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2014/04/25

一般的な印象ほどは高貴でない竹田恒泰?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140424-00000042-dal-ent

激写された竹田恒泰氏「写真は僕」と認める

デイリースポーツ 4月24日(木)12時9分配信    

 元AKB48の畑山亜梨紗との交際が発覚した明治天皇の玄孫・竹田恒泰氏が24日、フジテレビ系「バイキング」(月~金曜、前11・55)にスタジオ生出演、初めて交際を認めた。

 番組では最初にオバマ大統領来日に絡んだ話題を扱い、加藤綾子アナが「宮中晩餐会に詳しい人にお越しいただきました。この方です」と迎え入れたのが竹田氏だった。

 時の人の登場に出演者や観客が騒然となり、木曜MCのフットボールアワー後藤輝基は「世間を騒がせている竹田さんじゃないですか」と紹介した。これに対して竹田氏も「僕もびっくりしたんですよ。(週刊誌の)写真見て『誰だろう?』って思ったら、やっぱりあれ、僕らしいんです」と、聞かれる前に報道内容を認めた。

 ゲストのロンブー淳が「そうですよね、紛れもない」と合わせ、アンガールズの田中卓志は「なんでそんなにぶさいくなのにモテるんですか?」と言い出したが、他の出演者から「お前が言うな」と逆ねじを食わされた。

 竹田氏は畑山との交際が18日に写真週刊誌に報道されて以降、明言を避け続けていた。この日は報道を認める形で、畑山との交際を初めて肯定したことになる。

 24日はあらかじめ収録してある企画「竹田式さんぽ道」の放映日だったが、竹田氏の生出演は事前告知されていなかった。

まあこの竹田恒泰氏その人のニュースは一々取り上げる程の価値はないのですが、最近またたまたまこんなサイトも目にしました。

http://noidatalib.blogspot.jp/2012/10/blog-post_5869.html

皇族外で最優先の皇位継承者は?    

40 : 日本@名無史さん : 2012/08/05(日) 11:03:02.96
臣籍降下した時期は問わず、男系の近さのみでカウントしてみた。(伏見宮系統まで)
参考:http://www.eonet.ne.jp/~yanaken/miyasama/index.htm
【内廷】
1位 皇太子徳仁親王(1960)
【秋篠宮家】
2位 秋篠宮文仁親王(1965)
3位 悠仁親王(2006)
【常陸宮家】
4位 常陸宮正仁親王(1935)
【三笠宮家】
5位 三笠宮崇仁親王(1915)
【桂宮家】
6位 桂宮宜仁親王(1948)
【徳大寺旧公爵家】
7位 徳大寺公英(1919)
8位 徳大寺実啓
9位 徳大寺公信
【高千穂旧男爵家】1865
10位 高千穂有孚(1915)
11位 高千穂宣比古(1950)
41 : 日本@名無史さん : 2012/08/05(日) 11:03:55.19
【徳大寺旧男爵家】
12位 徳大寺公忠(1945)
13位 徳大寺公仁(1977)
【中院旧伯爵家】
14位 中院泉(1948)
【住友旧男爵家】
15位 住友芳夫(1943)
16位 住友隆道(1976)
【室町旧伯爵家】
17位 室町公範(1926)
18位 室町公庸 (1962)
【山本子爵家】
19位 山本公慶(1921)
20位 山本実裕(1952)
21位 山本実裕長男(1987)
22位 山本実裕次男(1990)
【北河原旧男爵家】
23位 北河原公敬(1943年)
24位 北河原公敬長男(1988年)
42 : 日本@名無史さん : 2012/08/05(日) 11:04:42.21
【千秋旧男爵家】
25位 千秋李頼(1950)
26位 千秋李嗣(1982)
【常磐井旧男爵家】
27位 常磐井理(1948)
28位 常磐井亘(1979)
29位 常磐井隆(1963)
30位 常磐井鸞猷(1932)
31位 常磐井慈裕(1959)
【近衛旧男爵家】
32位 近衛一(1962)
33位 近衛大(1967)
35位 近衛雅楽(1958)
【水谷川旧男爵家】
34位 水谷川忠俊(1935)
【醍醐旧侯爵家】
36位 醍醐忠久(1928)
37位 醍醐忠紀(1958)
38位 醍醐忠紀長男(1993)
43 : 日本@名無史さん : 2012/08/05(日) 11:05:16.49
【佐野旧伯爵家】
39位 佐野常行(1935)
40位 佐野常武(1942)
41位 佐野常具(1946)
【南部旧伯爵家】
42位 南部利文(1970)
43位 南部利忠(1971)
44位 南部利博(1934)
45位 南部利昭(1935)
【旧伏見宮家】
46位 伏見博明(1932)
【華頂旧侯爵家】
47位 華頂博道(1930)
48位 華頂尚隆(1957)
49位 華頂博俊(1961)
50位 華頂博行(1962)
【筑波旧侯爵家】
51位 筑波常遍(1935)
52位 筑波俊和(1949)
44 : 日本@名無史さん : 2012/08/05(日) 11:05:52.42
【葛城旧伯爵家】
53位 葛城茂久(1935)
54位 葛城茂敬(1937)
55位 葛城宏彦(1971)
【旧賀陽宮家】
56位 賀陽正憲(1959)
57位 賀陽正憲長男
58位 賀陽正憲次男
59位 賀陽文憲(1931)
60位 賀陽宗憲(1935)
61位 賀陽健憲(1942)
【旧久邇宮家】
62位 久邇邦昭(1929)
63位 久邇朝尊(1959)
64位 久邇邦晴(1961)
65位 久邇朝健(1940)
66位 久邇朝俊(1971)
67位 久邇朝宏(1944)
45 : 日本@名無史さん : 2012/08/05(日) 11:46:19.63
【東伏見旧伯爵家】
68位 東伏見慈洽(1910)
69位 東伏見韶俶(1940)
70位 東伏見守俶(1942)
71位 東伏見憲和(1977)
72位 東伏見睿俶(1945)
73位 東伏見禎容(1981)
【宇治旧伯爵家】
74位 宇治嘉彦(1946)
75位 宇治家寛(1968)
【龍田旧伯爵家】
76位 龍田徳久(1946)
77位 龍田吉光(1980)
【旧朝香宮家】
78位 朝香誠彦(1947)
79位 朝香明彦(1972)
【旧東久邇宮家】
80位 東久邇信彦(1945)
81位 東久邇征彦(1973)
82位 東久邇征彦長男
86位 東久邇眞彦(1953)
87位 東久邇照彦(1979)
88位 東久邇照彦長男(2004)
89位 東久邇睦彦(1980)
91位 東久邇盛彦(1967)
【壬生旧男爵家】
83位 壬生基博(1949)
84位 壬生基成(1979)
85位 壬生基敦(1982)
46 : 日本@名無史さん : 2012/08/05(日) 11:48:50.56
【寺尾家】
90位 寺尾厚彦(1966)
【粟田旧侯爵家】
91位 粟田常一(1953)
92位 粟田彰彦(1955)

【多羅間家】
93位 多羅間俊彦(1929)
94位 多羅間アルフレッド稔彦
【旧北白川宮家】
95位 北白川道久(1937)
【旧竹田宮家】
96位 竹田恆正(1940)
97位 竹田恒貴(1974)
98位 竹田恆治(1944)
99位 竹田恒昭(1979)
100位 竹田恒智(1980)
101位 竹田恆和(1947)
102位 竹田恒泰(1975) 
103位 竹田恒俊(1978)
【小松旧侯爵家】
104位 小松彰久(1919)
105位 小松揮世久(1949)
106位 小松豐久(1921)
【上野旧伯爵家】
107位 上野正泰(1918)
108位 上野久雄(1927)

中には上野久雄氏みたいにこの時点で既にお亡くなりになられた方(久雄氏は2008年に没)もいますが、7位から26位は東山天皇(在位1687-1709)の男系子孫、27位から41位は後陽成天皇(在位1586-1611)の男系子孫の方々です。箇条書きとなってしまいますが、系譜を見ると以下の通りです。

東山天皇の男系子孫
徳大寺家・・・・東山天皇玄孫の鷹司政通(摂政・関白歴33年は、藤原頼通・藤原忠通に次いで堂々の?3位です。ちなみに彼以前3位を保っていたのは南北朝時代の二条良基です。)の子が養子に入る
高千穂家・・・・徳大寺実則の息子が分家する
中院・住友家・・・・徳大寺実則・西園寺公望の兄弟が養子に入る
室町家・・・・政通従兄弟・公績が祖。(当時は四辻と名乗る?)
山本家・・・・室町家から分かれる
北河原家・・・・室町家(当時は四辻家?)から分かれる
千秋家・・・・北河原家から分かれる
後陽成天皇の男系子孫
常磐井家・・・・近衛文麿の叔父、常磐井尭猷が養子入りする。
近衛旧男爵系・・・・・文麿の弟秀麿系
水谷川家・・・・・文麿の弟忠麿系
醍醐家・・・・・後陽成天皇孫・一条昭良子の冬基が祖。
佐野家・・・・醍醐冬基の4代孫が四条家の養子に入り隆生と名乗り、その曾孫の
常光が佐野旧伯爵家の2代目当主となる。
南部家・・・・常光の弟實英が南部家に婿養子入りして利英と改名する。

住友家も、当主が東山天皇の末裔となったのは中嶋繁雄氏著作「日本の名門・名家100」を読んだ事あったから前々から知ってましたが、改めて見ると、現在の皇室との共通性は300年以上遡るながらも結構天皇の男系子孫っているんですね。

中院家は元は村上源氏久我家の支流で、久我家はwikiによれば現在も女系ながらも源通親の子孫が続いている(しかし、最近も樋口一葉原作、映画「にごりえ」でその姿を見る機会がありましたが、女優・久我美子氏の兄である現当主誠通氏には息子がいない。娘さんも既に上の2人は他家に嫁いだらしく、末娘の方はまだ今年で36歳らしいけど、彼女の夫としての婿養子を迎えられるつもりなのか。美子氏には子供はおられないようだし)ようですが、14位の現当主・泉氏にも息子はおらず、娘さんが2人いるらしい。

佐野家は実はと言うか、この常光の奥さんは恒靖氏の大叔母さんです。30位の常行氏はこの常光の子ですが、氏もまた久我誠通氏や中院泉氏同様娘は3人いますが、息子はいないようで、この3人の娘さんたちは恒靖氏の再従姉妹にあたるわけですねえ。竹田家とは最も血の繋がりが濃い家とも言えるでしょう。醍醐家は一条家の分家とも言えますが、一条家本家自体は、いくら室町時代以降ほぼ歴代当主は権大納言まで昇進していて、明治天皇の生母も出したとは言え、羽林家である中山家の血筋になってしまったのは格落ちと言わざるを得ないでしょう。(羽林家は基本権大納言が極官と建前上はされていたが、昇進者ゼロだった家も珍しくはなかった。摂関家は大臣まで、清華・大臣家は権大納言まで、そして羽林家・名家等は参議または従三位までなのが、よっぽど早死しなければそれぞれ確実に昇進できたポストだったようです。過去ログでも述べたけど、鷹司家すら、江戸時代後期には前述の政通のような人も出てきましたが、南北朝・室町期に長く摂関が出なかった例もあったし)

彼ら東山または後陽成両天皇の男系子孫と比べれば、旧皇族家の順位って案外高くないんだなあとも改めて感じましたが、東久邇家は80位で現当主・信彦氏の弟で86位の眞彦氏には既に男の孫もいるんですね。今年で小学校4年生が5年生(1月1日~4月1日の間に産まれたのならば)で、悠仁親王とは同世代でもあるようですが、ハッキリ判明している、昭和天皇の玄孫の1人ですね。それと比べれば、我らが(?)時の人、恒靖くんはさらに下な102位です。2012年秋時点で。と言うか、最近の恒靖氏って何だか迷走しているなあというか、確かに女系では東久邇家とか竹田家とかの方が現在の皇室との血の繋がりが濃いのでしょうが、悠仁親王誕生以前の皇位継承問題でもなぜかあまりクローズアップされてなかった彼らの存在を改めて認識すると、正直氏の言動には余計虚しさとかが感じられます。これでは慶應義塾大学講師を契約更新してもらえなかったのも無理ないなあですが、お笑い芸人に「ぶさいく」扱いまでされたとなれば、あの世の明治天皇も余計泣いていることでしょう。本当に天皇の末裔という誇りがあるのなら、そう言われる事自体強く恥じるべきでしょうしね。彼ら天皇男系子孫たる各家当主の方々も一体どう思われているのやらですが・・・・・・・・

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