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2017/09/24

東洋経済オンラインもネタがないのかね

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170924-00189500-toyo-soci

フランス人は日本の不倫叩きが心底フシギだ

9/24(日) 5:00配信    

    

東洋経済オンライン

“若い頃から、亡き夫の背広のポケットには決して手を入れることはしなかったわ。夫はとてもモテる人でしたの。とても魅力のある人だからこそ、一緒に生きることを決意したのですもの。全てを束縛するなんて、考えもしなかったわ” 
マリアンヌ 80歳

 昨今の日本では、有名人の不倫スキャンダル報道の嵐がおびただしいようです。ターゲットになった人たちへの世間からのバッシングもすさまじく、こと女性に対しては、より厳しいように感じます。

         

 こうした風潮に対し、私は「あぶないな」と思います。犯罪に手を染めたわけでもないのに、ときに社会的に抹殺されるに等しい仕打ちを受ける点に、暴力的な同調圧力を感じます。ニッポンはこのままでいいのでしょうか。

■フランスでは「純粋な愛」が賞賛されることも

 一方、恋愛大国を自負するフランスでは、そこらの有名人の不倫くらいじゃメディアが取り上げません。さすがに、大統領や国民のスター、スーパーセレブともなればティータイムの話題くらいにくらいはのぼるかもしれませんが、これもプライベートが暴露されたことに対して憐憫の目を向ける程度。

         

 それどころか、その純粋な愛に賞賛が与えられることもあります。愛人について記者から質問をされた際に「エ・アロール(それがどうした? )」と答えて有名となった元大統領のミッテラン。世を去って20年経った昨秋、公然の愛人だったアンヌ・パンジョが、33年間にわたって受け取ってきたラブレター1218通をまとめた『アンヌへの手紙』を出版しました。すると、(中には、アンヌの売名行為じゃないの、と嫌う人はもちろんいたのですが)国民の多くは、故人の手紙の文学的素養の高さとセンシュアルな表現力に驚き、生涯を貫いた愛の純粋さに共感したのでした。メディアの反応も概ね好意的でした。

         

 これは、フランス人が世の中のラブアフェアには寛容であり、自他のプライバシーを尊重する国民性だからというよりも、そもそも他人の色恋沙汰になど興味がないということなのでしょう。バッシングはしません。もしそんなことをしようものなら、自分たちがミゼラーブル! 当然ながら、私も身に覚えがある“叩けば埃の出るカラダ”です。罪深き人々に石を投げられるはずもありません。

 そもそも、恋とはどんなものでしょうか。受験やスポーツ競技のように、勉強しトレーニングを積んで手にする栄冠のようなものでしょうか。そうではありません。ロマンチストと言われることを恐れずに言えば、恋は手に入れるものではなく “落ちる”ものなのです。恋に落ちる(Fall in Love)――近ごろはクラッシュ(Crush)するようですが――ともかく、そこに理屈はありません。突然雷に打たれたように、恋に落ちるのです。

 まるで事故のように恋に落ちてしまえば、いけないとわかっていても、自らの愚かさを悔いたとしても、恋しさに抗うことはできません。どんなにストイックで貞淑でも、災難は襲ってきます。

 その結果、わが身も相手をも傷つけ、時に死と破滅をもたらします。ただ、恋愛の自由とは、世の中や親族ではなく、愛しあう者同士の意志がもっとも尊重されるということです。さらに、身体の快楽とは各人格に宿るもの。したがって、フランス人は、他人のセックスや恋愛そのものに興味が湧かないのです。         

■日本が他人の不倫を執拗に責める理由とは? 

 一方、日本人の他人の快楽にやっかみ横やりを入れ、時に道徳的な非難(あんただけ楽しむのはおかしい)まで口にする傲慢さは、どのように醸成されたのでしょうか。協働しなければ成り立たない農耕社会の歴史的蓄積でしょうか。

 とはいえ、こうした集団主義が悪いとばかりは言えません。他人の痛みに寄り添うことのできるやさしさは、格別なものがあります。

 ただ、『古事記』や『日本書紀』など日本古代の文学作品には、また別の世界が広がっています。古代の日本人の恋や性は大らかで天真爛漫です。天皇も庶民も、相手が誰であろうとどんどん口説き、さっさとすることをしています。

 

 天真爛漫とは、生まれたままの純真さで、偽り飾ることなく光り輝いていることです。偽り飾ることがないというよりも、偽る必要もなかったと言ったほうが正確です。古代日本人には、今ほど厳しい倫理の観念はありませんでした。

 仏教と儒教が大陸から渡来してはじめて、人々は因果応報や輪廻転生を知り、正しきを義と謂い同情を忠と謂うことを知ったのです。その結果、日本人の恋や性のおおらかな天真爛漫さはなくなっていきました。

 

 その結果、美を創り出すものとしての恋愛が“明るい日向”だとすれば、恋愛による倫理的な堕落は“暗い日陰”時には“深い闇”となっていきました。

 ただ、老子は「上善は水のごとし」と言っています。水は低きに流れつつ、あらゆるゴミや汚物を併せ呑み込んで去り地上を清くします。澄んだきれいな水が悪臭を放つ汚水となっていくことで、善きことが成し遂げられるのです。人ならば、自らの堕落を見つめることができれば、我も他もよくできる上善の人となるというのでしょう。上から目線はなにものも見えない、下からの目線で見れば真実が見えてくるとも言えますね。

■不倫を責める権利があるのは、当人の家族のみ

 一説によると、人類史最高の恋愛小説はトルストイの『アンナ・カレーニナ』といわれます。日本では、紫式部の『源氏物語』の右に出るものはないでしょう。ともに不倫、不義密通を扱った文学作品です。品行方正で常識的なストーリーは、芸術に値しないだけでなく、人々に感動を与えることすらできないのかもしれません。

 だからこそ、物語に値しない“ふつうの生活”が大切だともいえますが、だからといって、自らを棚に上げつつ、よってたかって他人の道徳的違背を責めるのはどうかと思います。『聖書』の「汝らのうち罪なき者、石もてこの女を打て」は大切な言葉だと思うのです。(ヨハネ福音書第8章)         

 恋は素敵なものです。道を外れてもいいとは言いません。けれど責めることでもありません。責める権利があるのは当事者周辺の家族たちのみ。所詮人ごと。どうでもいいではありませんか。人生は赤の他人の色恋沙汰に構っていられるほど長くはないのですから。

「不倫は芸能人とか政治家とか社会的影響力のある人がやっちった場合は、それ相応の責任も負っているのだから単なる当事者同士の問題では済ませられない。」な個人的意見は変わらないし、ベッキー氏とか「一言多いんだよ。」な人(まあ不倫やる前からこの人の事はあまり好きではなかったけどね)もいるけど・・・・・・・・・・・・・・

その一方で、そういう報道が花盛りだから慣れてしまったというのもあるのだろうけど、「ああ、こいつもやってたのね。」な程度の関心しかない(ソフトバンクのCMのあの黒人もやってようがいまいが、この会社の携帯とかは絶対買わないし。過保護のカホコだって近年ではそれなり以上にはヒットした程度で、ひよっこも所詮途中登場組じゃんな竹内涼真氏が最近ミョーにゴリ押しされているねとも言うか、早々と優勝したホークスには悪い印象はないけど)し、わざわざ記者会見開いてまで謝罪する必要もない(家族やその他関係者に対してサシで謝罪すれば良い)と言うか、叩かれ過ぎなのは確かにあると思います。斉藤由貴氏も、過去にも妻子有りの故・尾崎豊氏とかとも不倫した事あって、つくづく「病気」なのだろうけど、西郷どんも降板までする必要あるのですかね?斎藤氏がダメなら、役柄が名君(リアルの人間性とは関係ないとはいえ)でもある渡辺謙氏もアウトでしょ、ハリウッドでも活躍したのも免罪符みたいになってるの?だし、西郷どん関連ではディレクターの暴行事件の方がもっと印象悪いですけどね。

確かにまた、他人の不倫をいちいち気にするほどの暇人ばかりじゃないですが、ホントにやってた(まあクロなのだろうけど)とすれば、ガソリーヌなんて、他にもっと重要な政策議論も半ばそっちのけで他人の不倫叩いてもいたし一番擁護すべき要素ないじゃんだけど、そもそも・・・・・・・・・東洋経済オンラインって以前にも豊洲移転問題でシャネルのお偉いさん引っ張り出して、論点反らしな築地維持擁護の記事書いていたけど、フランス大好きなのですかね?まあ国によって文化も違うから、それについてもあまりとやかく言うつもりはないですが、おたくの本来取り扱う分野って何よ?経済とかビジネスとかじゃないの?

https://www.google.co.jp/search?source=hp&q=%E6%9D%B1%E6%B4%8B%E7%B5%8C%E6%B8%88%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3+%E5%8A%A3%E5%8C%96&oq=%E6%9D%B1%E6%B4%8B%E7%B5%8C%E6%B8%88%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3+re&gs_l=psy-ab.1.0.0i4k1l2j0i4i30k1l6.6304.13919.0.16210.22.17.4.0.0.0.223.2200.0j14j1.15.0....0...1.1j4.64.psy-ab..4.18.2220...0j0i4i10i42k1.0.7hj4H_8clvc

http://www.unyoasset.com/1055
https://matome.naver.jp/odai/2146306321626946501
https://twitter.com/ikedanob/status/873026204588060672
https://togetter.com/li/973803


「所詮マスコミ」だから最初から大して信用なんかしていないけど、だからgoogleにも「東洋経済オンライン 劣化」とかネガティブな検索候補いくつもあって、ネットでもそのダメぶりとか色々指摘されてるんだよですけどね。繰り返し言う様に、北朝鮮の核開発問題とか日本の政治・経済や安全保障にまで関わる問題に比べれば有名人達の不倫なんて些細なスキャンダルで、無関係なその他大勢までがそういう事やっちった有名人を引きずり下ろす事に血道をあげるのは健全だとは到底言えないでしょう。しかし、東洋経済オンラインも欧米人コンプレックスもあるのかね?フランス人という虎の威を借りた狐として「他人と違う事言ってる俺カッケー!!」な気分に酔いしれているみたいなのも、そうした昨今の過剰な不倫叩き以上に違和感があります。後の内閣総理大臣にまでなった石橋湛山(小日本主義も今改めて振り返られるべきだとも思うけど、総理としては短期政権に終わってしまったのはつくづく惜しまれる)も主幹やった事がある老舗の出版社なのに!!別にぶっちゃけ個人的に週刊東洋経済や会社四季報が入手できなくなっても全く困らないけど、こういうネットでもいくらか聞かれる自分達への良くない評判とか現状を認識し、自己改善した方が良いと思います。不倫叩きとか世間の風潮をどうだこうだ言う前にね!!

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