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2016/02/15

清原はもう落ちる所まで落ちるしかないのか・・・・・・・・・その2

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160211-00000005-sasahi-soci

元西武ライオンズ監督・広岡達朗 清原逮捕に「この事件は球界に対する警告。指導者が常識教えなかった」〈週刊朝日〉

dot. 2月11日(木)11時34分配信    

 薬物使用の疑いで逮捕された清原和博容疑者(48)について、元西武ライオンズ監督の広岡達朗氏は、当時の監督や球団が悪いと指摘する。

*  *  *
 清原がこうなったのは、プロ野球で上に立つ人が「これはやっていい」「これはやってはいけない」と教えてこなかった結果なんですよ。縁あって入った球団の指導者は何をしていいかいけないかを選手に教えるべき。この事件は球界に対する警告だと思うね。

 コーチを責めるよりも、やっぱり監督だね。清原は高校を卒業してドラフト1位で西武に入った。当時の森(祇晶)監督は野球は教えたけど、社会人としての常識を教えなかった。親ができなかったことを球団が教えないといけなかった。森監督がしっかりしていれば、清原はタイトルを取ってますよ。清原は「無冠の帝王」だもん。清原はまれにみる才能を持った男だったんですよ。僕が西武の監督だったころに入団していたらよかったが。

 清原はFA(フリーエージェント)で巨人に移籍して、打てないものだから、何かを飲んで、丸くて短い筋肉を作った。プロレスラーになったほうがいいような体になった。野球人の体じゃなかった。アメリカで誰かにこうやって体を作ったほうがいいぞと教わったのかもしれない。

 巨人時代、コーチ陣が清原を持て余して、2軍で巨人軍というのは何かというのを教えなくちゃいけないと、コーチらで全員一致になった。だけど、長嶋(茂雄・元巨人監督)さんが「三顧の礼を尽くして来ていただいた清原をそういうところにおいてはいけない」と言って、ずっと使い続けた。それでダメになった。

 長嶋さんもダメ。“ON人気”で選手としてはよかったけど、人を育てるコーチや監督になってからはダメだった。長嶋さんはいちばん弱いチームに行って監督してみたらわかる。

 にんにく注射を清原以外の他の選手もやっていた。ごつい注射をすると元気になるからといって、病院に行って医者に打ってもらっていた。そのときだけ元気になってもダメ。元気になりたければ食生活を見直すなり、規則正しい過ごし方をしなさいということを教えないと。

 清原が現役だったころ、「お前はカネをとっているからカネを生かせよ」と言ったことがある。清原は「広岡さん、そんな厚かましいことようしません」とかなんとか純情だったけどね。

(取材班=今西憲之、上田耕司、亀井洋志、長倉克枝、西岡千史、林壮一、松岡かすみ、柳川悠二)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160213-00000509-sanspo-base

清原氏は1988年末から既に薬物やっていたのではないかな説も浮上してきている様ですが、これは正直信じかねますかね。この頃の氏は今だタイトルとは無縁ながらも前年はあのドラフトで振った巨人を日本シリーズで倒したし、この年は秋山幸二氏とのAKアベック砲も出たけど、中日との日本シリーズで3本塁打打って優秀選手賞を受賞する等、「これで近鉄に顔向けができる」とも発言していたけど、チームも個人も充実していた時。いくら何でもまだやってなかった可能性が高いでしょう。可能性があるとすれば、1995年オフ頃からですか。監督が東尾修氏に変わり、チームがオリックスに大きく負け越し、3位に終わり、リーグ連覇は5でストップ。自身の成績も安打数・打率・打点等はプロ入り以後最低の成績に終わった。

http://www.sponichi.co.jp/baseball/special/calender/calender_january/KFullNormal20071226148.html

ただ一方で、年明け直後上記ページの様に食事制限もしながらトレーニングに励んでいて、結果的に1996年が西武最後の年(この年ビジターのみユニフォームが変わったのは言い出しっぺが清原氏だと聞いた事もあるけど、ハッキリとした確信はつかめない。また後で確認します)ながらも成績はいくらか持ち直した。この時の清原氏の意気込みは嘘ではなかったと私は信じたいけど・・・・・・・・

http://www5.nikkansports.com/baseball/kiyohara/reprint/giants/entry-67647.html

http://www.excite.co.jp/News/sports_g/20110929/Postseven_32190.html

そして同年12月に。ミスター(長嶋茂雄氏)は実は清原氏の獲得にはあまり乗り気でなかったらしいけど、周知の通り、「あぶさん」にも登場した事もあった吉永小百合氏に「あの時(1987年日本シリーズの事)の涙は何だったの」と嘆かれるほどの巨人への移籍が発表されて、その一方で12月でも8日以前か9日以後かまでは分からないけど、暴力団とゴルフをしていた様である。この暴力団とのコンタクト等を描いたページにも書かれているように、別に野球選手と暴力団の癒着は当時から始まった事ではなかったけど、その中でも良くも悪くも注目される巨人に移籍した事で金づるとして目をつけられてしまい、清原氏も入れ墨とかヤクザに憧れた事で余計ズブズブになってしまったのか。

まあ清原氏が薬物服用を始めた時期の可能性としては、

1988年説・・・・25%

 

1995年説・・・・50%

 

1996年説・・・・75%

 

1997年説(インタビューを度々受けている野村貴仁氏が巨人移籍した年)・・・・95%

と言った所でしょう。某議員の不倫騒ぎもあって特に日刊ゲンダイ吉川潮氏を使って桑田真澄氏もディスった等自民党&巨人が大嫌いなだけに叩くネタがいくつも出てきて大喜びでしょう。そして広岡氏も・・・・・・・・・・・

http://www.sponichi.co.jp/baseball/special/calender/calender_february/KFullNormal20080130157.html

http://aigawa2007.hatenablog.com/entry/2013/03/02/170703

元々選手の管理の度合い等方向性に齟齬をきたしていた広岡・森両氏があれだけ仲がが良かったのが不仲になってしまったのはどうやら3位に終わった1984年の森氏退団劇が原因らしい。そりゃ広岡氏と森氏ならば万年Bクラスチームを2球団も強くした広岡氏の方が監督としては上かもしれないし、その管理野球は選手を中高校生みたいに扱って、勝利の為に私生活まで徹底統制する手法(人間性を嫌っている東尾修氏ですら「広岡さんを監督にしたのは正解」と言っていたし、それを私は否定するつもりはない。名監督な認識は全く不変ですが、次原隆二氏の某打ち切り漫画では、脱税がばれて逮捕された、明らかに広岡氏をモデルとした次期監督候補も登場したあたり、広岡氏を嫌っているのが分かりやすかったなあと言うか、苦笑させられたけど)で、不仲になり、自身の後にV9巨人に匹敵する黄金期を築いたから余計ノムさん同様森氏を否定したいのでしょうが・・・・・・・・

しかし、森氏だって清原氏や潮崎哲也氏、石井丈裕氏等氏が監督だった時に入団した生え抜きの他にも、勿論広岡氏の前の監督でもあった故・根本陸夫氏の尽力ももちろんあったのだろうけど、トレードも積極的で、平野謙氏や鹿取義隆氏、佐々木誠氏等森氏の監督時代に移籍して期待通り活躍した選手だって多かった。決して根本・広岡両氏の所謂「遺産」(それを認めるのなら、知名度低くてももっと評価されても良い監督が他にも何人も出てくるのだが)だけで勝ってきたわけではなく、引退後も指導者として活躍した人も多かった。またノムさんも同じような指摘していたミスターについても、確かに疑問視される采配も目立って、1976・77年のリーグ優勝も張本氏の活躍もありながらも特に野手は川上時代からの主力選手の貢献度の高さ(投手も、1974年に防御率3位だった故・小林繁氏や同年規定投球回数不足ながらも7勝し、防御率も2点台だった新浦壽夫氏等若手が全く育ってなかったわけでもなかったが)も無視できず、以後は彼らの衰えもいい加減顕著になってきたからこそあそこまでしなければいけなかったのだろうけど、地獄の伊東キャンプで80年代の巨人を支えた選手を何人も鍛えた等全く育成能力がなかったわけでもなかった。そしてそうやって育てられた篠塚和典氏や中畑清氏、西本聖氏等も引退後はどうなったのかも周知の通りです。

当時の西武の現場やフロント、強いて責任がある人を挙げるとすれば堤義明オーナーが甘やかしていたのは確かに良くなかったけど、親父同様ワンマンだった様だからそりゃ余計容易に意見できるわけがない。たられば論になってしまうけど、1986年も広岡氏が監督だったとして、果たして西武は優勝できたのだろうか?清原氏を育てる事には成功しても、スティーブ氏の後釜として入団したブコビッチ氏も思ったほど打てなかったけど、ペナントレースではなかなか近鉄に追いつけそうで追いつけず、余計堤オーナーや根本氏と対立を深め、途中退団していた可能性もありそうですが・・・・・・・まあこの2人の人間関係とか全く無視すれば確かにもっと何度も優勝できたでしょうけどね。

西武時代から使用していたな説も、「賭博事件もあったし、これ以上ダーティーなイメージが巨人に定着する事を恐れたイメージ回復戦略」との意見も聞かれる様で、長々と述べたけど・・・・・・・そもそも西武入団時にも母ちゃんに「あんたが勝手に惚れて勝手に振られたんやないの・・・・・・・」とまで言われたのに結局・・・・・・・・だったのだから、今まで長々と述べたけど、西武も巨人もあまり関係ないでしょう。既に1991年頃から使用していたらしい田代まさし氏もそうだったけど、結局個人的な問題だと言うか、メンタルの弱い人だったんですよ。清原氏は。1989年9月23日の対ロッテ戦の乱闘にも、そうした脆さが表れてもいましたが、人間だれしもそういう心の弱さはあって、そういう意味では田代氏も清原氏も自分とは全く関係のない他人だとも言えないのかもしれない。しかし、色々人脈はあった筈なのに、彼はいつだかハッキリは分からずとも薬物に手を出す前にそうした心の弱さを乗り越える様な他の手段を見つける事が出来なかったのか?繰り返し言う様に所属球団の環境が悪いとかでもないと言うか、巨人時代以降番長とか報道されていた事にも当時から強い違和感があっただけに尚更改めて残念な気分です。

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