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2014/01/06

「軍師官兵衛」第1話のちょっとした感想等

今日から仕事始めの人も多いと思いますが、サザエさん症候群が起きたであろう昨日夜、いよいよ今年の大河ドラマ「軍師官兵衛」がスタートしました。一部始終をたまたま目にしたので、ちょっとした感想を述べてみたいと思います。

見て第一に思ったことは、全体的にキャストの年齢が高いなあと言う事でした。まず孝高(官兵衛)の親父職高役の柴田恭平氏ですね。最近もガッキーや綾野剛氏と共演された「空飛ぶ広報室」や、吉永小百合氏と共演された「北のカナリアたち」とか良くご活躍されてますが、孝高は天文15(1546)、彼が22歳の時に生まれたので、この頃はまだ30歳前後だったでしょう。祖父重隆も永正5(1508)生まれで、孝高が18歳の時まで生きていたらしいですが、竜雷太氏やはりまだ40代後半程度だったので柴田氏共々ちょっと老けていたかなあと。

しかし、孝高の祖父・父役以上に違和感あったのが、信長・秀吉出会いのシーンでしたね。信長役の江口洋介氏も壮年以降ならともかく、青年期は「せめてあと10歳程度若ければ・・・・・」(歳相応よりは若く見えますが)でしたが、秀吉役の竹中直人氏はもっと苦しい感じを受けました。あまり史実どうのこうの言ってもしゃーないのは分かっているけど、お互い出会ったのって、信長が20過ぎるか過ぎないかで、秀吉はまだ10代の頃だったでしょ。あの「で、あるか」にはニヤリとはさせられたけど、せめて秀吉は青年期は竹中氏ではない別の役者にした方が良かったのではと思いました。竹中氏と言えば、孝高最初の主君だった小寺政識も、配役が片岡鶴太郎氏なのは竹中氏同様過去の大河作品(「太平記」での北条高時役)を意識した起用だったのですかね?後に荒木村重に呼応して信長を裏切り、孝高受難の原因を作った人なのだから元々小者なのだけど、バカ殿っぷりが出ていて良かったです。()

また、少年期の孝高が土蔵に押し込められていたかと思えば、脱出したと見せかけて隠れ、戸を開けていた隙に逃げたシーンとかも良かったです。悪知恵が働いていたなあと言うか、後の天才軍師の片鱗が良く表れていました。子役の子の演技も良かったけど、彼は果たしてこども店長や浜田龍臣くんみたいにブレイクするか?本作って、実はアベノミクスの影響もあってか、企業ドラマの戦国版がコンセプトみたく、信長をトヨタに、毛利元就・輝元をマツダにたとえているらしい。そう言えば緒方直人氏主演の「信長 KING OF ZIPANGUも、現代日本の労働問題(長時間労働等)と重ね合わせていたようですが、近年の大河ドラマにしては「今度はそれなりに面白いかな?」と思わせるものはありました。

期待してみて良いかもしれませんが、来年は来年でどうなるか・・・・・・・吉田松陰の妹なんて新島八重以上にマイナーじゃんと言うか、単発でならまだともかく1年はキツいでしょう。何だか近年の大河ってまた、隔年で女性が主人公となっているけど、そんなに女性を主人公にしたいのなら、清少納言&紫式部、物足りなければ和泉式部か赤染衛門もセットでどう?「紫式部は源氏物語を題材とした映画何作も制作された事あるし、イマイチ新鮮味無いなあ。」なら、前半は小野小町が、後半は藤原高子(陽成天皇生母)と班子女王(桓武天皇の孫で宇多天皇生母。つまり宇多は父・母方双方皇族の血を引いている事になり、宇多にとって桓武は父方なら高祖父、母方なら曾祖父にあたる)が主人公でどうでしょう?

 

時は平安前期、天皇家の家父長だった嵯峨上皇の元、薬子の変以降は平和な時代を迎えていたが、小町の近親者(年代的に祖父とするのは無理がある)である篁が藤原常嗣と遣唐使の船を巡って対立、嵯峨の逆鱗に触れて流罪になる波乱の幕開け!!その後空海の入滅も聞いたが、篁は中央への復帰を果たし、参議にまで昇進!!小町も仁明天皇朝の宮廷に仕える事となる。平和が崩れたのは、嵯峨の崩御後すぐの事。皇位継承も絡んだ承和の変や伴氏の野望が木端微塵に打ち砕かれた応天門の変等の政争で藤原北家が良房を総帥とし、権力を強めていく中で、出仕を辞めた小町は流浪の旅の末常陸国新治郡に隠棲する事となった。一方、その藤原氏の政治の為の道具となっていた、良房姪で基経妹の高子は、某アニメではバルログ・アトーベ様が中の人で小町とも付き合っていた事があった在原業平と情熱的な恋愛を!!これは結局叶わぬ恋に終わったが、清和天皇との間に産まれた貞明(陽成天皇)は彼女の反抗的なDNAを受け継ぎ、成長するにつれて基経の権力に反抗する。結果退位させられ、桓武天皇孫の班子が、人格者だったが政治とは無縁で一皇族として一生を終えるはずだった夫・時康親王の即位(光孝天皇)で女御に!!そして臣下となっていた愛息・定省(宇多天皇)も夫から異例の皇位継承!!外戚関係にない藤原氏からの、目障りな橘氏潰しも目的とした先制パンチだった阿衡の紛議が起きるも、青年期から学者として頭角を現しながら、業平から恋の手ほどきも受け、小町達同様汚い政争も見てきた菅原道真が基経に諫言!!当時今でいう香川県県知事(讃岐守)だった道真は基経死後の宇多親政下で、祖父や父を超える破格の出世を遂げる。班子は孫・敦仁(醍醐天皇)の即位も見た後世を去るが、高子は僧との密通でまさかの皇太后はく奪と明暗を分ける!!そして直後道真がまさかの大宰府へ左遷!!やがて道真は病死したが、その死後干ばつ等の異常気象が発生、高子も自身同様政治の道具にされていた姪の温子や兄の国経、そして道真を左遷に追いやった甥の時平(高子は、彼が国経から騙す形で、彼の元妻で、かって自分が愛していた業平の孫娘を奪った事にも反感を感じていた。)の後を追うようにこの世を去るが、道真の怨霊の怒りは収まらない。既に世を去っていた小町の霊の諌めにも、道真の怨霊は耳を貸さなかった。その後も左遷関係者は次々と世を去り、ついに清涼殿落雷事件をきっかけに醍醐が譲位!!班子の曾孫・寛明(朱雀天皇)が即位し、高子のもう1人の甥・忠平が父基経以来の摂関として天皇を助け、新たに藤原氏独走の基礎を築いた。しかし、世の中は平和にはならなかった。班子同様桓武の子孫だったが、既に彼女にとっては従弟にあたる祖父の代で臣籍降下していた。道真左遷の共犯者・源光の変死直後に大臣となった忠平に仕え、役人になる事を夢見ていたが叶わなかった事に失望し、都を去っていた青年がいたのである・・・・・・・・・その青年の根拠地は、小町終焉の地・常陸国新治郡ともごく近い位置にあったが、やがて都の天皇や貴族達を驚愕させる歴史の1ページを開く事になるのである・・・・・・・・・・そして高子の名誉が回復したのは、何とか班子の子孫達への皇位継承が安定し、その青年と、海賊と化した高子のもう1人の縁戚が討たれた後の事だった・・・・・・・・・・その少し前に時平一族期待の星だった、業平曾孫の敦忠が権中納言昇進から1年弱で早世していたが、息子の陽成上皇は、既に70半ばの老人となっており、祖母譲りの風流人だった元良(親王)はその名誉回復を見届けた直後陽成に先立ってこの世を去ったしかし、陽成の子孫達も武士として藤原氏や天皇・上皇中心の貴族の政治を終わらせ、その青年が叶わなかった武士の時代を築く事となるのである・・・・・・・・・

 

簡単なダイジェスト(妄想?)も流しましたが、面白そうでしょ?特に後半の主人公がこれなら、平安前期の政治・文化史から、1976年放送だったあの「風と雲と虹と」に上手い事繋がってしまうし、何より高子と班子の対比が明確です。皇位継承という点において。範囲的にはその「青年」の関東への帰郷前後までの約100年間です。(といっても、高子死後約数十年は最終話のみでの消化となりますが。)まあ陽成天皇や宇多天皇の描写は難しい所があるかもしれませんが・・・・・・・・その「青年」についてはまた、桓武天皇と祖父との間にはもう1代いる説もありますが、実は架空の人物な可能性が高いらしいです。また、清和源氏は実は陽成源氏だったのでは?な異説にも拠っています。少年期の安倍晴明や、醍醐天皇孫でもある源博雅も最終話ほんの僅かですが、登場させます。2015年はもう決まっていて、無理でしょうが、2017年の題材で考えてもらえませんかね?NHKさん?

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