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2015/12/29

ノムさんが名将なのは否定しないけど

http://news.nifty.com/cs/sports/baseballdetail/postseven-20151228-372445/1.htm

野村克也氏 王・長嶋が監督としてまったく怖くなかった理由

2015年12月28日(月)11時0分配信 NEWSポストセブン

 

 

 
 

 2016年、日本プロ野球は高橋由伸(巨人)、金本知憲(阪神)、アレックス・ラミレス(横浜)という3人の新監督を迎える。球界きっての智将・野村克也氏が名選手は名監督になれるのかという疑問に答える。

 * * *
 最近の監督は、手腕ではなく、人気取りだけで選ばれているように思えてならない。特に今回の人事は、スター選手を据えれば観客も入るだろうという、安直な考えがどうしても透けて見えてくる。

 だが、「名選手、必ずしも名監督にあらず」。これにもしっかりとした根拠がある。現役時代にスター選手だった監督、特にスラッガーだった監督は、攻撃野球を好む傾向が強い。ホームランが何本も飛び交うような、素人が見てもわかりやすい、派手な野球が好みだ。

 言い方を換えれば、ただ打って走るだけの才能と技術に頼った粗い野球である。何かの間違いでハマれば確かに強いが、野球はそんなにうまくいくものではない。これでは到底、常勝チームなど作れない。

 また、スター選手はその才能からデータを必要とせず、細かいチームプレーとも関係なくやってきた者が多いため、いざ監督になったら緻密な野球ができない。そればかりか、その必要性や重要性をまるで理解しようとしない。そのため有効な作戦が立てられないし、相手の作戦を読むこともできない。

 そしてもう一つ。スター選手は自分ができたことは、皆もできると思い込んでしまっている。それを言葉に発してしまう。「なんでこんなこともできないんだ!」という言葉が、どれだけの選手を傷つけるか。思ったことは何でもできてしまうから苦労を知らず、そのため並の選手の気持ちや痛みがわからない。自分のレベルで選手を見るためにうまく指導ができず、言葉より感覚を重視してしまいがちなのだ。

 苦労を知らない選手は絶対にいい監督にはなれない。私は2年半ほど二軍にいたことがあるが、これは今となっては良い経験だったと思っている。

 二軍を経験して良かったことは、二度とここ(二軍)には戻りたくないと思えることだ。お客さんがいないところで野球をやる虚しさ、打っても打っても自信のつかない不安。昔の人は「若い時の苦労は買ってでもしろ」といういい言葉を残したが、まさにその通りで、苦労しているかどうかは、その後の人生に大きく生きる。

 スター選手の代表格といえる王貞治、長嶋茂雄のONは確かに天才的な選手だったが、その余りある才能ゆえに苦労を知らず、それぞれの哲学がなかった。だから監督としてはまったく怖くなかった。

 ONに共通していたのは、目の前の試合に一喜一憂していたことだ。味方がホームランを打つと、選手と同じようにベンチを飛び出してきていた。恐らく心のどこかに、現役時代と同様の「自分が一番目立ちたい」という気持ちがあったのだろう。私にはその心境が分からなかった。最近では原辰徳がまさにこれだった。

 確かに自軍の選手がいいプレーをすれば嬉しいし、リードすれば「よし!」とは思う。しかし、監督というものは「ではこの先どう守ろうか、どう逃げ切ろうか」が気になるのが普通だ。子どものようにはしゃいでいるヒマはない。

 現に、川上哲治(巨人)さんや西本幸雄(阪急など)さんが試合展開によって一喜一憂していただろうか。監督が初めて喜びを露わにするのは、ゲームセットで勝ちを収めた時だ。どんなに勝っても仏頂面だった落合博満(現中日GM)までいくともはや変人だが、まだONや原辰徳(巨人)よりはマシだ。

 高橋や金本も、スター街道を歩んできた選手である。先輩たちと同じ轍を踏んでしまわないだろうかということが気になっている。

※週刊ポスト2016年1月1・8日号

確かにノムさんも名将の一人だし、指揮官たるもの一喜一憂しないで、もっと大局観を持って1年1年シーズンを乗り越えられる様に指揮していかなければならない事や、自分の経験に固執して選手にそれをおしつける事の愚や正論もいくつか言っています。

しかし、人気取りで監督が選ばれるなんて別に今回の高橋・金本・ラミレスにはじまった事ではなく、自身も選手兼監督となったけど、1970年代の青年監督ブーム(他には村山・稲尾・長島・吉田義男等)から遅くともそういう所はあったでしょう。

それにONについての監督能力批判も。ミスターだって、第一次政権は特に野手は張本も獲得して、大成功したけど、川上時代からの主力選手だってまだ何人か健在だった。投手も、1974年には既に防御率2点台でトップ10入りした小林繁や、規定投球回数不足だったけど、7勝して防御率も2点台だった新浦川上政権末期には若手が全く育ってなかったわけでもなかった。結局野手が高齢化してきたから、地獄の伊東キャンプやってまで今度は自前の選手(中畑・篠塚・西本等)を育てなければいけなかった事情もあった等過去の著作で批判した様な、育成能力も全く無かったわけではなかったのですが・・・・・・

ロックマンとか同様反感買うのは承知の上で敢えて改めて言いますが、ノムさんも1973年のリーグ優勝は欠陥制度だったプレーオフ制度の恩恵にかなり助けられた(後期で阪急に全く勝てず、通年では金田監督1年目のロッテよりも下な3位)し、1975・2008年は「2度も得失点差プラスなのに危うく最下位チーム」(僅差で免れる)だった。ヤクルト監督時代も、ノムさんが指揮を執っていた時期が黄金期だったのも否定しようのない事実ですが、その一方で岡林や伊藤智等思ったほど活躍できず、潰してしまった形になってしまった投手(これは中日時代の星野とかもそう)も何人かいた。だから、某特番ドラマで、イッセー尾形がやたらノムさんの名言を引用した事にもくどさとか感じられたし、何故か一方的に嫌っている広岡みたいに全否定するわけではも決してないけど、ノムさんだっていつまでも仰木(1996年オールスターの件とか)やONとかについて色々言えるほどなの?でもありますね。過大か過少なら過大評価でしょう。監督としては。

と言うか、最近週刊誌なんて殆ど買わない。そこに書いてある事がホントなのか、嘘なのか信用できないからなおさらの事ですが、週刊ポストは他に野球ネタとかないのか?ですね。マスコミ受けは良いノムさんとかからただ、何を言うか予想もできる話を聞く程度なら私でも出来そうですね。こういうマスコミ受けの良い人の言う事も鵜呑みにしてはダメだという事を改めて認識させられました。この記事からは。

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