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2017/11/11

野上忠興氏著「安倍晋三 沈黙の仮面」感想その2

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感想その2です。安倍総理が親父の晋太郎氏の秘書になるまでのくだりはその1を参照されたい。(感想文中は敬称略)

1982年の自民総裁選では3位に終わりながらも、中曽根政権下の外務大臣となった父の秘書官として何をやれば良いか分からなかった晋三でしたが、フランスとの長州砲返還交渉で毛利家伝来の鎧との交換という形ながらも実現にこぎつけるGJぶりを見せた。そしてこの頃にはまた、後の妻となる松崎昭恵とも出会ったけど、初めての出会いの時に彼女が30分遅刻してしまったのもまあ「らしい」エピソードですね。

1987年には兄貴の寛信共々結婚にこぎつけたけど、直後には長生きだった祖父の岸信介が大往生を遂げた。亡くなる直前の祖父からは急死した江島淳の補選を機に参議院選の出馬を打診されるも息子の潔がいたためお流れに。しかし、潔もどうやらその後下関市長がやりたくなった様で、衆議院からの国政進出への転換の失敗(成功していれば後に今秋の衆議院選挙でも戦った小池百合子とも同僚になっていた)を経て、下関市長を14年やって、結局国政に進出したのは2012年の自民政権与党復帰直後とまだまだ先の事でした。筆者は晋太郎から「晋三には政治家に必要な情が無い」とこぼされた事もあったらしいですが、晋太郎は1986年の衆参同時選挙での圧勝後の第三次中曽根政権下では長く務めた外務大臣を倉成正に譲るも、党総務会長に転じ、中曽根の任期も延長となったとはいえ、あと1年、そして派閥(清和政策研究会)のボスも福田赳夫から譲られ、いよいよ次は総理になるかに見えた。

後任の総裁選には晋太郎の他にも田中角栄から派閥を乗っ取った竹下登、宮澤喜一が出馬を表明したけど、投票ではなく話し合いとなった。長期政権だったと言え、派閥の勢力は経世会(竹下派)、宏池会(宮沢派)に次ぐ3番手に甘んじていたから、禅譲した形にして自分の影響力も保持したかった中曽根の思惑があったかららしいけど、茨城出身でもある梶山静六が竹下の参謀役として助言していた等民意を反映していたか微妙な白熱したやり取りの断片も感じられたものがありました。実際総裁選挙やったとしても勝てたかどうかは微妙でしたが、晋太郎を党のナンバー2である幹事長(副総裁はこの当時空位で、実質的な党務の最高責任者)、宮澤を政府のナンバー2である副総理兼外務大臣に起用する等配慮も忘れてはいなかった。

しかし、後に2012年9月の総裁選挙で晋三とその座を争った石破茂も「あの時が彼が最も総理の椅子に近付いた時だった。」と言われるだろうけど、晋太郎にはもう次のチャンスは結果的にはこなかった。リクルート事件とガン発病があったからです。ガン告知したのも晋三で、晋太郎も渡辺美智雄もせめてあと5年は長生きしていれば総理になれたかもしれない、そうなれば河野談話や天皇陛下の訪中も無かったかもしれないし、55年体制ももっと長く続いていたのかなあでもありますが、36歳で晋三はいよいよ次の衆議院総選挙に向けての準備をする事となった。父の死に泣き続けた昭恵夫人が叱咤したのも何だか初対面時に遅刻したエピソード等とは違って彼女らしくないと言うか、殊勝な所もあったのだなあでもありましたが・・・・・・・・・・・

竹下の後の宇野宗祐は女性問題でダメ、海部俊樹もルパン三世でもパロられたほどだったけど、小沢一郎の操り人形で、その次にかって竹下や晋太郎と総裁の座を争った宮澤も政治改革を巡ってグダグダとなる等自民の55年体制もガタがきて来ていた。その上経世会が分裂して、小沢が先日亡くなった羽田孜や現在の自民幹事長である二階俊博らと共に出ていった。こうした状況の中で、1993年衆議院総選挙が開催される事になり、同じ派閥で、その後も深く関わる森喜朗や小泉純一郎、同じタカ派の石原慎太郎が応援に駆け付けたのは分かるけど、亡父のもう一人の総裁選でのライバルだった竹下もやってきたのも、晋太郎が息子に欠けていると指摘していた情の大切さを改めて痛感させられた様なでしたね。

当選はしながらも、自民は大きく過半数割れして結党以来初の野党転落、晋三も野党議員として国政デビューする事になってしまいましたが、その55年体制崩壊、政権交代の立役者だった小沢と安倍家の接点(晋太郎が小沢を幹事長にするよう働きかけた件)も「また然り」と言えたでしょう。消費税導入の根回しだけでなく、牛肉・オレンジ自由化問題や航空自衛隊の次世代戦闘支援機共同開発問題に尽力した功績も書かれていた小沢も確かに政治家として剛腕で、一時代を築いたのは否定はしないけど、自民を出て、55年体制を崩壊させたあたりがピークだったよね。その後はあくまで理想実現のための手段に過ぎない権力闘争ばかりに終始して、ついには本来思想が明らかに違う筈な山本太郎とか左翼の連中にも取り込まれて過去の人みたいになっちゃっている(辻本貴一氏のブログ「中韓を知りすぎた男」でもこの指摘がなされている)けど、あと2年で名誉議員にもなる様だね。小池はここらでも小沢と似たような失敗を犯したというか、排除した事自体は間違いではなかったけど、それを口にした様ではかっての派閥のボスや厚化粧と罵倒された私怨から散々標的にした元都知事等政敵達の失言も笑えないじゃない。分裂したダメダメ政党、民進の片割れに過ぎない希望の共同代表も、決して加計学園問題も晋三らを一方的に糾弾できる立場じゃない玉木雄一郎の様な小物(獣医師会から献金を受けている)が就任しちゃったけど、希望はあと3年持てばいい方じゃないの?と言うか、もう一度自分と思想を同じにする人達だけで出直した方が良い。まあその前に都政で豊洲とか自分で自分の「分不相応な野望」の為に勝手に大きくした問題を何とかしないといけないのだがね!!

まあこの2人についてはこれ以上深入りはしませんが、国会議員ってホントに多忙な様だ。ある議員の1日の例を見たら、私の職場への出勤時間よりも若干早い朝には勉強会やその他特定の分野の委員会に出席、昼は国会での本会議に出席して、夕方は地元や業界団体の連中と意見交換と帰宅したらもう寝るだけな日も珍しくなく、まあ国会は毎日開会されているわけでもないけど、晋三も当然例外ではなかった。父の秘書官になって外交に深く携わった経験から外交を専門分野にしようとした一方、保守主義も勉強した様だけど、議員になっても晋三には革新主義の思想・主張も好悪とは関係なしに聞いて、それも自分の見識を深める一助にしようとした視野の広さや柔軟性とかは感じられませんでした。

議員1年目は野党議員として終えた晋三、その年の暮れには田中角栄も亡くなったけど、自民の与党復帰は間もなく実現しました。宮澤の次の自民総裁だった河野洋平も同じく親中ハト派だったけど、自分が総理になるのを断念する代わりに、55年体制時最大のライバルだった筈の社会党のボス、村山富市を総理に祭り上げて、自社さ連立政権を誕生させたのです。晋三も当然首班指名選挙では本来思想が全く違う村山に投票した様ですが、当然村山談話にも不満だった模様。しかし、このブログでももう何度も言ってるけど、太平洋戦争はアメリカにそういう選択しなければいけない様追い込まれた面も間違いなくあった。朝鮮や台湾も含め日本の外地統治は搾取を基本とした欧米の植民地統治とは性質を異にして、例えばミャンマーのロヒンギャ問題とかのほどは禍根も残したわけではなかった。戦後の東京裁判もその正当性には問題あった。しかし、そもそも台湾や南洋諸島はまだしも、朝鮮統治は大赤字で結局身の丈に合ったわけではなかったし、やはり石橋湛山が主張した小日本主義こそが明治維新を成功させた後の日本が進むべきな道だった。これで中国も屈服させられないで(そもそも落としどころが何処だったのかも誰も理解していなかった様だし)どうしてアメリカと戦争して都合よく日露戦争の時の様な判定勝ちに持ち込めたと言うのだろうか?後からなら何とでも言えるけど、近衛文麿とか東条英機とか山本五十六とかの見通しは甘すぎたというか、やはり太平洋戦争は日本にも情状酌量の余地はありながらも侵略戦争だった事には違いない。(前述した、右寄りの人達が主張している外地統治も日本の国益第一でやった事であり、勿論「欧米=正義、日本=悪」なのも単純すぎるだろうが、その逆も然りである)

勿論、東南アジア諸国の独立に尽力したサムライも何人もいた事等も無視はしないけど、慰安婦に強制性があるかどうか不確かなのに・・・・・・な河野談話はともかくとして、村山談話は見直すべきではないです。そう思っているのは私だけでは決してない様で、晋三が村山談話に不満を感じていたのも、国会議員の絶対的多数の賛成を受けていたわけではなかった事を根拠にもしていたけど、本書でも指摘されていた通りそれから20年後の戦後70年談話でも結局明確な見直しが出来なかったのは皮肉だったでしょう。また長くなってしまったので次の橋本政権成立後はその3にて。

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