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2014年10月

2014/10/31

阪神、1勝3連敗からのドラマはならず!!ソフトバンクが日本一に

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141030-00000128-mai-base

<日本シリーズ>秋山監督有終 ソフトバンク3年ぶり日本一

毎日新聞 10月30日(木)22時4分配信    

 

 

 ◇MVPは内川

 プロ野球の日本一を決める「SMBC日本シリーズ2014」(7試合制、4戦先勝方式)は30日、福岡市のヤフオクドームで第5戦があり、パ・リーグ覇者のソフトバンクが1-0で阪神に勝ち、対戦成績を4勝1敗として3年ぶり6回目(南海、ダイエー時代の各2回を含む)のシリーズ制覇を果たした。シリーズの最高殊勲選手(MVP)にはソフトバンクの内川聖一選手が選ばれた



 今季で退任する秋山幸二監督(52)は2011年以来2回目の日本一。阪神はセ・リーグ2位からクライマックスシリーズを突破して臨んだが、29年ぶりの優勝はならなかった。

 ◇個人表彰選手

 最高殊勲選手 内川聖一外野手(ソフトバンク)▽優秀選手 柳田悠岐外野手、デニス・サファテ投手、武田翔太投手(以上、ソフトバンク)▽敢闘選手 ランディ・メッセンジャー投手(阪神)

 ◇「これ以上の喜びはない」

 ファン、選手、そして、秋山監督自身が願ってやまなかった最高のフィナーレが訪れた。勇退の決まっている秋山監督はヤフオクドームで今季、3度目となる胴上げで10回、宙を舞い、「最後に日本一。これ以上の喜びはない」と感無量の表情だった。

 八回の決勝点は、一人一人が役割を果たして生まれた。先頭の柳田は、シーズン後半から1番打者に座っても「強い打球を打つ」と自らの信念を貫く。内角球に詰まりながらも一、二塁間を破った。2番・明石は「内川さんにつなげば、何とかしてくれる」と何とかスリーバントを成功。2死一、三塁で松田。勝利のため打点に強いこだわりを持つ選手会長は、センター返しでコンパクトに振り抜く。打球が二遊間を破ると右拳をベンチに向かって突き上げた。

 9月後半の失速時も、秋山監督は「もがくよ。それを抜ければ自信になる」とあえて、選手たちに必要以上の言葉をかけなかった。選手が成長することを信じたからこそ。リーグ終盤は重圧からミスを繰り返した選手たちが、日本シリーズでは、この試合の決勝打のように勝負どころで伸び伸びプレー。成長した選手たちを見つめながら、指揮官は「素晴らしい選手たち」と満面の笑みでたたえた。

 優勝インタビュー。秋山監督はマイクを握りしめて「これからも強いホークスであってほしい。6年間、ありがとうございました」とファンに別れを告げた。指揮官の最後の試合。秋山監督が6年間で築き上げた「強いホークス」が日本一の花を咲かせた。【小林悠太】

 ◇西岡の守備妨害で幕

 やや後味は悪くなったが、最後は審判が冷静なジャッジで熱戦に幕を引いた。九回、1点を追う阪神が3四球で1死満塁とした場面で、西岡が放った打球は一塁へのゴロ。一塁手が本塁へ送球して2死とし、更に捕手が一塁へ転送したボールが、打者走者の西岡に当たってファウルグラウンドを転々。阪神が併殺を逃れたかと思われた。だが、白井一行球審が、打者走者の西岡がファウルラインの内側を走ったと判断。守備妨害でアウトとしてゲームセットを宣告した。たまらず阪神の和田監督が飛び出して抗議したが、認められなかった。白井球審は「左打者なので普通は(ラインの)中は走らない。明らかに(守備を)妨害しようという意図が見えた」と説明。「完全に両足が(ラインの内側に)入っていた。例え片足でも(守備妨害を)取る」と言い切った。

 ◇野球規則6・05(k)

 一塁に対する守備が行われているとき、本塁一塁間の後半を走るに際して、打者がスリーフットラインの外側(向かって右側)またはファウルラインの内側(向かって左側)を走って、一塁への送球を捕らえようとする野手の動作を妨げたと審判が認めた場合、打者はアウトになる。

何でもAKBのまゆゆちゃん、急性扁桃腺炎になってしまったとか。

彼女って、本業だけでなくて、声がアニメ声なのもあってか眉村卓氏原作の「ねらわれた学園」(個人的にこの人の小説は「なぞの転校生」が読んでて面白かった)でも声優としても出演されていて、歌よりはそっちの方が頑張ってたかなあでしたが、こき使われすぎですよ。この病気って、本当に実際なると辛いらしいですが、まあ一番大事なのが何なのかは言うまでもないし、ゆっくり治療に専念してください。

彼女らAKBメンバーみたいにフル酷使されているのもいるかと思いきや、この日本シリーズ最後のキーマンとなってしまった西岡剛氏は故障で24試合しか今シーズン出場していませんでしたが、あの幕切れには「ええっ?」でしたね。早速wikiでも書かれてしまいました(苦笑)けど、守備妨害という形で、ソフトバンクの初戦敗退からの4連勝・日本一に終わるとは呆気なかったですよね。ソフトバンクの方がどちらかと言えばポストシーズンに・・・・・・な印象があっただけに余計。巨人リーグ優勝や阪神日本シリーズ進出の瞬間同様、TBSラジオで聞いていたけど、これが来シーズン以降の阪神の戦いぶりに悪影響を及ぼすなんて事にならなければ・・・・・・で、西岡選手も残念ながらメジャー挑戦が悪い意味でのターニングポイントとなってしまったと言うか、特に今シリーズは「移籍2年目のジンクス」を破れず、良い所があまりなかった(プレーオフ制度故に両リーグでの日本シリーズ出場を果たしながらも)ですが、来シーズンこそはこの不完全燃焼さをバネにして、ファンの人達にも「こいつが来てくれて良かった」と思えるほど頑張らなければいけないですよね。ソフトバンクの監督・コーチ・選手の方々は、特に秋山監督は今シーズン限りで勇退されるらしいですが、選手時代に西武黄金期を支えた監督としては一番成功したのではないだろうか?(次点がナベキュウか。日本一&リーグ優勝回数は2008年だけながらもBクラスも何とか1回だけで済んだし)ですが、ちょっと締まらなかったながらも有終の美を飾ったのだから彼が丁度20年前に福岡にやって来たのは当時低迷していたホークスに対する、「野球の神様」の代え難いプレゼントだったのでしょうね。何はともあれ、日本一おめでとうございます。

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2014/10/26

mugenオメガルガールの面白動画その13

https://www.youtube.com/watch?v=IiMH-o2XlgQ&index=6&list=FLR_OSclZ9dFa_g6SlW7CjFA


このオメガルガールは以前も紹介した、98UMと2002UMの良い所どりし、さらに声優が同じ新居利光氏なだけなのにオリジナルゼロの某超必殺技も使えてしまうバージョンのですね。相手はダークエレメントと言って、どうやら八神庵の強化版なようですが、第1ラウンド、カイザーフェニックスを4連発しやがった!!「グワーーーーー!!!死ねェイ!!ハッハッハッハッ!!ハッハッハッハッ!!ハッハッハッハッ!!ハッハッハッハッ!!」。どうやらこの動画でのゲームの場合は、ゲージマックスかつ、残り体力が一定以下の場合はMAX2も出し放題なのですかな?そう言えば、エクスペンダブルズ2(某ロードショーで地上波放送されていたけど、1同様面白かった)では悪役だったジャン・クロード・ヴァンダム氏が主演の実写映画版の映像を使用したストリートファイターリアルバトルオンフィルムでもゲージが溜まっている場合無制限でスーパー必殺技が使用できたけど、それをヒントに設定したのか。火力こそいつも(?)にも増して低めですが、性能自体が原作ゲーム以上にぶっ壊れているんで、そんなの全く補って余りあるほどですね。KOF14については、本当に制作されているのかどうかハッキリ分からず、仮に発売されてもアッシュ編のボスは・・・・・・・ですが、果たしてルガールもどんな技を今度は会得しているのか。本当に、ディストラクションオメガ等でどこでも判定で追撃出来る技なのかもしれませんね。

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在特会も結局彼らが嫌っている連中と同じ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141025-00000078-mai-soci

<在特会員ら逮捕>終戦の日、鉢合わせ トラブルに発展

毎日新聞 10月25日(土)22時7分配信    

 

 「在日特権を許さない市民の会」(在特会)のメンバーら5人が傷害容疑で警視庁公安部に逮捕された事件で、ヘイトスピーチに反対する団体と終戦の日に東京都千代田区内で鉢合わせし、トラブルに発展していたことが捜査幹部への取材で分かった。同部はトラブルの経緯について調べている。5人はいずれも容疑を否認したり、認否について留保したりしているという。

 捜査幹部によると、今年8月15日、千代田区飯田橋4の現場近くの飲食店で在特会関係者らの懇親会があり、数十人が店から出てきたところ、ヘイトスピーチに反対する団体のメンバー9人と鉢合わせになったという。

 公安部の調べでは、暴行で、ヘイトスピーチに反対する団体の2人が負傷。このうち28歳の男性はあばら骨を折る2~3カ月の重傷で、39歳の男性は首を絞められ1週間の軽傷を負った。【岸達也】

橋下徹&桜井誠両氏のあの会話やりとりも全文掲載されていたのを某サイトで目にしましたが、まあ「子供じみた喧嘩」でしたよね。前者から見れば、また「いつものパフォーマンス」のつもりでもあったのでしょうが・・・・・・・・・確かに、後者がリーダーな在特会もです。芸能人生活保護不正受給問題や外国人参政権反対、パチンコ批判、ロート製薬のCM批判、朝鮮学校無償化反対、移民受け入れ反対とかまあ「概ね」同意出来る主張もあります。


でも、原爆ドーム解体主張なんて「結局その他の右翼や保守の人達みたいに自分らにとって都合の悪い歴史の『負の側面』から目を逸らしたいだけじゃん。」とも突っ込みそうになりましたが、慰安婦問題だって別にいつまでも謝罪し続けろなんて言うつもりは全く無いですが、日本軍等の責任問題を主張している人達の意見もある程度の説得力を感じさせるものもあります。全くのプロパガンダであると言い切れるとも思えない。いや、そもそも彼らって自分達の意見こそが絶対的に正しいと信じて疑わず、反対意見も聞こうとする気がさらさらない感じですよね。彼らにとっては、事あるごとに「別にいつまでも中国・韓国に謝罪して顔色を伺い続ける必要もなく、違う事はしっかり違うとも言うべきだけど、太平洋戦争=アジア解放のための聖戦とか過去は悪い面も何でも良い風に見せて美化してはいけない」(そう思いたくなる心情も理解はできるし、全く頭ごなし的に切り捨てるわけでもないのだけど)と言っている私も立派な極左なのでしょうが、前述したあの橋下氏との意見交換もあのようになってしまったのは全く必然的だったとも言えたでしょう。


それ以外の活動も、過激な言動が目立つ。確かに、この報道にもマスコミによる恣意的なものも感じられますが、それを言うなら最近では前回エントリーで触れた矢口真里氏報道の方がもっと露骨でしょう。別にバラエティ番組は殆ど見ないから彼女が復帰しようがしまいが興味はないし、そういうニュースも必要以上に必死こいて報道しているマスコミにも問題がないとは言わないけど、やっぱ客観的に見たら彼らはマトモな連中じゃないですよ。こんな事言ったらまた必死こいて否定して、また私を極左認定するのでしょうが、日本や日本人の評判を下げているという点では、彼らは彼ら自身が蛇蝎のごとく嫌っている連中と同じだし、それは某ブログでも指摘されていた聡明な方がいましたが、大きく分けて戦前を全肯定する人と全否定する人の2つだけに分かれている、この国の歴史認識の歪さの体現とも言えます。確かに、近隣諸国との関係等色々難しい局面にありますが、他にも最近そういう人達も目立ってきているし、色々なそういう歴史認識とかの話も、どこまでが本当でどこからが嘘なのか難しいでしょうが、よく見極めていく事も肝要かと改めて思われます。

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2014/10/25

仲間に復帰肯定発言させるのも島田紳助報道と似ているよ・・・・・・

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141025-00000011-tospoweb-ent

辻希美が矢口真里の復帰喜ぶ「本当に尊敬する先輩」

東スポWeb 10月25日(土)11時51分配信    

 

 

 元「モーニング娘。」の辻希美(27)が24日夜、自身のブログを更新し、矢口真里(31)が23日に日本テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」で1年5か月ぶりにテレビ復帰したことを喜んだ。

「昨日、私の先輩である矢口さんがミヤネ屋さんに出演しているのを見てました」という辻は、「涙もろい矢口さんが涙を必死にこらえて前を向いてしっかりとコメントしてる姿が印象的で、さすがだなっと思いました」と感心した様子。

 続けて「色んな想いがあると思いますが、私にとって矢口さんはずっとお世話になってきた本当に本当に尊敬する先輩には変わりないので、またもし一緒にお仕事出来る時には是非、頼りにさせて下さい」と自身の思いをつづると、最後は「本当ーに、一緒にお仕事をさせていただいてて私にとって矢口真里と言う人は1っっっ番尊敬する存在です」と締めくくった。

まあ芸能人はクスリやっても復帰する手合い(清水健太郎氏、結婚でウキウキモードになっていた気持ちはわかるけど、チャゲアスのアスカ氏に対するあのコメントには失笑させられましたよ・・・・・・・)だって全然珍しくないし、一応他に特段ブログネタがないから取り上げましたけど、彼女の復帰には強い興味はないです。どうせTV自体、NHKのニュースの他にはたまに「爆報!!THEフライデー」を見る程度だし、「勝手にやってろ」な感じ。

ただ何でも彼女にはバーニングがバックとしてついているらしく、おそらく「復帰を助けてやったんだからこれからはギャラの1・2割払え」とか取引していたのでしょう。「勝手にやってろ」と言ったけど、彼女には自分が応援してくれたファン、その他多数の人達に迷惑かけたとかの自覚あるのですかな?どうやらYESと言えるのかどうかは微妙なようで、それでは何度復帰しても同じじゃないの?な気もしますが・・・・・・・・・先日地上波放送されていた某アニメ(これも正直面白いとは思いませんでしたが)でも声優やっていた加護亜依氏も、夫が逮捕されてしまったらしいですが、そんな毎日毎日必死こいて報道する程のニュースだとは思えないです。何かマスコミには、他に知られたくない事実がもっともっと一杯あるから余計そういうの逸らしたくて必死なのでは?と邪推せざるを得ないですね。

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2014/10/22

書類送検された山Pは、早い対応したのは良かったと思うが

http://route-125.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-42db.html

(関連エントリー「現役ジャニーズ組の方は必死にもみ消すのだろうけど」)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141022-00000305-oric-ent

山下智久、舞台あいさつでトラブルをファンに謝罪

オリコン 10月22日(水)18時6分配信    

 

 歌手で俳優の山下智久が22日、主演映画『近キョリ恋愛』の大ヒット御礼舞台あいさつに出席。6月に東京・六本木の路上で口論になった女性の携帯電話を持ち去ったとしてトラブルになり、きのう21日に器物破損の疑いで書類送検された山下は、会場に集まった約400人のファンを前に「皆さま。本日はお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございました。この度は僕の行動でたくさんの方にご迷惑、ご心配をおかけしたことをこの場を借りてお詫び申し上げます」と深く頭を下げ謝罪した。

 この日、イベントに登壇予定だった後輩グループ・ジャニーズWESTの小瀧望は諸事情により急きょ欠席。黒のスーツに身を包み一人で舞台に立った山下はイベント冒頭に騒動を謝罪し「これからも自分の立場をわきまえ、日々精進していきたいと思います。よろしくお願いいたします」と呼びかけ。客席は静かに山下の言葉に耳を傾け、なかには涙を抑えるファンの姿もみられた。

 謝罪後には会場から拍手を受けた山下。続けて「1番は本当に皆さまに心配をかけてしまったことを深く反省しなければいけないと思うのと同時に、たくさんの人にいつも見守られているんだなということを改めて感じさせていただきました」との思いを明かしていた。

 また、同作については「また王道の役をやりたい。楽しかったし、勉強になりました」と充実の笑みを浮かべ「今回シリアスな純愛ラブストーリーなので、三角関係だったり観ていてハラハラしているものがやりたい。そこでガッと男らしくいく役とかあったらください」と今後の俳優業に意欲を示した。

 累計200万部の大人気少女マンガを実写化した同作は、史上最強のツンデレ英語教師・櫻井ハルカを山下が演じ、ヒロインで教え子の天才少女・枢木ゆに役に小松菜奈。そのほか、水川あさみ、山本美月、新井浩文らも出演している。

以前もこのトラブルについては触れましたが、まあついにかでしたね。これ相手の一般人連中も悪いですが、他にも田中聖氏の解雇(「必殺仕事人2014」でも最初からいなかったかのような扱いだった)、手越祐也氏のサッカー選手呼び捨て、藤井流星氏の婦女暴行疑惑、薮宏太氏の同棲発覚、高木雄也氏のグラドルとの熱愛(しかもこの相手は事務所クビ&ブログの閉鎖)発覚、内博貴氏の虚言(ダルビッシュ有氏についての)疑惑と・・・・・・・・・どうも最近のジャニーズタレントはスキャンダルの「総合商社」みたいになっていますな。

今日職場食堂のTVで見た、正午のNHKニュースでも、折角の安倍改造内閣の目玉な女性閣僚2人が短期で辞任を余儀なくされた(言っときますが、特に悪質なOさんの方。辞めてお仕舞いじゃないですからね)事について、谷垣幹事長が「政権与党に復帰してからまだ2年も経ってないのだから脇を締めて欲しい」というような事を言っていたのが目に入りましたが、ジャニーズ事務所のお偉い方も谷垣幹事長に似た心境であると思われ、「俺らもかばってやるつもりでいたけど、記事にされそうだからさっさと謝っちまえ」とか山Pに指示したのでしょうね。

そう言えばジャニーズタレントと言えばまた、キムタク&北川景子氏の「HERO」も、少し前に見た劇場版(と言うか、某サイトでも嘆いておられた方がいましたが、ぬーべーだけじゃなくて暗殺教室もかよ・・・・・・ですが・・・・・)がちょっと褒められたクオリティじゃなかったから正直余計「どんなものかいな・・・・・・」な冷ややかな目で見ていましたが、実際見て見たらこれがまあ面白かった。キムタク出演作としては常盤貴子氏と共演された「ビューティフルライフ」や、「武士の一分」等共々。

一話からして、森山直太朗氏演ずる犯人が時効で・・・・・と思いきや等良く話を盛り上げる脚本等一定以上の工夫もなされていて、良くキムタクその人も「何を演じても・・・・」とか言われているけど、本当に彼が今までただ事務所のバックにあぐらをかいていたんだったら終盤の「俺だって他人と上手く付き合わなければいけない等の配慮とか考えてないわけではないですよ。しかし、事件の当事者達にはそんなの関係ないんです。下手すれば生き死をも左右するのだから嘘のサインは出来ないんです。」とか、「人には立場ごとにそれぞれの『正義』がある。犯人が最初から本当の事を話してくれれば裁判なんてやる必要はないけど、せめて犯人以外の俺達は絶対嘘をついてはいけないんです。」とかというようなの名言だって真に視聴者の心に伝わる言葉にはならない。別に彼のファンではないけど、神話崩壊か?と思われた時に放送されたこのドラマHEROそのものだけでなく、こうした後輩たちの不祥事から見ても、それこそ星の数ほど(?)いるジャニーズイケメン達の中でも彼は何だかんだ言ってもそうした大きな星の下に生まれた大スターであり、今後このような存在はあと10年か20年は出てこないんだろうなあという事を改めて認識させられましたよね。ポストキムタクの最有力候補と言われた山Pですら、やはり先日放送されていた、剛力彩芽氏と共演されていた某ドラマも残念ながら微妙だったのですが・・・・・・・・・

今度の「近キョリ恋愛」とやらはバーターで小瀧望氏という、ジュニアの兄ちゃんも出演するようでさあどうかなあである。機会あらばいつかは見てみたいと思うけど、まあ他の不祥事起こした(またはその疑惑がある)同僚タレント達も反面教師として頑張ってください。この映画も興行収入良い様ですし。

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2014/10/19

もしかしたら今年の日本シリーズは阪神VS日本ハムの顔合わせか?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141018-00010004-fullcount-base

阪神が圧巻の下剋上、CSファイナルS初の4連勝で決めた! 打線爆発で9年ぶり日本シリーズ進出

Full-Count 10月18日(土)21時42分配信    

 

初回にマートン3ラン&福留ソロ弾、2回に西岡2ラン

 セ・リーグのクライマックス(CS)ファイナルステージ第4戦で阪神が巨人を8-4で下し、2005年以来、9年ぶりとなる日本シリーズ進出を決めた。リーグ優勝の巨人に与えられているアドバンテージを合わせ、4勝1敗。これまでセパともにアドバンテージの1勝を持ったチームが3連勝でファイナルS突破を決めたケースはあるが、ファーストステージ勝者が4連勝で決めたのはCS史上で初めて。阪神が怒涛の勢いで下剋上を成し遂げた。

 勝てばファイナルS突破が決まる阪神は初回、いきなり巨人先発の小山に襲いかかる。初回1死から2番上本がサードへの内野安打で出塁すると、鳥谷がセンター前ヒットで続く。4番ゴメスは三振に倒れたが、5番マートンが左中間スタンドへ3ランを放ち、3点を先制。さらに続く福留もライトスタンドへソロ弾。阪神は一挙4点を奪った。

 さらに2回には1死2塁から1番西岡がライトスタンドへ2ランホームラン。序盤で6-0と大量リードを奪った。

 だが、負ければ終わりの巨人はその裏の攻撃で反撃。先頭の6番亀井が相手先発の能見からソロホームランを放ち、1点を返す。しかし、その後、1死1、3塁のチャンスで1番坂本がショートへの併殺に倒れ、好機を逸した。

 3回裏、巨人は井端、アンダーソンと連打で1、2塁とすると、4番阿部のファーストゴロの間に2、3塁に。このチャンスで5番村田が犠牲フライを放ち、加点。4点差とした。

 能見は5回を投げ、9安打を許しながら要所を締めるピッチングで2失点に抑えた。阪神は6回から継投。安藤がマウンドへ上がると、1死2塁のピンチを迎えるも、後続を断ち無失点で切り抜けた。

 そして阪神は7回に1死満塁からゴメスがレフト前に2点タイムリーで貴重な追加点。ゴメスはファイナルステージ8打点目と4番の仕事をきっちりと果たした。

 阪神は7回に松田、8回は福原、9回には守護神・呉昇桓(オ・スンファン)とマウンドに送る。9回、巨人は意地を見せ、6連投の呉に対してセペダ、坂本が連続ホームランを放つが、反撃もそこまで。

 阪神は9年ぶりの日本シリーズに駒を進めた。次なる目標は1985年以来、29年ぶりとなる日本一。果たしてこの勢いを持続できるか。

フルカウント編集部●文 text by Full-Count

昨日日本シリーズ進出の瞬間はTBSラジオで聴きましたけど、阪神1勝「まあまだ始まったばかりだから」→阪神2勝「まあ次こそは巨人流石に勝つだろう」→阪神3勝「もしかして9年ぶりの日本シリーズ出場しちゃう?」→阪神ストレート4連勝「おい!?敵地で嘘だろ?どうしたんだよ巨人?」でしたね。

ただ冷静に考えれば、驚きだったのは初の非1位チームが敵地4連勝での日本シリーズ出場決定だけではなく、その前のペナントレースで確か巨人が2位阪神以下に7ゲーム差以上つけてしまった事もそうだったかもしれません。ざっと選手の成績を見ると、打撃陣では3割打者が不在。本塁打数・打点数ともチームでは多かったロペス・村田(どっちも生え抜きでもないが)はまあ併殺打が多いのはチャンスに滅法強い印象があったミスターだってそうだったし、しょうがないのですが、得点圏打率は平凡だったし、坂本はもっと伸びしろがあったかと思いきや、伸び悩み気味、阿部も劣化が目立ってきてました。

投手陣を見ても、特筆すべきほどだったのは最優秀防御率の菅野とホールド35の山口ぐらい。大竹は2桁ダメだったし、杉内や内海も物足りない。しかし、特に救援投手の防御率が良くなく、マシソンはセーブ数こそ30も、防御率が3点台半ばでは・・・・・・・です。これでは一時期「首位ながらも得失点差マイナス」という珍事が発生していたのも無理なかったかもです。(阪神の方は結局最終的に得失点差マイナス14で、おそらく「得失点差マイナスで日本シリーズに出場する初のチーム」となるであろう)実は皮肉にも巨人は導入自体消極的だった交流戦での戦績を除けば阪神や広島とのゲーム差は僅差だったのですが、優勝したとは言え、V9の1973年(これももし阪急が日本シリーズに出場していれば・・・・・)や10.8決戦の1994年等と並び、「イマイチ『らしい強さ』が感じられなかった」シーズンとなってしまいました。(これらのシーズンの次点では故藤田元司投手デビューの1957年や、ミスター最後の打率3割のシーズンだった1971年あたりだろう)

まあ小渕優子氏の政治資金問題が大事となってしまった安倍総理のそれ同様、直ちに原監督の進退責任問題にはならないでしょうが、コーチ陣は何人か更迭、契約年俸も厳冬よりのシーズンとなりそうですね。早くも今度は横浜DeNAの某選手に目をつけているらしいですが、既存レギュラー選手には改めて意識改革を徹底させ、彼らの跡を継ぐべき生え抜き若手選手を育成する事こそが何よりの急務かと思われます。だって、ルール自体も良く煮詰めていないから問題ないとは言えないし、正直菅野投手にも良い印象は持ってませんが、折角同一監督で2度もリーグ3連覇を果たしたのに内2回も日本シリーズに出場できないなんて悲しいじゃないですか。アンチの方はまだ喜びが冷めやらぬかもしれませんが・・・・・・

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2014/10/18

「社会変革」どころか自分で自分の首を・・・・・・・・・

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-218689/1.htm

安倍改造内閣の目玉「女性大臣」が「火だるま」状態 小渕経産相は絶体絶命、松島法相も危なく、そして次は...

2014年10月17日(金)19時35分配信 J-CASTニュース

 

 
 
 

 

   第2次安倍改造内閣の目玉のひとつだったはずの女性登用が、内閣の屋台骨を揺るがしかねない皮肉な事態に発展している。小渕優子経産相の政治団体が後援会関係者向けに開いた「観劇会」で費用の一部を負担していた疑いが出ている上、その額も報道機関の調査が進むにつれて膨らんでいる。

   松島みどり法相は、選挙区内でうちわを配布していたことが問題視され、民主党議員が公職選挙法違反の容疑で東京地検に刑事告発した。法相が刑事告発されるのは異例で、5人いる女性閣僚のうち2人に進退問題が発生するという珍しい状態だ。

女性5人起用で「社会に変革が起こる」と自信満々だったが...

   安倍首相は第2次改造内閣発足直後の2014年9月3日に開いた会見で、

「数ありきではなくて、5人が今までの最高だったから5人にするという考え方では必ずしもない」

としながらも、5人の女性閣僚に、

「この閣僚の中で女性の皆さんがしっかりと重要な仕事をやり遂げていくことによって、社会に変革が起こるということを確信している」

などと期待を込めた。これが裏目に出たのか、わずか40日後には、そのうち2人が早くも火だるま状態だ。

   最初に火がついたのは松島氏。松島氏は12年から14年にかけて、選挙区(衆院東京14区)内のイベントで「経済産業副大臣・衆議院議員松島みどり」「法務大臣・衆議院議員松島みどり」といった肩書入りのうちわを配っていた。これは、公職選挙法が禁じている選挙区内の有権者に対する寄付行為にあたるとして、連日のように国会で問題視された。10月17日には民主党の階猛(しな・たけし)衆院議員が公選法違反の疑いで松島氏に対する告発状を東京地検に提出したと発表。「法の番人」が捜査対象になりかねない異常事態だ。

観劇費用を補てんしていれば「法律に引っかかるという認識は持っている」

   一方の小渕氏は、10年と11年に後援会関係者向けに開いた「観劇会」で、収支報告書の収入と支出に約2600万円のズレがあることが10月16日の週刊新潮の報道などで明らかになった。仮に観劇費用の一部を小渕氏側が負担していたとすれば、有権者への利益供与を禁じた公職選挙法に違反する疑いがある。

   小渕氏の方が、松島氏よりも「外堀が埋まっている」と言えそうだ。16日の参院経済産業委員会では、小渕氏は

「まず、実費を皆さん方が納めていただいているかどうかというところ大事なところではないかと思うし、私の方で、それを補てんしたということになれば、法律に引っかかるという認識は持っている」

と、調査結果によっては自らに責任が及ぶとの見解を示しており、翌17日の衆院経済産業委員会で12年の観劇会の収入と支出が同年の政治資金収支報告書に記載されていないことを指摘されると、

「知らなかったでは済まされないという思い」

と、一歩踏み込んで自らの監督責任にも言及した。

   小渕氏は、現時点では「調査中」の一点張りだ。10月17日の朝日新聞朝刊によると、05年から11年の「観劇会」の収入と支出の差額は約5330万円におよぶ。「調査」の範囲は広がる見通しだが、いつまでも「調査中」で逃げ切るのは困難だとみられる。

進退問題は安倍首相が帰国する週末がヤマ?

   このまま事態を放置すると、安倍首相の任命責任も問われかねないが、安倍首相はアジア欧州会議(ASEM)首脳会議出席のためイタリア・ミラノに滞在中だ。菅義偉官房長官によると、17日夕方の会見時点では小渕氏の問題について菅氏と安倍首相はまだ連絡をとっていないという。安倍首相は18日午後に帰国予定で、両大臣の進退問題は週末が「ヤマ」になりそうだ。

   残る女性閣僚3人も安泰というわけではない。山谷えり子拉致担当相や高市早苗総務相は、過去に極右団体幹部と写真に納まったことが問題視された。有村治子女性活躍相は10月7日の参院予算委員会で、過去のエッセーで共働きに否定的な主張をしたとして民主党の蓮舫元行政刷新担当相から追及を受けている。仮に松島氏と小渕氏の問題を切り抜けたとしても、安倍内閣には各所に火種がくすぶっていることになる。

   内閣改造の時点で、衆院5期以上、参院3期以上とされる「入閣待機組」は60人以上いたとされる。5人の中にはこの60人を押しのけ、言わば「下駄をはかされる」形で入閣したと指摘される人も複数いる。こういった女性登用の経緯があるだけに「この状況は予見されていた」と党内の不満も高まりかねない。

一方で女性閣僚たちはまた、靖国参拝のニュースも報道されていますが、いい加減そういうのイチイチ報道する事なのか。まあ百田尚樹氏の「土井たか子=売国奴」発言と同じ。賞賛するつもりもないならば、非難とかするつもりもないですが、公人・私人どちらであろうが過去を美化・正当化しないで、そういう人達の死も無駄にしない今後の日本の政治・外交をこれからも責任持って展開できる自信があるのなら別に1年365日毎日でも参拝したって良いのですよ。安倍総理も、その他閣僚皆さん方も。

だからいい加減この靖国問題は、別に変に気を遣う必要はないですが、中国・韓国とかに日本なりの信念とかハッキリ述べて、河野談話もしっかり見直し、従軍慰安婦問題(強制性とか否定するつもりはないけど、これだってもう色々補償とかしてきたのではないだろうか?)共々もうこれ以上今後の世代への宿題とはしない事は何より寛容ですが、それはそれとしてです。山谷氏や高市氏についても、在特会と付き合うのは勝手だし、私は何度も言うように過去を何でも美化・正当化するのは反対ですが、どのような個人的な思想を持とうがそれも勝手です。他人に迷惑をかけない限りは。しかし、そういう連中と付き合うなら付き合うである程度納得のいく説明はやはり必要でしょう。松島氏も、野党も彼女の追求ばかりに目を取られるようでは・・・・・・と言うのも過去ログで述べた通りですが、小渕優子氏までもですね・・・・・・・

彼女の場合は手段が目的になってしまっている、女性・地方票狙いがてらでもある今回の閣僚起用策よりももっと根本的な問題と言うか。たまたま親父が死んだ所を取り巻き達が神輿みたいに祭り上げる等能力とかよく見極めないで国民生活の為の利よりも情や血縁を優先してしまうこの国の有権者の在り方が改めて問われているこの政治資金の問題と言えます。そうした情や血縁で必ずしもメシを食っていけるという保証はないのにです。現にアベノミクスの実態とか他のブログとかでも散々・・・・・・・・・でもまあしょうがないのですかね。だって安倍総理は、超一流企業とは言え、一つの企業で働いた年数が私の約半分しかないですからね。まあだからと言ってこの人の代わりいるのかと言うとアレだし、今度の選挙も政権を取って欲しいという意味ではなく、自民の暴走を抑える圧力団体として共産党に入れるしかないかなあですが、共に変革も打ち出しながら早くもこのように女性閣僚達のボロが出てしまっている自民党安倍政権と、澤村投手の死球対応も拙かったらしいけど、同一監督2回目のリーグ3連覇(他には阪急の故西本幸雄氏や西武の森祇晶氏等数える程しか例がない)を達成したかと思えばクライマックスシリーズで阪神にまさかのストレート4連敗を喫して「2回目のリーグ優勝しながら日本シリーズに出れない事態」となってしまった巨人、やっぱこの国の政治と野球は似ています。

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百人一首の歌人達(17)-51番藤原実方朝臣その3

かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを(51番藤原実方朝臣)

その3だけど、どうやら師尹は、外孫の永平親王即位に必ずしも固執していなかったみたいで、それぞれ皇太子師貞親王(花山天皇)の外祖父・生母である藤原伊尹&懐子親娘に独占させない様、自身は皇太子傅に、次男の済時は春宮亮(春宮坊では2番目に偉い次官)になる等寧ろまだ赤子だった師貞にも取り入ろうとしたフシがあります。中納言・蔵人頭・春宮大夫(蔵人頭は安和の変で源高明を追放した約半月後に漸く止めている)を一気に兼ねていた兼家とも従者同士の乱闘騒ぎを起こしてますが、これでは伊尹、折角「楊名関白」と化していた(とは言っても、全く指導力を発揮できなかったわけでもなかったようである)実頼が死んで、その後の摂関となっても、権力を一元化出来なかった可能性があります。師氏はもう20年以上も師尹の官職を抜き返せなかったあたり、そんな危険人物にはなり得なかったでしょうが、師尹と伊尹(と兼家)は高明という共通の敵がいなくなって、もっとドロドロの権力闘争を繰り広げていたかもしれません。

しかし、自分達も師貞に近い職も兼ね、さらに済時が従四位から従三位に一気に昇進してから僅か1ヶ月後の事でした。969年(安和2)10月15日の事でしたが、49歳で師尹が急死したのです。これで取り敢えず伊尹にとっては、邪魔な叔父との本格対立を避ける事が出来た格好となりましたが、実頼・在衡(師尹後任の左大臣になるも、まもなく引退)・師氏、橘好古も相次いで亡くなり、忠平の子世代、または9世紀生まれの公卿は全員姿を消しました。最年長の公卿は長良流(かって昌泰の変直前に忠平から参議を譲られた清経の孫)であり、紫式部母方の曽祖父でもある藤原文範(彼は道長が太政官首班になった所まで見届け、87歳まで長生きし、子孫は高倉家として現在も続いているが、愛親覚羅溥傑と結婚した嵯峨浩もこの文範の子孫である)となりましたが、972年(天禄3)正月の好古死亡時点で63歳でした。伊尹の天下も長続きせず、兼通・頼忠・兼家と摂関は代わって行って、少し戻って970年(天禄1)には済時も参議に登りましたが、それもこうした年寄りたちの相次ぐ死による所もあり、小一条流はもはや脇役でした。

今回の主人公・実方は野望半ばにして(?)倒れた祖父の姿も見ながら育っていったわけですが、973年(天禄4)に従五位下となりました。親戚達はだいたい13~19歳ぐらいでこの官位を貰えたらしいですから、やはり実方の生年は958年(天徳2)頃と見た方がよさそうです。その後、養父となった叔父の済時も、975年(天延3)には中納言、977年(貞元2)には、兼通はよほどこの弟が憎かったのでしょうね。死ぬ前に兼家が兼ねていた右近衛大将を止めさせる事までやったのだけど、自分がその後任に就任して、関白・藤原頼忠、一上左大臣・源雅信の体制となった円融朝後期の983年(永観1)には権大納言に昇進しています。しかし、その権大納言昇進はそれまで最大でも権官含めて定員3人だったのが、4人に増員されたのを受けてです。(その後正官は、南北朝時代以降は三条西実枝等僅かな例外を除いて任じられなくなったが、定員は中世以降10人前後で明治維新を迎えるまで固定される事となる)990年(正暦1)には左近衛大将となり、翌991年(正暦2)には大納言となりましたが、一条天皇の摂政となった兼家の強引な身内昇進人事の所為で、道隆と道兼には官職を抜かされてしまったし、左近衛大将となったのも「初の親から子への摂関職継承成功」を実現した道隆の摂関就任による辞任で譲ってもらったからです。道隆とはまた、兼通息子の朝光共々飲み仲間だったようですが、摂政・関白・太政大臣・准三后忠平の孫で、左大臣師尹の子でも結局左近衛大将・大納言までが精一杯でした。それまでの左近衛大将は皆最終的には大臣まで昇進していたのに、共に権力を固める前に父が死んでしまった朝光とこの済時は、勝ち組になったかと思われた道隆と同時期に、あの995年(正暦6)の大疫病で死んでしまったので「大臣になれなかった左大将のそれぞれ1号・2号」となってしまったのです。

済時と永平親王、またはこの実方については一方でいくつかの逸話も残っています。実方と済時長男(相任か)が永平を無理やり馬に乗せようとした話、朱雀天皇皇女で従兄弟の冷泉天皇中宮になった永平養母の昌子内親王が病気の時に済時から教えられた事を、元日の拝礼でも言ってしまった話、済時が永平を大饗(この時代の宴会の事で、主催者の料理の品目は一番少ない数とされた)の主催者にするも、大事な儀式が重なってしまったので、そこそこに退出しようとした貴族達の衣服を掴んで話そうとせず、失笑を買ってしまった話等です。元日の拝礼の話は972年(天禄3)の事ですが、大饗の話はこの時殿上人となったばかりの道長も同席していたと言うから、それより10年後の982年(天元5)頃の話かと思われます。この時彼が最高権力者としてこの世の春を謳歌し、子孫達も明治維新まで摂関職をほぼ独占(鷹司家は江戸期には閑院宮の血筋になっていたが、現当主の方も女系ながらも道長の血も引いている)する事になろうとは誰が予想していただろうか?しかし、実方もそこそこの要職を歴任していたみたいで、残念ながらその道長が権中納言に昇進し、議政官の仲間入りを果たした988年(永延2)に永平親王は23歳の若さで早世してしまいましたが、その後兼家から道隆に摂関職が移っていった中で左近衛中将まで昇進しています。この時官位は従四位上でしたが、近衛中将は蔵人頭等と共に四位で参議になれる資格を有する官職だったので、公卿の仲間入りを果たす可能性も見えたかと思われました。養父の済時は前述した通り道隆とは良い飲み仲間でもあった。一方で女性関係も豊富だったようで、冒頭であげた歌も、恋にも生きたそんな彼の激しい情熱が伝わるようでもありました。しかし、ここで彼に思わぬ落とし穴が待っていたのです。

祖父の政敵だった伊尹の孫、藤原行成との確執です。彼も祖父や父の義孝が相次いで死んだ為に傍流に甘んじてしまいましたが、皮肉にも祖父が追放した高明の子・源俊賢(彼は道長の義兄でもある)と仲が良かった。しかし、実方とは残念ながら祖父同士の因縁を払拭する事が出来なかったようです。経緯についてはwikiとかでも書いてあるので今更詳しくは述べませんが、実方が実は正四位下に昇進していた説や、彼の言動(行成の冠を奪って捨てる。この時代無帽姿を晒すのは恥とされた)に怒った筈の一条天皇が選別を施した事等「実は左遷じゃなくて栄転じゃね?」な解釈もあるようです。しかし、行成が蔵人頭になったのは前述の道隆ら等中納言以上の公卿14人中8人の命を奪った大疫病(もっとも、道隆の死因は道長等同様糖尿病とされている)が平安京を直撃した後の事で、しかも直後の長徳の変で道長との権力争いに敗れた伊周・隆家兄弟の左遷もあって余計公卿面々の入れ替わりがあったのに、参議になったのはそれからさらに6年も後の事です。と言うか、実方にとって行成は一世代下の若造だったし、「何を生意気抜かしやがる」とか余計腹に据えかねていた所もあったのでしょうね。口論自体があったのは事実だったのでしょうが、ある程度の脚色が施されており、たとえ一条天皇がその時は「歌枕を見て参れ」と言っても、実方に対しては「ちょっと言い過ぎだったかな?まあ気分転換のつもりで頑張ってこいや。」、行成に対しては「確かに恥をかかされてもやり返さなかったのは立派だけど、お前もちょっと言い過ぎやろ」なニュアンスだったのでしょうね。実際また、行成は実方が養父・済時の喪が明けてから赴任した様子も詳細に日記「権記」に記していたらしいけど、気になる所があったのでしょう。しかし、たとえそのような期待をかけられたとしても、みちのくは遠すぎたと感じたのか。どうやらそれに応えた働きをしていたかどうかは微妙だったようです。そして最期は馬の下敷きになって、結局忠平の曾孫世代としては公卿に昇進できず、比較的低い官位・官職に終わってしまいましたが、前述の永平親王を無理やり馬に乗せたエピソードを見ると余計皮肉めいたものにも感じられます。もし本当に958年(天徳2)生まれだったとすれば、数え年で42歳の厄年での死でもありました。

その後実方の子孫はしばらく続き、九鬼氏や鳥居氏等実方の後裔を称する家もあるようですが、信憑性には疑問でしょう。公卿は結局出なかったようで、小一条流は済時の三男・通任の系統が主流となったようで、せい子も三条天皇との間に敦明親王を儲けましたが、この親王も実方の行成への仕打ちが全然可愛く感じられるぐらい乱暴者な面もあり、乱闘が多かったこの時代では彼ですらも特別異常というわけでもなかったけど、結局天皇にはなれなかった。通任の子孫達も朝廷では中納言まで出世するのが精一杯で、戦国時代には飛騨国司から戦国大名に転ずるも、三木氏に乗っ取られてしまった。その三木氏も、武田晴信(信玄)、上杉輝虎(謙信)、そして学研からも新伝記の主人公1号として取り上げられた織田信長等最強クラスの大名たちの狭間で難しい立ち回りを余儀なくされ、信長の跡を継いだ秀吉に降伏する事を余儀なくされたけど、要するに師尹を祖とする小一条流は最後まで時代の波に乗れそうなチャンスもいくつかはあったけど、乗れなくてそこそこ以上のドラマを提供する程度に留まる脇役のまま歴史の表舞台から退場させられてしまった感じです。この実方も、行成との確執等どこまでが本当でどこからが脚色がハッキリしない所もありますが、そんな小一条流の立ち回りを象徴した晩年を送ったと言えたのでしょう。昨今では、自身は特に政治家としての能力があるわけではないけど、親父が首相としての激務やNTTドコモ株疑惑等で急死してたまたま後援者連中から後継として担がれ、今度の安倍晋三改造内閣でも女性・地方票狙いという「見えすぎた思惑」もあってまた閣僚として登用されるも、政治資金問題が浮上してしまい、辞任の危機にまで追い込まれてしまっている小渕優子氏ともある程度重なり合うものがあるのではとも思います。これについてはまた・・・・・・・ですが、次回は実方とも仲良かったけど、やはり傍流に甘んじてしまった大納言公任&権中納言定頼親子について機会あらば取り上げてみたいと。

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2014/10/17

百人一首の歌人達(16)-51番藤原実方朝臣その2

かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを(51番藤原実方朝臣)



実方の「おば」な藤原芳子は生年は935~939年頃、今回の主人公、実方の父・定時や済時の歳の近い姉かと思われます。彼女ら姉弟はまた、母が25番三条右大臣こと藤原定方の娘です。26番貞信公こと藤原忠平は、他にも長男・実頼とも定方の別の娘を嫁がせていました。長兄・時平と源光死後に政権の首班となった忠平は、同じ政治的ライバルだった時平長男の保忠にも子供がいない事に付け込んで孫の頼忠(実頼次男で公任の父)を養子に送り込んでます。大津透氏著作「道長と宮廷社会」という本によると、忠平政権期は同一人物が天皇の成人に伴い摂政から関白に転じる先例が出来ただけでなく、天皇代行・補佐業務と太政官の重要日常業務が分権し始めた時期で、姪であると同時に息子の嫁(実頼の別の妻)でもあった時平娘がおそらく30歳代前半で早世した934年(承平4)に政治的にさほど危険人物ではなかった次兄の仲平と、もう次期天皇の外戚の可能性が消滅(彼にとっては保忠は外叔父または外伯父だったけど、既に9年前の925年に姉妹の仁善子が保明親王との間に生まれた康頼王は夭折していた。)していた保忠に一上業務を2人共同という形で委任したらしい。頼忠が保忠の養子になり、元服したのもこの頃だったでしょう。養父死亡時点でまだ12歳だったからちょっと早いかなあな気もしますが。

この年はまた、従兄弟の平伊望(母親同士が姉妹)と妻を亡くす事となった息子の実頼を中納言に昇進させてますが、忠平自身はと言うと・・・・・・摂政は人事権があるから、太政大臣に既に昇進してもおかしくなかったのですが、そうなると仲平が左大臣、保忠が右大臣に昇格する事になります。大鏡のあのエピソードが本当なのかどうかは分かりませんが、保忠が死んで1ヶ月後に漸く太政大臣に昇進したのは依然彼に対する警戒もあったからなのか。彼以上の政治的ライバルだった定方(醍醐天皇外叔父である)はこの一上制度の始まり直前に亡くなりましたが、いくつも子女同士を結婚させる等少なくとも表向きはお互い協調していたようで、残念ながら実頼の方に嫁いだ娘は子女を儲ける事は出来なかったようですが、要するに実方にとって定方は曽祖父であり、実方という名前自体、この曽祖父を意識したものだったのでしょう。小一条流本来の嫡流として。しかし・・・・・・・

芳子は村上天皇に嫁いだのはおそらく955年(天暦9)頃、翌年には昌平親王が生まれています。師尹自身も既に従三位中納言だったのが、正三位に昇格しています。この頃既に、実方にとっては大伯父にあたる師輔外孫の憲平親王(冷泉天皇)の精神に異常をきたしていたかどうかまではハッキリ分かりませんが、もしそうだとすればたとえ既に立太子されていたとしてもこれで後宮政策レースに兄に一歩近づいたと思ったのでしょう。さらに957年(天徳1)には左大臣・実頼から譲られる形で左近衛大将に昇格した顕忠の後任(表向きは実頼病気が理由とされているようだが、2年前に右近衛大将を師輔から譲られた事共々、傍流となったとは言え、時平一族の重鎮たる顕忠に対する配慮だったのであろう。特に実頼にとっては顕忠は従兄であり、義兄でもあるのだから)として右近衛大将を兼ねる事となり、さらに958年(天徳2)には芳子が天皇の女御となりました。実方が生まれたのはこの頃だったでしょう。この時同時に師輔娘の安子も皇后になりましたが、嫉妬と絶望で席に戻る事すら出来なかったとか。そして960年(天徳4)には兄・師輔が亡くなり、上位者が1人欠員になったのに乗じ権大納言に昇進しています。ところが、間もなく961年(応和1)には昌平親王が5歳で夭折してしまった。実方の弟・実光が生まれたのも、父の定時が亡くなったのもこの時期ならば、師尹一族は好事と不幸同時にいくつも見舞われてしまったという事になります。(また内裏も、盛大な歌合が行われた一方、焼亡してしまった大惨事にも見舞われている)特に親王の夭折は師尹と、師輔娘で憲平親王だけでなく、為平親王や守平親王(円融天皇)等も設けていた安子に嫉妬されていたらしい芳子にとっては痛恨の極みだったでしょう。この時点で済時にはまだ相任らは生まれていない(生没年がハッキリしない子女も何人かいるが)し、実方に対する祖父や伯母(または叔母)の期待はさらに高まったかもしれません。

それでも、安子も死んだ直後も965年(康保2)には芳子はまた天皇との間に男子を産みました。広平親王です。この年はまた、顕忠が生没年のハッキリしている時平子女としては異例の長寿な67歳で亡くなった事もあって、道長や公任が生まれた年でもあった翌966年(康保3)には権大納言のままながらも従二位。「ままながらも」と言うのは、平安遷都後から村上朝頃までの約170年間は過去ログでも述べましたが、官位デフレの時代だったのです。大臣も就任時は正三位、2年程度経って従二位(24番菅家こと菅原道真はこの位に登った直後に左遷された)、7・8年程度経ってやっと正二位(28歳で左大臣となった時平もこの位に登って2年で死んでいる)に昇る例が実頼あたりまで見られました。大納言でさえ、中世以降は二位者の方が多数派(足利将軍等は従三位権大納言の例もあったが、短期で昇進している。大抵)となりましたが、この時期は就任時は従三位で、2年程度経ってやっと正三位に昇る例も珍しくなかったのです。大納言以下の二位は権中納言藤原長良(856年。これは基経を権力者だった弟の良房の養子にした事も大きかったのであろう)や大納言源多(最終的に右大臣。積極的に上卿を務めたらしく、その政治的能力を評価されたからなのであろう)とか数えるほどしか例がありません。それが師輔が946年(天慶9)に、1月に正三位となったばかりだったのが村上天皇即位直後の4月に大納言のまま従二位に昇ったのを皮切りに、二位の大納言の例も次第に増加していく事となります。師尹の966年1月7日のこの昇進も、そうした「官位デフレ終了」への流れの一環だったわけですが、直後9月には大納言に昇進したかと思えば、翌967年(康保4)7月には村上天皇の後を追うように芳子が亡くなった。享年は30歳前後だったと思われますが、直後即位した憲平親王、後の冷泉天皇の皇太弟である守平親王の皇太弟傅(東宮=次期天皇の教育官)を務める事になりました。師輔の息子達で天皇・皇太弟両者の外伯父または外叔父となった、45番謙徳公こと伊尹・兼通・兼家らを、「名ばかりの関白」と自嘲するほど快く思っていなかった実頼がお互い牽制させる為の人事だったのでしょうか。実際伊尹はこの年権大納言に昇進しているし、兼通も村上天皇崩御日に蔵人頭を辞め、従四位下から正四位・参議となっている。

しかし、出色だったのは何といっても兼家だったでしょう。「道長と宮廷社会」でも言及されてましたが、蔵人頭を辞めないで約70年ぶりの非参議(三位以上で参議を経験した事がない人の事。実際はこの間忠平三兄の兼平も従三位・宮内卿に昇ったとされているが、公卿補任には記載されていない。当時宇多法皇の義弟・摂政左大臣だった忠平の兄という事で没後追贈されたのであろう)となったかと思えば、969年(安和2)2月7日には参議を経ないでいきなり中納言(後の摂関家当主達も、議政官は権中納言からのスタートとなったのもこの兼家・道長が先例となったのであろう)となり、春宮大夫(東宮の家政総監)も兼ねる事となった。しかも、この時点で蔵人頭もまだ辞めてない。

師尹も、少し時が戻って967年10月には正二位、12月には実頼が関白太政大臣に昇進したのを受けて右大臣に昇進したけど、この直後何度も上表を出しているのは、まあ実頼も右大臣に任じられた時とかやはり何度もやっている。通常は「俺は辞退しますと言われてもやってくれと頼まれるほど信頼されているんだぞ。」な事を示す為なのですが、それだけでなく、伊尹らと、天皇・守平皇太弟同様彼らとも外戚関係にはあったけど、もう1人の有力皇位継承者候補だった為平親王に娘を嫁がせていた、一上左大臣・源高明に対する示威行為のつもりでもあったのでしょう。

師尹は兼家に対しても強い警戒感を抱いていたようで、彼が中納言・春宮大夫に就任した日には師尹・兼家の家人同士が乱闘していたのです。「実頼の兄貴が老い先短いのもいい事に伊尹に取り入って羽振りが良い様だけど、あまり調子こくんじゃねーぞ!!コラァ!!」・・・・とまで思っていたかどうかは知りませんが、師尹と伊尹・兼家が「今は取り敢えずいがみ合っている場合じゃない」とも一方で思っていたようである。wikiとかでも書かれているし、もう詳しい経緯は態々ここでは述べませんが、後に安和の変と呼ばれる陰謀を持って「共通の敵」である高明を追放したのです。ここに気になった点は、前回でも「もし時平が他の弟たち並みに長生きしていればどうなっていたか?」少し触れましたが、「もし師尹も、伊尹ももう少し長生きし、永平親王が為平にも負けないほど英明だったらどうなっていたか?」です。

次期天皇が守平で次期皇太子が師貞親王(花山天皇)なのは既に既定路線だったらしく、師貞は藤原伊尹の娘・懐子と冷泉天皇の間の皇子(つまり伊尹にとっては外孫)だったけど、師尹も、(実方にとっては叔父である)息子の済時は冷泉天皇退位まで蔵人頭及び春宮権亮を務めていたのが、守平践祚・師貞立太子に伴って春宮亮(春宮坊では大夫に次いで偉い次官、師尹は改めて師貞皇太子傅となっている)になっていて、その1ヶ月後には従四位上から正四位を飛ばして従三位となり、公卿に列せられている。師尹の威光も相まって。上皇となった冷泉は精神病だから余計頼りにならない事もあってか、「伊尹・懐子だけに皇太子・師貞を独占させないぞ!!」な師尹による牽制の意図が伺えるような済時の人事ですが、どうやらこの時点で既に4歳だった永平の暗愚っぷりは周知の通りだったのでしょう。永平の事を完全に諦めたわけでもなかったのだろうけど、前述した通り既に忠平期には摂関の天皇代行・補佐業務と太政官の重要日常業務は分離し始めています。しかし、忠平は部下の公卿達の中でも側近の藤原扶幹従兄弟の平時望・行望兄弟(特にまた、時望は娘が兼通の妻となっている)を、特に息子達が出世するまで重用していたようですが、もし師尹が、短期で円融天皇を退位、永平即位を実現させ、その外祖父として摂関になった場合は義兄弟である源重光・保光・延光(内保光はまだ公卿にはなってなかったが、事務方である弁官や蔵人頭を経験している。延光は済時の上司な春宮大夫となっていた)や藤原朝成(彼は974年に死んだが)、そして娘が実方の母である源雅信及び彼の弟である重信あたりをもっと積極的に昇進させて、伊尹・兼家、そして源兼明(元政敵・高明の弟)への牽制役としたのでしょうか。兼通も、どうやら彼は息子の正光を高明の別の娘と結婚させるなど高明よりだったようですが、彼も味方に組み入れていたかもしれません。しかし、永平の即位が実現せず、実頼が死んで、在衡が引退して摂関となっても伊尹はまだ太政官の官職としては右大臣です。基経みたいに普通に上位者(この場合は師尹)を飛び越えて右大臣から太政大臣に昇進していたか。それとも後の兼家みたいに、右大臣を辞めてすぐ次席の人に譲って摂関専任のみで律令官職の在任者達を超越した存在として自らを位置づけていたか。でもどちらも状況的にちょっと難しそうですよね。兼家の場合は弟・為光に右大臣を譲って、息子の誠信も、為光の従者が道綱・道長が乗った牛車に投石したのも目をつぶって参議に昇進させる(しかし、残念ながら能力は弟の斉信の方が優っていた)等恩を売り、彼ら息子達を強引に昇進させたけど、伊尹の場合はすぐ下位の人は兼明という彼にとっても元政敵の弟で微妙ですよね。息子達も義孝等早世者が多かったし、彼もまた為光とは仲良かったらしいですが、結局永平即位が実現しようがしまいが、権力が分散して兼通VS兼家以上のドロドロとした権力闘争が発生していた可能性が強そうです。実方が叔父・済時の養子となったのも、彼が従三位・春宮亮となった前後の、そうした爆弾が爆発しかねない時期の頃だったかと思われますが、直後に・・・・・・・・何だか実方その人よりはもう小一条流の話になってますが、また長くなったので次回はその3でという事で。

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2014/10/13

百人一首の歌人達(15)-51番藤原実方朝臣その1

かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを(51番藤原実方朝臣)

最初は大納言公任&権中納言定頼親子を取り上げようかなあと思っていましたが、彼らよりもまずやはり某アニメにも出ていたらしいこの藤原実方の方を取り上げた方が良いかなあという事で、今回は彼です。

この実方は、道長や公任達とは再従兄弟(はとこ)にあたりますが、26番貞信公こと藤原忠平の男子曾孫世代では生年がはっきりわからない数少ない1人でもあります。999年(長徳4)の死亡時点では40歳程度だったらしいですが、これを信じると生年は960年(天徳4)ですから、道長・公任より5・6歳程度年上、道兼や詮子(共に道長の兄姉)とほぼ同年齢という事になります。

彼は本来祖父・藤原師尹を祖とする小一条流の嫡流なのです。最近もし、藤原時平が弟の仲平や忠平・穏子ら並みに長生きしていたら、公卿の顔ぶれはどうなっていたのか(没年を940年頃と仮定して)少し考えてみました。源光死後の右大臣には源昇が就任、彼が918年(延喜18)に死去した後は25番三条右大臣こと藤原定方が醍醐天皇の外叔父として就任(実際の就任は924年の事)していたでしょう。定方の次には藤原清貫(清涼殿落雷事故で事故死したが)と仲平が続き、保明親王・康頼王の死去も超えて930年(延長8)の朱雀天皇即位時には満を持して摂政に就任(太政大臣も兼ねるのはその数年後となっていたか)していたでしょう。この時点でも忠平は大納言就任が精一杯、下手すれば長子の保忠にも官職または序列(この時期、権官を含めても大納言は3人、中納言は4人程度が最大定員だった。中世以後はいずれも10人超えるか超えないかまで増員される事となったが)を越されていたかもしれません。

それでも、時平が940年(天慶3)に70歳近くまで長生きしたとしても、忠平の寿命はあと9年は残っています。(しかし、この時点で仲平はまだ存命)朱雀天皇の元服は既に済んでいたから、摂関に任じられたかもちょっと微妙だったし、息子達も当然実頼・師輔よりもそれぞれ時平次男・三男である顕忠・敦忠の方が出世していたでしょうから、晩年息子達をもっと出世させる迄に寿命切れとなっていたでしょうが、最終的には遅かれ早かれ忠平の系統が嫡流となっていく事自体は変わらなかったかも。

しかし、史実は藤原時平はたとえ24番菅家こと菅原道真を左遷に追い込んだ悪人ではなかった(と言うか、この下りは大蔵善行が一番の悪役であろう。)としても909年(延喜9)4月4日に38歳の生涯を閉じており、あまりクローズアップされてないようだけど、敦忠などだけでなく、清涼殿落雷事故直後は長男の保忠だけでなく、彼と同時期に実頼と結婚した娘(934年没)や正室の廉子女王(935年没)も亡くなっているのです。この2人も生年は分かりませんが、娘の方は長男の敦敏が生まれたのが918年(延喜18)頃だから、900年(昌泰3)生まれの実頼と同じぐらいの年だから享年が30代半ばと短命だったか。廉子女王は70賀が開催された記録が残っているから遅くとも866年(貞観8)までには生まれている。時平より5歳以上歳上の姉さん女房だったわけですが、残念ながら、時平の血を現在まで伝えているのは宇多天皇皇子で醍醐天皇弟である敦実親王に嫁いだ娘(時平娘-源雅信-源倫子-藤原頼通や藤原彰子等・・・・・・・)なのですが、彼女の母親が誰なのかはわからないのです。

948年(天暦2)時点で実頼・師輔以外にも師尹・師氏と4人も忠平の息子達が公卿となっており、時平の息子はこの年大納言となった顕忠だけ(最終的には師輔後任としての右大臣に)でした。彼には時平男孫では最年長な元輔という息子がいましたが、正四位・参議が精一杯で時平流では最後の公卿となってしまいました。男系では敦忠の系統はしばらく続いたらしいですけどね。「お前、またさっきから関係ない話しているじゃん。」と思われるかもしれないけど、実方の祖父・師尹もこの年には権中納言に昇進しています。まだ28歳だったのだから順調な出世です。師氏の方が兄だったのですが、結局最後まで彼の官職を超える事が出来ませんでした。

翌年949年(天暦3)に忠平がなくなり、一応形式的には摂関も太政大臣も置かない天暦の治という村上天皇の親政が始まったのですが、ここで印象深かったのが故・石ノ森章太郎先生の「マンガ日本の歴史」第10巻での実頼と師尹のやり取りですね。確か天皇第2皇子である、師輔外孫の憲平親王(冷泉天皇)立太子を聞いて、自分はますます穏やかでないのに実頼が「めでたい事だ」など言っていたのに対し「兄上は悔しくないのですか?」「兄上は左大臣だから慰め様もあるだろうけど、私は参議に過ぎないから・・・・」「芳子(娘で、実方にとっては叔母または伯母)は情けない娘だ。どうして男の子を産まないのだ」とかというような事を言ってましたが、まず実頼は大鏡でも言われているほど頼りない人ではなく、政治的能力は師輔にも劣らなかったようですが、これを既に後宮政策で完敗した事に対する諦めと見るか、それとも内心穏やかでなかったけど、表向きは北家嫡流として一族をまとめようとしていたのか等解釈は分かれますね。それに前述した通り師尹は既に権中納言だったけど、この時点でまだ30歳です。芳子も生年不明で、どんなに早くとも935年(承平5)頃の生まれと思われますが、天皇に嫁いだのはまだ少し先の事です。まあこれは師尹が能力だけでなく、隙あらば兄達に取って変わってやろうな野心も十分あったんだという事を示す「演出」だったのでしょうね。

不明といえば、いい加減ここらでもっと主人公・実方にもう少し焦点を当てないといけませんね。彼の父の定時も生年は分かりませんが、叔父の済時は941年(天慶4)生まれだから、彼より1・2歳程度歳上だったのでしょう。芳子よりは歳上だったのか歳下だったのかは分かりません。ただ、彼は従五位上侍従で生涯を終えています。この侍従って、元服を済まして貴族としてのキャリアを積み始める時に経験する官職です。祖父の師尹も15歳で任じられましたが、実頼・師輔もやはり10代後半時にこれを経験しています。という事は、定時はやはり再従兄弟である50番藤原義孝同様20歳になるかならないかの若さで早世したのだから、実方の没時年齢もほぼ信用していいという事でしょう。さて、ここで少し長くなったので、実方の小一条流、芳子が村上天皇の女御として嫁いだ以降の話はまた続きという事にしたいと思います。

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2014/10/12

百田尚樹の「土井たか子=売国奴」認定は間違いではないけれど

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141009-00000602-san-pol

社民党、百田氏にNHK経営委辞任を要求 土井氏を「売国奴」とつぶやく

産経新聞 10月9日(木)22時55分配信    

 

 

 社民党の又市征治幹事長は9日の記者会見で、作家の百田尚樹氏に対しNHK経営委員を辞任するよう求めた。先月20日に死去した土井たか子元党首に対し、百田氏がツイッターで根拠を示さずに「売国奴」などと批判したことが、党への誹謗(ひぼう)中傷にあたると訴えた。

 又市氏によると、ツイッターには「(土井氏が)拉致被害者の家族の情報を北朝鮮に流した疑惑もある」とも記されていた。又市氏は「そんな事実は全くないし(発言の)根拠も明らかでない」と反論した。

 その上で「公共放送の経営委員でありながら、中立性をおとしめる言動が続いている。他党と協力して辞任を求めたい」と強調した。

確かに、日本の悪い所は、出来ないなら出来ないで何もしなければ良いのにですが、姿形は正真正銘の日本人なのにその国益を損ねる事ばかりしている人が目立ち、近隣諸国との関係とか却ってこじらせている事ですね。

既に「過去の人」となっていた感がしないでもなかった土井たか子氏もです。亡くなって間もない人の事をあまりアレコレ言いたくはないですが、政治家とかは「人は死んだらもう神様仏様。生前の悪行も問わない。」とかの日本人的美徳はあまり当てはめてはいけないのかもしれない。何故なら国の方向性とかを決定づける等する、国や国民に対する重大な責任があるからです。やっぱり自国や自国民を貶めるような事をすれば未来永劫非難される覚悟も受けなければいけないのはある種の「宿命」なのでしょう。流石に中国の秦檜とか、韓国の李完用とかみたいな例は「やり過ぎ」ですが。(と言うか、これらの国の場合はこういう人達の方が実は自分の国の事を思っていたりする)

そういう意味では、「何も今すぐ言わなくても・・・・・」とか「ツイッターとか軽いのじゃなくてもっと公の場でどうせ・・・・・」な気もしないでもないけど、ナウルやバヌアツをディスった等の発言とは違い、今回は発言自体は的はずれではないと思います。横田滋さん・早紀江さん夫妻等実際の拉致被害者家族の方々も、勿論口にこそは出さないでしょうが、社民党及び土井氏をもっと口汚い言葉で罵ってやりたい気分なのかもしれない。今回の百田発言は、亡くなった人がかっては55年体制時最大野党の重鎮だっただけに余計拉致被害者家族の心情も代弁したつもりでもあったに過ぎなかったという事だったのでしょう。

だから、まあ閣僚たちの靖国参拝ニュース等と同じですよ。「よくぞやってくれた!!」とまで賞賛するほどではないにせよ、批判すべき事でもないとも思いますが、私が心配なのは、この今回の「百田発言」も「追い風」として、今後の日本人が太平洋戦争とか過去も全て美化して、一億総白痴化ならぬ一億総右翼化への道にひた走ってしまうのではないかという事です。ますます。こんな事言うと、「それは違う。今まで左に偏っていたのが漸く中道に戻ってきただけ」と思う人もいるかもしれず、特に所謂ネット右翼の方から見れば私も立派な左翼に見えるかもしれませんが、日本人も案外慢心する所も(勿論私自身も当てはまらないとは思ってませんよ)あって、百田氏もちょっとそういう例かなあですが、まあ来年の向井理氏主演である永遠の0実写ドラマ版も色々な意味で楽しみです。そういう不安も抱えながらも。

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2014/10/11

清水健太郎、再婚レストラン再開店か

http://news.nifty.com/cs/topics/detail/141011861982/1.htm

結婚報道の清水健太郎、あす“緊急”会見へ

2014年10月11日(土)14時36分配信 ORICON STYLE

 

 一部で結婚を報じられた歌手の清水健太郎が、あす12日に都内で会見を開くことになった。清水は11日に63歳の誕生日を迎え、あす都内で誕生会と約11年ぶり発売されるミニアルバム『リスタート』(21日発売)のパーティーを予定。そのパーティーの開始前に、結婚についても説明するという。

 清水は1976年のデビュー曲「失恋レストラン」のヒット曲で知られ、俳優としても活躍。しかし、覚醒剤取締法違反違反などでこれまで6回逮捕(2回不起訴)され、芸能活動は休止状態だった。今年3月、ニューセンチュリーレコードと専属契約し、芸能活動を再開させていた。
この人がテレビ中心に活躍していた時代は全然知りませんが、1998年に出た、宝島社の「芸能人という生き方」でインタビューに応えていた記事を目にした事あります。芸能人と言えば、あの時期はフライデーに掲載された、故・尾崎豊氏死亡直前の蘇生写真も衝撃的だったけど、ほぼ同時期には日テレで放送されていた「速報!歌の大辞テン」でも代表曲の「失恋レストラン」が紹介されていて、歌っていた時の映像も目にしました。芸能界デビュー少し前には死亡事故も起こしていて、今だったらネットでネタとして余計叩かれていたでしょうが、確かにスター性はありましたよね。その映像とかを目にした限りでは。

そうした死亡事故も若気の至り程度で済むと思いきや・・・・・・いかにして栄光から転落していったかはここで今更述べる事でもないとも思うけど、前述のインタビューでは2度目の芸能界復帰までについて言及されていて、この時期は丁度「首領への道」がヒットしていた事もあったのか、それともまたまた薬に手を出していて必要以上にテンションが上がっていたのかガッツポーズしていた写真も見られたのも印象的でした。その後はどうなったのか、田代まさし氏等の転落の方に目がいってしまった為か特に強い関心はありませんが、やっぱ薬とは「失恋レストラン」を開けなかったようですね。最近は田代氏の出所以外にも、チャゲアスのASKA氏の逮捕も記憶に新しい所ですが、いかに薬物依存が恐ろしいかを改めて痛感せざるを得ないという事なのでしょう。そして62歳の誕生日を迎えた今日、結婚話を耳にしたわけですが、今度こそは相手の方との二人三脚で薬物を完全克服出来るのか。今回の結婚で、これまで彼が失った年月が戻るわけではないですが、まあお幸せにです。

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北米版スマブラWiiUは来月発売予定らしいが

http://www.inside-games.jp/article/2014/10/08/81325.html

北米版『スマブラ for Wii U』は11月に発売

2014年10月8日(水) 10時26分

先ごろ日本でのリリース日も確定した『大乱闘スマッシュブラザーズ for Wii U』。日本では12月6日に発売が決定しましたが、併せて欧米での発売日も発表となりました。

発売日は、欧州では12月5日に、北米では11月21日に決定。欧州版は、時差もあるため日本と発売日がほとんど異なりませんが、北米では2週間早めにリリースとなります。また同時にリリースが予定されているamiiboについても、北米では11月21日に、欧州では11月28日に発売予定。欧州ではWii U版『スマブラ』の一週間前に、「マリオ」や「ピーチ」、「サムス」、「リンク」など計12体のamiiboたちが店頭に並ぶことになります。

大乱闘スマッシュブラザーズ for 3DS』は日本先行でリリースされましたが、据置機での『スマブラ』は北米プレイヤーがひと足早めに手に取ることができることになります。

記事提供元: Game*Spark

遂にと言うか、3DS本体とスマブラ3DSを買いました。スマブラ3DSはまだほんの少しプレイした程度で、まずは数多い任天堂キャラの中でも一番馴染み深いマリオで使用みましたが、ジャンプやダッシュ等十字キーの方では操作できないだけに思い通りに動かすには慣れが必要かなあな感じですね。しかし、キャラだけでなくシチュエーションも様々なステージも豊富で、中にはロックマンも参戦という事でワイリー研究所も普通に選択出来ましたが、スマブラプレイ経験ゼロだった自分から見ても「面白そうかなあ」と思いました。ロックマンといえばまた、「最後の切り札」という名の超必殺技である「ロックマンスペシャル」にはシリーズに対する愛情とか伝わりましたね。出された方は驚きでしたが。まあ少しずつですが、リンクやマルス等他のキャラも一通り使ってみたいですね。そしたら次はNEWスーパーマリオブラザーズ2ですね。遊んでみたいなあと思うのは。そしてそのさらに次は・・・・・・・・・・・

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2014/10/07

この程度の追求で終わっているようでは・・・・・・・

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141007-00000519-san-pol

松島法相、今度は“うちわ配布問題” 「法律を自分に都合良く解釈するな!」蓮舫氏が追及 参院予算委

産経新聞 10月7日(火)11時32分配信    

 

 参院予算委員会が7日午前、安倍晋三首相と全閣僚が出席のうえ始まった。この中で、民主党の蓮舫元行政刷新担当相が松島みどり法相を厳しく追及する場面があった。

 蓮舫氏は松島氏が経済産業副大臣だった今年夏に選挙区の東京都荒川区などで、うちわを配布したことが、公職選挙法が禁止する「寄付」に該当すると指摘した。

 松島氏は「討議資料として配った。有価物に値するとは考えていない。うちわのように見えるかもしれないが…」と釈明したが、蓮舫氏は「法律を自分に都合良く解釈するな!」と追及の手を緩めなかった。

 松島氏の法相の適性を問われた安倍首相は「こうした疑いを受ける以上、今後、こうした物の配布を行わないことが望ましい」と答弁した。

まあ蓮舫氏その人も、うちわ配布していた過去は1万歩譲って不問としてです。追求された松島法相、死刑制度廃止反対、夫婦別姓反対、性犯罪(もっと言えばその他悪質な犯罪全般)の刑罰見直し等賛同できる政策・主張もいくつもあるのですが、実力は未知数であると言われているようです。実際不祥事とかだって皆無ではなかったらしく、それでも、まあ小渕優子氏や高市早苗氏よりはマトモそうですが、疑われるような事はしないのが一番でしょう。蓮舫氏のこの追求は、票狙い等の人気取り、女性の社会進出等目標に固執するあまり手段になってしまっている等安倍政権に対する、「暴走ブレーキの為の警鐘・牽制」であると見る事もできます。しかし、民主党にとって重要なのは「この追求の後にさらに何が出来るのか」でありましょう。先日日経(日本経済新聞)でも、無党派層についての特集記事が掲載されていましたが、果たして民主党は彼らを取り込めるような、政策面等で自民と十分討議・実行できる能力があるのか。みんなの党も、渡辺喜美氏があそこまで酷いとは思えず、この党にも存在する限り私が票を入れる事はないかなあですが、民主もそれ自体の意味は皆無ではないながらもこういう追求とかで終わっているようでは、政権再交代なんて豊臣秀吉や鈴木雅之氏も歌った様に「夢のまた夢」でありましょう。今の流れでは地方統一選挙や衆議院総選挙だって、消費再増税を決めたって自民が勝ちます。巨人が今年も結局何とか最後は経験の差で物を言わせて阪神や広島との優勝争いを制したようにです。菅野投手は今は亡きその祖父の事も熱く語っていたと思いきや故障で、残念ながらポストシーズンでの出場は無理そうですけどね。

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2014/10/06

ロシア空軍総司令官が3ツ星大将に昇進していたらしいが

http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2013-09/11/content_29994543_4.htm


これ、あの9.11の日のそれだったけど、ロシア空軍次世代爆撃機についての記事で、現任の空軍総司令官、ビクトル・ボンダレフ氏のコメントも載っていましたが、ボンダレフ中将、今年の8月11日に大将(3ツ星、欧米各国軍では中将に相当か)に昇進していたんですね。

上級大将は、国境軍総司令官だったウラジーミル・プロニチェフ氏の引退で現役は7人となってますが、国防大臣と参謀総長(ただし、現任者は就任時は大将)以外は連邦保安庁(ソ連時代はKGB)や国境軍等国境警備軍やその他準軍事組織のトップ限定なのでしょう。大将は、陸軍と海軍、前者は2012年以降総司令官が早くも3人も交代していて、中将である途中代理の人(彼もその後、第一副総司令官兼参謀総長に就任)の人の一時的な就任を経て、現在はオレグ・カリューコフ大将が任命されているらしいですが、1955年生まれの氏は極東軍管区(現在は統合されていて存在しない)参謀長在任時の2006年に、早くも51歳で大将となった。しかし、大統領令での延長等の例は今までもあったらしいですが、ロシア連邦軍は大将は60歳定年らしいので、後任は前述の代理から第一副総司令官兼参謀総長を務めている、セルゲイ・イストラコフ中将が来年に大将昇進の上、後任の総司令官に就任するのか。来年の話をすると何とか・・・・・とは良く言いますが。

後者も総司令官も参謀総長も今の所就任時中将の例はないようですが、空軍と空挺軍、戦略ロケット軍の総司令官はいずれも大将昇進は就任後という事になりました。その中でまた、空挺軍はワレリー・エフトゥホヴィチ氏はとうとう中将のまま55歳の定年を迎えて退役となってしまいましたが、旧宇宙軍・航空宇宙防衛軍に至っては前任のオレグ・オスタペンコ氏は確か就任時は少将だったはずです。そして航空宇宙防衛軍となった後、代理だったワレリー・イワノフ中将の後に就任したアレクサンドル・ゴロフコ氏も少将のまま就任、後に中将に昇進しました。特にまた、ゴロフコ氏は就任時はまだ40代で、今年もまだ50歳になるかならないかと、ロシア連邦軍は能力さえあれば、比較的若くてもある程度柔軟な抜擢をするようですが、こうした総司令官の人事からも連邦軍の3軍・3独立兵科の序列が伺えるというものです。今後は、残念ながら57歳の若さで亡くなられてしまったらしいですが、オスタペンコ氏の前に旧宇宙軍の司令官に任命されていた故ウラジーミル・ポポフキン氏の例もあるし、宇宙局長官もその階級を授与されるかもしれませんが、「参謀総長・・・・就任時大将・その後上級大将、陸軍・海軍総司令官・・・・軍管区司令官等で経験を積んだ上での大将、空軍・空挺軍・戦略ロケット総司令官・・・・就任時中将・その後大将、航空宇宙防衛軍総司令官・・・・就任時少将・その後中将、さらに大将?」が今後の昇進人事の例になるかもしれませんね。実際大将もですが、中将もそんなにいない感じですね。現在のロシア連邦軍って。宇宙軍・航空宇宙防衛軍はまだ無かったけど、空挺軍でさえ、戦後は上級大将か大将、その他軍種・独立兵科は上級大将(海軍では海軍元帥、空軍では航空元帥がこれに相当。なお、空軍等諸兵科ではさらに上位の階級として例えば航空・砲兵・装甲戦車兵各総元帥になった人も何人かいたらしいけど、ソ連邦元帥&ソ連邦海軍元帥よりは下位の階級だったらしい)が総司令官相当の階級だったソ連時代では考えられなかったかもしれません。ポポフキン氏だけでなく、ソ連邦元帥だったワシリー・ペトロフ&ビクトル・クリコフ両氏、そして空軍上級大将だった元総司令官、アナトリー・コルヌコフ氏も7月1日に亡くなられた等最近のロシアはまた、ソ連時代からの高級将領の訃報も相次いでいるようですが、階級もすぐにそれ相応に引き上げないと指揮系統とかやりにくいのでは?と言うか、特に上級大将はこれからも・・・・・・かもしれませんね。

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2014/10/04

新テニスの王子様第132・133話-侍のスタンド使い・越前王子様とアメリカ代表への道!!そしてあのカリスマも・・・・・・

先月号は休載だった新テニプリ、もう楽しみで楽しみでしょうがなかったと言うか、代わりに(?)繰り返し強調するようにその作風等に対する批判が出るのも無理ない面もあるのは認識した上で、長谷見沙貴&矢吹健太朗両先生のTO LOVEるとらぶるダークネスの感想を述べましたが、今月号表紙を飾ったのはウルトラストリートファイターⅣオメガでも大活躍してくれるであろうあのバルログ・アトーベ様!!「なるほどBIRTHDAYじゃねーの」!!

しかし、テニプリファン(私も全く別の意味で大ファンだが)の皆さん、この程度の事で驚いてはいけません。さらにポスター扉は、ワイシャツの上ボタンを外し、ネクタイも解いて不敵な笑みでベッドでうつ伏せのポーズを取っているアトーベ様の美しすぎる姿が!!もう感激だよ・・・・・「てめえら、もちろん祝ってくれるんだろうなあ、あーん?」当たり前じゃないですか!!そんなの!!「アトーベ様!!今までも数々の試練にも負けないで良く頑張った!!感動した!!」と言うか、お誕生日おめでとう御座います!!画家のジャン=フランソワ・ミレーさん、喜劇俳優のバスター・キートンさん、スパイのリヒャルト・ゾルゲさん、老人の星でもある医者の日野原重明さん、残念ながら中山美穂さんと離婚された作家の辻仁成さん、KAT-TUNの上田竜也さん等共々この場を借りてお祝い申し上げます!!

さらに、声優の諏訪部順一氏のインタビューも掲載されていましたが、氏の風貌を改めて見ると、ホントにアトーベ様と同じ位置にホクロが見える。何という偶然ですが、一時はこれほど長い期間彼を演ずる事になるとは思ってもいなかったらしい諏訪部氏、流石と言うか、あのアトーベ様の魅力を良く理解されてますね。「ああ見えて努力家」とか「超天然な感じだけど、ツッコミどころの多くも魅力的」とかですね。まあツッコミどころ云々については、連載15周年という節目も同時に迎えた、テニプリという漫画そのものの「ある意味」魅力でありますが、いずれにせよ、アトーベ様(とバルログ)と言えば諏訪部氏と言い張って疑わないほどの代表作である事も間違いないでしょう。

他の連載漫画にもそんな愛すべきアトーベ様は今回ジャックされているようですが、取り敢えずこの辺にしといて本編のお話です。いよいよアメリカに着いた越前王子様シャーマン(ドゥドゥ・オバンドゥー)だけはカッコ良くバイクを運転していましたが、半年ぶり程度の来米で感傷的になるほどセンチメンタルな王子様では全然ありません。勿論、いくら王子様が侍のスタンド使いになったからって、簡単にアメリカ代表になれるわけではないのは彼自身も良く分かっていたようです。実際14人の枠の内、13人は既に決まっています!!イケメンな兄ちゃん(まあこの漫画には珍しくもなんともないが)なキコちゃん(キコ・バレンティン)曰く、残り1枠を代表候補24人と争って勝ち取らなければならないのです。この24人に王子様を含めないとすると確率は僅か4%です。消費税の半分しかありません。

何やら立派なお屋敷に連れて行かれた王子様、その代表候補達と思われる面々は中には刺青もしていた手合いもいて、「何だこのチビは?」な目で王子様を物珍しそうに見ていましたが、勿論そんな事でビビる王子様ではありません!!あのチョーカッコイイ迷惑乗車もやってのけたのもまだ記憶に新しい所なのです。リョーガのからかいにも乗らない王子様ですが、シャーマンが色々案内もしてくれたと思ったら、彼もこのテニプリシリーズでは数少ないマトモなキャラの1人っぽいですが、キコちゃんは王子様に対する心配も隠しきれない様子。良い奴と言うか、彼には好印象持てそうです。

実際王子様、早速というか王子様が身長150ちょっとだから、ヒューゴーやサガットレベルとまではいかなくとも2メートルは超えていたのではないだろうか?刈り上げ頭の黒人のオッサンとぶつかってしまって、彼はマックスウェルと言ったらしいですが、落としたユニフォームを拾おうとして腹部に強烈な蹴りをくらった!!そして幼稚園児と罵られた!!確かに王子様も今まで色々散々調子こいてきて、まだアトーベ様の方が全然マシ(日を間違えていたとは言え、何故かストリートファイターシリーズでは犬猿の仲なバイソン樺地の誕生日も祝おうとしたエピソードなんかちょっと見直したし)だけど、お前らちょっと酷いよww

マックスウェルは佐々部一家等共々典型的な噛ませ犬ポジションだろうなあと思いきや・・・・・・です。ここで132話終了、次の133話に入るのですが、マックスウェル達はやっぱ王子様には歯が立たなかった!!そして・・・・・・・・


「まだまだだね」「いい準備運動になったよサンキュー」


あの漫画界を代表するチョーカッコイイ決め台詞キタァァァァァァァ━(゚∀゚)━!やっぱ越前王子様はこうでないと!!そこに痺れるっ!!あこがれるっ!!暴走機関車らしいマックスウェルはいじやけて王子様に殴りかかろうとしましたが、その時コートのネットが彼に絡みついてしまった!!仕掛け人は腕に刺青をした長髪の兄ちゃんミシシッピ!!(ロッキー・メレディス)、そして彼の後に同じくアメリカ代表候補な大統領(S・トルーマン)とちじれ毛をした黒人のアリス(C・リデル)が現れた!!トーナメント表も直後配布されることになりましたが、王子様の相手はそのアリスだ!!しかし、大佐(ラルフ)によれば、ミシシッピ戦が楽しみだという。

しかしまた、この漫画は最近のWJ出身作では佐藤健&神木隆之介両氏主演で実写化されるらしいバクマンもその典型的な例ですが、主人公絶対主義こそがその本質の1つだから、マックスウェルだけでなくアリスや大統領もあっという間に見せ場も描かれないまま敗北してしまった!!そしてミシシッピとも互角以上の戦いを繰り広げていました。

そう言えば、あの殿(徳川カズヤ)も、先月9月12日には承太郎先輩としてセーラーマーキュリーでもあったミドラーの歯をスタープラチナのオラオラで豪快に破壊して、いよいよ他の御一行様共々エジプトに上陸!!再び承太郎先輩になるのは来年の1月の事ですが、ミシシッピにも是非そのスタープラチナとも戦わせてみたい侍のスタンドが見えた!!まあ、今までの王子様数々の言動が、その侍に相応しいのかは甚だ疑問ですが、丁度その頃王子様を探していたキコちゃん達、コートでのその姿を見て驚きを隠せません!!大佐は「トーナメントの前に14人目が決まった」とまで言ってましたが、ミシシッピにも苦戦しながらも王子様が勝ってしまった模様!!ここで最後の今月のテニプリ語録だ!!


「次は誰が相手してくれんの?」


王子様もうカッコ良すぎるよ・・・・・・・これ以上感激させないでくれよ・・・・・・・



いやあ、我らがギャグバトルの伝道師・許斐剛大先生は相変わらず期待を全く裏切りませんでしたね。まあ今までの話で、私的に最も笑えたのは12・13話で、時点が21・22話なのですが、この今月号の132・133話もかなりの上位に入る、爆笑エピソードものだったと思います。さすがは大先生と言うか、TO LOVEるダークネスでもリトがですよ。ネタバレになってしまうと言うか、今回はメアが彼女に化けていたのだけど、彼と偽春菜ちゃんのまたディープなアレも見られたし、余計負けてらんないと思われたのだろうね!!許斐大先生も、長谷見・矢吹先生もその絶好調さを最近の展開にはちょっとガッカリな加藤和恵先生とかにも分けてあげてよ!!ぐらいフィーバーしまくってますね。クレイモアはとうとう連載終了となってしまったけど、新連載であるホテルヘルヘイムの西修先生にも負けるな!!連載20周年の時にはアトーベ様ジャック等この程度じゃない、もっともっとビッグイベントを企画してもらわないといけないのだから!!王子様がいかに(チョーご都合主義的に)アメリカ代表の座を勝ち取っていくのか、ますます目が離せません。

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2014/10/03

本当に賃上げが実現したとしても・・・・・・・

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141002-00000046-bloom_st-bus_all

暮らしに「ゆとりがない」がアベノミクス前の水準に悪化

Bloomberg 10月2日(木)16時7分配信    

 

  10月2日(ブルームバーグ):1年前と比べて現在の暮らし向きに「ゆとりがなくなってきた」という家計が全体の約半数に達し、安倍政権が誕生する直前の水準まで高まっていることが日本銀行の調査で分かった。

調査は日銀が四半期ごとに行っている「生活意識に関するアンケート調査」。現在の暮らし向き(1年前対比)について、「ゆとりがなくなってきた」との回答が48.5%と、安倍政権が誕生する前に行われた2012年12月調査(50.4%)以来の高い水準となった。

「ゆとりがなくなってきた」と答えた人にその理由(複数回答)を聞いたところ、「物価が上がったから」という回答が66.2%に達し、「給与や事業などの収入が減ったから」の48.5%を上回り、最多の回答となった。「物価が上がったから」という回答は、消費税率引き上げ後に行った前回6月調査(61.9%)をさらに上回った。

日銀は今年度の消費者物価(除く生鮮食品、コアCPI)について、消費増税を含むベースで前年比3.3%上昇、除くベースで1.3%上昇と着実な上昇を見込んでいる。一方、これまで1.0%とみていた実質国内総生産(GDP)の見通しは大幅な下方修正の可能性が強まっている。

シティグループ証券の村嶋帰一チーフエコノミストはブルームバーグ・ニュースの取材に対し、「実質所得の減少が日銀が想定する以上に個人消費の重しになっている」と指摘。「先行き個人消費が上向くとしても、その勢いは限定的になる可能性が高いだろう」としている。

景況感は大震災以来の落ち込み幅

景況感を聞いた調査では、現在を1年前と比べて「良くなった」との回答が減少し、「悪くなった」との回答が増加したことから、前者から後者を引いた景況感DIはマイナス20.4に悪化。前回調査を10.4ポイント下回った。悪化幅は東日本大震災で大きく落ち込んだ2011年6月(17.2ポイント)以来の大きさとなった。

現在の物価に対する実感(1年前対比)は、「上がった」との回答(「かなり上がった」と「少し上がった」の合計)が80.4%に達し、リーマンショック直後の08年12月調査(86.6%)以来の高水準となった。

一方で、家計の予想物価上昇率が高まる兆しは見られなかった。1年後の物価は現在と比べ何%程度変化すると思うか聞いたところ、中央値(回答を数値順に並べた際に中央に位置する値)は3.0%と、13年3月調査以来同じ水準が続いている。物価が今後5年間で毎年平均何%程度変化すると思うか聞いた質問では、中央値は3期連続で2.0%と、13年12月調査(2.5%)からはむしろ水準が切り下がっている。

自縄自縛に陥る日銀

日銀は13年8月8日の金融政策決定会合後の公表文で、「予想物価上昇率は、全体として上昇しているとみられる」という判断を示して以来、ずっとこの表現を変えていない。

みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストは9月30日のリポートで、「仮に、予想物価上昇率に関しても輸出と同じ2四半期程度のタイムフレームで日銀が率直に判断を下す場合には、たとえば『このところやや低下している』といった表現になるだろう」と指摘。

しかし、「そう書いてしまうと、『物価シナリオが外れていることを日銀が初めて認めた』という認識が内外市場で一気に広がり、早期追加緩和観測が盛り上がって、日銀がそのまま追加緩和に追い込まれかねない」とした上で、日銀は「自縄自縛」に陥っていると分析している。

今回の調査は8月8日-9月3日に全国の満20歳以上の個人4000人(有効回答率53.4%)を対象に行った。

記事についての記者への問い合わせ先:東京 日高正裕  ,mhidaka@bloomberg.net

記事についてのエディターへの問い合わせ先:Brett Miller 淡路毅, 中川寛之 ,bmiller30@bloomberg.net

そう言えば今日の日経新聞に、「企業に有給取得を義務付け、取得率の悪い企業には罰則等を規定する」旨の記事が描かれていて、それ自体は、朝日新聞の慰安婦関連記事誤報を安部総理ご本人も批判した事共々結構ですが、有給取得率の推移(1980年代のバブル期~現在まで)を示すグラフも載っていました。それを見ると、1991年頃、バブル崩壊前後の時が最も取得率が高かったのですね。高かったといっても、50%台半ばだったのですが、やや意外に感じられました。


現在はその時よりやや低下しているのはバブル崩壊による人員削減等が理由だと書かれてましたが、この記事も「やっぱりね。」でしたね。安倍政権の支持率も、改造内閣発足直後と比べて下がっている(と言っても、50%台で前述の有給取得率より高いのだけど)ようですが、自民と言えば・・・・・・・・地元の自民議員(県会議員か市町村議会議員かどちらかで、誰かはご想像におまかせします)が進めているまたは進めようとしている政策が明記されていたポスターも目にしましたけど、正直「これ本当に今すぐ推し進めなければいけない事業なの?」なのが目立ちましたね・・・・・・・・今年12月28日日曜日にも、はなし康弘氏とか自民議員が演説会開催のために茨城にも来る予定ですが、まあ消費税を10%に上げてもこの流れでは次の衆議院総選挙も自民勝つんじゃないですか?私は・・・・・・・ですが。

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2014/10/02

茅野愛衣、プロフィットを退所する

http://news.nifty.com/cs/topics/detail/141001858213/1.htm

『あの花』めんま役の茅野愛衣 事務所退社 今後については不明

2014年10月1日(水)13時51分配信 クランクイン!

 

 
 
 

 

 大ヒットアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』のヒロイン・本間芽衣子(めんま)役などで知られる人気声優・茅野愛衣が、9月30日付けで所属事務所「プロ・フィット」を退所していたことが明らかとなった。

 プロ・フィットの公式サイトでは、「この度当社所属『茅野愛衣』が9月30日を持ちまして当社を離れる事となりました。これからも暖かく応援して頂ければ幸いです」と発表。

 茅野は現在、ブログやツイッター等は利用しておらず、今後の展開は不明。茅野の事務所退所を受けて、ネット上では「かやのんに何があったんや…」という心配する声や、「どこで活動するとしても応援し続けることは決して変わらないけどね」といったエールなどを含めファンからの様々なメッセージが寄せられている。

 初のヒロイン役に抜擢された『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』で一躍有名となり、その後も途切れることなく出演作品が続いていた茅野。今期のTVアニメでは『テラフォーマーズ』に出演しており、これからの動向に大きな注目が集まる。

所属されていたこのプロ・フィットという事務所ですが、設立自体が今年で11歳(2003年設立)の若い会社だけに、所属タレントも30代以下の若い人たちばかりなようですね。

男性では「青の祓魔師」等に出演されている岡本信彦氏、女性ではこの茅野愛衣氏は悠木碧氏と並ぶ、看板タレントだったかと思われますが、確かに最近のアニメを目にすると、「あの日~」以外にも「ガールズ&パンツァー」、「氷菓」、「めだかボックス」とよく彼女の声も耳にします。それだけ実力を評価されているという事なのでしょうが、それだけに今回事務所を退社されたのは、彼女なりの何か「チャレンジ」したいものとかがあったからなのか。

他の元所属者の経歴とかを見るとなかなか仕事に恵まれない人も珍しくなく、声優という職業も結構大変なようです。そういう意味では、故・永井一郎氏からサザエさんの波平役を引き継がれた直後、茶風林氏の悪口が書かれていた記事も目にして、特に「俺は滝口さんよりも安くやりますよ」と故滝口順平氏の声真似して自分を売り込んでいたのもあながち非難されるような行為だったとは言い切れないかもしれない。(流石に、先輩に媚売って、後輩には厳しい態度は擁護しかねますけどね。本当だとすれば)まあ茅野氏が自ら選択されたであろう決断なのだし、この先どうなるか自分もわからないけど、頑張っていただきたいです。

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