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2014/05/25

大将に昇進していたチェコ共和国軍参謀総長と将官階級の変遷

http://www.army.cz/en/armed-forces/organisational-structure/general-staff/chief-of-the-general-staff-57562/

上記ページはチェコ共和国国防省及び共和国軍の合同ホームページでの、参謀総長紹介ページです。現任者のペトル・パベル参謀総長は2012年7月に就任したようで、就任時は中将でしたが、今年2014年5月8日付けで大将(Armádní generál )に昇進したようです。

このArmádní generál ですが、チェコスロバキア時代はオーストリア=ハンガリー帝国からの独立後1927年頃までは存在しなかったようで、generál という★1つの階級のみ存在していたようですが、少将か准将に相当した階級だったでしょう。その後Brigádní generál、Divisni generál、そしてArmádní generál の3つの将官階級が新たに設立されたようです。現在の多くの中南米各国陸軍みたいに、軍団将軍と直訳される階級が存在せずBrigádní generál、Divisni generál、はそれぞれ★2つ・3つだったので少将・中将と訳して差し支えないかと思われます。1927年に一気に29人もArmádní generál (大将)の階級を授与され、1935年の国民革命軍一級上将(蒋介石のみが叙せられた特級上将は大元帥相当なので、この一級上将は元帥相当で、二級上将は大将相当と思われる。なお、現在は総統府戦略顧問以外の一級上将は存在しない)の12人の倍以上です。もっとも、その内の25人は名誉的昇進です。中には既にオーストリア=ハンガリー帝国軍の元帥だったエードゥアルト・フォン・ベーム=エルモッリもいました。領内であったスデーデン地方・トロッパウ出身者だったのがその大きな理由だったらしいですが、後にナチスドイツにスデーデン地方が併合され、第二次世界大戦が勃発した後、既にこの時点で84歳の高齢でしたが、ドイツ第三帝国の元帥にも列せられたようです。その後も1937年までに合わせて37人の大将が誕生したようです。

第二次世界大戦終戦後は、1948年までは階級は大きく変わらなかったようですが、チェコスロバキア社会主義共和国が成立すると、ソ連風の階級となります。尉官が少・中・上中・大(または少補・少・中・大)で将官も少・中・大・上大と4階級存在するのがその大きな特徴の一つですが、Armádní generálGenerál major (少将)及びGenerál poručík(中将) との間にGenerál plukovníkも新たに設けられたのです。しかし、上級大将としてのArmádní generálはその後昇進者が激減し、国防相のみが基本的に充てられる階級となったようです。

社会主義放棄後は、1999年にGenerál plukovníkが廃止されてGenerál major の下にBrigádní generál(戦前チョコスロバキア軍の少将としてではなく、准将として)が復活、Armádní generálも再び上級大将でなく、大将と訳されるべきでしょうが、この間スロバキアとのビロード離婚直後にカレル・ぺズル(ちなみに2014年現在も86歳でご存命です)が「チョコ共和国軍唯一の上級大将」となったようです。その後は前述のパベル参謀総長を含む5人がチェコ共和国軍大将(1999年までの上級大将に相当)となったようですが、トマス・セドラセク以外の4人はいずれも参謀総長で、任命時は中将だが、在任後しばらくして大将に昇進するのが通例となっているようです。このセドラセクは陸軍士官学校を卒業した時に祖国がナチスドイツに蹂躙されてしまい、フランスに逃げたと思ったら今度はそのフランスまでも降伏を余儀なくされ、その後はソ連軍やイギリス軍の下で祖国解放活動を行っていたようですが、共産・社会主義にも抵抗的で、社会主義共和国成立後に逮捕・拷問されて、既に70歳を過ぎていましたが、東欧革命時にやっと名誉回復されたらしいですね。ソ連の後継国家となったロシアがまだどん底状態だった1999年に81歳で中将、国力回復し、グルジアとも喧嘩をしていた2008年11月に90歳で大将となったようですが、いずれもロシアに対するあてつけのようにも感じられます。一昨年2012年8月に94歳の天寿を全うしたようですが、祖国に尽くした一生は報われたと見て良いでしょう。

パベルの前任者だったウラスティミィル・ピセクは就任前は大統領の個人参謀も務めていたようですが、フランスにもあるポストですね。退任後は国防副大臣を経て、国防大臣となったようですが、残念ながらチェコ社会民主党、キリスト教民主同盟=チェコスロバキア人民党、新党ANO2011による連立政権の成立により、イジー・ルスノク元首相共々退任を余儀なくされたようです。今年1月末の事だったようです。パベル参謀総長は将官に昇進したのが41歳の時とかなり早いですね。自衛隊は将補(少将相当)は早くても47歳でやっと昇進だったと思いますが、実力主義が徹底しているのでしょう。将官のポスト自体はかなり少なく、20数名程度しかいないようですが、パベル以外にも早くも30代で大佐、40代前半で将官となった人は珍しくないようです。今年でまだ53歳ですが、さあ退任後はピセクのような内閣入閣とかは果たしてなるか?ですね。

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