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2017/06/20

百人一首の歌人達(21)-2番持統天皇

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20170620-00000873-fnn-soci
眞子さま、7月8日に婚約内定発表

フジテレビ系(FNN) 6/20(火) 18:11配信

秋篠宮ご夫妻の長女・眞子さま(25)と大学時代の同級生・小室 圭さん(25)との婚約内定が、7月8日に発表されることになった。
宮内庁によると、眞子さまと小室 圭さんとの婚約内定は、7月8日に発表され、午後に、お2人そろっての記者会見が予定されているという。
眞子さまは、6月8日にブータンから帰国後、小室さんと母親をお住まいの宮邸に招いて、発表に向けた日取りを調整し、小室さんの仕事に支障のない、7月8日の土曜日に決まったという。
小室さんの近況について、幼少期の小室さんのバイオリンの先生は、「(6月初めに)お母さんと圭さんと2人で、演奏会を聴きに来てくださって。忙しい中、お時間作っていらしてくださって、本当に感激しました」と明かした。
今後は、12年前に結婚した黒田清子さんの例を参考にしながら、2018年の結婚式に向けて、準備が進められる。

「春すぎて夏來にけらし白妙の 衣ほすてふ天の香具山」(2番持統天皇)

一昨年、「天上の虹」もついに完結したらしく、私なんかが今さら取り上げる様な人物ではないけど、約3か月ぶりのこのシリーズ第21弾は2番・持統天皇です。天智天皇(中大兄皇子)とは親子で百人一首では1・2番手ですが、その政治的業績とかとはかけ離れた、季節の移り変わりを女性ならではの感性で感慨深げに噛み締めた様な歌ですね。

この人は特に結果論からその人間性とか語られがちな印象がありますが、それだけに果たしてホントに伝記漫画(集英社や小学館等の各種学習漫画、それに石ノ森章太郎先生の「マンガ日本の歴史」等)で描かれた様な人だったのか、改めて疑問にも感じます。

ネットでも色々博識な人達にも語られていて、平安初期までは皇位継承の際には血統が重要視されて、母親の身分が高くないと天皇になるのは困難でしたが、自分が産んだたった一人の男子だった草壁皇子が早世しても、その他の天武天皇と自分の姉妹との間の皇子達が皆まだ天皇になるには若かった(生母は鎌足の娘だったけど、新田部皇子にいたっては10歳にも満たなかったと思われる)のがこの人にとっては一番ラッキーだったでしょうね。

そういう意味ではまた、「天武=天智の異父兄説(622年生まれ)」も自分もその可能性はあるとも思いますが、少々怪しいかも?ホントにそうだとして、天武天皇は用明天皇の曽孫で、れっきとした皇位経験者(天皇号を初めて使用したのは推古天皇か天武かだと言われているので正確には語弊があるが)の男系子孫には変わりないのですが、622年生まれだと、中には生年不明の子女も何人かいるけど、十市皇女(649~53年頃生まれか)と高市以外は殆ど40前後になってから儲けた事になる。しかも母親(皇極・斉明天皇)だって皇位系経験者だったけど、この時代のサラブレッドにしては子供作るの遅いと言うか、やや不自然ですが、持統天皇はまた少なくとも独裁者ではなかったですよね。

他サイトでも指摘されていたけど、大津皇子を粛清したくだりも夫崩御直後だったという事もあったのだろうけど、他関係者への処罰も最小限に抑えていたし、既に自分の異母妹でもあった母親が皇族だった長屋王も生まれていた(潜在的な皇位継承の競争者となる可能性があり、実際その末路は周知の通りである)高市皇子も、異母弟の大友皇子の例に倣ったのか「皇太子ではないけど、皇太子に準ずるような」太政大臣にした。この高市皇子の最期も毒殺説とか指摘されていて、実際また毒殺されたと推測できる様な遺体も発見されていますが、持統天皇が実行犯だったという事は無いでしょう。実行犯は彼がいなくなって、持統天皇以上に得をした「誰かさん」でしょうが、まあこのエントリーを見ている人は誰なのかはもう察しが付くでしょう。

高市皇子薨去後も、葛野王が同じ壬申の乱の敗者側でもあったその「誰かさん」の入れ知恵で草壁遺児の軽皇子を推して、まあこのくだりも持統天皇が誰かさんにそういう話にもっていかせる様指示したか、誰かさんが高市暗殺前からシナリオ付けていて、持統天皇も了承済みだったのでしょうが、皇嗣選定会議で一応皇族達で話し合いさせて決めた形を取りました。まあ「兄弟継承より親子継承ならば葛野王が本来今頃天皇になっていた筈」なのですが、大友皇子(弘文天皇)はそもそも母親の身分も高くなかったし、即位していない説も根強く、即位したとみなされたのは大政奉還後だったので、それは野暮なツッコミなのかもしれません。

実際またです。BBの覚醒記録(以降BBと記述)というネトウヨ皇室ブログでは「どうして愛国保守のブロガー達はこの様な危機に際しても黙っているのだ」と声高に訴えていますが、もしこれがホントだとして・・・・・・・・・・その経歴は矛盾点のオンパレード(国立音大付属小学校に通っていたくせにバイオリンは小学校高学年までわざわざ横浜市港北区まで通いに行っていた、ICUでも三菱東京UFJでも入社式または入学式とかの様子や同級生や恩師達のコメント等が聞かれない、弁護士を目指しているけど、司法試験直前だったのに一人で記者会見に応じる、事務所のビルが開く時間すら知らない、母ちゃんとのツーショットまで写していた割に一橋大学院にも通学している様子が見られない、英語が堪能なくせにそれを裏づける好エピソードも聞かれず何故かレストランでさほど時給の高くないアルバイトしていた、祖父とされる男もホントに血縁者?ETC)で、父親が自殺したのは彼の責任ではないですが、よくもまあこんなに埃ばかり出てくるもんだと言うか・・・・・・・

http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/2f24e517d70ea6cfdf50602b03016dee
http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/7d9d82a303a1965943e481a3a0d550f5

日本人ですらない(イスラエルでは「キム」と報道されていた)可能性もある小室圭と眞子さまの婚約がついに7月8日に発表されるというニュースがついに報道された。良くてフリーター、下手すればニートかもしれないのに何故彼の都合に合わせて大安でもない土曜日に発表する?そう言えばヒトラーもラインラント進駐とか重要な政治・軍事活動は週末に実行する事が多かったですが、この言論テロかもしれない婚約報道も利用して女性宮家及び女系天皇を実現させようとする連中の言い分の一つとして、「天照大神は女性である。日本書紀でもそれを思わせる記述があるじゃないか。」との事ですが、この勝手に紹介させてもらったBBの最近のエントリーによれば、天照大神は実は男性で、女性としたのはその「誰かさん」が持統天皇が軽皇子成長まで待って即位して、天武皇統を、木本好信氏曰く持統・草壁皇統に変質した事を正当化する為だったという。天照大神は私も女性である印象が強かったけど、まあ既に噂の真相2002年2月号で、女系天皇の正当性の無さを説いた、ぐう正論な特集記事が発表された通りですが、その繁栄等を祈る宗教的祭祀な性格等男系子孫だけが皇位継承するのが日本が日本であるがための天皇制の本質であり、それは良いか悪いか、女性差別か否かの話では断じてないのです。

こうした神功皇后だけでなく、性別自体本来違う可能性が高い様である天照大神にも擬えていたあたりからも、持統・文武両天皇の政権基盤が必ずしも盤石ではなかった事が分かります。持統天皇は701年末に崩御し、死因は分からないながらも色々思い出があったであろう吉野行き直後の事だったあたり、71番経信同様高齢での遠方への移動が身体にこたえたのでしょうが・・・・・・・・・・

実際草壁の男系子孫達は皆病弱でもあり、以降の女性天皇達は「皇后になった事がない初めての女性天皇」、「母から継承した、初めての未婚女性天皇」、「男系子孫な弟(彼も誰かさんの孫に毒殺された説もあり)を差し置いて初めて女性皇太子(誰かさんの娘な母も初めての人臣皇后)になってから即位した女性天皇」と色々無理しすぎて、その皇統の末路も周知の通りですが、これも結果論だけど、自分達を正当化する為にやった事が、ついに天智系に皇統が戻ってしまった5.60年後にとどまらず、1300年近く経った、少子高齢化という壁にも直面している現実も無視できない現代においても良くない誤解、解釈を生んでいるのだからつくづく罪な御方でもありましたね。その「誰かさん」って。

悠仁さま世代の男性皇族では悠仁さましかいないのもまた事実で、持統・草壁皇統末期に、誰かさんの一族の勝手な都合で結婚・出産等女性としての幸福を奪われた反動もあってか権力に固執した称徳天皇と道鏡が登場して以来の皇室の危機を迎えていると言っても過言ではないかもしれません。元々皇籍離脱も、日本があの愚かな戦争に進む道を開いてしまった為政者達に利用されてしまった天皇ら皇族をGHQが弱体化させる為であり、状況はもはや全く変わってきているし、月並みながらも旧宮家の人達を復帰させる事等を検討すべきである。(一時しのぎと言っていた人も目にしたけど、悠仁さまばかりに跡継ぎとかプレッシャーをかけるよりはよほどマシであろう)もし一人も天皇の男系子孫がいなくなったらもうその時はその時で自然消滅してもしょうがない。天皇制の本質を無視し、日本の国体を崩壊させてまで女系天皇・女性宮家を実現させる意義は全くないとも断言して、持統天皇は有能だったのも否定しようのない事実でありますが、今こそこの奈良時代の幾多もの権力闘争も引き起こしてきた女性天皇達の登場とその悲劇も反面教師として、超えてはならない一線を超える事ない様にしていかねばならないと強く思います。正直眞子さまにはガッカリだでもありますが、ましてや、この国には残念な事に、自国民でありながら自国の為にならない事ばかりしてきた、またはしようとして、ネトウヨの大量発生やあの森友での教育勅語朗読や安倍総理崇拝とかもそうだけど、却って近年の著しい右傾化も煽っている困った人達も少なくない困った欠点があるのだから・・・・・・・・・・・

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