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2016年3月

2016/03/27

やはり寝すぎも身体に良くないらしい

http://news.nifty.com/cs/topics/detail/160327075061/1.htm

睡眠時間が長すぎると死亡率が53%も上昇することが明らかに!

2016年3月27日(日)19時0分配信 Suzie

           

働く人のためのウェブマガジン『瓦版』が行った調査によると、ビジネスパーソンの平均睡眠時間はたった6時間。忙しい現代人にとって、睡眠時間を確保するのはなかなか難しいものです。

ところで寝不足が体に悪いとはよくいわれますが、寝すぎも体に悪いことをご存知ですか?

実は寝すぎも寝不足も、体によくないことが明らかになったのです。

■8時間以上の睡眠で心臓病リスク増

睡眠不足が体に悪いことはよく知られています。

睡眠不足によって肥満や心臓病などのリスクが高くなるともいわれています。4時間以下の睡眠は、心拍数の増加や高血圧を招き、心臓のリスクを高めます。

しかしノルウェーと台湾で行われた最新の研究から、8時間以上の睡眠も健康に悪いことがわかったのです。

■睡眠時間は4~8時間が適切だった

台湾で行われた調査では、392,164人の成人男女を対象に、1998年から2011年までの睡眠状況を調べました。この期間中に711人が心臓病で亡くなっています。

調査の結果、睡眠時間が4時間以下の人は、睡眠時間が4時間から8時間の人にくらべて心臓病による死亡率が50%高かったことが明らかになりました。

それだけではなく、睡眠時間が8時間以上だった人も、心臓のまわりの血流が悪くなる冠動脈疾患による死亡率が53%高かったということが判明したのです。

4時間から8時間の睡眠では、健康へのリスクの上昇は見られませんでした。研究者の間でも、なぜこうした結果が出たのかは解明されていません。

ちなみに睡眠による健康への影響は、男性よりも女性のほうが受けやすいことがわかっています。また、65歳以上の人はさらに死亡率が高まったそうです。

寝不足だけでなく、寝すぎも健康には悪影響を及ぼします。寝ても寝ても寝たりない、という人は要注意。4時間から8時間の適切な睡眠で、体を休めましょう。

(文/スケルトンワークス)

 

【参考】

※How much sleep do you REALLY need? Less than 4 hours and more than 8 ‘raises the risk of early death from heart disease’-Daily Mail Online

※ビジネスパーソンの平均睡眠時間は6時間-瓦版

【関連記事】

睡眠時間が長すぎると死亡率が53%も上昇することが明らかに!寝る前の1分で簡単にできる!寝ても疲れがとれない悩みの解消法女性は男性より10%も多く睡眠障害を抱えていることが明らかにバランスの悪い食事は1日でも睡眠に悪影響があることが明らかに6時間も眠れない人は危険!仕事ストレスと睡眠不足の関係が判明
高校の保健体育の教科書にも、睡眠時間と主な病気疾患のリスクの関係を表したグラフが載っていて、それでも確かに9時間とか10時間とかの長い睡眠時間は疾患率が高くなっていた記憶がありますが、やっぱりですね。 最低でも6時間、出来れば最近はもう7時間強寝ないとキツイですね。たまーに休日前日の夜なんか2度寝する事もあって、そう言えばまた今年の正月2日目は10時間以上寝ても何故か疲れがなかなか取れませんでした。上半身の節々が痛かったのでもしかしたら軽い風邪を引いていたかもしれない。そう言えばまた、今年も野球も開幕して、広島は横浜DeNA相手に勝ち越して、鉄人衣笠は現役時代平均8~9時間は睡眠とっていたらしいけど、まあ何をするにもある程度の限度が必要という事でしょうね。

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2016/03/26

勝手に続・主要打者通算打率推移その2

http://route-125.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-eb43.html

(関連エントリー「勝手に続・主要打者通算打率推移」)

http://ifs.nog.cc/gararoom.hp.infoseek.co.jp/tsuusandaritsu.html

このHPを見て興味をもって、ここに書かれた2007年以後の主要打者通算打率の推移について語りましたが、今度はこの時点でまだ4000打数に達していなかった面々についてまとめてみます。(左から年度、年齢、所属チーム、打数-安打、打率、通算打数-安打、通算打率の順に表記)

内川聖一

2001 19 横浜 2-0.000 2-0.000

2002 20 横浜 66-22.333 68-22..324

2003 21 横浜 150-47.313 218-69.317

2004 22 横浜 338-97.287 556-166.299

2005 23 横浜 234-64.274 790-230.291

2006 24 横浜 402-115.276 1192-345.289

2007 25 横浜 247-69.279 1439-414.288

2008 26 横浜 500-189.378 1939-603.3110

2009 27 横浜 503-160.318 2442-763.3124

2010 28 横浜 577-182.315 3019-945.3130

2011 29 ソフトバンク 429-145.338 3448-1090.3161

2012 30 ソフトバンク 523-157.300 3971-1247.3140

2013 31 ソフトバンク 570-180.316 4541-1427.3142

2014 32 ソフトバンク 488-150.307 5029-1577.3136

2015 33 ソフトバンク 529-150.284 5558-1727.3107


内川はもっと毎年打っている印象があったけど、打率3割2分台以上はチームの勝率よりも高いという、約70年ぶりの珍記録でもあった2008年(.378、右打者最高シーズン打率記録でもある)とソフトバンク移籍1年目の2011年だけなのがちょっと意外かもですね。それでも現役では堂々の1位で、右打者としては2014年まで落合博満をも凌ぐ1位だったのが、わずかに下回ってしまいましたが、巻き返しはなるか。


アレックス・カブレラ

2001 30 西武 514-145.282 514-145.2821

2002 31 西武 447-150.336 961-295.3070

2003 32 西武 457-148.324 1418-443.3124

2004 33 西武 250-70.280 1668-513.3076

2005 34 西武 444-133.300 2112-646.3059

2006 35 西武 466-147.315 2578-793.3076

2007 36 西武 441-130.295 3019-923.3057

2008 37 オリックス 504-159.315 3523-1082.3071

2009 38 オリックス 239-75.314 3762-1157.3075

2010 39 オリックス 408-135.331 4170-1292.3098

2011 40 ソフトバンク 311-70.225 4481-1362.3040

2012 41 ソフトバンク 29-6.207 4510-1368.3033

アレックス・カブレラは薬物疑惑もありながらも確実性も兼ね備えていた大砲で、2年目以降は常に打率3割をキープ、オリックスに移籍以降はなかなかフル稼働は出来なくなったながらも3割はクリアしました。と言うか彼ってまた、パリーグ3球団に所属した数少ない外国人選手でもありますね。(他には白仁天等、まあ彼は外国人扱いすべきかは微妙かもだけど)


和田一浩

1997 25 西武 21-4.190 21-4.1904

1998 26 西武 51-17.333 72-21.2917

1999 27 西武 48-13.217 120-34.2833

2000 28 西武 170-52.306 290-86.2966

2001 29 西武 206-63.306 496-149.3004

2002 30 西武 439-140.319 935-289.3091

2003 31 西武 468-162.346 1403-451.3215

2004 32 西武 394-126.320 1797-577.3211

2005 33 西武 475-153.322 2272-730.3213

2006 34 西武 484-144.298 2756-874.3171

2007 35 西武 501-158.315 3257-1032.3169

2008 36 中日 520-157.302 3777-1189.3148

2009 37 中日 517-156.302 4294-1345.3132

2010 38 中日 505-171.339 4799-1516.3159

2011 39 中日 444-103.232 5243-1619.3088

2012 40 中日 508-145.285 5751-1764.3067

2013 41 中日 495-136.275 6246-1900.3042

2014 42 中日 302-85.281 6548-1985.3031

2015 43 中日 218-65.298 6766-2050.3030

和田一浩は30代に入って初めて規定打席に達したシーズンを経験した初めての2000本安打達成者と大器晩成型でしたが、4000打数に達して以降のピークは2010年の.3159でこの時点でおそらくリー、若松、張本、ブーマー、小笠原に次ぐ通算6位でした。統一球の影響で特に2011年にレギュラー定着後最低の打率に終わってしまったのが響いて、18位まで落ちてしまいましたが、西武だけでなく、中日でも2度のリーグ優勝に貢献し、2000本安打も達成したのだから見事だったでしょう。

アレックス・ラミレス

2001 ヤクルト 27 510-143.280 510-143.2804

2002 ヤクルト 28 539-159.295 1049-302.2888

2003 ヤクルト 29 567-189.333 1616-491.3038

2004 ヤクルト 30 525-160.305 2141-651.3041

2005 ヤクルト 31 596-168.282 2737-819.2992

2006 ヤクルト 32 603-161.267 3340-980.2934

2007 ヤクルト 33 594-204.343 3934-1184.3010

2008 巨人 34 548-175.319 4482-1359.3032

2009 巨人 35 577-186.322 5059-1545.3054

2010 巨人 36 566-172.304 5625-1717.3052

2011 巨人 37 477-133.279 6102-1850.3032

2012 DeNA 38 476-143.300 6578-1993.3030

2013 DeNA 39 130-24.185 6708-2017.3007

同じアレックスで同じ2001年デビューでもセリーグ3球団に所属したのがラミレスでしたが、3000打数到達時点で一時打率が2割9分台そこそこまで落ちていたのが再び3割台に載せて何とか維持したのも珍しい例だったかもしれませんね。最後の年はちょっとボロボロでしたが、王や谷沢同様ピーク時から通算打率もそれほどは落ちていなかったです。

中島裕之

2002 20 西武 7-1.143 7-1.1429

2003 21 西武 89-23.258 96-24.250

2004 22 西武 502-144.287 598-168.2809

2005 23 西武 405-111.274 1003-279.2782

2006 24 西武 412-126.306 1415-405.2862

2007 25 西武 533-160.300 1948-565.2900

2008 26 西武 486-161.331 2434-726.2983

2009 27 西武 560-173.309 2994-899.3003

2010 28 西武 503-158.314 3497-1057.3023

2011 29 西武 566-168.297 4063-1225.3015

2012 30 西武 499-155.311 4562-1380.3025

2015 33 オリックス 417-100.240 4979-1480.2972

3年のブランクを経て去年NPBに復帰したのが中島裕之。西武時代は打率3割台を6回記録してそれも置き土産にMLBに挑戦するも・・・・・・・同じアメリカ経由組な先輩の松井稼頭央同様そのブランクは大きかったのか、3割を割ってしまいました。このまま復帰できないで終わるのか?それとも・・・・・・


【番外編】

城島健司

1995 19 ダイエー 12-2.167 12-2.1667

1996 20 ダイエー 58-14.241 70-16.2286

1997 21 ダイエー 432-133.308 502-149.2968

1998 22 ダイエー 395-99.251 897-248.2765

1999 23 ダイエー 493-151.306 1390-399.2871

2000 24 ダイエー 303-94.310 1693-493.2912

2001 25 ダイエー 534-138.258 2227-631.2833

2002 26 ダイエー 416-122.293 2643-753.2849

2003 27 ダイエー 551-182.330 3194-935.2927

2004 28 ダイエー 426-144.338 3620-1079.2981

2005 29 ソフトバンク 411-127.309 4031-1206.2992

2010 34 阪神 554-168.303 4585-1374.2997

2011 35 阪神 132-25.189 4717-1399.2966

2012 36 阪神 39-7.179 4756-1406.2956

既に4000打数に到達していたけど、彼らも無視できないでしょうという事で。城島健司はそもそも(4000打数以上で)3割台だった時がなく、あと少しでな所でメジャー挑戦し、阪神に復帰後、いよいよ来年こそは・・・・・・と思いきや急に衰えてしまいました。古田敦也をも凌ぐ捕手通算打率1位こそ維持しましたが、マリナーズでは彼とバッテリー組みたがらなかった投手もいたというし、やはりあのままNPBでプレイしていた方が良かったのかも。


古田敦也

1990 25 ヤクルト 280-70.250 280-70.2500

1991 26 ヤクルト 412-140.340 692-210.3034

1992 27 ヤクルト 474-150.316 1166-360.3087

1993 28 ヤクルト 522-161.308 1688-521.3086

1994 29 ヤクルト 260-62.238 1948-583.2993

1995 30 ヤクルト 487-143.294 2435-726.2982

1996 31 ヤクルト 437-112 .256 2872-838.2918

1997 32 ヤクルト 509-164.322 3381-1002.2964

1998 33 ヤクルト 491-135.275 3872-1137.2936

1999 34 ヤクルト 483-146.302 4355-1283.2946

2000 35 ヤクルト 496-138.278 4851-1421.2929

2001 36 ヤクルト 441-143.324 5292-1564.2955

2002 37 ヤクルト 420-126.300 5712-1690.2959

2003 38 ヤクルト 509-146.287 6221-1836.2951

2004 39 ヤクルト 483-148.306 6704-1984.2959

2005 40 ヤクルト 329-85 7033-2069.2942

2006 41 ヤクルト 90-22.244 7123-2091.2936

2007 42 ヤクルト 18-6.333 7141-2097.2937

古田敦也は4000打数到達以前も首位打者になった1991年等3割打者4回ありましたが、1994年や1996年等比較的不振だった年も響き、4000打数到達後は2割9分台半ばでほぼ安定していました。流石に師匠のノムさん以来の選手兼監督は成功しませんでしたが、チームの成績が彼自身の成績(打撃だけでなく、盗塁阻止率等の守備面とかも含めて)とほぼ比例していて、最後の年はついに・・・・・・・だったのですが、ノムさんは別格にしても、史上最高の捕手の一人である事は間違いないでしょうね。

松永浩美

1981 阪急 21 92-30.326 92-30.3261

1982 阪急 22 398-94.236 490-124.2531

1983 阪急 23 427-120.281 917-244.2661

1984 阪急 24 458-142.310 1375-386.2807

1985 阪急 25 481-154.320 1856-540.2909

1986 阪急 26 492-148.301 2348-688.2930

1987 阪急 27 393-114.290 2741-803.2926

1988 阪急 28 473-154.326 3214-957.2978

1989 オリックス 29 470-145.309 3684-1102.2991

1990 オリックス 30 518-147.284 4182-1249.2987

1991 オリックス 31 484-152.314 4666-1401.3003

1992 オリックス 32 473-141.298 5139-1542.3001

1993 阪神 33 303-89.294 5442-1631.2997

1994 ダイエー 34 477-150.314 5919-1781.3009

1995 ダイエー 35 320-76.238 6239-1857.2976

1996 ダイエー 36 207-54.217 6446-1911.2965

1997 ダイエー 37 24-3.215 6470-1914.2958

史上最高のスイッチヒッターと言われている松永浩美はシーズン安打数は140~150台のシーズンが多かったですが、1991年についに打率3割台に乗せ、砂場発言等物議をかもした阪神で1年だけプレーした1993年は僅かに下回りながらも、FAでダイエーに移籍して、何とかと思われました。しかし、そこからの衰えが急で、漸くチームが強くなるかならないかの時に自由契約となって、秋山幸二や工藤公康よりも一足先に退団となってしまったのは寂しかったですね。2000本安打は、マスターズリーグでの安打数を加算して、名誉名球会会員となった様ですが・・・・・・・


以上ですが、NPBの通算打率1位は川上→与那嶺→川上→長島→張本→若松→リー→落合→リーの順に変遷しているのでしょうね。同じぐらいの打率ならば、ボロボロになるまでプレーした張本や若松の方が価値が高いのですが、リーの記録を破る人はまだまだ当分出てこないかもしれません。次はとうとうと言うか、MLB主要打者のそれについてまとめてみたいですね。いつの日になるかは分からないけど・・・・・・・・

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2016/03/21

NPBのプレーオフ制度について少し思う事

平将門の命日(旧暦ではバレンタインデーでもある2月14日)で、暗殺教室実写映画版続編(1作目も先日地上波放送されたが、まあまあと言った所だった)公開日でもある今週25日にいよいよ野球も開幕となりますが、賭博問題や金銭やり取り等あまり明るいムードがないですよね。

CS制度が始まってから今年で9年になって、もう知っている人は知っているでしょうが、1983~85年のパリーグでは1位と2位チームのゲーム差が5以内の場合、最大5試合のプレーオフを行う制度が導入されていました。現実には3年とも1位チームが独走優勝したので、実施されなかったのですが・・・・・・・

その他一時期ながらも日韓共催ワールドカップ等サッカー熱に対抗して2リーグ制とした韓国プロ野球(KBO)中国野球リーグみたいに異なるリーグの1・2位同士がまず対戦して、それぞれの勝者が韓国または中国シリーズに進出する、いわゆるたすきがけ形式もあるようです。しかし、中国では実際同一リーグ同士の対戦になってしまった例があった様ですが、それ以外にも例えば1983年以降では1985年のロッテ(.516) 、1990年の広島(.508)、1992年の巨人・阪神(.515)、1998年の日本ハム(.508)とかみたいに勝率5割少しのチームが日本シリーズに出てしまう可能性もある。現行のCS制度よりはいくらかマシかなあな程度ですね。

そうなると、前述のパリーグ変則プレーオフの方がまだ良かったのかなあと言うか、もっと以下の様に条件を厳しくすべきだったと思います。

①1位チームと2位チームのゲーム差は4ゲーム差以内

②かつ、同組み合わせの対戦成績はタイか2位チームが勝ち越す。この①・②いずれも満たせば、1・2位チームの最大4戦プレーオフを行う。

③3位チームであっても、1位チームとのゲーム差・対戦成績が①・②の通りで、2位チームとのゲーム差が2ゲーム差以内なら、2位チームと2勝先取制の準プレーオフを行う。3位チームが勝ったら1位チームとの最大4戦プレーオフを行うが、負けたらその時点で1位チームのリーグ優勝決定。(2位チームが①・②の条件を満たしていたら、前述通り)

この条件に該当する1983年以降のシーズンは以下の通りです。


セリーグ

1992(ヤクルトVS巨人)、2001(ヤクルトVS巨人)、2007(巨人VS中日、阪神もこの年巨人に勝ち越しはしたが、惜しくも4.5差)、2011(中日VS巨人、巨人はこの年3位だったが、中日に勝ち越し、3.5差)、2015(ヤクルトVS巨人)


パリーグ

1986(西武VS近鉄)、1988(西武VS近鉄)、1989(近鉄VSオリックス、または西武)、2000(ダイエーVS西武)、2001(近鉄VSダイエー)、2006(日本ハムVS西武)、2007(日本ハムVSロッテ)、2010(ソフトバンクVS西武)、2012(日本ハムVS西武)


パリーグの場合は、1988年の10.19や1989年の10.12は何だったんだという事にもなってしまいますが、90年代は殆どないです。1992年のセリーグは巨人の方が前年順位上だからという事でですが、阪神とその前に1ゲームプレーオフぐらいはやっても良いかも。セリーグは巨人がらみ、パリーグは西武がらみな例が多いですが、2000年以降は比較的多く見られますね。③まで適用されるのはセリーグは2011年、パリーグは1989年ぐらいですが、ペナントレースの結果も相応に考慮したつもりです。それじゃあ厳しすぎるよ!!ならば、もし1位チームとの対戦結果は考慮しなければ以下の年も適用されます。

セリーグ

1984(広島VS中日)、1986(広島VS巨人)、1991(広島VS中日)、1994(巨人VS中日)、2010(中日VS阪神、または巨人)

パリーグ

1993(西武VS日本ハム)、1998(西武VS日本ハム)、2008(西武VSオリックス、または日本ハム)、2014(ソフトバンクVSオリックス)


セリーグは中日がらみ、パリーグは日本ハム絡みな例が増えますが、これだとセリーグは10例、パリーグは13例出て、熱パ、実力のパらしく(?)パリーグの方が上回っています。セリーグは3年に1回、パリーグは5年に2回の割合にもなりますね。ちなみにV9時代の巨人にこれを適用すれば、1970・73年にその例が出ます。(70年は阪神に負け越しで、73年は1.5差で3位の中日に負け越し)対戦成績を無視すれば、1972年にも適用され、73年も阪神か中日かどちらかと戦う事になりますが、この事からもV9はやはり後半になるとその強さに陰りが見えてきた事が分かります。ミスター最後の打撃タイトルも1971年の首位打者でした。2シーズン制(1973~82年)のパリーグならば、1974(ロッテVS阪急)、1979(近鉄VS阪急)、1980(近鉄VS日本ハム)、1981(日本ハムVSロッテ)ですね。対戦成績を考慮しなければ、1980年はロッテ、1981年は阪急も絡んできます。

V9時代から両リーグ適用すれば、1968年は巨人VS南海、1971年は巨人VSロッテ、1973年は中日VS阪急、1974年は巨人VS阪急、1975年は広島VS近鉄、1979年は広島VS阪急、1980年は広島VS日本ハム(なお、広島VSロッテの日本シリーズのポスターも作られていたという)、1981年は巨人VSロッテ、1982年は中日VS日本ハムとなっていた可能性もあります。特に南海はダイエーとなった1999年まで下手すれば33年も優勝から遠ざかっていました。

1983年以降適用しても、2004年は中日VSダイエー(確か水島新司先生のドカベンでは実際この組み合わせとなっていた)、2005年は阪神VSソフトバンク、2010年は中日VSソフトバンク、2014年は巨人VSソフトバンクの日本シリーズになっていて、特にロッテファンの人には可哀想ですが、1974年以降41年も日本シリーズに行けない状態となっていた可能性もありました。(ビリー・ゴートの呪い等シカゴカブスと比べればそれでもまだ・・・・なのですが)阪神も戦後15~20年に1・2回しか日本シリーズに行けないジンクスが続いていましたね。

しかし、ソフトバンクもプレーオフに弱いと言われていたけど、巨人もCS制度導入して2度もリーグ優勝はしても日本シリーズには行けなかった事態が発生してしまったのは皮肉ですね。今シーズンも果たしてで、毎年発生するとは限らないのですが、現行CSよりは全然合理的だと思うのですが、どうでしょう?まあ一番は両リーグとも2球団ずつ増やして2地区制にする事なのですが。

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2016/03/20

古代の主な長寿者たち

http://gottanirekishikan.web.fc2.com/fuhou.html

ググっていたら、たまたまこのサイトを目にしたのですが、これは飛鳥時代~現在までの訃報年表のページです。泉重千代翁は最後の江戸時代生まれの日本人かと思いきや、出生記録は早世した兄のそれで、翁は実際は明治10年代半ば頃の生まれだったらしいですが、飛鳥~平安時代に在位した歴代天皇(舒明~安徳各天皇)の治世に生まれ、最後まで生きた人は誰だったのかこのページを参考に調べてみました。


舒明天皇・・・・石上麻呂(640~717)

里中満智子先生の「天上の虹」、「長屋王残照記」いずれにも登場していて、晩年は藤原京の留守役にされていたけど、その時点で70代だったし、必ずしも冷遇されていたわけでもなかったかもですね。

皇極天皇・・・・義淵(643~728)

斉明天皇・・・・阿部広庭(659~732)

天智天皇・・・・巨勢奈弓麻呂(670~753、実際は弓の下に横線が付く)

奈弓麻呂は父の比等が壬申の乱で流罪になる等官人としての出世にはかなり不利な条件を抱えていましたが、最終的には大納言にまでなった等壬申の乱の敗者サイドでは前述の麻呂に次ぐ昇進ぶりを見せましたね。勝者にはついたけど、おそらくすぐ早世した蘇我安麻呂の孫、石川年足もそうだったけど、聖武朝末期~淳仁朝においては一度衰退した氏族の中興も見られた様です。それも、実質的最高権力者だった藤原仲麻呂の権勢のおこぼれでしたが・・・・・・・

天武天皇・・・・泰澄(682~767)

持統天皇・・・・慈訓(691~777)

文武天皇・・・・多治比長野(706~789)

長野はほぼ奈良時代と共に生きた人生だったと言って良かったでしょう。精力もあった様で、娘の真宗は63歳の時の子でしたが、桓武天皇の夫人となり、葛原親王等を産み、途中の系図は曖昧な点もありながらも、桓武平氏等武士の起こりとなっていきました。

元明天皇・・・・賢けい(714~93、変換できず)

元正天皇・・・・羽栗翼(719~98)

聖武天皇・・・・藤原継彦(749~828)

孝謙天皇・・・・護命(750~834)

淳仁天皇・・・・竹田千継(760~860、医師)

称徳天皇・・・・延祥(769~853)

光仁天皇・・・・橘永名(780~866)

前述の仲麻呂との政争に敗れて処刑された橘奈良麻呂の孫で、嵯峨天皇皇后となった嘉智子とは従兄妹にあたります。さらに空海と共に唐に行った逸勢の兄でもあり、近親者は有名人が多いですね。娘の氏子がその女御となっていたので、婿だった淳和天皇とその次の従妹甥だった仁明天皇の治世では昇進したかと思いきや、承和の変で軽い左遷に。しかし、数年で戻ってこれてさらに20年以上生きて晩年は公卿にもなったけど、応天門の変が起きた直後に亡くなったのは何だか皮肉でしたね。

桓武天皇・・・・真然(804?~91)

平城天皇・・・・藤原冬緒(808~90)

嵯峨天皇・・・・藤原良世(823~900)

淳和天皇・・・・相応(831~918)

ただし、菅原道真のライバルだった大蔵善行が832年生まれで、少なくとも921年までの生存が確認できます。道真の左遷(昌泰の変)に関与した連中がその怨霊で次々死んだと言われた中では余計異例な長寿でしたね。悪い奴ほど良く生きるという事ですか。

仁明天皇・・・・増利(836~928)

文徳天皇・・・・会利(852~935)

清和天皇・・・・仁咬(873~959、実際は口へんではなく、白へん)

陽成天皇・・・・寛空(884~972)

光孝天皇・・・・藤原元名(885~965)

宇多天皇・・・・光智(894~979)

醍醐天皇・・・・平忠頼(930~1018)

生まれたのが旧暦で6月だったから、醍醐天皇崩御3か月前でしたが、ここでやっと武士が初登場です。桓武平氏で、前述の長野の子孫でもあります。(多治比長野―真宗―葛原親王―高見王―平高望―良文―忠頼)幼少時は従兄の平将門が一族との土地争いから乱を起こして、ついに関東一帯を支配して新皇を名乗るも間もなく討たれた。そう言えば彼の命日である3月25日まであと少しですが、亡くなった時は道長がこの世をばを歌うか歌わないかの藤原氏全盛期。しかし、道長亡き後すぐに今度は息子の忠常が乱を起こす事となり、藤原氏の満月にも早くも陰りも見え始めます。

朱雀天皇・・・・藤原顕光(944~1021)

村上天皇・・・・源倫子(964~1053)

道長の正室ですが、祖母が時平の娘だったので、時平の子孫って男系は確かに早々と歴史の表舞台から姿を消しましたが、女系では今日に至るまで結構栄えているんですよね。昌泰の変も、例えば宇多天皇の譲位なんか現在に当てはめれば、今の天皇陛下が麻生副総理(彼は総理大臣経験者でもありますが)にだけ皇太子さまへの譲位を相談して、安倍総理にはしなかった様なものですから、時平から見れば「何でそんな大事な事俺にも相談しないの?」な筈である。でも、死んだ時の様子もあの蛇とか面白おかしく描かれていて、悪人扱い、女系子孫の事も半ば無視されてしまっているのも何だかちょっと可哀想ですね。倫子の話じゃないのでこれぐらいにしておきますが。

冷泉天皇・・・・延殷(968~1050)

円融天皇・・・・源算(983~1099)

実は1000年生1107年没な異説もあり、こちらの説の方が本当ならば、四条貞子(孫の後深草法皇・亀山法皇も後を追う様に亡くなっている)よりも先な、3世紀にまたがって生きた、おそらく最初の記録に残る日本人になります。

花山天皇・・・・明快(985~1070)

一条天皇・・・・教懐(1001~93)

三条天皇・・・・蓮待(1013~98)

後一条天皇・・・・藤原寛子(1036~1127)

後朱雀天皇・・・・藤原道子(1042~1132)

後冷泉天皇・・・・源方子(1066~1152)

皇室関係者が続きますが、近衛天皇生母の美福門院こと藤原得子の母で、父の源俊房も長生きで左大臣歴は藤原頼通に次ぐ38年(11世紀は彼ら2人が左大臣だった時期が過半数を占めてもいた)を誇りましたが、天皇の祖母となって、藤原永手以来実に376年ぶりの生前正一位となりました。近衛天皇は1155年まで生きたので、まさに栄光の頂点の中で天寿を全うした事になります。

後三条天皇・・・・藤原実光(1069~1147)

白河天皇・・・・千葉常重(1083~1180)

前述の忠頼の玄孫で、父の平忠兼も81歳、子で、現在も千葉市に胸像がある常胤も83歳まで生きました。武士は貴族みたいに変な迷信とかには囚われず、食事も質素ながらも新鮮で栄養あるものを取っていた様ですが、健康に気を遣った賜物だったでしょうか。常重は治承・寿永の乱勃発直後に亡くなりましたが、その直後常胤が頼朝の挙兵に呼応して、以後相馬氏等子孫繁栄の基を作ったのです。

堀河天皇・・・・大中臣親隆(1105~87)

大中臣氏も、天武系から天智系への皇統移り変わり時に上手く立ち回った清麻呂や平安中期に出て、父の方は百人一首歌人でもあった能宣・輔親親子と長生きした人は何人かいましたが、彼も82歳まで生き、正三位まで登り、三男の能隆も88歳まで生きています。

鳥羽天皇・・・・宇都宮朝綱(1122~1204)

崇徳天皇・・・・寒河尼(1137~1228)

頼朝の乳母でしたが、死去時には彼の子孫は貞暁(頼朝庶子)と竹御所(頼家の娘)しか残っていませんでした。死去2年後には竹御所は鎌倉幕府4代将軍となった藤原頼経と結婚しましたが・・・・・・

近衛天皇・・・・小山朝政(1167~1254)

後白河天皇・・・・菅原為長(1158~1246)

二条天皇・・・・粟田口国綱(1163?~1255)

六条天皇・・・・結城朝光(1168~1254)

何だか国連は今度は代表作の「風と木の詩」までイチャモンつけている(いい加減もっといくつもある大事な仕事しろよでもあるけど)様ですが、竹宮惠子先生が手掛けられた吾妻鏡の漫画版でも特に後半レギュラーみたいな活躍見せていたのも印象的でしたね。

高倉天皇・・・・藤原信実(1177?~1265)

安徳天皇・・・・西念(1182~1289)

近年は平安時代の終わり・鎌倉時代の始まりは1185年説が有力となっている様ですが、おそらく彼が平安時代生まれ最後の生き残りだったでしょうね。既に鎌倉時代も後半が良い所で、持明院統と大覚寺統の対立が深刻なものとなっていましたが・・・・・・

と言うかまた、該当者は斜線表示しましたけど、お坊さんが多かったのが特徴的でしたね。中には僧兵もいて、特に平安後期は朝廷を悩ませましたが、精進料理とか厳しく節制していたからでしょうか。確実な最後の江戸時代生まれの日本人は1977年に109歳の誕生日直前に亡くなった中山イサ氏だった様ですが、男ではおそらく村上直次郎氏(1868年2月生、1966年9月没)で、一世一元(つまり、天皇在中は元号は改元しない)制前の天皇、孝明天皇在位時に生まれた有名人ではスルガ銀行生みの親だった岡野喜太郎氏(1864年生、1965年没)ですね。おそらく。と言うかまた、このサイトでは南北朝時代のページでは文字化けしていて見れないのですが、坊さん以外にも脇役ばかりながらもその時その時の歴史に欠かせない存在ばかりな面々だった事も分かります。以降の面々はまた気が向いたら・・・・・・という事で。

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2016/03/19

この人も「Who are you?」だったが・・・・・・

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160319-00000153-spnannex-ent

ショーンK氏がラジオで涙の謝罪「とてつもないご迷惑を…」騒動後初の肉声

スポニチアネックス 3月19日(土)21時2分配信    

 経歴詐称が発覚し、活動を自粛した経営コンサルタントの「ショーンK」ことショーン・マクアードル川上氏(47)が19日、自身がDJを務めていたJ-WAVE「MAKE IT 21」(土曜後9・00)の代替番組の冒頭に出演、涙ながらに「とてつもないご心配とご迷惑をおかけして心から申し訳なく思っています」と騒動を謝罪。16日発売の「週刊文春」が疑惑を報道して以来初となる肉声となった。

 騒動を受けてこの日、川上氏がレギュラーを務めていた同番組の放送が休止となり代替として「THE MUSIC SPECIAL -Remembering George Martin-」を放送。その番組の冒頭、川上氏が自らの口で謝罪の言葉を述べた。

 「リスナーのみなさん、関係者のみなさん」と切り出すと、声を詰まらせながら「このたびはとてつもないご心配とご迷惑をおかけして、お詫びの言葉もみつかりません。ただただ心から申し訳思っています」と謝罪。一連の騒動を「その責任は私にあります」とし「このことを重く重く受け止め、長らくの休業、メディア活動の休止を決断しました」と自身の口からも活動自粛を発表した。

 2000年10月からスタートし15年半、時折鼻をすすりながら同番組への愛着を吐露。「土曜の夜のこの番組は私そのもの。いろいろなことがありましたが、マイクの前に座り、みなさんとつながることでどれほど救われたか分かりません」と感謝も口にした。

 最後は「いつかどこかでお会いできることを信じて、それを勇気に生きてまいります。リスナーのみなさま、関係者、愛するスタッフ、本当に本当にごめんなさい。申し訳ありませんでした。長い間ありがとうございました」と声を絞り出して別れを告げた。

 その後は、局から「番組の継続は難しい」と番組の終了が発表された。

 川上氏は15日に自身の公式サイトで学歴詐称を認め「大変な誤解とご迷惑をおかけしました」と謝罪。同番組を含め現在出演中のテレビ、ラジオ番組、来月開局するテレビ朝日系のインターネット放送の計6番組に辞退を申し入れていた。

しかし、週刊文春は今年に入ってから「絶好調!!」ですね。中畑清さん以上に。正直今回のスキャンダルが起きる前はこの人の事知らなかったけど、川谷氏や清原氏、宮崎議員等もっとアレな人達が目立ちまくり(ギャオで最近見た某映画でも主役張っていたけど、特に川谷氏や宮崎議員については彼らの方がずっと悪質だったのに何故塩谷瞬氏もあそこまで叩かれていたのか改めて理解に苦しむ。褒められたことではなかったけど、それにしても)なだけにこのショーン・マクアドール川上氏は気の小さい人なんだろうなあと言うか、対応も比較的マトモだし、全然マシに見えますね。建前なんかでなく、本音で謝罪しているとすれば。(多分そうなのだろうけど)まあこの人よりも清原氏、清原氏よりも・・・・・・ですね。松戸市の病院に入院したらしく、重度の糖尿病を患っているとの事ですが、院長の名前を公開してしまった報道も見られたのは「それ駄目じゃないか?」ですが、何か彼らに目を向けさせるこ事で都合の悪い事も知られないようにしようとしている連中の恣意的な報道な気もしてならないのは私だけではあるまいですが・・・・・・・・次は一体誰がそうした話題そらしの為のスケープゴートにされるのだろうか?近い内に必ずまた出てきそうです。

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2016/03/13

行かなくても撤退してしまうのは寂しい

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160313-00108957-toyo-bus_all

「そごう柏店」を撤退に追い込んだ過酷な事情

東洋経済オンライン 3月13日(日)6時0分配信    

 「ああ、ここもなくなってしまうのね」――。JR柏駅前にそびえる“思い出の場所”を前に、通りがかった年配の女性はそう嘆いた。

【地図あり】激化する柏の商業施設バトル

 セブン&アイ・ホールディングス(HD)は3月8日、運営する西武旭川店(北海道)とそごう柏店(千葉県)の2つの百貨店について、2016年9月末に閉店すると発表した。好調なコンビニエンスストア事業とは対照的に苦戦する百貨店事業のリストラに踏み切り、経営改革のスピードを加速させる狙いだ。

 「グループの利益が最大の今だからこそ、構造改革を進める」。記者会見に臨んだセブン&アイHDの村田紀敏社長はこう強調した。百貨店閉鎖に加え、同じ傘下の総合スーパー(GMS)のイトーヨーカ堂についても、2017年2月期中に20店の不採算店閉鎖に踏み切る。

 閉鎖する百貨店2店舗で働く社員は、そごう・西武のほかの店舗へ配置転換する。契約社員については、閉店となる9月末で契約切れとなる。今回の閉鎖に伴い、2016年2月期に15億円前後の特別損失を計上するほか、本部要員を100人削減し、店舗へ配置することで現場のサービス力強化につなげる構えだ。

■ 旭川と柏では事情が異なる

 百貨店は都心の大型旗艦店を除くと、苦しい状況が続いている。今回閉鎖する西武旭川店は、その顕著な例の1つだ。旭川市の人口は1998年(36.4万人)以降、少子化や転出超過で減少の一途をたどる。2015年9月末では34.5万人となった。こうした状況から、「地方都市は百貨店が1店舗しか存続できないマーケットになった」(村田社長)。

 だが、柏市は事情が異なる。東京のベッドタウンである同市は、旭川市とは逆に人口が増加している。2016年3月時点の柏市の人口は41.4万人と、10年前から3.3万人増えている。にもかかわらず、そごう柏店を閉めるという決断に至ったのはなぜなのか。

 

 会社側が理由に挙げるのは、競争環境の激化だ。

 1973年10月にオープンしたそごう柏店は、駅を挟んだ向かい側に同時期に開業した柏高島屋、同じ東口で1964年から営業を始めていた丸井柏店と競い合う形で、成長を遂げてきた。売上高は1991年2月期に590億円とピークを迎えた。

 が、2000年代に入ると、半径5キロ圏内に次々と大型のショッピングセンター(SC)が進出。イオンモール柏をはじめ、流山おおたかの森S・C、ららぽーと柏の葉が相次いで開業した。

 こうした逆風に、そごう柏店も手をこまぬいていたわけではない。大型SCがファミリー層をターゲットに位置づけるのに対し、そごう柏店はシニア層にターゲットを絞った品ぞろえやサービスに力を注いできた。2012年には百貨店内にカルチャーセンターを誘致し、俳句や短歌、音楽やダンスの講座を開くなど、シニア客の流入を図った。

 「これらの取り組みは一定の成果があり、シニア客に絞った売り上げは回復トレンドにあった」(そごう・西武)。ただ、結果としては、シニア層以外の施策が乏しく、店舗全体の売り上げの減少に歯止めをかけることはできなかった。直近の2016年2月期の売上高は115億円と、ピーク時の2割程度にまで落ち込んでしまった。

■ 攻勢を強める大型SC

 一方、これまでは家族客に狙いを定めてきた近隣の大型SCは、シニア層を含む3世代の囲い込みに注力し始めている。

 「フードコートはナショナルチェーンだけではなく、素材にこだわった付加価値の高いテナントも増やすことで、幅広い年齢層に受け入れられるようにしている」(ららぽーと柏の葉を運営する三井不動産)

 こうした取り組みが功を奏し、ららぽーと柏の葉は開業直後の2008年度は168億円だった売上高が、2014年度は222億円にまで増加した。この勢いは柏に限ったことではない。全国各地の大型SCはおおむね順調に客数を伸ばしており、今後も未開拓地域への進出を続けていくとみられる。

 セブン&アイHDの村田社長は「閉店する2店を除いた既存の百貨店については、黒字を確保できている」として、残る21店の百貨店については存続させる意向を示した。ただ、柏の事例のように近隣で競合SCの進出が相次げば、現在は黒字を維持している店舗も安泰とはいえない。人口増加が続く柏での撤退は、郊外都市における百貨店閉鎖ドミノの序章となるかもしれない。

2016年9月と言えば、スマップの契約が切れる時でもあるけど、「マジで?」ですね。茨城県南地方も長崎屋やイトーヨーカドーが撤退または閉店したりして、たまに行く事もあった石下のアピタも去年9月の大雨で閉店と寂しいものがありますが、柏そごうも行った事はなくとも、常磐線乗っていた時に良く通過していて、柏のシンボルの一つだっただけにやはり聞いてて寂しいですね。イオンは近辺車で混んで、越谷で渋滞に巻き込まれてしまった事もあったからなるべく近寄らないですが、今TX沿線も色々再開発とか進んでそっちの方に若い世代を中心に流れてしまうのでしょうね。今度GWにでも行ってみようかな。ついでにじゃないけど、今も柏に店舗がある東京チカラめしにも行って、テイクアウトで厚切り豚丼かお肉たっぷり豚マヨ丼、または野菜牛焼肉唐揚げ2個定食でも買って。

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2016/03/12

常磐道、合計41キロ区間の四車線化決定

http://trafficnews.jp/post/49320/

128kmある常磐道の暫定2車線区間

 国土交通省は2016年3月10日(木)、常磐自動車道の福島県・宮城県内の2区間について、4車線化に着手すると発表しました。

 常磐道は三郷JCT(埼玉県三郷市)を起点に茨城県・福島県の太平洋沿岸を北上、亘理IC(宮城県亘理町)までの約300kmを結ぶ高速道路です。そのうち、いわき中央IC(福島県いわき市)と岩沼IC(宮城県岩沼市)のあいだ128kmは、暫定2車線で開業しています。

常磐道の福島・宮城県内にある暫定2車線区間と、その4車線化計画の概要(画像出典:国土交通省)。

 この暫定2車線区間のうち、いわき中央IC~広野IC(福島県広野町)の27kmと、山元(宮城県山元町)~岩沼ICの14kmを4車線化するもので、政府が定めた「復興・創生期間」内のおおむね5年で完成を目指すとのこと。

 なお、4車線化の対象外である広野IC~山元IC間については、付加車線の設置が検討されます。

【了】

まあいわき中央~広野IC区間はR6の久之浜バイパス全線開通も近いようだし、それほどの優先事項かどうかは微妙ですが、山元~岩沼ICの四車線化はやってみても良いでしょうね。とうとう名取市~仙台市街地の旧道も一部ルート以外指定解除(r273に格下げで、その一部ルートが飛び地指定状態となっている)R4の渋滞緩和にもいくらか繋がるかも・・・・・・と言うか、一応R6に指定されている仙台東部道路も常磐道の延長みたいと言うか、有料道路だし、それ以前にR4仙台バイパス建設時点でもうR6は岩沼で合流させないで、少なくとも名取市(現実のR4とr273に降格された旧道との交点あたりまで)までR4とは別に東仙台バイパスとか作って、その以北から直接接続した仙台東部道路作れば良かったかもですね。実際R4と並走している道路として、r10も存在し、このr10も仙台空港近辺でバイパス建設が進んでいる様ですが、まあいずれにせよ、こちらの方も今すぐにでも是非やってくれと思えるほどでもないかもですね。

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2016/03/08

結局は幕僚長更迭時から脇の甘さが直っていなかったという事だったのだろうが・・・・・・

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160307-00000533-san-soci

田母神俊雄氏の関係先を業務上横領容疑で捜索 東京地検特捜部

産経新聞 3月7日(月)14時29分配信    

 

 平成26年2月の東京都知事選に出馬した元航空幕僚長、田母神俊雄氏(67)の政治資金の一部が使途不明となっている問題で、東京地検特捜部は7日、業務上横領容疑で田母神氏の資金管理団体の事務所(東京都千代田区)などを家宅捜索した。都知事選で選対本部長を務めたテレビ番組制作・衛星放送会社「日本文化チャンネル桜」の水島総(さとる)社長(66)ら選挙スタッフが昨年12月に告発していた。

 田母神氏は昨年2月に会見し、政治団体「田母神としおの会」には都知事選後に約6千万円の残金があったが、衆院選前には約1千万円に減少しており、調査の結果、会計責任者だった50代男性が横領を認めたと発表していた。

 田母神氏側の説明によると、この男性は高級クラブでの遊興費や生活費などに充てていたという。

 田母神氏は同3月、都知事選と26年12月の衆院選に立候補し落選したが、これらの選挙で寄付などで集まった1億数千万円のうち、男性が約3000万円を遊興費などに流用したとして、この男性に対する業務上横領罪の告訴状を警視庁に送付していた。

 その後、昨年12月、選対本部長を務めた水島社長ら選挙スタッフが、この男性だけでなく、田母神氏と選対事務局長も関わっていたとして業務上横領罪で東京地検特捜部に告発していた。

 水島社長は産経新聞の取材に「選挙に関わったスタッフが勇気をもって内部告発した。不正は許してはいけない。東京地検特捜部には使途不明金の全容を解明してほしい」と話した。

 
【関連記事】
(幕僚長時代の論文等について触れたブログのページ)
http://obiekt.seesaa.net/article/109390325.html
(78日で米空軍参謀総長を更迭されたマイケル・デューガン大将と田母神氏の類似点を指摘したページ)

この人は以前にも不倫とか、故・湯川遥菜氏との関係否定(知らないと言っていたが、ちゃんとツーショットの写真も残っている)とかあまり良くない話題も聞かれましたが、とうとう・・・・・・・ですね。

二番目のHPでも色々激論(?)が交わされてましたが、まあ確かにトンデモ度ではデューガン氏の方が上でしょう。指揮権がない(あるのは、統合軍の一つであるアメリカ中央軍の司令官)のに随分好き勝手言っていた様ですが、越権行為とか非難されてもしょうがないと思います。

それに比べれば田母神氏の論文問題は、政府見解と個人的歴史認識の整合性の問題ですが、そもそもですよ。確かに中国や韓国からもそういうの押し付けられ、やってもいない事までやったと認めるのもおかしいでしょう。太平洋戦争も決して単純な侵略戦争とかではないです。利権争いであり、そうしなければいけない所まで追い詰められてしまった面もあったのでしょう。

しかし、もうこのブログでも今まで何度も言ってきた事であり、少なくともホントにそういうイデオロギーに囚われない歴史認識を持っているのなら、もういつまでも謝る事でもないとも思いますが、当時の日本政府や軍部、国民各々も自分達でそういう利権争いしなければいけない立場に追い込んでしまったわけです。他のアジア諸国殆どが欧米列強の植民地になっていった中、日本は明治維新に成功したのは良かったけど、特に日露戦争以降自分達の国力を過大評価する様になっていった。そして維新の元勲達が昭和天皇践祚時までには殆どいなくなって、ついに・・・・・・だったのですが、問題なのは太平洋戦争とかが侵略戦争だったのかそれともアジア解放の為の聖戦だったのかなんかよりも。確かに今の時代に生きる日本人がいつまでもご先祖様のした事を謝り続ける必要はないのですが、そうやって戦前の悪い事は何でも悪く見せるか何でも良く見せるかばかりに半ばこだわっていて、彼らご先祖様が残したツケの始末はしなければいけないのに未だそれが出来ていない事なのです。田母神氏更迭時点でも既に終戦60数年も経っていたのに。

そういうのも相手の国の立場もあるから、口で言うほど問題解決は容易な事では決してないとも思います。実際慰安婦問題の現状もどうなのかも他でも散々議論されている通りです。今までの日本国政府も確かにだらしなかったかもしれませんが、だからと言って、確かに岩田陸上幕僚長もそういう政治的発言したの聞いた事ないねであり、他のブログでも「お前政府見解もそういう見解なの知らなかったわけじゃないだろ?今まで建前上仕方なく従ってきて、偉くなったら公然と否定なんてする様な手合いを『憂国の士』とか持ち上げるなんておかしいだろ」という様な指摘していた人いましたが、国から給料貰っていた立場なのに下手にただでさえ・・・・・な近隣諸国から標的の材料にされる様な事を言う様では、やはり国から給料貰っているのに国歌斉唱等を拒否している公立学校の先生達の事も批判したりとかは出来ないでしょう。

それでも少なくとも田母神氏とか、櫻井よしこ氏とか一部そういう右派や保守の人達の言動には「彼らには彼らなりの愛国心もあり、思想的には相いれなくてもそういうのも尊重しなければいけないんだ。」とも思ってはいました。東京都知事選挙も、「他の面々を当選させるぐらいなら、相対的ではあるけど、まだこの人が一番良いかなあ」とも思っていましたが・・・・・・・・・

何だか甘利前大臣の不祥事反らしに清原和博氏の逮捕を恣意的に行ったのは良いが、もう1か月強経ってそろそろネタが尽きてきた(野村貴仁氏がまた「薬物使用してもホームラン打てるわけじゃない」とか言っていた様だし、今度5月17日にいよいよ初公判が開かれるらしいが)し、今度はこいつを・・・・・・・という事なのか、これまた恣意的なものも感じられますが・・・・・・・・・たとえホントに自身は不正行為やってなかったとしても、「秘書が悪い。俺は知らん」じゃ済まされる問題じゃないですからね・・・・・・・・・

田母神氏はまた、ガチガチの右派・保守かと思いきや、ユーモアも介してもいた様である。最後更迭されて階級も大将相当から中将相当に降格して退官しながらも幕僚長まで登った人なのですから、優秀なはずなのですが、女性問題と言い、今回の資金問題と言い、肝心な所で自身の社会的評価を落としかねない動向も見られるのも、論文問題から変わっていなかったエリート故にも克服できなかった脇の甘さだったのかもしれません。いよいよ来月から今度は四部がTVアニメ化されますが、ジョジョの荒木飛呂彦先生も言っていたもんね。「人の性格がそう簡単に変わるのなら苦労はしません。」って。田母神氏も「冤罪」はないかなあと言うか、まあ政府見解に逆らってまで投稿した論文の時同様本当の事を早く話した方が良いのでしょうね。

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2016/03/06

ロッテのお家騒動も大概にだけど・・・・・・・・

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160306-00000509-san-bus_all

ロッテHD臨時株主総会、創業者長男・宏之氏提案の「経営陣解任」を否決 「不当な圧力あった」

産経新聞 3月6日(日)10時45分配信    

 創業者一族で経営権をめぐる争いが続くロッテホールディングス(HD)の臨時株主総会が6日、東京都新宿区の本社で開かれた。創業者の重光武雄名誉会長(93)の長男で前副会長の宏之氏(62)が自らの取締役復帰と現経営陣の一掃を求める株主提案は反対多数で否決された。昨年8月に行われた臨時株主総会に引き続き、次男で副会長の昭夫氏(61)側が株主の信任を受けた形となった。

 関係者によると、総会は午前9時から30分程度行われた。宏之氏は株主として参加した。会社側からは昭夫氏や佃孝之社長らが参加した。宏之氏は自らの解任理由や現取締役の適格性について質問したという。

 総会終了後、宏之氏は記者団に対し、「ロッテグループ従業員持株会」の理事長が総会に出席していないことなどをあげ、「不当とも思える圧力が従業員持株会にあった」と批判。「次回6月の定時株主総会まで時間があるので全力を尽くします」と述べた。6月の次回総会で同様の提案を行うと明言した。

 ロッテHDは「特にコメントはない」としている。

 ロッテHDの経営権をめぐっては、同社は昨年1月に宏之氏が副会長を解任され、7月には武雄氏の代表権を外し会長から新設の名誉会長とする人事を発表。これを不服とする武雄氏が、会長解任の取締役会決議無効を求める訴訟を東京地裁に起こした。宏之氏もグループ4社の取締役を不当に解任されたとして、約6億2千万円の損害賠償請求訴訟を起こしている。

そう言えば、最近超高齢権力者の妙な(?)動向がいくつも見られますね。

強い政治的実権はないけど、本当なら95歳になる2020年まで在任できる筈だったイタリアの前大統領は任期途中で退任したと思いきや。SMAP独立騒動で一層悪役のイメージが強くなった(?)メリー喜多川氏は副社長だけど、89歳になるし、社長で弟のジャニー氏は1931年生まれとされるけど、実際は1928年生まれらしい。ジンバブエのロバート・ムガベ大統領は92歳になったばかりだけど、誕生日パーティーで贅沢しまくって、「そんな金があるなら、国民の為に有意義に使えばいいのに.。それでどれだけ救われるんだよ」だし、また今年の大河ドラマ主人公の実兄でもあるけど、真田信幸も当時としては余計驚異的な92歳まで生きながらも跡継ぎ問題もあってとても楽隠居とはいかなかったらしい。

メリー氏と同級生で、伊良部一郎シリーズでも患者のモデルにされたナベツネも健康面の不安も囁かれていながらも一定の影響力はあるだろうし、まあ信幸は状況が悪かったからしょうがない所もありましたが、何でそんな年寄りになってまで権力を維持したいとか思うのでしょうね。

このロッテのお家騒動も、重光武雄名誉会長はもう94歳になるけど、発端は長男の宏之前日本ロッテ副会長の株式買い増しも含む、経営路線を巡る対立(宏之氏は在日2世ながらも韓国語は流暢に話せないらしい)だった様です。去年1月に宏之氏は副会長職を武雄氏から解任されたけど、次男の昭夫氏が後任の副会長に加え、7月16日には代表取締役となったのですが、今まで長男が日本、次男が韓国担当だったのが、宏之氏が前述の株式買い増しで昭夫氏を骨抜きにしようとして失敗、今度は昭夫氏に権力が集中する様なパワーバランスとなってしまった様である。実際実権を奪われて、今度は解任した筈の宏之氏と組んで、7月下旬にも昭夫氏ら経営陣の一掃を図ったらしいですが、何とか昭夫氏の勝利という形で決着したかと思いきやまだ終わっていないようですね。

ヤフコメは右寄りだから、当然このお家騒動の記事にもロッテヘイトなコメントが目立って、別に自分は今まで創業者一族の出自とかあまり意識なんかしていませんが、いくらもっと長生きできるようになっても、人間ほどほどの所で身を引くのが自然の摂理であり、それに逆らえば、最悪取り返しのつかない事も起こるんだという事なのでしょうね。彼らと比べたら、今度は馳文部科学大臣に責任の押し付けみたいな発言しちゃっている、某東京五輪・パラリンピック大会組織委員長なんかまだ若造な方なのでしょうが、駄目だこりゃですね。

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2016/03/05

信長ならぬやよい軒の「野望」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160304-00000113-jij-bus_all

定食の「やよい軒」、米進出=シリコンバレーに1号店

時事通信 3月4日(金)17時0分配信    

 【シリコンバレー時事】外食大手プレナスが運営する定食チェーン店「やよい軒」の米国1号店が4日、カリフォルニア州パロアルトにオープンする。パロアルトはIT企業が集積するシリコンバレーの中核都市。すしを中心とした和食ブームの中、「本格的な和定食」を武器に米国でも店舗網拡大を目指す。
 出店場所はスタンフォード大学近くの商店街。コメや味付けのタレは日本から持ち込み、定食や一品料理など60種類のメニューを提供する。「しょうが焼き定食」が15.5ドル(約1800円)など、日本の店舗より高めの設定とした。
 「やよい軒」は日本で297店舗、海外はタイを中心に155店舗を展開。プレナスの塩井辰男社長は3日、「米国は外食市場が大きいので、拡大していきたい」と話した。 

http://www.yayoiken.com/menu_list/


メニュー見てみましたけど、定食だけでも結構色々なメニューがあるんですね。やよい軒って。安いと言えるかどうかは一見微妙かもしれませんが、なお健康的な十六穀米を代わりにご飯選べるだけでなく、普通の白米はお代わり自由なのも考えれば安い方かもしれませんね。ガッツリ食べたい人にとっては。茨城県にも勝田や石岡にも店舗あるようですが・・・・・・「とり天とだんご汁の定食」とか「彩定食」、「ミックスグリル定食」とかは機会あらば一度食べてみたいとは思いますね。

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ギャレットしか選択肢は無いか

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160304-00000001-wordleafs-base

巨人の4番はギャレットで大丈夫なのか

THE PAGE 3月5日(土)12時0分配信    

 高橋由伸新監督(40)が率いる巨人がオープン戦から好調だ。ここまで7戦6勝1敗。好調理由のひとつが、全試合でチームの4番に座っている新外国人の左バッター、ギャレット・ジョーンズ(34)の存在だ。1日の日ハム戦では、一回無死一、二塁から先制3ランを放つなど、7試合の成績は20打数8安打、1本塁打、5打点で打率4割。真っ向勝負された日ハムの大谷翔平(21)には、2打席連続三振を喫したが、三振もこの2つだけ。昨季の三振率は、24パーセントくらいあったが、一発屋にありがちな、三振かホームランかのタイプではない。

 昨季、ヤクルトに優勝を持っていかれた巨人の最大のウイークポイントが打線で、固定できない4番問題にあった。表のように阿部慎之助(36)が53試合、坂本勇人(27)が48試合、亀井善行(33)が17試合、長野久義(31)が11試合、大田泰示(25)が10試合、アンダーソン(33)が2試合、村田修一(35)、中井大介(26)までが1試合ずつ任されるなど、実に8人が入れ替わった。

 高橋監督も「去年は4番が稼動しなかった。ピッチャーは心配はしていないが、課題は打つ方をどうするか。1試合、4打点を目標に掲げているが、それを達成するために間違いなくキーポイントになるのが、4番」と、4番を誰にするかが、今季の優勝のカギを握ると断言する。昨季は、1試合平均得点が「3.41」だったが、「1、2点打線」と揶揄された。4番が稼動すれば打線が点から線へとつながり、4点打線も可能になってくるだろう。

 では、4番は、ギャレットで決まりなのか。

 4番問題についてキャンプ期間中に高橋監督から話を聞いたが、「4番はギャレット、阿部、長野の3人がベースになるだろう。ギャレットはメジャー通算で122発の実績があるが、左投手に弱いデータが出ている。長野は、長打があるし足も使える。キャンプでは躍動感を感じた。阿部は、今季キャッチャーでということもあって調整は任せているが、(4番としての)実績はある」と語っていた。

 このオープン戦の流れからギャレットが4番に固定できることになれば、シーズンを通じた調子や、対左投手との相性を見ながら、阿部、長野をうまく入れ替えするところまでで収まりそうだ。一定の芯は作れる。

元千葉ロッテで評論家の里崎智也氏も、「4番は誰でもいいでしょうが、大事なのは並び。キャッチャーからすれば、次が嫌だからこいつで勝負しなきゃいけないと考えるのと、次は楽だからファアボールになっていいので厳しく攻めようと考えるのでは、大きく違う。常に前者のようなプレッシャーをバッテリーに与える並びを組めるか、どうかでしょう」と言う。
 その意味では、ギャレットが結果を出して4番に入れば、阿部、長野を6番、7番で使えるメリットが生まれてきてバッテリーに「次が怖い」とプレッシャーを与えることになる。

 しかし、ギャレットのオープン戦7試合の内容を信用していいのか? ギャレットの4番で大丈夫なのか? という根本の議論も残っている。シート打撃では、変則左腕の公文克彦からアーチを放ったが、アメリカでの対左投手の打率は.194と低く、他球団の外国人担当からは「あれだけ左に弱いと、右投手先発のときしか使えないでしょう」という声まである。

 前述の里崎氏は、「外国人についてオープン戦で使えるかどうかの結論を出すのは非常に難しい。さっぱり打てなくても本番で対応できる外国人もいるし、その逆もいる。ただ得てして、日本語を覚えようとするような頭のいい外国人は対応して成功する傾向にはある。ギャレットも、頭を使って考えている部分は見えますよね」と見ている。

 里崎氏が指摘するのは、大谷翔平が「力でどれだけ押せるか試した」と全力投球で勝負してきた2日の日ハム戦。ギャレットは、最初の打席はフォークで三振に倒れたが、第二打席では、160キロ、大谷の最速タイとなる162キロのストレートで、ポンポンと追い込まれてから、続く3球目のフォークにバットが止まったのだ。結局、フォークの連投で三振したが、里崎氏は、「普通なら手を出してもおかしくないフォークを簡単に見逃した。タイミングが合わなかっただけかもしれないが、頭を使っているなあというのが見てとれた」と気に留めた。

「左に弱いという来日前の評価だったが、左からも打っているし、とりわけ苦手感はまだ見えない。バッターボックスからかなり離れて立っていて、バッテリーの配球のヒントにはなるが、ダイエー時代に3年連続で3割、20本以上を打ったペドロ・バルデスなんかも、そういうスタイルで結果を出しているから。それが欠点とは言えない。すべては本番での結果次第ですよ」

 現在、キャッチャーに再転向する阿部が2軍調整中で、オープン戦でもDH出場だけで、まだマスクをかぶることができていない。調整がうまく運べばいいが、遅れれば4番は、ギャレットか長野かの選択肢しかなくなってくる。その意味でも、4番・ギャレットへの期待感は高く、今季の高橋巨人の命運を握る存在であるのかもしれない。

(文責・駒沢悟/スポーツライター)

そう言えば、今日某バラエティ番組でビビる大木氏が必死に高橋由伸新監督と故スティーブ・ジョブズ氏との共通点等を力説していたのをたまたま目にしましたが・・・・・・・・ファン感謝祭での巨人選手達の態度も暴露した事があった大木氏、まあ巨人や高橋監督好きなのは勝手ですが、巨人入団の経緯も知らないわけでもないだろうに。高橋監督の現役時代の成績だけ見ても、そうした力説もかなり空しく感じられましたね。結局ベストシーズンは2年目の1999年で、2007年がそれに近い(もしくは同じぐらい)な成績でその年以降は規定打席にすら到達した年なかったですからね。(2012年はもう少しだったが)大木氏の話は真面目に聞くべきな話だったかは正直微妙でしたが、ジョブズ氏と同列視するのならせめて生涯打率・本塁打数・打点数がミスター(長島茂雄氏)並みかそれに近い数字、またはRCWIN・RC27傑出度いずれもトップ15~20以内に入っていなければねえです。(高橋監督はRCWINは通算37位だが、概算値扱いな1954年以前からプレーしていた、故川上哲治&故山内一弘両氏等は除く。最近の巨人生え抜きでは阿部慎之助捕手・内野手が通算24位)

後継者を育てられなかった等の事情もあって、いきなりの現役引退→監督就任となったのだから、広岡達朗氏みたいにハナから決めつけて否定的な事言うのもアレだけど、変に持ち上げてプレッシャーかけるのは駄目だよですよ。で、その高橋新監督体制の下、今年の巨人はオープン戦好調な様ですが、菅野投手ら先発ローテの防御率は2点台で、リーグは違えどソフトバンクより良かったのに、確かに四番が固定しなかった様では、防御率だけ見れば鉄壁だった彼ら先発ローテがそのソフトバンクのそれの約1/3しか貯金作れなかったのも無理ありませんね。そんな巨人期待の有力四番候補なギャレット・ジョーンズ選手は、かってのロイ・ホワイト氏やレジ―・スミス氏ほどではないながらもMLBでも何年かレギュラー張った実績があって、特にパイレーツ時代の2012年は27本塁打を打った事もあった様ですが、対左打者打率が目立って低かったのはやはり大きな不安要素ではあります。セリーグはパリーグのソフトバンクとは違って、抜け出そうなチームはなさそうな感じもしますが、現役引退後ずっと広島と巨人のコーチを交互に務めていて、これまで何人もの好打者を育ててきた内田順三コーチが一軍から二軍の打撃コーチに昇格したので、内田氏の手腕にも要注目かもですね。

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