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2015/03/08

モンゴル国軍の階級と軍服について

現在上級大将の階級が制定されている国はロシア、ウクライナ、グルジア等一部除く中央アジア各国、北朝鮮、キューバ、アンゴラ等ですが、前にも述べた通り、これらの国の上大・大・中・少がそのまま欧米各国軍の大・中・少・准に当てはめる事が出来るのかは必ずしも言い切れないかもしれません。

と言うのも、ソ連軍の前身だった赤軍は例えば陸軍なら軍司令官(1・2等)、軍団長、師団長、旅団長と銀河英雄伝説における銀河帝国軍みたいに実質上級大将と准将が並存していたのです。1940年に将官の階級呼称が元に復された時も、旅団長に相当する准将の階級は現在に至るまで制定されず、この時点ではそれは保留のつもりだったらしいですが、星の数は2~5つでした。1943年にそれぞれ1つずつ減らされ、テヘラン会談が開催された影響もあったのでしょうが、あのソ連がアメリカ軍やイギリス軍との階級兼ね合いとか気にしていたとは考えにくいです。

http://paper.wenweipo.com/2009/03/15/CH0903150038.htm

第二次世界大戦後、共産革命は「輸出」される事となり、軍の階級もソ連軍に似たものとなりましたが、中国人民解放軍での大校や朝鮮人民軍の大佐(中佐との間に上佐がある)は1940年以降のソ連軍には相当する階級はないです。中国人民解放軍については当初は上・準上・中・少の将官階級を構想していたのが、少将と上校(大佐)との間に大校(海外では准将扱い)を設けた方が実情に合っていると見て1955年2月8日に将官・校官(佐官)階級は大・上・中・少の4階級と定められました。実際北京の中南海で授与されたのはその7か月後の9月27日の事でしたが、10年後に階級が一旦廃止されて1988年に復活した後もそれぞれソ連邦元帥・上級大将をモデルとした人民共和国元帥・大将は再設置されませんでした。厳密にはその1955~65年の大将に相当する一級上将が代わりに設置されて、共産党及び国家中央軍事委員会副主席(制服組最高位、制服組の定員は数名)に充てられる筈だったのですが、「戦時での高級指揮を執った高級将校のみの階級」と見做され、授与された人が1988年以降もそれを名乗る(ただし、この時点での存命者は元帥・大将それぞれ2名の20名中計4名であった)事は有効ながらも平時においては実質上将が最高階級とされ、一級上将も本来なら楊尚昆等授与される資格はあったのですが、結局該当者なしのまま廃止となりました。またその他各国軍も、ロシアやウクライナは準軍事組織のトップにも近年も充てられているようですが、中央アジア各国は大統領か国防相の他はせいぜい参謀総長ぐらいな様です。元々社会主義・共産主義国の軍隊は階級インフレよりかは階級デフレ傾向で実際よりも星の数が少ない(ただし、ソ連軍なんかは師団の数が300以上もありながらも実際は旅団に毛が生えた程度の規模だったという)この事からも、これらの国の大将~少将もやはり欧米各国軍のそれと同等(NATOの階級符号なら、OF7~9でOF-6に相当する階級は無し。ただし、ロシア海軍の大佐階級章はアメリカ海軍等の准将に似た階級章で、これは元々1940年以前は准将相当だった名残のようである)で、上級大将は朝鮮人民軍の次帥共々大将と元帥の中間あたりに相当する階級と見做すのが妥当かもしれません。

実際またです。ソ連16番目の共和国と揶揄されたほどだったモンゴルも、共産主義体制が放棄された後もモンゴル人民軍時代のソ連式階級はそのままかと思いきや、どうやら1990年代後半頃に新生モンゴル国軍の階級は東欧各国軍同様欧米式階級(大・中・少・准)に変更されたようです。

http://www.inet.mn/?vfile=28&vmet_id=51836&vmet_main=1016

そもそもモンゴル人民軍においても、上級大将ですら授与されたのは約70年間の中でたったの2人。しかも、その内ユムジャーギィン・ツェデンバルは職業軍人ではなく、政治家で、1940年から44年もの長きにわたって人民革命党の党書記長(1952~74年までは首相、それ以降は国家元首に相当したであろう人民大会議議長を兼任)を務めていた等スターリンや毛沢東以上の長期政権だったらしいですが、1976年に上級大将、さらに1979年に元帥に昇進したのはブレジネフに倣っての事だったのでしょう。もう1人のБатын Дорж は30歳で少将(翌年の1945年4月に少将となった、ソ連軍前身の赤軍のイワン・ヤクボフスキーよりも若かった。第二次世界大戦時の各国将軍の中でも最年少の方だったであろう)、42歳で中将、55歳で大将となった後1971年に57歳で昇進したのですが、大将(ヒュラーンダゲネラル?)ですら戦前は0人。その後も僅か8人しか出ませんでした。上記HPは、その最後の授与者だったソノムン・デュフサンゴムボ(?)大将の近影ですが、藤村俊二氏に似てますね。今年で91歳と高齢ですが、ここで注目すべきなのは共済主義国の国軍大将の階級章は3つ星の筈なのにこの時のデュサンゴムボ大将の階級章は4つ星となっている事です。モンゴル国軍の大将を改めて授与されたのかと思いきや、このHPではヒュラーンダゲネラルと明記されています。


http://mongoliangeneral.blogspot.jp/p/blog-page_7.html

今度は最後のモンゴル人民軍中将(デスレグチェゲネラル?)授与者(これも全員で15人しかいなかった)だったデュフサンゴムン・モロハムツェー(?)近影のページですが、彼も階級章が3つ星となっています。

http://www.bolod.mn/News/59385.html
http://baharhal.mn/news/3/2/171#.VPwq2-kcTIU

そしてこの人は日本語版wikiにも項目がありますが、1984年に空軍少将(ホシューチェゲネラル?)を授与されたジェクテルデミット・グラグチャは人民共和国時代は1つ星だったのが、やはり近年では2つ星が階級章の空軍軍服を着ています。どうやらご存命のモンゴル人民軍の将軍達は階級システム変更に当たって皆星を1つ増やしてもらっているようです。それは第二次世界大戦後、戦後ドイツ連邦軍創立にあたって、国防軍兵科大将が中将として、同中将が少将として、同少将が准将として参加した事等とは全く異なります。ただ、人民軍大佐が国軍准将として扱われているかまでは確認出来ずでした。

http://sonin.mn/news/politics-economy/25699

上記HP画像での、背広着た白髪交じりの要人(と思われる)男性と握手している人は国軍参謀総長であるチェレェンジェヒィディン・ビャムバハフ(?)ですが、国軍大将(ゲネラル)は実質名誉階級で、実質的な最高階級は中将(デスレグチェゲネラル?)な様です。

http://gsmaf.gov.mn/?id=260

勿論准将将軍も実際存在し、上記HPはD・イェンフバータル(?)准将(ブリガディーンゲネラル?)の画像が載っているページです。

http://www.news.mn/content/109287.shtml

このHPは別の陸軍少将(ホシューチェゲネラル?)の画像が載っているページで、地色は深緑(ただし、写り方で緑がかった灰色にも見える)ですが、モンゴル国軍の軍服は常服・礼服共にソ連軍の影響も依然強く残っていますが、階級章は独特ですね。

http://www.wikimon.mn/content/59840.shtml

空軍の場合は、デザインは同じで、地色は青色とこのあたりは欧米各国軍風で、モンゴル国軍の将官、おそらくそんなにはいないだろうであり、参謀総長の他にどのような役職が将官ポストなのかも、モンゴル語の基礎知識がない(もっとも、第二外国語はロシア語を選択していたのでキリル文字はある程度以上はピンとくる。前述した色々な階級名や人名が100パーセント正確だと言い切れる自信はないですが)ので全く分かりませんが、またいくつか明らかになったら続編をアップします。いつの事となるやらですが・・・・・・・・

【以下2017年4月15日追記】

ツェデンバルは1954~58年の4年間は一旦書記長を他者に譲っていたみたいですね。チョイバルサンやスターリン死後の雪解けとかが影響していたのか。

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