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2016/08/07

2地区制時の(1969-93年)ナショナルリーグについて少し

http://www.baseball-reference.com/leagues/NL/

MLBは1968年までは2003年以前のNPB(ただし、パシフィックリーグは1952年や1970‐80年代前半みたいにプレーオフが開催された年もあったし、セントラルリーグがCS制度導入されたのは2007年から)同様ペナントレースを勝ち抜いたチームが即優勝となっていたのが、1960年代初頭にアメリカン・ナショナル両リーグ10球団となって、消化試合が増えたのも問題視されていたのか、1969年にアメリカンリーグはロイヤルズとパイロッツ(現在のブリュワーズ)、ナショナルリーグはパドレスとエクスポズ(現在のナショナルズ)が加盟して、各リーグ12球団2地区制となり、その後さらに球団拡張はありながらも1993年までは2地区制だったのは変わりなかったですが・・・・・・(※以降MLB両リーグはアリーグ、ナリーグと表記)

前々から疑問を抱いているのは、何故それぞれシカゴ・セントルイス(カブス、カーディナルス)よりも東に位置するアトランタ・シンシナティに本拠地があるブレーブスとレッズがナリーグ西地区に所属していたのかです。2地区制最終年の1993年を除いて、ナリーグペナントレースは、同地区と6カード18回、他地区とは4カード12回総当たりだったのですが、この2球団の選手は一番移動もきつかったでしょう。サンフランシスコやロサンゼルスとかよりもニューヨークやフィラデルフィアとかの方が全然近いですしね。

現在は閉鎖されてしまっている様だけど、実は私は2002年頃にMLB総合情報サイト、サークルチェンジで前述のような質問をした事があったのです。しかし、回答は「レッズは分からないけど、ブレーブスはかってミルウォーキーに本拠地を置いていた事(この時期、ハンク・アーロンとエディ・マシューズの主軸コンビの全盛期だったが、長い歴史の中でも最強だったヤンキースともワールドシリーズで2年連続対戦している)とかが関係していたんじゃないの?」と今一つ満足のいくようなものではありませんでした。

さて、上記baseball referenceのページを基に、もしカブス・カーディナルスとブレーブス・レッズの所属地区が逆で、総当たり回数が変わってしまう組み合わせの対戦成績はなるべく史実と近い勝率とした場合、この時期のナリーグ両地区の優勝チームはどうなっていたかをちょっと検証してみました。(赤文字表記は史実と異なるチーム)

     東     西

1969 メッツ   カブス

 

1970 レッズ  ドジャース

 

1971 パイレーツ カーディナルスまたはジャイアンツ、ドジャース(3チームとも90勝または89勝)

 

1972 パイレーツまたはレッズ カブスまたはドジャース

 

1973 レッズ  ドジャース

 

1974 レッズ  ドジャース

 

1975 レッズ  ドジャース

 

1976 レッズまたはフィリーズ ドジャース

 

1977 フィリーズ ドジャース

 

1978 レッズ  ドジャース

 

1979 パイレーツ アストロズ

 

1980 フィリーズ アストロズまたはドジャース

 

1981前 フィリーズまたはレッズ ドジャース

 

1981後 レッズ  アストロズ

 

1981通年 レッズ カーディナルス

 

1982 フィリーズ カーディナルス

 

1983 フィリーズ ドジャース

 

1984 メッツ   カブス

 

1985 メッツ   カーディナルス

 

1986 メッツ   アストロズ

 

1987 メッツ   カーディナルス

 

1988 メッツ   ドジャース

 

1989 メッツ   カブスまたはジャイアンツ

 

1990 パイレーツ ドジャース

 

1991 パイレーツ ドジャース

 

1992 ブレーブス カーディナルス

 

1993 ブレーブス ジャイアンツ


こんな感じで、どちらかは史実と変わっていた年が大半でしたが、所属地区が西ではなく、東になっても1970‐80年代初頭のレッズの強さは変わらないですね。流石ビッグレッドマシンと言った所ですか。パイレーツ共々そのレッズの陰に隠れていたけど、ドジャーズも西地区9連覇していた可能性があるし、80年代のメッツも東地区6連覇していた可能性があります。ロサンゼルス移転後のドジャーズはサンディ・コーファックス(凄い漢だったのは否定はしないながらも、史上最強の左腕と評するにはやはり165勝では足りないです。せめて最後の5年間並みの活躍をあと3年は続けていたら・・・・・・・引退の判断も決して間違っていたわけでなく、寧ろ賢明だったとも思いますが、誘惑に負けて転落への道をたどってしまったデニー・マクレーンとかみたいに明らかに衰えた状態で引退していたら、一発での殿堂入りも微妙だったんじゃないの?ですね。)やドン・ドライスデールがいた60年代が強かった印象もあり、実際またベロビーチキャンプ川上哲治が監督になったばかりの巨人もドジャース戦法から大きな影響を受けた。メッツも1990年も2位でしたが、4年連続地区優勝達成したチームは以下の通りです。

11・・・ブレーブス(1995-2005)※ストでプレーオフが開催されなかった1994年をノンカウントとすれば1991年から14連覇。

9・・・ヤンキース(1998-06)※「トーレ&キャッシュマンコンビは前のショーウォルター&マイケルの遺産で勝っただけ」な声も一部聞いて、確かに後者コンビが大物外様ばかりに頼らない生え抜き育成等礎を築いたのも事実だけど、どちらも名監督または名GMで良いじゃないかですけどね。

5・・・アスレチックス(1971-75)、インディアンズ(1995-99)、フィリーズ(2007-11)

4・・・タイガース(2011-14)

(参考)1968年以前のリーグ4連覇以上したチーム

5・・・ヤンキース(1949-53、60-64)※ジョー・ディマジオがこの最中に引退するも、特に前者は5年連続世界一でこれも不滅の記録かと思われる。

4・・・・ヤンキース(1936-39、55-58)、ジャイアンツ(1921-24)

47年間で僅か6例しかなく、プレーオフは基本的になかった(勝率で並んだ時のみ実施)1968年以前のリーグ4連覇以上したを含めても11例しかなかったのだからいずれも長期的な強豪チームだった事が改めて分かります。今年こそは・・・・・な気もする1980年代のカブスアストロズバリー・ボンズがいた90年代前半のパイレーツ(とジャイアンツ)ももしかしたら1回はワールドシリーズに出場できていたかもしれません。逆に1989年のジャイアンツや、90年代前半のレッズ、フィリーズは出場できず、史実よりももっとリーグ優勝が遠ざかっていたかも(ジャイアンツは地区優勝すら1997年が初めてとなっていたかも)しれません。1981年はストで一時期中断されて、その前後をシーズン分けて、前後期それぞれの地区優勝チームがまずリーグ優勝決定戦出場権を争う、変則3ラウンド制のプレーオフが開催されたのですが、ナリーグは両地区とも通年勝率1位のチームがプレーオフに出場する事すらできず、アリーグも1973年の南海や1975年の阪急ほどは酷くなかったけど、東地区のヤンキースは後期(再開後)は25勝26敗ながらも6位で、通年ではブリュワーズと僅か2ゲーム差ながらも3位で、西地区もロイヤルズは前期(スト前)は20勝30敗の5位だったのが、後期優勝したけど、通年では借金を完済しきれず負け越しでした。

流石にロイヤルズは地区優勝決定戦で西地区通年1位のアスレチックスに敗退しましたが、普通にペナントレースが開催されていればカーディナルスVSアスレチックス、またはレッズVSブリュワーズのワールドシリーズとなっていた可能性も十分あります。パリーグも早くもそうなっていた2シーズン制の欠点が露呈された事もあってか、結局1982年以降は通常の1シーズン制に戻っています。MLBも近い将来4地区32球団となる可能性もあって、いよいよ週明けにお気持ちを述べられる天皇陛下の退位とどちらが先かでもありますが、さあ今年のプレーオフは一体どのようなドラマが展開されて、ワールドシリーズの顔合わせはどうなるか、球団を増やしすぎな気もしないでもないけど、やはり目が離せないですね。

※※以下2016年11月19日追記。

何故レッズとブレーブスが西地区だったか、考えられる理由が分かりました。それはそれぞれライバル関係にあるジャイアンツ&ドジャースとカブス&カーディナルスを別々の組み合わせにしたかったからでしょう。伝統の一戦が特定の地区に偏ったら、少々盛り上がりに欠けますものね。ヤンキース&レッドソックスもそうだけど、球団が消滅しない限りは、それぞれのライバル同士異なる地区に所属するのは今後も変わらないでしょう。

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