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2014/08/31

学研まんが NEW日本の伝記「織田信長」を目にした感想

http://hon.gakken.jp/series/%E5%AD%A6%E7%A0%94%E3%81%BE%E3%82%93%E3%81%8C%E3%80%80%EF%BC%AE%EF%BC%A5%EF%BC%B7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E4%BC%9D%E8%A8%98


今日はゲーセンと本屋に行ってきましたが、その本屋で、学研まんが NEW日本の伝記を目にしましたが、思わず驚きましたね。


NEW日本の歴史も確か一昨年2012年の秋に刊行されて、旧版と比べると巻数が減っていて、よりその節ごとの主人公を中心にシナリオを描いていた感じでしたが、「NEW日本の伝記もついに登場か・・・・・・・」でした。第1シリーズは信長・秀吉・家康の戦国三英傑が登場したようで、今年の8月1日に発行されたようですが、中でも一番好きな信長について感想を述べてみたいと思います。


本版のポイントは、冒頭が長篠の合戦に臨まんとしたシーンだった事でしょう。信長と男色関係(知ってる人は知ってるが、この時代男色はデフォで異常でもなんでもない。秀吉みたいな女好きの方が変人だった)にあった事を羨ましがられたエピソードもあった前田利家とのやり取りを基にそれより28年前の1547年(天文16)、信長が14歳の時から話が始まります。まだ犬千代と呼ばれていた利家らを引き連れて、茶筅髷姿で柿をほうばり、平手政秀に説教される等のうつけっぷりだったと思いきや、石の投げ合いで足りない味方数を知恵でカバーした等ただのうつけでなく、早くもその非凡さが伺えました。既にこの時期、信長は初陣も経験(但し、勝敗は不明)していますが、流石と言った所だったでしょう。さらに早くも鉄砲に目を付けたり、人質にされてしまっていた竹千代(家康)と出会ったりとお腹いっぱいになりそうなドラマが待っていたのですが、彼に「人間の将来は、他人ではなく自分が決めるのだ!!」と説き、直後また一時の別れと再会の約束を交わしたシーンは熱いものがあったと言えたでしょう。


そして翌1548年(天文17)には実は親子2代の国盗りだった説が濃厚となってきているマムシ・斎藤道三の娘、濃姫と結婚したのですが、4年後に父・信秀が急死したと描かれていたあたり、本書はどうやら信秀の没年は1552年(天文21)説を採ったみたいですね。一昔前は1549年(天文18)説が有力だったっぽく、故・桑田忠親氏監修「日本の合戦」シリーズでも採用されてましたが、いずれにせよ、享年は42歳というのは一致しているようです。


葬儀で位牌に灰を投げつけたシーンも当然描かれてましたが、涙を浮かべていたのが一層痛々しかったと言うか、母の土田御前の愛情に恵まれなかったのも余計そうさせたのか。その後政秀の諌死、舅・道三との会見、藤吉郎(秀吉)の中途入社、道三の死等が描かれましたが、利家が拾阿弥を斬殺して出仕停止させられたシーンも書いて欲しかったかなあです。冒頭のシーンで登場させたのなら。そして桶狭間の合戦を迎えますが、今川義元、まあ結果的に引き立て役になったからしょうがないとは言え、公家装束を身にまとい、女を傍らに酒を飲むなんて、まるで暗愚なバカ殿みたいだったかも。「人間五十年」の幸若舞は2ページデカデカ紹介!!格好良く披露した後義元を討ち取るのですが、彼も今川氏自体は明治期に断絶しながらも孫娘(氏真の娘)が親戚筋の吉良家に嫁ぎ、さらに現在の上杉家等に血が伝わっているのは救いですか。


その後は美濃奪取、楽市・楽座政策の導入、そして天下布武を経て、ついに足利義秋(のちに義昭に改名)を奉じて上洛、その天下布武まではまだまだながらも、ここに織田政権が成立したのですが、市が浅野家に嫁いだシーンが美濃奪取の後に描かれたあたり、浅井長政と結婚したのは信長公記の1567年(永禄10)説を採ったようですね。征夷大将軍になって目出度し目出度しと思いきや、義昭もすぐ自分が信長に体良く利用されていた神輿に過ぎない事を気づくのにそうは時間はかからなかった。信長包囲網が敷かれ、信長ピンチ!!義弟の長政も信長を裏切る形になってしまった事への葛藤も描かれていましたが、朝倉義景共々敗者となってしまったのは、比叡山延暦寺焼き討ち共々さらりと描かれた程度でしたね。勿論例の髑髏杯もスルーでしたが、まあこれはそもそも創作説が濃厚なようですから・・・・・・・義昭は結局追放されてしまいましたが、朝廷から征夷大将軍の位を解任されたわけではなかったらしい。信長がその気になれば朝廷に圧力をかけて解任させる事も出来たかもしれませんが、そこまでやるメリットとかは特に見出したりとかはしなかったのでしょう。


そして冒頭の長篠の合戦シーンに戻り、実は織田・徳川方も死者が多く、どちらかと言えば、辛勝だったようですが、鉄砲を撃ち、武田の騎馬軍団を蹴散らしたコマとか結構迫力ある描き方がされていて、南蛮風の鎧に身を固めた信長もつくづくカッコ良かったですな。そして次はいよいよ安土城を建設したわけですが、ここらで高橋英樹氏が主演だった、テレビ東京正月時代劇版(原作は故・山岡荘八氏で、濃姫役は涼風真世氏だった)等同様、密かに月代を剃ってました。千利休も登場したけど、この時点でまだ58歳だった割にはちょっと老けていたような気が。まあ、前述の幸若舞通り、平均寿命が短い時代でしたから、58歳でももう既に老人の部類でしたが・・・・・・人たらしだった秀吉と、信長にやり方に不安を抱いていた光秀の姿も対照的でしたが、実は光秀って他方ではこの後の1581年(天正9)に「私は瓦礫の下に埋もれていた境遇だったのが、信長様に取り立てられ、今の様な城持ち大名になるに至った・・・・・」というような書状も残していたんですね。感謝の念もあっただけに余計複雑な葛藤を抱えていたのでしょう。


石山本願寺とのガチンコ戦争にも勝って、武田氏も滅ぼしても、織田政権はまだまだ日本の中央部の殆ど(根来・雑賀両衆はまだ健在だったが)を押さえたに過ぎませんでしたが、それでも天下布武が見えてきた事には変わりありません。まだまだ敵対していた勢力の中でも大物格だった毛利に対してももう少しでチェックメイトかと思いきや・・・・・・本能寺の変です。日本史上最大の謎と言われている光秀謀反の理由も、ハッキリわからないと書かれてましたが、まあ信長の覇業に対する不安や朝廷の暗躍等様々な理由が複雑に組み合って、実行後の事とかよく考えないで場当たり的に起こしてしまったのでしょう。信長が本能寺の炎の中に消えてしまったのは、残念ながら必然的でもあったのですが、「是非に及ばず」と蘭丸の報告を返したり、幸若舞をバックにその炎の中で自害したりと最後まで・・・・・・でしたが、実は逃げようとして助からなかったのではという説もあるとか。その後の歴史がどうなったかは、まあ周知の通りですが、織田家の天下統一がどうしても見たいのなら「信長の野望」シリーズをプレイしましょうという事でしょうな。


まあ過去ログでも述べましたが、学習漫画での信長はやけに足利義満と縁があった荘司としお先生も何回かは描いていて、一番はやはり中島利行先生で、信長を美しく描く事にかけてはこの先生を超える人はいない(異論は認めます)ですが、山田圭子氏の漫画も良かったです。この人は少女漫画家で、ドラマCD化された作品もあるらしく、そこでは横山智佐氏や日高のり子氏等一流どころの声優さんも何人か起用されたらしいですが・・・・・・・・・


今後もこの「NEW日本の伝記」はいろいろな人達が取り上げられるのでしょうが、平将門等新装版では取り上げられなかった人達以外でも、蘇我氏3代、天武天皇、大伴家持、吉備真備、桓武天皇、最澄&空海、藤原良房&基経、菅原道真、紀貫之、安倍晴明、清少納言(紫式部とのセットで)、源頼義&義家、北条政子、世阿弥、足利義政&日野富子、毛利元就、後北条氏3代(早雲は取り上げられたけど)、長宗我部元親、島津義弘、井原西鶴、徳川綱吉、近松門左衛門、杉田玄白、葛飾北斎、徳川慶喜、北里柴三郎、夏目漱石、吉田茂、川端康成、湯川秀樹、手塚治虫、王貞治(存命人物だけど)・・・・・・・彼らもいずれは取り上げてほしいですね。生年不詳な天武天皇や名君か暗君か評価が分かれる綱吉等難しい面々もいますが、いつかは見てみたいなあです。

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