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2017年1月

2017/01/31

蓮舫にまたまた標的にされた稲田大臣、何故こんなに打たれ弱い?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170131-01772392-nksports-soci

稲田防衛相、蓮舫代表の「口撃」に声震わせる…

日刊スポーツ 1/31(火) 9:50配信    

 民進党の蓮舫代表が30日の参院予算委員会で、稲田朋美防衛相に対し、女性の働き方などに関する約10年前の寄稿と現在の立場の「不一致」をめぐり、昨年10月に続いて“口撃”した。稲田氏は一部発言を事実上撤回。「10年たち、その過程で私も政治家として成長したんだなと思う」と、「成長」を理由に釈明し、失笑が漏れる場面もあった。

【写真】険しい表情の蓮舫氏

 蓮舫氏が指摘したのは07~08年、雑誌に掲載された「女性の割合を上げるため、能力が劣っていても登用するなどというのは、クレージー以外の何物でもない」「数値目標にどのような意味があるのだろうか」などの発言。「活躍できるなら平等に活躍できる機会を提供するのが、今の政府の働き方改革。稲田氏は過去、正面から否定するかのような寄稿をしている」と指摘され、当該部分の読み上げまで求められた。

 稲田氏は「10年前の一議員の発言」「長い対談の一部」と拒んだが、蓮舫氏の追及に、「どうしても読めというので読みます」と朗読。唇をかみ、声が震える場面もあった。

 別の寄稿では「尊属殺人罪を復活せよ」の記述があると指摘され、「(今は)復活せよとは思っていない」と否定した。「政治の間違いは政治がたださなければ。修正しますか」と指摘され「(今は)この時と同じ考えではない」と述べた。

産経新聞の「レン砲」には不覚にも「上手いっ!!」と思ってしまったけど、まあ蓮舫代表の存在自体(他にも何人も酷いのがいるけど)、皮肉にも如実に証明しているじゃないと言うか、そもそもこのクレージー云々発言は全く正論でしょう。もっと議論すべき政策とか色々あるのではですが・・・・・・・・・口が上手くない私でも「10年経ったら、少しぐらいの価値観とか変わる事だってあるじゃないですか。そんな重箱の隅突っついて他人の過去を穿り出す暇があるぐらいなら、あなたこそいつになったら二重国籍問題について誰もが納得できる説明するんですか?他人への文句よりもまず自分のけじめをつけなさいよ」ぐらいの事は言いますよ。こんな事言われたら。

稲田大臣は元々弁護士だったのだから、私よりももっともっと上手く反論できるはずなのだけど、学校での狭い意味での勉強とか、一つか、せいぜい二つしかない答えを導き出すのはほぼ完璧に出来ても、何か予期せぬアクシデントとかに追い込まれると柔軟な対応ができない、「主体性に乏しい優等生タイプ」なのでしょう。そういう人もよくいるじゃないですか。

太平洋戦争に負けたのも、そうした学歴を第一基準とした明治以降の学力偏重主義に毒された官僚や高級将領が国のかじ取りを誤ってしまったというのもあるのでしょう。稲田大臣は安倍総理にそれが近いという事で気に入られてはいる様ですが、政治思想も他の右翼・保守系の人達が日頃主張している事とも何か良い意味で一線を画している見識もあるというわけでもなさそうだし、実際また、昨年末に靖国に参拝したのも安倍総理の真珠湾訪問直後の靖国参拝も日本会議とかそれ自体良く思っていなかった右翼連中への配慮と言うか、ご機嫌取りの為だったという。

以前にも話した通り、10年前どころかもっと昔まで遡って、外国要人まで参拝していた画像とか態々載せているHPも目にするけど誰々がいつ靖国神社に参拝したとか私はぶっちゃけ興味ないです。太平洋戦争はアジア解放の為の聖戦だとか、過去の反省点も都合良く美化しない、純粋な愛国心がホントにあるのなら1年365日毎日でも是非参拝してくれ、俺は知らんし、政治家先生達にそんな暇なんかないだろうけどです。

しかし、民進もブッシュジュニアや森元総理、廬武鉉元大統領みたいにネタとかにもならないのだから大概なのだけど、この様な打たれ弱さ、主体性の弱さでホントに日本の国防を信頼して任せる事が出来るのだろうか?安倍総理も彼女の参拝についてノーコメントはないでしょ、慰安婦合意もホントにやったかどうか分からないのに、約束守る筈ないのが分かり切っている相手に十億払ったのも、国際的な評判も落としただけでしたが、そうした数、割合ありきで女性を起用する意味の無さ以上に安倍政権の内弁慶ぶりを象徴している人物だとも言えるのかもしれません。まあ民進が今のまんまなら「こいつらいい加減うぜーな」とはしばしば感じても楽勝でしょうけどね。自公安倍政権は。トランプ大統領は二期目はないだろう、下手すれば途中辞任もあるだろうですが、安倍総理は健康を著しく害さないか、もっと超ド級の失政しない限りは2021年まで総理大臣でいられるでしょう。投げ飛ばすなんて夢のまた夢とも言うか、稀勢の里とも同業者である某有名格ゲーキャラに言えば、出来たとしても「ふんどしかつぎ」になる事ぐらいでしょう。

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2017/01/30

中日、2017年新ユニフォーム全公開される

http://dragons.jp/news/2017/uniform2017.html

サードの昇竜ユニフォームは悪くないデザインだと思いますが・・・・・・・一番先に公開されたホーム用からロード用もどういうデザインになるか想像ついたけど、まあその通りと言うか、落合時代(04年型)のマイナーチェンジ版みたいで新鮮味には欠けますね。中日のユニフォームってまた、監督が代わる毎に前任監督カラーを一掃する様なデザインのユニフォームがしばしば採用されている感がある(まあ、星野時代のドジャーススタイルも15年型同様1950年代の先祖返りとも言えるし、故・川上哲治氏入団時のユニフォームを基にした巨人61年型を意識したであろうダブルラインのユニフォームを採用していた事もあったけど)けど、今回のこの落合カラーの「復活」はGMとしてはダメだったながらも監督としてはたとえそれが遺産含みだったとしても球史最高の黄金期を築いたから、あの強さをもう一度・・・・・な待望故だったのでしょう。実際現監督が落合氏が連れてきた森繁和氏その人ですからね。果たして新ユニフォームでドラゴンズは「燃え」て、元チームメートでコーチとしても横浜・中日でついこないだまで同僚だった辻新監督率いる西武との13年ぶりの日本シリーズ対決は実現するか?

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おんな城主直虎感想第四回

直虎がホントは男か女か?時代考証を担当されていて、小学館「少年少女人物日本の歴史」でも家康の監修をされていた小和田哲男氏もホントに女だと主張されていましたが、問題なのはそこではなく・・・・・・・・所領安堵と引き換えにとうとう出家してしまった直虎、まあ悪い意味でステレオタイプな元気な女の子だから余計お寺での生活になかなか馴染めなかったのは無理なかったでしょう。まあそもそも、繰り返し指摘する通り、物語の始まりな1544年時点では生まれてすらいなかった可能性だってあった(父の直盛が1506年生まれよりも家康実父の松平広忠と同級生な1526年生まれの方が有力と思われるから、生年はチョー早くても1540年頃であろう)のですが、托鉢じゃなくて窃取になっていた他所の農民の作物を食べたのはあの後御咎めなし?

タイミング良く道好と遭遇して、結局有耶無耶になって、最終的に作物の野菜よりももっと美味しいオニギリ(?)にありつけましたなんて、何のカタルシスがあろうかですが、その途中、父の直盛を直虎とは対照的に良き父親だけど、リーダーシップに欠けていて、頼りないリーダー、しかし直虎に感化されて、小野政直の暗殺も犯人に罵倒されながらも防止した等少しずつながらも変わっていった、「陳腐な」直虎マンセーのあざとさも前回以前に増して鼻につきました。まあ祖父の直平の後見の下、経験を積ませる意味合いもあったのでしょうが、既に13歳の頃から当主的活動していたらしい彼ってここまで頼りない人だったのだろうか?母の祐椿尼もついついそんな煮え切らない夫に本音を吐露してしまったシーンが見られましたが、直虎が良い所を褒められて、まんざらでもない気分になっていたシーン共々ミョーに現代的・女尊男卑的でもありましたね。

まあそれは別に驚くべき事ではありません。予想通りの、特に女性が主人公である近年の大河ドラマに良く見られる「悪癖」です。と言うか、子役で四話も引っ張る事への不満の声も実際目立っている様で、それで興味を失って見なくなる人が出てくるんじゃないかとも指摘されている様ですが、これは脚本担当の森下佳子氏が「幼少期のエピソードもしっかり描いた方が良いから」な意向故だという。しかし、それにしてはこれも何度も言っている様に、今まで「JIN]とか「天皇の料理人」とか何作もヒットさせてきた実績がある割には凡庸な描写が目立つのです。子役の子は演技力はあるけど、そうした凡庸さすら誤魔化せていたわけではありません。感情移入させられる様なパンチが無いのです。

時は流れて、1554年となり、漸く柴咲コウ氏が出てきた。この1554年は政直も死んだ年で、直親も漸く逃亡先の信濃から戻ってこれる様になった様で、この頃中央では三好長慶が天下人として君臨していましたが、戦国乱世はこれからが本番でした。義元が武田晴信(信玄)や北条氏康と甲相駿三国同盟を結んだだけでなく、信長は会見した舅の斎藤道三との同盟関係こそ維持していたけど、まだ尾張一国すら掌握しきれておらず、弟の信勝に暗殺されそうになったし、将軍・足利義輝に会ってきたばかりの長尾景虎(上杉謙信)も晴信との宿命的な対決に身を投じる様になった。奥州では親子げんかに勝った伊達晴宗(政宗の祖父)が勢力回復に努めていたし、中国では大内義隆が脱落して、彼にとって代わった陶晴賢からも毛利元就が離反して一触即発状態となっていた。新宮党を粛清した尼子晴久への挑戦権を得るのはどっちだ?九州では大友義鎮(宗麟)が家督を継いだばかりで信長同様なかなか国をまとめきれなかった一方で、義隆脱落等による漁夫の利を占めて博多を得た様だし、島津貴久も薩摩を統一して、今度は大隅を手中に収めようとしていた。

今回は今までに増して酷評が目立つ感想となってしまったけど、当然まだまだ挽回のチャンスはあります。甲相駿三国同盟で三河の領国化だけでなく、尾張にも侵攻していく事になった義元でしたが、昨日の勝者は今日は・・・・・・・なそうした戦国乱世で直虎達はどう力強く生き抜いていったのか?期待を感じさせるような伏線張りもいくつか見られるし、そろそろ新時代のエンターテイメントに完全脱皮した大河ドラマとなれる様・・・・・・であります。

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2017/01/29

ジョジョ8部ジョジョリオン感想-第6巻「女装した少年から見る東方家の宿命?そしてさらに登場、謎の建築家」

ジョジョ8部ジョジョリオン第6巻感想です。

康穂はいつの間に地下の建物に連れ去られて、東方家の敷地にある建物でもあったそこには眼鏡とか草履とか昔に作られた置物があった。額縁に収められていた、自動車の絵も見られて、そこには「昭和十二年(西暦では1937年) 東方憲助」とも書かれていたけど、7部では1831、もしくは1832年だったのがジョジョによくある「矛盾」(他には「大人はうそをつきません・・・・・・」の釈明でも有名なツェペリの子孫の有無や3部の時代設定のズレ等か)かそれとも単なる設定変更か8部では1846年生まれとされている初代は既に1931年に亡くなったとされているので、2代目か3代目のサインだったのでしょうね。

まあそれについてはこれ以上深く突っ込む事ではないですが、そこにいた女の子、つるぎは4代目憲助の孫娘・・・・・・ではなく、孫息子だった。女装していたのは魔よけの為と発覚直後はまだお思ったほどは訳ありな事情を感じさせる理由は語られていなかったけど、もう少し経って本巻最後尾の方でもっと突っ込んでそうした事情を改めて語らせた等伏線張りと回収の巧さは流石ベテラン作家のなせる業と言った所ですか。

そうした特殊な「大人の事情」の下育っていったからなのか、まだ9歳の子供ながらも康穂が東方家の「秘密」について探っていて、それは彼女自身が自分が何者だから良く分からないから似た様な本質を持っていた定助に余計興味を持った心の投影故であると見抜いた等子供らしかぬ鋭さを見せた。「こいつ只者じゃないか。将来の大器か?」とか思わせるものはありましたが、勿論康穂にはそんなつるぎに感心する余裕なんてありません。と言うか、確かにつるぎが指摘した通り、常秀の様なねじ曲がった人格の持ち主にミョーに気に入られていた点は一巡前の康一に似ていましたが、家庭環境は特に確執とか描かれていなかった彼と比べて悪く、家庭に安住の場所を見いだせていなかった様である。

洋楽好きでもある荒木先生の趣味にスタンド名等が反映されているのも言わずもがなですが、今回の元ネタは大橋純子氏の某アルバム?つるぎのスタンドはペイパー・ムーン(正式名称はペイパー・ムーン・キングらしいが)と言って、対象人物の人や物に対する認識力を失わせる、これまた厄介なスタンド能力だった様ですが・・・・・・・・これ書いている時点ではまだこの6巻までしか読んでないけど、4部でも由花子や玉美、彩、吉良との対峙等で康一の成長ぶりがたびたびクローズアップされていた様に、今回のこの8部でも、6巻とおそらく次の7巻は家庭環境に恵まれず、自分が何者なのか?どう生きていけば良いのか?分かっていたつもりで定助やつるぎとの出会いがなければ分からなかったままだったのであろう康穂の成長物語となっていた感があります。

実際親子喧嘩しただけでなく、あのお漏らしもかなり生々しいものがあったけど、常秀にレ〇プされかかったり、警官に助けを求めた筈がチンピラどもに拉致られそうになったりと受難が続きましたが、それも康穂が自分と向き合い、自分が何者か自分のこれからを見出していくための「必然的で大きな試練」の一つだったのでしょう。

こうなったら取りあえず、彼女に悪意があったわけではなかった様でもあるつるぎに助けを求め、またしばらく彼女と一緒にいるしかなかったのですが、前述のつるぎが女装していた事情、代々家の長女か長男が皮膚が石みたいになる奇病に侵される事が判明したのですが、初代憲助が7部でスティールボールランレースに参加したのもそんな「逃れられない宿命」と関係していたのか?東方家にはまだまだ沢山秘密が隠されていそうだぞ?でもありましたが、精神的ストレスで疲れて寝付いたと思ったら、長髪イケメンの20代後半と思われる男が突如侵入してきた!!彼の名は八木山夜露という、何とも風流な(?)名前で年齢は28歳、職業は建築家の事ですが、8部の露伴的ポジションなキャラなのかな?アーティストとして独特の美学を持っていて、じょうすけの名の付くキャラとは相性が悪い(実際、定助の記憶が戻ると都合が悪い旨の発言をしていた)と実際露伴と似ている点もあるのですが、その反面住所を明かさなかったり、一番大切なのは彼とは真逆な社会的名声であると明言したりと異なっている点も見られました。

いずれにせよ、どうやら遠距離型でパワーはあまり強くないとかとも分析されていましたが、ついに康穂はスタンド能力を発現した様だし、敵とだけではなく、良好だとは言い難かった家庭環境に身を置いていた自分との「壁(某国某大統領も本気で隣国との国境に作るつもりらしいが)を破る為の戦い」が始まった様です。さあこの大勝負の決着やいかに?

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いつまでも外野が騒ぐ様な話題でもないだろうに

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170126-01770370-nksports-ent

江角マキコ反論に薬丸裕英「ものの順序が違う」

日刊スポーツ 1/26(木) 13:02配信    

 芸能界引退の意向を示した女優の江角マキコ(50)が不倫疑惑報道に反論したことについて、タレントの薬丸裕英(50)が「ものの順序が違う」と指摘した。

【写真】江角マキコ笑顔であっさり「バイキング」卒業

 薬丸は26日放送のフジテレビ系「バイキング」で、江角が別居中という夫と話し合いをする前に週刊誌で語るなどしていることに「ものの順序が違う。なんでまず夫婦でそういうことを話さなかったのかと疑問に思う」とコメント。「本人たちが言った言葉尻をとらえられてこういう記事になってしまったのかもしれないけど、こういうことを生んでしまった原因は本人たちにある」と江角の対応を批判した。

 また、江角が過去の落書き騒動をしっかり謝罪していないことが立場を悪くしていると指摘。「みんなの見方が変わってきちゃう。どうしても全部がクエスチョンマークがつくようにとらえられちゃうから、損ですよね。本当のことを話していたとしても、江角さんが損してる。キッチリした方が良いと思う」と語った。

今日は「おんな城主直虎」の放送日で、まだしばらくは視聴を続けるつもりですが、小野道好役の高橋一生氏がかって「耳をすませば」でも主人公の相手役の少年を演じていた事があたかも衝撃的な過去の事実であるかの様な記事を目にしましたが・・・・・・・まあ、確かにアニメに興味ない人には意外に感じられたかもしれないけど、そんなの知ってる人は知ってるよ。私だって彼の事はその頃から知っていて、また3・4年前頃からそこそこ見かける様になって、「複雑な家庭環境を抱えてもいたらしいけど、ついにホントにブレイクするか?」で、わざわざ自分の無知ぶりをドヤ顔で曝け出す事も無いだろうに(役者としての彼に純粋な敬意を表したつもりならば話は別ですが)でしたが・・・・・・・正直な話・・・・・・・

同じ直虎絡みでは今川義元役の春風亭昇太氏の公家装束姿もそうで、他にも松屋のクリームシチュー定食は有り無しか?とかそんなの全く個人的な嗜好の話だろうに・・・・・・・・だけど、マスコミってホントどーでも良い事でギャーギャー騒ぐよねで、もっと酷い記事では最初からイ・デホ選手を取るつもりなんかおそらく無かっただろうに、阪神が彼を獲得できなかったのは失敗だとか、暇さえあれば巨人(&自民党)を親の仇みたいに叩きまくるゲンダイのアンチ阪神版とも言うか、阪神叩きありきな記事(阪神嫌いなのは勝手だけど、そうだとしてもあからさまな私怨を持ち込むなよな感じ)も目にしたけど、この江角マキコ氏の引退騒動も・・・・・・・・・

ヤフコメでも指摘されていたけど、彼女って元々人望無かったのか?仮にホントに不倫疑惑がクロだってとして・・・・・・・・勿論彼女が当事者とのケリをつけなくていい事になったという事にはならないです。以前から年金未納や長嶋一茂邸への落書き疑惑等不祥事が目立ちましたが、一般人になっても自分で蒔いた種は自分で刈り取らなければいけない事には変わりないでしょう。しかし、いつまでもマスコミややっくんや梅沢富美男氏とかそうした不祥事に関係ない「外野」芸能人達が公共の電波を利用して必死こいて追及するような話では全然無いです。

私にとっては「あのまま研音にいれば良かっただろうにだけど、まあお疲れ様。不倫疑惑もシロかクロか断定しかねるけど、いずれにせよもうこれ以上子供達を悲しませる様な事はすんなよ。」(これも余計なお世話?)な程度でぶっちゃけ「もうどーでも良いわ」だし、他の大抵の一般人もそうなんじゃないですか?どうせすぐ忘れ去られますよ。

果たして、和田アキ子氏も、ヒガシやガッキーに対しても出川哲朗氏に対してそうさせた様に、同じ事させる事出来たのかね?ですが、ジャニーズとかバーニングとか大手芸能事務所タレントの不祥事についてもちゃんと「良くない事は良くない」と意見できるのならまだ筋通っているけど、自分の仕事を失うリスク抱えてまで発言する気概なんてないでしょ?江角氏の人間性の良し悪しも理由にはならないし、塩谷瞬氏の二股騒動も異常だったけど、結局弱い者いじめしか出来ないのなら余計な事は言わない方が良いです。やっくんも、梅沢氏も、和田氏も、坂上忍氏も。別に必死こいてそんな事しなくても、「何を演じても・・・・・」の殻を破れれば自ずと彼に対する評価だって変わっていくとも思うのですが、第一話と比べればやや視聴率が上がったとは言え、アレだけ他にも老若男女良い人達を集めても彼の主演連続ドラマとしてはワーストクラスペース(ブービーなアイムホームより若干高い程度)なキムタク提灯記事とも悪い意味で対照的な報道がなされているとも言えます。この江角マキコ氏引退騒動については。

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2017/01/28

2017年NPB公式戦日程、試合開始時間が発表される

http://npb.jp/games/2017/

最初交流戦、その次セリーグときて最後パリーグの順だった様ですが、いよいよ今年のNPB公式戦、試合開始時間付き日程が発表されましたね。今年は4月29日と9月23日が土曜と重なる祝日で、5月5日と8月11日も3連戦の初戦日なのも多少は影響しているのか、セリーグ主催試合でのデーゲーム試合数はやや減少した様です。

2004年9月23日の横浜戦で、11年ぶりにビジターデーゲームを体験した巨人は今年の予定デーゲーム数は数え間違っていなければ35試合で、2004年以降、2005年は9月の横浜戦、2006年は4月の中日戦等次第にデーゲームが増えていって、2008年には20試合となりましたが、2009年以降は順に2016年まで30、38、35、38、34、37、40、39ともう全試合の4分の1はデーゲームなのが当たり前になってきている感があります。今年は予定試合数は前述のセリーグ主催試合でのそれ同様、過去3年と比べて減少はしましたが、他にも7月9日、9月2・3日での神宮球場でのヤクルト対広島戦等では17時開始の薄暮試合が組まれていたり、楽天主催試合では例年の開幕直後本拠地主催カード以外にも4月11日の郡山での西武戦や7月16日の秋田での日本ハムも平日デーゲームで、盛夏期では8月26・27日の日本ハム戦等16時開始の試合も組まれているのが特徴的(?)でしょうが、6月27・28日に山形・福島でのヤクルト対巨人戦も・・・・・・巨人は昔から1990年~2000年代前半を除いて地方遠征はどちらかと言えば多かった方で、主催の東北遠征カードが組まれていた年も多かったし、ビジターでも去年等秋田でのヤクルトとの2試合カード組まれていたけど、秋田以外での東北ビジターって近年無かったですよね?大昔ではミスターがデビューした1958年7月15日での、当時県営宮城球場(現・KOBOパーク宮城)で大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)と平日ながらダブルヘッダー消化した等の例はあった様ですが・・・・・・・・

交流戦は一昨年・去年同様ホーム・ビジターどちらかで3試合ずつ戦う18試合制で、日程終了はセリーグが10月1日、パリーグが10月5日予定な様ですが、やや間延びしすぎています。まあ特に中日、ヤクルト、横浜、広島、特に最後の2球団は概して交流戦の成績も悪いし、巨人・阪神戦となるべく多く対戦したいという事でだんだん削減されているのでしょう。

なんJでしたね。あるサカ豚が「たった6球団で優勝争う野球なんて何が面白いの?」なんてスレ立てていて、まあこういう人種は無視するのが一番のクスリ(正論でレスしていた人もいたけど、サッカーファンというよりは相手がどう反応するか楽しんでいた愉快犯でしょうしね)なのでしょうけど・・・・・・・・このサカ豚の言動自体にはうんざりさせられて、もう途中で見るのを止めたながらも、NPBの場合、同一リーグチームとの対戦数が少々多すぎて、マンネリである事を改めて認識させられたのもまた事実ではありました。

長く130試合制が定着していた1996年まではそれでも良かったのだろうけど、1位とのゲーム差等に関係なく3位チームまで参加出来る上に、20試合以上対戦している相手とまた・・・・・・ではプレーオフの正当性が弱いのも否めないでしょう。そういう意味ではその意図とは別にこのサカ豚の煽りもいくらかは問題提起にもなってはいたのでもあり、2005・06年は22回総当たり(パリーグは20回)+交流戦36試合の146試合制(パリーグは136試合制)だったのが、いつの間に25回総当たり+交流戦18試合の143試合制とどんどんバランス悪くなっていますが、これならリーグ戦23回総当たり+交流戦30試合の145試合制にでもした方がまだベターでしょう。

この場合でもホーム・ロードの試合数が年によって1試合どちらかが多くなるまたは少なくなる不均衡は起きてしまうのですが、リーグ戦は4クールにして、その4クール内で予定日程を組んで(9月末以降に雨天中止とかになったわけでもないのに予め追加日程を極力組まない)、交流戦は前年の同じ順位(例えば、今年の場合広島VS日本ハム、巨人VSソフトバンクの様な)以外の5チームとの6回総当たり、または隔年でホーム3・ロード2、ホーム2・ロード3を入れ替える6チームとの5回総当たりにして、開催期間は5・6月(Ⅰ期)と子供達が夏休みの8月(Ⅱ期)に分けるのです。今年の場合だったらⅠ期は2クール目を6カード消化した後の5月26日~6月11日、Ⅱ期は8月4~20日です。そしてⅠ・Ⅱ期ともに1回は月・火、水・木の4日間を各2連戦2カード消化し、金・土・日は必ず3連戦になる様にします。例えば、実際の昨年、去年の日程を基にした、巨人の場合・・・・・

(Ⅰ期)

5/26・・・・@楽天
5/27・・・・@楽天
5/28・・・・@楽天
5/29・・・・西武
5/30・・・・西武
5/31・・・・@オリックス
6/1・・・・@オリックス
6/2・・・・@日本ハム
6/3・・・・@日本ハム
6/4・・・・@日本ハム
(6/5移動日)
6/6・・・・@ソフトバンク
6/7・・・・@ソフトバンク
(6/8予備日)
6/9・・・・ロッテ
6/10・・・・ロッテ
6/11・・・・ロッテ

(Ⅱ期)

8/4・・・・オリックス
8/5・・・・オリックス
8/6・・・・オリックス
(8/7移動日)
8/8・・・・日本ハム
8/9・・・・日本ハム
(8/10移動日)
8/11・・・・@西武
8/12・・・・@西武
8/13・・・・@西武
8/14・・・・楽天
8/15・・・・楽天
8/16・・・・@ロッテ
8/17・・・・@ロッテ
8/18・・・・ソフトバンク
8/19・・・・ソフトバンク
8/20・・・・ソフトバンク


連戦が続いてキツイかも(でも、Ⅱ期は関東ばかりで移動は楽ですね)しれませんが、期間が終了したら数日間の予備日なしにすぐリーグ戦に戻ります。この期間に交流戦消化しきれない場合はまた後日元々試合が予定されていない移動日に残り試合を開催して消化します。まあ一番良いのは、もう既存のセ・パ両リーグの概念を一時取っ払って、まず3地区制(タイトルやオールスター等はセ・パの概念を使用すればいい)にして、次に球団拡張してセ・パ各7の14球団制とし、余ったチーム同士常時交流戦を行う、そして最終的には東西地区制の16球団制とし、日本シリーズの前に地区優勝したチーム同士でリーグ優勝決定戦を行う。15~20年かけてでもこういう流れに持っていくのが一番の理想なのですが、しかし、東京や大阪とか特定の都市圏に人口が集中している日本ではやはりなかなか難しいのだろうなあ、しかし、既存のCS制度では、似たルールのKBOはペナントレース優勝チームは無条件で韓国シリーズに出場できるからまだ良いとして、消化試合を減らしたい目的は理解は出来ながらも不合理さも目立つし、いずれかは何らかの改革をしなければいけない時は必ずやってくるとも思います。監督の存在自体が既にハンデ(個人的には嫌いな人ではないけど、もっと適役な人を見つけられなかったのか)である様なWBCも、メジャー組は殆ど不参加を表明している様ですが、変化を恐れて現状に固執する様ではNPBのマイナーリーグ化も進む一方でしょう。いい加減今こそ、色々な面で改革が問われる時だとも思います。

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2017/01/23

おんな城主直虎第三回感想

序盤の悪役で、副主人公の父親役でもある吹越満氏、残念ながら復縁した筈の広田レオナ氏と離婚されて、本作でも息子の筈の道好からも快く思われていない設定だから、リアルの人間性と役柄は勿論関係ないけど、何だか皮肉だなあと言うか?

中途半端ながらも髪を切る思い切った策に出た直虎ですが、そうしたくだりからして何だか子供離れしすぎていて、正直違和感は拭えなかったですね。そんな彼女、吹越氏演ずる小野政直の思惑も絡んで今度は今川氏の本拠地、駿府に行ってきた様ですが、まず印象的だったのは瀬名ことのちの家康正室、築山殿との出会いでしたね。どうやら井伊年譜等の系図を参考にした様ですが、母親が直虎にとっては曽祖父の直平の娘設定なので、直虎にとっては親父の従妹という事ですか。まあ直平は1479もしくは1489年生まれですが、築山殿の生年も息子の信康の生年からも1538~43年頃と思われるのでまあおかしくも何ともないでしょうね。敵対したと思ったらまた味方同士になり、しかし・・・・・・・なたがいの悲劇などまだ知る由も無かったでしょうが、これも運命的な出会いだったと言えたでしょう。

徳川氏が、将軍跡取りの幼名が竹千代ならば、今川氏は龍王丸が当主跡取りの幼名らしいですが、氏真は足利将軍家一門の跡取り息子らしく気品あふれ、堂々としていて、父の義元も今回漸く初めて喋ったかな?しかし、口数の少なさも却って威厳に拍車をかけているけど、家康に離反され、晴信(武田信玄)に裏切られ、国を失った無能な敗北者な印象が強い彼の再評価にも繋がる、これからの脚色等改めて期待が感じられた点もありました。

しかし・・・・・・・・・・やはり本作でも彼の特技は蹴鞠とされていて、彼と勝負する事になった直虎は、勝つまで勝負する事を止めない、かなり負けず嫌いな性格でもある事も伺えて、結局義元の計らいで褒美を与えられ、井伊家自体取りあえずはピンチは免れた。後に成長した氏真はまた、許嫁とされている直親を殺し(直接引導を渡したのは朝比奈泰朝でしたが)、戦国大名としては落第しながらも家康の庇護を受けて長生きしたのだからこの勝負の決着も皮肉なものでしたが、そうした直虎の活躍自体、想定の範囲内だとも言えるけど、主人公補正が悪い意味で見え見えで面白くないですね。南渓に対しても、そもそも繰り返し言う様に彼女はこの頃生まれてすらいない可能性だってあるけど、所詮まだ子供なのに、男勝りで元気な女子(いかんせんステレオタイプ的なのだが)と言えば聞こえが良いのだろうけど、自分は負けん気で頑張れば何だって出来るんだ!!と知った様な口聞いてましたものね。まあ南渓はさすがさとりを開いていた名僧だったからかそんなの全然気にしていなかったけど。

別に高くはないらしい視聴率を気にする事はないとも思うけど、今回もそうした近年の同じ女性(特に戦国時代の)を主人公とした他の大河の悪い点を受け継いでしまっていると言うか、そうした中途半端な主人公補正等「興ざめさせられる様な凡庸さ」が目立って、「流石に『江』や『花燃ゆ』みたいには酷くはならないだろうけど、これで大丈夫か?」ですね。まあ第五回で柴咲コウ氏が本格的に登場するし、三浦春馬氏も同じ茨城出身でもある稀勢の里(彼は生まれは芦屋ですが)にも負けないで頑張ってほしいし、某月9では高良健吾氏演ずる主人公の嫌な先輩役の好演も印象的ながらもリアルでは良い人らしく、ついにブレイクか?な高橋一生氏も忘れてはならない!!今の所は、そうした直虎を中心とした描写の凡庸さを、春風亭昇太氏や小林薫氏、浅丘ルリ子氏等ベテラン面々の好演でいくらかはカバーしている感じですが、まだまだ視聴を切らないで見続けるつもりではあります。

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2017/01/22

スターリン時代のソ連共産党政治局員達の変遷とアンドレイ・アンドレーエフについて

ソ連時代、書記局が人事等党の日常的な運営担当ならば、政治局は党の政策決定担当で、共産党の一党独裁が正当化されているから、共産党の書記長(時代によって名称は変わったが)が最高権力者ながらも、政治局の局員達も書記長に次ぐ最高幹部達という事だったのでしょう。

wikiでのソ連共産党政治局のページでは、日本語版では時系列で誰が政治局員または局員候補に選出されたか、誰が死んだかとか詳細に記されているのに対し、ロシア語版では局員経験者ごとにいつの期間在任していたかが記されていましたが、レーニン死去~第二次世界大戦終戦直後までの政治局員メンバーの移り変わりをざっと述べます。

出会った直後から彼の事を嫌っていたスターリンは、レーニンが死んでまだ1年も経たなかった1924年11月には既にトロツキーを厳しく批判して、軍事人民委員(人民委員は他国の大臣に相当した)から電気産業特許委員会委員長に左遷しながらもまだしばらく政治局員にはとどまっていた様です。この共産党政治局は話はさかのぼりますが、1919年3月25日に改編され、1925年11月の時点では政治局員はスターリン、トロツキー、レフ・カーメネフ、グリゴリー・ジノヴィエフ、アレクセイ・ルイコフ、ミハイル・トムツキー、ニコライ・ブハーリンの7人だった様です。

ところが、直後の同年12月の共産党大会で、カーメネフとジノヴィエフはレーニンの奥さんで、スターリンから「ウラジーミル・イリイチ(レーニンのこと)と政治の話はするな!!」と強い叱責をされた事もあったクルプスカヤと組んで、スターリンに対抗、一国社会主義の是非が論点となった様ですが、翌1926年1月にまずカーメネフが局員候補に降格となって、革命家時代から仲が良かったクリメント・ヴォロシーロフ、ヴァチェスラフ・モロトフ、それに革命家としてもスターリンの先輩だったミハイル・カリーニンの3人が局員に昇格したのですが、カリーニンは局員候補ですら昇格したのはレーニン死後の1924年6月の事で、名誉職でスターリンに害を及ぼす様な人でもなかったにも関わらず、既に1919年から国家元首ポジである全ロシアまたは全連邦中央執行委員会議長(つまり、名目上はカリーニンも首相に相当する人民委員会議議長だったルイコフもスターリンより偉かったのである)を務めていただけに遅すぎた昇格だった気がしないでもなかったです。

wikiにも書いてあるんで、あまり詳細には突っ込まないですが、話はさらに飛んで、農業集団化や重工業化が強行されて、その副作用としてウクライナを中心に大飢饉が起きた後の1934年1月~2月に開催された第17回共産党大会では10人が局員に選出された様ですが、スターリンの有力な後継者とされたセルゲイ・キーロフの同年12月の暗殺事件及び大粛清で、キーロフ、ヴァレリヤン・クイビシェフ、スターリンとは同郷の友人でもあったグリゴリー・オルジョニキーゼ、スタ二スラフ・コシオール、ヤン・ルズタークが脱落して、モロトフ、ヴォロシーロフ、ラーザリ・カガノーヴィチ、アンドレイ・アンドレーエフに加えて、アナスタス・ミコヤン、アンドレイ・ジダーノフ、カガノーヴィチに取り立ててもらったフルシチョフ、秘密警察の長、ラヴレンチ―・べリヤ、自身も危うく粛清されそうになったゲオルギー・マレンコフの9人がスターリンの最重要な側近メンバーとして固定された感じですね。

もっとも、前任者のニコライ・エジョフですら昇格できなかったのだけど、べリヤとマレンコフが局員に昇格したのは戦後の1946年の事ですが、第18回共産党大会が開催されていた1939年3月22日時点での彼ら側近の役職をここで挙げてみます。(()内コメントは各々の主な有名エピソード等について)

モロトフ(パン籠、外交畑で辣腕を)・・・・人民委員会議議長(前述通り首相に相当)
ヴォロシーロフ(無能、最初の五大ソ連邦元帥の一人)・・・・国防人民委員(国防相に相当)
カガノーヴィチ(ウクライナ大飢饉に深く関与)・・・・人民委員会議副議長兼輸送人民委員(副首相兼運輸大臣に相当か)
アンドレーエフ(?)・・・・書記局書記、ソ連最高会議議長、共産党中央統制委員会委員長
ミコヤン(来日2度、商業畑で活躍)・・・・人民委員会議副議長兼貿易人民委員
ジダーノフ(前衛芸術批判、息子がスターリンの娘、スヴェトラーナと結婚)・・・・レニングラード党委員会第一書記、党中央委員会秘書長、同中央委員会宣伝扇動局長、ロシアソビエト最高会議議長
フルシチョフ(スターリン批判、平和共存)・・・・ウクライナ共産党第一書記
べリヤ(ソ連のヒムラー、病的なロリコン)・・・・内務人民委員部長官 ※局員候補
マレンコフ(スターリン死後、短期間だけ筆頭書記及び首相に相当する閣僚会議議長を兼任)・・・・党中央委員会書記


他にも人民委員会議副議長にはニコライ・ブルガーニンがいて、さらに議長と副議長の間に第一副議長のポストもあったのですが、大粛清の影響で、キーロフが暗殺された1934年12月時点では第一副議長がクイビシェフ、副議長がワレリー・メズダレク、ルズターク、チュバーリの合わせて4人いたのが、クイビシェフは急死してしまったけど、第一副議長は空席、副議長がいずれもスターリンの側近なカガノーヴィチ、ミコヤン、ブルガーニンの3人となって、党大会閉幕直後、アンドレイ・ヴィシンスキー、ロザリア・ゼムリヤンツカ等が就任と乱発気味となり、スターリンがモロトフから譲られて、第二次世界大戦、人民委員会の改編を経て改めて創設された閣僚会議議長にスターリンが引き続き就任した直後の1946年3月19日時点で第一副議長がモロトフ、副議長がべリヤら7人の計8人と倍増した様です。

彼ら当然ながら国家や党の重職を担っていたわけですが、その中で興味を持ったのはアンドレイ・アンドレ―エヴィチ・アンドレーエフです。親父の名前もアンドレイと言ったから、この様なフルネームだったのであり、略してanan(アンアン)ならぬananan(アンアンアン)と何ともエロい(?)響きですが、彼も結構いくつも要職を兼ねていました。

最高会議は閉会期間は短く、確かに1936年のスターリン憲法制定以降はロシア史に詳しいある人のHPでも指摘されていた通り骨抜きされていたのですが、特に党の運営面で重責を担っていた事が分かります。他のスターリンの側近達と違い、未だ日本語版wikiでは彼のページが作成されてなくて、その明確な人物像が掴めていないから却って興味を持ったのですが、スモレンスク県の農民の家の生まれだった彼は既に第一次世界大戦以前から革命活動を始めていた様で、サンクトペテルブルク(当時レニングラード)やウクライナで活動した後、1920年に25歳で党中央委員会委員(政治局員および局員候補は彼らの中から選出される)となり、その後組織局局員(のち1952年に書記局に吸収される)となり、前述のカーメネフ降格、モロトフら昇格と同時に30歳で局員候補に昇格、一緒に昇格したミコヤンと並んで最年少の局員候補でもありました。その後北カフカ―ス党委員会第一書記として地方に転勤させられた様ですが、数年でモスクワに呼び戻され、1930年に党中央統制委員会委員長、32年に政治局員に昇格、キーロフが暗殺された直後の1935年2月に書記局書記と順調に要職を歴任してきた様です。

ここで書記に選任された時の背景についてです。スターリンは一時絶対権力を確立したと思ったら農業集団化、重工業化がいかんせん強行的過ぎて、世界大恐慌に苦しむ他の列国を尻目に高度成長を遂げた一方、ウクライナでは大飢饉が発生したりと求心力が低下気味だった様です。一時は失脚したカーメネフやジノヴィエフ等に寛容な態度を示したのも、他の某HPでも何かとんでもない事をしでかす前の「フェイント」だったと指摘されていましたが、そうせざるを得なかった面もあったのでしょう。しかし、それでも不満は収まらなかった様で、17回共産党大会では投票でキーロフのそれが3票に対し、スターリンは292票も反対票が出てしまった様です。結局亡命したガンビアの某大統領もビックリな(?)カガノーヴィチによる不正行為(反対票の改竄で2票とする。このくだりはミコヤンも後に回顧録で触れていたと言う)とキーロフの辞退でキーロフ新書記長就任はならなかった様ですが、この時期が最高権力者となったスターリンにとって最も危機的状況に立たされた時だったでしょう。

この年、同じ独裁者のヒトラーも長いナイフの夜事件でレーム等の政敵を粛清しましたが、スターリンにも大きな影響を与えた事でしょう。「一番得した奴を犯人だと疑え」というのが、事件捜査の鉄則だと言われている様で、ナポレオンの毒殺(ヒ素も決定的な証拠にはならないという)等共々確実な証拠はない様ですが、やはりキーロフはスターリンの指示で暗殺されたのでしょう。その直後にアンドレーエフは書記局書記にもなり、頼朝が実は征夷大将軍は2年で辞任したのではな説があるように、スターリンも1934年以降は署名の際、必ずしも書記長を名乗らなくなった様ですが、スターリンの側近で書記局書記と政治局局員を同時に兼ねていたのはアンドレーエフ以外にはキーロフ、カガノーヴィチ、ジダーノフ、マレンコフ、フルシチョフぐらいしかいなかったのだからいかにアンドレーエフもスターリンから信頼されていたかが分かります。と言うか、奥さん同士(ドーラとスターリン二番目の妻、ナジェージダ)が仲が良かったのも出世を後押しした様です。

その後も大粛清ではブハーリンやルイコフの逮捕(一方で一昨年2015年に93歳で亡くなった、バリバリのスターリン主義者でもあった娘のナターシャの証言によれば、友人を粛清から救ってもいたという)にも関わっていた様ですが、農業人民委員等を経て、戦後の人民委員から閣僚会議への改編の際副首相に相当する7人いた閣僚会議副議長の1人となった様ですが・・・・・・・・赤軍粛清もやり過ぎたせいで、フィンランド相手にも手こずっただけでなく、ヒトラーに裏切られた独ソ戦序盤でも敗北を重ねたトラウマで、スターリンは1930年代の大粛清を生き延びた側近達にも強い猜疑心を抱くようになった様です。明の洪武帝ともダブるものがあって、カリーニンも大腸癌で死ななかったらあのまま無事に寿命全うできたのかなあですが、まず首相経験者だったモロトフが、ユダヤ人だった奥さんが逮捕された等事あるごとに標的にされた様です。となると、スターリンだって既にこの時点で70近い老人で、べリヤとマレンコフは政治局局員に昇格したばかりでしたが、前述した現役の書記局書記と政治局局員を兼ねた面々がモロトフに代わるスターリンの有力後継者となり得ます。

その一人なフルシチョフも、ウクライナソ連(ベラルーシソ連と共にソ連と別枠で国連にも加盟)共産党第一書記の他にも大戦末期の1944年からスターリンの不興を買っていたレオニード・コルニェツからウクライナ人民会議議長(1946年以降はウクライナ閣僚会議議長か)を譲られたのが、1947年3月~12月にかけて第一書記をかっての上司で閣僚会議副議長も兼ねていたカガノーヴィチに譲らされ、ウクライナ人民会議議長専任となり、デミュヤン・コロトチェンコに人民会議議長を譲った後またウクライナソ連共産党第一書記に返り咲いたのですが、ウクライナソ連での権力集中を間違いなくスターリンに警戒された・・・・と思いきや、ウクライナではまた飢餓が発生して、それをスターリンに咎められたらしいです。

となると、次の有力後継者はジダーノフです。なるほど、レニングラード共産党第一書記はお役御免となって、1946年3月に就任したソ連最高会議議長は名誉職な面も多分にあったのでしょうが、政治局局員と書記局書記の地位は保っているし、前述のジダーノフ批判とコミンフォルム組織でしっかり点数稼ぎしたし、博士号を取った息子のユーリーもスターリンの娘、スヴェトラーナと結婚しそうだ。(実際結婚して、間にスターリンの母と同じ名前のエカテリーナが生まれて、「有名人の子供はつらい」という本でも書かれていたけど、マザコンでもあったスターリンから祝福の手紙ももらったらしい。結局数年で離婚したらしいが)

ところが彼もユーリーとスヴェトラーナとの結婚を待たないで急死してしまった。you tubeでモロトフらが葬儀で弔辞を述べた動画も目にしたけど、これもキーロフ同様怪しいぞ?じゃあ次はマレンコフか?閣僚評議会副議長にもなったし、べリヤと組んで同じ副議長のニコライ・ヴォズネセンスキーらをレニングラード事件としてでっちあげて粛清した。そうかと思えばまた、今度はそのべリヤが同胞のミングレル人達が標的にされて、横っ腹を殴られたみたいだ。そしたら今度はまた、フルシチョフがモスクワに呼び戻されて中央委員会書記とモスクワ党委員会第一書記に栄転したぞ。あれっ?アンドレーエフはどうしたの?いつの間に影薄くなってない?

実際は1946年夏のカリーニンの葬儀にも参列し、このレニングラード事件での粛清にも関わっていた様ですが、どうやらミコヤンの息子、セルゴが受けたインタビューによれば、戦後健康を害して(1949年1月にはレニングラード事件の「共犯者」でもあるマレンコフに「医者の言う通りに養生しているが、眩暈が止まらない。」旨を訴えた手紙を出しているが、不眠症治療にコカインを服用していたらしい)いたアンドレーエフは聴覚障害を抱えて、補聴器が必要となり、スターリンからもロクに議論が出来ない奴なんて政治局には必要ないとこの頃には信頼を失ってしまっていた様です。この間起きた、外務人民委員を務めた事もあったけど、ユダヤ人という事で独ソ不可侵条約を結ぶ際解任されてしまったマクシム・リトヴィノフ(スターリンがそんな事で気を遣うタマには見えないだけに意外にも感じられたけど、彼もユダヤ人にはあまり好印象を抱いていたかった様だし)の事故死もそれに見せかけたスターリンによる陰謀じゃないかとか言われていた様ですが、1952年10月に久しぶりに開催された第19回共産党大会ではモロトフだけでなく、ミコヤンもスターリンから標的にされてしまって、政治局員とは別に組織された幹部会のメンバーからも外されてしまったけど、アンドレーエフもアレクセイ・コスイギン共々とうとう政治局員にすら再選されなかった様です。

既に1948年には新たにブルガーニンと後にブレジネフ時代に閣僚会議議長を務める事になるコスイギンが政治局局員に加わったけど、クビになったのはアンドレーエフとコスイギンの2人だけだったのに16人も新たに局員への昇格者が出た。周知の通り、この大会が開催された後、5か月足らずでスターリンは死ぬ事になって、医師団事件をきっかけに次なる粛清を考えていたのを察知したべリヤに毒殺された説(モロトフに自慢していたらしい)も知っている人は知っていますが、この党大会での大量昇格も間違いなくその伏線だったのでしょうね。ヴォルコゴーノフという歴史学者によれば、1953年2月28日の会議では朝鮮戦争や前述の医師団事件についてフルシチョフら側近と話し合うもほぼ終始不機嫌で、「昔の功績さえあれば生きていけると思うのはとんでもない間違いだ。」とまで言っていた様ですが、逆にフルシチョフの回顧録ではしばしば開かれていたパーティーで楽しんでいて機嫌が良かったという。どっちが本当なんだ?まあ前者の方が可能性としては高いでしょうが、モロトフ、フルシチョフ、ジダーノフ、ミコヤン、べリヤ、そしてアンドレーエフ等長く仕えてきた側近達を次々とチクリと標的にして、突出したNO.2を作らない様にしながら、彼らを粛清して一気に世代交代を実現させ、彼らよりもっと若い幹部を自分の後継者候補にしたいと考えていた様です。

ミハイル・スースロフがその有力候補(と言っても、マレンコフとは同い年だが)だったらしいですが、実際昇格者16人中、そのスースロフも含む14人がスターリンが死んだ1953年3月5日に早くも解任されています。(人員削減を提案したのは、当日スターリンが死ぬ直前にフルシチョフらと会議したマレンコフである)スターリンの世代交代策は明らかに否定されたわけです。

その後マレンコフが書記長から改称された筆頭書記と閣僚会議議長を兼ねるも10日足らずで筆頭書記はフルシチョフに譲り、第一閣僚評議会副議長となったべリヤが実質的な最高権力者になったかに見えました。ヒムラーが全然マトモに見えるほどのキ〇〇イエピソードであふれているべリヤも、諸政策は案外(?)マトモでしたが、ドイツ問題でアメリカに恩を売ろうとしたのが命取りとなってしまった様です。中華思想の中国もそうだけど、ロシアも、タタールのくびきというトラウマを経験して、その後も大きな混乱が度々続いてきた歴史を歩んできたからかあれだけ国がバカ広いくせに自分達の縄張りを広げ、守る事にかけては他のどの国よりも貪欲です。だからスターリンだって功罪の罪の面も目立つのに今のロシアでも肯定的な評価の方が多い反面、ソ連を結果的に解体させてしまったゴルバチョフは売国奴認定されているし、北方領土問題もウクライナ・クリミア併合問題もこうしたトラウマによる貪欲さを認識しないと理解できないのですが、「こいつをいい加減何とかしないとヤバいぞ」なムードになってしまったのは当然だったでしょう。

べリヤ処刑、スターリン批判、反党グループ事件等を経て集団指導体制をうたった筈が結局フルシチョフ独裁体制となってしまいましたが、もしアンドレーエフが政治局局員だったならば反党グループ事件でのフルシチョフ解任決議にはダー、ニェットどちらを選択していたのでしょうかね?この時彼は中央委員会委員(だから、委員としては実際解任決議におそらく投票している)やソ連最高会議議員の職は保持していて、この事件が起きた1957年には中ソ友好協会会長にもなっています。この頃はまた、中ソ対立も起こり始めましたが、勿論アンドレーエフに中ソ両国のパイプ役を望んだ上での抜擢ではなかったでしょう。そもそも彼の経歴から見ても中国と特別パイプのある人には見えない。国共内戦中に訪中して毛沢東と会談したり、逆に中華人民共和国建国後の毛沢東らの訪ソの際に中ソ友好同盟相互援助条約締結の交渉をしたり、スターリン批判直後の金日成のソ連派への粛清を彭徳懐と共に止めさせようとしたりとミコヤンの方が全然そうした強いパイプがあったはずです。フルシチョフにとっては特に危険な人物とかではなかったのでしょうが、政治局員として先輩だった等元々格上だったのだから、あまり大きな顔をされても困る存在だったのも確かと言うか、中ソ友好協会会長もそんな彼に据えた名誉職だったのでしょう。1962年までには前述の公職いずれも退いて、最高会議の顧問に転じた様ですが、既に1952年10月に政治局員を解任された時点で半引退、最高会議議員等を退いた時点で実質完全引退したと言って良いでしょう。

アンドレーエフらの代わりに大量昇格されるも、スターリンの死で解任となった14人の内、スースロフは1955年に再昇格しましたが、反党グループ事件後に昇格したメンバーの一人だったブレジネフ共々フルシチョフに引導を渡す形となって、特にまた、前者がブレジネフやアンドレーエフと同じ1952年10月にいったん解任されたコスイギン(1960年に再昇格、コスイギン改革も行うが・・・・・・)共々影の最高権力者として長く続いた「停滞の時代」の象徴になったのも皮肉な話ですが、アンドレーエフもフルシチョフの後を追う様にその死の約3か月後に亡くなり、共に失脚したという事でクレムリンにも埋葬されなかったのもまた然りかもしれません。ジョジョの吉良吉影みたいに目立ち過ぎない、突出しすぎない程度に立ち回り、そつなく実務をこなして出世していったのが、戦後は健康を害して点数稼ぎで他の側近達に後れを取り、スターリンの信用も失って失脚し、政治的には先細りにフェードアウトしていった印象もある彼の人生でしたが、スターリンという赤いツァーリには仕える事自体が命がけだったし、ミコヤン共々その側近としては比較的したたかかつ平穏に生き抜いた方だったでしょう。

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2017/01/21

6股騒動でもまだ全然懲りていなかったのであろう

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170121-00000119-sph-ent

「彼女のお父様に直接謝罪させていただきました」…狩野英孝会見<完全版・1>

スポーツ報知 1/21(土) 17:24配信    

 20日発売の写真週刊誌「フライデー」に17歳の女子高生との淫行疑惑が報じられたお笑いタレントの狩野英孝(34)が21日、都内で緊急会見を開いた。

 ―今回の騒動について

 「彼女と2人で会うこともありました。家に来たこともありました。しかし、彼女の口から10代と打ち明けられ、自分も驚き、彼女と相談し、友人関係に戻ることになりました。今回の報道を受けて、彼女のお父様と直接お会いし、謝罪させていただきましたところ、彼女のお父様から『今回、うちの娘が年齢を偽って会っていたことは申し訳ない』と謝罪の言葉をいただきました。さらにお父様から、『何があってもうちの家族は狩野さんを応援しています』とありがたい前向きなお言葉もいただきました。しかし、今回の件を含め、今までの件を含め、私は謹慎いたします。みなさま本当に申し訳ございませんでした。すみません」

 ―真剣な交際だったのか?

 「恋愛感情はありました。しかし、親や友達に堂々と彼女だと宣言する前に、10代ということを知ったので、そこまでは至りませんでした」

 ―彼女とはいつごろ、どうやって知り合ったか?

 「連絡先を交換して、私や友人、後輩とか、そこに親戚もいたりもしたんですけど、そこで食事していた時に、彼女の方から『何してますか、行ってもいいですか』って連絡があって…。いつ頃だった? 年末ですね。8月、9月、10月。会ったのは一度だけではないです」

 ―報道では7月とされていますが

 「連絡を取り合ったのがその時期だと思います。会うようになったのは? その時期だと思います」

 ―ショートメールで会いましょうと送ったのは事実ですか

 「そこで『会いましょう』と送ったのは事実ではないでけども、連絡を取ったのは事実です。どんな内容? 応援ありがとう、的な感じだったと思います」

 ―狩野さんから食事に誘ったのは事実ですか

 「そうです」

 ―狩野さんは彼女にどういう認識をしていたんですか?

 「もちろん、応援していただいていることには感謝していますし、ツイッターの裏アカがあるとかは知らなくて…」

 ―流出している写真は自宅の写真か

 「写真撮ったときに自分はいなかったので…。僕は気づいていなかったので、写真を撮られたのは今回の報道で初めて知りました。ご自宅? 家です。いつのこと? 先ほど申しあげたとおり、7月、8月、9月だと思いますね」

 ―いつごろから始まったんですか・

 「彼女とのお付き合いは7月…。恋愛感情はありました。正直、好きだ、愛しているという言葉は交わしていませんけれど、そこから恋愛に育んでいく過程だったので、交際とか彼女だ、彼氏だとか、そこまでは至らなかった」

 ―狩野さんの家に泊まりに来る女性でも、お付き合いしている感覚はなかった?

 「えっと、そうですね。自分の彼女だと、言う前に10代と発覚したので…」

 ―同時に他にも複数同じような女性がいたのですか

 「いえ、そんなことはありません」

 ―昨年は6股とか、ありました。反省の弁を述べていたさなかに、10代の女性とこのような関係になったことについてはどう思われますか

 「えっと、そのときに心改めますと言わせていただきましたけれど、一生彼女を作らない、一生結婚しないというそういうつもりで言ったわけではないですし、恋愛として…。そうですね、彼女が出来ればいいなという気持ちはありました」

 ―彼女が22歳と信じていたと言っていましたけど、疑問に思うことはなかったのですか

 「正直、まったくありませんでした。今回、彼女は深く言いませんでしたけど、お会いして食事したときに、そこには23歳の(自分の)女の子の親戚がいましたけど、お前より1個年下だけど、彼女の方が年上に見えるなというイジリがあったくらい」

狩野英孝氏はあの50TAの歌はかなり笑えたのであり、それを聞いて以降はバラエティ番組での雄姿(?)を目にする事はありませんでしたが、ダウンタウンガキ使等のヘイポーとかとはまた違った性質での「愛すべきバカ」として確立していったかと思いきや・・・・・・・

結婚したと思ったら、僅か6日後に合コンで知り合った相手と不倫して結局離婚、6股騒動もカープ女子だったのもにわか(黒田博樹氏の顔も知らなかったらしい)だった事が判明した加藤紗里氏が一番得しましたなどうも収まり切れないものが残ったオチで、その一方で、実家が神社という事もあってファミリーヒストリーでもその系譜等紹介されたりと良くも悪くも注目される存在だった様である。しかし・・・・・・・・・・・

他のサイトで目にして、適当に探してくれいだけど、付き合っていた相手の女目が怖いよ・・・・・・ホントに17歳だと知らなくて、淫行もやってなくてただ純粋に付き合っていただけなら、まだそこまで非があるとも思えないですが、それなら無期限謹慎は少々重すぎるでしょう。まあ山本圭壱氏みたいに復帰しても10年もかかる可能性は高くはなさそうだけど、肉体関係がないとかの本人の弁は正直信用しかねます。

淫行していようがしていまいが、ファミリーヒストリーで取り上げたNHKも赤っ恥かかされた様な気分だったであろうだし、親戚連中の顔にも泥を塗ってしまったのも否めないでしょう。女と付き合うのは良いけど、どうも女を見る目もあるのかも微妙だとも言うか・・・・・・・・山本氏の事件を引き合いに出す人もいますが、昨年末のガキ使笑ってはいけないスペシャルにも出ていた板尾創路氏の事件の方が似ているかも?板尾氏も解雇には至らないで、年内の芸能活動自粛で済んで、その後もそのガキ使での嫁シリーズで度々笑わせてくれるだけじゃなくて、ドラマ・映画での俳優業でも積極的に活動している様だけど、まあ狩野氏は相手の女だって親が謝罪したぐらいだったし、半年ぐらいで復帰できるんじゃない?でしょう。しかし、そうだとしても板尾氏みたいにそういう過去の不祥事も挽回できるほどの活躍が出来るのか?微妙かもしれないですね。そういう女癖の悪さもギャンブル狂共々もう病気で、なかなか治らないでしょだけど、いっその事、チョー極論だけど破滅型芸人として突き抜けるウルトラCしかないのか?

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こんな事言ってて2017年は小池都知事大丈夫か?(※2/4に追記しています)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170121-00000069-jij-pol

「ファースト」が共通点? =トランプ大統領就任―小池都知事

時事通信 1/21(土) 15:17配信    

 東京都の小池百合子知事は21日、民放の番組収録で、トランプ米大統領について「ファースト」という言葉が自身との共通点だとする認識を示した。

 強大な権限を持つ都知事は大統領に例えられることもあり、トランプ氏の就任早々、自身と重ね合わせた。

 小池氏は「(トランプ氏は)ずっと『米国ファースト』と言っているが、米国がファーストではなくなっているからこそスローガンにしたのではないか」と指摘。「私も都民がファーストではなかったから『都民ファースト』と申し上げている」とした上で、「その意味では共通しているような、していないような」と笑みを浮かべた。 

いよいよ就任した様ですね。トランプ大統領。TPP離脱以外、彼はホントに何か偉業と言える様な大きな仕事をやってのける事が出来るのか?アメリカ国民が彼を大統領にしたのは一種の「博打」みたいなもので、下手すればマスコミとも関係悪い様だし、スキャンダルとかも暴かれてレームダック化してしまうのではですが・・・・・・・・

勿論特に白人の中間層とか格差問題とか彼に何とかしてほしいと思う気持ちも分かるのですが、この小池知事の発言も・・・・・・・・マスコミからコメントを求められたのか?それとも小池知事の方から発言したのか?まあおそらく後者なのでしょうが、このような発言は自分のイメージアップの為にトランプ氏大統領就任にも便乗し、利用している印象を与えかねないし、ポストセブンも彼女に直撃した提灯記事を書いた様ですが、「小池百合子知事、コンビニサラダのドレッシング別売りに異議」って、それが東京都民の将来の生活にどう影響すると言うのか?自分は別に気にしないですけどね。

「劇場」とか安易にレッテル貼りして、その人となりを単純化、型に当てはめるのにも違和感はありますが、首相でも官房長官でもないのに(だからコメントしちゃダメではないけど)便乗して、自己のイメージアップに利用しようとしているのもまた然りです。私立高校の無償化も、やる事自体は良いにしても、その年収の基準がぬるすぎないか?ですが、人気取りなど過剰なパフォーマンスとかしなくても、日常の生活とか都民が「昨日より今日、今日より明日」の実感を感じられれば、今まで通り小池都知事を支持してくれます。色々大変な難題を抱えているのも百も承知だし、既得権益でがんらじめになっている東京都を変えてくれるだろうと、多くの都民が期待して票を入れてくれたのだろうから、2020年東京オリンピックも原発いじめとか嫌な事も吹っ飛ばせる様な成功を収められる様頑張って下さいですね。

【以下2月4日追記】

本エントリーへのアクセス数多いから追記しますが・・・・・・・・意見交換会には普通に一般都民の方々を招けばよかったのに、伊勢谷友介氏はまだしも、エンターテイメント云々とか陳腐な一般論語っていた、場違いなたかみなとかで変に話題作りしたり、豊洲問題で過剰に石原元都知事や側近の浜渦氏の責任追及をしたり、流石に民進党との連携は拒否している様だけど、都議選での小池新党からの擁立候補者は強姦疑惑を抱えているらしい人等民進出身者ばかり(旧民主だけでなく、旧みんなや旧維新出身者も多い)と、最近の小池都知事、どうもおかしくないか?それとも、改めて「本性」が浮き彫りになったに過ぎなかったのか?

小池新党については、まあ訴訟を起こされた事もあったゲンダイの某記事は勿論鵜呑みには出来ず、HPとかで政策等を見る限りではまともそうな人もいるにはいますが、豊洲問題は、実際ネットでも私以外にも指摘する声はありますが、政敵攻撃の為に利用しているみたいであざといです。勿論石原氏らを擁護するつもりはない・・・・・と言うか、丸投げして、十分にフォローをしなかった等の責任は免れないでしょう。息子の良純氏もどんなに人間性が悪くたってたった一人の父親であることには変わりないから擁護したい心情は理解は出来ながらもノーコメントを通した方が良かったとも思います。しかしです。

例えば野球でも、たとえば90~00年代のヤンキースなどはバック・ショーウォルター氏が「遺産」を残した功績は無視できないとしても、ポストシーズンでの戦績は良くなく、名監督ではあっても野球殿堂入りは今のままでは可能性は高くないであろう事も事実ならば、ジョー・トーレ氏が長いMLBの歴史でも数えるほどしかいない3度以上の世界一を実際にその「遺産」を上手く使って成し遂げたのもまた事実である(実際、98~00年の3年連続世界一はプレーオフの無い時代に成し遂げた49~53年の5年連続世界一と同等の価値があるとの意見もあるし、トーレ氏は選手としてもそれ限定では殿堂入りは微妙ながらもMVPに輝いた事もある、打撃も一流な名捕手だった)様に、石原氏らには問題を引き起こした責任はありますが、小池氏にも都知事になった以上は問題を解決していく責任があります。石原氏らの責任追及は自分の責任にもっとある程度以上目途をつけてから本腰入れたって遅くはない。優先順位を間違えています。

そうした豊洲とかオリンピックとか確かに少なくとも色々問題提起したのは評価されるべきです。これが舛添氏や増田氏とかだったらそうした問題提起すらなあなあなまま森氏や内田氏の言いなりになって、既得権益に囚われ続けてもっと大きなツケを払わされる羽目になっていたかもしれない。しかし、特にこの豊洲問題については自分を正義に仕立て、政敵を不倶戴天の悪としてマスコミも利用して叩くのに利用し、来月上旬ごろまでの再調査もその為の時間稼ぎではないか?との穿った見方をせざるを得ない。

既に就任直後から某ブログで偽善者と酷評していた人もいますが、この再調査でいい加減豊洲問題について進展させていかないと都政における「小池劇場」も三部作構想だった筈が、第一部で爆死して以降は計画白紙(第二部が都議選、第三部がオリンピックか?)なんて事にもなりかねないでしょう。消費増税もやらない方が良かったと某経済学者にも言われてしまって、一人当たりGDPの世界順位は下がっている一方な日本を元気にしていくにはまず東京都からです。2017年はまだ12分の1が終わったばかりですが、政治を私物化した政敵攻撃や見え透いた話題作り等をしている暇は小池氏にはない筈です。何事においても時間は無いのです。2016年の評判暴落四天王は私的には「キムタク、川谷氏、成宮氏、高畑親子」ですが、2017年のそれの中に小池都知事が入らない事を願います。勿論それは小池氏の為ではなく、日本の為に、そして東京都・東京都民の為にですが!!

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2017/01/17

野球殿堂×判官びいき×落選者達?

https://thepage.jp/detail/20170115-00000002-wordleafs?utm_expid=90592221-74.fuXON9qkQKOlkl5SDh-FzQ.0&utm_referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.co.jp%2Furl%3Fsa%3Dt%26rct%3Dj%26q%3D%26esrc%3Ds%26source%3Dweb%26cd%3D1%26ved%3D0ahUKEwiw0KO1lcnRAhXEGJQKHUGbC3kQqQIIGzAA%26url%3Dhttps%253A%252F%252Fthepage.jp%252Fdetail%252F20170115-00000002-wordleafs%26usg%3DAFQjCNF3mi9rAbG1j88gwVg6me-rCLw48A%26bvm%3Dbv.144224172%2Cd.dGo

原氏、立浪氏は、なぜ野球殿堂入りができなかったのか?

2017.01.17 05:00

                     

 

 

 

 

         
                                 

平成29年度 野球殿堂入りしたメンバー

                

 公益財団法人、野球殿堂博物館は16日、東京ドーム内の野球殿堂博物館で平成29年度の野球殿堂入りを発表した。プレーヤー表彰では、元西武の捕手で現在千葉ロッテ監督の伊東勤氏(54)が選ばれ、監督、コーチの退任後6か月以上、引退後21年以上を経過した人を対象とするエキスパート部門では、中日、阪神、楽天の3球団で優勝監督となった星野仙一・楽天副会長(69)、元大洋ホエールズのエースで、カミソリと恐れられたシュートを武器に通算201勝を果たした平松政次氏(69)の2人が殿堂入りした。晴れやかな受賞式の一方で注目が集まったのは、元巨人の原辰徳氏(58)と、元中日の立浪和義氏(47)の落選だ。

 原氏はエキスパート部門で初の候補者となったが、62票の次点に泣いた。またプレーヤー部門で、昨年度は伊東氏と1票違いの171票を集めていた立浪氏も、今回は217票で伊東氏に大きく水をあけられ、有効投票数の75パーセント以上とされている当選ラインの250票に33票も足りなかった。

 原氏は2年前にも、プレーヤー表彰で243票を集めながら、わずか6票足らずに次点に終わった。プレーヤー表彰の資格を失い、今回は7度のリーグ優勝監督、3度の日本一監督としてエキスパート表彰にノミネートされたが、当選とはならなかった。

 エキスパート表彰は、星野氏も今回が再資格を得て3年目での当選、平松氏も無効票が1つなければ落選というギリギリで滑り込んだほどの狭き門。殿堂入りの約30人、殿堂入り委員会の幹事、野球記者歴30年以上の野球記者の合計120人の資格者が5人連記の形で投票、有効投票数の75パーセント以上を必要とするので、決して簡単ではないのだが、WBCで世界一監督にもなっている原氏の落選には、なぜ? と疑問視する声が挙がっている。

 平松氏も「原も候補に入ってきたので先に追い抜かれると思っていた」と殿堂入り後に語っていたほど。

 すでに殿堂入りをしていてエキスパート表彰の投票権のある元巨人で、ヤクルト、西武で監督も務めた広岡達朗氏は、今回、原氏に投票したという。

「私は、5人を書かずに原一人だけの名前を書いた。11年で7度の優勝、3度の日本一、その功績もさることながら、巨人でクリーンナップを打ち、正力松太郎氏の意思を受けつぎ、真正面から野球に向かいあう巨人の正しい野球を継承してきた人物。殿堂入りするに値する実績を残して野球界に貢献をしてきた。
 これまで殿堂入りしてきた人物には、なぜ、この人が? という人物もいるのに、入るべき原が当選しないのは、投票者の見識を疑う。星野、平松、伊東については、その実績がちゃんと認められたのだと思うが、投票資格を持つ人々には、尊い1票をちゃんと入れなさいよ、と言いたい」

 今回、エキスパート部門で最大5人まで連記可能の連名の平均は、4.2票だった。
 独自の価値観で1人しか書かない広岡氏のような人がいるので、より狭き門となっているのではあるが、原氏のように選ばれて当然の名前が、選出されるのに何年もかかるようなシステムは、どこかに問題があるのかもしれない。 

 また関係者の一部には、エキスパート表彰に投票のできる委員は、記者歴30年以上など、ベテランで年配の方が多いため、選考基準が以前のプレーヤー表彰だけしかなかった時代と、ごっちゃになっていて、まだ現役時代の成績などに強くこだわっているような人もいて、原氏の監督としての評価をクローズアップすることができていない可能性もあるという。

立浪氏も、PL学園からドラフト1位で指名された1年目から星野監督に抜擢されて衝撃的なデビューを果たし、3拍子揃ったショートストップとして“ミスタードラゴンズ”と呼ばれる活躍を見せた。

 通算2480本安打は歴代8位の記録で、まだ資格のない金本知憲・阪神監督を除き、上位の6人は全員が殿堂入りを果たしており、中日の生え抜きOBとしては、同じく殿堂入りをしている高木守道氏よりもヒットを打っているにもかかわらず今回は落選となった。プレーヤー表彰に関しての投票権のない広岡氏は、立浪氏に関するコメントを残さなかったが、投票権を持つ筆者は、彼には入れなかった。

 理由は、一昨年、球界を騒がせたグラウンド外の問題で、彼の名前も取り沙汰されるなどした件で殿堂入りの資格という点で少し躊躇したからだ。真偽のほどは定かでなく、あくまでも疑惑の段階で、週刊誌などに報道され、彼にとってはいい迷惑だったのかもしれないが、今回、伊東氏よりも票が伸びなかった理由には、私がそうだったようにコンプライアンスの問題が多分に含まれていたのではないか、と推測する。

 覚醒剤の問題で逮捕された清原和博は、今回、殿堂入りの候補者リストから外された。立浪氏に投票しなかった人間が、こういうことを書くのは矛盾しているかもしれないが、立浪氏は候補者リストに入っている以上、そういう予断を投票の判断に含めてはならなかったのかもしれない。

 いずれにしろ殿堂入りの投票に関してのガイドラインは、以前として曖昧なまま。この部分をハッキリとさせない限り、今後も、この人がなぜ? の意外な落選が続く可能性を否定できない。

 (文責・駒沢悟/スポーツライター)
 

過去エントリーでも述べましたが、平松氏が評価されているのには・・・・・・・勿論実際残した実績は凄いものがあります。同じ200勝なら弱いチーム(甲子園優勝投手でもあるが、プロでは優勝経験はなく、Aクラスも5度。内4度は別当薫監督時でしたが)での方が価値があるのも分かりますが、何より第三期黄金期にあった巨人相手に50勝以上しながら勝ち越してもいる。これも間違いなく平松氏だけの「立派な勲章」です。ベースボールマガジン2008年7月号でのインタビューでも、選手生活晩年は故障との戦いで200勝までの道のりが辛かったという様な述懐をされていましたが、もっと早く殿堂入りしてもおかしくなかった人です。

しかし、平松氏>堀内氏ではありますが、堀内氏も何度も優勝争いの中、彼や江夏氏、松岡氏らエース達と何度も投げ合いしてきた中でその栄光を掴んできました。彼らを含んだ一定レベル以上の主力投手たち(防御率がリーグ平均以上で、先発登板数が16試合以上。何故16試合なのかと言うと、1967年の堀内氏の先発登板数で、それは78年まででは規定投球回数には達していながらも最小だったから)との投げ合いでは、全試合平均よりも援護点をもらえなかったシーズンだって何シーズンもあったし、何よりポストシーズンでは2年連続日本シリーズMVPや通算登板試合数等の輝かしい記録をいくつも保持しています。

異論が大いにあるのは百も承知です。「今度は何言ってんだこいつ」な感じで聞いてもらえる程度で全然構わないのですが、彼ら名投手たちへの評価も日本人特有の判官びいきも背景にある様に改めて思えます。どちらかと言えば、理非の冷静な判別よりも感情論や印象論に走り、実態よりも甘くなってしまいがちなのです。

勿論今回の殿堂入りで改めて平松氏を評価している野球ファンが皆アンチ巨人とかではないのでしょうが、現実として今まで殿堂入りしてきた、またはそれに相応しい名選手達がプレイしてきた時代は巨人一極集中の歪な時代でした。テレビ中継だって特に地方は巨人戦しか殆ど放送しない。自民だって大都市圏よりは群馬とか新潟とかの地方の方が強い様ですが、巨人もこれでは巨人ファンが大量発生したのも無理もない一方で、既にV9末期には湯口事件も起きていたけど、江川事件、桑田事件、自球団に明らかに有利なFA・逆指名、野球賭博ETC・・・・・・・・・巨人VS他セリーグ5球団が大半だったテレビ中継に加えて、巨人がただのヒーローならまだともかく、現実はヒールな面もかなり強い事も相まって、良い面ばかりを強調して、悪い面は半ばスルーする確証バイアスに陥ってしまうのです。

そういうバイアスに陥ってしまう奴はバカなのだではなく、誰しもそういう危険性があるもので、故・天本英世氏もアンチ巨人のヤクルトファンだったらしいですが、同世代でもあるミスター(長嶋茂雄氏)とは選手時代から日本シリーズでも何度か対戦してきたノムさん(野村克也氏)が、私から見れば、選手としては相応でも監督としては実態以上の評価を受けていて、星野仙一氏も事あるごとに「監督時代の実績は野村の遺産」とか言われている(星野氏もブランク置かないで同一リーグ球団に監督移籍したノムさんの事批判したくせに、自分も間もなく同じ事したのもノムさんフリークからの反感材料となっているのだろう。噂の真相でもそのくだりについても書かれていたけど)のもぼやき等本人の独特なキャラもあるけど、巨人たたきを営業にもして、しばしば巨大補強も何度かやった巨人を倒した姿をテレビ中継等で見せつけていたからだし、これもこのブログを始めた直後に指摘して、実際は彼はそこまであの時代の投手としては突出していたまでの成績を残したわけではなく、水爆打線をバックにしたシーズン39勝や故・藤村冨美男氏がまだバリバリ四番張っていた頃の大阪時代等決して援護にも全く恵まれていなかったわけじゃなかったのに、故・佐野洋氏が十番打者で故・真田重蔵氏はあたかも、強豪チームでのプレイに恵まれなかっただけで、故・別所毅彦氏とも肩を並べるほどの大投手であると過剰評価したのもそうした判官贔屓故の確証バイアスだと思います。

佐野氏のこの過剰評価については、故・千葉茂氏もあからさまに反対したほど強引な引き抜きで巨人に入団し、概ね順風満帆な現役生活(指導者としては成功したとは言い難かったが・・・・・)を過ごした別所氏と戦前から参加していたのに、所属していた球団自体、水爆打線も一瞬の夢、対等合併だった筈が発表時点で既に消滅球団となってしまっていたり、2リーグ分裂のゴダゴダで選手を引き抜かれたチームに所属していた真田氏の「境遇の差」が大きな背景なのでしょうが、堀内氏についても、殿堂表彰者決定直前の記事でのヤフコメ民みたいに同世代ではあるけど、直接関係ない場面で否定的に引き合いに出す人達が正当に評価しているとは正直思えないのです。実際既にベースボールマガジン社刊「連続写真で見るプロ野球20世紀のスター100人の群像Ⅱ」でも堀内氏について以下の様に指摘されていました。(一部引用)

「ONをはじめ野手に強力メンバーがそろっていたこともあり、その実績に比して正当な評価を受けていない部分もある。あれだけのバックがそろっていれば勝って当たり前という意見である。しかし、当時のメンバーで200勝を挙げたのは堀内だけ。低い評価があるとすればそれは間違っている。(中略)どれほど選手層が厚くても、9連覇が容易でない事は過去の歴史を見ても分かる。その中でエースとして投げ続けた堀内に、もしも低評価があるとすれば、それは不当な評価と言えるだろう。」


まあそろそろ「お前いい加減ムキになり過ぎ」とか突っ込まれそうだし、平松氏と堀内氏の話はいい加減ここで止めますが・・・・・・・・・・アメリカでもブレーブスのシャーホルツ球団社長とセリグ元コミッショナーが野球殿堂入りを果たして、一方でバリー・ボンズ氏とロジャー・クレメンス氏は今年も落選とステロイド全盛期の名選手達への逆風は依然止まない様です。しかし、それを言うならば、ハンク・アーロン氏やマイク・シュミット氏とかだってアンフェタミンを服用した事があったらしいし、落選したのは明らかに怪しいのに薬物服用を認めなかった事以外にも人間性にも問題があると見なされているのか。まあ、それを言うならば情状酌量の余地も(トミー・リー・ジョーンズ氏主演の映画でもそういう悲しき過去も良く描かれていましたが)ありながらもタイ・カッブ氏とかオーランド・セペダ氏も微妙なのですが、平松・星野・伊東各氏の殿堂入り共々シャーホルツ&セリグ両氏の殿堂入りもおめでとうございますです。

その一方で、この記事でも原辰徳氏と立浪和義氏の落選について言及されていましたが・・・・・・・・・実績だけを見れば、原氏は確かに川上・王・長嶋各氏のレジェンドクラス(彼らはたまたま切れ目なく巨人に入団したにすぎないしね。川上氏は入団時は投手、王・長嶋両氏は他所の球団に入団する可能性だってあったし)と比べれば物足りなく感じられるだろうし、ましてや長嶋解任&王引退直後に入団してしまったから前述のテレビ中継等も相まって余計凡打した悪いシーンばかり印象に残ってしまってその点では損をしているし、監督時代も確かに戦力には恵まれてはいましたが、それでもV9以降リーグ3連覇を二度もやった監督なんてそうはいないでしょ?WBCでも優勝監督になっているのも無視できまい。監督時代の実績も加味してギリギリ基準を満たしたと言った所ですか。しかし、「弱いチームで一度監督やれ。」とも言った事もあった広岡氏があそこまで高評価していたのは意外でしたが。2007~14年の巨人は第四期黄金時代と評しても差し支えないながらも、連続日本一は未だにV9の1973年が最後ですが、「日本一になってやっと正力さんから褒めてもらえた。」ともしばしば言っていたしね。広岡氏って。氏はまた、CS制度には否定的な様だから、2007年と2014年に日本シリーズに出場できなかった(そして皮肉にも中日が53年ぶりの日本一となり、阪神も戦後15~20年に1・2回しか出場できないジンクスが無くなった)のもそんな元々マイナス評価にはなってはいないのでしょう。「尊い1票云々」は政治家の選挙じゃあるまいし、何を大袈裟なとも突っ込みそうにもなったけど・・・・・・・・・

立浪氏は個々のシーズンでは突出したほどの成績ではなかったながらも、長くミスタードラゴンズとして活躍し、チームにはなくてはならない顔でした。特に二塁打を量産した中距離打者で、コーチ・監督になってもおかしくなかったのですが・・・・・・・・・・・・何故後者はコンプライアンスとやんわり言及したのに対して、前者は・・・・・と思いきや、以前にも引用したこの記事のライターはスポーツ報知OBだから巨人や巨人OB寄りの記事になるのは当たり前(まあ、キムタク上げ提灯記事の方がもっと露骨ですがね。今度の主演ドラマも、あれだけ他にも老若男女有名どころ集めて、初回視聴率が14.2%?だけど)なのですが・・・・・・・・ヤクザの娘とも言われているファンの女性とのできちゃった婚や梅宮アンナ氏との不倫以外にも色々週刊誌にも書かれた黒い噂がある後者もなかなかエグいわですが、前者もあのヤクザに1億円渡した件なんかもどーみても正力(松太郎)氏の言う紳士のやる事ではないですからね。これで殿堂入りできるのならば、平松氏が今まで殿堂入りできなかったのも、堀内氏とどっちが上かとか抜きにしてもおかしいけど、清原氏がその対象からも外されてしまったのもそれ以上におかしいですからね。原氏の、主に現役時代の成績への否定的な意見にはそれなりに擁護はしますが、この1億円の件はさすがに無理です。そう言えば、息子は今度は麻布十番嘉YOSHIというレストランで店主として働いている様で、あの海水浴を楽しんでいた頃と比べるとふっくらした様なですが、今度こそ長続きするのですかね。今度はマイナーだけど、70過ぎまで長生きした某新撰組隊士も演じるらしいフクシ(落合福嗣氏)の方が全然マシだぞ、今の所。せいぜい頑張れよ!!だけど。まあそれはともかくとして、来年は誰が新たに野球殿堂入りするのか、もっともっと陽の当たらない感がある面々も再評価され、これからも国民的娯楽としての野球の発展に寄与する事にもなれば・・・・・・・です。

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2017/01/16

おんな城主直虎第二回感想

第一回は視聴率は大河にしては良くなかったらしいですが、まだ始まったばかり。第二回はどうかなあ・・・・・・でしたが・・・・・・・・

直虎の父、直盛は既に1539年頃からおそらく祖父の後見の下、当主的な活動をしていたらしく、井伊氏サバイバル500年という本では祖父の直宗の存在自体疑う見解がなされていたらしい。確かに、直盛が直虎にとっては曽祖父とされる直平の子だとすれば、直盛の1506年生まれも直虎の1536年生まれも辻褄が合うのですが・・・・・・・・ただ、後の井伊家の主君筋となる松平家(徳川家)でも家康の祖父の清康が、高祖父の長親らの裁定で隠居させられた曽祖父の信親の代わりに若干12歳で家督を継いだ例もあるので、これだけでは直宗非実在説も決定打にはイマイチならないかなあと。本編開始2年前の1542年に三河田原城攻めで戦死したとされる最期も疑問視されている様で、小学館人物日本の歴史でもおなじみ(?)だった小和田哲男氏と共に時代考証を担当されている大石泰史氏は1547年没説を主張されているらしいですが、上杉輝虎(謙信)実兄の長尾晴景同様実在したとしても病弱で極めて影の薄い人物だったのでしょう。

時代考証担当についてはまだそこまで不安とかは無い(しかし、直平と直盛が祖父と孫の関係ならば、前回感想でも指摘した通り、直満死亡・直親逃亡の時点で直虎は直親と面識がないどころか、まだ生まれてすらいない可能性だってある)のですが、いずれにせよ直親逃亡のくだりでの直親との愛の絆、直親の息子の直政よりも長生きする事になった瀬戸方久との出会いも見られたけど、無茶な家出とそれを叱った両親の親子愛等今回も大きな見せ所の筈がイマイチ脚色が凡庸で盛り上がりに欠けました。直満を死に追いやって、直親も逃亡させた小野政直がますますチョーシこいていた姿も描かれていて、吹越満氏もつくづく一癖ある役柄が多いなあですが、そういう役柄とか半ばイメージが固定化しちゃっていて、正直見ていてあまり面白くないです。まあ1554年に死んだとされるので、出番はあと3、4回ぐらいでしょうが。

寧ろ注目されるべきは彼よりも息子の道好で、幼少時は父の専横にも反感を覚えていた様で、直虎も某格ゲーでもパロられたけど、某横領捜査官ばりに「親は関係ないだろ!!親は!!」と言わんばかりと特にわだかまりはなかった様である。それだけに結果的には親子共々疫病神的な立ち回りを演じ、親父はまだ畳の上で死ねたながらも道好にはもっと悲惨な結末が待っていた様ですが、どの様に彼は道を踏み外していったのか?副主人公の一人らしく、ここらの伏線張りはそれなりと言った所でした。そして小林薫氏は相変わらず良い味見せていたのも高ポイントです。

そして最後は、直虎は自ら自分で髪を切った様ですが・・・・・・・・・前回よりは若干良かったかなあですが、正直直虎役の子役の子も、あまり好きになれないと言うか、演技自体は凡庸ではないながらもステレオタイプの域を出てないし、天地人のこども店長の二匹目の泥鰌を狙っているのかどうかは知らないけど、まだまだパンチ不足ですね。中途半端な主人公補正ももはや想定の範囲内ですが、もっと直虎らに感情移入させられる様なパンチや、歴史への造詣関係なく次の話の展開が楽しみにさせられる様なパンチが欲しいです。まあ柴咲コウ氏や三浦春馬氏らに早く出てきてほしいとも言うか・・・・・・・・・・脚本担当の森下佳子氏にとっても既に今が正念場でしょう。

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2017/01/15

ジョジョ8部ジョジョリオン感想-第5巻「逃れられぬジョースター家の宿命!?カツアゲロードをめぐる悲しき秘話!!」

明日は井伊直虎第2回の感想予定なので、このジョジョ8部5巻感想も書きます。

カツアゲした相手に定助を使って仕返しするどころか、別の爺さんからカツアゲされてしまった常秀、下手な言い訳も全く通用しなさそうでしたが、いかにもごじゃっぺな兄ちゃんトリオにも絡まれてしまった。胸は確かに爆乳(まあエイケンの連中に比べれば大した事ないがww)ながらもあまり可愛くない姉ちゃんに包みを渡す事を要求したのですが、その中身が何だったのかは誰でも容易に想像できたでしょう。

自分で自分の手を汚さない小賢しさ、姑息さ、卑劣さと常秀と似ていた様ですが、どうやらカツアゲが頻発する原因は道路の落ち葉にあって、彼ら住人はそれを悪用している様である。定助もこの落ち葉を利用して見張っていた警官をぶちのめした様だけど、やはりと言うか、それはオータムリーブスという名のスタンドだった!!そして常秀もずる賢く金を奪って逃げるも、この不良トリオにつかまってジエンドかと思いきや、彼もスタンド能力に目覚めた様である!!ナットキングコールと言って、ネジで対象物を分解し、また取り付ける事とかが出来るようですが、手首が外れたのが元に戻ったと思いきや・・・・・・・両利きだったらまだ良かったのだろうけど、これからの生活不便だろうなあ、まあこの後他の仲間2人と一緒に警察のお世話になる可能性もありそうだけど、ご愁傷様ですね。(苦笑)

DIOばりに「最高にハイってやつだ!!」な気分だったであろう常秀が一番得をしたのか?そうではなかった。彼を拘束していた警官二人組も、まだアバッキオの方がそれらしかったかなあでしたが、ソフトアンドウェットも応用しながら金を回収した等定助が主人公らしく一枚上手だった様である。

ここでこのカツアゲロードもめぐる、ジョースター家と東方家の過去の秘話が明かされて、今までの部は二部がスピードワゴン、三部がジョセフ、四部が承太郎、五部が康一と前の部のレギュラーキャラがその繋ぎ役みたいな役割を担ってきた。六部は承太郎が主人公の保護者、DIOがラスボスの友人として回想でしばしば登場はして、スティールボールランは当初ジョジョ七部と明言されなかったながらもそのラスボス(プッチ)による一巡後の世界である想像は容易ながらも途絶えていたのが、今回また繋ぎ役が復活かと思いきや、それは脇役の、常秀&定助をカツアゲした爺さんだった!!また一味違った変化球みたいでしたが、ジョニィはエリナ、あっ間違えた理那とは大西洋を航行していた客船で知り合ったらしいけど、ディオを倒していたから襲われず、牧場での幸福な生活がいつまでも続くと思いきや・・・・・・・・

何かを得るには何かを犠牲にしなければならないって、ハガレンでも根幹をなした哲学・価値観で、個人的にジョニィはあまり好きではないけど、家族に対する愛情は本物で、特に一人の女性を大切にする、それ故に今度は息子を襲った奇病はまさに一難去ってまた一難で、余計痛々しいものがあったけど、聖なる遺体というパンドラの箱を開けた故の悲劇的な早世と・・・・・・・・・・ジョージ3世やジョセフはまだ分からないし、自身も入院患者なホリーは、夫の方が既に享年45歳、または46歳の故人だったという設定ですが、残念ながら一巡してもジョニィはジョースター家の宿命から逃れられなかった様です。しかし、そんな話を聞いていた内に康穂が新手のスタンド使いに襲われてしまった様ですが、金を取ろうとしたこの爺さん、ちゃっかりしてましたね。と言うかこれ書いている時点ではまだこの5巻までしか読んでないけど、彼は現在も健在なのですかね?次々と新たな謎が明らかになって、普通に面白いです。少なくともここまでは・・・・・・・・・

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ジョジョ8部ジョジョリオン感想-第4巻「彼は吉良であって吉良でない?そしてホリーも何者?」

これといったブログネタは今日は無かったけど、TVアニメ版もひと段落したという事で、8部ジョジョリオンの感想を1年強ぶりに再開します。

何だかクマさんのパンツも見えた様な・・・・・・ですが、康穂が会った入院患者の中年女性(には見えないほど若々しかったですが。もしかして波紋使いでも?)は名前はホリーでも、ちょっと頭のネジが抜けた様な性格は一巡前のキャラならスージーQに似ている?・・・・・・・・と思いきや、実際何かが欠落していた様な女性で、康穂は一時空気読まない看護婦さんに病室から追い出されてしまった様で、上手い事演技してもいた康穂がそれに迫っていた様ですが吉良実母でもあるし、新たな謎が出来た感じですね。

その頃、新手のスタンド使いである黒いライダーに定助は追われていて、池等庭も立派な和風の他人の家にやむなく侵入した様ですが、この婆さんはおそらくボケていてもラーメン好きでラーメンにかける情熱は小池さん以上なのか。居間に押しかけられても食べるのに夢中で全く大人しい。まあそんなキャラの方が定助にとっては都合よかったのですが、いつでも待ってましたと言わんばかりに先回りされるだけでなく・・・・・・・この婆さんの孫だったのかな?泣き騒ぐ子供も出てきたりと状況は悪くなる一方でした。しかし、ドアを開けたりメモ帳を開いたり等しても定助以外の人間の動作は追跡しないようで、主人公らしくピンチも事態収拾の為に利用する判断力の高さを見せた模様。

スタンドの本体を探していた途中、この家の家族集合写真を目にして、かすかに目から涙が溢れた様ですが、愛情を受けて喜びとか共有してくべき家族とかあって当然であるものが欠けている自分、それだけでなく、何者だか依然分からない自分、そうしたギャップを改めて目の当たりにして疎外感とか抑えきれないものがあったのか。

しかし、泣いてたってそんな自分の正体とか明らかになるわけじゃない。タクシーというアクシデントでまたまた襲われるも、現れていた間にナビを・・・・・・・とピンチの連続で、漸く見つけた本体は東方家の家政婦である虹村さん?しかも星の形をしたアザもある!!という事は・・・・・・・・・・・・どうやら彼女も・・・・・・・・で、東方家の家政婦になったのもちゃんと目的があっての事だった様ですが、彼女の正体共々定助の部分的に判明したそれも衝撃的でしたね。

定助が本当は何者なのか?良い意味でますますワケ分からなくなった感じでしたが、飛行機嫌いで神も信じないらしい常秀、合理主義者な一面もあったかと思いきや、それはどうも買いかぶりな様でしたね。(苦笑)康穂に対する執着心や図形の問題を定助が解いた時の負け惜しみ等ヤンデレで無駄にプライドも強かったとも思ったらカツアゲした相手に対する復讐を定助にメインでやらせて、自分はあまり手を汚さない様にするつもりでもいた卑劣な男でもあり・・・・・・・なかなか複雑怪奇な性格の持ち主で、ある意味この一巡後の世界での東方家を象徴しているキャラなのかもしれない。しかし、現実には仕返しするどころか、別の爺さんからたいていの大人の1か月分の給料もぶっ飛ぶほどのカツアゲをされて・・・・・・・・何かおかしいぞ?杜王町の人達ってこんな民度低かったっけ?しかし、これ書いた時点では次の5巻も読んだけど、それも深いわけがあった様です。続きはその5巻感想で。

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2017/01/14

茨城県道150号の旧道について

http://map.yahoo.co.jp/maps?lat=33.28462280&lon=131.49122120&ac=44202&az=&z=13&id=&fa=pa&ei=utf8&p=%E5%A4%A7%E5%88%86%E7%9C%8C%E5%88%A5%E5%BA%9C%E5%B8%82

1982~83年にかけて茨城県道150号(r150)月岡真壁線は当時の新治郡八郷町(現・石岡市)月岡~同小幡の区間が茨城県フラワーパークの建設にも伴って旧道が町道に降格したとされていて、この区間はさらに月岡~下青柳(旧道①)、下青柳~小幡(旧道②)の2区間に分かれる様ですが・・・・・・

前者はまだどのルートか想像つきますね。上記ページはyahoo地図のページで、小桜局が見えると思いますが、東方面から見てr138の旧道(r150旧道と同時期の1983年5月に当時の八郷町道に降格となる)と西北に向かう道が交差していて、後者のこの西北に向かう道が旧道①なのでしょう。途中川で分断されていて、橋で渡る事が出来ない(これはr24のつくば市・常総市境付近の旧道とかもそう)様ですが、現在のr138とr150の交点よりさらに数十m先の所でr150現道と交差している様です。

イマイチ辿れないのが後者の旧道②ですね。フラワーパーク前のY字路を右に曲がって、r42と交差した所を左に曲がるのが自然な推定ルートですが、r42(当時はr60)との重複区間はその単独区間になったわけではなく、町道に降格された様なので、果たしてこのルートがホントに正しいのかどうか確信しかねますね。一応下青柳549付近~同397付近でも別の推定できそうなルートがありますが・・・・・・・・あとwikiのページには書いてないけど、r42の石岡市須釜~同小幡4092までのr42を北に迂回した様な道もおそらくr42の旧道で、同時期に降格されたのでしょうね。

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史上最強の巨人キラー、平松は今年こそは殿堂入りできるだろうが

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170111-00000003-wordleafs-base

野球殿堂7不思議の落選を続けた星野氏、原氏、平松氏の殿堂入りはなるか

THE PAGE 1/13(金) 5:00配信    

 今年度の野球殿堂入りの表彰者が16日、野球殿堂博物館より発表される。すでに発表されている平成29年の野球殿堂入り候補者は「プレーヤー表彰」が16人、「エキスパート表彰」が14人の計30人。選出は「プレーヤー」は野球記者暦15年以上の記者、「エキスパート」は過去の野球殿堂入り者、表彰委員会幹事、野球記者暦30年以上の記者の投票によって行われ、共に3分の2以上の有効投票で、75%以上の得票を得た候補者が殿堂入りを果たすことになる。

 今年度の「プレーヤー表彰」の有力候補は、現・千葉ロッテ監督で、西武の現役時代には3拍子揃ったハイブリッド捕手として捕手の概念を変えた伊東勤氏(53)と、中日一筋で通算2480安打、歴代最多の487二塁打の記録を持つ“ミスタードラゴンズ”立浪和義(47)の2人。伊東氏の通算134盗塁は捕手の歴代最多で西武の監督としても日本一に輝いている。昨年度の投票でも伊東氏が172票、立浪氏が171票を獲得しており、今回は、共に当選の可能性が高い。

 それよりも注目は、監督、コーチ、審判の引退後6か月以上経過している者、プレーヤー表彰の有資格者だった者で引退後21年以上経過した者が対象となる「エキスパート表彰」だ。

 殿堂入りの“7不思議”と言われるような落選を続けていた星野仙一・楽天副会長(68)と、元大洋の平松政次氏(69)、そしてプレーヤー表彰で、選出されないまま2年前に資格を失っていた元巨人の原辰徳氏が、エキスパート部門で復活選出されるかどうかに注目が集まっているのだ。

 星野氏は、監督として中日、阪神、楽天の3球団に跨って優勝に導きながら、なぜか2年連続で落選していた。3チームで優勝を果たしたのは故・三原脩氏、故・西本幸雄氏と過去に3人しかいない。監督としての通算1181勝は、歴代10位の記録である。その三原氏、西本氏だけでなく、上位の9人全員と通算勝利数では13位の故・仰木彬氏も2004年に殿堂入りしている。実績だけでなく、闘将と呼ばれる強いリーダーシップなどファンに対する印象度から行けば、殿堂入りになんら不足はない。しかし不思議と票が集まらなかった。

 またカミソリシュートを武器に大洋ホエールズ(現横浜DeNA)のエースとして201勝を挙げている平松氏も弱小チームで記録した201勝という価値ある数字が評価されず、昨年度の投票では、平松氏が次点の70票、星野氏は69票で、それぞれ13票と14票が75パーセントの得票ラインに足りなかった。

 また原氏はプレーヤー表彰でエントリー最終年だった2015年には243票で、当選にわずか6票及ばずに落選した。ちなみにその年度の殿堂入りは古田敦也氏だった。

 巨人での現役時代の原氏の打撃成績は、通算1675安打、382本塁打、タイトルは打点王、新人王くらいで物足りないかもしれないが、伝統ある巨人の4番を務めたインパクトに加え、巨人の監督としてリーグ優勝7度、日本一3度に輝いている。それらの実績を踏まえると選出されても不思議ではなかったが、エキスパート表彰が作られてから、監督としての実績をプレーヤー表彰の選考基準に含むかどうかのガイドラインが曖昧となっていて、なぜか選ばれなかったのである。だが、今回、候補者となったエキスパート表彰は、監督、コーチ、審判の実績を讃えるものなので、もう、その部分での議論の余地はないだろう。

 エキスパート表彰は、メジャーのベテランズ選出を参考に過去に殿堂入りから漏れた功労者の掘り起こしと、監督、コーチとしてプロ野球の発展に多大な貢献をした人の殿堂入りを目的にして2008年に制定されたもの。過去9年の表彰者は、故・青田昇氏、故・江藤慎一氏、故・皆川睦雄氏、外木場義郎氏、故・榎本喜八氏のたった5人。2014、2015年の2年間は該当者がなかっため、投票に関する規約が変更され、投票の際の連記人数が3人から5人に増やされて、昨年度、故・榎本喜八氏にようやく光が当たった。
 
 エキスパート表彰の投票者は、過去の殿堂入り者、表彰委員会の幹事、記者暦も30年以上の記者と、選りすぐりのメンバーになっていて、プレーヤー表彰の投票資格者が345人に対して、エキスパート表彰のそれは120人と少ない。現在は、一人が5人連記で投票を行うが、75パーセント以上の得票ラインとなると、84、5票が必要となり、依然、非常に狭き門となっている。
 
 球界関係者の話によると「投票基準が明確でないので、“好き嫌い”が投票に反映されていて特に約30人の殿堂入り者の方々の影響が大きく、記者暦30年以上となると、毎年、大きく投票者の顔ぶれも変わらないので、なぜ、この人が落選? という事態が続くんです」ということらしい。

 それが野球殿堂7不思議を生むことになり、エキスパート表彰で複数の表彰者が出たことが過去に一度もないのも、その影響。今年度も、投票方式、規約に関しての見直しが行われておらず、昨年度選出された榎本氏の票が、新たな候補者となった原氏に流れ、また昨年度に63票を集めた権藤博氏(70)も有力の候補のため、ひょっとすると、今回も票が割れて、星野氏、平松氏、原氏の3人が同時に選出されることは難しいのかもしれない。
 殿堂入りの権威や、選出の価値観の多様性は必要だと思う。だが、そこに候補者の功績をそっちのけに投票者の個人的な価値観が、あまりにも大きく影響を与えるのだとすれば、野球ファンは納得しない。
 それに光を当てねばならない過去の功績者は、まだまだたくさん残っている。
 
 発表は16日だが、また殿堂入りの7不思議が続くようならば、野球記者クラブ内だけの記者に限られているような投票資格者のあり方を含めて殿堂入りの選考方法の見直しがより活発に議論されることになるだろう。

(文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)

何だか平松氏については「堀内が選ばれているんだから」とか「巨人と大洋の差」とか言っていたコメントが見られましたが・・・・・・・・・そう言えば某巨大掲示板でも「一番ショボい200勝または2000本安打達成者を挙げるスレ」(だったっけか?)でも投手は堀内を挙げるレスが多く、まあそんな不毛な議論している連中の方が・・・・・・・・とも思いますが、堀内氏が13年連続2ケタ勝利を挙げていた1966~78年、防御率がリーグ平均以上かつ、先発登板試合数16以上の相手チーム投手、つまりエース格投手とだけ先発または他の登板投手よりもイニング長いロングリリーフとして登板し、投げ合った時の成績を日本プロ野球記録というサイトを参考に調べました。以下のエクセル様式でまとめたのですが、見ていただきたい。

「horiuchi_and_other_aces.xlsx」をダウンロード

堀内否定派の意見でよく聞くのが、「ONを中心とした打力も守備力も優れた野手メンバーが揃っていて、かつONと対戦しなかったからあれだけ勝ったのも当然だ。」とかですが、こうして見ると、エース格との投げ合った試合での平均援護点が巨人の平均試合得点を上回ったのは1966・67・71・74・76年と5回にとどまって、いつもよりは援護をもらえなかった年の方が多かった様です。まあ、いくら共通の苦手投手が殆どいなかったON(1974年をもってNの方は引退したが)とかいくらレギュラー野手が曲者ぞろいでも二線級以下はともかくとして、エースクラスはそうそうは打てない。1969年なんか巨人の平均得点よりも1.55点も下回っていて、3点少ししか援護してもらえず、7勝8敗と負け越してしまっていました。

防御率も1968と70~74年は全登板のそれより良く、特に68年は0.57も良かった。また70年も1点台で、ベストシーズンの1つとして挙げられるであろう72年の反動で不振に陥った73年も全登板4.52よりは0.49良い数字を残しています。74年まではまた、エース格との投げ合いで延長戦まで8回投げており、70年7月31日の阪神戦等それでもサヨナラ負けを喫した事もありましたが、75年以降は打高投低傾向が顕著となっていたのを考慮しても劣化が目立ちます。

75年から順に4.37、4.82、4.41、4.01ですが、3.79、3.96、4.58、3.54で全登板のそれはエース格との投げ合いで、二線級以下投手とのそれよりも打ち込まれる事が多くなっていたのが分かります。特に同世代のエース達との対決では対江夏が10勝8敗、対松岡が8勝8敗、そして対平松が3勝7敗と、ヤンキース王朝史上最高の生え抜きエースであろうホワイティ・フォード氏もライバルだったインディアンスとホワイトソックスに所属していた故アーリー・ウィン氏との投げ合いでは負け越してしまったらしい(通算ではイ軍にもホ軍にも大きく勝ち越しているのに)ですが、やはり史上最強の巨人キラーだった平松氏との相性が良くなかった様です。彼らも含めたエース格との投げ合いでは84勝63敗の勝率.571で、同じ期間の951勝668敗だった巨人の勝率.587よりはやや劣りますが、1967年には数か月以上二軍落ちしていた時期もあったし、このエース格との投げ合いでの援護点と防御率だけを見ても、援護に恵まれていたから勝ち星が伸びたとは必ずしも言えない事は分かるでしょう。

早熟型だった堀内氏と史上最強の巨人キラー平松氏、どちらかが上かと言えば、それは平松氏でしょう。同じ200勝なら、弱いチームで達成した方が価値があるのも理解はできます。しかし、堀内氏も・・・・・・・・・まあノーヒットノーラン&3本塁打は優勝が決まった後の消化試合でやった事だと500歩譲って差し引いても(それでも十分すごいが)、日本シリーズでも通算最多登板、通算最多投球回数、通算最多勝利等の記録をいくつも保持しているし、2年連続MVPにもなっています。落合氏みたいにレギュラーシーズンでの成績は超一流でもポストシーズンでは目立った活躍が出来なかった人だっていますが・・・・・・・・

ヤフコメ民の言う事に「それは違うんじゃないの?」と一々突っ込んでたらキリがないのは分かっているつもり(だから、例えば「太平洋戦争はアジア解放の為の聖戦」だとか悪い意味で何言っていたか分かる記事なんて最初から見ない)だし、別に堀内氏の信者じゃないけど、平松氏にはないポストシーズンでの活躍も見られたのに、殿堂入りしているかしていないかの差を半ば単に所属していたチームが強豪だったか否かとか断ずるのは全くフェアじゃないし、的外れでしょう。どうも彼らは韓国の事も関係ない記事でも叩きたくてしょうがない様ですが、この記事も同世代ではあるけど、そもそも堀内氏について一言も触れてないのに・・・・・・・明らかに勝利数とか表面上での通算成績で劣っているのならまだしも、そんな堀内氏とどっちが上かとかの比較なんか全く抜きにしても、平松氏も間違いなく時代を代表する大エースだという事は、別にヤフコメ民がどや顔で強調しなくたって分かる人は分かる事です。今年こそ多分きっと殿堂入りできるでしょうが、他の2人も星野氏はやや微妙だけど、原氏は現役時代の成績が平凡って、たまたま巨人に川上・長嶋・王と続けてレジェンド級が入団(しかも長嶋・王両氏は他の球団に入団する可能性だってあったし)したからそう見えるだけの印象論でしょ、あのヤクザに一億払った件は擁護しかねるけど、WBCで優勝監督になったのと、2度のリーグ3連覇等巨人第四期黄金期をもたらした監督としての実績を加味して、殿堂入りさせてあげても良いんじゃないかとも思います。

【以下1月16日追記】

平松、星野、伊藤各氏が殿堂入りした様ですね。星野氏については、「野村の遺産」コメントが目立ったのも、全く悪い意味で「ああ、やっぱり」でしたが・・・・・・・まあ「関根さんが~」云々等の広岡氏の発言は、嫌いな人間の事は私怨も半ばむき出しにしてボロクソに貶す様な人だから100パー鵜呑みには出来ないけど、それを言うならばノムさんだってヤクルト時代は確かに彼の活躍とチーム戦績はほぼ比例していたし、育てたのも大きな功績の一つだったのでしょうが、古田氏以外にも広沢氏(1995年に巨人に移籍したが)や池山氏等監督就任前に主力となった選手だって何人かはいたし、伊藤氏や岡林氏等杉浦氏を酷使した鶴岡親分の悪い点をも受け継いで潰した事(大沢親分もこの点はノムさんと同じで、木田氏も工藤氏も短期間しか活躍できなかった)あったし、阪神だって、矢野氏みたいに前監督の時に移籍した選手や、今岡氏みたいにノムさんとはソリが合わなかった選手だっていたでしょ?でも、「〇〇の遺産」云々言っている人達って、日米通算とかと同じ。自分達に都合の良い面でしか見ないで無責任にものを言う。何度も言う様に、ホントに遺産に頼らなかった人なんて、せいぜい鶴岡親分と西鉄時代の三原修氏ぐらいなんじゃないの?それなら他にももっと評価されていい人いるでしょ?あなた達はそういう人達の事なんて興味ないのだろうけどですが・・・・・・・・星野氏にも決して欠点が無いわけではないし、殿堂入りに積極的に賛成するほどまでではないですが、たとえ遺産だとしても、そういうのも、主力選手のやる気を引き出してある程度以上上手く使った結果、他に2人しかいない3球団で優勝した監督になったのもまた事実でしょうに。(そうした勢いがあまり長続きしなかったのもまた事実だけど)「〇〇の遺産」の〇〇に入るべきなのは100歩譲っても、自身もホントに全くそういう遺産に頼らないで勝ってきた監督だけです。勿論メジャーでもそんな監督はごく少数しかいませんが。やっぱ原氏と立浪氏は今後も厳しいだろうなあでもありますが、今回は取りあえずもうこれくらいにします。殿堂入りされた諸氏方々おめでとうございます。

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2017/01/10

おんな城主直虎第一回感想

2017年になって今日で10日目で、天皇陛下の譲位はキリよく2019年の元旦に執り行われる様ですが、8日にいよいよ始まりましたね。えっ?何がって?「おんな城主直虎」の事ですよ。旦那。まあ「江」が酷すぎたので今まで大河も自発的に見る気が失せていて、最後まで続けられるのかも自信はあまりないですが、ジョジョも一段落したし(関係ない?)、感想を述べてみようかなあと。

西暦にして1544年から始まった様で、戦国乱世もこれからが本番といった所ですが、何故この時代設定?かと言うと、宇梶剛士氏演ずる一族の井伊直満が「家督相続するぜ!!駿河の今川様(義元)の元に挨拶に行ってくるぜ!!」と思いきや、親子揃って疫病神な様だった小野政直の讒言で死に追い込まれ、息子の亀之丞(直親)も逃亡した事件が起きた頃だったかららしい。

今回の主人公・直虎、一瞬だけ柴咲コウ氏である成人姿も見られたけど、という事は生年は1536年説があるらしいけど、この時8歳~9歳頃?しかし、両親、失礼ながら杉本哲太氏と財前直見氏では子役の子と歳の差が大きくないか?この時代早婚早産がデフォだろ?と思ったら父の直盛は家康実父の松平広忠らと同じ1526年生まれらしい(1506年説もあるが、祖父の直平が早くて1479年生まれらしいから誤差があってもせいぜい1・2年前後程度であろう)から、10歳の時に生まれたのか?配役以前にあり得ないだろですが、いくら人物像等不明な点が多いとは言え、信憑性の高い情報をしょっぱなから無視していたのはどうなのかなあですが・・・・・・・

さらに最近、「実は男だったんじゃね?」な説も浮上してしまっているらしいですが、ホントに許嫁だったとしても直虎の生年は早くて1541年頃で、婚約したのは直親が逃亡先の信濃から帰ってきた1555年以降で、それまでは直親(便宜上、元服後の名前で統一する)の顔すら見た事なかった可能性が高いでしょうね。まあ、あまり史実に拘泥するのも野暮かもしれないけど、少女時代の直虎のキャラ自体、男勝りの元気な女の子なステレオタイプを悪い意味で逸脱していない、凡庸な造詣であり、正直物足りなく感じました。宇梶氏も次回以降も回想とかの形で数回程度は登場するのかな?そうでなければちょっと勿体ないよねでもありますが、信濃に逃げた直親の無事を願う乙女心って・・・・・・・・のも下手な三文メロドラマを見せられたかのような演出でしたもんね。

http://www.j-cast.com/2017/01/09287600.html

直満・直親親子を襲ったそうした運命の悪戯等テンポは悪くはなく、一部ベテラン役者の好演もなかなかでした。特に小林薫氏と春風亭昇太氏(義元役)ですが、後者についても・・・・・・・J-CASTニュースでも昇太氏の普段の容姿と出演時の容姿のギャップの大きさを強調していた記事が見られ、確かに歴史に詳しくない人はあの姿を見たら「何じゃこりゃ?」と思うかもしれないけど、普通に威厳十分なお公家様な程度で、演技を絶賛はしても別に凄く驚かされた様な演出ではなかったです。もしホントにそうだったのならばそもそも主人公の直虎その人がもっと面白く描けているはずです。どうもマスコミには慰安婦問題とか靖国問題とか何がそうした問題の原因で、事実はどうなのか?これからどうしていくべきなのか?とかは突っ込んで検証せず、大手芸能事務所所属タレントらの不祥事も報道しないでスルーしているくせにお好み焼きは主食かおかずか?松屋のクリームシチュー定食はアリなのかダメなのか?誰にも迷惑かけているわけでも全くない、個人的な嗜好の問題な話には成人式でのごじゃっぺな若者達の暴走等(茨城でも某市で・・・・・だったが・・・・・)以上に大袈裟に騒いで論争をあおる等の悪癖があって、ベクトルがズレまくっているけど、これも昇太氏の役者としての演技力等純粋に絶賛、リスペクトしているのならまだ話は分かりますが、やはりギャーギャー騒ぐほどの話ではないです。これじゃあ報道の自由度も先進民主主義国であるにも関わらず世界で中の上程度なのも無理ないですが、この程度の記事なら、そこらの高校生や大学生の方が・・・・・・・・・は言い過ぎか?このライターには記事書く前にまず公家の風習とか歴史をもう少し勉強してくださいですね。出来ないなんて事はない筈です。

お前苦言ばっかじゃんと思うかもしれないし、まだ始まったばかりだけど、まあ現時点では「流石に『江』や『花燃ゆ』ほどは酷くはならないだろうなあ、多分・・・・・・・・」ですね。そもそも脚本担当の他作品も、「平成夫婦茶碗」と「仁」がまあまあな程度で、他は・・・・・・・・ですが、彼女に気に入られているのかこれも三浦春馬氏が出演されていた「わたしを離さないで」もドラマ向けじゃなかった様な感じでしたからね。題材自体が。しかし、色々意気込みを述べられていたからにはそんな史実の明らかな無視等もささいなものとも思える様なドラマを魅せてほしいとも思います。「真田丸」は概ね評判良かった様ですが、新しいエンターテイメントとしての大河ドラマに完全脱皮できるのか?それとも去年の紅白共々NHK堕落極めりを象徴する迷作となるのか?今回の「おんな城主直虎」は大きな「これからへ」の分かれ道にある注目作であるとも言えます。

【以下追記、ご参考なまでに】

https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12123-125677/

柴咲コウ主演大河『おんな城主 直虎』、最悪のスタート! 視聴率絶望的といわれる要因は?

 

 

『おんな城主 直虎』(NHK)公式サイトより

 2017年のNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』(柴咲コウ主演)が1月8日にスタートし、初回視聴率は16.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と低調だった。

 多くのメディアは、NHKに気を使ってか、“好発進”などと報じているが、この初回視聴率は歴代ワースト4位、今世紀で見ると15年『花燃ゆ』(井上真央主演)の16.7%に次ぎ、2番目に低い数字となった。昨年の『真田丸』(堺雅人主演)は19.9%でのスタートで、初回から3ポイントもの大差がつき、注目度の低さを露呈した格好だ。

『花燃ゆ』といえば、第2話以降、視聴率が急降下。結局、初回の16.7%が最高視聴率となり、全話平均は12.0%で、12年『平清盛』(松山ケンイチ主演)と並び、史上ワースト視聴率に終わった。その『花燃ゆ』と同レベルの発進となってしまっただけに、早くも、「『花燃ゆ』の悪夢再びか?」との声がネット上を飛び交っているのだ。

 『直虎』は、戦国時代に遠江(現在の静岡県西部)・井伊家の家督を継いだ“おんな城主”直虎(柴咲)が、自ら運命を切り開き、戦国時代を生き抜く姿を描いた作品だ。

「昨年の『真田丸』は、“高視聴率男”と称される堺を主演に据え、脇役陣も超豪華で、NHKのヤル気を感じさせました。主人公の真田幸村(信繁)も一般的な知名度が高いので、視聴率が好調だったのは当然ともいえます。その点、『直虎』は『真田丸』に比べて歴史上でも知名度が低いし、キャストについても、ネット上では『柴咲に大河主演は早すぎる』という声まで出る始末。どこまで数字が取れるのか、甚だ疑問です」(テレビ誌関係者)

 『花燃ゆ』の主人公である吉田松陰の妹・杉文も、歴史上まったく無名な人物で、視聴者から「思い入れを抱けない」という声が出ていた。『直虎』も『花燃ゆ』の二の舞を演じてしまうのか、はたまた悪評を覆して、今後巻き返しを図ることができるのか。次回からも注目していきたい。

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2017/01/09

千葉麗子、いつのまに左翼から右翼に転向していた?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170109-00000500-san-soci

千葉麗子さんの「くたばれパヨク」サイン会 抗議電話で「開催せず」 有田芳生参院議員「常識的な判断」 千葉さん「言論弾圧だ」

産経新聞 1/9(月) 8:11配信    

 元女優で実業家の千葉麗子さん(42)が今月12日に行われる予定だったサイン会が抗議の電話やFAXがあったとして、中止されたことが分かった。千葉さんは今月5日、自身のツイッターに「サイン会ですが東京堂書店さんに『わかってやっているのか?』と店員さんに恐怖心を与えるような電話が相次いでかかってきたため、書店側が万が一を考慮して中止になりました。楽しみにしていた皆様にお詫び申し上げると共に、このような言論弾圧には憤りを感じます」と投稿。この後、9日までに、賛成、反対の立場から著名人がツイッターに投稿した。(WEB編集チーム)

 サイン会は千葉さんが執筆した「くたばれパヨク」の出版を記念し、東京都千代田区の東京堂書店で行われる予定だった。

 出版元の青林堂によると、サイン会を知ったとみられる人物の「抗議しよう」という趣旨のツイートがあった直後から、サイン会を開くことに抗議する電話やファクスが殺到したという。

 会場を貸し出す予定だった東京堂書店は産経新聞の取材に「書店を利用している方から『ヘイトスピーチにあたる本のサイン会が開催されるのは残念だ』という趣旨のファクスがあり、5日午後に中止を決め、千葉さんサイドに知らせた」としている。

 有田芳生参院議員(64)は5日、「東京堂書店は店長はじめ、良識ある店員が多く、品揃えもユニークだ。(中略)近くは共謀罪に反対の立場での催しもある。その東京堂書店が、といぶかしんだけれど、賢明というより、常識的な判断が行われた」とツイッターでつぶやいた。

 一方で、サイン会中止を批判する意見も複数、投稿された。

 無所属の和田政宗参院議員(42)は6日、「言論弾圧ともいうべきひどい話」とツイート。

 千葉さんサイドは警視庁に被害届を出す意向を示していたが、前参院議員の杉田水脈氏(49)は9日、「百田尚樹先生の西宮ガーデンズのサイン会のときは、爆破予告だったので警察が出動しましたが、今回は警察が動いてくれなかったそうです。充分脅迫事件だと思うのですが…」(原文のまま)とツイッターに投稿した。

 こうした騒ぎで逆に注目度が高まったためか、「くたばれパヨク」は9日、Amazon政治部門で1位となっている。

 こうした抗議の声でイベントが中止になった例は、早稲田大学の早稲田祭の講演会のケースがある。

 昨年11月、東京都知事選に出馬した立候補者が一堂に会して行う予定だった討論会が、行動する保守運動代表、桜井誠氏(44)が登壇予定であることが知られると、早稲田祭実行委員会などに大量のメールや電話などで抗議が寄せられた。このため、主催するサークルが桜井氏の登壇中止を決めた。さらにその後、討論会自体が中止になった。

千葉麗子氏はサムライスピリッツシリーズにはナコルル(香取慎吾氏が主演のアニメ版)やチャムチャム、餓狼伝説シリーズ(同じくジャニーズタレントの錦織一清氏が主演の)でも、デッドオアアライブシリーズにも今年の大河主人公、井伊直虎と共に参戦したらしい不知火舞のお色気も伝説的な(?)劇場版で本人役で出演、後にKOFEXにもオリジナルキャラ役で出演された等SNK格ゲーとの関わりも深かったけど、そのSNKの黄金期が終わるか終わらないかの頃にまもなく芸能界は引退して、もう今年で高3になる子供もいるらしいけど、実業家に転身して、オロナミンCのCMも印象的だったと思いきや・・・・・・・

https://togetter.com/li/966539

その後何していたんだ?と思いきや、反原発活動等に従事するも左翼に幻滅して、右翼に転向されてしまった様ですね。上記togetterのページでは冷ややかな声が大半な様ですが・・・・・・・・

http://totalwar.doorblog.jp/archives/45869335.html

ちょっと前にもこんな事言っていた様で、まあ42歳にしては若いと言うか、綺麗ですけど、ホントどうしたんだあんた?ですね・・・・・・・・・・・過去エントリーでも大部分は右か左かに傾いている人ばかりなのが近代以降の日本の歴史認識等を歪なものとし、日本人の進歩を妨げ、寧ろ逆に劣化している格好となっているとか言ったけど、その中でも千葉氏はやや極端な例なのかもしれない。だからと言って、勿論嘘や捏造を広められては考えものだけど、こんな圧力かけてしまったら、原発いじめや人工透析とかもそうだけど、あなた達も同じ目にあっても全く文句言えないよねで・・・・・・・・・

百田尚樹氏の「カエルの楽園」も、実際読んでみたら現実の日本でも確かに残念ながらガルディアンやデイブレイクの様な輩もいるし、警鐘にはなってはいたけど、右に偏り過ぎで鵜呑みにするのも思考停止すぎるというものかなあ(余談ながら、お友達の某総理も、目立った成果が全く無いわけでも無いながらも乏しいから、遺産づくり故にも余計必死なのか改憲にも意欲を示している様だけど、改憲自体は必要ながらも今の自民のままでは任せられない。正直な話)でしたが、この千葉氏の「くたばれパヨク」もあくまでそれは千葉氏の言い分であって、所属していた団体の連中にも「いや、彼女はあんな事言ってるけど、ここが違う。」とか言い分はあるのだろうけど、人間性とかはまず置いといても読んでみたいなあとは思いましたね。こういうサイン会中止を目の当たりにして余計。

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2017/01/08

モスクワの2017年クリスマス寒波と1951-52年以降の冬の平均気温について

http://www.yomiuri.co.jp/world/20170108-OYT1T50045.html

モスクワ、氷点下29・9度…「凍えてしまう」

 

 

  •                              
             

 【モスクワ=畑武尊】ロシアの中央部などは7日、強烈な寒波に見舞われ、モスクワで氷点下29・9度を観測した。

 7日はロシア正教のクリスマス。タス通信によると、クリスマスとしては1891年の氷点下34・8度に次ぎ、126年ぶりの寒さという。

 モスクワ中心部の「赤の広場」では厚着した観光客らが、手袋をして記念撮影していた。西部のブリャンスク州から来たマリヤ・チガンコワさん(24)は「せっかく首都に遊びに来たのに、凍えてしまうので外に出たくない」と震えながら話した。

2017年01月08日 17時31分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
今日のNHK19時のニュースでは、日本も箱根で雪が降ったとか報道されていて、またゲンダイでもディスられていた安倍総理も今年前半に訪露したいとも言っていた様ですが・・・・・ロシア語版wikiを参考に1951-52年以降のモスクワの冬の平均気温を調べてみました。(例えば、1979-80年冬の場合は1979年12月から80年2月までの平均気温を差す)

1951-52 -4.2
1952-53 -10.6
1953-54 -11.3
1954-55 -6.1
1955-56 -14.5
1956-57 -4.0
1957-58 -6.3
1959-60 -9.2
1960-61 -2.8
1961-62 -6.3
1962-63 -11.3
1963-64 -9.0
1964-65 -7.6
1965-66 -6.5
1966-67 -11.6
1967-68 -11.2
1968-69 -11.6
1969-70 -9.3
1970-71 -6.4
1971-72 -9.3
1972-73 -5.0
1973-74 -5.9
1974-75 -4.3
1975-76 -9.2
1976-77 -7.1
1977-78 -8.4
1978-79 -11.2
1979-80 -8.1
1980-81 -4.9
1981-82 -7.5
1982-83 -4.0
1983-84 -6.0
1984-85 -11.2
1985-86 -8.9
1986-87 -10.0
1987-88 -6.8
1988-89 -3.2
1989-90 -3.5
1990-91 -5.4
1991-92 -4.5
1992-93 -4.6
1993-94 -6.1
1994-95 -4.9
1995-96 -9.7
1996-97 -6.5
1997-98 -6.6
1998-99 -5.6
1999-00 -3.5
2000-01 -4.7
2001-02 -5.3
2002-03 -9.2
2003-04 -5.2
2004-05 -4.9
2005-06 -9.4
2006-07 -3.5
2007-08 -3.1
2008-09 -4.2
2009-10 -9.8
2010-11 -8.7
2011-12 -6.2
2012-13 -6.9
2013-14 -4.1
2014-15 -3.5
2015-16 -3.5

http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/kaisetu/shishin/shishin_all.pdf

30年単位の平年値では1951-80年で-8.0℃、1961-90年で-7.4℃、1971-2000年で-6.6℃、1981-2010年で-6.1℃と30年で2度近く上昇している様ですが、暖冬か寒冬かの基準はその30年観測値を低い順に並べて、1~10番目が低い、11~20番目が普通、21~30番目が高いで寒冬の基準値は10番目と11番目の観測値を、暖冬の基準値は20番目と21番目の観測値を平均した値らしい。さらに大寒冬なら3番目と4番目の観測値を、大暖冬なら27番目と28番目の観測値を平均した値が基準になるらしいで、ホントに正確かどうかはあまり自信はないけど、各平年値ごとの基準も算出してみました。

1951‐80年平年値

大暖冬 +3.7℃以上(-4.3℃以上)
暖冬  +1.7~+3.6℃(-4.4~-6.3℃)
平年並 -1.2~+1.6℃(-6.4~-9.2℃)
寒冬  -1.3~-3.4℃(-9.3~-11.4℃)
大寒冬 -3.5℃以下(-11.5℃以下)

1961‐90年平年値

大暖冬 +3.2℃以上(-4.2℃以上)

暖冬  +1.0~+3.1℃(-4.3~-6.4℃)
平年並 -1.6~+0.9℃(-6.5~-9.0℃)
寒冬  -1.7~-3.8℃(-9.1~-11.2℃)
大寒冬 -3.9℃以下(-11.3℃以下)

1971‐2000年平年値

大暖冬 +2.8℃以上(-3.8℃以上)

暖冬  +1.6~+2.7℃(-3.9~-5.0℃)
平年並 -0.6~+1.5℃(-5.1~-7.2℃)
寒冬  -0.7~-2.0℃(-7.3~-8.6℃)
大寒冬 -2.1℃以下(-8.7℃以下)

1981‐2010年平年値

大暖冬 +2.6℃以上(-3.5℃以上)

暖冬  +1.4~+2.5℃(-3.6~-4.7℃)
平年並 -0.4~+1.3℃(-4.8~-6.5℃)
寒冬  -0.5~-2.0℃(-6.6~-8.1℃)
大寒冬 -2.1℃以下(-8.2℃以下)

特に1971-2000年平年値以降、寒冬及び大寒冬の基準が緩くなっていて、1951‐80年平年値では並冬だったのが、1981‐2010年平年値では大寒冬になりかねないケースも出てきましたが、これを1981-82年以降の各年に当てはめてみます。

1981-82 並冬
1982-83 大暖冬
1983-84 暖冬
1984-85 寒冬
1985-86 並冬
1986-87 寒冬
1987-88 並冬
1988-89 大暖冬
1989-90 大暖冬

1990-91 暖冬
1991-92 暖冬
1992-93 暖冬
1993-94 暖冬(並冬寄り)
1994-95 暖冬

1995‐96 寒冬
1996-97 並冬
1997-98 並冬

1998-99 暖冬
1999-00 大暖冬
2000-01 暖冬
2001-02 並冬
2002-03 大寒冬
2003-04 並冬
2004-05 暖冬
2005-06 大寒冬
2006-07 大暖冬
2007-08 大暖冬

2008-09 暖冬
2009-10 大寒冬
2010-11 大寒冬

2011-12 並冬
2012-13 寒冬
2013-14 暖冬
2014-15 大暖冬
2015‐16 大暖冬


日本でも80年代末~90年代半ばまでは暖冬年が続いて、暖冬異変とか言われていたらしいですが、モスクワでも1988-89~1999-2000年の12年間で暖冬または大暖冬の年が9回もありました。21世紀以降(2001-02年以降)は大暖冬の年も4回もあって、前述通り基準は緩くなったけど、大寒冬の年も2009-10年等4回も見られる様になって、比較的顕著ではなくなってきている様にも見えます。

モスクワでは、気温の統計は1879年より行われているらしいですが、もっと昔の、比較的暖冬だった年は基準は1981-2010年平年値比ですが、1886-87年+0.2℃、1913-14年+0.5℃、1914-15年+0.3℃、1924-25年+1.6℃、1943-44年+1.7℃、1948-49年+0.8℃(この年は日本も大暖冬)が挙げられます。そして観測史上最も暖冬だった年は意外にも1960-61年の+3.3℃で、50年以上たった現在も更新されていないようです。

しかし、日本でも1949年や93年、2011年(西日本・沖縄奄美除く)みたいに冬は暖冬でも春は低温だった例も何度かはありましたが、モスクワも1940年代以前の暖冬年は1887、1914年、1944年は一気に暖かくはならなかったので、春の訪れは遅く、1915年に至っては3月の平均気温は-7.7℃と前年12~2月(それぞれ-4.3、-6.5、‐6.5℃)よりも寒く、寧ろやっと冬本番と言った感じ。春(3~5月)の平均気温も同じく1981-2010年平年値比ですが、-4.3℃と現在の感覚では異常寒春でした。

暖冬年が顕著な1980年代末以降では1994年、2005年が暖冬寒春の年で、他にも1999年は5月の方が4月よりも寒かったらしいですが、ヒトラーがナポレオンの失敗から学ばないでバルバロッサ作戦で独ソ戦を始めた1941年は7月こそ猛暑ながらも秋から一転して既に低温傾向が顕著で、1941-42年冬の平均気温は-11.6℃!!平年値比-5.5℃でドイツもよりにもよってチョー寒い冬を迎えた年にソ連に喧嘩を売ってしまったんですね。昔学研の超能力者を題材とした学習漫画で紹介されていたウルフ・メシングもヒトラーの破滅を予言して、ソ連に逃げてきて、銀行から金を取ってきたり、そのキ〇〇イ度はヒムラーよりも断然上なべリヤに成りすまして厳重な警備がなされていたスターリンの別荘に侵入して、流石にウルトラ独裁者のスターリンも負けを認めて国内何処でも自由に通行できる許可証を与えたらしいですが、まさにメシングの予言通りになったわけです。2016‐17年冬は今の所は平年並みの冬である様ですが、果たして・・・・・・・ですね。人口が少ない極東地方はモスクワやサンクトペテルブルクほど温暖化は顕著ではないようで、ガキ使でもダウンタウンが罰ゲームで行った事もあるウラジオストクも比較的大した事ない様に見えて(?)かなり寒いらしいですが・・・・・・・・

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松屋のクリームシチュー&ご飯定食を食べるのも食べないのも全く個人の自由だろうに

http://www.news-postseven.com/archives/20170108_482420.html

クリームシチュー&ごはんはアリナシ論争に松屋広報驚く

2017.01.08 07:00

 

                                                 
 
                                                                                     
 
                                 

 

                               

                                                                                                                     

 年が明けて、ますます寒さがつのる今日この頃。おせちやおもちも食べ飽きて、温かいシチューが食べたくなってくる。さて、どう食べる?  昨年末、牛丼チェーンの「松屋」で期間限定メニュー『鶏と白菜のクリームシチュー定食』が発売された(近々終売予定

 年が明けて、ますます寒さがつのる今日この頃。おせちやおもちも食べ飽きて、温かいシチューが食べたくなってくる。さて、どう食べる?

 昨年末、牛丼チェーンの「松屋」で期間限定メニュー『鶏と白菜のクリームシチュー定食』が発売された(近々終売予定)。白いシチューにパンではなくご飯を合わせたこのメニューに、ネットやテレビで賛否両論が飛び交う大論争に発展したが、年をまたいでも、「クリームシチューとご飯って、ありえない! クリームとお米は絶対合わない」「いやいや、ドリアやリゾットと一緒でしょ!」 などと「アリ」か「ナシ」か、いまだ白熱中なのだ。

 しかし「論争が起きたこと自体、驚きました」と松屋フーズの広報担当はどこ吹く風。

「もともと、松屋はご飯ありきのお店。だから、開発する時も特に『ナシ』という人はいませんでした。ただ、ご飯と合わせた時においしく食べられるよう、味付けにしょうゆを使ったり工夫しているんですよ」(広報担当)

 シチューの恋しいこの寒さで火がついた「アリナシ論争」は、同じく冬の大定番「おでん」にも飛び火。つまり、おでんをご飯のおかずとして食べるのかそうでないのか。また「シチューにご飯」という組み合わせから、「ラーメンにご飯を浸して食べるか否か」の論争まで巻き起こっている。

 ウチでは当たり前のことが、お隣さんの食卓では非ジョーシキ。食卓を巡る男女400人の「アリナシ」大調査からはそんな現実が浮き彫りになりました!

【結果】
アリ派:62.2%
ナシ派:37.8%

 アリ派からはこのような意見が。

「おかずとして食べたいから、コンソメを入れたりしてご飯と合うような味付けに調整する」(40代男性)

「食べ盛りの子供3人がいるので、パンよりご飯のほうが安く済む。いわばカレーライスのようなものですね」(30代女性)

 テレビ朝日の宇賀なつみアナ(30才)は『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)で、「パンもいいけど、ご飯と合わせるとまた違ったおいしさがある」とあくまで中立を貫いた。

※女性セブン2017年1月19日号

まあこのブログで態々取り上げるほどのネタなのかかなり微妙だけど、せっかくの3連休なのに他にもこれといったネタがなかったのであえて。

長屋王が反対した、聖武天皇生母の藤原宮子の呼称問題も大多数の庶民達にとってはどーでもいい話で、長屋王も藤原氏にも過剰な対抗意識持たないでもっと柔軟に対応していればああいう最期にはならなかったかもしれなかったけど、この所謂シチュー&ご飯有り無し論争で騒いでいる人達って、この定食が販売開始になったせいで、他の期間限定定食が販売終了になって、食べられなくなったのにいじやけているのか?でも違うでしょ?そうじゃないでしょ?

例えば縮小する前の東京チカラめしや天丼てんやは茨城には店舗が無くて、私事で恐縮だけど、前者はたまたま野田まで行った所、帰りにチーズ牛丼買ったけど、後者は同じ千葉県でも市川市の南行徳方面まで行くがてらふもと赤鶏天丼弁当買おうと思ったら道が混んでいてそこまでいけなくて結局買わないまま帰ったオチでしたが、松屋はほぼ全国どこにでも店舗あるし、そんな事ないでしょ?食べたいと思えばすぐ食べに行けるでしょ?

最近も原発いじめとか、電通社員自殺事件とか起きた、特有の歪な同調圧力が見られる日本らしい論争(電通については所謂鬼十則は吉田秀雄が社長だった時はそういう意識を持たなければ生き残れない時代だったのだろうけど、時代が変われば必要なものだって変わるのだし、教条主義でもあるのですよ。)とも言えるし、松屋も吉野家やすき家とかライバル牛丼チェーンとの差別化とか色々企業努力しているのだろうけど、食べたければ食べればいいし、食べたくなければスルーして食べなければいいだけの話でしょう。別に難しい話でも何でもない。

そう言えばまた、ガリガリ君コーンポタージュ味も実際食べてみたら案外イケた味で悪くはなかったとも思いましたが、他人がご飯に甘いクリームアイスをぶっかけようが、パンに唐辛子を塗りたくろうが知ったこっちゃないです。迷惑かけない限りは全く個人の自由です。あともう少しで成立するトランプ政権、トヨタ(個人的にはあまり好きではないけど)も標的にされていて、日本にもどのような形で影響が及ぶのか予断を許さない状況なのに、ホント平和だなあと言うか・・・・・・・・・

「君の名は」とか「シンゴジラ」とかをディスっていた井筒監督とマツコ・デラックス氏の某対談も・・・・・・・後者はまだ鋭く本質をついていた面もありながらも、「ヘンタイさんが後ろ指さされたり、白い目で見られながらもコツコツと築いてきた」とかそのアニメ観には強い偏見も(まあ確かにさあ、「?」な内容の深夜アニメも目立ってないわけでもないけど。「艦これ」もいつの間に劇場版も公開されてしまった様だけど)垣間見られ、まあ所詮その程度の人なんですよと言うか、正直出てきた直後からマスコミや取り巻きが面白がっているだけで、「マトモじゃない」認定していたんで、別に失望とかはしなかったけど、自己中心的で自分の狭い価値観に囚われて、他人の価値観を理解できず、理解しようともせず、過剰に騒ぎ立てたって日本人だろうが外国人だろうがマトモな神経の人には嘲られるだけで何のプラスにもならないです。所謂「サカ豚」とやらもその典型例な様ですが、クリームシチュー&ご飯定食が出たぐらいで、それが一体日本人各々の将来の生活にどう影響するというのか?せいぜい松屋の社員達だけで、大多数には殆ど影響なんてないでしょ?個人的な嗜好の域を出ない話でしょ?もっと関心持って、真剣に議論できる様にもした方が良い話がいくらでもあるでしょ?年金問題とか慰安婦問題とか沖縄の基地問題とか、そういう事ですよ。

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2017/01/07

そうするにしても、もっと上手い嘘をつこう

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170107-00000044-dal-ent

木村拓哉 デビュー直後から笑いのセンスはメンバー随一!“笑いの師匠”明かす

デイリースポーツ 1/7(土) 14:44配信    

 12月末で解散したSMAPの木村拓哉のお笑いの才能は15歳の頃からメンバーの中でもずば抜けていたことを7日、大平サブローが生出演したカンテレ「胸いっぱいサミット!」で明かした。

 SMAPがまだデビューして間もない頃、テレビ番組でトリオ漫才を教える企画があった。メンバー一人ひとりと大平サブロー・シローが組んでトリオ漫才を披露したという。サブローはMCのますだおかだ増田英彦から誰が上手だったかを問われると「木村君」と即答。当時はまだ若かったため、面白いことを言おうとして、ついスベってしまうメンバーもいた。だが木村は別格。「まだ15歳くらいやったけど、素のまま表情変えずにボケるから笑いがドカーンときた」と振り返った。

 そんなエピソードに、共演者から「サブロー・シローさんがSMAPに笑いを教えた?」と問われると、我が意を得たとばかりにニヤリ。「SMAPの笑いの元は俺ら」と胸を張っていた。

大平サブロー氏も故人らしい相方と共に80年代の漫才ブームの代表的な存在となった大物らしく、だからジャニーズ事務所から、うちの木村、解散したばかりだけど今度ドラマにも出るし、イメージ回復の為にもマスコミにフォローしてくれとか頼まれたのでしょうね。しかし、同じお笑い芸人の田村淳氏が中島裕翔氏の痴漢疑惑や七連泊等の不祥事から反らす為にファン公言した以上に苦しいフォローですね。ヤフコメでも言っていた人もいた通り、ツッコミにそこそこ笑えた事はあっても、ギャグセンス随一とまでは思えないです。メンバーの中で一番そういう素質あるのは中居氏でしょう。まあそういう大物芸能人やマスコミを使って、恣意的なイメージ回復作戦やんなくても、「何を演じてもキムタク」とかの殻を破れれば彼に対する評価だって自然と変わっていくとも思いますが、どうかなあ・・・・・・・ガッキー&星野源氏の逃げ恥レベル(平均視聴率14.5%)とまでと言うか、視聴率15%が最低ノルマだよね、でも今のキムタクにはそれすら難しいノルマだろうなあ、下手すれば主演連続ドラマではワーストの安堂ロイド(実際見たら確かに残念ながら駄作認定せざるを得なかった)をも下回ってしまうかも?でもありますが・・・・・・・

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2017/01/06

巨人を意識するのは良いけど、阪神の2010年代は負け越しの可能性が

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170106-00000015-nkgendai-base

FA大補強をチクリ…阪神球団社長“天にツバ”する巨人批判

日刊ゲンダイDIGITAL 1/6(金) 12:23配信    

 鼻息は荒かった。

 5日に行われた阪神の年賀式。四藤球団社長が「東ですごい補強をした球団があるが、金本監督のもと、一丸となってやっていれば、結果はついてくると思う」と、巨人をチクリとやったのだ。

 このオフ、陽、山口俊、森福の3人をFAで獲得した巨人。助っ人、トレードも含めると、たしかに「すごい補強」をやった。だが、巨人関係者が聞いたら、「どの口が言うのか」と、苦笑いを浮かべる発言だ。

 阪神だってFAで糸井を獲得。新外国人も2人、米国から引っ張ってきた。

 93年にFA制度が導入されてからの獲得総数は巨人の23人(落合、清原ら)に対して阪神は11人(石嶺、金本ら)と差があるとはいえ、メジャー帰りの選手の獲得人数は、巨人の2人(柏田、小林雅)に対して、阪神は5人(伊良部、城島ら)で逆転する。

 金本監督はデイリースポーツの元日インタビューで、捕手と左のリリーフ投手を獲得する話が浮上していたことを明かした上で、「1人でも多く生え抜きを育てたいという思いがあった」「補強は必要だけど、補強依存のチームにはしたくはない」「補強は最小限」と語ったものの、カネを積んで補強をしたがるフロントの体質は、巨人も阪神も何ら変わりはないのだ。

 生え抜きの育成に定評がある広島や日本ハムが巨人をチクリとやるならまだしも、少なくとも阪神がどうこう言える話ではないだろう。

まあ別に批判と言うほどの発言でもないでしょでもありますが、とにかく巨人を自民共々暇さえあれば叩きたくてしょうがない、悪質なアンチ巨人がそのままペンを握った様な記事ばかりのゲンダイにしては「比較的マシ」な記事ですね。ここで、2015年までの巨人・阪神両球団にFA移籍した選手の成功度を〇、△、X(さらに〇と△は+と-あり)で評価してみたいと・・・・・・・異論はあるでしょうが・・・・・・・・・

巨人

落合・・・・〇、2度の優勝に貢献。打率3割も2度。
川口・・・・△、リリーフとしてメークドラマに関わる。
広沢・・・・×
河野・・・・△
清原・・・・△-、初のシーズン3桁打点の年もあったが、フル出場してかつリーグ優勝に貢献した年が一度も無かった。
工藤・・・・〇
江藤・・・・△+、2002年以降成績は下降。
前田・・・・△+
野口・・・・×
豊田・・・・〇-、リリーフ弱点の当時のチーム(2005年は4人以上の投手が登板した試合の勝率が3割台前半)において、一定以上の貢献を果たす。
小笠原・・・・〇、第四次黄金時代立役者の一人。
門倉・・・・×、野口と並ぶFA投手外れ補強。
藤井・・・・△-、1年目は7勝する。
村田・・・・〇
杉内・・・・〇-、但し2016年は一軍登板なし。
大竹・・・・△-、野口・門倉よりはマシだが・・・・・・・
片岡・・・・△-
相川・・・・△-
金城・・・・×
脇谷・・・・×

阪神

石嶺・・・・△-
山沖・・・・×、一軍出場のないまま引退。
星野伸・・・・×
片岡・・・・△、2003年の優勝に貢献。
金本・・・・〇、説明不要だろうが、鉄人として不動の主砲に。そして監督就任。
新井・・・・△+、打点王のタイトルを取るも、2014年の日本Sでは出番なし。〇に近い△+。広島に戻って優勝に貢献。
藤井彰・・・・△+、他捕手との併用起用が多かったが、2013年には盗塁阻止率リーグトップ。2014年の日本Sにも出場。
小林・・・・×、2012年は一軍出場なし。
日高剛・・・・×
高橋聡・・・・△+、貴重な左腕投手だが、防御率3.76はチーム平均よりも悪かった。新井同様〇に近い△+。

△+以上がまあまあ以上な評価ですが、巨人は20人中8人、阪神は10人中4人、しかし、〇だけなら、巨人は6人に対して阪神は1人ですね。ゲンダイの記事でも言及されていた海外帰りは巨人は柏田選手がそこそこ働いて、小林雅選手は実力を発揮できなかったけど、1年で移籍したからまだそこまで目立たなかったかも?対する阪神は5人中、福留選手が、日本S出場と昨年の打率3割を考慮して何とか△+かなあですが、他の4人は伊良部選手も2003年の優勝に貢献したけど、働いたのはその年だけでは△かなあだし、福留選手だけがまあまあ成功している感じですね。

FAで一番成功しているのはソフトバンクでしょうね。ダイエー時代は石毛・田村・山崎慎各選手の失敗例もあったけど、ソフトバンク時代以降は目立った失敗は無く、現監督の工藤・小久保(古巣への復帰)・内川各選手の他にも細川選手はベストナイン&ゴールデンクラブに選出された事もあったし、中田選手も勝ち星と投球回数は減少気味ながらも、CSで6勝挙げている等、短期決戦に弱い印象が強かったチームにあって、2014・15年の連続日本一には欠かせない戦力でした。

巨人も正直補強するのは良いとして、その為の金かけすぎじゃね?ですが、阪神も・・・・・・・まあFA以前からアルトマン氏やパリッシュ氏等他球団での実績あった助っ人外国人選手も良く獲得していたけど、間違いがなければ1980・90年代が負け越しとなってしまった後の2000年代、727勝659敗32分の勝率0.525で、巨人戦は4シーズン勝ち越し・負け越し、2シーズンタイの128勝121敗6分と実に1930年代以来の年代通算勝ち越し(2リーグ制以降1999年までの50年間では巨人戦勝ち越しはわずか6回と8年に1回の割合だった)を果たして、漸く伝統の一戦復活かと思いきや、2010年代は去年まで483勝490敗33分の勝率0.496と再び負け越しに転じてしまい、巨人戦もメークレジェンドを許した2008年以来再び勝ち越せなくなり、それでも2009~2011年は何とかタイだったのが、以降は負け越し続けています。2010年代の対戦成績は68勝94敗8分と大きく負け越してしまっていて、過去の年代では98勝137敗7分だった1950年代に近いペースです。去年は甲子園でなかなか勝てなかったのが特に響きました。なお巨人は1990年代は715勝600敗2分の勝率0.544だったのが、2000年代は2006年までは508勝461敗16分の勝率0.524だったのが、第四次黄金期の到来で巻き返し、2000年代は761勝627敗29分の勝率0.548で90年代を僅かに上回り、2010年代は去年まで548勝419敗39分の勝率.567とさらに巻き返し、去年は広島に17.5ゲーム差もつけられましたが、2007年以降今の所はBクラスも負け越しもない状態です。

ちなみにMLBではヤンキースVSレッドソックスは90年代がヤンキースの64勝60敗、00年代が同97勝83敗、ヤンキースが弱体化してきている10年代が去年まで65勝65敗の全く五分と00年代は勝ち越したのが2004年だけながらもリーグ優勝決定戦でもまさかの・・・・・・・だったのですが、通算でもヤンキースが1183勝996敗の勝率0.542と阪神に対する巨人ほどではないにせよ、大きく勝ち越している事(同じ伝統のライバルでは、ジャイアンツVSドジャースおよびカブスVSカーディナルスはいずれも前者が勝ち越しているが、ヤンキースほどではない)を考えると90年代以降は比較的レッドソックスも善戦していると言えるでしょう。2011年に7年ぶりに勝ち越して以降、大きく勝ち越した年も見られる様になりましたが、レッドソックスも21世紀、既に3度も世界一にもなっている一方、2010年代は地区最下位も3度経験しており、今年もオルティーズ元選手が抜け、上原選手もカブスに移籍したので戦力ダウンは免れないでしょう。話がそれながらも、阪神も全く若手起用に消極的なわけでも無いようですが、またダメ虎に戻るのか、それともレッドソックスやジャイアンツ(2010年代に隔年ながらも3度の世界一)みたいに強豪復活となるのか正念場でしょうね。巨人も四番打者も立て続けに補強していた時なんか迷走してましたが、巨人以上に「補強した割には・・・・・・」な戦績なのは否めないでしょう。まあ阪神って戦後は15~20年に1・2回優勝するジンクスがある様で、CS制のおかげで日本シリーズには2014年にも出れる様になったけど、次の優勝はやはり2020年頃で、金本監督も安藤統男氏みたいに「後任監督時の優勝の下地を作った」とそれなりに評価されるにとどまるのかもですね。

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2017/01/04

新テニスの第203・204・205話-「今度の相手は仮面ライダーWのフィリップ?詐欺師の秘策!!そしてバルログ・アトーベ様は・・・・・・」

2017年2月号の表紙を飾ったのは、もうすぐTVアニメ版新シリーズ放送開始という事で青の祓魔師の登場キャラ面々でした。そう言えば、弟役の福山潤氏の、某巨大掲示板でのアンチスレも先日目にしたけど、スクエアでの岡本信彦氏と一緒に受けたインタビュー(今月号も原作者の加藤先生や中井和哉氏と共に応じたインタビューが掲載されている)も「こいつ主役じゃないのに何偉そうな事言ってんだよ。」とか「自分が主役である時とそうでない時とで共演声優に対する態度違くないか?」とか、かって声優グランプリ2007年9月号で上半身ヌードを披露した事等共々叩かれてましたね。確かに、まあ相撲声(特に印象に残った作品ではトッキュウジャーがそんな感じだったかな?)と言うか、やや演技不自然に感じられた作品もないわけではないですが、そんな嫌われるような人なのでしょうかね。まあ例えば松岡禎丞氏などは例の「かんけーし」事件とか内海賢二氏の病死をネタにしたツイートとかはさすがに擁護しかねますが・・・・・・・

まあそれはともかく、今年初の新テニプリ感想です。ラジオでもしっかり母国の敗戦の報を聞いていた様である、美形参謀ノアでしたが、表情と言っている事が一致してなかったですね。対する兄のドルギアスは「使えねぇザコ共」と吐き捨てる様に酷評して、次の出番を待っていたダブルスコンビにコンディションとか確認していた様ですが、その片割れ、どこかで見た様な?

https://twitter.com/LAAAAAAP/status/503789624196476929/photo/1

これは仮面ライダーWという特撮番組でのW主人公だったフィリップ&祥太郎(それぞれ菅田将暉、桐山漣各氏が配役)の画像が載っているあるツィッターでのページですが、対してこれは・・・・・・・・・・

2017021

今度は金髪に染めた様だけど、やっぱフィリップだ!!wwwお前こんな所で何してんだ!!wwwいつからテニス戦士になったんだ!!wwww翔太郎はどうしたんだ!!

日本代表は天才くん(不二)と小泉(仁王)が出る様で、精神統一をしていた様ですが、ドルギアスへの復讐の機会を狙っていたかと思われる我らがバルログ・アトーベ様も「お前ら次の試合・・・・負けるぞ」な不吉な予言をします。

試合が始まり、フィリップはこの人間の姿をしたテニス星人達ばかりの世界ではミルキー・ミルマンと名乗っていて、学年も中学二年らしいけど、まあそんなのはどうでもいい。しかし、やけに「~ス」語尾で話していたけど、フィリップってこんなキャラだったっけ?彼の必殺技はTachyonと言ったらしいけど、これがまあ、特撮戦士としても先輩な月光仮面(越智)のマッハよりも速いらしい。小泉も無策ではなく、後ろ限界まで下がってフィリップの十八番の必殺技を返そうとするも、翔太郎じゃない、ユアン(マック・マクレガー)という相棒が返してゲームはオーストラリアの1-0に。

観客達が歌っていたのはどうやらオーストラリアの国歌だった様で、ますます流れがヤバい事に・・・・・・と思いきや、小泉は誰にもイリュージョンする様子を見せない!!ゴウキ(鬼)や晴信(真田)もそんな彼の様子に驚きを隠せない模様。特に晴信は必死に檄を飛ばすも、あくまでオリジナルで行く様である。それでも3-3と善戦していて、この世界では繰り返し言及する様にユアンという新たな相棒と組んでいるフィリップも心底ゲームを楽しんでいた様である。

シーソーゲームの様相となっていったけど、ここで天才くんも負けじと羆落としを、これがまあカッコ良く決めてくれて、本来の返し技中心のスタイルで大きくアピールしてくれた。さあ、ここで今月のテニプリ語録だ!!

「アンタ等凄ぇースから・・・・・・最後にもっと速いヤツ見せたげるっス!」

そんな事言ったフィリップが繰り出した超必殺技はNeutrinoだ!!しかし・・・・・・・・・・フィリップとユアンは確かに天才くんとは戦っていたが、小泉とは戦っていなかった!!彼らが戦っていたもう一人の男・・・・・・それはアトーベ様?自分を他人にイリュージョンしたのではなく、他人を自分にイリュージョンさせて戦わせていたのか?ゲームは6-6でタイブレークとなったけど、勝負の行方やいかに?

何だかここ最近薄味風味になって、ややテニプリらしさがスポイルされていた様に思えましたが、フィリップの登場にイリュージョンしなかった小泉とアトーベ様の意外性と流石許斐剛大先生!!予想もつかない演出を魅せて、今回は久々にかなり笑えましたね。アトーベ様はストⅤでも、鉄拳7でも登場した豪鬼(デッドオアアライブでもいつの間に?そう言えばまた、不知火舞も今年の大河主人公でもある井伊直虎共々参戦した様ですが)とも戦う様になったけど、ドルギアスへのリベンジ第一章と言った感じですか。

そう言えばまた、4月からは氷帝を主人公としたミュージカルが上演予定らしく、桐山氏もテニプリミュージカルでの共演経験がある一部面々とも仲が良いらしいですが、デビュー時は仮面ライダーシリーズ最年少主人公ながらも彼以上の出世を遂げている菅田氏も暗殺教室に銀魂に、デスノート、そして2月号でも宣伝ページ乗っていたけど、帝一の国もと最近ジャンプ系漫画の実写化作品にも結構縁がありますね。

テニプリにも、ミュージカルか実写映画版続編にでも出演してくれればなおウケるのですが、そうですよ。その調子ですよ!!許斐大先生!!青の祓魔師は前述した通りですが、双星の陰陽師も、アトーベ様も出演されているけど、ジョジョシリーズも記憶に新しい、殿(徳川)でもある小野D氏も新たなキャストに迎えてテーマ曲も一新、ゲームも発売予定な様で、本編でも男女の入浴シーンも見られましたが、TO LOVEるもネメシスが大胆なハーレム計画を公言して、アレも丸見えな定番のエロも交えながら、表紙で着物を着ながら照れ笑いしていたのも普通に可愛かった春菜ちゃんがついにリトに告白した。

どうしても好き嫌いは別れる作風なのは否めないながらも、実生活であの様な酷い目にもあいながらも、こういう漫画を描き続けられる矢吹先生もやはり武士のならぬ漫画家の一分を持ったプロなのだろうけど・・・・・・・・・・・憂国のモリアーティもついにみんな知っているあの人が登場?新連載のBLACKTORCHも画線がやや汚い等雑さも感じられながらも、一定の期待も持てそうでしたが、許斐大先生も負けてられない!!今年は是非紅白歌合戦にも出場して、グダグダになってしまった去年の汚名も挽回してもらいたい所である!!「お前、いつまでそんな妄想垂れ流しているつもりなんだ」と思うかもしれないけど、それは違う!!「テニプリっていいなあ」でもその美声と笑いで全国のファンを感動の渦に引き込んでくれたけど、それぐらいの快挙を成し遂げないと、集英社専属のアーティストになった意味はないっ!!ネスカフェのCM出演ぐらいではまだ足りない!!2017年、しょっぱなから良い意味でエグイ変化球を投じてくれた大先生ですが、今まで以上に「神ってる」ドラマが見られると信じて疑わない!!であります。

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2017/01/02

民進も大概だが、いい加減右左いずれかに偏り過ぎ?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170102-00000507-san-soci

「菅直人を応援する会」事故損倍、山尾志桜里氏「ガソリンプリカ」…ザル法でやりたい放題のセンセイ

産経新聞 1/2(月) 12:15配信    

 「政治とカネ」の問題が浮上する度に抜け穴が指摘される政治資金規正法。平成27年の政治資金収支報告書などでも相変わらず不透明な支出が目立ったが、規正法には政治資金の使途に明確な制限がないため「カネの『出』について、適否を判断するのは難しい」(検察幹部)のが現状だ。実態は政治資金のあるべき姿からはかけ離れている。(大竹直樹、今仲信博)

 ■菅氏側から回答なし

 「政治資金で交通事故の賠償金を支払ったケースは聞いたことがない」

 政治資金に詳しい立正大の浦野広明客員教授(税法学)が疑問視するのが、菅直人元首相が代表を務める「菅直人を応援する会」の収支報告書の記載。昨年6月12日に「交通事故損害賠償金」として、女性とみられる人物に45万5227円を支出していたためだ。

 24年12月の衆院選の選挙期間中、菅氏の乗った選挙カーが東京都府中市内の交差点で中央分離帯の鉄柱にぶつかり、菅氏と選挙スタッフら計3人が病院に搬送される事故があった。

 産経新聞社は11月24日、菅氏の事務所に対し、政治活動費からの支出理由などを質問した。その後何度も事務所側に質問に対する回答を促したが、12月末現在、菅氏側から回答はない。

 浦野教授は「政治活動に関連するのかどうか。政治活動に関連するというのであれば、事故の内容がどういうものだったのかということによる。それをきちんと説明すべきだ」と話す。

 ■1年間で地球2周分

 「使途がブラックボックスになっている」。日大法学部の岩井奉信教授(政治学)がこう懸念するのが、ガソリンのプリペイドカード(プリカ)だ。プリカを支持者らに配布することもできるため、岩井教授は「プリカの使途も公表すべきだ」との考えを示す。

 民進党の山尾志桜里前政調会長が支部長を務める「民主党(現民進党)愛知県第7区総支部」の収支報告書。支出先に「ガソリンプリカ入金」の文字が並ぶ。27年の1年間で計50回、2万~3万円のプリカを購入。計104万円分を計上していた。1日に2回、2万円のプリカを購入していた日も。5月21日~30日には、プリカ8万円分と、現金でガソリン2万円分を支出していた。10日間で10万円分のガソリンを購入したことになる。

 石油情報センターなどによると、愛知県内で昨年販売されたレギュラーガソリンの価格は1リットル平均約135円。燃費10キロ程度の車の場合、1年間でほぼ地球2週分(約8万キロ)に相当する延べ約7万5千キロを走行した計算になる。

 同支部では今年3月、24年に多額のガソリン代を計上した問題が発覚。山尾氏は12月27日、名古屋市内で記者会見し、元公設秘書が23~24年に165件、計217万円の不正利用を認めたと明らかにした。山尾氏は金の使途について、「元秘書側に確認できなかったが、総支部や後援会などの政治活動に使われた事実はない」と説明した。

 ■「プリカ購入は問題」

 プリカを購入していたのは支部から約300メートル離れた同県尾張旭市内のセルフガソリンスタンドだ。自動販売機で販売されているプリカでタイヤなどの物品を購入することもできる。スタンドの従業員は「セルフだから誰が買ったかも、ガソリンに使われたかも分からない」と話す。

 支部では5~7台の車を使っているといい、事務所は「法令に従い適正に処理している」としている。

 ちなみに、山尾氏と同じ愛知県選出の議員では、民進党の古川元久税制調査会長が代表を務める「ふるげん未来塾」と「民主党(現民進党)愛知県第2区総支部」が「ガソリン代」として27年の1年間にガソリンプリカを計54万円分を購入。同党の岡本充功衆院議員が代表を務める「民主党(現民進党)愛知県第9区総支部」は「ガソリンプリカ代」として計6万円を計上していた。

 古川氏の事務所は「プリカは事務所として3枚所有、管理しており、街宣車を含めた4台の車が政治活動を行う上で給油が必要な場合に限って利用している」と回答。岡本氏の秘書は「プリカを使うとガソリンを一番安く入れられるのでプリカを使っている」と説明。「不適切な利用は一切ない」としながらも、「何月何日に誰がどのくらい(ガソリンを)入れたとかの記録はいちいちしていない」と話した。

 日大の岩井教授は「プリカを払い戻せば裏金をつくることもでき、プリカの購入には問題がある」と指摘している。

 ■「出版不況で買い取り」 

 民進党の小西洋之参院議員が代表を務める「小西ひろゆき後援会」は、小西氏の自著の購入代として政治資金から計約260万円を支出していた。

 収支報告書によると、後援会は27年9月9日、自著「私たちの平和憲法と解釈改憲のからくり」の購入代として、約1200冊分の194万4千円を発行元の出版社に支出。11月と12月にも計約260冊分、約42万円を同社に支出した。

 また、別の出版社から刊行された自著「日本を戦争する国にしてはいけない」の購入代として、11月30日に約320冊分、23万5千円を支出していた。

 26年にも自費出版の自著の購入代として約319万円を支出していた小西氏。産経新聞の取材に「出版不況の中、著者が買い取りしないと出版できない。安い印税は入っているが、まっとうな政治活動だと思っている。政党交付金は使っていない」と話した。

 ■判あれば氏名代筆OK

 「記名押印または署名とし、署名は必ず会計責任者本人が自署してください」。収支報告書が真実であると誓う「宣誓書」には備考欄にこう書かれている。

 だが、判が押されていれば、宣誓書の会計責任者の氏名も事務担当者らが代筆できる。実際、ある東京都議の関連政治団体では、宣誓書に会計責任者ではなく、事務担当者が記入していたことが判明した。

 会計責任者が異なる複数の政治団体で筆跡が酷似。日本筆跡鑑定協会指定鑑定人のトラスト筆跡鑑定研究所(相模原市)が鑑定したところ、すべて「同一人の筆跡」と認定された。

 代筆については21年7月3日、衆議院で開かれた政治倫理の確立および公職選挙法改正に関する特別委員会でも議題に上った。政府参考人として出席した総務省の担当者は「会計責任者に事故がある場合、あるいは欠けた場合に職務代行者が宣誓書の署名することはあるが、ごく例外的」との見解を示している。

 岩井教授は「署名欄に異なる氏名を記載していたことになり、虚偽記載に当たる可能性がある」と指摘している。ただ、実際は判が押されている限り、会計責任者が宣誓したものとみなされ、「印鑑が押してあれば、会計責任者の自筆でなければいけないということはない」(東京都選挙管理委員会)のが現状だ。

 26年2月の東京都知事選をめぐり選挙運動員に現金を配ったとして公職選挙法違反罪に問われた元航空幕僚長、田母神(たもがみ)俊雄被告の資金管理団体では、元会計責任者の後を引き継いだ税理士が収支報告書の作成に関わっておらず「名義貸し」だったことが判明した。

 報告書の提出先となっている総務省や各都道府県選管も、書式や記載の不備などは形式的にチェックするのみとされる。

 ■いまだ抜け穴多く…

 21年分の報告書から国会議員の関係政治団体については政治資金監査人制度が始まった。だが、弁護士や税理士らによる監査でも、収支の適切性まで踏み込んで調べる調査権限は与えられておらず、実効性に疑問が生じている。

 政治資金規正法は昭和23年、政治資金を国民が監視することなどを目的に制定された。「規制」ではなく政治家自身が襟を正す「規正」という言葉が用いられている。

 規正法には「政治資金の収受にあたっては国民の疑惑を招くことのないよう公明正大に行わなければならない」と理念が記されている。自由な政治活動を保障する観点から、一部を除いて使途は制限していない。そのためか、同法にも支出を含めた「収支」ではなく「収受」と記されている。

 とはいえ、政治資金の「公私混同」問題で辞職した東京都の舛添要一前知事のように、国民感覚ではおよそ納得できない支出も相次いでいる。今のままでは、規正法は抜け穴の多い「ザル法」と言わざるを得ないのが現状だろう。

そうねえ、蓮舫代表も糸魚川事件の視察の件についての発言は「ダメだこりゃ」と言うか、この人はまず自分がカッコよく目立っていれば良いのであって、政治家になってしまったのがそもそもの大間違いだったのだろうなあと改めて認識せざるを得なかったのですが・・・・・・・

この産経の記事も、規制法の抜け穴の多さ等もそれなりに問題点として提起していて、ただの民進ヘイト記事だとも必ずしも言い難い面もいくつかはあるけど・・・・・・・・・靖国も慰安婦問題も日本人も(日本人がと言った方がもっと正確か)問題を何倍も大きくした、笑えない事実がある様だし、そうした問題とか悪くない事、やってもない事までやったと言われて、子孫までいつまでもそうした過去の過ちについて責められてもいて、悔しい気持ちも分かるけど、右が左か、いずれかに偏った人達が大半で、戦後70年が過ぎても依然近現代以降の歴史認識等歪で、そうした歪さが日本人の進歩を大きく妨げ、逆に劣化してきている様に思えますね。

産経新聞のこうした一連の政治関係の記事もそうした歪さ、劣化とかを象徴している感じで、左についても福島の放射線被害についてもプラカードでの集会等で騒いだだけでも世の中変えられると勘違いしているから、実際よりも被害が今もなお酷い間違った印象操作してしまっていて、原発いじめだって余計起きているけど、そのふがいなさに愛想をつかしている若者の有権者達も自民しか選択肢を見いだせないんだと言っていたある人の記事も目にしたけど、右も天皇陛下の生前退位について検討する有識者会議、wikiでのページ見ただけでもこれヤバいわというのがすぐ分かるほどの右寄りな日本会議のメンバーが多く参加している様ですからね。明治の時なんて男はまだおそらく平均寿命30代後半~40代前半(勿論乳幼児の死亡率も高かったから、成人した人に限定すれば、50代前半ぐらいだっただろうが)で、将来の高齢化社会の事とか想定されて無かっただろうし、そりゃ止めたくなったからすぐ止めまーすなノリも問題だろうけど・・・・・・・

オランダとかルクセンブルクとかスペインとか欧州の君主達も何人かは大体70代後半ぐらいで生前退位している様だし、日本の天皇は彼らとは性質は大きく異なるけど、退位予定らしい2018年11月には間に合わなくても、安倍総理の思想の近い人達ばかり集めないでもっと色んな考え持つ人達も参加させて、皇室典範の改正とかまで突っ込んだ議論すべきだとも思いますが・・・・・・・・明確な定年制ではなくとも、もう75歳過ぎたら今まで以上に定期的に健康状態等観察して、日常的な公務を支障なく行えるかどうか宮内庁も慎重に配慮するなりしてね。

要するに、自分は高齢で公務等の負担に耐えられるのかも微妙になってきたら、今の天皇陛下に「限らず」、そうした状態とか鑑みた上で引退させてあげていいだろな考えですが、あと昨年末の真珠湾訪問と靖国参拝についてもね。

ブログ「世に倦む日日」でも管理人の田中宏和氏は前者について、「陳腐な和解プロパガンダ」であると評していて、ハルノートについて触れなかった事についての批判や東京大空襲・原発投下等の「真の和解への宿題」の存在について言及していて、この人は安倍政権や安倍総理に前々から批判的ですが、直後の安倍総理に思想が近い稲田防衛大臣の靖国参拝もですね・・・・・・・

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11118691916

まあ既に1955年頃にはB・C級との区別はその罪の重さではなかったらしいA級戦犯も法務死扱いとなって、これには共産党や旧社会党も賛成していた様だし、いつまでも戦争犯罪者扱いするのも法治国家のやる事じゃないのだろうけど、一方でこのyahoo知恵袋のベストアンサーでも言及されていた通り、サンフランシスコ平和条約で「極東軍事裁判所の裁判を受諾」している立場も堅持している様である。

田中氏も言う様にアメリカに追い込まれた面もあったし、戦犯かどうかは取りあえず置いといて現在もそのツケを払いきれないでいる戦争を指揮してきた人達まで靖国に祭るのは積極的に肯定はしないけど、我が国の政治家先生達や右寄りの人達がしばしばどや顔で強調している、外国の要人政治家・軍人達(同盟国では戦時中のエースパイロットで、戦後はNATO軍事委員会委員長、大将として軍歴を極めた故ヨハネス・シュタインホフ氏等も参拝している)の中で誰々がいつ参拝したとか自分はぶっちゃけそんな興味ないです。

過去の過ちに目を背け、悪い事も何でも言い様に見せてそういう戦争も正当化するつもりでなければ、靖国参拝も別に悪い事でも何でもないでしょ、他国(中韓とあとはアメリカぐらいか)に文句言われる筋合いもないでしょ、政治家先生達にそんな暇ないだろうけど、毎日でも参拝してくれ、俺は知らんだけど、状況的に「いつやるの?今でしょ?」だったのか?真珠湾訪問と矛盾してないか?チグハグしてないか?(田中氏の指摘する「陳腐さ」故に余計)ですね。以前から参拝もその戦略的意味とかも指摘されていた様だけど、それなら改めて真珠湾訪問する必要なかったし、その見返りだから行かざるを得なかったのだろうけど、そのアメリカの責任とか突っ込んで言及されたわけでも無かったし、被爆者の方々に怒られるのを承知の上でさらに言うけど、オバマ大統領に広島に態々来てもらう必要も無かったよねですね。

いくらゴルフを楽しみたかったと言っても、アメリカにも実際文句言われようが、別に「それ自体」は悪い事ではないから、堂々と正論述べれば良かったのにノーコメントでは歯切れ悪かったでしょ、アメリカにもっと怒られるのが怖かったのか?

まあ大事なのはもうあと少しでトランプ氏が新大統領に就任するのだし、以前にも民進に朝貢だとか的外れな非難されようが、トランプ氏と会って会談してきたのだから、そうした会談もどの様に日本の国益にかなえていくか等反映して、経済に限らない、道半ば「ですらない」改革を進めていくかですが、要するに、右に偏っている人も左に偏っている人も特に安倍総理や稲田大臣等をはじめとする前者ですね。内弁慶ともしばしば揶揄されているけど、そうした偏りも故に何がしたいのかイマイチ良く分からないし、彼ら自身も何をすべきなのか良く分かってない様にも見えるんですよね。欧州でも移民やテロ事件等そうした右傾化は日本以上な様で、特に某女性が行方不明になった事件も起きたフランスがヤバそうですが、尾崎豊氏風に言うならばいい加減「この左右二元論からの卒業」しないか?ですね。

「YOUは何しに日本へ?」とか「日本スゴイ、日本万歳!!」なバラエティ番組が目立ってきているのも、現在もそのツケを払えないでいる過去の失敗を忘れ、現在の問題点から目を背けている様に見えて、とても建設的ではないですが、これは2020年東京オリンピックも控えているがゆえに猶更大きな「宿題」であるとも思えます。昨年大みそかにも一度同じ趣旨のエントリー投稿したのを削除して、今回改めて長々と述べましたが、天皇陛下曰く「心安らかに過ごせる」未来が来るか否かもそうした絶対破らなくてはいけない「殻」を破れるか否かにかかっていると信じて疑わないのだけど・・・・・・・・・・

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マカオも祝日多いね、2017年カレンダー

http://holidays-calendar.net/calendar/macau_calendar.html

家族が録画した紅白、結局一部始終だけ見て、グダグダながらも郷ひろみ&土屋太鳳両氏の「言えないよ」とかは心憎い(?)演出とか見られて良かったと思います。土屋氏は正直あまり好きではなかったけど、女優・ダンサーとして最近良く頑張られている様で、個人的に演技微妙だった某アニメ(満島弟や高山みなみ氏らと共演)でも、多忙でそこまでの時間なかっただろうし、もっと本業並みに練習していればもっと良い線行っていたかもしれないですね。

その紅白にも当然姿を現していた松潤の二股について触れた過去エントリー、もう昨日までで既に4000以上アクセスあって、この先なかなかそういうエントリー書けないだろうで、今回の話も勿論そうならないだろうけど、マカオの2017年カレンダーのページですね。どうやら土曜日と祝日が重なった時も振替休日が発生する様ですが、特徴的なのは中華圏とキリスト教圏の祝日が併存していて、冬至やクリスマスイブまで祝日ですが、数えていたら20日も。今年16日(土曜と重なったのも含む)の日本より多いですね。春は復活祭で、メーデー3連休と飛び石の仏誕節(釈迦の誕生日もあって、秋は国慶節(10/5も中秋節の翌日で祝日)、冬はクリスマスと旧正月で4連休または5連休が年に4回もあるんですね。

http://holidays-calendar.net/2015/calendar/macau_calendar.html

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10102805765

2015年も凄くて、特に12月は4連休⇒1日出勤⇒また4連休で、4連休以上5回・3連休5回もあった(同年の日本は6回だけど、まあ大抵の人は年末年始や盆も3・4連休以上の休み取りますものね)けど、今年のマカオの公務員等の休日は年間125日ですね。振替休日は適用されない土曜と重なる祝日が比較的多い日本の118日より多いです。まあ一般企業の週休二日普及率はどれぐらいかは知りませんが、公務員は香港(2006年)や台湾(2001年)、韓国(2003年)より早く、日本(1992年5月)や中国大陸(1995年5月)より若干遅い1995年6月に完全週休二日となったらしいので、それなりには普及しているのでしょう。しかし、返還50年が過ぎた2050年には中国と同じ政治体制になる予定なので、減ってしまいますね。まあ、その時には中国の祝日がもっと増えている可能性(もっと言えば、中華人民共和国自体が・・・・・?)もあるし、カンボジアはもっと祝日多くて、年27日もあるらしいですが・・・・・・

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2017/01/01

ついに山崎賢人のリーゼント仗助姿が公開されたが・・・・・・

https://news.nifty.com/article/entame/movie/12206-97127/

2017年は“ジョジョ”イヤー! 山崎賢人、東方仗助のビジュアル公開

 

 

原作同様の個性的な髪型、学ランに身を包んだ山崎賢人

映画「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」(8月4日公開)で山崎賢人扮する主人公・東方仗助のビジュアルが1月1日、解禁された。硬派な学ラン、意志の強さを物語る眉、個性的なヘアスタイルでビシッと決めた実写版・仗助のビジュアル公開で、2017年“ジョジョ”イヤーが幕を開ける!

原作は、’87年の連載開始から30周年を迎えシリーズ累計発行部数1億部に上る超人気コミック。19世紀末のイギリスから始まる名門“ジョースター家”の代々の戦いを描いた大河ストーリーで、ルーブル美術館に作品が展示され、グッチとコラボレーションを行うなど海外でも高い評価を得ている。今回映画化されるのは、日本を舞台にした第4部『ダイヤモンドは砕けない』。架空の街“杜王町”に住む高校生・仗助とその仲間たちが“スタンド(具現化した精神エネルギー)使い”との出会いや戦いを通して町を守り、成長する姿を描く。

実写化は今回が初めてで、ことし映画「一週間フレンズ。」「斉木楠雄のΨ難」にも主演するなど引っ張りだこの山崎が主人公・仗助を演じる。山崎は制作発表会見でも「仗助は正義感があり、すごく優しくて、頼もしくて強い。人間としてカッコいいなと思いながら、この役をできることにすごく誇りを持ってやりたいです」と熱く語り、撮影前から筋トレに励んで体作りを徹底。満を持して、「グレート」という口ぐせと不良っぽいしゃべり方が印象的な主人公・仗助像を作り上げた。共演には神木隆之介、小松菜奈、岡田将生、真剣佑、観月ありさ、國村隼、山田孝之、伊勢谷友介と錚々たるメンバーが顔をそろえ、東京とスペイン・シッチョスで行われた撮影もすでに終了している。

普段は温厚だが自慢の髪型をけなされると激昂する仗助だけに、公開されたビジュアルでもツヤツヤに固められたヘアスタイル、胸元と襟元にアクセサリーがついた学ランが異彩を放つ。特徴的なビジュアルについて、山崎は「仗助自身、髪型と服装にすごくこだわりを持っているので、この髪型をセットして衣装を着ると仗助として気合が入る。仗助を演じるのに見た目から入るというのはかなり重要なことでした。そしてこの髪型と衣装はシッチョスの街にものすごく馴染み杜王町そのものだと思いました」とコメント。衣装と髪型にパワーを得た山崎版・仗助の活躍に期待が高まる。

カンヌ国際映画祭など国内外で高い評価を受ける三池崇史監督のもと、シリーズ化も見据えた製作体制で臨んでいるという大型プロジェクト。そのさらなる続報にも注目したい。

そうねえ・・・・・・・一応ジョジョファンだからこの話題にも触れないわけにはいかないという事で・・・・・・・・・・山崎賢人氏って今年既に4本も主演映画(原作はいずれも小説か漫画)の公開が予定されていて、yahoo映画レビューでもこのジョジョ実写版には既に評価がついてあって、「おいおい、まだ公開すらされてないだろ。」ですが・・・・・・・・

山崎氏にはこう言うと悪いけど、ミョーにカッコつけているけど、却って余計ダサくて、うすら寒い笑いを浮かべるしかなかったですね・・・・・・・彼はまた、ドラマ版デスノートでも半裸姿晒したシーンあって、178ある身長は(原作の仗助は180か185)ともかくとして、細いもんね。何と言うか、もっと「こいつがいれば、少々の困難な事態にぶつかっても何とかしてくれる!!頼りになる!!」な力強さが欲しいと言うか、欠けている印象を受けました。これでホントに吉良や宮本輝之助、音石(輝之助は裕也の貢献度も高かったけど)とかは勿論の事、アンジェロも倒せるのだろうか・・・・・・・山崎氏の俳優としての演技力以前の問題なのではと言うか、コスプレの延長の域を出てなくて、事務所の先輩でもある山田孝之氏に普通にオーラ負けしそうですね。

他公開予定の主演映画も、川口春奈氏との共演作でもある一週間フレンズ。は期待したいけど、氷菓もどうかなあ・・・・・・・「その内、イケメン俳優達も起用して実写化するだろう。」と前々から思っていたから「ああ、やっぱり」でもあって、ホリプロ所属のタレントが多く出演したインシテミルを目にした事がきっかけで他の原作者の作品共々殆どのシリーズ目にしてみた原作は、奉太郎や、「私、気になります!!」はナルトの「だってばよ」以上にくどく感じられたえるとかベクトルのズレた、毒にも薬にもならない変人ばかりで、正直肌に合わなかった(なお、インシテミルの方は映画版は駄作だったけど、原作はまあまあと言った所)し、斉木楠雄はそもそも原作自体一週間フレンズ。共々全く読んだ事がないですが・・・・・・・・・

ジョジョの話に戻れば、「アニメ版の声優に吹き替えやらせろ」とかの他にも「るろ剣みたいに三部作(それぞれアンジェロ・音石・吉良がラスボス)として構想しているのだろうけど、一作目で爆死して計画白紙になるだろう。」と言っていた人もいましたが、三池崇史氏も残念ながら薬物疑惑もクロなのであろう成宮寛貴氏主演の逆転裁判はまだそこそこながらも康一役でもある神木隆之介氏らが出演していた神さまの言うとおりは酷い駄作で最近ハズレの方が目立つし、そうなる可能性が高いかもと言うか、「ホント大丈夫か?」ですね・・・・・・・・

今年12月にシリーズ30周年を迎えるロックマンも本家の方では「最高傑作」とされている「2」の成功経験に囚われすぎていて、スマブラにも悪影響をもたらしていて、「9」は所詮「2」の亜流な、一時的な中興に過ぎず、それはとても5年10年維持なんか出来ないな配信開始直後からの私の「予言」もほぼその通りになった。ガンヴォルトやmightyno.9等で今のロックマン本家ではもはや出来ない事を一層やっていくしかなく、海外アニメ版もそうした「停滞」を打破する事は出来ないでしょう(ロックボードもどうした?あれも本家だけじゃなくてXやゼロ、ダッシュとか他シリーズの人間キャラもプレイヤーキャラにした等のリメイク作ればいい線行くんじゃないか?)が、同じく30周年を迎えたジョジョも・・・・・・・・・・・3部が当初かなり端折られた形で後半戦のみOVA化されて、前半戦も後にホリィ等一部声優は変更されながらもOVA化されるもコーラン騒動が起きてしまったかと思いきや、近年おそ松くん(おそ松さん)、セーラームーン、少年アシベ、ヤッターマン、ドラゴンボール等他の昭和期からの名作アニメ・漫画群も顧みられる様になった時代の「波」にも乗って、ついに4部まで完全アニメ化されて、それは小林靖子氏とか原作の世界観を良く理解されている人が関わられているから、原作プラスアルファの魅力を引き出し、そうした名作アニメ・漫画群の中でも大きな成功を収めていると言えます。(スピードワゴンの出番がカットされてしまったらしい劇場版ファントムブラッドは評判良くなかったらしいが、未見なので何とも言えない。と言うか、まず実写映画版よりもこっちの方を見てみたいけど)さらに発行部数が一億を突破したり、フーゴ等特定キャラに焦点を当てた小説版も何作か発表されたり、荒木先生がベストドレッサー賞を受賞されたり等の快挙も見られ、おそらくプッチ神父によって一巡した後の杜王町が舞台の8部も他の部とはまた違うサスペンスもので今後の展開に目が離せないとも思われますが、そんな節目も迎えた名作の、数々の快挙も帳消しにしてしまいかねない、黒歴史・悲劇として悪い意味で大きな一頁が刻まれるのではないかな不安がいっそう強くなってしまったと評さざるを得ないです。

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一昔前のMLB日程消化の一例その2

http://www.baseball-reference.com/teams/MIL/1979-schedule-scores.shtml

新年あけましておめでとうございます。一昨日・昨日と松潤の二股報道について触れたエントリーのアクセス数凄いんですけど、今年も自分のペースで色々興味持った事について語っていければ・・・・・・です。

さて、早速今年最初のエントリーですが、上記ページはbaseball reference内の1979年のMLBアメリカンリーグ東地区(当時。現在はナショナルリーグ中地区)に所属していたミルウォーキーブリュワーズの戦績についてのページです。何故1979年なのかと言うと・・・・・・・1960年まで長く16球団体制だったMLBは61年にアリーグが、62年にはナリーグが2球団新規加盟して20球団体制となり、NPBでも2004年には1リーグ10球団という愚かな選択をしてしまう所なりそうでしたが、当時まだプレーオフも無かったので当然消化試合がさらに増加しました。

まあ実際はアリーグは1964・67年、ナリーグはドジャースとジャイアンツが激しい優勝争いした1962・65・66年、カーディナルスとフィリーズがそうだった64年と混戦だった年もいくつかあったのですが、特にまた1968年が歴史的な投高打低な年だったのも追い風となったのでしょう。翌1969年には一気に両リーグ2球団新規加盟の2地区制となって、シアトルパイロッツがその一角でした。しかし、短期で移転し、ミルウォーキーブリュワーズとして再スタートを切り、これに怒ったシアトル市がMLBを訴えて、勝てそうになかったから1977年にアリーグだけさらに2球団新規加盟させました。シアトルマリナーズとトロントブルージェイズの事だったのですが、今の所、実は1961年以降両リーグ球団数が同じだった時期の方がまだ短いのです。

それまで同地区とは18回、他地区とは12回総当たりだったのがアリーグはそれぞれ15回、10回または11回となったのですが、1979年からは同地区とは13回、他地区とは12回と対戦数があまり変わらなくなり、しばらくこの方式が定着しました。東西各地区7球団となったのだから、2013年以降のア・ナ両リーグみたいに必ず1カードは組み合わせも代わり代わりの違う地区同士の対戦でが見られたかのかと言うと、それは違っていたのです。

注目すべきは9月の労働祭も過ぎたか過ぎないかのペナントレース最後の4週間8カードです。79・80・88年はブ軍(前述通り同地区15回、他地区10or11回総当たりだった1977・78年も)、81‐83、91年はブル軍(ブルージェイズ)、84‐87年はイ軍(インディアンス)だけが他地区チームとの試合ばかり消化していたのです。これがシカゴとかミネアポリスとかカンザスシティとか中西部だったらまだ良かったのでしょうが、オークランド・アナハイム・シアトルまでしばしば遠征した様だから移動距離の長さとかで不利だった想像は難くなかったでしょう。

1989年はヤ軍(ヤンキース)とイ軍、90・92年はヤ軍・ブ軍・タ軍(タイガース)、93年はヤ軍・イ軍・ブル軍・レ軍(レッドソックス)と、アリーグ2地区14球団時代の末期においては東地区チームは特定の一球団だけが終盤ずっと他地区チームとだけ対戦する例は少なくなりましたが、やはり移動の疲れとか影響したのでしょうか?元々ア東は創設当初から基本的にレベルが高い地区ですが、この様な日程を消化したチームでワールドシリーズに進出したチームはとうとう無かったまま1994年から3地区制に移行したのです。

逆にこの年(1979年)のブ軍はまた、4月5日にヤンキースタジアムで連続世界一となったヤ軍相手に開幕を迎えてから、5月13日のデトロイトでのタイガース戦まで1か月強11カードずっと同地区との対戦ばかりでした。ミルウォーキーとシカゴではシカゴの方が東に位置していて、もしブ軍が西地区所属だったら1987年も地区優勝して、82年同様ワールドシリーズもカーディナルスとの顔合わせになっていたかもしれませんが・・・・・・・「最後の8カード」、15年間ずっと同地区との対戦ばかりオ軍(オリオールズ)も1983年までは強豪(しかし、以降ワールドシリーズからは遠ざかり、近年も漸く地区優勝争いは出来るようになったが、バック・ショーウォルター監督はつくづく短期決戦には弱い様で今年も出場はならなかった。90年代後半~00年代前半のヤ軍黄金期も彼とジーン・マイケルGMコンビの「遺産」だとも言っていた人もいたけど、それでもプレーオフ2ラウンド制となって最多であろう世界一4度の栄光に輝いたのもまた事実であるジョー・トーリ氏の殿堂入りは「当然」でも、ショーウォルター氏も殿堂入りするには少なくともあと2球団でリーグ優勝するか、1球団でリーグ優勝かつ地区優勝も4回ぐらいしないと難しいと思う)で、1992年に1カード消化しただけだったレ軍もバンビーノの呪いこそ破れず、78年には去年のNPB・ソフトバンク以上の逆転V逸を喫してしまったけど、リーグ優勝した86年の他にも88・90年にも地区優勝しているのに対し、ブ軍やブル軍もそんな不利な日程にめげずに(?)強くなってはいった。特にブル軍は1991年もこういう日程じゃなければリーグ優勝していたかもで、ついに92・93年に連続世界一、特にまた93年にはジョー・カーター選手のサヨナラホームランで2地区制時代の最後を締めくくったけど、イ軍は地区優勝すら出来なかった。まあイ軍もそれから2001年までリーグ優勝2回・地区優勝6回の黄金期を築いた等、1994・95年のストも乗り越えてブル軍と入れ替わりに強豪に返り咲いて、去年も久々にワールドシリーズ出場を果たしたけど。

http://www.baseball-reference.com/teams/PHI/1983-schedule-scores.shtml

一方この時代(つまり2地区26または28球団時代)ナリーグの方はこれは1983年にリーグ優勝したフ軍(フィラデルフィアフィリーズ)の例だけど、開幕直後はサンフランシスコ・アトランタ・ヒューストンに遠征(ナリーグも位置的にはシンシナティ・アトランタよりシカゴ・セントルイスの方が西なのだが、同じく黄金カードなジ軍・ド軍と別所属にするためにカブ軍とカ軍を東地区所属としたのだろう)した等他地区チームと対戦した例も珍しくなかった様ですが、終盤は基本同地区5チーム(ホーム&ロード10カード)とだけ対戦する様に日程が組まれていた様です。そしてその時は少なくとも週一度は月火の2連戦・水木の2連戦・金土日の3連戦3カード消化してもいた様です。他地区との対戦においてもやはりその様な週3カード消化の例は珍しくなかったという。

http://www.baseball-reference.com/teams/OAK/1974-schedule-scores.shtml

前述通り「大人の事情」でアリーグは1977年から14球団となるも、69~76年まではナリーグと同じ12球団でした。これはヤ軍以外のチームでは依然最後な、3年連続世界一を達成した1974年ア軍(オークランドアスレチックス)の例ですが、やはり開幕直後は同地区よりも他地区チームと先に対戦する事もありながらも、最後の10カードは同地区だけと対戦する様に組まれていました。

http://www.baseball-reference.com/teams/NYM/1969-schedule-scores.shtml

この1969年の所謂「ミラクル」で初の世界一になったメ軍(ニューヨークメッツ)みたいに開幕してから10カード全部同地区と対戦する様組まれていた例もありますが、まあ終盤地区優勝争いに興味を持たせるのは当たり前という事ですか。

http://www.baseball-reference.com/boxes/HOU/HOU199309060.shtml

http://www.baseball-reference.com/boxes/NYN/NYN199309100.shtml

そして1993年にはナリーグもマ軍(フロリダマーリンズ、現マイアミマーリンズ)とロ軍(コロラドロッキーズ)が加盟して17年ぶりにアリーグと球団数が同じになりましたが、9月第1週は違う地区同士の対戦が4カードもあった等余った1カードだけとは限らなくなった模様。ブ軍(アトランタブレーブス)・ジ軍・カブ軍・エ軍(モントリオールエクスポズ、現ワシントンナショナルズ)が「最後の8カード」中3カード他地区との対戦が組まれていたけど、この中で一番きつかったのはいずれも西海岸に遠征したカブ軍だったでしょう。しかし、順位は同じ4位ながらも前年より勝ち星を6つ増やして勝ち越してはいました。

繰り返し言う様にこの年を最後に24年続いた2地区制から3地区制に移行して、2013年にア軍(ヒューストンアストロズ)がアリーグに移籍して16年ぶりに両リーグの球団数が同じになるも、それは奇数同士になったので、常に交流戦が見られる様になりました。しかし、移動距離など不公平さへの不満も少なからずある様で、2020年からまた偶数ずつ各16球団の32球団制となる見込みな様なので、こうした「暫定」もその時まででしょうが・・・・・・・NPBと違って平日のデーゲームが珍しくないのもアメリカ(とカナダ)は国土が広く、時差も存在して移動に時間がかかるからな様ですが、トランプ政権成立で微妙(新球団本拠地はメキシコシティとモントリオールが有力視されている)とも思われた32球団制がホントに実現して、日程編成も果たしてどうなるかですね。1960年以前の154試合制に戻そうかな声もある様ですが・・・・・・・

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