務大臣として入閣。
前尾繁三郎(10、?)・・・・大平正芳のクーデターで派閥のボスを辞めさせられるも中村の後任として就任。
保利茂(12、間もなく死去)
灘尾広吉(10・11、?)
福田一(11、?)
福永健司(14、?)
坂田道太(16、?)・・・・リクルート事件後総理候補にも名が挙がる。晩年、弟子の森喜朗にかってに殺された。(秘書と混同したらしいが、坂田夫妻もこの時の発言を実際見ていたというオチww)
原健三郎(17、?)・・・・最後の明治生まれかつ帝国議会時代からの現役国会議員だった。日本国憲法下では初めての議長を経験した名誉議員に。
田村元(12、自民党最高顧問)
櫻内義雄(16、?)・・・・非政治職では日本プロスポーツ会長も兼務。原と共に最後の明治生まれの現役国会議員及び名誉議員になる。
土井たか子(9、社民党党首)・・・・初の女性議長にして非第一党(自民は過半数割れとなっていたものの、第一党だったのは変わりなかった)の議長。
伊東宗一郎(12、?)・・・・退任直後に死去。
綿貫民輔(11、国民新党代表)・・・・2016年に自民に復党。
河野洋平(13・14、引退)・・・・初の与党党首経験者の就任例。(就任時の自民は野党で、村山富市を擁立したまま総裁職を橋本龍太郎に譲ったので、初の総理になれなかった自民総裁でもある)在職日数は最長。
横路孝弘(10だが、途中北海道知事を3期務める、民主党北海道連代表)・・・・社会党在籍経験者では3人目の議長。
伊吹文明(10、?)・・・・2018年1月現在の国会議員では最年長。
町村信孝(12、間もなく死去)
大島理森(11・12、現職)

こうして見ると、戦後日本国憲法下で平和国家として再出発してもすぐ衆議院議長の地位が戦前と比べて著しく上がったわけでもない様です。公職追放された面々もいたし、当選回数が比較的少ないのは致し方ないにしても、中には幣原の様な総理経験者(ただし、大日本帝国憲法下の総理大臣も日本国憲法下のそれと比べて権限は弱かった)もいたけど、退任後は党幹事長とか大臣とかに就いていた人も珍しくなく、70年代初頭までは現在ほどの重職ではまだ無かったのでしょう。

それは一度退任した筈が再就任した船田の例も見られた事からも伺え、当選回数は保守合同成立、55年体制成立直後に就任した星島以降は殆ど2桁ですが、閣僚経験は船田まで2年に満たない面々が続きました。

中村・前尾・保利在任期にかけて衆議院議長の地位が高まったかと思われます。前述通り中村は失言問題で辞職を余儀なくされてしまいましたが、その半年後の田中内閣の改造で石橋・岸内閣以来の法務大臣に就任しました。後任はその前の佐藤内閣時に思ったほど存在感を示せず、ついに宏池会を大平に乗っ取られてしまった前尾で、いずれも不憫に思った角栄の計らいだったのでしょうか。しかし、この改造内閣は自民の5大派閥のボス、所謂大福三角中が勢ぞろいした重量級で、中村も総務会長とか党要職経験も豊富だったし、前尾も乗っ取られたとはいえ、元派閥のボスだった事には変わりなく、一時は角栄の後任としても名が挙がった程だった。結局就任したのは三木武夫でしたが、その擁立に関わった保利も閣僚だけでなく、党三役も総務会長及び幹事長の経験がありました。

角栄は総理・総裁就任の目安として「当選10回、閣僚入り3回(出来ればその内外務・大蔵を各1回)、党三役1回」と語っていたらしいですが、中村以降は前尾、保利、灘尾、福永、櫻内、綿貫、河野、伊吹、大島とその条件を満たしている面々は多いし、福田と田村も党七役ポストの一つである国対委員長の経験はあります。坂田と原は党三役の経験は無いですが、「田中角栄 権力の源泉」によれば、福永の後任にはその角栄は腹を推していたが、坂田を推していた金丸信の案が通って、彼が就任したらしい。

55年体制最後の議長はその櫻内で、その次は初の女性議長で社会党ではおそらく約半世紀ぶりの議長(副議長は55年体制下でも何人かいた)でもあった土井でしたが、社会党は非自民・非共産連立政権内では最大与党ながらも再統一後では最低議席(70)となり、自民が第一党(223)だった事には変わりなかったからこの起用には不満の声も少なくは無かったらしい。副議長はこの時初の野党総裁となった河野の後ろ盾にもなっていた鯨岡兵輔でしたが、もし議長も自民から出すとすれば、河本敏夫とか二階堂進とか原田憲とかの長老が就任していたのでしょうか。実際河本や二階堂は総裁出馬経験または総裁被擁立経験があったし、原田は土井の後任議長候補とされていたが、次の総選挙で落選し、ガッカリきてしまったのか間もなく鬼籍に入ってしまったのは残念でしたが・・・・・・・・・

もし二階堂が議長になっていれば、正副議長合わせて162歳のコンビになっていたのだけど、結局この3人とも1996年に引退し、伊東の在任を経て、綿貫が最初の昭和生まれの衆議院議長になった。しかし、在任中に小泉純一郎が橋本龍太郎を破って総理・総裁になってしまい、平成研究会を徹底的に冷遇した為に浮いた立場になってしまった感もしないでもなかったです。実際また、郵政民営化にも反対していたけど、退任後に自民を離党して別の政党の党首になった初の議長経験者でもあったでしょう。その次に就任した河野は逆に自民に戻ってきた後に総裁等を経て議長に就任し、在職日数も最長を記録したけど、総裁時代から支持してくれて、外務大臣-総理大臣としてもコンビを組んで(この時杉原千畝を名誉回復もしている。ネトウヨ達は絶対その功績を認めようとはしないだろうが)、小泉政権下でも一定の影響力はあったとのパイプが功を奏した様です。総理にはなれそうでなれなかったけど、まあ一度自民を出ていった不利な経歴もあったにしては一番出世を果たした(その次が現任幹事長の二階かな?ただ、息子は評判悪く、市長選でも現職に大差で落選したらしいから、古賀誠みたいに地盤を譲る事はしないかも)と言えるでしょう。

その河野は2009年の解散と同時に引退し、民主党が大勝したので議長も当然民主党から出た。戦前は知事経験者の議長は何人かいたけど、おそらく社会党在籍経験者では3人目の議長だった横路はその点久々の議長でもあったでしょう。次の2012年総選挙でまた自民が与党に返り咲いて、さらに次の2014年総選挙後で総理大臣と同じ清和会の町村が議長になるも・・・・・・・・・・・・

「安倍晋三 沈黙の仮面」でも書かれた通り、町村は既に2012年総選挙直前の総裁選から脳梗塞を発症していて、健康だったならば総理になれた可能性も高かった様だ。今度はあの例の下町ボブスレーとかもう「日本スゲー!!」とか大概にせえよ、ラトビアやジャマイカからの評判も悪くしてどうする、公式ツイッターでも韓国の悪口も言っているけど、いい加減そんな事しているてめーらがその韓国や中国、左翼、在日、朝日新聞ETC嫌いな連中以下になっている事に気づけよだけど、ホントに町村総理が誕生していれば今の日本はまだここまでは酷くなっていなかったかもしれない。河野みたいに総理になれなくても議長に・・・・・・・との事だったのでしょう。実際安倍も兄の様に彼を慕っていたらしいが・・・・・・・・・・・・・・

不運と言えば自民の政権奪還直前に総裁を退任せざるを得なくなり、その後幹事長として安倍を支えるも、不慮の事故で療養・引退を余儀なくされた谷垣禎一もそうでした。現在の衆議院第48期は昨2017年11月から始まって、実際またそういう憶測の報道も一部見られた様ですが、もし健康だったならば彼も大島の後任として議長になっていたのか?この人は他の重鎮幹部達みたいに右に偏っていないし、実際議長になってほしかったと思うけど、貧乏くじを引かされてしまった感じでした。また、他には額賀福志郎の名も挙がっていた様ですが、2回も大臣途中辞職だけならまだしだし、日韓議員連盟の会長としての活動(何度も言っている通り、自身と国を同一視し、近隣諸国へのヘイトに血道をあげる風潮には辟易していますが、外国人参政権は絶対反対です)なんかも置いといても総裁選出馬経験は無く、派閥のボスとして清和会支配に対抗する事も出来ず、しかも2015年終戦の日には中年女性と不倫していたスキャンダルも報じられた様では結局大島続投となったのも無理なかったでしょう。

次の総選挙は遅くとも2021年秋には実施されます。もしかしたら、東京五輪前に憲法改正の国民投票と同時にやるのかな?いずれにせよ、大島議長は次の解散と同時に退任し、その後議員を務めるにしてもあと1期で引退するのでしょうが、ポスト大島は果たして誰になるのか。政権交代の可能性は低いだろう(ホントはもう一度実現しなければいけないのだが。民主党政権の反省も活かして)けど、自民議員で当選回数最多な野田毅は高齢な上にオールゼロ議員になった事もあるし、甘利明もUR疑惑どうした?他にも衛藤征士郎、石原伸晃、川崎二郎、船田元、村上誠一郎、山口俊一とかどれも決定打に欠けますね。まあ総理大臣も篠原孝とかが平成以降小粒化していると指摘(篠原氏は中曽根・安倍両氏を比較して、安倍総理を酷評した記事をブロゴスで公開した事もあったが、ここもネトウヨの巣靴と化しているので当然彼らの反発を買ってしまった)していたけど、国会の神様とも言うべき衆議院議長も再び軽量化してしまう可能性が高そうです。そうだとしても、どうすれば良いか?まあ分かっている人は分かっているでしょうが、今こそ改めて議会制民主主義を十分に機能させ、守っていかなければいけないとこの衆議院議長の顔ぶれも見ても改めてそう思った次第であります。

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