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2017/12/31

棚倉城跡小旅行記(前編)

今年も早いもので今日で最後ですが、今年最後のブログは、先週クリスマスイブの12月24日に福島県の棚倉町にある棚倉城跡、亀ケ城公園に行ってきたので、その体験記とします。

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しかし、途中の矢祭町までは既に行った事あるけど、ただ国道通って行っても面白くないので・・・・・・・水戸市までは常磐道通って、水戸インターで降りて赤塚から市街地通って118号に出たけど、上の写真は常磐道との交差付近における118号の旧道(推定)のものです。生活道路の域を出ていなかったけど、さらに大子町まで進みます。

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昭和50年代まで国道118号に指定されていたけど、現在は県道28号等に降格となっている旧道の写真です。市街地を過ぎると、沿線にはバス会社の営業所等が見える、やや狭めの二車線の道路となっていくのですが、2枚目の方に見える踏切は水郡線のそれです。

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水郡線の踏切を超えてしばらく進むと118号と交差します。交差してからも路線状況はしばらくは変わりありません。

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ところが、水郡線下野宮駅近くまで進むと旧道は県道28号から県道326号、さらに大子町道に変わってしまうけど、県道28号ではなくなってしまうあたりから道は狭くなっていきます。しばらく水郡線と並走して、水郡線の踏切や川を渡っていったけど、橋は3枚目の写真を見ても分かる通り車通しのすれ違いは困難です。この時は軽トラの方が譲ってくれましたが・・・・・・・・その後も生活道路の域を出ず、これでは30年以上前に国道としては役割を終えてしまったのも無理はあるまいでしたが、118号現道に合流すれば福島県との県境はもうすぐでした。

福島県に入るとまず一番に目を引いたのが矢祭町一番の観光スポットであろう矢祭山です。鮎の塩焼きを食べていた観光客らしき人達の姿も見えましたが、矢祭山を過ぎたらそのまま118号を進んだのではなく、福島県道230号に入りました。特に凄い面白い特徴とかあるわけでもない普通の道でした。話は先走りながら、帰りは並走ルートな118号の方を通って、そっちは市街地を通るルートですが、この県道230号がバイパスみたいになっているから別にまたバイパス道路を作る必要はないのでしょう。この時人生で初めて塙町に入った(なお、余談ながら福島県は2013年2月にも白河市と西郷村に行った事ある)けど、カントリーサインはローマ字表記だけのものだったので撮影はしていません。そして今回の目的地である棚倉町に入ったのがその15分後でしたが、入った所で118号と合流となったけど、棚倉町のカントリーサインは見られませんでした。

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そのまま118号をしばらく進むと十字路にぶつかります。右が289号、左が118号、直進が118号旧道でしたが、この棚倉町内118号旧道を通るのも今回の目的だったので直進しました。wikiでは昔ながらの低規格な道路みたいな記述されているけど、水郡線中豊駅以南は上の写真1,2枚目の様な普通の二車線でそんな走りにくかったわけではないです。しかし、3枚目はその中豊駅を過ぎた後、県立修明高校近くで撮影したものですが、棚倉市街地に入り、道路も狭く線形も悪くなっていきました。4枚目の写真の奥には十字路が見えますが、旧道は右に少し曲がりつつ直進して進みます。そしてそのまま市街地に入ると道路右に郵便局が見えましたが、左には棚倉城跡、亀ケ城公園の案内表示が。この日は天気が悪く、途中雨が断続的に降っていましたが、前述通り常磐道を一部利用してもここまで3時間少しかかりました。目的地に着きましたが、長くなったので前後編に分けて、次の後編こそ、ホントに今年最後のブログとなります。

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