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2018/01/30

茨城の著名人、篠崎洋一郎の次は額賀福志郎が失脚・没落か?

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180130-00000501-san-pol

額賀派クーデター全内幕「けんかは勝たねば」参院側が突きつけた最後通牒

1/30(火) 10:15配信    

    

産経新聞

 自民党額賀派(平成研究会、55人)のうち、吉田博美参院幹事長(68)率いる参院議員21人が集団離脱も辞さない構えを見せ、額賀福志郎会長(74)に退任を迫っている。衆院側(34人)でも「派閥がまとまるため退任やむなし」の声が強まり、退任を否定している額賀氏の外堀は埋まりつつあるように見える。吉田氏が仕掛けた権力闘争の内幕とは-。

 ■けんか勃発

 「けんかだ。けんかは勝たなければ意味がない」

 1月25日、吉田氏は周囲にこう語った。この日、額賀派所属の参院議員21人全員が定例の派閥会合を欠席し、独自に会合を開いた。退任を求める「本気度」と「参院の結束」を示すのが狙いだ。

 決起の背景には、額賀体制8年4カ月で有力な総裁候補が育たず、額賀氏の求心力が弱まっていることがある。額賀派の前身は永田町で最強軍団と恐れられ、党人事や国会運営を支配した経世会だ。それが今や第3派閥に落ち込み、かつての存在感はない。今秋に総裁選を控え、来年には参院選もあるのに、勢力回復の展望が開けないままで良いのか。

 そんな危機感に起因する参院メンバーの「額賀降ろし」は、実は2年前にすでに始まっていた。時系列で紹介しよう。

 ■平成28年10月26日

 この日の夜、派閥創設者である竹下登元首相の弟、竹下亘・党総務会長(71)が額賀氏から会長を引き継ぎ、「竹下派」が復活する-。そんな噂が永田町を駆けめぐった。

 背景には吉田氏や引退後も参院に一定の影響力を持つ青木幹雄元参院議員会長(83)が、額賀氏に水面下で退任を忠告していたという事実がある。額賀氏が安倍晋三政権下で存在感を示せないことにしびれを切らしたのだ。この日は、自民党総裁任期を連続3期9年へと延長することが決まり、安倍政権が長期化する公算が高まった、まさにその夜だった。

 だが、額賀氏は翌日の派閥会合で続投を宣言した。額賀氏の後任会長に意欲を持つ同派副会長の茂木敏充経済再生担当相(62)が「これからも額賀会長を中心にやっていこう」と同調した。

 ■29年1月23日

 産経新聞が額賀派の参院側幹部の石井準一・参院筆頭副幹事長(60)のインタビューを掲載した。額賀派から竹下派への交代を促すような内容だ。会長交代論が正式に表で語られたことで動きに火が付いた。この後の今日までの1年間、吉田氏は何度か退任を求めたが、額賀氏はなお会長職にとどまった。

 ■29年7月4日

 夜、額賀派は前身の「経世会」発足から30周年を記念するパーティーを、東京都内のホテルで非公開で開いた。

 「竹下登会長2年、金丸信会長5年、小渕恵三会長5年-」。参院側を代表してあいさつに立った吉田氏は、歴代会長の在任期間を列挙してみた。暗に「在任8年(当時)を迎える額賀会長は長すぎる」とのメッセージだった。

 ■29年8月3日

 吉田氏の意思が固まったのはこの日の内閣改造といえる。

 参院の人事や国会運営などで影響力を増していた吉田氏は、参院国対委員長として自身に仕えた松山政司1億総活躍担当相(59、岸田派)ら参院議員2人を安倍首相に強く推薦し、入閣させた。

 一方、額賀派から入閣したのは、首相が一本釣りした茂木氏と加藤勝信厚生労働相(62)という首相側近2人。派閥が推す「待望組」は入閣ゼロに終わった。派閥内で、領袖としての額賀氏の力量に不満が残った。

 同月末、長野県軽井沢町で行われた額賀派の夏季研修会に、額賀氏は妻同伴で参加した。ある参院メンバーはこう吐き捨てた。

 「成果を出せていないのに何を浮かれているんだ。やっていられないよ」

 ■30年1月11日

 1月11日昼、自民党本部にほど近い派閥事務所で、吉田氏は額賀氏と2人きりで向かい合った。

 「1月中に退任を決断し、返事をいただきたい」

 額賀氏は「私には失うものがない」と反論したが、吉田氏は「返事がない場合は事を起こします。私は本気ですから」と通告し、席を立った。これまでも退任を促してきた吉田氏だが、これが最後通牒のつもりだった。額賀氏はこの時点ではまだ相手の本気度を見誤っていたのかもしれない。

 吉田氏は、参院メンバー21人に加え、額賀派には所属しない「参院平成研究会」の独自メンバー10人も獲得し、参院での独自活動を活発化させている。首相にも一目置かれている。額賀派を離脱しても構わない、との自信があったに違いない。

 翌12日、吉田氏は参院メンバーを参院議員会館の一室に集め、額賀氏に退任を求めたことを説明し、結束を呼びかけた。しかし、額賀氏は態度を明らかにしないまま2週間が過ぎ、返事をする素振りもなかった。

 ■30年1月25日-参院

 吉田氏は額賀氏に決断を迫るため、強硬手段に打って出た。24日、側近数人と相談し、翌25日の派閥会合を欠席する方針を決めた。額賀氏側に事前に漏れないよう、この時点では大半の参院メンバーには伝えられなかった。

 25日午前10時に始まった参院本会議場で各党代表質問が始まると、側近が他のメンバーにこう耳打ちして回った。

 「本会議後、例会(派閥会合)に行かずに国会内に集まってください」

 本会議後の午前11時半過ぎ、派閥会合と同時刻に独自会合が始まった。机の上には昼食の豪華なうな重が並んだ。吉田氏は「額賀会長が辞めないのなら重大な決意をする」と派閥を割る覚悟を示し、今後の対応について一任を取り付けた。

 ■30年1月25日-衆院

 一方、額賀氏はこの日朝、自身の退任論に関する報道を受け、複数の衆院議員に「現体制で結束しようと今日の派閥会合で発言してほしい」と頼んだという。参院メンバー21人を牽(けん)制(せい)しようとしたわけだが、ふたを開けてみれば参院議員の姿はなかったというわけだ。

 会合で額賀氏は「衆参はお互いに同志として協力していきたい」と述べ、続投する考えを示した。出席した衆院議員からは退任を求める声は出ず、「額賀会長の下でやっていこう」といった意見が複数出た。

 「会長人事は参院が決めるものではない」

 「額賀会長をこんな形で辞めさせるわけにはいかない」

 派閥会合後、衆院側からは不満が聞かれた。衆院サイドは「続投支持」でまとまった。

 -かのように見えたが、実はこの時点で、事態の深刻さがあまり伝わっていなかったようだ。

 ほどなくして衆院側にも「吉田さんは額賀会長が辞めなければ、本気で派閥を分裂させる覚悟だ」との危機感が急速に広まった。

 分裂回避を目指す動きが始まった。中堅・若手のとりまとめ役で、同派事務局長を務める大塚高司衆院議員(53)は、当選4回の同期と電話連絡を取り、「派閥は衆参がまとまっていくことが何よりも大事だ」とする意思を確認し合った。

 つまり、場合によっては額賀氏の勇退もやむを得ないということだ。大塚氏は参院側とのパイプもあり、集団離脱の本気度をよく分かっていた。

 当選3回生同士も意見集約が進んでおり、29日に会合を開く計画がある。まとまれば中堅・若手の意向として「今後もまとまっていくための対応」を額賀派執行部に申し入れる考えだ。事実上、竹下氏の新会長就任を促すものとみられる。

 ■30年1月26日

 「衆参はまとまらなきゃいけない。もう結果は見えてきたなあ」

 当初は額賀氏続投を主張していたベテラン衆院議員はこの日、周囲にこう語った。茂木氏らが参院側への切り崩し工作を試みたが、大勢は変わっていない。

 後任会長に名指しされている竹下氏は26日の記者会見で「私は半分当事者のような立場に立たされているので、動かないことを決めている」と述べ、他の幹部らに対応を任せる構えを見せている。

 「参院側に期限を区切られてクビにされたのではしこりが残る」

 衆院側にはこんな認識がある。参院メンバーの中にも「本当はこんな形で決着させたくない」という声もある。衆院側で、額賀氏がなるべく傷つかずに退任できるような「花道」を模索する動きが始まった。

 吉田氏が設定した「返答期限」まで残り3日だ。吉田氏側近はこう語る。

 「うちがやることは、もうない。ボールは向こう側にある」

 焦点は額賀氏の対応だが、周辺にはあくまでも退任を拒否する意向を示し続けている。 (政治部 田中一世)

昨年10月下旬某日、衆議院総選挙直前の事だったけど、茨城県道108号の旧道を大洗町市街地の方から走ってきました。その時、この額賀氏のポスターも目にしたのだけど・・・・・・・・

額賀氏はまた、日韓議員連盟の会長を務めていて、当然中韓を知りすぎた男の辻本貴一氏(確かにビジネス経験を基にした視点とか単なる嫌韓・嫌中ブログとは一線を画している面もありますが)とかネトウヨを含む右翼・保守の連中からはボロクソに叩かれている。中には額賀氏を在日だと根拠の乏しいデマを流している某文化人もいて、まあ自分の気に入らない人間は真偽に関わらずそういうレッテル張りするのは彼らの必殺技なのですが、確かに主な活動内容を見ても・・・・・・・・・

http://scopedog.hatenablog.com/entry/20170512/1494641797

http://www.huffingtonpost.jp/kan-kimura/comfort-women-issue_b_5074477.html
http://www.huffingtonpost.jp/kan-kimura/kono-kato-danwa_b_5102825.html
http://www.huffingtonpost.jp/kan-kimura/cart-off_b_5203365.html


外国人参政権(特に韓国国籍の特別永住者)の推進は、そういうの認めたらどうなるか想像つくだろと言うか、反対だし、慰安婦問題日韓合意についてもこのブログ、誰かの妄想でも日本だって果たしてない約束あるだろとか指摘されていて、そうなってしまった経緯(上記huffingtonpostのHPを参照の事)はともあれ、加藤談話の時は日韓二国間の問題だったのが、戦後処理の問題にまで大きくなってしまったのだから「二度と不幸な歴史を繰り返さない。」な真摯な未来への決意を持って謝罪した方が良いとは思うけど、韓国側の不履行は記載しないのはやや一方的過ぎるでしょう。産経新聞韓国大統領名誉毀損問題も、たとえ誤報だったとしても加藤達也氏だけが悪いわけではあるまい、引用記事書いた人とかだって責任あるだろうし、その仕打ちは行き過ぎだろう、なのにここでも韓国に押し切られてしまった。尤もまた、産経新聞もネトウヨ達が大嫌いで、百田尚樹氏も短絡的なヘイト発言した朝日新聞も笑えないぐらい誤報とかやらかして、慰安婦強制連行を早く報じたのも産経だと聞いたのだけど。明治日本の産業革命遺産は出稼ぎに過ぎず、強制連行ではなかったな否定派の意見もそれなりには説得力ある面もありますが、これは日韓議員連盟というよりも日本政府がぶっちゃけ「バカ」なんですよね。

https://www.minjok.or.kr/wp-content/uploads/2017/11/2017_Guide_Jap.pdf

強制連行があろうが無かろうが、今年は所謂「明治150年」で、西郷どんも思ったよりも視聴率が伸びていない有様(下手すれば同じ脚本担当だったドクターXどころか、同じ放送枠のキムタクのBGにも負けそう)ですが、明治維新は確かにトルコとか他の国でも手本にされたほどだし、その時代の精神とか今だからこそ学ぶべきものもあるのも否定はしないけど、その一方で既に末期から第二次世界大戦という大失敗への道を歩み始めていたではないですか。

案の定韓国と揉める事になって、韓国や韓国人の粘着質で執念深い気質も常軌を逸しているけど、日本もこのガイドページでも指摘されていた通り負の面には直視しないで、政府の都合の良い様に美化して過剰な愛国心も煽る、押し付ける意識には大いに問題がありました。結果外交的に敗北したのに今度は明治150年の基またプロパガンダしようとしているのだから忘れてしまった様だけど、この産業革命遺産も慰安婦も領土主権展示館も事の本質は皆同じなんだよね。そう、「こうしたら、近隣諸国が文句言ってくるかもしれない。だから、そういうのも並行して想定し、ホントにそうなったらなるべく円滑に対応しよう」とか事前に良く考えないで身の丈不相応に「日本凄い!!俺たち政治家も偉い!!」と誇示しようとしたけど、結局反感買って、揉めなくても済んだかもしれない話で揉めてネトウヨ達はネトウヨ達で発狂して、彼らはホントは韓国も左翼や在日共々大好きなのだけど、嫌韓ヘイトに勤しむパターンになってしまっているのです。

だから、近年の日韓両国の確執は所属議員面々だけが非難されるべきではないのですが、日韓議員連盟には「相手の言う事を何でも聞いていれば友達でいられるとか勘違いしないでください。韓国が反日国であるか否かに関わらず、過去の不幸への真摯な反省の念を持ち続けるのも大事だけど、言うべき所では言ってください。実際、勿論立場はまた違うけど、韓国は中国にはあんな舐めた態度取らないじゃないですか。」であります。額賀氏はどうも頼りないけど、残念ながらそれはその日韓議員連盟の会長としてだけでなく、かって1970年代から21世紀を迎えるまでの大半の期間政界を支配してきたはずの木曜クラブ~経世会~平成研究会という派閥のボス(会長)としても変わらない様です。

確かにまた、会長になった時の状況も悪かった。本来ならば、橋龍・小渕両氏の後は羽田孜氏または小沢一郎氏、その後は入閣が早かった中村喜四郎氏、船田元氏、さらにその後は石破茂氏が総理総裁またはその候補であり続けるべきだったのです。しかし、経世会は、特に田中角栄氏(鈴木善幸氏や河野洋平氏、加藤紘一氏あたりもか)なんか今だったら自民より立憲民主に近い思想だろですが、利益誘導で富の再分配を図っていたが故にもどうも金に汚く、まあロッキードはアメリカによる角栄潰しだったのでしょうが、東京佐川急便事件での、脳梗塞に倒れたその角栄氏同様キングメーカーとなっていた金丸信氏の失脚で分裂した。

直後55年体制が終わって、非自民政権も細川内閣は連立政権の立役者だった小沢氏も彼に神輿として担がれた細川護熙氏と羽田氏も経世会系だったし、村山内閣も立役者の一人だった野中広務氏もそうだった。その後また自民政権に戻って橋龍・小渕両氏と経世会総理が続いたけど、小渕氏も角栄氏同様脳梗塞に倒れて、しかもこの年2000年は他にも二階堂進、竹下登、梶山静六各氏と経世会系(厳密には二階堂氏は田中派の亜流として分派したが、少人数派閥でついに総理になれないまま名誉議員表彰を目前に引退する。途中落選していなければなれたのだけど)政治家が相次いで鬼籍に入って、いよいよ暗雲が立ち込めたけど、短命に終わった森内閣の後、橋龍氏が再登板を目指したが、元々子分を作らず、面倒見がよくなかった事が災いして後の安倍総理の様な再当選はならず、ついに経世会支配が終了、小泉総理に徹底的に冷遇されたけど、野中氏も橋龍氏もその小泉劇場のさなかに引退に追い込まれた。

以前話した通り、もし選挙制度が小選挙区制比例並立制ではなく併用制になっていたのならば、彼はもっと政権与党になるチャンスを掴めた。しかし、結局一強多弱状態となる等政権交代を目指した筈が中選挙区制以上に自民に有利なルールになってしまったのだけど、壊し屋小沢氏は結果的に経世会系の人材を枯渇させ、現在も進行中である日本の右傾化を招く大きな罪を犯してしまった。

中村氏はゼネコン汚職事件で、刑務所に服役した後も選挙には勝ち続けるけど、山口武平氏との確執で自民には復党できないままで、息子への地盤継承も意識したのか実質第二民進党な無所属の会に最近入会したし、船田氏は途中で小沢氏と袂を分かって自民に復党したものの、政界失楽園騒動も起こして途中2回落選し、憲法改正推進本部長代行を務めているものの、入閣は中村氏共々もう四半世紀近くないまま。石破茂氏も小渕優子氏もまだ若かったし、2005年の郵政選挙で自民は大勝し、民主の政権奪取の野望をひとまずは阻んだけど、橋龍氏の後の会長が元々は宏池会出身の外様で、太宰治の娘婿でもある津島雄二氏だったのはそうした人材枯渇をますます象徴したものとなってしまった。

小泉劇場が漸く2006年に終わって、その後継を決める総裁選でも額賀氏は出馬自体出来なかった。入閣回数はそれなりながらも2回も途中辞任を余儀なくされた汚点を拭うことは出来なかった。他にもあの当時、大物議員は失脚していたり、郵政民営化の是非をめぐって離党していたりとどれも決め手をかけていて、結果当選回数5回にすぎなかった安倍氏が総理・総裁となって、その第一次安倍内閣がどうなったかももう周知の通りだけど、結局総裁選に出馬しない内に民主党に政権を取られてしまった。この時総理となった鳩山ルーピーもまた経世会系だったけど、もし途中辞任がなければ彼は総理になれたのだろうか?まあ難しかったかもしれないですね。

それでも額賀氏はその逆風の中当選して、津島氏から会長も譲られて、この自民2度目の野党時代(2009~12年)はそれなりに頑張ったのかもはしれないけど、途中石破氏は派閥を抜けてしまったし、総裁選でも2012・2015年共に自身が出馬する事もなければ自分の派閥から有力な候補を出す事も出来なかった。2012年末に自民は政権奪還を果たして、衆議院総選挙で選挙前の61人に対し、9人しか当選できない記録的な惨敗(2017年の希望なんかもこれに比べれば全然マシ)を喫した小沢氏もこの年以降弱小政党のヌシに過ぎなくなり、もはや過去の人になりかけているけど、派閥の期待の星だった筈の小渕氏も2014年頃にはあの疑惑でミソをつけ、額賀氏自身もほぼ同時期にオールゼロ議員となってしまった。

「いい加減仕事しろよ・・・・・・・・」だったけど、翌年2015年にはまた、よりにもよって終戦記念日に40代前半と推定される中年女性と食事やホテルでのデート等不倫していたスキャンダルを報じられてしまった。同じ経世会系でも、惜しくも2012年総裁選では安倍氏に敗れるも、幹事長等を歴任し、ついに自前の派閥も立ち上げた石破氏や河野洋平氏等同様小沢氏と袂を分かった後所属していた政党が吸収合併された形で自民に復党し、その後少数グループのボスにおさまるも自分以外落選して万事休すだった筈がかっての角栄氏や竹下氏みたいに派閥を乗っ取ってそのボスになって、幹事長のポストもいただいた二階氏との差はますます広がるばかりですよね。

長々と話したけど、要するに「リーダーシップ、決断力に欠けて、ボスには不適格」だと評さざるを得ないです。野党がダメならばせめて自民党内で疑似政権交代を果たして、いい加減清和会支配を終了させなければいけないのですが、この有様ではまだまだ当分続くでしょう。しかし、前述通り安倍政権って、愛国カルト故の妄想に過ぎない「美しい国」(某ブログで、「『中国や韓国は国はダメでも国民は良い人もいる』と言っている人もいるけど、国が狂っているのに国民がマトモなわけない」とのコメントも目にした事もあるが、日本だってそうやって中国・韓国の悪口ばかり言って何が楽しいの?と言うか、そんな人達も目立つ国のどこが美しい国なのか!!最近は中国・韓国よりもそういうヘイトとかに血道をあげる同胞の方が全然印象悪いよ、個人的に)を目指して、自分の実績も残す為に身の丈不相応に手を広げて却って周辺諸国と揉める等墓穴を掘っているのだから、憲法改正をめぐる国民投票、おそらく2020年東京五輪直前に実施されるのだろうし、集団的自衛権の行使が限定的なのは全く当然ながらもそれじゃあ特に9条をいじる大義なんかないし、これでついに命取りになるかもしれないですね。まあ額賀氏もまもなく会長退任、その国民投票とほぼ同時期に次回の衆議院総選挙不出馬を表明して引退となるのでしょう。

人柄は悪くないのだろうし、嫌いではないけど、もはや「茨城の恥」な篠崎洋一郎氏も反面教師(この人も経営が苦しくなってきた時点でさっさと不採算店舗を閉鎖していればこんな最悪の事態にはならなかっただろう)として、派閥の為、自民党の為、そして何より日本の為にどうすれば良いのか?良く決断していただきたい所です。会長をやめても額賀氏に出来る事はまだいくつもあるはずです。

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