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2016/08/13

谷繁監督途中解任の中日は2リーグ制最悪の暗黒期に突入か

http://www.nikkansports.com/baseball/news/1693083.html?utm_source=headlines.yahoo.co.jp&utm_medium=referral&utm_campaign=20160813-00000090-nksports-base

コーチと衝突 溝埋まらず/谷繁解任の深層・上

<谷繁監督解任の深層:緊急連載(上)>

 中日は、9日に谷繁元信監督(45)を「休養」という名のシーズン途中解任に踏み切った。就任3年目、監督専任になって1年にも満たない電撃人事だった。歴史的低迷を招いた裏には何があったのか。3回にわたって検証する。

 谷繁監督とその右腕の佐伯コーチが去り、森監督代行が中心になった中日ベンチは開幕当初の緊張感が戻ったように映った。

 監督は一部コーチとの連係がとれなくなっていた。望んだ人材を入閣させられなかったことも原因だが、直近まで選手兼任だったのだからパイプに乏しいのも無理はない。スポーツの常であるように「監督は与えられた状況で全力を尽くすもの」と不安は胸にしまい、3年目に入った。

 ストレスはすぐにたまった。4月下旬、練習メニューをめぐって、あるコーチと衝突。亀裂は溝となった。思うように行動してくれないコーチ、スマホゲームや遅刻、いねむりをするコーチにも失望した。途中から、一枚岩は無理とあきらめたようにも見えた。また、成績低下とともにタクトが消極的になったことも求心力の低下を招いた。

 一緒に休養が宣告された佐伯コーチのほか、渡辺コーチが2軍へ。辻、早川両コーチが1軍に昇格した。4人の担当はいずれも守備がらみだが、チーム守備率は昨年を上回っている。他部門は問題なかっただろうか。昨オフ、現場とフロントが少しでも連係して組閣できていれば、結果は違っていたかもしれない。【中日担当=柏原誠】(つづく)

http://www.nikkansports.com/baseball/news/1693646.html

落合GMの独断指名に違和感も/谷繁解任の深層・中

<谷繁監督解任の深層:緊急連載(中)>

 中日は、9日に谷繁元信監督(45)を「休養」という名のシーズン途中解任に踏み切った。就任3年目、監督専任になって1年にも満たない電撃人事だった。歴史的低迷を招いた裏には何があったのか。3回にわたって検証する。

 14年ドラフト。スカウト陣は1位を有原(日本ハム)と山崎康(DeNA)とで迷っていた。だが土壇場で落合博満GMが21歳の野村にひっくり返した。

 この2年、落合GMによる独断指名は複数件あった。谷繁監督は聞いたことのなかった選手の指名を突然聞いて、あわてて自ら動画サイトで確認した。GMの主張が優先されるのは自然なこと。監督への事前報告の義務もない。だが会議で意見を戦わせる空気にすらならないとなると、やはり違和感を覚える。

 編成の根幹をになうドラフトがこれでいいのか。スカウト陣がおぼえたであろう無力感は想像に難くない。今のところ2年で指名した計15人のうち、誰も1軍定着できていない。人材を生かし切れていない、使う側、育てる側の責任もあるが、監督の在任中に即戦力ドラフトの「結果」が出なかった事実は明白だ。

 それでも白井オーナーは「そうは思わない」とGMに責任はないと言う。佐々木球団社長は「すべてをGMに任せているわけではない。できることはすべてやってきたつもり」と話した。2カ月後、今年もドラフト会議を迎える。谷繁監督はいつも「未来のドラゴンズ」を気にしていた。5年後、10年後の球団の姿はまだ見えてこない。【中日担当=柏原誠】(つづく)

http://www.nikkansports.com/baseball/news/1694152.html

ファン目線の改革を/谷繁解任の深層・下

<谷繁監督解任の深層:緊急連載(下)>

 中日は、9日に谷繁元信監督(45)を「休養」という名のシーズン途中解任に踏み切った。就任3年目、監督専任になって1年にも満たない電撃人事だった。歴史的低迷を招いた裏には何があったのか。3回にわたって検証する。

 佐々木崇夫球団社長は監督休養を決めた理由を「ファン目線です」と即答した。球団や本社に届く声が厳しくなったと説明した。

 7月23日、ビシエドに罵声を飛ばし中指を立てた客に、平田が応戦した。白井文吾オーナーは「こんなに怒声を浴びているのか。谷繁はもう限界か」と思ったという。同時に、CSはもちろん優勝もあきらめていないと強調した。創設80周年にBクラスなど受容できない。この一件がなくても同じ結末に至ったはずだ。

 13年オフ。谷繁監督誕生と同時にGMになり、新監督の横で会見した落合GMは「監督以上に責任は重い。優勝できるチームを作らなければ意味がない」と自らの考えを説明し、監督のサポートを約束した。だが3年目、監督専任1年目も結果は出なかった。

 落合-谷繁体制は崩れた。休養会見に出たのは谷繁監督と佐々木社長だった。矢面に立った社長はたった1人でメディアに対応したが、監督人事を主導する立場にはないため、言葉に窮する場面もあった。

 4年連続Bクラスなら中日史上初の屈辱。この退任劇からオフにかけて、球団の動きは細かに注視されるだろう。低迷にともない観客動員は減っている。「ファン目線」に沿った改革が求められている。【中日担当=柏原誠】(おわり)

文芸春秋でも何か言っていた様ですが、広岡達朗氏と似てますね。落合GMは。そう、「監督としては60代以降指揮を執らなかったのでボロを出さなかったけど、GMとしてボロを出してしまった。」広岡氏も、嫌いな森祇晶氏(清原和博氏への教育責任云々も半ば言い掛かりでしたけどね。不仲となってしまった理由は、どうやら故・根本陸夫管理部長を通り越して、堤オーナーにGM権を自分に与える事を直訴したのが根本氏の怒りを買って、「君はそうやってフロントへの不満を露わにしているが、君自身の足元にも不満が燻っているのを知らんのか。」と言われて、森氏が自分を裏切っていると勝手に思い込んでしまったらしいですけどね。根本氏が意図的にこの2人の仲を悪くしようとしたのかは、既に故人ですから確認のしようがないですが、某巨大掲示板の関連版にもこのくだりを詳細に言及したレスが見られます)や、ノムさん、東尾修氏等に対しては結果の良し悪し関係なくボロクソに言っていたのが、自身は日経新聞「私の履歴書」での、ロッテGM時代の回の弁明とかどやや歯切れの悪さを感じたものでしたが・・・・・・・・・

落合氏も、中にはヤフコメにはいくら世間もお盆だからと言って、暇さえあれば落合ヘイトに血道をあげている某アンチもいて、私もロックマン関連とか反感買うのもしょうがないほど好き勝手に言っていたのであまり人の事は言えないながらも「ちょっと異常だわ」でもありましたが・・・・・・・・前者については、確かに全盛期は球場は狭くて、特にロッテ時代は(1980年と)1981年以外は優勝争いとも無縁(1984年は夏場はもしかしたら・・・・・・の所まで行ったが)で、西武とか強豪チームと比べてマークも緩かったのはあった。しかし、それでもあの時代(1980~90年代半ば)、落合氏以上の成績を残した人はいなかったし、レギュラー定着が遅れた人で2000本安打を達成したのも他には1年だけチームメートでもあった大島康徳氏だけだった。

監督時代については、山井投手の例の降板も、野球評論家で批判していたのは多くは指導者としての実績に乏しい面々で、これも前にも何度も言いましたが、「○○の遺産」って、前監督の信者だか何だか知らないけど、その人の後を継いだ、自分の嫌いな後任監督を否定するには便利な感情論ですもんね。半ば。それ言うならば、西本幸雄氏だって悲運の名将とか言われているけど、あくまでそれは一面的で、大毎だけでなく、阪急だって米田・梶本・足立・石井各氏の投手カルテットだって監督就任前から育っていたし、近鉄だって就任の決め手となってのは「うちには育て甲斐がある若手がいますから。」なフロントのラブコールだったという。巨人第一次政権時の長嶋茂雄氏だって、1976・77年とリーグ連覇したのは監督になった自分以上に打てる人だった張本勲氏を、獲得したのも大きかったけど、特に野手はV9戦士だった王・柴田・高田・土井各氏らの貢献度も高かったし、投手も1974年には既に防御率3位だった小林繁氏や新浦壽夫氏等、湯口氏は残念ながら最悪な末路を辿ってしまったけど、川上監督時に若手が全く育っていなかったわけでもなかった。さらにジョン・シピン氏も獲得したけど、そうした川上「遺産」がもういい加減江川卓氏のデビューとほぼ同時に勤続疲労を起こしてきたから、長嶋氏の理解者だった青田昇氏もコーチとして招聘して、あのような地獄の伊藤キャンプやってまで中畑氏とか篠塚氏とか定岡氏とかの若手を育てるしかなかったわけでしょ?

他にも広岡氏だってノムさんだって、後者はまあ、古田氏みたいに自前で育てた選手もいて、彼が選手兼監督になるまでのヤクルトの成績は彼の成績とほぼ比例していたけど、就任前の監督の時からプレイしてきた選手結構いたし、そういう「遺産」と全く無縁だった名監督なんて、せいぜい鶴岡親分と、西鉄ライオンズ監督時代の三原修氏ぐらいじゃないですか?逆に遺産を築いた監督では、根本氏なんか「たまたまダイエーが強くなるかならないかの時に死んだ事もあって過大評価されてるんだよ。」と言っていた人目にした事もありますが・・・・・・・・マー君が、稲尾和久氏の連勝記録を塗り替えた際、「レベルが違う」とか、元チームメートの豊田泰光氏がミョーに必死にマジレスしていた時も思ったけど、「『遺産』を築いた人、それを有効活用した人どっちも有能で良いじゃん。それじゃダメなの?」ですけどね。

長々と述べて、別に自分はアンチ曰く「オチシン」ではないし、落合氏を嫌うのは勝手だけど、選手時代や監督時代の事までムキになって否定するのはおかしい。しかし、原辰徳氏がチャンスにポップフライとか言われてきた事について、実際は川上・長島・王各氏とたまたまレジェンド級が巨人に入団して、40年以上空白期間無きまま(実際川上氏はまた、生前野球解説時に「私と王で巨人の1塁を40年間守ってきたんですよ。」と言っていたらしいが)巨人の四番を打ってきただけで、成績は決して凡庸じゃなかったとか擁護できるけど、例の1億円事件や出来の良くない息子については・・・・・・・な様に、MLBではGMだって結果出せなければすぐクビなんて事もおかしくないのにGMとしては果たすべき責任を果たしていない様だから流石に擁護は出来ないです。森氏とか辻氏とか高柳氏とか落合氏お気に入りのコーチ陣も決してこれまで手腕や言動に疑問符が無かったのかと言うと、決してそうでもない様ですしね。

繰り返すけど、たとえ遺産だったとしてもだ。MLBでもバック・ショーウォルター氏はペナントレースでは1000勝以上の監督ではそうはいないであろう勝率.550以上(ドラフト制以降では他にはビリー・マーチン氏ぐらいか)で、監督を率いたチームは遅くとも退任後4年以内にはリーグ優勝しているけど、ポストシーズンの勝敗は8勝11敗なのも事実なら、ジョー・トーレ氏がその遺産による所も大きかったとしても、他には9人しかいない「3度以上の世界一監督」で、他にもブレーブスやドジャースでも地区優勝の経験があったのも事実な様に。某サイトでの、「2011年には大事な優勝争いの時に、選手の負担軽減を考えて、8月と10月のナゴヤドームでの試合は土日もナイターとし、9月下旬の試合も15時開始とした。」な言及も、「おいおい、それホントかよ?監督が本拠地の試合開始時刻なんか口出す権限あるのか?」でしたが、落合氏の監督としての8年間で4回のリーグ優勝(内2010・11年は史上初のリーグ連覇)、53年ぶりの日本一、3位も1回だけで負け越しまたはBクラスなしなのもまた事実ですが、GMとしては高木守道監督期に前述の、ヤフコメでの某アンチ落合の人も指摘していた様に育成されていた選手が見られたのも功を奏さず、2リーグ制移行後では最悪の暗黒期を築かんとしているのも全く皮肉な事でありましょう。

広岡ロッテGM時もレッドソックスではダメだったバレンタイン氏の後任、江尻亮氏も傀儡政権と揶揄されていたけど、来年には正式に監督就任するであろう森氏もそうなる可能性は高いでしょう。それとも小笠原二軍監督の昇格か?元々中日は過去には山内一弘氏や山田久志氏等外様監督には冷たい感がありますが、谷繁前監督も、采配等全く問題なかったとは言わないけど、主に捕手としてチームに貢献してきたのにこの仕打ちは気の毒です。落合氏には正直失望させられたと言うか、白井オーナー共々切らなければホントに横浜DeNAやオリックスの事も笑えない暗黒期が続くのは必至でありましょう。

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