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2017/04/03

おんな城主直虎第13回感想

今日朝のニュースをチラッと目にしたら、瀬戸方久役のムロツヨシ氏が「2017年ブレイクした役者第2位」にランクインされたと報道されていました。そう言えば、序盤乞食姿で登場していたよね、そろそろ再登場するのかなあと思いきや・・・・・・・・

ついに事実上還俗して、「おんな城主」になった直虎ですが、近年の、民主主義の行き詰まり甚だし政治情勢が反映されたかのような展開でしたね。今まで政治の経験が全く無かったわけでもなかったとは言え、いざ城主になってみたら自分で決断しなければならない事とかどうしてもいくつも直面する。

実際直虎も、「それはホントに出来るのか?」「約束を守るには具体的にどの様な政策を取れば良いのか?」とか良く考えないで徳政令を約束してしまって、タイトルの「城主はつらいよ」通り、経験不足を晒してしまった感は否めませんでしたが、旧民主党の子ども手当とか、旧民主党から引き継いだ自民党の高校無償化とかポピュリズムな人気取りと重なるものがありましたね。(さしずめ徳政令の実行を強要していた領民達は、2009年衆議院総選挙で民主党に投票した国民達である)

しかし、家臣達との関係は小泉劇場や、その劣化コピーである小池劇場を彷彿とさせられる様でした。政次が寿桂尼への状況報告等チクり魔みたいに暗躍していただけでなく、奥山朝忠(配役は田中美央氏)や中野直之(配役は矢本悠馬氏)もあからさまに「誰があんたなんかに従えるんだ!!」と言わんばかりだったと言うか、民進党や共産党みたいに事あるごとに直虎のやる事に反対していたけど、史実の彼らってホントにこんな反抗的だったのか?

田中氏は生年は未公表らしいけど、1998年に劇団俳優座に入団したらしいから、柴咲コウ氏や高橋一生氏らと同世代で、三浦春馬氏と同級生の矢本氏より一回りは年上かと思われますが、直之には朝忠の妻になった娘がいたらしい。まあ孝徳天皇だって親子ほどの年齢差があったと思われる姪の間人皇女(実は両親とも同じな兄の中大兄皇子と近親相姦の関係にあったから、中大兄はなかなか正式に即位できず、間人が斉明崩御~中大兄正式即位の間に天皇になっていたのではな説もあるけど、このくだりなんかも実写化とかは無理だよね。岡田氏主演の大化改心も入鹿を暗殺した所で御終いだったし)と結婚していたし、別に異常でも何でもないけど、母親が直親の妻、しのや政次の弟、朝直の妻、なつと姉妹だった(つまり直之と直政は従兄弟同士)というけど、彼女はしの(直親が1535年生まれだから、生年は1530~40年代前半頃?)やなつとは年の離れた姉だったのだろうか?

曽祖父が井伊直房で、彼は直虎の高祖父、直氏の弟らしいけど、前回で退場した直平(直氏の子)が1479年生まれ(1489年説もあり)とされるから、直氏・直房兄弟の生年は1450~65年頃、直由の生年が1510~20年頃、直之の母の生年が1520年代後半~30年代前半頃、直之の生年は1540年代頃ですか。直虎と同じぐらいかやや年下で、1606年に死んだらしいから享年は50代後半から60代だと思われます。朝忠にいたってはしの、なつの兄とされていて、死んだのは既に徳川3代将軍家光の治世(秀忠も大御所として健在でしたが)となっていた1629年。この作品の登場人物では最後まで生きた登場人物かとも思われ、享年は推定で80代後半~90代とかなり長生きだった様ですが、直之の娘との結婚は早くて1570年代前半、元亀か天正初年頃ですよね。当時としては遅い結婚でしたが、他に妻はいたのか?しかし、2人とも奸臣だった小野政直・政次親子と違って、実際は反抗的だったどころか、井伊家を保つ為に色々尽力していた様で寧ろ忠臣だった様ですが・・・・・・・・・・豊洲問題について「考える事が必要」と訓示する等、もう良識ある人達には都議選に勝つための時間稼ぎなのがバレバレなのに、小池都知事もしだいに化けの皮が剥がれてきている様ですが、こういう直虎=ジャンヌダルクな正義の改革者、朝忠・直之=何でも反対な悪の抵抗勢力な、単純な善悪二元論みたいな図式はあざとくて底が浅いなあで、あまり褒められた脚色ではないですね。

しかし、男達が皆直虎の敵だったわけでもなく・・・・・・・・ここで方久が再登場した。何だかわらしべ長者みたいなサクセスストーリーを辿ってきた彼、なかなかドライでしたたかでもあったと言うか、商人としてもうかれば民が貧窮しようが、井伊家が破産しようが知ったこっちゃないと言わんばかりでしたが、ピンチを脱する為のヒントもしっかり与えてくれた。そしてついに彼を井伊家の家臣として召し抱えたと思ったら・・・・・・・・・その頃家康も三河一向一揆でまたまた大ピンチ!!だった様である。この三河一向一揆は今川氏もやはり関与していた様ですが、領土を明確に回復できたわけでも無かっただろうに氏真はまたまた蹴鞠を楽しんでいて随分余裕な事。(苦笑)寿桂尼ももうこの頼りない孫に対しては説教する気力すら失せていたのだろうと言うか、それなら自分が頑張った方が早いとでも割り切って、奮闘していたのでしょうか。実際政次らとも色々連絡取り合っていて、彼女の死後まもなく氏真は国を失い、戦国大名としては失格者となってしまったのですが、さあ直虎も家康もそれぞれのピンチをどう乗り切るのか?この第13回の視聴率は13.1%で、花の乱も下回るのも時間の問題かもですが、朝忠や直之がこの先どう立ち回るのかも見ものですね。良くも悪くも。

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