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2016年1月

2016/01/31

阪神、新ビジターユニフォームで金本監督を胴上げできるか

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160131-00000111-nksports-base

阪神新ビジターユニは猛虎、敵地で弱い「変える」

日刊スポーツ 1月31日(日)17時39分配信    

 

 阪神は31日、沖縄県内のキャンプ宿舎で2016年シーズンから着用するビジター用のユニホームを発表した。

【写真】阪神超変革へ春も金本スペシャル“爆笑大運動会”だ

 伝統的なグレーを基調に2002年から05年の強いタイガースをイメージ。肩口、袖には黒色があしらわれている。

 キャンプ地である沖縄県内の宿舎でお披露目された会見には福留孝介外野手(38)、能見篤史投手(36)が新ユニホームを着て登場。昨季はホームが44勝27敗1分け(勝率6割2分)と大きく勝ち越したが、一方でビジターは26勝44敗1分け(勝率3割7分1厘)と大きく負け越し。

 福留は「ユニホームはチームのイメージをガラリと変えることもある。ビジターで勝っていかないといけない」と話した。

昨年、日本一30周年という事でゲン担ぎで・・・・・・・と思ったら・・・・・・優勝していれば84年式(ホーム・ビジター共に縦じま入りのデザインの)みたいに長期使用されていたかもしれないですけどね。まあ阪神のビジターユニフォームは平成時代限定なら01式(2001~06年使用の、黒白ラケットライン入りの)が一番カッコ良く、07式(2007~11年使用)がその次で、昭和時代も含めれば75式(1975~78年のギザギザラインの。しかし1、978年に球団史上初の最下位となってしまったのでファンの人にとってはあまり縁起の良いユニフォームではないかもしれない。それを言うならば、84式も暗黒時代真っ只中のユニフォームでまさに「天国と地獄」を見てきたわけだけど)が最も好きなデザインですが。12式(2012~14年使用)は、ツートンカラーは巨人もそうだったけど、阪神も似合わなくてイマイチだったかなあです。他の球団も、オリックスや横浜DeNAも結構派手な新ユニフォームを採用した様で、阪神についていえば金本監督の指揮官としての能力は未知数ですが、戦後の阪神って、リーグ優勝したの15~20年に1回か2回ですからね。そういう意味では、まあCS制度に助けられて2014年に日本シリーズに出場したから半分このジンクスも既に破られたとは言え、次のリーグ優勝は2022~25年頃か?この新ビジターユニフォームは果たしてそんなジンクスを完全に破り、日本シリーズでも金本監督を胴上げできるかです。1985年の日本シリーズでも、ビジターユニフォーム姿で吉田義男監督を胴上げしたのですから。

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国道16号千葉県柏市~八千代市間の旧道について

http://yamaiga.com/road/tpr280/main2.html
http://yamaiga.com/road/tpr280/old_2.jpg

これはかって国道16号の旧道だった可能性もある千葉県道280号(以降国道はR、県道はr表記)について考察したページですが、下のページで指摘されていた区間の他にも、八千代市神久保~米本のルートも辿れないっぽいですね。旧沼南町役場周辺もr8以東のルートはやはり現在辿れないっぽいです。

野田市~柏市区間の旧道も、どうやら現在のバイパスが現道扱いになる前にも、昭和30~40年代の間に変更(つまり現道はバイパスのバイパスだったという事?)になっていて、旧道2号は辿れる様ですが、R16って、そういうルート自体もう車で通行不能な旧道ルート目立ちますね。白井市や八千代市等のHPでは、現道(という名の)バイパスが昭和40年代後半に開通したとか書いてありますが・・・・・・・

現在ルートを辿れる旧道区間も、埼玉県春日部市~流山市運河駅付近まではR4、埼玉r49(かってのR4で、その名残を示す距離ポストも残っている)、埼玉・千葉r19、千葉r5がそのルートですが、春日部市~野田市に行くには旧道ルートそのまま通るよりも例えば埼玉r10、r80、r42を途中通った方が時間も距離も短縮になりそうでしたね。(もっとも、県道も指定番号変わっていたりする事もあるので、この区間は遅くとも昭和47年頃までは国道16号だったらしいが、当時もその指定番号だったのまではわからなかった)この当時はまた、越谷市、松伏町、吉川町(昭和40年代当時)、野田市、流山市を通っていたのが、野田市以外の市町は通過しなくなり、代わりに旧庄和町を通るようになったという事ですね。まあR50もバイパス開通で太田市も通るようになったし、他にもバイパスの開通及び旧道の指定解除で通過するようになった市町村、またはその逆もいくつかあるのかもしれません。

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2016/01/30

今更ながら、メガドライブ版餓狼伝説2を少しプレイしてみたが・・・・・・・

2007年ですね。守谷市の国道294号沿いの某大型古本屋でメガドライブを安値で購入して、なのに所有していたソフトは「ロックマンメガワールド」(と言うか、過去エントリーでも触れたけど、何故4以降のナンバリングシリーズもこれみたいにリメイクしなかったのか.クラシックスコレクションを出すのは良いけど・・・・・・)だけだったけど、チョー今更ながら「餓狼伝説2」も購入しました。

まず第一の特徴は連続技が存在する事で、バーンナックルやジャイアントボムにいたっては、それ自体複数ヒットする様にもなりましたが、この時点でアーケードやネオジオとかとは既に別ゲーです。CPU戦は最初はアンディ使ってプレイしましたけど、反応の鋭さはアーケード以上で、それほど斬影拳パターン(ガードさせて、相手が技を空振りしたところにしゃがみDで転ばせてまた・・・・・なパターン)が通用しないのですが、最初にCPUとして選ぶ相手は。続編の「スペシャル」ではよく十平衛を選べと言われていたけど、この2メガドライブ版は舞にしましょう。何故かと言うと、7・8人目あたりだとムササビの舞を連発してくるのですが、容量の関係からか柱がなく、軌道が見切りにくい上にめくり攻撃も出来てしまう。ハッキリ言ってストⅡ(特にX)シリーズのバルログのヒョーバル以上に嫌で厄介なお子様プレイで、ガードできても確反とならないようなので、対処法を知らないとわけわからん殺しです。アンディは、起き上がりに飛び道具を撃つと昇竜弾で反撃してきますが、それを逆手にとって・・・・・なパターンでハメられます。ボスキャラは、ローレンス・クラウザーよりはビリー・アクセルの方が強いのはアーケード版同様ですね。ビリー・アクセルは体力が減ると、超必殺技での反撃を積極的に狙っていくし、ガードしても体力それなり以上に潰されるので、出際をつぶせる技がないキャラは特に苦戦するかと。クラウザーは、お兄さん(ギース)以上の性能な当て身投げに引っかからない様にするのと、激レッグトマホークには付き合わない様にすれば・・・・・・ですね。

さて、裏技で彼らボスキャラを使えるだけでなく、色々ゲームルールをいじる事も出来たのですが・・・・・・・ビリーやクラウザーも実際人が使っても強い(しかし、クラウザーの足払いは何であんな変な姿勢なんだ?ストⅡダッシュの四天王とかは同じポーズを使いまわして、容量不足もカバーしていたけど)のですが、凶悪なのがアクセルだったでしょう。真空カッターも、アーケード版と比べて弾速が遅くなったようなでもありながらも、腕にも攻撃判定がついて、適当に連発するだけでも強いのですが、何といってもしゃがみA→スマッシュボンバー・・・・・(以降繰り返し)が永久コンボになってしまうのです。操作ミスさえしなければ極端な話、しゃがみAが入ったその時点で試合終了です。

http://www13.plala.or.jp/chitose_game/review/garou2.htm

他のキャラも、後者のゲームルール変更、特に目玉は空中コンボで、常時OKとすれば対抗できない事もないのですが、これは原作破壊か破天荒なアレンジか評価は大きく分かれるでしょう。私はどちらかと言えば後者ですが、「たまには思い切って固定観念とか無視するのもアリかな」です。実際上記ブログの人も肯定的な様で、キャラランクも載ってますが、まあこの空中コンボの恩恵があまりないベアと十平衛が弱キャラなのはしょうがないでしょう。ベアはまだ、ファイアーブレスからスーパードロップキックで追撃出来るのですが、その間Dボタン使えないですしね。十平衛はもっと投げ技を強くしても良かったような・・・・・・・と言うか、以降の正史でもRBの舞のエンディングで、アンディと共に帰国したのを出迎えたり、舞が風呂に入っていたのを覗き見したりと相変わらずの好色家ぶりで、元気な姿が見られたのは救いなのですが、何故彼は復活できないのでしょうかね?マイケル・マックス(まあストⅡのバイソンもそうだけど、彼は海外版では・・・・・)やベア(ライデンとしては・・・・・ですが、KOF13では確か2Pがベアで・・・・・・・今度はホントにレオン・ホワイト氏に訴えられるかもしれないぞ)、アクセル(ジョージ・フォアマン氏は実際はもっと穏やかな風貌ですが)ほどモデルと容姿が酷似しているわけでもないのに・・・・・・・藤堂だって、アニメ版と同じ故・青野武氏ボイスでカプエス2で復活したし、リチャード・マイヤやホア・ジャイだってKOFシリーズで復活したのにねえ・・・・・・・メガドライブ版の話とはそれるけど、龍虎のジョンやミッキー(彼もKOF94の漫画版では十平衛共々良いサポート役を演じてくれた)、ジャック等共々もっと他にも復活させてほしいキャラ何人かいるのですがね・・・・・・・餓狼2は世界規模の大会やボスキャラのメンバー等ストⅡを意識した点も目立ちながらも、SNK対戦格闘隆盛には欠かせなかったゲームだったし、実はと言うか、現在「もしスペシャルまでに登場したキャラオールスターで、スペシャルのリメイク版を作るとすれば?」とかも考え中で、話はそれてしまったけど、総じてみればRBDM同様アーケード版よりも遊んでみて面白い作りに仕上がっていたと思います。一度実際・・・・・・・されても損はしないと、軽くですが、断言します。

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2016/01/24

SMAPはホントに2016年9月まで・・・・・・なのか?その2

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160120-00005794-sbunshun-ent

SMAP存続の条件をジャニーズ首脳が実名告白!

週刊文春 1月20日(水)16時1分配信    

 1月18日夜、フジテレビが生中継したSMAPの緊急謝罪会見。ダークスーツ姿で神妙な面持ちのメンバーたちはそれぞれに謝罪の言葉を述べたが、「存続」は明言しなかった。週刊文春はSMAP存続の条件について、同日正午、ジャニーズ事務所の顧問であり、関連会社「ジャニーズ・エンタテイメント」代表取締役の小杉理宇造氏(68)にインタビュー。小杉氏は独立騒動の顛末についても子細に答えた。

「一度独立を表明した(木村拓哉以外の)4人のメンバーが事務所に戻るには、当然条件があります。まずは国民的スターの自覚もなく、曖昧な言動でファンや関係者にご迷惑、ご心配をかけたことを謝罪すること。“内”に向けた謝罪も必要です。社長のジャニー(喜多川氏)をはじめ、事務所の社員にも許しを乞うこと。

 さらに今回は木村君が残るという形でメンバーが4対1に割れてしまった。寂しい思いをした木村君、大切な仲間である彼にも謝るべきだと申し入れました」

 生中継前日の17日夜、木村以外のメンバーは東京・渋谷区にある関連会社に集合。草なぎ(弓へんに剪)剛が会見で「今回ジャニーさんに謝る機会を木村君が作ってくれて今僕らはここに立てています」と明かした通り、この晩、4人は木村の仲介でジャニー社長に騒動後初めて会っていた。

 独立の動きが表面化した全てのきっかけは、ちょうど1年前、週刊文春が掲載した藤島メリー泰子副社長のインタビューだった(2015年1月29日号)。週刊文春は最新の1月28日号でSMAPクーデター鎮圧の全内幕を詳報する。


<週刊文春2016年1月28日号『スクープ速報』より>

ホントは渡辺謙氏らが所属する、バーニング系のケイダッシュへの移籍がほぼ決まっていた様で、その段取りとかかなり具体的な所まで話も進んでいたらしいですが・・・・・・・・・・もしホントに実現していればモックンや反町隆史氏みたいに強い後ろ盾を得て妨害されるとかもなかったのでしょうが、キムタクだけが聖闘士星矢のミュージカルでも敵役演じたのもこの分裂騒動を暗示したエピソードだったのですかね?やはり。彼への非難も相次いでいる様で、勿論キムタクだって、平気で裏切ったとかではなく、色々葛藤とか(一方で、スパイまがいな事までしていたとも聞いたが、これも含めてどこまで本当かは・・・・・・・)あったのでしょうが・・・・・・・まあ芸能界では以前から独立とかはタブーで、だからこそメリー喜多川氏も中森明菜氏に・・・・・・・だったのでしょうが、紅白でのマッチ&松田聖子氏の大トリも当てつけだった様で・・・・・・もう何年前の話だよ。勿論時間が過ぎても、中森氏の傷は容易に癒されるなんてことはないのも想像に難くないのですが・・・・・・ジャニー喜多川氏の誕生日パーティーで、中居正広氏がマッチの息子に挨拶させられたエピソードも、今までリーダーとしてグループを引っ張ってきたの彼ですら・・・・・・・・・・・と言うか、マッチの息子の方が先に挨拶すべきだったでしょですが、SMAPほどの国民的なアイドルも、芸能界での柵からは逃れられず、極端な言い方すれば奴隷みたいな扱いを受けているんだという非情な現実を改めて痛感させられた様です。

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ホストでも何でももう勝手にやってて

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160123-00000084-dal-ent

内山麿我 ホスト転身を発表…ベッキー報道は過激に批判

デイリースポーツ 1月23日(土)23時44分配信    

 

 タレントの内山麿我(31)が23日、自身の公式ブログを更新。24日から新宿・歌舞伎町で“ホストデビュー”をすることを明らかにした。

 内山は「ホスト界へ」の題でブログを更新。「わたくし、内山麿我。ホスト界へ殴り込みです。『人を楽しませる』ここは原点であり終着地点なんじゃないの!?そんなことを思いひょんな話からやる事になりましたー!ホスト界へ殴り込みです!!」と決意を表明した。

 所属事務所によると、内山は24日から新宿・歌舞伎町にオープンするホストクラブに、まずは1カ月程度出勤する予定だという。内山は「行ったことある人もない人も試しに来てみちゃっていーんじゃない???」とファンに呼びかけ。さらに「ホストって高いんでしょー?なんて思ってる方。以外と安いです!5000円とかで最初飲めます 指名してねwww」と“おねだり”も見せた。

 また同日には「まったくもう。」の題でもブログを更新。「ゲスの極み乙女。」のボーカル・川谷絵音(27)とタレント・ベッキー(31)の不倫報道について「情報の一端しか知らないくせにあーだこーだ批判しすぎ」と批判。「大物芸能人が偉そうに批判する事でどれだけの人が鵜呑みにしてしまうか。そして一般の人のたった一言がどれだけ人を傷付けるか、苛立たせるか。あーだこーだ言う前に自分のことやってれば?って思う」とぶちまけた。

 内山は結婚していた12年11月、自身がバックダンサーを務めていた歌手・浜崎あゆみとの熱愛が発覚。後に破局し、妻とも離婚した。また昨年11月には、東京ディズニーリゾートを訪れた際の、先方の対応に対する怒りをブログにつづり、大炎上。不倫騒動と炎上騒動をともに経験している。

正直この人「Who are you?」だったけど、あの浜崎あゆみ氏のバックダンサーだったんですね。そして彼女とはまた・・・・・・・・・・・

昨日「志村どうぶつ園」を可愛い猫見たさにたまたま見ていたらいましたけど、どうりでベッキー氏(と川谷絵音氏)を擁護しているわけですね。で、私が彼を知るきっかけとなったのはこのニュースでしたが・・・・・・・

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151123-00000030-dal-ent

内山麿我、ディズニーに怒り爆発「調子のってるんじゃねーか?」

デイリースポーツ 2015年11月23日(月)9時51分配信    

 

 タレントの内山麿我(31)が23日、自身の公式ブログを更新し、東京ディズニーリゾートへの“怒り”をあらわにした。



 内山は「ディズニー、むかついた」の題でブログを更新。内山は9月に「東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ」で、3月に入籍した妻と挙式しており、「ディズニーで式を挙げると1日入場パスを、もらえる」と、その際に特典としてチケットを受け取ったことを説明。その上で「本当は挙式の日にミラコスタ泊まった時にディズニー行きたかったけど お腹にメロンちゃん(娘の愛称)いたからまた改めてくる事にした。それで行ったのが今日!!メロンちゃん連れて出産後初めての家族デート!」と、チケットを利用して入園しようとしたことをつづった。

 だが「ウキウキでペアルックして、入ろうとしたら入場規制キョロキョロ 結婚式の特典のチケットだーい! 印籠のように見せたら、キャスト『こちら入場規制中は使えないチケットとなります』って」と、チケットは使用不可だったことを知ったという。あきらめ切れない内山は事情を説明して、なんとか交渉。「これはそう言う特別なチケットで、その時は臨月で歩き回って陣痛来たら大変だから行けなかった。何百万も払ってあげた挙式で、一回挙式して我が物顔でしゃしゃり出てるわけじゃない。一度の結婚式で来れなかった入園パスを今日にしただけ。仮に僕らと同じ状況の人がたくさんいるなら僕らはわがままだと思う。けど、そんな事はない」と、係員を説得したものの、あっさり断られたことを明かした。

 内山は「別に挙式をあげたからって上客振るわけじゃない。ただそう言う特別なチケットを、特別な今日に使いたかっただけでそれすらもダメ」と怒り心頭。その後も交渉を続け、いくつか条件を挙げられたものの、結局は合致できずに断られ続け「なんだかんだ2-3時間使ってたし、それももっと早くちゃんとした説明をされてれば早く帰ってただろうに、2回も聞いてない話で断られた」とさらに怒りを増幅させた。

 その後、担当した係員の上司からも、規則のため入園を許可できないと告げられた内山は「あーーーー、そうか。そう言う態度で来やがるのか。とびっくりです。クレーマー処理の達人の俺としては、こいつは何一つ分かってない。一般企業ならまだしも夢の国を謳う世界で、マニュアル持ち出して愛情のない断り方をしやがって本当に腹が立った」と“爆発”。「僕らの言ってることは迷惑かも知れない、けど、僕らと同じ状況の人なんて5人もいないだろうと思う、僕らを許してしまったら100人200人に説明がつかないのとはわけが違う」と力説し、「こっちの要望が通らないだけならまだしも、向こうのスタッフのミスの責任すらも何も取らない。変な話、どうとでも出来る話です。横からコソッと入れたり、なんかサービス券渡したり、『気持ち』が見えれば納得できる話です。ただ、全くなかった」と、相手の対応に不満をぶちまけ続けた。

 さらに「最近のディズニー、調子のってるんじゃねーかなー?って思う。俺たちは数字じゃない。感情を持った人間で、気持ちの受け渡しこそが全てだと思う。断るにしても断り方があるし、ミスを犯しても対応の仕方がある。そこに関してあまりにもあぐらをかいてるんじゃねーか?って事」と持論を展開。「ディズニー批判は叩かれるかも知れない。けどこれは俺は偉いんだーとか有名なんだーとかそう言う事とは全く違うし、俺は自分をそんな風に思ってない。ただ、人生の大事な式を挙げて、大事な子供が生まれて、言われた通りなんとか入れる状況を整えたのに向こうのミスで何度も入れなくて それなのに、なんの対応もない。丁寧ぶった言葉で謝って追い返された。それが夢の国を謳った会社がやる事なんかな?」と疑問を呈し、「皆はどう思いますか?僕がわがままですか??」と最後まで怒りが収まらない様子で締めくくった。

そりゃさあ、いじやけた気持ちも分からないでもないけど、相手が総理大臣だろうが、学者だろうが、タレントだろうが、特別扱いの可否と同じ1日入場パスもらった人の人数は関係ないですよ。「気持ち」とかどうのこうのとも言っていたけど、表面上の、お互い耳障り良い言葉を交わしあう事とかが必ずしもホントにお互いの為になる人間関係じゃないだろうに。たとえ愛想よく断られても、この人がどういう振る舞いしたかは予想つく。と言うか、そこまで楽しみにしていたのなら。例えば牛丼チェーン店の松屋だって、特定の定食の販売終了間近の時はちゃんとHPでそういう旨のメッセージ載せているし、無料でアニメ・映画・ドラマ色々見れるギャオだって、配信終了間近の番組とかの一覧を見る事が出来る。

http://www.odekakeguide.com/d2.htm


これは例の東京ディズニーランド・ディズニーシーの入場規制についてのページだけど、誰でもちょっと調べれば簡単に見つけられるページです。そういうのとかネットでも色々確認できるの、ブログとかもやっているのなら知っている筈なのだけど、何でそういうの確認しないのかなあと。この人の仕事スケジュールとかは知らないけど、全く融通がつけられないほどタイトなわけでもないだろうに。ホストの仕事やった事はなくて、そう言えば堤真一氏主演の某映画でも、山田孝之氏がそんなホストの役で、いじめられていた中年のおじさんの同僚を見かねて喧嘩してやめる羽目になって、生瀬勝久氏演ずる脱サラしたおじさんとパン屋を共同経営する事になった・・・・・な設定でしたが、ホストって、稼げる人は稼げるけど、上下関係が厳しく、新人は一番早く出勤して、一番遅く退勤しなければいけないとか聞いた事があります。繰り返し言う様に、折角の楽しい家族との一時に水を差されてしまった様な気分だったのかもしれないけど、こういうエピソードを残した人が、果たしてホストに限らず、言葉悪いけど、中には何処の馬の骨とも分からないのもいる、不特定多数の人様と接客等する仕事やっていけるのかなあと。渋谷区議選に出馬するとも言っていた様だけど、まあ自分に実害とか及ぶわけじゃないし、もう気の済むまで勝手にやっててな感じですね。

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2016/01/23

2016年野球殿堂表彰者について

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160118/k10010376361000.html

野球殿堂入り 工藤公康氏や斎藤雅樹氏ら5人
1月18日 17時36分

 

    
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野球界の発展に大きな功績を残した人をたたえる「野球殿堂」に、現役時代、西武の黄金期をエースとして支え、現在ソフトバンクの監督を務める工藤公康氏や巨人の中心投手として活躍した斎藤雅樹氏など5人が新たに選ばれました。
新たに野球殿堂入りしたのは、競技者表彰と特別表彰で合わせて5人です。競技者表彰で工藤氏と斎藤氏に加え、昭和30年代から40代にかけて活躍し、通算2314本のヒットを打ち「安打製造機」と呼ばれ、4年前に亡くなった榎本喜八氏の3人が選ばれました。
このうち、工藤氏は愛知県出身の52歳。現役時代は西武のエースとして6回の日本一に貢献、その後移籍した当時のダイエーと巨人でも日本一を経験するなど29年で通算224勝を挙げました。去年からはソフトバンクの監督に就任し、1年目でチームを日本一に導き、12月に殿堂入りの資格を得たばかりでした。
また、斎藤氏は埼玉県出身の50歳。巨人では独特のサイドスローから通算180勝を挙げ、沢村賞に3回輝くとともに、現役引退後、巨人のコーチを経て現在、2軍の監督を務めています。
特別表彰では、日米野球の初開催に携わるなど戦後の野球振興に貢献し、昭和33年に亡くなった松本瀧蔵氏と、東京六大学野球でリーグ最多記録の通算48勝を挙げ、銅メダルを獲得したバルセロナオリンピックで日本の監督を務めるなどした山中正竹氏の2人が選ばれました。

工藤氏 光栄に思う まずは3連覇目指す

工藤公康氏は「野球人として誰でも殿堂入りは最終的な目標だと思う。野球界に功績を残した多くの先輩たちの中に入れることを光栄に思う。これから自覚を持っていく。今は監督を務めているのでまずはチームに対して精いっぱい3連覇という大きな目標を成し遂げられるようやっていきたい」と話していました。

斎藤氏 殿堂入りに恥じぬようこれからも頑張る

斎藤雅樹氏は「去年は3票だけ足りず殿堂入りできなかったので、ことしは少し期待していました。栄えあるメンバーの中に入れたことは、うれしいですし、光栄に思っています」と喜びを話しました。そのうえで、「現在は巨人の2軍監督として若い選手を見る機会が多いのでこれをきっかけに野球の歴史も伝えていきたいと思います。野球殿堂入りに恥じぬようこれからも頑張っていきたいです」と抱負を語っていました。

山中氏 野球人としての誇り 殿堂入りうれしい

山中正竹氏は「野球人として誇りである野球殿堂入りできてとてもうれしい。大学時代に先発として全うでき、東京六大学野球で48勝できたことは誇りで、このあとの野球人生を支える励みになった」と振り返りました。
また、今後については、「東京オリンピックの正式種目として野球が復活できるように頑張っていきたい」と抱負を話しました。
息子さんも俳優として頑張られてますが、まずは工藤元投手・監督ですね。人によっては、29年やってやっと224勝したかと思うのもいるかもしれない。しかし、その29年も、しかも投手で現役続けるだけでも相当の体力と実力が必要です。何せあのノムさんや大島(康徳)よりも長かった。それでいて、42歳(2005年)の11勝と44歳(2007年)の7勝は年齢別の最高勝利数記録です。確かに、西武時代でも1991年の16勝が最高だったのはやや物足りなく感じられたかもしれない。また、不摂生がたたって1989・90年に合わせて12勝しか出来なかったのも、特に1989年には僅差で優勝を逃した(リーグ優勝していればリーグ10連覇となっていた)のは惜しまれた。しかし、選手の寿命が伸びて、その他プレイ環境が良くなっても。2000年以前はレギュラー入りが遅れても打者で2000本安打を達成できたのは落合と駒田ぐらいだったのが、その後金本や和田(一浩)等挽回して達成した人も何人か出てきました。試合数増も追い風となって、2000本安打の難易度は下がったのですが、投手は権藤(博)みたいに実質3年で潰れてしまった人もいて、藤本定義も「30勝投手はチームの恥」と言っていた様ですが、分業化が進んだ為、200勝の難易度は逆に上がった。工藤や山本昌ほどの投手でも40前後まで投げてやっと達成できる環境。

しかも、工藤について言えば、あの時代の西武は他にも東尾、松沼兄弟、ナベキュウ(渡辺久)、渡辺智、郭泰源、石井丈裕等先発だけでも戦力が豊富だったけど、工藤はその中でも西武黄金期(1982~94)、ナベキュウの115勝にもう少し及ばない113勝を挙げて、負け数では速球で押すスタイルからの転換に失敗してしまったナベキュウ90敗に対して、工藤は52敗と勝率でも109勝56敗で、しかし一方で肘の痛みを抱えていた郭を凌いだ。工藤がそんな豊富な投手陣の中でも1シーズン引っ張った印象のある年はなかなか思い浮かばないかもしれませんが、ただ勝っただけでなく、大舞台でも日本シリーズMVPに2年連続輝く快挙もなしとげ、1991年にも優秀選手賞の表彰を受けたし、1995年にダイエーに移籍した後も1996年には最多敗戦投手になってしまった事もありながらも巨人時代も含めて3球団で11回の日本一に貢献し、流石に40台以降(2003年以降)は、防御率の悪化も目立ってはいきましたが、終わってみればダイエー移籍後もそれ以前の倍近い白星まで伸ばした。歴代で工藤よりも勝った投手は皆1960年代までにデビューした面々ばかりです。現役前半は強いチームで投げていた事を考慮しても、やはり凄いです。

斎藤雅は残念ながら200勝には届きませんでしたが、11試合連続完投勝利の快挙も達成して、他に3人しかいない沢村賞3度受賞したり、巨人一筋だったことを考慮しても投球回数2000以上の投手では勝率3位の堂々たる記録も残し、勿論防御率も2点台と安定感は抜群でした。90年代の勝敗126勝72敗は工藤の111勝をもしのぐ数字で、90年代最強の日本人投手は間違いなくこの斎藤雅か野茂で、次点は工藤や、1998年以外2桁勝利をマークした星野伸之だったでしょう。1986~88年の間にもっと勝てれば・・・・・・1984~86年の3年間伸び悩んでしまったながらも、元チームメイトでもあった駒田は名球会入り出来ただけに・・・・・・でもありますが、昭和末期~平成10年代前半までの巨人にはなくてはならない大エースでした。

榎本喜八は流石に天才は持ち上げすぎで、セリーグほどの注目を浴びなかったパリーグでは一層際立った奇行ぶりや、「昔は凄かった」な過去を必要以上に美化しているOBの証言、引退後は球界とのコネクトを殆ど絶っていた等もあって、実態以上に神格化されている感も否めずです。打点数が1200試合以上3番を打ったにしては当時としてもやや物足りなかったかなあでした。彼は若松勉もそうだったのだろうけど、本来3番よりは1・2番向けだったのでしょうが、しかしです。一方で高卒1年目から長くレギュラーとして活躍し、生涯打率は全盛期も3割を少し超えた程度でしたが、シーズン150安打以上が1960~62年の最多安打王を含む6回記録し、しかも1955・56・68年もそれに近い安打数を記録、選球眼もよく、シーズン出塁率4割以上も5回あって、特に1966年がベストシーズンでした。首位打者、最多安打、塁打王、出塁率王、長打率王、OPS王と6部門のリーダーとなり、OPSは1を超えていました。それに最近注目されている野球指標ですが、RCWINでも概算値である1954年以前からプレーしていた川上哲治と山内一弘を含めてもトップ10に君臨しています。チームがロッテに変わって優勝した1970年時点で引退していれば生涯打率3割をキープできたのですが、彼は他の選手達と全く異次元で野球を見ていた様なので、そんなの気に留めてなかったに違いありません。天才は持ち上げすぎながらも一流の名選手だった事には違いなく、生きている内に殿堂入りしていれば・・・・・でもあります。

その他特別表彰した2名、特に山中正武はアマに尽くし続けた野球人生だった様ですが、彼らも正しく殿堂入りにふさわしい功績を残しました。工藤氏、斎藤氏、榎本氏、松本氏、山中氏各位皆さん野球殿堂入りおめでとうございますです。

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2016/01/17

山田うどん2016年初の日替わりセットメニューは

http://www.yamada-udon.co.jp/menu/food/day_set.html

どれも美味しそうだけど、注目すべきは前回の期間限定メニューだった煮込みソースカツ丼が日替わりセットメニュー(金曜日)に昇格(?)した事でしょうね。しかし、戸田市とかトンカツ料理専門店であるかつ屋(つい最近も、つくば市大穂地区にも店舗オープンしましたが)のそれと近い店舗も少なくはないのに、良く・・・・・・な気もしなかったでもないですが。オムカレーもまた、過去に期間限定メニューになった事ありますが、まあセットならざるうどんまたはざるそばとのそれなら一度食べてみたいですね。炭水化物取りすぎなメニューですが。いずれも。あと一部店舗で実施されていた夕食メニューはどうやら廃止となった様ですが、まあ値段とメニューがちょっと割に合わなかったかもですね。でも、どのみち山田うどんって、仕事帰りとかで食べられる様な機会いかんせんないのだけど・・・・・・・

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現役と元メンバー、どっちが幸福だか良く分からないが・・・・・・

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160117-00000056-dal-spo

【オート】元SMAP森且行が完全V王手

デイリースポーツ 1月17日(日)16時57分配信    

 

 「準決勝8バトル、3日目」(17日、川口オート)

 元SMAPの森且行が準決勝12Rを圧勝し、3連勝で18日の優勝戦(12R)進出を決めた。

 3連勝の森は安堵の表情だったが、「こんなに跳ねて勝てるんだから、エンジンは出てるんだろうね。久々に勝ちたい」と優勝を意識をした。一昨年8月22日の川口以来、1年5カ月ぶり、通算31回目の優勝を目指す。

2日続けてSMAPネタですが・・・・・・・聖闘士星矢のミュージカルでは、星矢達は5人という事で、キムタクだけが敵役(TOKIOや中山忍氏とかだけでなく、最近では「さよならドビュッシー」等でも戸田恵子氏共々顔出しで・・・・・だった三ツ矢雄二氏も出演していたらしいが)だったのも後のこの分裂騒動を暗示したエピソードだったのですかね?今から見れば。森且行氏はSMAP時代はその聖闘士星矢やシュート等他のメンバーと共に出演した作品だけでなく、ツヨシしっかりしなさい!でも主役張った(アニメ版しか知らないけど)事があったらしいですが、舞台でも大石主税を演じた事があって、飯島氏の頑張りもあったのでしょうが、それなりに出ていたんですね。オートレーサーに転向後も、キャリア初期には負傷した事もありながらも、順風満帆にここまで実績を築いていたようですが、メリー喜多川氏はマッチと付き合っていた中森明菜氏に対しても「事務所はあなたを金づるとしか思わず、搾取しているんだ」とか言って研音を止める様仕向けた等過去にも色々悪行やらかしていた様だし、もしかしたらあの手紙までは半ば存在自体、(トシちゃんとかとは違って芸能界とは縁を切ったのにもかかわらず)事務所からは抹消されてもいたこの人が一番充実した人生を送っているのかもしれないですね。ヤフコメでも言われているように。森氏は地区は川口な様で、川口オートレース場は国道122号と旧道(r105)が合流した後の、南鳩ヶ谷駅前の交差点を右に曲がってそのまま真っすぐ行くと行けるようですが・・・・・・・ギャンブルは全くやらないんで、近くを通った事は何度かあっても、見に行く事はないだろうなあですが、森氏の頑張りもこの元仲間達への大きな後押しとかになればです。

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2016/01/16

SMAPはホントに2016年9月まで・・・・・・なのか?

http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/rl-20160116-28391/1.htm

SMAP分裂解散騒動で始まった「中居の座」争奪争い

2016年1月16日(土)18時47分配信 リアルライブ

 

 

 
 ジャニーズ事務所の人気グループ・SMAPの分裂・解散騒動はファンを始め業界関係者もその推移を見守っているが、やはり生き馬の目を抜くのが芸能界。「ポスト中居」を狙いに虎視眈々と動き出しているという。

 「SMAPは他のジャニーズグループとは違うのは分かるが、中居君が外れれば、その後釜を狙うのは当然ですよ」とはある大手芸能プロ関係者。ここでいう「中居の後」とは数多くの司会番組だ。「カレの司会を超える人はそういない」と中居の司会力というのは多くの芸能関係者が認めるところ。ただ、このままではその地位も危うい。

 今の段階では契約が残されている9月までジャニーズにとどまるが、契約が切れたそれ以降は、SMAPは解散。キムタク以外の4人はジャニーズから離れることになる。「普通に考えればそんな4人を引き取るということはジャニーズに弓引くことになりますからね。となれば、どこも尻込みしますよ。それがたとえ中居君であってもね。ムリに敵に回すよりも、中居君のいたポジションを狙いにいくというほうが賢いですし、秋には大幅な番組改編が強いられるでしょうからね。中居君の番組は多いですから、実際、チャンスと見ている芸能プロ関係者は少なくないですし、その戦いはもう始まってますよ」と同関係者。

 日本を代表するスーパーグループがこのまま終わるわけはないというのはあるが、水面下ではその座を巡る戦いはスタートしている。
以前からジャニーズは派閥争いがあった様で、メリー喜多川副社長がSMAPのマネージャーである飯島三智氏に「不服ならSMAPを連れてウチから出て行ってもらう!!」とかのたまっていたようですが・・・・・・

職場食堂のTVで見た、NHK正午のニュースでもこのSMAP解散報道されてましたが、まさかキムタク以外の4人も・・・・・・・ですね。キムタクは既婚者で子供もいる事と、嫁の工藤静香氏がメリー副社長や、ジャニーズとはかねてから舞台等で強いパイプがあった故・森光子氏(しかし、何で葬式にあんな格好で・・・・・ですが。特に東山紀之氏とは某ディズニーアニメでも声優として共演していたのには苦笑させられた)と仲良かった事もあって、残留を決めている様ですが・・・・・・・・・

そのニュースでも報道されていた通り、確かにSMAPは歌も俳優としての演技もずば抜けて上手いほどではないです。しかし、キンキもまた違った性質でそういう所あって、勿論大手事務所に所属する多くのスター達同様その事務所の後押しも大きいものはありましたが、変に飾ったりしない、親しみやすいスター性等のイメージを確立してきたのは彼らそれぞれの個性と実力です。やや極端な事を言えば、SMAPは存在しているだけでも「世界に一つだけの大きな華」なのです。

その一方で、メンバーはこれまでまた、不祥事とも決して無縁でもなかったのですが、特に中居正広氏の妊娠中絶騒動です。愛読していた「噂の真相」でも書かれていましたが、飯島氏は相手方と示談等の交渉をこなし、中居氏に対しても「あんたは芸能活動を取ったら何も残らないんだから!!」と真剣に叱ったと言う。SMAPにとっては実の親以上の存在なのでは?と言うか、特に中居氏はもう足を向けて寝られないでしょう。

そんな事もあったからこそ・・・・・・・・・昨日、TBSの某バラエティ番組でも、香取慎吾氏が安住アナや今度のドラマで共演している荒川良々氏の3人でラーメン屋で食事していたのを目にして、その時の香取氏には今回のこの騒動の波乱さとか感じさせたものは皆無(まあ、ベッキー氏だって平気でMCとかの仕事こなしているというし、それぐらいの図太い神経なければ芸能界でやっていけないでしょうけどね。そういう意味ではまた、田代まさし氏なんかはミュージシャンとしてだけでやっていればあのような転落人生を辿る事はなかったであろう)でしたが、ファンの人達には関係ない、「一体彼らはどこに目を向けているのか?」この醜い派閥争いに巻き込まれて、反主流派として冷遇されるぐらいなら、飯島さんと心中しよう!!とか思うのも無理のない話でしょう。しかし、中居氏はどうやら吉本が引き取ってくれて、伝説の教師でも共演した松ちゃんも圧力には屈しないというような事を言っていたらしいですが、他の3人はどうなるのやら。そのほかのグループとかも、山Pはメリー・ジュリー派に寝返ったらしいですが、キスマイも飯島派らしいし、今回の分裂騒動は下手すれば、ジャニーズ衰退の始まりになってしまうのか?

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2016/01/11

今となっては良い思い出・・・・・にはなってないのか。山崎(月亭)邦正VSモリマンのバトル

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160110-00000056-dal-ent

月亭方正 「ガキ使」のモリマン対決嫌だった 何がおもろいのか

デイリースポーツ 1月10日(日)18時9分配信    

 落語家の月亭方正が10日、読売テレビのバラエティー番組「黄金列伝」に出演し、同局系の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで」に出演していた当時、大人気企画だった「モリマン対決」が「ほんまに嫌やった」との思いを明かした。

【写真】月亭方正にへの改名を発表する山崎邦正

 方正はデビュー当時は「山崎邦正」と名乗り、“リアクション芸人”や“スベリキャラ”と評され、人気を博していた。しかし、そう呼ばれることが耐え難く、「心が病むというより、死んでいた」と振り返った。

 28歳の時、「最もつらい仕事が始まった」という。それが「ガキつか」の企画「モリマン対決」だった。MCの陣内智則は「ほんまに嫌やいうてましたね。毎回」と方正の思いを代弁した。方正は「1年の半分は嫌やった。めちゃくちゃ痛いし、なんでこんなんせなあかんのか」と顔をしかめた。

 方正の意に反して「モリマン対決」は大人気企画となり12年も続いた。女性芸人のモリマンと体を張った対決で勝負するもので、当時の模様を放映。「頭にかぶったパンストをぬがしあう対決」の映像が流れると方正は「真剣にやってる。めっちゃこいつ強い」とモリマンの強さを語った。対決はほかに、「アツアツの八宝菜をかけられる対決」があり、最も嫌だったのが「ごぼうしばきあい対決」という。

 方正は「ほんまに嫌やった。何がおもろいか分からない。笑わせているという何かがないと。笑われてる」と述べ、自身が目指すお笑いとは違ったものだったことを告白。陣内は「方正さんがおいしいと思ってないから、おもしろいんでしょうね」と視聴者視点で分析。続けて陣内は「ごぼうにも花言葉があるんですよね。何でしたっけ?」と方正に質問。「いじめないで」との答えに爆笑した。

彼って、つい最近知ったけど、いつの間に落語家にもなっていたんですね。そう言えば、モリマン(モリ夫)も、某バラエティ番組で銀河鉄道999ネタのコントを披露していて、これが残念ながら全然笑えなかったのですが、最近何か出ているのかと思いきや、もともと彼女らって札幌吉本の出身で、札幌でスナック経営しているらしいですが・・・・・・・山崎VSモリマンの対決もまあ笑えたには笑えたのですが、山崎もう少し頑張れよだったとも言うか、ややグダグダになりがちでしたね。まあガキ使で一番笑えるのは山崎メインなら卒業ドッキリwwwだし、最近ならヘイポー絡みのネタで、某混浴旅行とかも・・・・・・でしたが、愛すべきヘタレである言うか、特に傑作なのが薄っぺら裁判シリーズで、もう「あんた最高だよ!!」ですね。何でこないだの大晦日スペシャルで出さなかったんだよ。まあそれはともあれ、山崎氏はあまり面白いトークも出来ないようだし、落語家の道も歩まれるようになって正解だったんじゃないですか。結婚式の話も実際見ましたけど、家庭でも良き夫・良き父親な様だし、そなモリマンとの対決も笑い話として語れるよう頑張っていただきたいものですね。

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2016/01/10

ホリマキ&山本耕史夫婦はゲスの極みの川谷夫婦みたいにならない事を願うが・・・・・・・

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160110-00000003-jct-soci

堀北・山本夫妻の新居探しを「ツイートしちゃった」不動産社員 「35万円賃貸」特定され、大炎上で謝罪へ

J-CASTニュース 1月10日(日)16時10分配信    

 

 「新婚の堀北真希と山本耕史夫婦に接客し35万円の賃貸物件を紹介した」。不動産仲介大手の女性従業員が自身のプライベートなツイッターで明かしたため、「プライバシーの侵害だろ!」などと「大炎上」する騒ぎが起きた。

 芸能人や有名人の来店を従業員がツイッターでつぶやいて騒動になる例が後を絶たないが、今回は当事者も内容も超弩級だった。

■「すっぴんマスクメガネで芸能人オーラ消してた」

 2016年1月9日未明につぶやかれたとツイートはこんな文面だった。

  「今日仕事で堀北真希と山本耕史夫婦接客した。いきなりの出来事に手の震え止まらなかったw そしてついツイートしちゃった!!!! 」
  「35万の物件紹介したw 賃貸で探してるくさいw」
  「すっぴんマスクメガネで芸能人オーラ消してたからよくわからなかったけど、お小柄で可愛らしかったのは確か!!! 旦那はかっこよかった!! 」

 これが9日からネットで「大炎上」し、ツイッターアカウントはすぐに削除された。

 しかし、ツイッターでは自身のプライベートなこともたくさん紹介していたため、つぶやいた人物はすぐに特定された。

 大手不動産チェーン店「センチュリー21」FC店を経営する東京都内の会社に15年11月に入社した女性社員で、前職は婦人靴の販売店員をしていたのだという。ネット上では「バカッター発見!」などといった声が上がり、この店で仲介しているマンションの中から35万円相当の賃貸物件を捜し、山本夫妻に紹介したのではないかとされるマンションも特定されてしまった。

  「馬鹿の一言 何漏らしてんだよ」
  「こんな事されたら有名人はどこにも住めなくなる」
  「ブラック企業かよ コンプライアンスなんて無いようなもんなんだろうな」

などと批判が沸騰した。また、

  「堀北&山本クラスの夫婦でもセンチュリー21で物件探すんだなwww」
  「このクラスの芸能人だと事務所が物件探して家賃出すと思ってた」

などといった感想も出た。

会社上層部が検討している「謝罪という流れ」

 果たしてツイッターにあるように山本夫妻が都内の「センチュリー21」を訪れ物件を紹介したのか。J-CASTニュースが、この店に電話で話を聞いてみたところ、電話に出た担当者はネット上の騒ぎについて、

  「今回の件についてどんな対応を取るかは上層部が検討している最中で、謝罪という流れになるのではないかと思われます」

と打ち明けた。実際に山本夫妻が店を訪れ物件を紹介したのか、については、

  「私の口からはお話しできません」

ということだった。

 ツイッターによる有名人のプライバシー「炎上」騒ぎは、過去にも数多い。俳優の玉木宏さんが成田空港内でクレジットカードで買い物した際のサイン入りレシートが店員によって晒されたり、医療福祉専門学校に通う女子学生がサッカー、日本代表FW佐藤寿人選手のカルテを病院で見たなどとツイートしたこともあった。また、ウェスティンホテル東京のアルバイト女性がサッカー日本代表の稲本潤一選手と女優の田中美保さんがカップルで来店した、などと暴露するなど(後に二人は結婚)、その騒動はかなりの数に登る。

そう言えば、声優の緒方恵美氏も、メガネ屋の店員に来店した事ばらされちゃった事ありましたね。こうしたツィッターでの他者プライベート暴露とかも成人式の羽目を外した若者達の度を越したふるまい共々風物詩だねと言うか、私も実はこのセンチュリー21のイメージキャラクターのお父さんなショー・コスギ氏を見た事あるし、野球では今は亡き、仰木彬氏や古田敦也氏、小笠原道大氏とかもこの目で見た事ありますが、芸能人だって普通の人間なんですからね。有名人を目にしてうれしくなっちゃった気持ちは分かりますが、人に迷惑とかけなければプライベートで何しようが勝手だし、会社そのものの信頼問題とかになっちゃいますからね。去年11月に入社したらしいですが、試用期間だって終わってないんじゃないですか。このばらしちゃった社員の人って。そんな人にましてや芸能人の接客させる会社も会社だと思うけど、まあ解雇&損害賠償(会社の信頼を損ねた事等に対して)あたりが妥当な社会的制裁措置でしょうね。ツィッターと言えばまた、最近は似たようなものとしてtogetterというのも存在するらしく、農業と美少女萌えのミックスジュースみたいな某アニメのポスター撤去についての「アニメ批判者に対する批判的な考察及び反論」の書き込みを目にした事もありますが・・・・・・・ベッキー氏も川谷絵音氏も元々今回の不倫発覚前から特に興味も思い入れもなく、発覚後ミュージックステーション(いっそホントに許斐剛大先生も出演してくれれば絶対に見るのだが)とかに出ようが、嫌な人は見ないだけでも薬にはなるだろうし、正直どーでも良いですが、結構女癖が悪いらしい山本耕史氏は彼らの事も反面教師にして・・・・・・・・・・・今回はちょっと災難だったねでもありますが、末永くお幸せにです。

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2016/01/09

マエケンにとっては実力の見せ所な契約なのだろう

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160109-00000014-ykf-spo

マエケンの“異例契約”は屈辱か妥当か 米メディアも関心「とても奇妙」

夕刊フジ 1月9日(土)16時56分配信    

 

 ドジャース入りした前田健太投手(27)の年俸を低く抑えて多額の出来高を払う、という異例の契約は、改めて米メディアの関心を呼んでいる。「本来、年俸は過去の実績を基にはじき出すもので、将来予想される結果ではない」「メジャーリーガーなら絶対にのまない契約だ」というのだ。

 これまでの情報をまとめると契約は8年で、年俸総額は2500万ドル(約29億4000万円)。それに毎年1015万ドル(約11億9000万円)の出来高払い(開幕1軍で15万ドル、32試合に先発したら650万ドル、200イニング投げたら350万ドルなど)が含まれる。

 米スポーツサイトの中には、「とても奇妙な契約だ。選手たちの年俸が高騰する移籍市場で、チームにこれほど有利な契約は非常にまれだ。メジャーの選手なら怒り心頭に発し、絶対拒否するタイプの契約だ」と報じたところもある。

 また、ロサンゼルス・タイムズ紙も入団会見直後の報道で「本来、年俸は過去の実績を基にはじき出すもの。こういうことがトレンドになっては困る」とクギを刺した。

 権利意識の強いメジャー選手相手の交渉では破談になるケースだが、米国での実績がなく、日本での成績がメジャーでどれほどの価値があるのか判定しにくい日本人選手に関しては、今回のドジャース流が今後、適用される可能性がある。

 松坂大輔投手(現ソフトバンク)が3年目から結果が出せなくなり、ヤンキースの田中将大、レンジャーズのダルビッシュ両投手も肘に故障を抱えたことを考えると、メジャーの各球団が「精密だがひ弱」な日本人投手との契約に慎重なのは当然ともいえる。

 前田は4月で28歳。これまでの故障歴から契約最終年の35歳でなお30試合以上に先発し、200イニング以上投げる可能性は少ない。ESPNが報じたようにドジャースが3、4年後には手術が不可避と知りつつ契約したのであれば、「8年約30億円」は決して悪くない。

 ロサンゼルス・タイムズ紙は前田の記者会見後、「彼は自分自身に賭けている。まだメジャーで1球も投げていないが、彼が好きになってきた」とエールを送った。

 いずれにせよ、2016年は日本人投手がそろって「健康」と「頑丈さ」を証明しなければならない年になった。

何だか某女性タレントと某ミュージシャン(と言うか、彼って私よりも・・・・・ですが)の不倫騒動が随分大事になってますが、正直発覚前からいずれについても、特に関心とか無いし、そもそもTV自体あまり見ないんでどうでも良いですが・・・・・・

その某ミュージシャンと同じ27歳でもある彼の契約、確かに異例な契約ですが、「これもアリかな」と言った所ですね。ダルビッシュ投手は去年1年棒に振ってしまったし、田中(マー君)投手は2年連続二桁勝ったとは言え、故障の不安も決して皆無ではなかった。和田毅投手も結局古巣ソフトバンクに復帰となったし、藤川投手もまた然りだった。野手も含めて、「あのまま日本にいた方が良かった」と思える人の方が大部分でしょう。

そういう意味では、アンチとかには所属チームがなかなか勝てない(特に2004年以降)事とかも「呪い」とか揶揄されているイチロー選手が抜けても。マリナーズもなかなか地区優勝すらできない中でローテ守っている岩隈投手や、正直2000年頃時点ではここまで息の長い活躍するとは思っていなかったけど、球速(メジャー時代)はずば抜けて速いわけでもないながらも、ツーシームやシンカー、スライダー等日本時代の経験も活かして、進化させ、投げ分けて全7シーズン防御率3点台(2009年は規定投球回数未満でしたが)及び2010年から5シーズン連続2ケタ勝利していた黒田博樹投手とかは凄いまたは凄かったとも改めて認識させられます。

黒田投手については、広島復帰時はまるで優勝出来そうな程のムードな大盛り上がりを見せてましたが、そこまで彼に期待を抱いてしまった気持ちもそういう意味では分からなくもなかったです。そして前田投手も先輩に余計インスパイアされて、挑戦したい気持ちを抑えられなかったのか、今回メジャー挑戦と相成ったようで、ドジャースは彼が生まれた年以降リーグ優勝からは遠ざかっているままで、特に21世紀以降はライバルのジャイアンツの方が概ね強い。前田投手はダルビッシュ・田中両投手とかとは違い、とうとう日本ではリーグ優勝の美酒を味わう事は出来ませんでしたが、これも早くから日本の球界とも繋がり(あの巨人V9も、ドジャース戦法導入とかの賜物である)もあるドジャースなりの期待の表れなのでしょう。特にファンとかではないですが、頑張ってくださいです。

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2016/01/04

新テニスの王子様第173・174話-「果てしなき世界の強豪たち!!そしてバルログ・アトーベ様の復讐劇の序章・・・・・・」

今年初めての新テニスの王子様の感想ですが・・・・・・・

U-17W杯の出場国全32か国が明らかになりましたが、日本は23位と下から数えた方が早いです。越前王子様とリョーガの兄弟がいるアメリカは5位ですが、確かにドイツ・スイス・フランス・スペインの4強とももうそんな大きな実力差はないかもしれません。赤ちゃん(切原)は「ホントにこいつ強いのかよ~」な舐めた口聞いてましたが、ミスターT(デューク渡邉)の話によれば、リョーガは霧谷をあっさり倒したらしいけど、「まだまだだぜ」って、つくづく弟も弟なら、兄も兄でしたな。(苦笑)

前述のドイツ等ビッグ4の最強戦士たちの強さも断片的ながらも明らかにされていきましたが、スイスのアマデウス・・・・・・・由来は餓狼伝説のクラウザー(テニプリにも同じ名前のキャラいますが)同様モーツァルトなのでしょうが、バンダナがトレードマークの長髪キャラって、どこかでも見た様な。

日本代表が飛行機嫌いな鉄砲(種ケ島)と合流かと思いきや、ドイツ代表はボルクが部長(手塚)らのトレーニングを見守っていた所、製薬会社会長でもあるアインシュタイン(プープケ)がやってきて、「クニミツはどうだ?」とやはり彼も部長には期待していた様ですが、ジークフリートも手塚をライバル視して改めて・・・・・・とミスターTから受けた屈辱をバネにして頑張っていた模様。

W杯本戦グループリーグが始まるという事で、コーチ達からその頃日本代表はまた説明を受けていた様ですが、そのルールは以下の通り。

①シングル3つ・ダブルス2グループの1試合ごと計7人が出場

②その7人中3人は中学生を出場させなければならない

③1人1戦しか戦えない

つまり最低21人に出番があるという事ですが、よりにもよってまた世界2位のスイスと同組って、副部長(大石)はつくづく籤運悪いですね。柳田國男(遠野)はスイス戦は全員中学生を送り込めばいいんだよとかほざいてましたが、うるせーからだまれや。(苦笑)

「一体世界の三船はどんなチーム編成をするのか?」そんな当然気になっていた他の面々をよそに入江バルログ・アトーベ様の元に向かっていた様ですが、オーストラリアの狂犬・ドルギアスから受けた屈辱を、半沢直樹風に言えば「倍返し」せんと言わんばかりにトレーニングに力が入っていて、しかもその効果は着実に表れていた模様。まあドルギアスが普通にDQNなのもあるけど、こんなにアトーベ様を応援したくなった気分になったのは初めてですね。



今回はあまり笑えたパートこそなかったけど、特にスイスのアマデウスとフランスのカミュが気になる強者ですね。まあ、人間の姿をした、この漫画のテニス星人達がどんなにとんでもない技を披露しようが、もうちょっとやそっとの事では驚きませんが・・・・・・そして、声優の諏訪部順一氏もやはり良く分かっておられる様ですが、ただのナルシストではない、努力家な一面もあるアトーベ様ですね。入江も一度戦って何か思う所でもあったのか、腐れ縁みたいになっていますが、最近アトーベ様見直したよと思える事が多々ある様な?流石ですね!!ストリートファイターⅤもあと1か月半ほどで発売だけど、サガットの代わりに四天王の仲間入りしたファンなんてわけのわからないオッサンがナンバー2なんて認めない!!ベガの強さと美も認めるけど、世界中で最も強く美しいのはこの私。品性のかけらもない下種な狂犬なんかすぐ私の美の前に跪かせてくれるわ!!ですね!!今度の許斐剛大先生のサプライズライブにも出演するようだし、ますますどんな戦いが見られるか楽しみですね!!終わりのセラフもTVアニメ版第2期も決定したようだけど、めだかボックス以来のコンビ復活となった西尾維新先生(正直「?」な作品も目立つけど、ガッキー主演の某ドラマはまあ見ていて面白かった)にも負けるな!!ウォーウォーウォッ!!ウォーウォーウォッ!!クライムアップシティ!!あっ、これは徳永英明さんでしたな。失礼しました。

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2016/01/03

群馬県内のR354旧道もいつの間に県道(r142)に降格していたようだが

https://www.town.oizumi.gunma.jp/01soshiki/07toshi/01doboku/1414049376-62.html

群馬県内の国道354号は、2011年1月ごろに高崎まで完走した事がありますが、いつの間に県道に降格していたんですね。しかも、r142らしいですが、近い番号の県道は欠番か停車場線の県道なので、やや異例な(?)番号制定ですね。

元々は群馬県内で完結する予定だったこの国道、元々は岩井古河線、土浦野田線、土浦大洋線等の県道とか(各県道時代は、土浦野田線は旧谷田部町市街地、土浦大洋線は旧出島村内・旧玉造町市街地を通るルートが存在したが、いずれもやや狭隘なルートで、旧土浦大洋線の同ルートには今もその名残な、距離ポストがある)を昇格させて茨城県にまで伸ばしたのであの行方市山田の一方通行区間とか狭隘区間も残っていたのですが、バイパスと並走している区間は、旧水海道市内(常総市)ならr129、境町内(別にr190に降格になったルートも存在する)ならr24・r126・r190とかが延伸指定されるのかもしれないですね。ちなみにr24は土浦市市街地と境町を筑波学園都市や旧石下町内も通過させて結ぶルートで、旧石下町内ではr357(これもかっての国道294号)以西ルートだけがバイパスと共に指定されていて、以東ルートは小貝川で分断されていて、橋で渡る事は出来ないけど、既に指定を外れています。また土浦市虫掛から学園都市入口付近の旧道も指定外れてはいませんが、r24の話はそこまでにして、圏央道が境古河ICまで伸びたという事で、r17バイパスも開通していた様ですがその付近区間だけ境岩井バイパスが部分開通(距離にして1キロ弱)していますが、さあ果たしてつくば中央ICと繋がるのとこの境岩井バイパスの開通どちらが先になりますかな?まあ境町内側から優先的にルートを供用するのでしょうが・・・・・・・それはともかく、群馬県内の国道354号はバイパスは通った事ないから、今度機会あったら通ってみたいですね。

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田代まさしの「失われた14年」は戻らないが・・・・・・・

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160102-00000074-nksports-ent

お騒がせ田代まさし16年こそ「嫌なことは去る年」

日刊スポーツ 1月2日(土)19時22分配信    

 

 元タレントの田代まさし(59)が16年への前向きな思いをつづった。

 田代は14年7月に覚せい剤取締法違反の刑期を終えて出所し、現在は薬物依存者のリハビリに励むかたわら、講演活動などを行っている。昨年7月には、女性のスカート内を盗撮したとして東京都迷惑防止条例違反の疑いで書類送検される騒動もあった(のちに本人はブログで潔白を主張)。

【写真】田代まさしまた盗撮…耳にタコができるぐらい不祥事

 田代は2日にツイッターで、昨年を振り返り、「昨年中は皆様に大変ご迷惑、ご心配おかけしました」とあらためて騒ぎを謝罪した。

 そして新年を迎えて「今年は僕は年男です!嫌なことは『去る』年! 去年よりも『まサル』年!猿の鳴き声は『喜喜喜喜喜~』本年も宜しくお願い致します!」とポジティブなメッセージをつづった。

清水健太郎氏や岡崎聡子氏もそうなのでしょうが、まず薬物に一度手を出してしまった人に「もう二度と薬物やるな。」と言っても、それは半ば無理な要求なのでしょう。特にヘロインとかそういうのと一切断ち切るんだな意志を持ち続ける事自体地獄の苦しみなのも想像に難くないでしょうし・・・・・・田代まさし氏も一度ラッツ&スターのメンバーの一員としてのミュージシャンとしても、お笑いタレントとしても一世を風靡してきた人ですからやはりそういうかっての過去の栄光とかも忘れられないのも無理はないかとも思いますが、まずはおそらく生涯を終えるまで終わる事のないだろうリハビリ等に力を入れて、新たに薬物に手を出す人が出てこない様地道に活動しながら、今年2016年こそは警察とかの世話にも一切ならない様にする様目標立てられる方が先でしょうね。「失われた14年」(ミニにタコ事件から一昨年7月の出所まで)は戻らないけど、その間得た経験を活かす事は可能な筈ですから。山崎努氏主演「刑務所の中」とか見たら、日本の刑務所って他国と比べると天国だなあとも改めて思えたけど、「もう一生刑務所暮らしの方がいいのでは?」とか思われたらそれこそ田代氏や、田代氏の更生を信じてくれていた志村けん氏や鈴木雅之氏らにとっても不幸以外の何物でもないのですから。

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現代がトヨタに追いつこうが追いつけまいがどーでも良い

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160101-00000509-san-bus_all

王者・トヨタの背中は遠のくばかり… 韓国・現代自動車の病巣はかくも根深い

産経新聞 1月1日(金)11時46分配信    

 “日本車キラー”として世界で急速に販売を伸ばしてきた勢いがすっかり消えつつある韓国の最大手自動車メーカー、現代(ヒュンダイ)自動車。来年に新型ハイブリッド車(HV)を発売するほか、自動運転車の開発に経営資源を投入し、トヨタ自動車に反転攻勢をかける。だが、成長の源泉だったビジネスモデルの行き詰まりが鮮明となり、トヨタの背中は遠くなる一方だ。

 トヨタは昨年12月9日に、主力HVのプリウスをフルモデルチェンジして国内販売を開始。燃費は最も良いモデルがガソリン1リットル当たり40.8キロで世界最高だ。

 これに対し、現代自も同7日に、1月から発売を予定しているハイブリッド車の車名「IONIQ」と、車体のイメージを公開した。新開発のハイブリッド専用エンジン「GDI」を採用し、プラグインハイブリッド(PHV)、電気自動車(EV)のバージョンを用意。3種類の電動パワートレインが選択できるのは世界初という。

 だが、現代自は早くも“前哨戦”でミソをつけつつある。IONIQは、自動車専門メディアなどでトヨタのHV「プリウス」への対抗車として「プリウスハンター(仮称)」ともてはやされたが、「リア部分のシルエットがプリウスにそっくりだ」などとして、パクリ疑惑が話題となったからだ。

 現代自はIONIQのプレスリリースで、「ハイブリッド車の世界有数のメーカー」と自画自賛。だが、主力車種「ソナタ」のHVモデルは、燃費性能でプリウスの後塵(こうじん)を拝している。IONIQの燃費性能はまだ不明だが、HV開発で先行するトヨタを抜くのは至難の業とみられている。

 両者の対決は、次世代技術の自動運転車でも熱を帯びている。昨年12月10日の韓国経済新聞は、現代自が自動運転車の半導体チップを系列会社を通じて独自開発すると報じた。現代自は同11日、米ネバダ州から高速道路で自動運転車を試験できる免許を取得。2018年までに自動運転車技術の入った次世代スマートカーの開発に2兆ウォン(約2000億円)を投資するという。

 一方、トヨタは自動運転車の鍵を握る人工知能(AI)の研究を加速。昨年9月に米スタンフォード大などと研究センターを設立し、車両周辺の物体の認識や状況判断などへの活用を探る。今年1月には米カリフォルニア州に新会社を設立し、20年までに運営費10億ドル(約1200億円)を投じる計画だ。自動運転車の技術開発の勝負はこれからだ。

 とはいえ、次世代車技術を支える大前提といえる経営環境は、両社の差が歴然だ。

 トヨタの2015年9月中間連結決算の売上高は14兆914億円と、中間期としては8年ぶりに過去最高を更新。15年の世界販売台数でも、独フォルクスワーゲンを上回り、4年連続の首位をほぼ確実にする勢いだ。

 それに対し、現代自の経営環境は厳しさを増している。EUや米国との自由貿易協定(FTA)の発効に伴って輸入車販売が増加し、その結果、09年に8割近くを誇った韓国内シェア(グループの起亜自動車含む)は14年に60%台に下落した。現代自が得意とする、韓国国内の独占的なシェアを背景に高値販売をして得た利益を、海外における薄利多売に回すというビジネスモデルに黄信号がともっている。

 さらに「現代車の国内工場の1時間当たりの賃金は、米国工場より2倍近く高く、1時間当たりの生産性は半分程度と低い」(昨年5月13日付中央日報)とされ、競争力も落ちている。「消費者の間で国産車の愛用が愛国だという考えはかすんできた」(同)との指摘もある。15年1~11月の世界新車販売台数は前年同期比0.9%減とマイナスになった。

 昨年11月6日の韓国経済新聞の社説は、日本政府が小型無人飛行機「ドローン」や、自動運転車の実用のため大胆な規制緩和に乗り出すニュースを取り上げ、韓国政府の支援不足を批判した。現代自がトヨタに追いつくためには、官民の協力態勢の構築が欠かせないが、その前に高コスト体質をはじめとしたビジネスモデルの転換が不可欠だろう。(鈴木正行)

何だか、同僚の某支局長がソウルに拘束されたり、慰安婦問題でのあの10億とか妥協してしまった事等に対する「憂さ晴らし」しているような記事ですね。確かに、現代自動車の問題点もまあ指摘もしてますけど、トヨタも利用して自民族の優越に悦に入るって、ハッキリ言って貴方達が大嫌いであろう、その韓国や中国の連中とやってる事大して変わりないじゃん、彼らの事も全然笑えないじゃんですが、彼らは偏狭なナショナリズムとかに捕らわれていて、そういう近隣諸国がどうだこうだの前にまず日本や日本人が何をなさなければならないとか全く見失っているのでしょうね。時にはドラえもんを実写化して、ドラクエ初期シリーズの直撃世代にも受け狙いもしているトヨタがどんなに凄くても、日本は一人当たりGDPだってバブル崩壊以降順位下がり続けているのにね。その現状とかもどう思うのかね?韓国や韓国人の悪口とか、同じ社内社員同士またはネトウヨ相手とだけでやってくれ。いやしくも先進国の大新聞社がこんな下らない記事書くなです。

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2016/01/02

松坂大輔の奇跡のカムバックはなるのか?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160102-00000512-san-spo

満身創痍の松坂よ「カムバック賞」に挑め! マサカリ兆治の試練を思えば…

産経新聞 1月2日(土)12時15分配信    

 プロ野球の「カムバック賞」は文字通り、けがや病気で苦しんだ後、復活を遂げた選手に贈られる。そこには「野球人生に悔いを残さない」という強い思いがある。2015年はセ・リーグがヤクルト・館山昌平、パ・リーグは「該当者なし」だった。両リーグの歴代受賞者を見ると、パの受賞が圧倒的に少ないことに気づく。有名なところでは、ロッテの村田兆治や近鉄の盛田幸妃がいるが、最近13年間は該当者なしという異例の事態が続く。プロ野球の世界で復活を遂げることがいかに難しいかを示すデータと解釈できそうだ。来季、この難関を乗り越えてほしい選手が、ソフトバンクの松坂大輔である。甲子園の「怪物」が輝きを取り戻す日は訪れるのか-。

 ■ドラマ性も受賞の条件?

 プロ野球のカムバック賞は大リーグにならって1974年に創設された。第1回からパ・リーグは該当者なし。ゴールデングラブ賞やベストナインなどと違って「条件」を満たす選手が限られていることも影響し、パ・リーグの最初の受賞は80年になってから。「不惑の大砲」といわれた門田博光(元南海)が第1号となった。

 受賞者の傾向として、野手よりも投手が目立つ。「マサカリ」の異名をとり、豪快な投球フォームで知られた村田が受賞したのは85年のこと。当時、タブー視されていた「トミー・ジョン手術」を受けて、肩の故障から返り咲いた。手術後も140キロ後半の速球と落差のあるフォークで開幕11連勝を記録、劇的な復活を遂げた。

 数々の「伝説」を残した村田はリハビリ期間中、機能回復トレニング、野菜や玄米を中心とした食生活の改善、温泉療法…。滝に打たれ、真っ暗な部屋に1本のローソクを立てて座禅を組むこともあった。一切の妥協をせず、求道者のようにトレーニングを積んだ。「辛抱の先に楽しみがある」と言い聞かせて徹底したプロ根性を見せたのである。

 また、脳腫瘍の手術から復活を遂げた盛田は2001年に「奇跡のリリーバー」として34試合に登板して2勝を挙げた。1シーズン限りのカムバックだったが、ファンに与えた感動は村田と双璧と言われてきた。盛田以降、パの受賞者は出ていない。「球史に名を残す村田や盛田をはじめ大投手のドラマチックな物語によって、受賞のハードルが高くなっている」と指摘する声もある。

 ■松坂にとっての正念場

 2015年、ソフトバンクは日本一に輝いたが、シーズン通してファーム暮らしだった松坂は優勝に何一つ貢献できなかった。西武から大リーグレッドソックスなどをへて日本球界に復帰、推定4億円という高額年俸はチーム随一だけに厄介なのだ。復帰2年目も活躍がおぼつかなければ、チーム内に不協和音が生じるのは当然だろう。まさに現役人生の正念場を迎えている35歳・松坂だが、全盛期に比べてアスリートらしからぬ“体型”を一部メディアに撮影されるなど、来季に向けて活躍できる保証は何一つない。

 肩は消耗品である。松坂のように高校時代から酷使すれば、必ずツケが回ってくるということである。あの村田でさえ、ほぼ2シーズン棒に振ったことで、一部の心ないファンから「給料泥棒」などと陰口をたたかれることもあったが、まったく意を介さなかった。泥臭く、がむしゃらにマウンドに戻ることに恋い焦がれたのである。

 ファンは松坂に高額年俸に見合った活躍を求めているのではなく、約20年前に甲子園を沸かせた「怪物」の雄姿をもう一度見たいと願っているはずだ。「転んだままで野球人生を終えたくない」と、あえて“茨の道”を選択し、ボロボロになるまで投げた「昭和生まれの明治男」のように…。

産経新聞は政治では民主叩き(まあ産経に指摘されるまでもなく、民主が駄目すぎるのは確かですが)等ノリノリだけど、野球ではマーリンズを何度もマリナーズと間違えた事もあった等・・・・・・・

2016年、続けてNPBネタですが、甲子園でも怪物だった松坂大輔投手はプロでも怪物ぶりを見せ付けてはいました。もう5年以上前の事だったけど、過去エントリーでも指摘した通り、2001年の沢村賞が「相応しくない、不適切な受賞」だったという認識には変わりはありませんが、この時点で3年連続最多勝で、計45勝だったけど、分業制が既に確立されていたのだから平均15勝でもそうなるのはまあしょうがない。2001年はまた負け数も15でしたが、一方で6月26日にはリリーフ登板もしており、150球以上投げた試合も4試合もあった。内容には微妙な点も目立ちながらも、エースとしてのフル回転ぶりが評価されたのでしょう。

2002年は投球回数は100にも満たず、ついに昨年2015年現在までNPBではリーグ優勝した年にシーズンフル回転して優勝に貢献した年はなかったのですが・・・・・・えっ?2004年があるだろって?確かにペナントレースではダイエーに勝ち越したけど、敗者復活戦なプレーオフ(と言うか、日本でホントにまともなプレーオフやりたいのなら、独立リーグも参加させて球団数を倍に増やして、各リーグ2地区制とかにしないとダメ。レベルは間違いなく下がるだろうけど)の恩恵に与っただけで、実質2位でしょ?あの年の西武って。確か水島新司先生のドカベンか何かでも、その年はダイエーが中日と日本シリーズ戦った事にされてましたけど。

しかし、それでも日本シリーズでも勝利投手となって、リリーフ登板もした等日本一に貢献したのも事実で、2003~2006年がNPBでの松坂投手のピークでした。WBCでも活躍したし、それも置き土産としてメジャーに挑戦した。

レッドソックスでは、15勝しながらも防御率は4点台半ばと本拠地のフェンウェイパークが打者有利な球場な事を考慮しても、内容は手放しで絶賛できるほどではなかったですが、それでも21世紀ではレッドソックス2度目の世界一に貢献し、「次の世界一は2090年だ(2004年に1918年以来86年ぶりの世界一になったので、2004+86=2090という意味)」な意地悪な野次も飛ばしたヤンキースファンも黙らせた。(まあヤンキースも2009年に世界一となりましたが)

そして翌2008年はリーグ優勝決定戦止まりだったとは言え、防御率等内容は格段に良くなり、「流石松坂」と思わせたものもあった。しかし、2009年、この年もWBCでは活躍したけど、松坂投手最後の輝きを放った年になってしまっています。WBC前から既に股関節を痛めていたらしいけど、ドーム球場でのプレイが多かったNPBよりも過酷なMLBで、そんな状態で1年間乗り切れるはずがなかった。翌2010年こそ9勝して、いくらか復活の手ごたえをつかんだけど、その後は・・・・・・・・

もうこれ以上はここで一々詳細に語るほどの事でもないでしょう。松坂投手のNPBでの成績は108勝60敗、防御率は2.95です。投球回数は約1400回と、歴代記録の基準(2000回以上)には及ばずとも、勝率は6割4分強だし、90年代以降登場し、100勝以上した投手で防御率2点台は松坂投手の他は所謂「松坂世代」でもある同級生の杉内俊哉投手ぐらいでしょう。2000・2001・2004年とかなり打高投低なシーズンも目立った中での2点台は普通に凄い事だとは思います。しかし・・・・・・・・

元々以前から体調管理のアバウトさとか指摘されてましたが・・・・・・・・一部過大評価との声も聞かれますが、MLBでも5年連続2ケタ勝利、そして7年全て防御率は3点台だった黒田博樹投手はやはり凄い事も改めて認識させられましたね。MLBに挑戦した日本人選手、そのままNPBでプレイしていた方が良かったのにな面々も多いですが、残念ながら松坂投手もその1人となってしまった。そしてソフトバンクに入団するも・・・・・・・ヤフコメでも指摘されていたけど、そもそも村田氏や盛田氏とは野球にかける姿勢からして違います。彼らと同列で語るのは「?」だし、特にファンではないですが、松坂フィーバーからもう18年たとうとしていますか。怪物の名をほしいままにした彼が、日米通算はあくまで「参考記録」な認識も不変ですが、気が付いたら黒田投手の方が日米通算でも200勝にかなり近くて、彼は2008年シーズン終了時点であと4・5年程度で達成かなと思いきや、164勝のままで現役生活を終える事になっても、それは寂しくも思えます。フル回転はもう無理でも、せめて何か若手の見本になるような指導とかは・・・・・・・マエケンもドジャースと契約を結んだらしいですが、まずは1シーズンフルに投げられる様に、先輩方々の失敗例も反面教師にして頑張ってねでもあります。この松坂投手の現状を見ても改めて・・・・・ですが・・・・・・・

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2016/01/01

川上哲治と藤村富美男はどちらが上?

まず2016年新年あけましておめでとうございます。あの従軍慰安婦問題の協議及び決着点等何だか2015年は悪い幕切れとなってしまい、これでは戦後レジームからの脱却など夢のまた夢であろうですが、何はともあれ、今年もよろしくお願いします。(基本的にこのブログでは実在人物は敬称付けますが、今回は敬称略とさせていただきます)

さて、今年初めてのエントリーですが、あるきっかけでふと気になった点が浮かびましたそれは、打撃の神様・川上哲治はホントにそうした愛称に相応しい成績を残したと言えたのか?藤村富美男や大下弘と比べてどうなのか?折角の年末年始休みなので、ちょっと検証してみました。 まず留意しなくてはいけないのは、この2人ともボールの質が悪く、なかなか本塁打が出なかった戦前戦中からの選手だったという事です。

                                                                                                                                                         
打数 安打 打率 備考
1936秋 6509 1407 0.216
1937春 14977 3491 0.226
1937秋 13101 3057 0.233
1938春 9207 2108 0.229
1938秋 11932 2616 0.219
1939 28807 6333 0.22 、96試合制
1940 30428 6262 0.206 、104試合制
1941 22438 4502 0.201 、84~87試合制
1942 27731 5454 0.197、 105試合制
1943 21767 4264 0.196 、84試合制
1944 6978 1571 0.225、 35試合制
戦前・戦中 193875 41065 0.212



1936年春シーズン
はちょっとわからなかったのですが、現在と比べてかなり低い事が分かります。本塁打率だけで見れば、藤村の圧勝です。彼が25.2に対し、川上が41.4です。またある人が考案した打撃指標によれば、川上は藤村の3割弱程度の能力値しかなく、大下と比べても、半分にも満たないようですが・・・・・・・・

「たら、れば」の話にもなってしまいますが、まず注目したいのが戦前戦中期の成績です。打点率は川上0.158にたいし、藤村(1936年春は除く。以降戦前戦中期の彼の成績については同じ)は0.166と大きな違いはありません。しかし、同じまた兵役による複数年にわたる欠場時期があっても、川上は1943・44年と合わせて最大119試合欠場しましたが、藤村は1939~43年途中までと少なくとも389試合(1939~42年ののタイガース・阪神消化試合数)も欠場しています。3倍強以上も違います。

                                                             
藤村戦前中 847 236 0.279  1936秋~38、43、44 本塁打率282.3、打点率0.158
期間内 84471 18514 0.219
川上戦前中 1516 458 0.302  1938~42 本塁打率65.9、打点率0.166
期間内 130543 27275 0.209

これは2人の戦前戦中期の打数、安打数、打率、プレイシーズン、本塁打率、打点率及びプレイシーズン中のリーグ述べ打数、同述べ安打数、同述べ打率をそれぞれ示したデータです。前のデータからも分かる通り特に1940~43年シーズンが超投高打低のシーズンでしたが、藤村の欠場はほぼその時期と重なっています。打数も川上と藤村では倍近く違いますが、藤村はリーグ平均より0.060高いのが、川上は0.093も高いです。川上の方が打数や打率とかだけでなく、打率突出度も上です。タイトルは首位打者・打点王各2回、本塁打王1回で、本塁打もこの時代としては打っていた方です。

もし、日本がこのアメリカとの馬鹿げた戦争しなければ2人の成績にどう影響したか?1943・44年シーズンも80~100試合ほど開催されていたでしょうが、川上よりも藤村の方が実際よりも大きく変動していたでしょう。安打数はそれなりにもっと稼げたでしょう。川上よりも先に2000本安打を達成できていたかもしれません。しかし、打率は生涯3割を切り、打点率や本塁打率も下がってしまっていたかもしれません。

                                                                                                                                               
1946~58年の主な打者の打点・本塁打率
打数 打点 打点率 本塁打 本塁打率
川上 5984 1058 0.177 158 37.9
藤村 4764 987 0.207 221 21.6
青田 5978 957 0.160 261 22.9
大下 5246 834 0.159 198 26.5
西沢 5005 900 0.180 211 23.7
杉山 4424 667 0.151 203 21.8
小鶴 5457 873 0.160 205 26.6
藤井 4356 636 0.146 142 30.7
飯田 5420 830 0.153 162 33.5
別当 3191 549 0.172 155 20.6
                                                                                                                                                                           
1946~58年の主な打者のOPS
安打 四死球 出塁率 塁打 長打率 OPS
川上 1893 661 0.383 2830 0.473 0.856
藤村 1447 569 0.377 2488 0.522 0.899
青田 1673 410 0.326 2789 0.467 0.793
大下 1590 551 0.368 2599 0.495 0.863
西沢 1619 489 0.324 2562 0.512 0.838
杉山 1117 373 0.310 2012 0.455 0.765
小鶴 1572 693 0.367 2593 0.475 0.842
藤井 1198 346 0.328 1907 0.438 0.766
飯田 1589 625 0.365 2650 0.489 0.854
別当 965 322 0.366 1676 0.525 0.891

そして戦後の、同時期に活躍した他の強打者達も加えた成績の比較です。これを見ると、確かに川上は戦後も本塁打率が飛躍的に上がったわけではありません。他の面々と比べても、この時代の基準でもやや物足りなかった事も否めなかったでしょう。別当(薫)は打数が他の面々よりも少なく、あまり比較の対象にはならないかなあですが、本塁打率&打点率ではやはり藤村が抜きんでています。本塁打数では「じゃじゃ馬」青田(昇)です。

しかし、川上も打点率では藤村にはやや差を開けられながらも、西沢(道夫)とは大差なく、打点数は1位ですが、打点率もかなり高い方です。そしてOPSでも藤村は頭一つ抜けていて、川上も大下(弘)、飯田(徳治)、小鶴(誠)らと並び、第2トップグループです。と言うかまた、中日は西沢の他にも杉山(悟)がいたのですが、日本一は1954年の一度限り(とは言え、この年も巨人も勝率6割台だったし、中日が一矢報いらなければリーグ9連覇となっていた)ながらも1950年代全シーズンAクラスだったのも伺えますね。(他には、プロ入りが32歳とチョー遅咲きながらも最後2年間の大洋時代も含め、868試合出場した児玉利一とかもいました)

確かに短期間のラビットボールブームを過ぎた後本塁打数は再び減りました。本来クリーンアップタイプではない千葉(茂、1952年)や広岡(達朗、1954年)よりも少なかったシーズンもありました。

しかし、打率は言うに及ばずで、引退前年の1957年も3割切りながらも5位。打点数も晩年も1954年は杉山に4点差、55年は打点王、56年も宮本(敏雄)に2点差、その他1955年からは3年連続最多敬遠でした。1発とかはあまりないから怖くないや、大した事ないやだったらこの様な記録も残すはずありません。その内5シーズン特に、ボール飛ばない、試合数多くない打者不利な戦前戦中シーズンプレイしながらも、晩年まで第2期黄金期を迎えていた巨人の中でも不動の4番打者(最晩年は6番を打つ事が多くなっていたらしいが)として、守備は上手いとは言えませんでしたが、打撃ではほぼ一流の成績を残し続けました。また走塁面でも足は速くなかったながらも、200盗塁以上であり、しかもその大半は2リーグ制移行後でした。過大評価だとかは思えません。ミスタータイガースでもある藤村共々妥当な評価を受けているでしょう。

OPS以外にも色々な指標がある様で、また時間ある時にそっちの方でも検証してみたいとも思いますが、結論を言えば、「爆発力は藤村、長期安定性なら川上で容易には甲乙つけがたい」です。ただし、藤村が川上と同級生でもっと遅く生まれていたら、彼ももっと凄い成績を残せていたかもしれません。40代までプレイして生涯打率3割を維持したのも、彼の引退以降王・張本の引退までしばらく出てこなかったのですから。(ただし、阪神によくあるお家騒動となってしまったけど、一時期監督として指揮を執っていた)どちらもタイプは違えど、その時代を代表する偉大な名選手です。

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