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2016/03/21

NPBのプレーオフ制度について少し思う事

平将門の命日(旧暦ではバレンタインデーでもある2月14日)で、暗殺教室実写映画版続編(1作目も先日地上波放送されたが、まあまあと言った所だった)公開日でもある今週25日にいよいよ野球も開幕となりますが、賭博問題や金銭やり取り等あまり明るいムードがないですよね。

CS制度が始まってから今年で9年になって、もう知っている人は知っているでしょうが、1983~85年のパリーグでは1位と2位チームのゲーム差が5以内の場合、最大5試合のプレーオフを行う制度が導入されていました。現実には3年とも1位チームが独走優勝したので、実施されなかったのですが・・・・・・・

その他一時期ながらも日韓共催ワールドカップ等サッカー熱に対抗して2リーグ制とした韓国プロ野球(KBO)中国野球リーグみたいに異なるリーグの1・2位同士がまず対戦して、それぞれの勝者が韓国または中国シリーズに進出する、いわゆるたすきがけ形式もあるようです。しかし、中国では実際同一リーグ同士の対戦になってしまった例があった様ですが、それ以外にも例えば1983年以降では1985年のロッテ(.516) 、1990年の広島(.508)、1992年の巨人・阪神(.515)、1998年の日本ハム(.508)とかみたいに勝率5割少しのチームが日本シリーズに出てしまう可能性もある。現行のCS制度よりはいくらかマシかなあな程度ですね。

そうなると、前述のパリーグ変則プレーオフの方がまだ良かったのかなあと言うか、もっと以下の様に条件を厳しくすべきだったと思います。

①1位チームと2位チームのゲーム差は4ゲーム差以内

②かつ、同組み合わせの対戦成績はタイか2位チームが勝ち越す。この①・②いずれも満たせば、1・2位チームの最大4戦プレーオフを行う。

③3位チームであっても、1位チームとのゲーム差・対戦成績が①・②の通りで、2位チームとのゲーム差が2ゲーム差以内なら、2位チームと2勝先取制の準プレーオフを行う。3位チームが勝ったら1位チームとの最大4戦プレーオフを行うが、負けたらその時点で1位チームのリーグ優勝決定。(2位チームが①・②の条件を満たしていたら、前述通り)

この条件に該当する1983年以降のシーズンは以下の通りです。


セリーグ

1992(ヤクルトVS巨人)、2001(ヤクルトVS巨人)、2007(巨人VS中日、阪神もこの年巨人に勝ち越しはしたが、惜しくも4.5差)、2011(中日VS巨人、巨人はこの年3位だったが、中日に勝ち越し、3.5差)、2015(ヤクルトVS巨人)


パリーグ

1986(西武VS近鉄)、1988(西武VS近鉄)、1989(近鉄VSオリックス、または西武)、2000(ダイエーVS西武)、2001(近鉄VSダイエー)、2006(日本ハムVS西武)、2007(日本ハムVSロッテ)、2010(ソフトバンクVS西武)、2012(日本ハムVS西武)


パリーグの場合は、1988年の10.19や1989年の10.12は何だったんだという事にもなってしまいますが、90年代は殆どないです。1992年のセリーグは巨人の方が前年順位上だからという事でですが、阪神とその前に1ゲームプレーオフぐらいはやっても良いかも。セリーグは巨人がらみ、パリーグは西武がらみな例が多いですが、2000年以降は比較的多く見られますね。③まで適用されるのはセリーグは2011年、パリーグは1989年ぐらいですが、ペナントレースの結果も相応に考慮したつもりです。それじゃあ厳しすぎるよ!!ならば、もし1位チームとの対戦結果は考慮しなければ以下の年も適用されます。

セリーグ

1984(広島VS中日)、1986(広島VS巨人)、1991(広島VS中日)、1994(巨人VS中日)、2010(中日VS阪神、または巨人)

パリーグ

1993(西武VS日本ハム)、1998(西武VS日本ハム)、2008(西武VSオリックス、または日本ハム)、2014(ソフトバンクVSオリックス)


セリーグは中日がらみ、パリーグは日本ハム絡みな例が増えますが、これだとセリーグは10例、パリーグは13例出て、熱パ、実力のパらしく(?)パリーグの方が上回っています。セリーグは3年に1回、パリーグは5年に2回の割合にもなりますね。ちなみにV9時代の巨人にこれを適用すれば、1970・73年にその例が出ます。(70年は阪神に負け越しで、73年は1.5差で3位の中日に負け越し)対戦成績を無視すれば、1972年にも適用され、73年も阪神か中日かどちらかと戦う事になりますが、この事からもV9はやはり後半になるとその強さに陰りが見えてきた事が分かります。ミスター最後の打撃タイトルも1971年の首位打者でした。2シーズン制(1973~82年)のパリーグならば、1974(ロッテVS阪急)、1979(近鉄VS阪急)、1980(近鉄VS日本ハム)、1981(日本ハムVSロッテ)ですね。対戦成績を考慮しなければ、1980年はロッテ、1981年は阪急も絡んできます。

V9時代から両リーグ適用すれば、1968年は巨人VS南海、1971年は巨人VSロッテ、1973年は中日VS阪急、1974年は巨人VS阪急、1975年は広島VS近鉄、1979年は広島VS阪急、1980年は広島VS日本ハム(なお、広島VSロッテの日本シリーズのポスターも作られていたという)、1981年は巨人VSロッテ、1982年は中日VS日本ハムとなっていた可能性もあります。特に南海はダイエーとなった1999年まで下手すれば33年も優勝から遠ざかっていました。

1983年以降適用しても、2004年は中日VSダイエー(確か水島新司先生のドカベンでは実際この組み合わせとなっていた)、2005年は阪神VSソフトバンク、2010年は中日VSソフトバンク、2014年は巨人VSソフトバンクの日本シリーズになっていて、特にロッテファンの人には可哀想ですが、1974年以降41年も日本シリーズに行けない状態となっていた可能性もありました。(ビリー・ゴートの呪い等シカゴカブスと比べればそれでもまだ・・・・なのですが)阪神も戦後15~20年に1・2回しか日本シリーズに行けないジンクスが続いていましたね。

しかし、ソフトバンクもプレーオフに弱いと言われていたけど、巨人もCS制度導入して2度もリーグ優勝はしても日本シリーズには行けなかった事態が発生してしまったのは皮肉ですね。今シーズンも果たしてで、毎年発生するとは限らないのですが、現行CSよりは全然合理的だと思うのですが、どうでしょう?まあ一番は両リーグとも2球団ずつ増やして2地区制にする事なのですが。

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