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2016/05/29

薔薇族の復活は今後も可能性はあるのだろうけど

http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20160527-2016052500272/1.htm

後の人間国宝も愛読したゲイ雑誌「薔薇族」 ノンケ編集長の苦労

 

週刊朝日 2016年6月3日号掲載) 2016年5月27日(金)配信

 

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抜群のネーミングはギリシャ神話から…(※イメージ) [拡大]

 社会風俗・民俗、放浪芸に造詣が深い、朝日新聞編集委員の小泉信一氏が、歴史の表舞台に出てこない昭和史を大衆の視点からひもとく。今回は、著名人も愛したゲイ雑誌「薔薇族」。

*  *  *
 雑誌の名前を聞いただけで、「ああそれは……」と内容を説明できるのは、その雑誌にとって大変な名誉である。男性同性愛誌「薔薇族」もまた然り。創刊号が書店に並んだのは1971(昭和46)年7月。A5判の70ページ。純文学関係の本を発行していた東京の出版社「第二書房」が出した。

 初代編集長を務めた伊藤文学さん(84)は言う。

「僕自身は今も昔もゲイではないが、偏見の目で見られ、社会の中で居心地が悪かった同性愛者の悩みを正面から受け止めるメディアは当時、会員制の小冊子だけだった。書店に置けば多くの人の目に付く。絶対に売れると思った」

 たしかにあのころ、マスターベーションをテーマにした本が出ただけで大きな反響があった。「健康に害がある」という俗説があり、深刻に悩んでいた男性も多かったのだろう。

 それにしても「薔薇族」というのは抜群のネーミングセンスである。「男同士が愛を営む場所は薔薇の木の下」というギリシャ神話から引用したそうだ。「薔薇」という2文字だけだと園芸関係の専門書と間違えられる心配もあるので「族」をつけたという。

 大手の流通ルートに乗せ、全国の書店で買えるようにした。伊藤さんは、書店に並んだ71年7月30日を「同性愛者の独立記念日」と呼ぶ。
だが、当局からは早くもお叱りの声が届いた。男性の裸体写真。陰毛がちらりと見えただけで警視庁の風紀担当に呼ばれた。以来、始末書を書くこと二十数回、発禁処分は4回。華々しい戦歴である。

 その一方で、「心から語り合える友だちがほしい」「ひとりぼっちが寂しい」など切実な思いを訴えた投稿欄が人気を集めた。投稿数は創刊号こそ7通だけだったが、2号は50通、3号になると100通を超え、やがて毎月1千通以上が寄せられるようになる。メールもSNSもない時代。投稿用はがきの文字数は最大130字だったが、そこにはさまざまな人生が投影されていた。

 詩を寄稿してくれたのが劇作家・寺山修司さん。歌手の美輪明宏さんは、伊藤さんが新宿などで開いていたスナック「祭」にも顔を出したという。世界的に有名なデザイナーも、後に人間国宝となった古典芸能の大家も愛読者。イケメンの日本人男性を探しにフランスからやってきた富豪もいて、伊藤さんは高級ホテルのスイートルームに招待されたという。

 誌面では隠語もふんだんに使った。体が太めで毛が濃い人は「クマ系」。そういうタイプが好きな人は「クマ専」。老けた人を好む人は「フケ専」と呼んだ。サウナや公園、映画館は「ハッテンバ」。出会い(発展)の場、という意味が込められている。「薔薇族」に対抗した「百合族」という造語も生まれた。レズビアンの意味である。

 直木賞作家の故・胡桃沢耕史さんは誌面にこんな思い出を書いた。
「僕自身は、この趣味や性癖は根本的には理解できないのだが、作家としてはそうはいっていられない。ホテル、スナック、サウナ、この雑誌の同好者が行く所には、できるだけ取材にとび出すことにしていた。決して楽しい取材ではなかったが、苦痛の中に汲みとったものの中には、やはりそれだけの大きな価値がある」

「薔薇族」はエイズ問題へも積極的に取り組んだ。予防のキャンペーン記事を掲載する一方、感染への不安に駆られている読者を募り、大学病院の協力で100人を検査。5人の感染者が見つかった。米国の有名大学の教授が「同性愛を研究したい」とまとめ買いをしたこともあった。

 伊藤さんに対する強い批判もあった。「お前は(同性愛に対して興味がない)ノンケのくせに、俺たちの気持ちが本当に分かるのか」というのである。

「でも、負けなかった。そうだからこそ見えてくるものがあると居直った」

 苦労したのは男性のモデル探し。ようやく服を脱いでもらっても、女性以上に恥ずかしがってポーズをとるのを拒む人が多かったという。モデルになってくれる確率が高かったのは運動部系の学生。「君の体、すばらしいなあ。見せてくれよ」というのが殺し文句。男性ヌード写真集『脱いだ男たち』を出版した際には、買ってもらいやすいようにと、本の帯に「デッサン用」と大きく文字を刷り込んだそうである。

「薔薇族」には、サウナやアダルトショップ、ホテルなどの広告が入り、全280ページのうち、広告が50ページを占めたこともあった。
愛読者のための旅行イベントや電話相談室、「高校生のための座談会」も開催。90年代には、毎月3万部がほぼ完売する勢いだった。

 競合誌の登場やインターネットの台頭もあり、21世紀に入って部数が急減。取り扱う書店の廃業も相次ぎ、部数は3千部にまで落ち込んだ。

「でも、最大の原因は世の中の変化。若い人たちがいろいろなことについて悩まなくなった。読者が悩んでいなければ、雑誌は売れないんです」

 伊藤さんはそう見ている。

 2004年9月22日、朝日新聞は夕刊の社会面で「発売中の382号を最後に『薔薇族』が廃刊する」と報じた。何を隠そう、これは私の特ダネだったが、反響はすさまじく、新聞や通信社が一斉に追っかけた。イギリスやフランス、スイスの新聞社までが取材に動き、伊藤さんの自宅の電話は一日中鳴りっぱなしだった。

「ラジオの生番組にも電話で出演しました。創刊以来の出来事を一気にしゃべるのですから大変でした」

 読者から激励のメールや手紙が殺到し、その後、復刊と休刊を繰り返したが、現在はその幕を閉じている。伊藤さんはブログ「伊藤文学のひとりごと」で近況などを発信している。

「日本の出版文化の一翼を担ってきた自負が僕にはあります」

 最近、LGBT(同性愛者、両性愛者、心と体の性が一致しない人ら性的少数者)が脚光を浴び、その人権保護が叫ばれている。「薔薇族」が果たしてきた役割も大きい。
薔薇族ですか。あの阿部さんもネットを中心にネタにされている様ですが、自分も後に某事件が起きた場の近くの本屋で目にした事ありますね。勿論そういう趣味はないですが、良くも悪くもディープでした。この引用記事には広告についても言及されていますが、越智貴広氏や戸松甚氏とかの美少年ビデオの広告が載っていたのも何気に印象的でしたね。戸松氏はTO LOVEるのララちゃんや妖怪ウォッチのケータ、それと最近見たアニメでは同性愛でも女性の方を題材とした桜trickにも出演されていた遥さんとも同世代らしく、現在はどうしているのかは知りませんが、越智氏は脇役ながらも芸能活動を続けられている様ですね。今年で30代突入らしいけど、童顔だからか実年齢より若く見えますね。それはともかくとして、現在はまた休刊状態な様ですが、価値観とか多様化(「女性は2人生まなければならない。」とか発言した某校長も、そんな的外れではなかったけど、言い方がちょっと良くなかったと思う)しているし、今後も復活の可能性もあるかも・・・・・ですね。

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