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2015/06/28

千葉県内(柏R6交点~流山運河駅までの推定ルート)のR16旧道走行メモ

http://inaba.road.jp/misc/R16_rev1/index.htm

折角の休日なので、この上記HPでの考察を参考にして、千葉県柏市~流山市までのR16推定旧道ルートを走ってみました。

画像が無い、説明だけのそこはご容赦をですが、R6とR16の交点で、渋滞の名所と言われている呼塚交差点を過ぎてすぐのあけぼの2丁目交差点を右に曲がって、手賀沼からの川を渡った後のY字路、右が昭和45年時のルートで、左が昭和40年時のルートな様ですが、まず後者を通りました。その後Y字路に戻って前者を通ったのですが、沿線に見える郵便局やツタヤ等前者の方がかっての国道らしさを感じさせるものがありましたね。5年しか違わないけど。

前者を通った後のT字路を左に曲がると、道路沿線には東芝の物流子会社TOTOのショールーム等が見えて、十余二の交差点を右に曲がると、r47のバイパスが見えましたが、その交点も過ぎて左に曲がってr47現道へ。八木郵便局入口交差点を右に曲がって、左には出光のスタンドが見えましたが、閉店していて解体作業もされず、そのまま放置されていた感じでしたね。曲がってすぐ八木郵便局が見えましたが、その後の信号を右、左と曲がると柏の葉公園が。しばらくすると、東大のキャンパスが見えましたが、道路は案外広かったです。ここらは最近整備されたのでしょうが、まもなる狭くなり、常磐道を超えると流通経済大学付属の柏高等学校が。左に曲がるとアドバンテック子会社の営業所が見えましたが、直後本来ならそのすぐ後の曲がり角を右に曲がるべきだったのが、まっすぐ行ってしまって東武野田線初石駅に行ってしまいました。ここらはr47~r5との交点までの東武野田線に沿った道路が昭和45年時の旧道ルートだった様ですが、気を取り直してまた走ってみて。

しばらくは普通の二車線で、沿線には大きいマンションも見えましたが、まもなくまた、左に曲がったり右に曲がったりして狭くなってしまって。その後江戸川台駅が横に見えましたが、そこそこ賑やかな商店街も確かにかっての国道を思わせる姿はありました。その後r5に合流し、野田市との境近くの利根運河に差し掛かる手前で右折しましたが、途中までは住宅が立ち並ぶ通りだったのが、森や田んぼが見える景色に一時様変わりしていたのが印象的でした。そして再び住宅が立ち並ぶ景色に戻り、T字路に突き当たった所で左に曲がりましたが、前述の流通経済大学附属柏高等学校の通りの道に戻りました。運河駅方面からは何とかトレース出来たようでしたが、帰りました。

実はと言うか、私は国道16号は横須賀市と横浜市の一部区間以外は既に全部走った事あります。2011年の5月6日(なお、この日はGW谷間の平日だったが、私の職場は4月29日の振り替え休日だった)には富津岬までr270やr287等の旧道を走って、帰りは現道を通ったけど、やっぱ富津岬は遠かったですね。往復で8時間はかかりました。過去ログでの埼玉県道走行メモでも、埼玉県狭山市内の旧道で、現在は降格されているr340について言及して、r340は前述の江戸川駅近くの旧道よりもさらに商店街が多く立ち並んでいた風景でしたが、川越市内、東京都瑞穂町内、神奈川県相模原市内~横浜市内の旧道とかもまいつかは通ってみたいなあと。川越市は、最近も東松山市までのR254旧道(東松山市のカントリーサインも残っていた。ローマ字表記も市章もない昭和46年式でしたが)は通って、あとの2つはちょっと遠すぎるからまだまだ先の話かなあですが・・・・・・

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