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2013年12月

2013/12/31

豊田泰光の西鉄・稲尾賛美も理解は出来るけど

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20131226-00000006-pseven-spo

豊田泰光氏「田中将大と稲尾和久は、まったくレベルが違う」

NEWS ポストセブン 12月26日(木)7時6分配信   

 プロ野球の黎明期、数々の伝説を作り上げた名選手たちが、もしも現代のグラウンドに降り立てばどんな成績を収めるか。今の球界への叱咤激励を込めた、“レジェンド”による大胆な“自己査定”。今回は豊田泰光氏(78)である。豊田氏は1953年西鉄に入団。1956年に入団した稲尾和久氏とともに黄金時代を築いた。
 
 * * *
 田中将大が56年ぶりに稲尾の連勝記録を塗り替えたと騒がれました。そのため彼を稲尾と比較する人が多かったけど、稲尾とチームメートだったオレにいわせてもらえば、まったくレベルが違う。それにオレがもし今現役で、田中とチームメートだったとしても、彼を認めなかったと思います。
 
 稲尾は常に、野球に“尽くしきった男”でした。だからこそ、オレをはじめ皆が彼を支えたし、西鉄というチームの強さはそこにあったんです。
 
 稲尾が記録した開幕20連勝は、入団してまだ2年目の1957年。この時も稲尾は個人の連勝記録のための連投ではなく、あくまでチームが勝つための登板ばかりでした。この記録は75日間で達成したんですが、31試合のうち先発勝利は12で、残り8勝はリリーフで挙げた勝ち星なんです。田中は中6日のローテーションを守って先発、158日間を要しての連勝ですから、内容の違いは明らかでしょう。
 
 それに、稲尾はどこかのエースみたいに、自分のせいで負けそうな試合でも、監督に「代われ」といわれているのに、「最後まで行く」なんてフザケたことはいいません。監督のいうことは絶対なんだから「ハイ」といえばいい。
 
 その点稲尾は、負け試合でも泣き言ひとついわず、降板する時には、次の投手のためにマウンドをならすことを忘れない冷静さも持ち合わせていた。だからこそ、稲尾が投げる時はナインが何とかしてやりたいと思ったんです。
 
 それに稲尾の時代、パ・リーグにどんな打者がいたと思いますか。山内一弘、榎本喜八、張本勲、野村克也……錚々たる顔ぶれが並ぶんですよ。また、稲尾とタイトル争いをやった投手には杉浦忠、スタンカ、土橋正幸、尾崎行雄、米田哲也がいて、こんな連中と真っ向から投げ合ったんです。
 
 そんな中で、シーズン42勝、30勝以上が4回、入団以来8年連続20勝、年間400イニング以上2回と、今のプロ野球では考えられないハードワークの記録が並んだわけです。この数字を見て、今の人は「稲尾のすごさ」だけを語るけど、オレがいいたいのはそうじゃない。彼こそがチームに尽くし、野球に尽くした本当のエースでした。
 
 派手なガッツポーズや、雄叫びも上げない。静かに、冷静にマウンドをこなしていた。バックを守る者としては、そんなエースこそ応援したいと思うのです。

※週刊ポスト2014年1月1・10日号

ベースボールマガジンならともかく、週刊ポストは何で今更こういう事を言わせたいのかな?と。まず。

そう言えば、私が数年前の晩秋~初冬にかけて入院していた際、ガン闘病体験を綴ったある本をたまたま読む機会がありましたが、その本ではこの豊田氏も、「暴力装置」発言した元官房長官等共々大腸ガン経験を語っておられてました。そうした大変な経験をされたのに、お元気そうで何よりと言うか、豊田氏がそのように西鉄ライオンズや故・稲尾和久元投手の偉大さを語りたい気持ちも理解できます。

何せ3年連続あの巨人を倒して日本一になりましたが、長続きはせず、1959年には一転してBクラス。三原脩監督はフロントとの確執等もう大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)に移りたかった(本当は同年に監督就任するつもりだったが、報知新聞にすっぱ抜かれてしまったので、当時球団社長の森茂雄がこの年限り監督も兼任した。)のであっさり退任。42勝した1961年は優勝してもおかしくなかったハズなのが、実際は鶴岡親分率いる南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)と水原茂監督を巨人から迎えた東映フライヤーず(現・北海道日本ハムファイターズ)の優勝争いで3位に。1963年は最大14.5ゲーム差を跳ね返した逆転リーグ優勝を果たすも、日本シリーズではあの稲尾が巨人打線に打ち込まれて敗退、以後は黒い霧事件もあって、とうとう本拠地自体福岡から埼玉・所沢に移転する事となったけど、前オーナーは西鉄の歴史は半ば無視!!西鉄と西武の歴史が本当の意味で繋がるように見なされたのはつい最近の事です。

だから気持ちは理解できるのだけど、「時代が違うのだから、どっちも凄いでいいじゃん。」はダメなのですかね?別にマー君に連勝記録を塗り替えられても、稲尾氏が神様・仏様と並ぶほどの凄い大投手だった事には何ら変わりないのだから。でもまあもう元々そういうだって分かりきっているし、「彼には彼なりの大切な思い出があるのだからある程度は言いたい事言わせてあげよう。」な目で見るのが言いのかもしれませんね。この人は元々そういう人だってまあ分かりきっている事ですし。そしてHPでのフェイスブックですが、何だか豊田氏の発言に否定的な人に対してやけに噛み付いている人もいますね。豊田氏以上に大人気ないでしょう。この人は。やっぱフェイスブックもツイッターと同類項なのか・・・・・・・・・

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mugenオメガルガールの面白動画番外編

http://www.youtube.com/watch?v=H39-eRUewqg

いよいよ2013年も今日で終わりですね。年末年始休みと言っても、ダラダラ過ごしていますが・・・・・・

今回紹介する動画は、オメガじゃないけど、2011年5月22日に豊島区池袋で開催された94大会の動画。この池袋でのKOF大会って、95も普通にルガール&柴舟OK(後者は性能的に強くはないが)だけど、94もルガール良いのかよ・・・・・・・・

上着を着ている時は投げが使えないから、避けられるとキツイようですが、通常技の攻撃力はやはり高め。怒チーム3人に対しても、3人目のハイデルンに対しても結構粘って時間切れ負けになったとは言え体力削ったのだから流石です。そしてジョジョのディオ様のパロディでもあったけど、上着脱いで本気になったルガール、REBOUTで実際使用した時も思ったけど、やっぱCPU程の火力はないですね。ダークバリアもあくまで跳ね返ししか使えないし、今は亡きゲーメストでのダイヤグラムでは、94はハイデルンが1位だったけど、本気ルガールはいざ人が使ってハイデルン以上に強いのかと言うとちょっと微妙かもしれません。と言うか、もう来年でKOFも20周年なんですね。

http://route-125.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/kof141-a5c1.html

過去ログ「もしKOF14が登場するのなら?その1」で、参加キャラクターについてだけ述べて、その2で語るべきゲームシステム編は現在構想中ですが、実は現在の芋屋(SNKプレイモア)はもうゲーム事業からは撤退したがっているとか。やっぱKOFの新作は難しいのか?カプコンの方はストリートファイターⅣシリーズを何度も焼き直ししていて、来年4月にとうとうウルトラが登場予定だというのに。

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2013/12/29

安倍総理靖国参拝騒動の余波

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131229-00000005-jct-soci

春香クリスティーン、靖国参拝に「ヒトラーの墓参り」発言 ネット鎮火せず、朝鮮日報も追随

J-CASTニュース 12月29日(日)18時5分配信   

 安倍晋三首相の靖国神社参拝をめぐる、タレント・春香クリスティーンさん(21)の発言が物議を醸している。問題となったのは、参拝当日の2013年12月26日にテレビ番組で行った「もしもドイツの首相がヒトラーのお墓に墓参りをした場合、他の国はどう思うのか?」という発言だ。

 12月28日には韓国大手紙「朝鮮日報」の日本語版でも「靖国参拝:日本のタレントの発言で物議」と報じられ、いまなお火はくすぶっている。

■抗議コメントはすべて削除

 春香さんは12月26日の「情報ライブ ミヤネ屋」(よみうりテレビ系列)にコメンテーターとして出演した。この日のトップニュースは安倍首相の靖国参拝で、近隣諸国との関係悪化を懸念する論調で番組は進められた。

 司会の宮根誠司さん(50)は「やっぱり隣国ですから、中国・韓国の歴史認識ってのは一致させたいのが理想」だとしながら、南スーダンでの内戦などを例にだし、春香さんに「隣同士で仲の良い国がどれだけあるのか」と問いかける。

 それに対して春香さんは、

  「海外でよくこの問題と比べられるのが、『もしもドイツの首相がヒトラーのお墓に墓参りをした場合、他の国はどう思うのか?』という論点で議論されるわけですけれど、まあ難しい問題ですよね」

と答えた。あくまで春香さん個人の意見ではなく、海外で「靖国参拝」と「ヒトラーの墓参り」が同列に扱われることがあると紹介したのみだったが、発言の一部がひとり歩きした結果、多くのネットユーザーから「英霊に対する侮辱」や「事実誤認がある」などと反発を浴びることとなった。

 すぐさまネット上では批判がうずまき、春香さんのブログやツイッターは「炎上」した。ブログには抗議コメントが殺到したが、そのいずれも即座に削除されたことが火に油を注いだ。26日以降、現在まで春香さんはブログ・ツイッターなどで発言をしていない。

 ネット掲示板「2ちゃんねる」では29日の現在もなお、

  「ヒトラーとか極端な例を挙げる必要ないからな」
  「『靖国参拝する日本人、外国人観光客、海外要人はヒトラーの信奉者も同然』と言ってるようなものだ」

などと、発言に対する批判が高まっている。その一方で、

  「それが自分の考えなら謝罪する必要はないが なぜそう思うのか説明する必要あるんじゃねえの?」
  「このまま逃亡してなかった事にするのであれば 今後政治キャラをやっていく上で大きなマイナス点となるだろう」

などのように、発言そのものよりも、その後の対応に疑問を持つ意見もある

特定秘密保護法にも反対

 春香さんは日本人の父親、スイス人の母親を持つ現役大学生。芸能界きっての「政治家の追っかけ」として知られ、政治的発言も多い。12月2日の「朝日新聞」朝刊では、特定秘密保護法案(6日成立)についてのインタビューに応じた。ここでは法案の条文に「あいまいな表現」が多いと指摘し、

  「あいまいなままでの法の成立には反対です。なぜこんなに成立を急ぐのでしょうか」
  「意見は押しつけませんが、この問題はみんなにしっかり考えてもらいたいのです」

などと答え、一部の保守的なネットユーザーから反感を買っていた。

 28日の「朝鮮日報」日本語版は「靖国参拝:日本のタレントの発言で物議 『独首相がヒトラーの墓を訪問したら周辺国は…』」と題して、今回の騒動を取りあげた。

  「安倍晋三首相の靖国神社参拝について『ドイツの首相がヒトラーの墓を訪れたとしたら、周辺の国々はどう思うだろうか。とても難しい問題だ』と発言した」

と、春香さん個人の意見ともとれる書き方で紹介し、ネットの反応として、

  「『国家のために命をささげた英霊が、どうしてヒトラーに例えられるのか』『謝罪しろ』などといった批判が巻き起こった」

とする一方で、

  「一部のネットユーザーは『外国から見れば同じなのではないか』として、クリスティーンさんの発言を擁護した」

と伝えている。

最初この人の名前聞いた時、一瞬「誰?この人?」と思ったが・・・・・・・・

前ログでも述べた通り、この国の特に近現代以降の歴史認識は歪なきらいもある事情から、安倍総理の靖国参拝には積極的な支持をするほどではないけど、参拝自体は間違った事ではないというのが私の認識です。

そう思っていた矢先にこの外タレらしい人の言動が物議をかもしたようで、山本太郎氏の園遊会手紙事件に対して肯定的だった外国人(日本の天皇制もかなり異質ですし。世界的に見て)同様純粋な日本人じゃない故に分からない所もあったのかもしれません。しかし、前ログでもHPリンク貼ったけど、もし本当に、靖国がヒトラーの墓と同列ならば、例えば1970年(昭和45年)正月に参拝した戦後西ドイツ軍空軍総監のヨハネス・シュタインホフ中将なんて、後のルーデルスキャンダルのヴァルター・クルピンスキー中将みたいに更迭・退役させられていたのでは?しかし、シュタインホフ中将がその後どうなったのかはwikiでも書かれている通りです。まあシュタインホフもクルピンスキーも彼女にとっては、このニュースを見たばかりの、彼女に対する私同様「えっ?誰それ?」なのでしょうが。

秘密保護法案については、制定自体は必要との意見に変わりはないながらにも、「あいまいなままでの法の成立には反対です。なぜこんなに成立を急ぐのでしょうか」には同意ですし、福沢諭吉だってすでに130年近く前に「そういうのダメ!!」って言っていたのに、今まで中国・韓国の気を遣うことばかり考えて、事勿れ主義的に誤解などを解こうとしなかった日本の政治家達の対応も悪かったです。しかし、やはり軽々しく口に出すべきではなかった。この国の悪い点だけど、右傾化が進んでいて、自虐史観の反動も手伝って、戦前・戦中の悪い点をも良い風に見せようとして、全肯定に必死な自慰史観者たちが余計跋扈してきているのだから。(自虐も自慰も百害あって一利なしなのだが。)どうやら自分自身ではなく、海外目線での意見を述べたに過ぎなかったらしいけど、まあ今度は誤解されないように気をつけましょう。

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2013/12/28

安倍総理の靖国参拝は少なくとも間違っちゃいないが・・・・・・・

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131226-00000023-jij_afp-int

安倍首相の靖国参拝に「失望している」、米大使館が声明

AFP=時事 12月26日(木)16時10分配信   

【AFP=時事】安倍晋三(Shinzo Abe)首相が26日午前に靖国神社(Yasukuni Shrine)を参拝したことについて、在日米国大使館は同日午後、「米国は失望している」とする声明を発表した。

安倍首相が靖国神社を参拝、中国は批判

 安倍首相の参拝から数時間後に発表された声明文には、「日本は大切な同盟国であり友人だ。それでも米国は日本の指導者が日本の近隣諸国との緊張を悪化させる行動を取ったことに失望している」と書かれている。

 また声明文は、「米国は、日本とその近隣諸国が、関係を改善し、地域の平和と安定というわれわれの間で共有されている目標に向けた協力を促進するため、過去からのセンシティブな諸問題を処理する建設的な方法を見いだすことを希望する」「われわれは、安倍首相が過去への反省を表明し、日本が平和に関与していくと再確認したことに注目する」としている。【翻訳編集】 AFPBB News

12月26日って、毛沢東の誕生日でもあったようで、タイミング良すぎ(苦笑)でしたが、この日は私の職場でも仕事納めの日で、職場食堂のTVでこの安倍総理の靖国参拝についてのニュースは目にしました。職場のお偉いさんも、案の定怒り満々な中国の態度について「靖国参拝する事ぐらい別にいいだろう」と苦笑しながら呟いていたのが印象的でしたが、安倍総理は、少なくとも建前上は二度とこのような戦争を起こさないという決意を新たにする為に、彼ら(戦勝国からすれば悪人かもしれないが)は彼らなりに国のために一生懸命働いて死んでいった人達の魂を慰める為に参拝したわけです。間違った事はしていないと思います。

しかし、だからと言って「よくぞやってくれた!!」と積極的に賞賛する事にも正直私は躊躇いを隠せません。この国の悪い所だけど、どっちもダメなのに自慰と自虐のそれぞれ極端な史観が蔓延っているからです。特に前者は近年顕著と言うか、この靖国参拝でまたまた変に勘違いさせて、勢いづかせかねません。

http://ccce.web.fc2.com/si/yasukunig.html

某ブログで改めて認識させられ、朝鮮統治は現在の韓国・北朝鮮に恨まれる筋合いは無い。悪くない事を悪いと認めて謝る必要はないという考えに変わりはありませんが、その統治は当時としても何千万以上の大赤字でした。(今だったら億は超えているでしょう。)1930年代の東北地方の農村の惨状も、元あと言えば、そんな大赤字だった朝鮮と、台湾統治が原因(現地からの米の流入で、徳川吉宗も吃驚したであろう程価格が暴落してしまった)でした。地政学的に、満州にも近く、ロシア(ソ連)から守る為にはそうした大赤字もやむを得ないつもりだったのでしょう。しかし、いくら劣悪な、朝鮮の生活環境等を飛躍的に改善させても、肝心の日本本国がどんどん疲弊していって、単純な侵略戦争とは決して言えないですが、太平洋戦争でついに・・・・・・となってしまっては、どんなに右翼・保守主義者達がそのような朝鮮統治や太平洋戦争等をドヤ顔で全肯定しても虚しさしか感じません。だって所詮戦前の日本は台湾統治以外は朝鮮を保護国に留める程度の国力しか無かったという事なのだから。たとえ明治維新が誇るべき偉大な改革で、トルコ等お手本とした国も登場してもです。

「靖国そのものと話ずれてきてね?」と思われるかもしれませんが、実際戦勝国側であるアメリカやEUだけでなく、日本軍に「解放」(でも、1943年5月の御前会議ではハッキリジャワやスマトラ等を帝国領土と位置づけていたのですがね!!)された筈の東南アジア各国だって、今回の靖国参拝に対して積極的な支持はせず、静観の姿勢を取っているそうではないですか。(中にはミャンマーやラオス等親中の国もあるのもあるのだろうけど)繰り返し言う様に、今回の靖国参拝自体は、本当に建前通りの目的ならば何ら間違ったことではないし、諸外国の反応を一々気にして、必要以上に気を遣う必要も無いです。しかし、国内において多く跋扈している反日的なマスゴミや野党が否定的な報道や揚げ足取りに血道を上げる反動でますます右翼・保守主義者が開き直り、戦前の日本そのものの全肯定に血道をあげる事になってしまうのは危険な傾向です。世界の中での日本がますます「浮いた存在」となりかねません。私は日本がそのような存在になってしまうのを心配しているのです。だからもう2013年も終わりますが、安倍政権にとって本当に大切なのは靖国参拝自体ではなく、その後の反応に対する対応をどうしていくかだと思います。それもまた今後の「この国の行方」を決定づける大切なお仕事だからなのです。そこまでちゃんと全うする「責任」や「覚悟」が彼にはちゃんとあるのだろうか?ただ賞賛とかするだけでなく、そうした「政治家としての矜持」とか厳しい目で見続けていく事こそが今の日本国民に求められている事だとも私は強く思います。

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2013/12/27

喜多嶋舞長男の本当の父親は誰なんだ?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131224-00000066-dal-ent

喜多嶋舞のコメント全文 長男めぐる報道で要望

デイリースポーツ 12月24日(火)20時3分配信   

 元光GENJIで俳優の大沢樹生(44)とタレントの喜多嶋舞(41)との間に生まれた長男が、大沢と血縁関係が「0%」と一部で報じられたことについて24日、喜多嶋が報道各社にファクスを送った。全文は以下の通り。

【写真】父親は誰?「幸せ」ウエディング姿を披露した安藤美姫

   ◆  ◆

 「このたびはこのような私的なことでお騒がせしてしまったことを大変心苦しく思っております。

 この件に関しましては16歳の少年を巻き込むものであり、なぜ今このようなことが突然書かれるのか非常に憤りを感じております。

 以前に親権を渡してしまったことを後悔しておりましたが、本年9月17日に再度調停を行い、無事親権を取り戻しました。

 アメリカで生活したいという本人の希望により、祖父母のもとで新しい生活をスタートさせたばかりであり、新天地で明るく夢と希望に燃えた生活をしています。

 これ以上、一般の未成年者に過ぎない息子を傷つけるような報道がなされないことを切に願います 喜多嶋舞」

この長男はwikiによれば、1996年12月頃の生まれと思われますので、今高校2年生ですか。保阪尚輝氏に顔が似ているらしいですが・・・・・・・・

喜多嶋舞氏って、岩倉具視から5代目の子孫に当たるらしく、岩倉家は村上源氏久我家の庶流だから本姓だと源具視ですが、元をたどると高家のはしりらしい大沢基宿にたどり着くらしい。

大沢基宿-持明院基定-高野保春-四辻実長-裏松謙光-堀河親実-堀河康親-岩倉具視・・・・喜多嶋舞-(実は大沢樹生氏が父親じゃなかった)長男

以上がその系譜ですが、基宿は戦国BASARAシリーズでも主役級な伊達政宗・真田信繁(幸村)と同年生まれらしく、本来は今川家臣の生まれだったのですが、幼少時に父・基胤が徳川家康から遠江国堀江城を攻められて、抵抗するも結局待遇面で好条件を勝ち取って降参、物心ついた時には徳川家臣の一員としてそれなり以上の活躍をしていたらしいですが、島原の乱平定も見届けて、徳川3代将軍・家光の時代まで、75歳まで生きたらしい。

ただこの基宿って、父方が藤原道長の次男・頼宗流、母方が後二条天皇系の木寺宮らしいですが、いずれも途中、不明の先祖が存在しているらしいです。特に母方は、基宿母は木寺宮師煕親王の玄孫らしいですが、1442年(嘉吉2)生まれのこの親王は実は早くも11歳だった1453年(享徳2)に出家しています。師煕というのはあくまで俗名で、静覚法親王というのが正式な名乗りだったらしいですが、このような人が子孫を儲けていたのだろうか?な疑問が残ります。宇多法皇が菅原道真をゴリ押ししすぎた(道真の娘と結婚させた)為に政変に巻き込まれて出家を余儀なくされた斉世親王は出家後に儲けた子供が何人かいて、臣籍降下したらしいですが・・・・・・・ただ、父方の方は、持明院家は頼宗流中御門家の支流で基宿の子、基定は持明院家に婿養子入りしたらしいですが、他にも堂上公家(早世か罪を犯して罰せられない限り確実に参議か従三位以上である公卿になれる家柄)は何家かあったのに、そうして養子入りして、孫の保春もまた同じく中御門家支流の高野家に養子入りしたのだから、基胤・基宿親子は頼宗(もっと遡れば中臣鎌足)の子孫だったのは少なくとも事実だったかもしれません。だって他の高家だって清和源氏な今川・吉良・品川(今川氏庶流)・武田等皆名門ですもんね。それに比べたら徳川は本当は・・・・・・・・・ただ大沢家自体は、婿養子も入れながらも代々高家職を努めて明治維新を迎えたらしいですが、基宿から数えて10代目の子孫である基寿が本当は6000石弱の石高しかなかったのに10000石以上(大名級)あると明治新政府に嘘の申請をして、堀江藩藩知事になるもまもなく嘘が発覚して士族に落とされてしまったらしいです。1899年(明治32)までの生存は確認できるようで、後継息子もいたらしいですが、この後の消息が不明らしいです。もし子孫の方がご健在ならば跡取りは基寿の曾孫か玄孫の方だと思われますが、分かりません。(※なお、花山院家も現在の当主・花山院弘匡氏及びその子息の悠生氏もこの基宿の直系子孫で、具視の兄、堀河親賀の系統です。)

喜多嶋舞氏はこの基宿から12代目、そして彼女の長男は13代目の子孫に当たるわけですが、血縁関係になかった事が判明した後の大沢樹生氏のコメントが何だか痛々しく感じられたのは私だけではあるまい。確かに「あの17年間は何だったんだ?」ですよね。と言うか、嫁さんのご先祖様と同じ苗字なのもなんだか皮肉ですよね。余計運命の悪戯だよ。これは。喜多嶋氏との離婚後もシングルファーザーとして長男を育てたり、再婚するも死産に遭遇したりと色々苦労続きだったようですが、何でもまたその再婚相手の夫人が出産間近だとか!!今度こそは正真正銘大沢氏の子供でしょう。子育ての経験が一層活かされるであろう事等を願わずにはいられません。と言うかまた、岩倉具視(大沢基宿)の子孫って、つい先日もやはり同じ子孫な加山雄三氏の異母妹(具視・基宿の血は引いていないが)が旦那の若山騎一郎氏共々覚醒剤所持で逮捕される等最近自身または周囲のトラブルが目立つのも何か見えない引力でも働いているのか?真に奇妙な2013年年末のニュースの1つです。

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2013/12/23

国道6号について思う事その6

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000081782.pdf

いつの間に再評価がまたなされたらしいですが、国道6号千代田石岡バイパスについての報告文書(PDF形式)です。道路建設は、「用地取得完了時点で7割方終わる」というお話をどこかで聞いた事がありますが、全長15.7キロの内5.8キロの事業化区間、まだ用地取得率が89%らしく、順調に進んでいるかどうか微妙な状況みたいです。供用が平成41年(2029年)予定との事らしいですが、まだまだ先のお話ですね。茨城町バイパスも4車線化されている1.4キロの区間、水戸バイパスと思いきや、この区間もそうなんですね。千代田石岡バイパスとの間8.9キロの区間は明言こそされていませんでしたが、この区間が美野里バイパスとなるのでしょう。過去ログでも言ったように国道6号は少なくとも東京~石岡まで全線4車線化するのが理想だとも思いますが、まあそこまで考えるともっと気が遠くなりそうです。福島県区間はまだr34&r35が代替路となるようですが、茨城県の場合は・・・・・・・・

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あーあ分かってくれとは言わないが、そんなにあたしは悪いのか?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131223-00000085-spnannex-ent

小島瑠璃子「すごく考えた」 デヴィ夫人との騒動、改めて謝罪

スポニチアネックス 12月23日(月)12時37分配信   

 タレントの小島瑠璃子(20)が23日、都内の書店で「2014年版カレンダー発売記念握手会」を開催。デヴィ夫人(73)とのテレビ番組での騒動後、初めてイベントに登場した。


 小島は先月30日放送のバラエティー番組「さんま・くりぃむの芸能界個人情報グランプリ」(フジテレビ系)でデヴィ夫人と共演。芸能人が特技を披露するコーナーで司会の明石家さんま(58)から審査委員長に指名され、元プロレスラーのアニマル浜口氏(66)を優勝とした。するとデヴィ夫人が「番組を台無しにした」とブログで抗議して話題に。その後、小島が15日の生番組で「いろいろ本当にすみませんでした」と謝罪するも、デヴィ夫人は翌日のイベントで「(謝罪を)見ていない」としていた。

 この日、20歳の誕生日を迎え、「20歳になったので自分で考えて、成人らしく、責任を持って行動したい」と神妙に答えた小島。報道陣から騒動について聞かれると「すいません、お騒がせしてしまったようで」と改めて謝罪。デヴィ夫人にも「自分ですごく考えましたけど、結果として気分を害されちゃったようで、申し訳なかったなと思っています。(今後は)そういうことがないようにはしたい」と改めて謝罪の気持ちを口にした。

まあ相手が「去年ブレイクしたけど、3年目は生き残れないでしょう。」とか嘯いていた某芸人(私は彼のお笑いを面白いと思った事は1度もないですが)とかならまだ何とか笑って大目に見れたかもしれなかったけど、彼女って何か調子に乗ってたんですかね?彼女の取った対応は、典型的な日本人らしい対応で、これ以上変に火に油を注いだって面白くもなんともないのだから無難な対応とも言えますが、2度も・・・・・・・・・・・・選考させた明石家さんま氏も良くなかったでしたが、まあデヴィ夫人って、せんだみつお氏から第3夫人と言われただけでブチ切れた事もあったし、もうそういう人だっていうのは分かりきっていますから、「ああまた変なトラブル起こしちゃったね。このオバハンは。」な冷めた目で見ていますけどね。

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百人一首の歌人達(6)-24番菅家&43番権中納言敦忠

「此の度は 幣も取り敢へず 手向山 紅葉の錦 神の随に」(菅家)

「あひみてののちの心にくらぶれば昔はものを思はざりけり 」(権中納言敦忠)

このシリーズ第6弾です。菅家とは周知の通り、菅原道真の事で、この歌は898年(昌泰1)秋に宇多上皇と共に吉野滝を訪れた時に歌った歌らしいです。他にも友人で同じく側近だった紀長谷雄等も同行していたらしいですが、歌を歌った背景にもまた、道真の後半生を幾分か象徴していると言えるかもしれません。

今更説明不要なほどの超有名人で、その悲劇についても今更ここで詳しくいう事ではないとも思いますが、藤原氏に対する非現実的なルサンチマンと、元々臣下だった身故の、少なからずあったコンプレックス故に自分の直系子孫への皇位継承を焦って急いでしまい、この時代に必要な根回しを全く怠ってしまった宇多上皇の、状況理解力の欠如でした。藤原道長や治承三年のクーデター以前の平清盛とは真逆でした。特に阿衡の紛議で失脚した橘広相の外孫でもあった、斉世親王(上皇の第三皇子だったが、第二皇子は夭折していたので実質的な次男坊)に道真の娘を娶らせた一方、醍醐天皇には時平妹の穏子入台駄目なんて、過去には長屋王の変や承和の変、応天門の変等藤原氏が黙って「ああそうですか。」と容認するとでもマジで思っていたのだろうか・・・・・・・・厳しい言い方になってしまいますが、この人って名君になる素質は確かにあったけど、双方をどちらも傷つけないように顔を立てるといった事とかが出来ない人でした。出来ないなら出来ないで余計なゴリ押しとかをすべきではなかったのですが、結果は周知の通りで、陽成上皇をうざがった為に場当たり的に作ったルールのせいで自分も結果的に道真を見殺しにしてしまって、斉世親王まで巻き込まれて出家を余儀なくされてしまったのはまさに皮肉だったでしょう。

この道真ですが、実は(?)集英社出版「人物日本の歴史」でも主人公の一人として、桓武天皇・最澄・空海と共に取り上げられていました。その時代の代表的な人物を短編伝記で紹介する形式で、桓武天皇は荘司としお先生、最澄・空海は故東浦美津夫先生が執筆されていました。出版されたのは1984年ともう30年近く前のことでしたが、私の記憶では1994年頃までは書店で普通に見られました。(後に「伝記日本の歴史」では荘司氏は空海の漫画を担当されていたが、桓武天皇は登場しなかった。また東浦先生はこの2人以外にも鑑真・法然・日蓮と坊さんの執筆にやけに縁があった。

道真その人は「宇宙少年ソラン」等が代表作だった故宮腰義勝先生が担当されていましたが、印象的だったのが、基経死後の時平・仲平・忠平の所謂「三平」のお花畑的な(苦笑)会話です。

時平「亡くなった父基経のあとをついで太政大臣となるのは長男のこの時平。」

仲平「左大臣は次男のこの仲平。」

忠平「そしてこの三男の忠平が右大臣だ。」

時平「そうすれば天下は藤原三兄弟のものばんばんざいだ。」

仲平「三人で力を合わせてやりましょう。」

忠平、父が死んだ時点でまだ元服もしていない少年だったのが、ゴツイおっさんタッチ(苦笑)で描かれていましたが、こうした「厳密には史実と異なる演出」は他の人物のお話にも見られ、子供向けに分かりやすいようにあえてこのように描いたのでしょう。しかし、現実は「亡くなった父基経のあとをついで太政大臣」となったのが45年後(936年)の忠平で、56年後(947年)に「左大臣は父の長男のこの実頼。」、「そしてこの次男の師輔が右大臣」となっただけに何だか一層皮肉的にも感じられた「演出」でした。

それも時平が38歳の若さで急死してしまったからで、仲平が左大臣となったのも、忠平の太政大臣就任に伴う、46年後の937年(承平7)で既に62歳となっていましたが、時平・忠平の息子世代においては、途中まではまだそんな大きい昇進速度の差はありませんでした。今回もう一人の主人公、権中納言敦忠は、道真への反感から仕事をボイコットした、当時の藤原北家長老格だった叔父の国経から有原業平の孫娘を時平が奪ってその間に産まれた子だったらしいですが、ここで昇進速度を時平の子(保忠・顕忠・敦忠)と忠平の子(実頼・師輔)とで比較してみます。

藤原保忠 藤原敦忠 藤原顕忠 藤原実頼 藤原師輔
従五位下 16 15 15
従五位上 19 22 20 21 21
正五位下 26 30 26 24
正五位上
従四位下 19 28 32 28 26
従四位上 24 33 38 32 30
参議 24 33 40 31 27
正四位下 31
正四位上
従三位 31 36 44 34 30
権中納言 31 36 30
中納言 33 44 34
正三位 40 52 43 38
大納言 41 50 39 34

 

※官位にはそれに相当する官職がありますが、厳密ではなく、上から下の官位または官職に順番通りに昇進したとは限りません。

こうして見ると、顕忠は比較的遅い(最終的には右大臣)ですが、参議となるまでは彼以外の4人は寧ろ20近くまで父が生きていた保忠が頭一つ飛び抜けて昇進が速かった事が分かります。敦忠も従五位下になったのが921年(延喜21)の事で、保明親王康頼王も亡くなって天皇外戚(外祖父または外叔父)の可能性がなくなった後も出世は順調でした。942年(天慶5)には36歳で上位者4人を飛び越して従三位・権中納言となっています。この4人は伴保平は既に伴氏自体全く政治的に衰退していて、当時75歳の彼も長生きしたから出世できたようなものでしたが、源高明は醍醐天皇皇子で朱雀天皇の異母兄、源清平は光孝天皇孫、そして藤原忠文平将門討伐の手柄こそ、彼のいとこの貞盛藤原秀郷に取られてしまいましたが、藤原純友討伐時には新たに征西大将軍に任じられたと内容的にも悪くありません。恋愛や歌に生きた風流人との印象が強いですが、政治的にも案外有能だったのかもしれません。しかし、4年前の938年(天慶4)には師輔は陽成上皇皇子の源清蔭や時平次男の顕忠、嵯峨天皇曾孫で光孝天皇の養子にもなった源是茂等7人も抜かして、末席の参議からいきなり権中納言と出世しています。そして僅か1年後の943年(天慶6)に時平と大して変わらない37歳の若さで亡くなっています。約4ヶ月後には奇しくも同じ風流人だった元良親王も亡くなっています。保忠も本当に大臣目前まで行っていたようですが、敦忠も叔父さん達並みに長生きしていれば大臣になれたかもしれません。そして孫世代になると、他にも道長に仕えた人もいたらしいですが、顕忠の長男で、時平の男系孫の中では最年長と思われる元輔が55歳となった晩年の972年(天禄3)にやっと参議となったようですが、歳下の伊尹が摂政太政大臣、兼家が大納言、兼通が権中納言、済時も元輔より一足早く参議となる等もはや大きい差がついてしまいました。元輔が50近い歳まで、父は生きていましたが、親子共々特に優秀だったわけでもなかったのでしょう。時平の男系孫で他に公卿になった人はいないと思われます。敦忠の息子だった佐理(実頼の孫とは同姓同名の別人)も、安和の変前後に出世を諦めて出家してしまったらしいですが、女系では宇多源氏に、さらに曾孫の倫子(祖母が時平娘で、父が宇多天皇孫の源雅信)が道長と結婚して、北家嫡流にも血は受け継がれていったので、時平だけでなく、悪役イメージが強い反動で彼の名誉回復(?)もアピールしたいファンの方々にとっても救いかもしれません。

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2013/12/22

もう余計な事言わなければいいのに

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131220-00000003-jct-soci

乙武さん「車いす入店拒否」騒動振り返る 「ほとんど心神喪失状態にあった」

J-CASTニュース 12月20日(金)18時12分配信   

 作家の乙武洋匡さんが2013年5月に「車いすだからと入店拒否された」として飲食店を名指しで批判した件について、「当時はほとんど心神喪失状態にあった」と12月18日に打ち明けた。

 乙武さんがツイッターで名指ししたことにより、店には無言電話が相次ぐなど営業妨害の嫌がらせも起きていた。その点については自身も把握していたようだが、当時はそうした精神状態から店名入りツイートを削除するという考えには至らなかったのだという。

■「自分でも、冷静さを欠いた行為だった」と反省

 乙武さんは5月18日、東京・銀座のイタリア料理店を訪れた際に起きた出来事をツイッターで怒り交じりに報告した。お店が入っている雑居ビル2階にはエレベーターが止まらない。そのため、スタッフに下まで降りてきて抱えてほしいとお願いしたのだが、店主から「車いすなら事前に言っておくのが常識」「ほかのお客様の迷惑になる」「忙しいから無理」「うちのスタイルなんでね」などと言われて入店を拒否されたという。この「告発」が60万人以上のフォロワーに届いたことにより、店主のツイッターアカウントには苦情が多数寄せられ、ホームページで事情の説明に追われることとなった。

 その後のツイッター上での和解により、騒動は収束に向かうように思われたが、数日後に店主が説明の一部に反論したため再燃、乙武さんは4600字以上の長文で事細かに「真相」を語った。「軽率だった。自分でも、冷静さを欠いた行為だったと思う」として反省・謝罪の言葉を綴ったものの、店主の反論には「なぜそんなウソをつくのか」と応戦した。ネット上は再び賛否両論の嵐となり、乙武さんに対する非難の声もなかなか止まなかった。

 特に問題視されたのは、店名を晒したことだ。多くのフォロワーを抱える著名人が特定の店の問題を書き連ねてバッシングすれば、ファンをはじめとするネットユーザーたちの怒りの矛先が店へ集中することは容易に想像できる。実際、この店には無言電話も相次いだという。それでも敢えて店名を公開した理由について、乙武さんは「僕のように、こんな悲しい、人間としての尊厳を傷つけられるような車いすユーザーが一人でも減るように」と説明していた。また、数日後のブログでは「普段から応援してくださっているみなさんに泣きつきたかったのだ。愚痴りたかったのだ。そうでもしなければ、とてもやりきれなかったのだ」と本音を明かした上で、「あきらかに正常な判断能力を失っていた」と反省の弁を口にした。

「蒸し返し」に同情の声も

 店名入りのツイートは現在削除されているが、しばらくの間はネット上に残っていたことが確認されている。そのため一部ネットユーザーは、その点について騒動が収まった後も言及し続けていた。今回、半年以上経って口を開いたのも、「店名を晒し続けた理由はなんですか」とフォロワーから質問されたからだ。乙武さんは「当時はほとんど心神喪失状態にあって、削除するという選択肢が浮かばなかったというのが正直なところですかね」と回答した。「心神喪失」とは「精神障害などによって自分の行為の結果について判断する能力を全く欠いている状態」(デジタル大辞泉)のことを指すが、おそらく、店名を載せてしまうほど頭に血がのぼっていた状態を「心神喪失状態」と少し大げさに表現したのだろう。

 ネットではさっそく「『心神喪失状態』がこれほど長い期間続いていたのか」と、ツイート削除までに時間がかかったことに対する皮肉や、「心神喪失状態にあっても嫌がらせする気力は残ってるのか」「この件は乙武が悪いわ」といった批判の声が上がっている。だが騒動から半年以上経ち、未だに追及されることには同情するコメントも少なくない。「まだこの件の問題引っ張ってるのかよ」「未だにあんな下らない事件について突っかかってくる相手にも紳士的に対応してて偉いよな」「質問に答えたら言い訳って言われてかわいそう」などと気づかう声も出ている。

まあ人間いざとなれば自分が一番可愛いと思うのは当然の心理です。金田一少年の事件簿でも、アニメ版の中の人は梁田清之氏でしたが、甲田征作という、曰くつきの過去を抱えていた人がそのような事を言っていました。

しかし、生活保護不正受給の某芸人(餓死してしまった某社長令嬢の方の心情もこの人には理解できまい)もそうで、反省の念も皆無ではありませんが、「俺はあくまで『悲劇の主人公』なんだ!!」なアピールには正直「それはちょっと違うでしょ。」ですね。追求する方も追求する方ですが、乙武氏まで今更そのようなトラブルを悪いように蒸し返すのは正直見苦しいでしょう。と言うか、岩崎夏海氏や風花ちゃんとのトラブルもそうだったけど、「もう余計な事言ってこれ以上自分の首を絞めるなよ。」ですね。「どーしたんだ!?一体」と言うか、近年の乙武氏は迷走が目立ちます。同じ障害を抱えている人達の為にも、これ以上幻滅させないでほしいですよ。

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2013/12/21

舛添氏はもう自民党員じゃないでしょ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131221-00000011-mai-pol

<都知事選>自民、選考越年へ…除名の舛添氏待望論も

毎日新聞 12月21日(土)7時9分配信   

 自民党東京都連は20日、都内のホテルで幹部会を開いた。猪瀬直樹東京都知事の後任の候補者について「年内決定は難しい」との認識で一致し、選定時期は来年1月前半にずれ込む見通しとなった。党内では同党を除名となった舛添要一元厚生労働相(65)への待望論も浮上。同党は今週末に世論調査を行って情勢を見極める。

【イメージ回復を図るには】都知事選:首相は「女性候補がいい」 与野党、候補者選定急ぐ

 会合には都連会長の石原伸晃環境相らが出席。候補に取りざたされている下村博文文部科学相(59)=衆院東京11区=は「明確に出馬の意思はない」と強調。五輪メダリストの橋本聖子参院議員(49)も出馬に否定的な姿勢を示していることから、都連は両氏を除いて選考を進める方針を確認した。

 また、都議側が「人気投票のような選定はやめてほしい」と主張。知名度に加え、行政能力を重視する方針を確認した。日本維新の会やみんなの党、結いの党との連携も検討する方針を決めた。

 会合後、萩生田光一総裁特別補佐は記者団に「今の衆院議員は選択肢に入らない」と述べ、来年4月の補選を回避するため、選挙区選出の衆院議員は避けるべきだとの考えを示した。

 安倍晋三首相は20日夜、テレビ朝日の番組で、東京都知事選の候補者の条件として「首都直下型の地震の防災に手腕をふるうことができる行政能力、危機管理能力」が重要と指摘。さらに2020年東京五輪を成功させるため「世界に発信力がある人のほうがいい」と述べた。

 自民党内では、出馬が取りざたされる東国原英夫前衆院議員(56)への反発が強く、知名度がある舛添氏を推す声が出始めている。同党は世論調査で東国原、舛添両氏が出馬した場合の情勢を見極める方針だ。

 一方、民主党都連は20日、国会内で選対会議を開いた。大畠章宏幹事長が自公両党との相乗りを否定する方針を示したことに対し、出席者から異論が相次いだ。都連会長の松原仁国対委員長は会合後、記者団に「あらゆる選択肢を排除しない」と述べるにとどめた。【高橋恵子、光田宗義、川口裕之】

ついに辞任表明をしましたね。猪瀬直樹氏。

引き際は全く拙劣で、ますます男を下げてしまった猪瀬氏、「噂の真相」で佐高信氏に事あるごとに叩かれていたのも「無理なかったわなあ」と改めて思えました。しかし、もう何も私が一々強調しなくても、他ブログとかでも指摘されていますが、何だか自民党も自分らの身内も徳洲会と癒着している面々が何人もいて余計「ヤバイ!!」と思ったのか、早くこの問題を、徳洲会と猪瀬氏「だけの」問題として終わらせたくて、自分達に都合の良い都知事を擁立したくてしょうがないのが見え見えですよね。

猪瀬氏は小物でしたが、反原発だった点は評価できる数少ない点でした。だから、東電とズブズブの利権関係を築いている自民党にとっては都合が悪く、今回の辞任劇も「仕組まれた茶番劇」だという。そう言えばまた、同じく反原発で、痴漢容疑で逮捕されたNHKの某アナウンサーも冤罪説も出ているようですが、安倍総理の支持率が下がってきているから余計焦っているのでしょうね。そうでなかったら、一旦除名した筈の人なんて出てこないハズなのだが・・・・・・・特定秘密保護法案(制定自体は必要だが、不備だらけで要修正である)もそうだけど、そんな必死こいて急いだって余計自分達の首を絞めるだめなのに。でもまあしょうがないんだよね。それでも自民はこの国の政党ではマトモな方なのだから。

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2013/12/20

連載再開「キャプテン翼」も果たして完結できるのか

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131220-00000004-jct-ent

あのメンバーが帰ってくるのか! 「キャプテン翼」連載再開にネットで反響

J-CASTニュース 12月20日(金)18時28分配信   

 高橋陽一さんのサッカーマンガ「キャプテン翼」の新シリーズがスタートすると、集英社の漫画雑誌「グランドジャンプ」で発表された。

 ネットでは「連載再開きたー!!!! 」「え、ちょ、翼くんってまだ23歳以下なの…!!!! 」などと話題になっている。

■代表キャプテンとして五輪の頂点を目指す

 新シリーズの名前は「キャプテン翼 ライジングサン」だ。2013年12月28日発売の「グランドジャンプ」14年3号から連載を開始する。バルセロナでリーグ優勝決定戦を迎える主人公の翼が、U-23日本代表キャプテンとして五輪の頂点を目指すストーリーとなる。チームには「伝説の新メンバー」を迎える予定だ。表紙と巻頭カラーで、45ページを掲載する。

 「キャプテン翼」は、81年から88年まで「週刊少年ジャンプ」で連載し、アニメ化もしたヒット作品として知られる。全シリーズの国内発行部数は7000万部を超える。連載を始めた当時、サッカーは野球などと比べてマイナーなスポーツで、Jリーグも発足していなかったが、これがサッカー人気の火付け役になったとも言われている。

 「週刊少年ジャンプ」での連載終了後は「週刊ヤングジャンプ」などで、「ワールドユース編」や「ROAD TO 2002編」、「海外激闘編」といった続編を掲載していた。今回新たに「キャプテン翼 ライジングサン」がスタートすることが報じられると、

  「翼やあのメンバーが帰ってくるのか? ちょー見てー!」
  「ドカベンみたいになってきたな」

などとツイートが出たほか、最初の連載からすでに30年以上経過しているため、

  「え、ちょ、翼くんってまだ23歳以下なの…!!!! 」衝撃」
  「いつの間にか翼くんよりも年上になっていた俺…」

という声も出てツイッターで盛り上がっている。

 また、国内だけでなく海外のウェブサイトでも連載開始が報じられた。「キャプテン翼」は海外での発行部数が1000万部以上ありアニメ版も放送されていて、Wikipediaには26言語による解説が存在する。海外プロサッカー選手の中には子供時代、「キャプテン翼」を読んでいた人も少なくない。

元イタリア代表デル・ピエロ選手もファン

 元イタリア代表FWのアレッサンドロ・デル・ピエロ選手もファンの1人だ。2002年の「Daily Times」記事によると、作者の高橋陽一さんがデル・ピエロ選手に会った際、「小さいころから『キャプテン翼』を読んでいたよ」と声をかけられた。

 オフィシャルブログでも、

  「キャプテン翼の作者による直筆画…!とても光栄なこと。ありがとう!早速、僕の事務所に飾ることにします」

と、イラスト入りサイン色紙を持って嬉しそうな写真を掲載している。

 他には、元フランス代表FWティエリ・アンリ選手もファンを公言している。サッカー情報サイト「SOCCER KING 」の記事(2011年12月)で、

  「キャプテン翼からは、サッカーをしながら夢を持ち続けることの大切さを学んだ。夢をかなえてくれてありがとう。キャプテン翼のおかげでサッカー選手になることができた」

と熱っぽく語っていた。

まだ終わってなかったんですね。キャプテン翼って。数年前、入院していた時も「ワールドユース編」を改めて目にする機会がありましたが・・・・・・・

WJ黄金期の作家達、彼らもまた「歴史を作った」存在です。そんな彼らの、「歴史を見届ける」存在に過ぎない私にはその心情は理解できないのでしょうが、何だか過去の栄光にすがっている人達が多いですよね。勿論だからといって、yahoo知恵袋での某質問、「二流作家」は、いくら何でもそれはないでしょうですが、特に男塾の宮下あきら氏とキン肉マンのゆでたまご氏が酷いです。次点が北斗の拳の武論尊・原哲夫両氏でしょう。彼らについては、前述の入院生活時、北斗の拳も全27巻改めて読む機会があって、月並みながらも「ラオウ編で終わらせておけば本当に名作として歴史に名が残ったのにね。」と思ったと言うか、ジャコウ・カイオウ・コウケツ・ボルゲとこの中ではカイオウが最もマシな悪党でしたが、ラオウとの比較を抜きにしても物足りなさが残りました。その前にギャオで見たラオウ外伝も、まあ故・内海賢二氏は色々無理だったのでしょうが、「半沢直樹」にも出ていた宇梶剛士氏のラオウは正直微妙でした。プロの方、特に他にもアバッキオやナッパ等ジャンプキャラにも縁がある稲田徹氏等の好演は光りましたが。

まあ北斗に深入りしたけど、「ワールドユース編」とかもイタリアが噛ませ犬にされたりと、扱いの良い国とそうでない国の差が大きかったり等正直微妙でしたよね・・・・・・・・高橋氏もキャプテン翼以外にも、CHIBIとか個人的にそれなりに好きだった(もっとも、リアルタイムで読んだ当時の記憶しか残ってないので、今改めて読めばまた考えは変わるかもしれないけど)けど、聖闘士星矢(これもTVアニメ版はギャオで何話か見た)も、ファンの人が漫画担当の某シリーズは近年のWJ黄金期漫画シリーズとしては面白いなあと思った(でもOVA版は平野綾ちゃんもキャスティングされているとか)新たにサッカーをプレイしてみたいと思うような子供達が出てくるようなシリーズとして描ければいいですね。私は進んで目にする事は多分無いだろう・・・・・・ですが・・・・・・・・

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2013/12/19

V9も強く意識した巨人新ユニフォーム

http://news.nifty.com/cs/sports/baseballdetail/kyodo-2013121901001954/1.htm

巨人、新ユニホーム発表

 

 

2013年12月19日(木)18時40分配信 共同通信

 

 巨人は19日、前身の大日本東京野球倶楽部の創設から80周年となる来季の新ユニホームを発表し、ビジター用がグレーから水色に一新される。水色は、10月に死去した川上哲治氏が監督に就任した1961年から92年まで使われていた。

 白のホーム用には、左袖に22度の日本シリーズ優勝を示す星マークが付き、球団ロゴなどを縁取るイメージカラーのオレンジもより鮮やかになる。軽量化を図るなど機能も改良され、村田修一内野手は「強い巨人を継承していければ。軽く、動きやすい」と歓迎した。

http://news.nifty.com/cs/sports/phdetail/kyodo-2013121901001954/1.htm(新ユニフォーム画像)

ビジター水色ユニフォームは1998年(平成10)のヤクルト以来ですよね。巨人も2006年(平成18)原監督の復帰以降結構コロコロユニフォームをマイナーチェンジしているようですが、特にそのビジター用は鮮やかでカッコ良く、なかなか良好なデザインじゃないかと思います。今年は惜しくも40年ぶりの連続シーズン日本一は逃してしまい、1960年の巨人(TVカラー化を意識したデザインとなったが、リーグV6を逃す。)や1982年の日本ハム(カブススタイル→アストロズスタイルへの変更。当時2シーズン制で、西武とのプレーオフで江夏豊投手が攻略され、敗退したが、通年では勝率は西武を上回っており、2シーズン制じゃなければ中日との日本シリーズが実際よりも24年早く実現する可能性があった。)みたいに、「優勝したチームがユニフォームを変えると、翌年は優勝を逃す」例も見られますが、近年の巨人にはそんなジンクスなんか知ったこっちゃない?中日が、個人的には楽天監督として両リーグ日本一監督を目指して欲しいと思った落合博満氏がGMとして戻ってきたので来年は手ごわいライバルとなりそうですが、巨人もこれで来年の戦いぶりはますます要注目と言えるかもしれません。

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2013/12/17

今日でロックマンシリーズ26周年を迎えたけど

http://www.gamer.ne.jp/news/201311290096/

iOS/Android「ロックマン クロスオーバー」の1周年を記念した特別番組が11月29日20時よりWeb生放送!EXワールドと新アーマーも発表予定

2013年11月29日 18:46

本番組では、先日150万ダウンロードを突破した「ロックマン クロスオーバー」のこれまでの足跡を振り返りながら、今後の展開や最新情報、グッズ情報やおたより紹介など様々な「ロックマン」関連情報が公開される。無料のライブコミュニティ「Stickam JAPAN!」の全面協力を受けて、本日夜8時よりWeb生放送されるぞ。

待望の新展開!EXワールドと新アーマーを今夜発表

「ロックマン クロスオーバー」の1年間の歩みを振り返りつつ進められる当番組で、今後の展開として、本邦初公開の画像と共に、新規ワールドと新アーマーの情報が発表されることが判明!!謎に包まれたその姿は、これまでのアーマーにはないシルエットとなっている。

EXワールドとは?シルエットに包まれた謎のアーマーに秘められた能力とは?新展開情報も満載の「ロックマン クロスオーバー TV局」を見逃すな!!

「ロックマン クロスオーバー TV局」-祝!ロックマン クロスオーバー1周年SP-
http://www.stickam.jp/profile/stickun

※回線環境によりライブ配信視聴におきまして映像の遅延・中断が発生する場合がございます。 あらかじめご了承ください。

配信日時

2013年11月29日(金) 20:00スタート

出演

松浦プロデューサー(ロックマン クロスオーバー)、ウッチー(ロックマンユニティ)

協力

株式会社 E-TimesTechnologies

https://www.famitsu.com/news/201312/04044374.html

『ロックマンX サイバーミッション』がニンテンドー3DS用バーチャルコンソールで本日(12月4日)に配信開始

昔の懐かしいゲーム機のゲームを有償でダウンロードしてプレイできる“バーチャルコンソール”。そのニンテンドー3DS用バーチャルコンソールで『ロックマンX サイバーミッション』が登場。本日2013年12月4日に配信開始となった。価格は600円[税込]。

●見えない敵の真の目的は?

 昔の懐かしいゲーム機のゲームを有償でダウンロードしてプレイできる“バーチャルコンソール”。そのニンテンドー3DS用バーチャルコンソールで『ロックマンX サイバーミッション』が登場。本日2013年12月4日に配信開始となった。価格は600円[税込]。


 本作にはスーパーファミコン版『ロックマンX』と『ロックマンX2』から8体のボス、そして、オリジナルボス“シャドウハンター”が登場するほか、ゼロを呼び出して敵を攻撃できる“ゼロスクランブル”などの新要素も追加されている。

■STORY
時は西暦21××年。人間的思考を持つレプリロイドと、人間が共存している世界。世界に平和が戻り、ハンターたちは戦いに明け暮れた日々から遠のいていた。そんなある日、イレギュラーハンター本部“ハンターベース”のマザーコンピューターが何者かにハッキングされた。一瞬のうちにマザーコンピュータのデータが書き換えられ、偽りのデータによって世界は混乱におちいっていった。そして、エックスにイレギュラーハンター司令部から出撃命令が下される! いったい誰がマザーコンピューターをハッキングしたのか? そして、過去のデータをよみがえらせた見えない敵の真の目的は? エックスは再び、その身を戦いに投じていく。争うことでしか世界の平和を守ることはできないのかと、何度も自分に問いかけながら……。

http://www.gamer.ne.jp/news/201312060073/

iOS「オトレンジャー」「ロックマン」とのコラボ実施!スペシャルステージとロックマンやブルースたちが手に入るイベントガチャが登場

2013年12月6日 18:04

「オトレンジャー」と12月17日に25周年を締めくくる「ロックマン」が待望のコラボレーション!

2013年12月9日のPM1時からスペシャルコラボイベントが開催される。スペシャルステージとロックマンやブルースたちが手に入るイベントガチャの2本立てだ!

勿論「音楽のパワーで戦う」のがオトレンジャー。 懐かしい8bitサウンドのファミコン音源Ver.と、CAPCOMが誇るサウンド ユニット「ROCK MEN」によるアレンジVer.が登場する スペシャルステージの楽曲にも注目して欲しい。

楽曲はカプコンサウンドチームの公式WEBサイト「CAP’STONE(カプストーン)」で試聴が出来るぞ!

※CAP’STONEサイトURL:http://www.capcom.co.jp/sound/topics/otoren_1/

スペシャルコラボイベント「ロックマンは25周年!」
開催期間

2013年12月9日(月)13:00~2013年12月25日(水)24:00まで

開催内容

25周年を迎えたアクションゲーム、ロックマンがオトレンジャーに登場! スペシャルステージであの曲、あのボスが甦る!続報に乞うご期待。

スペシャルガチャ「イベントガチャ・ロックマン」
開催期間

2013年12月9日(月)13:00~2013年12月25日(水)24:00まで

開催内容

25周年を迎えたアクションゲーム、ロックマンがオトレンジャーに登場! イベントガチャであのキャラクターが手に入るぞ!

http://www.gamer.ne.jp/news/201312050062/

ストリートファイター×オールカプコン

カプコンヒーロー育成RPGカプコン携帯カード
iOS/Android「ストリートファイター×オールカプコン」限界突破イベント開催!「ロックマン」シリーズに登場する人気キャラクター「ロール」プレゼント実施

iOS/Android「ストリートファイター×オールカプコン」限界突破イベント開催!「ロックマン」シリーズに登場する人気キャラクター「ロール」プレゼント実施

2013年12月5日 17:08

カプコンは、iOS/Android用アプリ「ストリートファイター×オールカプコン」において、本日12月5日より「限界突破イベント」を開催、イベント開催を記念して「ロックマン」シリーズに登場する人気キャラクター「ロール」のプレゼントを実施する。

 

本日より、“限界突破イベント”開催!期間中に登場する“特別ファイト”をクリアすることで、ロール(R+)を1枚ずつ獲得する事ができる。(最大で4枚)

期間中ログインするだけでもらえる1枚と合わせれば最大まで限界突破が可能!

カード名:ロール
レア度:R+
タイトル:ロックマン
スキル名:みんなのアイドル
スキル内容:バトル開始時に、「心属性」のATK8%UP (発動率30%)

 

今日2013年12月17日で、早いものでこの「ロックマン」シリーズも26周年を迎えました。という事で、最近のシリーズ主な動向についての記事を一括で引用させていただきました。

「ロックマンクロスオーバー」については過去ログでも指摘したけど、相変わらず「自称」最高傑作「2」の神聖視等の悪影響が表れている所もあるし、「ストリートファイター×オールカプコン」も、「ロックマン10」以降一時期ほどは露骨ではなくなってきましたが、「ロール萌え」が相変わらずあざとい所もあります。

節目を迎えたからといって、このシリーズの根本的な問題が解決されたわけではないですが、一方で「ロックマンクロスオーバー」についてはまた、記念の特別番組、そして「オトレンジャー」とやらとロックマンのコラボはファンを楽しませよう等の意気込みが伝わって、前向きな試みで普通に評価していいと思います。引用はしなかったけど、某ボードゲームも一度プレイしてみたいなあと思わせるものはありました。特に「本家」ですが、もうこの「ロックマン」シリーズは、適度に過去の栄光に浸りながら、こうしたコラボやクロスオーバー等で適度にお楽しみ要素も入れて展開していく方が良いでしょう。少なくともFCグラフィックシリーズを制作するよりは建設的です。勿論それはこれから何十年も続けていけるのかと言うと、正直「うーん・・・・・」なのですが・・・・・・・そして2017年です。あくまで「できれば」ですが、本当に「シリーズは前進した。」と胸を張って言えるような姿を見せて欲しいものです。あと4年です!!

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2013/12/15

早く活動終了して却って良かったのでは

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131214-00000001-jct-ent

「平成のキャンディーズ」ひっそり活動終了 結成1年、アイドル3人組の寂しい現実

J-CASTニュース 12月14日(土)13時0分配信   

 「アイドル戦国時代」と言われるほど数多のアイドルグループがしのぎを削る昨今、デビューしても話題になることなくひっそりと消えていくグループも少なくない厳しい世界となっている。

 そんな中、また1つアイドルグループが活動を終えることになった。名前は「C@n-dols(キャンドルズ)」という。「平成のキャンディーズ」としてデビューするもあまり話題にならず、寂しい結末を迎えてしまった。

■日本クラウンのプロジェクトから誕生したアイドル

 日本クラウンは2012年春から、1970年代に一世を風靡したアイドルグループ「キャンディーズ」の音楽プロデューサーだった酒井政利氏と松崎澄夫氏がタッグを組んで「平成のキャンディーズ」を発掘しようというプロジェクト「キャンディーズカーニバル」を実施していた。カラオケを利用した全国オーディションで選ばれた、近藤綾さん(19)、鎌田三由紀さん(18)、大野愛友佳さん(19)の3人で12年11月に結成されたのが「キャンドルズ」だ。

 キャンディーズが後楽園球場で解散コンサートを行ってからちょうど35周年となる2013年4月4日、キャンディーズのヒット曲「年下の男の子」のカバーを収録したシングルでデビューした。

 「オフィシャルカバー」という華々しい船出で、レギュラーラジオ番組「SHOW WAAAP!」(FM横浜)をはじめ、ライブイベント出演などの活動を精力的にこなしていたが、7月に大野さんが体調不良を理由にグループを脱退した。

 オーディションで特別賞を受賞した清原優希乃さん(17)が新メンバーとして加入し、人数は保ったが、9月にレギュラーのラジオが終了。その後も不定期でのイベント出演はあったが、3人で書いているブログも当初はほぼ毎日だった更新頻度が減り始め、12月1日を最後に更新されなくなってしまった。

活動終了報告ブログへのコメントが1日で18件

 久々のブログ更新となった13年12月12日の記事が、「みなさんへ。」というタイトルのものだった。

  「このたび私達C@n-dolsはオフィス亜都夢(所属事務所)との契約を円満に終了することになりました。そして昨日のワロップ(スマートフォン向け放送局)でのお仕事が皆さんの前に立つの最後のお仕事でした」

 ファンにとっては衝撃の発表だったろうが、ブログへのコメント数は約24時間で19件。2ちゃんねるやツイッターでもあまり話題にならず、何とも寂しい終わり方になってしまった。

 なお、キャンドルズとしては活動終了となるが、3人とも芸能界の夢はあきらめないようだ。ブログの最後はこう締めくくっている。

  「これからは3人で力を合わせて、また皆さんの前で歌える日まで歌をメインに練習を重ねて今まで以上に3声コーラスに磨きをかけ、アーティストとして皆さんに認めてもらえるように、パワーアップした姿を絶対お見せしますので、勝手ですがその時まで私達を待っていてくださいね。また皆さんの笑顔を見る輝かしい未来を胸に、私達は前を向いて、三人で力を合わせて歩んでいきます。今までたくさんの愛を本当にありがとう」

私も存在自体知らなかったが・・・・・・・・まあ元ネタ自体、私は例えば故・田中好子氏は、あのドラマ「家なき子」での優しいお母さん役の好演や素麺揖保の糸のCM等解散後の活躍しか知りませんでしたが、名前負けしてしまったのは否めなかったでしょう。まあまだ全然やり直しとか効く歳だし、早々と活動終了して良かったんじゃないの?ブログでの最後のコメントを忘れないで頑張ってください。

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百人一首の歌人達(5)-13番陽成院&20番元良親王

「つくばねの峰よりおつるみなの川 恋ぞつもりて淵となりける」(陽成院)

 

「わひぬれは いまはたおなし なにはなる みをつくしても あはむとそおもふ」(元良親王)

このシリーズ第5弾です。親子なのでセットとしましたが・・・・・・・

陽成院が本当に暴君だったのか、清和源氏は実は陽成源氏だったのか等については今更ここで深入りする事ではないと思います。しかし、退位後光孝天皇や宇多天皇を罵倒したあたり、藤原氏の都合で皇位を左右される事に対する鬱憤もあったのでしょう。平安貴族や皇族って、優雅そうに見えて実は、栄養がかなり偏っていた食事も影響していたのか、他貴族への暴行等乱暴者が結構いたのです。敦明親王や、後にこのシリーズで取り上げられるかは分からないけど、藤原道雅とかそれこそエグいエピソードを残しています。陽成院が特別異常だったわけではなかったのでしょうが、器量に欠けていたのは否めなかったかもしれません。

綏子内親王は光孝天皇の皇女、宇多天皇の姉妹で、冒頭の歌も彼女に対して送った歌です。おそらく退位直後に結婚し、夫婦仲は悪くなかったのでしょうが、残念ながら皇子女は生まれませんでした。陽成院はまた、光孝天皇の孫で宇多天皇の姪である姣子女王とも結婚して、彼女との間の第一子と思われる元長親王は901年(延喜1)年生まれです。いずれも光孝・宇多両天皇の陽成院に対する懐柔の意味合いだったのでしょうが、彼女とも遅くとも宇多天皇が醍醐天皇に譲位した897年(寛平9)頃までには結婚したのでしょう。同女王は、父親で宇多天皇の長兄だった是忠親王が857年(天安1)生まれですので、873~879年の間に生まれ、陽成院より5~10歳ほど歳下と思われます。

元良親王はこの陽成院での第2皇子で、wikiの「昌泰の変」の項目では、宇多天皇の譲位等について「元良親王への牽制云々」とか書かれてましたが、譲位時点で元良親王は、父譲位後の890年(寛平2)生まれですのでまだ7歳。醍醐天皇よりも歳下です。しかもこの元良親王の母親は藤原遠長という人の娘らしいですが、実は藤原連永との間違いらしい。この連永ですが、北家でも傍流だった魚名の流れで父親の直道も従五位上で終わっています。生年は兄の有穂が838年(承和5)生まれですので、元良親王の生年からも察するに839~845年の間でしょう。兄の有穂や同じ魚名流の山陰は当時としては長生きした事もあって公卿となりましたが、後ろ盾としては弱い存在なのは否めません。(醍醐天皇の即位時点で連永が生きていたとして)

しかし、それでも元良親王もまた父上皇同様無視できない存在でもあったのでしょう。法皇となった宇多法皇の妃、藤原褒子との恋愛は有名で、それもその理由だったのか誨子内親王・修子内親王と結婚しています。いずれも宇多法皇・醍醐天皇の皇女です。こうした風流人っぷりも祖母の藤原高子の血を引いていた故だったのでしょう。高子は元良親王がまだ6歳だった896年(寛平8)に善祐という東大寺のお坊さんとの密通疑惑で皇太后を廃されましたが、943年(天慶6)5月27日(太陽暦では7月2日)に復位されました。背景には、醍醐天皇の即位後の、昌泰の変(次期天皇となる可能性があった斉世親王に娘を嫁がせていた菅原道真を排斥)やその首謀者と言われている藤原時平の外戚、保明親王・康頼王の相次ぐ早世、その後皇太子となった寛明親王即位(朱雀天皇)に伴う摂関職の復活等光孝系による皇位継承の安定があったのでしょう。実際翌944年(天慶7)にはまた、天皇の弟、成明親王(村上天皇)が皇太弟となっています。しかし、それ故にまた、その祖母の名誉回復を見届けた直後の7月26日(太陽暦では9月3日)に薨去してしまったのには何とも皮肉めいたものを感じさせられます。しかも父上皇に先立ってです。

陽成院には他にも3人の宮人がいましたが、いずれも藤原氏に排斥された氏族の出身です。しかし、いくら生母の一族が振るわないとは言え、元天皇の長男として無視できない存在だったのでしょう。紀氏が生母だった源清蔭も斎院にいた、醍醐天皇皇女で三品・韶子内親王と結婚しています。結婚時期はハッキリわかりませんでしたが、朱雀朝後期以降の出世ぶりから察するに、内親王が父上皇(朱雀天皇に譲位)の崩御後斎院を退下した930年(延長8)~937年(承平7)の間に結婚したのでしょう。つまり、最終的には正三位大納言まで出世したが、それも天皇の義兄となった事も影響しているのではと思われるのです。しかし、清蔭が884年(元慶8)、内親王が918年(延喜18)生まれでしたので親子以上の年齢差です。それもあってか子供は出来なかったようで、夫が950年(天暦4)に薨去した時点でまだ32歳だった事もあってか橘惟風と再婚したらしい。この惟風はかって阿衡の紛議で排斥された橘広相の孫で、好古や昌泰の変に巻き込まれてしまった斉世親王(醍醐天皇弟、生母が広相の娘)とは従兄弟でした。しかし、893年(寛平5)生まれの好古の生年から察するに、彼も寛平末期~延喜前期生まれと推測され、再婚時点でもういい歳したオジさんだったでしょう。そしてまた、清蔭も惟風もいずれも父祖が藤原氏によって排斥され、藤原氏の風下に立つ事になった存在(清蔭は大納言まで昇進したとは言え)でした。惟風にも娘はいたらしいですが、いずれとの間にも子供は生まれなかったと思われ、果たして結婚生活は幸せだったと言えたのでしょうか。また佐伯氏との間に生まれた源清遠はwikiでは書かれていなかったけど、生年は912年(延喜12)だったらしいです。亡くなったのは996年(長徳2年)で、かって父を退位させた藤原氏が、内覧左大臣となったあの道長の下全盛期を築く一歩手前まで見届けて84歳まで生きた事になります。父以上の長生きだったんですね。ただ彼の子孫、子までは確認できましたが、孫までは確認できませんでした。清蔭の系統が一応陽成源氏の主流となったらしいですが、しかし、陽成天皇の人となりを見ると、清和源氏も本当に実は陽成源氏だったのかもしれません。

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AKB48の日ASEAN晩餐会参加とやむなしなのかな安倍総理の支持率低下

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131215-00000027-sanspo-ent

AKBも!日・ASEAN晩餐会でJ-POP初ライブ

サンケイスポーツ 12月15日(日)7時0分配信   

 人気グループのEXILE、w-inds.、AKB48が14日、東京・内幸町の帝国ホテルで行われた日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)の首脳が集まった晩餐(さん)会に出席。AKB48は「恋するフォーチュンクッキー」を熱唱した。外務省関係者によると、国内で催される首脳レベルの晩餐会でJ-POP歌手が歌唱するのは初めてという。


 日本との友好関係樹立40周年を迎えたASEAN10カ国の首脳らを前に、日本の人気アーティスト3組が平和を願い、歌声を響かせた。

 「知っている方は一緒に踊ってください!」。琴の生演奏など日本の伝統文化が紹介された後、J-POPのトップバッターとしてAKB48が登場した。センターの指原莉乃(21)が笑顔で呼びかけ、大島優子(25)らと「恋するフォーチュンクッキー」を披露。息の合ったダンスで各国要人を喜ばせた。

 続いてw-inds.が「Sometimes I Cry」を熱唱。最後は2020年の東京五輪招致に尽力したEXILEが登場し、東日本大震災の復興支援ソング「Rising Sun」で魅了した。

 この日は午前中から東京・元赤坂の迎賓館で日本とASEANの特別首脳会議が行われた。午後7時からの晩餐会には各国要人ら約220人が出席。安倍晋三首相(59)の乾杯で開宴した。

 今回のステージは日・ASEAN特別大使を務める歌手で俳優、杉良太郎(69)のプロデュースで実現した。11月にはASEAN各国のトップアーティストを東京・渋谷のNHKホールに招き、日・ASEAN音楽祭を開催。文化交流で友好関係強化に努めた。

 外務省関係者は「日本国内で催された首脳レベルの晩餐会で、J-POPの歌手が歌うのは初めてでは」と説明。一方の杉は妻で歌手、伍代夏子(51)とともにあいさつに立ち「日本を代表するアーティストが平和と繁栄のため力強く、パフォーマンスを披露してくれた」と胸を張った。

 晩餐会の“グランドフィナーレ”では、AKBの高橋みなみ(22)と島崎遥香(19)が安倍首相を壇上にエスコート。ほかのメンバーも各国首脳をエスコートする“おもてなし”で、日本と東南アジア10カ国の“絆”を強めた。

まあねえ、彼女ら(AKB48)って一応独立カテゴリは作りました。しかし、その動向等一々もうこの拙ブログで取り上げるべき価値はないのですが、確か某総支配人が脱法ハーブ吸引したの某週刊誌に取られたんじゃなかったっけ?相変わらずの秋元商法で4年連続シングル1位の「快挙」こそ達成しましたが、そんなダーティーなスキャンダルも何故かマスゴミは積極的に報じようとしないけど、余計場違いでないかい?

http://www.t3.rim.or.jp/~miukun/pacificfront.htm

それに特別首脳会議自体だって、皆が皆嫌中ムードな国ばかりじゃないから、中国に対する対応とか必ずしも噛み合っているわけでもないらしい。この晩餐会へのAKBやEXILEの参加を聞いて、何だか安室ちゃんが歌を披露した沖縄サミットと重なり合うものも感じられたが、何か「外交=国と国が仲良くなる為の親睦・親善会」とでも勘違いしているのでしょうかね。杉良太郎氏や安倍総理大臣は。上記HPでの主張は私もその通りだと思いますが、鳩ポッポや丹羽宇一郎氏が特別異常でもないかもしれないと改めて認識させられたと言うか、確かに日本人が今後改めなければいけない「固定観念」なのかもしれません。別に反日的でもあるマスゴミに迎合するつもりはさらさらなく、特定秘密保護法案は制定自体は必要(肝心の内容は不備だらけで要修正なのだが)ですが、これでは下がっている安倍総理の支持率だってなかなか回復しないでしょう。別に自民が本当に信用されているから、民主からの政権奪回を果たせたわけではないのだから。

http://www.t3.rim.or.jp/~miukun/senkaku.htm

あとこれは同じHP内での、「日本の領土問題」についての歴史論説集です。私も明治以前琉球は独立国であった事は認識しておりましたが、確かにこれは日本人皆皆浮かれたりなどしないで、肝に命じるべき問題だとも思います。その意味で勝手にですが、最後に紹介させていただきます。

【追記】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131215-00000040-mai-pol

<安倍首相>防空識別圏 ベトナム首相と協力強化で一致

毎日新聞 12月15日(日)20時29分配信   

 安倍晋三首相は15日、ベトナムのグエン・タン・ズン首相と首相官邸で会談し、中国による東シナ海上空への防空識別圏設定に対し、航行と飛行の自由を確保するため安全保障分野で協力を強化することで一致した。また、両首相は南シナ海への中国の進出を念頭に、ベトナムの海上警察に日本の巡視艇を供与するための協議を始めることでも合意。安倍首相は同日、5カ国の首脳らと個別に会談し、東南アジア諸国連合(ASEAN)との一連の会合を終えた。


 安倍首相はズン首相との会談で、中国の防空圏設定を「力で現状を一方的に変更しようとする試みは受け入れられない」と改めて批判。「航行の自由と飛行の自由が力で侵害されないよう緊密に連携したい」と呼びかけた。ズン首相は「対話による解決が図られるべきだ」と応じた。

 安倍首相は、14日の特別首脳会議では中国を名指ししなかったが、15日はミャンマーのテインセイン大統領、カンボジアのフン・セン首相、ラオスのトンシン首相との会談でも防空識別圏問題を提起。フン・セン氏は「東シナ海の情勢はASEAN各国にとって懸念事項だ」、トンシン氏は「平和的手段で解決することが重要だ」と応じた。一方、テインセイン氏はうなずくにとどめた。

 また、安倍首相はタイのニワットタムロン副首相との会談で、同国のデモに関して在留邦人の安全確保を要請した。【吉永康朗、水脇友輔】

AKB等の晩餐会参加は褒められた事ではありませんでしたが、これは外交的成果として評価されるべきでしょう。無視できない功績という事で追記させていただきます。

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このような国にも未来などあるはずがない

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131215-00000009-sph-soci

張成沢氏処刑は機関銃90発、判決文に「埋葬場所などない」

スポーツ報知 12月15日(日)7時4分配信   

 12日に処刑された北朝鮮ナンバー2、張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長(67)の死刑執行は機関銃乱射により行われた可能性があることが14日、分かった。同日付の韓国有力紙、朝鮮日報は消息筋の話として「機関銃の銃弾が90発以上撃ち込まれた」などと報道。当局が公表した写真から、死刑執行前には張氏が拷問を受けていたとの見方も出ている。韓国各メディアでは処刑の背景には国家指導者間の権力闘争があり、今後も粛清が広がる恐れが指摘されている。

 金正恩(キム・ジョンウン)第1書記の叔父にあたる張氏の処刑は、銃殺だったとの説が有力だが、さらに残虐な乱射だったとの説が浮上した。朝鮮日報は「現場を目撃した人の話によると、機関銃の銃弾が90発以上撃ち込まれ、遺体は原形をとどめないほど損傷した」「(その場に)居合わせた人に失神者が出るほど残酷だった」という消息筋の証言を紹介。張氏に先立って先月末に処刑された側近2人は、機関銃によって射殺されたことが分かっている。

 北朝鮮当局は処刑の具体的な方法や場所について言及しておらず、真偽は不明。だが、同紙は処刑後、遺体は火炎放射器で焼かれた可能性もあるとの観測が出ていることも伝えた。北朝鮮メディアが伝えた張氏の判決文に「最高司令官の命令に従わない者らは死んでもこの地に埋葬する場所などない」との記述があることが根拠だとしている。

 ナンバー2へのやっかみや反発が強かったことの表れか、張氏が特別軍事裁判に連行される場面として北朝鮮が公表した写真では、目の周りはアザのように青黒く変色。手錠をはめられた左手の甲や左頬の辺りも腫れており、処刑直前まで拷問を受けていた可能性が高い。

 処刑の背景は、韓国でも様々な説が報じられている。聯合ニュースは、権力の中核をなす朝鮮人民軍政治局と朝鮮労働党組織指導部が結託して仕組んだもの、との陰謀説を紹介している。

 聯合ニュースは金第1書記に次ぐ軍の実力者となった崔竜海(チェ・リョンヘ)軍総政治局長と、趙延俊(チョ・ヨンジュン)組織指導部第1副部長が粛清の背後にいたと分析。崔氏は張氏と非常に親しく、張氏の力添えで金第1書記の右腕にまでのし上がったが、影響力が増すにつれ、張氏とぶつかるようになったという。

 また、張氏の妻で、金第1書記の叔母にあたる金慶喜党政治局員の今後の政治的な立場がどうなるかは不明。死刑執行の直前に、正恩氏の指示で離婚させられていたとの情報もある。

張成沢については、漫画「金正日の正体」にも面白くそのエピソードが描かれていました。

将軍様・金正日の妹、敬姫と結婚したのはいいものの、DVを行っていたことに激怒した将軍様が成沢を呼びつけ、「この野郎!!ワシは妹を大切に扱え!!と言ったよな!!なのにお前は手を上げた!!」「ワシの妹に手を上げるという事はワシに手を上げる事と同じだぞ!!(そう言えば、レーニンも自分の妻を愚弄したスターリンに対して同じよう事を言ってましたが)それを分かっているのか!!」と罵倒しながらピストルの弾を撃ちました。「兄さん!!殺してどうするの!?」「心配するな。空砲だ。」。成沢はしかし、恐怖のあまり気絶。これがガソリン製鉄所に送られるまでのエピソードです。

と言うか、幼稚な悪口外交等に血道をあげていた、朴槿惠の必死な反日っぷり等韓国の方が相対的に目立っていたかと思いきや、大粛清下のソ連で行われていた事が、21世紀でも行われているのだから、改めてこの北朝鮮の異常性にはゾッとさせられる次第です。90発なんて撃ち過ぎと言うか、よほど強い憎悪があった事は想像に難くないですが、どこが地上の楽園なのでしょうかね。これではもうこの北朝鮮という国の先もそう長くないでしょうね。金正恩だってこうならないとは言い切れない。と言うか、何で社会主義国って・・・・・・・・・・

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2013/12/12

猪瀬直樹も本当に「コレデオシマイ」か?そして「あの人」も・・・・・・・

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-191583/1.htm

猪瀬知事「追加集中審議」でますます窮地 新聞社説も「進退考えろ」の大合唱

 

 

2013年12月12日(木)18時43分配信 J-CASTニュース

   東京都の猪瀬直樹知事が医療法人「徳洲会」から受け取った5000万円をめぐる問題で、猪瀬知事への風当たりは強まるばかりだ。都議会では集中審議では2日間にわたって行われたが、議会の納得は全く得られないばかりか、次々に明らかになる答弁の不整合で疑惑は深まってしまった。

   追加で審議が行われることになったが、このままではさらに答弁に窮するのは確実。都政にも支障が出ると受け止める人も増えている。新聞各紙の論調も辞任を求めるものが多数で、いよいよ後がなくなってきた。

貸金庫は5000万円受け取る前に借りていた

   集中審議では、実に9時間近くにわたって猪瀬知事への質疑が行われたが、各会派からは「疑問点が解消されていない」といった声が続出した。そのため、総務委員会が2013年12月11日になって、16日、17日、24日の3日間にわたって追加で集中審議を行うことを決めた。数十点の記録書類の提出も求めた。

   審議が紛糾したのは、猪瀬知事の答弁に整合性がないからだ。例えば12月5日の本会議では、5000万円の扱いについて「大金にびっくりして、貸金庫にしまわないといけないと思った」などと話していた。この説明だと5000万円を受け取った後に貸金庫を契約したと理解できる。だが、事実はその逆で、5000万円を受け取る前日に妻名義で貸金庫を契約していたことが12月10日の集中審議で明らかになった。

   また、同日の集中審議では、5000万円を議員会館で受け取った後の行動について、

「まっすぐ自宅に帰ったと思います」

   と答えていた。だが、10月12日になって、議員会館から港区の個人事務所に一度立ち寄ってから多摩地区の自宅に帰っていたことが公用車の記録で明らかになった。

   この調子で集中審議を続けると、同様の「ボロ」が出るのは確実だ。

   加えて、多数の記録書類の提出を求められていることが、さらに猪瀬知事を追い詰めることになりそうだ。主に焦点になりそうなのが、借用証と貸金庫の記録だ。借用証は、その書式のつたなさが指摘され、信ぴょう性が疑問視されていた。これが改めて検証されることになる。また、猪瀬知事は5000万円の返金が13年9月まで遅れた理由について、貸金庫が死去した妻名義だったため、開けるまでの手続きに時間がかかったことを挙げていた。この点も、貸金庫の開閉記録で検証されることになる。

不信任案出されても解散は現実的ではない

   新聞の論調も厳しさを増している。各紙とも(1)議会での説明が不十分なこと(2)利害関係者からの借金は、都職員であれば「都職員服務規程」違反に当たり、懲戒免職処分になった先例もあること(3)このままでは五輪準備や予算編成作業にも支障が出ることなどを指摘しており、12月11日に産経新聞の「主張」が

「自らの進退を決断するときを迎えているのではないか」

と辞任をうながしたのに続いて、翌12日の各紙の社説では

「これ以上の説明ができないなら、猪瀬直樹東京都知事は自ら進退を考えるべきだ」(朝日新聞)
「猪瀬氏はまず話せ。身を処するのはすぐにもできる」(東京新聞)
「有権者が納得できる説明がなければ、猪瀬氏は自ら身を処して辞職すべきだ」(毎日新聞)

と厳しい内容だ。

   特に毎日新聞は

「都議会は、これ以上明快な説明がなければ、偽証の罰則がある百条委員会設置や不信任決議なども視野に置くべきだ」

と、議会側にさらに厳しい対応を求めてもいる。仮に不信任決議案が可決された場合、知事はそのまま失職するか、10日以内に議会を解散するかを選べる。ただ、仮に解散したとしても、都議選を経ても猪瀬知事への追及がゆるむとは考えにくく、解散は現実的な選択だとは言えない。そう考えると、不信任決議案が出れば、そのまま失職する可能性が高い。

   都議選をめぐっては、早くも日本維新の会からの離党を表明したばかりの東国原英夫衆院議員、舛添要一元厚労相、ジャーナリストの池上彰氏、小池百合子元防衛相などの名前が取りざたされている。

 

まあ勝海舟の最期の言葉をタイトルに付ける事自体、彼に対して失礼でしょうが・・・・・・・

総務委員会での追求一部始終は、既に数日前のNHK19時のニュースで見たけど、生活に困っていて、その費用の為に5000万受け取ったのに、1年間の給与返上とかって、矛盾してるじゃんと言うか、その経緯自体も「そんな簡単な話であの大金の借用決まるのか?」で到底聞いていて納得できる内容ではなかったです。見た限りでは。

職場でも、この猪瀬知事の「苦しい弁明」等話題に上がっていましたが、「本当は事務所に帰りに寄った記録が残っているのにまっすぐ自宅に帰ったと嘘をついた」等、上記引用記事でも言及された新事実ですね。職場食堂のテレビで見た、今日のNHK正午のニュースでも報道されてましたね。もう辞めるしかないだろうですが。

そうかと思えば、元宮崎県知事でもある「あの人」も・・・・・・・・・いかにも「維新じゃ俺はその他議員のひとりで目立ってなくてつまんねーし!!せっかくだから(デスクリムゾン風)俺はもう石原や橋下と組むのなんてやめて東京都都知事になってやるぜ!!」と言わんばかりな、分かり易い離党劇ですよね。

「石原は永田町の妖怪」の他にも「宮崎県知事は卒業」とかって、いくら自分達で選んだとは言え、宮崎県民はどう思うのだろうか・・・・・・・随分とコケにされたものだと言うか・・・・・・・だから猪瀬知事が辞めるとしてもその後任がどうなるか・・・・・・・特に2011年なんかドクター中松氏ですらマトモに見えたほどでしたからねえ・・・・・・・・やっぱ「噂の真相」でも度々佐高信氏に叩かれていたのも改めて頷けます。まあ佐高氏も左寄りだし、決して全ての主張に同意しているわけでもないですが。

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2013/12/10

CMよりもヒロイン役の女王を目指そう

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131209-00000327-oric-ent

年間CM起用社数、武井咲が初首位 男性は石川遼が5連覇

オリコン 12月10日(火)10時30分配信   

2013年年間CM起用社数で初の首位を獲得した武井咲(左)と5連覇を達成した石川遼 (C)ORICON NewS inc.

 テレビ放送の調査・測定を行うニホンモニターは10日、『2013年 タレントCM起用社数ランキング』を発表した。女性部門は、女優の武井咲が17社で初の1位に輝いた。男性部門では、プロゴルファーの石川遼が12社起用で首位となり、2009年から5年連続で1位を死守した。

【ランキング結果】2013年「タレントCM起用社数」一覧(※男女別)

 そのほか女性では、昨年1位の篠田麻里子が15社で2位。3位には昨年8位のローラ(14社)が一気にTOP3入りを果たした。また、昨年圏外の有村架純(11社)が5位、本田翼(9社)が7位と急浮上。さらに、武井と同じ所属事務所の剛力彩芽(12社)と上戸彩(11社)は、それぞれ3位と4位で上位にランクインした。

 男性部門では、2位に昨年4位の俳優・向井理(11社)が、3位にはSMAPの木村拓哉と嵐の櫻井翔(10社)が同率でTOP3入り。そのほか、昨年の圏外からタレント・武井壮(8社)と俳優・西島秀俊(7社)がそれぞれ5位と6位で、一気に上位に進出している。

そう言えば、「息もできない夏」(これもあまり面白くありませんでしたが)でバーターとして共演していましたが、武井咲ちゃん演ずる主人公の妹役の子ですね。今度実写化される「魔女の宅急便」のキキ役に抜擢されたんですね。何だか全然イメージと違うのではというか、明るい雰囲気とか無いですが・・・・・・・・・ルパン共々正直期待できそうにないかなあです。

一方で、上戸彩ちゃん「半沢直樹」では演技は凡庸ではなかったけど、彼女じゃなければ務まらなかったかと言うとちょっと微妙だった。福田沙紀ちゃんも、ヤッターマン等ではアイちゃん役等ヒロイン役もこなしていたはずが昼ドラの・・・・・・オスカーも次から次へとようゴリ押ししますが、まあゴリ押しトリオ(他メンバーは剛力彩芽ちゃんと忽那汐里ちゃん。前述のキキ役に決まった子も入れればカルテットか?)の中では武井咲ちゃんが一番マシですね。石川遼くんの方も、成績の好不調の差が激しいようで、ヤフコメでもコメントしていた人がいましたが、まあ良い役どころを与えられている内が花ですから、「ヒロイン役の女王」となれるよう頑張ってくださいね。あっという間に後輩の後塵を拝するなんてならないように。

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2013/12/09

mugenオメガルガールの面白動画その9

http://www.youtube.com/watch?v=J7u2LGAlHls&list=FLR_OSclZ9dFa_g6SlW7CjFA&index=1

このシリーズ(と呼べるのかどうかもアレだが)も早いもので第9弾です。今度は祝・3部TVアニメ化という事で、ディオ様VS95半裸オメガルガールの動画を勝手に紹介させていただきますが、相変わらずガーキャン凶悪wwです。火力の方はオリジナルと比べるといくらかは抑え目なようですが、何でそこで喰らうの?な所でもバッサリ斬られています。あとオリジナルでは硬直は割と普通な烈風拳もスキ小さくなった感じだけど、流石オメガルガール「最高の技で刻んでやろう!!」とか豪語するだけの事はありますね。

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2013/12/08

今更ながらのウルトラストリートファイターⅣ情報その3

http://www.4gamer.net/games/225/G022539/20131127040/

AC「ウルトラストリートファイターIV」のアルファロケテストが,「プラサカプコン」の 吉祥寺店および横須賀店で追加開催

 カプコンは本日(2013年11月27日),格闘アクションゲーム「ウルトラストリートファイターIV」(アーケード版)のアルファロケテストを,「プラサカプコン」の 吉祥寺店および横須賀店において追加開催することを発表した。開催期間は,吉祥寺店が11月29日から12月1日までで,横須賀店が12月6日から8日まで。
 4Gamerでは「こちら」にロケテストのレポートを掲載しているが,追加開催分も11月22日から24日にかけて開催されたロケテストと同じ内容になるとのこと。参加者にNESiCAステッカーシートが先着順でプレゼントされるという点も同様だ。
新キャラクター、新システムを体験できるAlphaロケテスト!!
プラサカプコンにて11月29日(金)~12月1日(日)、
12月6日(金)~12月8日(日)に追加開催!!

カプコンの運営するアミューズメント施設「プラサカプコン」の店舗にて、Alphaロケテストの追加開催が決定!是非ともこの機会にウルIVをプレイし、店舗のアンケート用紙や、WEBのアンケートフォーム(http://usf4.nesica.net/enq.html)に投稿して、君の意見・要望を開発者へ届けてみよう。

■プラサカプコン 吉祥寺店
施設情報:http://www.capcom.co.jp/amusement/
shopdata/tokyo/shopdata_kichijyoji.html

ロケテスト実施期間:11月29日(金)~12月1日(日)

■プラサカプコン 横須賀店
施設情報:http://www.capcom.co.jp/amusement/
shopdata/kanagawa/shopdata_yokosuka.html

ロケテスト実施期間:12月6日(金)~12月8日(日)


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この以下の開発責任者へのインタビュー分もこの際引用しておきましょう。

http://www.famitsu.com/news/201311/15043097.html

『ウルトラストリートファイターIV』ロケテスト直前インタビュー!――新システムの全貌が明らかに!!

カプコンの人気対戦格闘ゲーム『ストリートファイター』シリーズの最新作『ウルトラストリートファイターIV』。そのプロデューサーである杉山氏と、アシスタントプロデューサーの綾野氏にインタビューを敢行。新システムを中心に本作の見どころを語っていただいたぞ。

●新たな『ストリートファイター』へ進化を遂げる!

 カプコンの人気対戦格闘ゲーム『ストリートファイターIV』シリーズの最新作『ウルトラストリートファイターIV』。2014年4月の稼動に向けて(家庭用は2014年発売予定)、2013年11月22日~24日の3日間、東京、大阪、名古屋、仙台、福岡、札幌の全国6都市でアーケード版のロケテストがスタートする。そこで今回は、ロケテストで解禁となる新システムや新キャラクターを中心に、本作から新たにプロデューサーに就任した杉山氏と、アシスタントプロデューサーの綾野氏にお話しをうかがったぞ。


プロデューサー
杉山晃一氏(左)
アシスタントプロデューサー
綾野智章氏(右)

――まずは、今回から杉山さんと綾野さんのふたり体制になったということで、それぞれの役割を教えていただけますか?

綾野智章氏(以下、綾野) 肩書きとしては杉山がプロデューサー、僕がアシスタントプロデューサーという形になります。

杉山晃一氏(以下、杉山) 「『ストリートファイター』のことをわかっているのか?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、私はこれまではずっと小野(※)の下で『ストリートファイター』に関わっていたのでご安心ください

※カプコン 執行役員、小野義徳氏。

――なるほど。シリーズのことは知り尽くしているということですね。では、今回なぜ杉山さんと綾野さんのふたり体制になったのでしょうか?

杉山 ストリートファイター』の開発は“ユーザーとともに作っていく”というコンセプトのもとに進められています。北米では、カプコンユニティーというサイトでユーザーの意見を集めているのですが、日本でもそういったことをもっとやっていかなければならないと考えたんです。そこで、ユーザーに認知されている存在である綾野は、もっとユーザーのコミュニティーを引っ張っていくべきだと。しかし、綾野がそれをやってしまうと、プロデュース業務がおろそかになってしまうと考え、今後は私が担当することになったんです。

――プロジェクトのプロデュース業務は杉山さんが、いままでよりももっとユーザーの前に出ていくのが綾野さんというわけですね。

杉山 そうですね。『ストリートファイター』の場合、北米への出張が多く日本を不在にしてしまうことも多いのですが、綾野とふたり体制になったことで仕事の流れもスムーズになると思います。

綾野 気持ち的には楽になったのですが、日本と北米で24時間動き続ける体制になったので身体的にはきつくなってますね(笑)。

――それでは、本題に入らせていただきます。ファミ通.comでのインタビュー掲載は今回が初めてということもありますので、まずは『ウルトラストリートファイターIV』(以下、『ウルIV』)のコンセプトを教えていただけますか?

綾野 まず、『ウルIV』を発売できるのは、ファンの皆さんからの強い要望があったおかげなんです。そのたくさんの要望の中で、新しい要素をたくさん入れてほしいという声が多かったので、『○○エディション』ではなく“新しい『ストリートファイター』”にしようと思い、『ウルトラ』というタイトルをつけました。ですから、ウルIV』では新しいものを取り入れて“刷新”することをコンセプトにしています

――その新しいもののひとつが、新たなバトルシステムやバランス調整だと思いますが、それらはどういった方向性のものなのでしょうか?

綾野 『AE』から『2012』になるときも、「新しいシステムなどを導入して大胆に変えてほしい」という意見があったのですが、そのときは“対戦ツールとして何年も遊べるものを作る”というコンセプトで制作を進めていたため、その選択肢は取りませんでした。今回の『ウルIV』は、さきほども述べた刷新感を大切にしたいと考えています。ですから、“既存キャラクターを使ったとしても、新しい感覚で遊べるように”という方向性で調整を行っています。


――それでは、新たに搭載されるシステム“ウルトラコンボダブル”がどのようなものなのか教えていただけますか?

綾野 ウルトラコンボダブルは、ふたつのウルトラコンボを同時に使いたいというファンの要望を反映したものです。具体的には、1ラウンド中にウルトラコンボIとウルトラコンボIIの両方を使えるというシステムです。ウルトラコンボセレクトは従来通り残してありますので、ウルトラコンボI、ウルトラコンボII、ウルトラコンボダブルの3パターンから選ぶ形になります。

――元のように複数のウルトラコンボを持っているキャラクターは……?

綾野 元は1流派にふたつのウルトラコンボがあるので、計4つのウルトラコンボを使えることになります。言うなれば……ウルトラコンボクアッドですかね?(笑)。

――それはすごい(笑)。でもその場合、ふたつ使用できるウルトラコンボダブルのほうが、ウルトラコンボIやIIを選ぶよりも有利に思えます。ウルトラコンボを個別に選んだときのメリットはあるのでしょうか?

杉山 おもに威力が違います。ウルトラコンボIやIIを選択したほうがウルトラコンボダブルよりも大きいダメージを奪えます。あくまで開発段階の数値ですが、ウルトラコンボIやIIを選んだ場合を基本にすると、ウルトラコンボダブルをセレクトした場合は60%程度の威力を想定しています。もちろん、一律に60%というわけではなく、ウルトラコンボごとに調整はするつもりです。

綾野 たとえば、ザンギエフで1発に懸けたい人であれば、威力の高いウルトラコンボIを選択して“アルティメットアトミックバスター”を狙っていただく。投げも決めたいけど、ジャンプで逃げる相手にも対応したいという人であれば、ウルトラコンボダブルを選択して両方に対応できるようにしたりと、自分のプレイスタイルに合わせて選んでもらいたいですね。

――ザンギエフを始めとする“投げキャラ”が、両方のウルトラコンボを使えたらすごく強そうですね(笑)。ただ、60%の威力ということで、ウルトラコンボダブルにするか、個別のウルトラコンボにするかで意見がわかれそう。

綾野 ウルトラコンボセレクトを拡張したというイメージですので、そこはプレイスタイルによってさまざまな意見があったほうがおもしろいのかと。ユーザーの皆さんでディスカッションして盛り上がってほしいですね。

――よりプレイヤーの個性が出せるようになればいいですね。ちなみにウルトラコンボは、ウルトラコンボダブルが搭載されるだけではなく、性能自体も『AE』から調整されるのでしょうか?

綾野 もちろんです。現在も日々更新がかかるほどに調整中です。たとえば、まことの“暴れ土佐波砕き”は、無敵で回避するためだけに使われがちなので、テコ入れできればと。

――個人的には、『ストIV』のときのようにメチャメチャ減るようにしてほしいですね。最近のウルトラコンボはあまり減らなくなってきたので(笑)。

綾野 そうですね。スーパーコンボより上のウルトラですからね。ウルトラコンボIやIIのメリットを出すためにそれもありえますよね。いちユーザーの意見として参考にしておきます。


新システムのウルトラコンボダブルは、ふたつのウルトラコンボを使用することができる。ただし、個別にウルトラコンボを選択したときよりも威力が落ちるという。

――では、つぎにセービングアタックの進化系“レッドセービングアタック”はどのようなシステムなのでしょうか?

綾野 性能のお話をする前に、じつは裏話があるんですよ。『スパIV AE』のときに、ユンとヤンが追加されるという情報といっしょに、“多段セービングがあるらしい”という噂もネット上で広まっていたんです。そのときのコミュニティーの反応が「メッチャおもしろそう!」とポジティブな意見が多かったんですよね。それで今回セービングアタックも拡張したいと考えていたので、そんなに話題になるのであれば実現してしまおうと。それで開発に提案して、上がってきたものがレッドセービングアタックなんです。

――ほほう。そんな裏話があったんですね。ロケテストバージョンではどのような仕様になっているんですか?

綾野 カンタンに言ってしまうと、“多段技をセービングできる”仕様です。何発まで耐えられるようにするかという部分も含めて調整中です。現状では2ケタヒットまではがんばれますよ。

――2ケタですか!?

綾野 現状では2ケタです。ただ、発動には“EXゲージを2ブロック消費”しますからね。そのくらい耐えられてもいいのかなと。もちろんこれは、ロケテストバージョンでの調整です。製品版でその通り実装できるかは、皆さんのご意見で決めたいと思っています。

――ゲージを消費するんですね。通常のセービングアタックと同じで、溜める時間に応じてレベルが1から3に変化するのでしょうか?

綾野 ロケテストバージョンでは、通常のセービングアタックと同様、溜める時間によってレベルが1から3へと変化します。セービングの効果も同じモノです。ただし、通常のレッドセービングに対して、通常技や必殺技にキャンセルをかけて使う“EXレッドセービングアタック”の場合はこれの限りではないんですよ。EXレッドセービングの場合、たとえレベル1でも“膝崩れ”を発生させるという性能になっています。たとえば、リュウの場合“強パンチ→EXレッドセービングアタック(膝崩れ)→滅・波動拳”なんてこともできます。

――それはコンボが劇的に変わるキャラクターも多そうですね。これまではセービングアタック自体は当てずにキャンセルしてウルトラコンボにつなげていましたが、レッドセービングアタックをコンボに組み込むことも増えそうですね。“タメ必殺技”を持つキャラクターは“セビキャン”してもメリットが薄かったですが、『ウルIV』では変わるかもしれませんね。

綾野 でしょう! ガイルやブランカ、ベガなどのいわゆる“タメキャラ”は今回かなり意識していますよ。これまではタメキャラに不利なゲーム性だと言われることもありましたから、そういった意見も拾っていこうと思っています。

――ちなみにコマンドはどのような形に?

綾野 これもあくまでロケテストバージョンの仕様ですが、“中パンチ+中キックとどれかひとつのボタンを同時押し”すると出せます。たとえば、中パンチ+中キック+強パンチとかですね。さまざまな複合入力のテクニックを考慮してこの形になりました。

――これまでユーザーが編み出してきたテクニックが使えなくなってしまってはつまらないですからね。ちなみに、ユーザーのあいだでは、すでに“赤セビ”と呼ばれているようですが、愛称はこれでいいのでしょうか?

杉山 先日WEBで公開した際に、ツイッターのリアルタイム検索のランキングに“赤セビ”と入るくらい反響がありましたから、愛称は“赤セビ”でいいと思います。


EXゲージをふたつ消費することで発動できるレッドセービングアタック。現状では2ケタヒットの攻撃にも耐えられるそうだ。

――なるほど、ではつぎにディレイスタンディングの詳細な仕様を教えてください。

杉山 現状の仕様では単純に“起き上がるのが遅くなります”。コンセプトとしては、“ガード不能な起き攻め”(相手が起き上がるタイミングで、ガードできない攻撃を重ねる戦法)の対策です。強制的にダウンさせられる技を当てたあとの攻めが強すぎると思いますので。

――ディレイスタンディングを行った場合の視覚的な効果はあるのでしょうか? 

杉山 それは現在検討中です。ロケテストのバージョンでは視覚的な効果はありません。ディレイスタンディングが相手にバレたら元も子もありませんからね。ただ、起き上がる側がディレイスタンディングに成功したのかまったくわからないのもまずいとは思っています。

綾野 攻める側が見てから行動を変えられると意味がないですから。なんらかの視覚的な効果をつけるにしても、それを確認してから行動を変えても間に合わないようにしたいですね。

――防御側に赤セビとディレイスタンディングをしっかり使われると、回避手段が強過ぎてしまう気もするのですが、攻める側の対抗手段はあるのでしょうか?

綾野 『スパIV AE Ver.2012』までは起き攻めが強過ぎた印象があります。ですから、赤セビとディレイスタンディングの追加だけで攻める意味がないという風にはならないと考えています。赤セビも確かに強いですが、セービングアタックと同じで投げには弱いですし、ゲージのコストが高く乱発できませんから。

――なるほど。攻める側が強過ぎたので、防御側の選択肢を増やして回避のチャンスを作ったということですね。

綾野 そういうことです。ただ、我々も何百人のスタッフでテストをしているわけではありませんので、開発が気づかない部分もあるかと思います。ですから、ロケテストではこれらの新システムがどのように使われるかを見たいんです。ユーザーの皆さんにはぜひロケテストに参加していただき、ご意見を寄せてほしいですね。

杉山 生温かい尖った意見は綾野のほうにお願いします(笑)。


●新キャラクターは『ストクロ』とはまったくの別物に!

 

 

――ロケテストの話題が出たところで、今回はヒューゴー、エレナ、ポイズン、ロレントという4人の新キャラクターが使用できるそうですね。これら新キャラクターのアピールポイントはありますか?

綾野 4キャラクターとも『ストリートファイター X 鉄拳』(以下『ストクロ』)に登場していたので「そのまま持ってきたんじゃないか?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、まったくそんなことはありません。別キャラクターというほどに調整されていますので、ぜひロケテストで確かめてほしいですね。

杉山 じつは、新キャラクターの調整でいちばん悩んでいるのがヒューゴーなんです。『ストIII』のブロッキングありきのキャラクターなので、どのように『ストIV』ライクに落とし込むかというのが難しいですね。いまはすごく強かったり、弱くなったりと、日々更新がかかっている状態です。ここはロケテストでプレイされたユーザーさんの意見を取り入れていきたいと考えています。

――『ストIII』はスーパーアーツが3つでしたが、ウルトラコンボの配分はどのようになっているのでしょうか?

綾野 ヒューゴーとエレナは『ストIII』のスーパーアーツをウルトラコンボとスーパーコンボに割り振っています。なくなっているということはありませんのでご安心ください。ロレントもこれまでのシリーズで使っていた技をウルトラコンボとスーパーコンボに割り振っています。

――『ストクロ』から登場したポイズンのウルトラコンボは?

綾野 ひとつは『ストクロ』のスーパーアーツを持ってきています。残りは、知ってる人が見れば「あー!」という技がウルトラコンボになっていますよ。

――え、もしかして『ファイナルファイト』ネタですか!?

綾野 『リベンジ』的な……。

――それマニアック過ぎですね(笑)。

綾野 家庭用はサターン版がありますのでそちらで予想してもらえれば(笑)。

――『ストIV』は通常技を使った攻防が重要になると思いますが、通常技も『ストIV』ライクに調整してあるのでしょうか?

綾野 判定などはかなりいじってありますので、まったくの別物になっていますよ。じつは『ストクロ』のほうが判定は大胆だったので、そこは『ストIV』ライクにシビアなものになっています。通常技といえば、ロレントの調整に苦労しています。なんで通常技が多段ヒットするものばかりなんでしょうね(笑)。

――ではつぎに、旧キャラクターに新技が追加されるのでしょうか?

綾野 今回のロケテストは、新キャラクターと新システムの調整を主としていますので、まずはそちらを楽しんでみてください。もちろん、通常技の判定の調整などは施してあります。これまでのバージョンアップでは技の発生スピードや判定の大きさを変えるものが主でしたが、今回はダルシムの中キックが2ヒットするようになるなど、技の性質を大きく変えています。もっと攻めて戦ってほしいので、攻撃的な調整にしてあります。ただユーザーの皆さんが新技を使いたいということは、よ~くわかっています。

――そういった調整箇所をロケテスト前に公式ブログなどで発表することはないのでしょうか? ロケテストでのプレイは期間もありますし、何も情報がないと自分のキャラクターを試すだけで新システムを試すところまでいかなそうですが……。

綾野 確かにそうですよね。WEBに公開するのは難しいかもしれないので、会場限定で公開するなど、前向きに検討させていただきます。

――ユーザーの皆さんも知りたいところだと思いますので、ぜひお願いします。ちなみに、今回のロケテストでネシカカードは使えるんですか?

綾野 今回はまだ使えません。戦績の引き継ぎなどについても現状では何も言えませんが、ユーザーの不利益にならないように取り扱っていきたいと思います。ネシカの詳細については、もうしばらくお待ちください。


――では、現在の開発状況を教えていただけますか?

綾野 現状は65%です。ロケテストでとくにご意見がなければ100%になります(笑)。

杉山 ユーザーのご意見を取り入れるという意味で、残り35%を残しているということです。開発としてユーザーといっしょにやっていこうと。

――新システムも発表されてロケテストも行われれば、ユーザーも『ウルIV』の方向性が見えてくるでしょうね。そうなると稼動時期が気になるのですが……?

杉山 アーケード版は4月稼動予定です。日本だけではなく北米も含めて、社内でディスカッションを重ねて相当悩みましたので、やっとここまで来たという想いがあります。

――では最後にファンへのメッセージをお願いします。

杉山 今回からプロデューサーになったということで、「こいつわかってるのか?」と言われるかもしれませんが、私も『ストII』時代からずっとゲームセンターに通っていましたので、『ストリートファイター』に対するパッションは皆さんに負けないくらいあります。また、私は、バランスよくみんなの意見を取り入れていきたいと考えています。もしかしたら前作と変わっていない部分もあるじゃないかと、不満を持つ方もいるかもしれません。でもそれは、あくまでもみんなの意見を取り入れたうえのものなので、そこは理解していただければと。新キャラクターはロケテストで形になってはいますが、完成形とは言えない状態です。そこはユーザーの皆さんの意見を取り入れながらいっしょに育てて行きたいと考えています。ぜひロケテストでプレイして感想をお聞かせください。

綾野 まず第一に今回のロケテストにぜひ参加してほしいですね。『ストリートファイター』は日本だけではなく、世界のユーザーといっしょに作っていきたいと考えています。ぜひロケテストの感想をお聞かせください。日本のユーザーの大きな声を聞きたいです。僕も時間が許す限りロケテストの会場に足を運ぶつもりですので、よろしくお願いします。


■『ウルトラストリートファイターIV』(4月稼動予定)ロケテスト概要
実施日:2013年11月22日(金)~11月24日(日)
仕様:リンクマッチ、新キャラ4体(ポイズン・ロレント・エレナ・ヒューゴー)、新バトルシステム、バトルバランス調整済み

・実施店舗
東京 タイトーステーション新宿南口ゲームワールド 8台
大阪 タイトーステーション大阪日本橋 8台
名古屋 タイトーステーション大須 4台
福岡 タイトーステーション福岡天神 4台
仙台 タイトーステーション仙台クリスロード 4台
札幌 タイトーステーション札幌狸小路 4台

・ノベルティーの配布
オリジナルNESiCAステッカー(ポイズン/ヒューゴ、ロレント/エレナの2種)

http://www.nicovideo.jp/watch/sm22386039?ref=search_key_video

ニコニコ動画でもこのロケテスト時対戦動画がいくつもアップされていて、これは鬼豪鬼VSロレントの動画ですが、特にダブルウルトラコンボシステムですね。

UR忘れたけど、ザンギエフVSヒューゴーの別の動画も見て、ヒューゴーの方がダブルウルトラコンボ選んでいたけど、確かに減らなかった。インタビューによれば一律ではないらしいけど、4割減は大きいですよね。レッドセービングの方はディフェンス強化の為に考案されたらしいですが、ダブルウルトラコンボ選択時にダメージ減らすぐらいなら、ウルトラダブルコンボ選択時こそ、ダメージはそのままにして、ウルトラコンビⅠかⅡを選択した時のみにオフェンス強化の為に、必殺技→ウルトラコンボのスーパーキャンセル、さらに体力4分の1以下かリベンジゲージ75%以上になったらKOFⅪみたいにスーパーコンボ→ウルトラコンボのドリームキャンセルのようなのが出来る様にした方が良いのではとも思ったけど、それじゃスーパーコンボとの差別化が曖昧になってしまいますか。

と言うか、もし実際稼働されたら、ロレントはZERO2でもそこそこ使っていたし、彼を先に使用してみたいなあとも思ったけど、今まで判明してる4キャラ、そのロレント以外はストクロ以前にでも登場しているんですね。まあポイズンは操作ではなく、エンディングとかのみの登場なサブキャラだったけど、彼(大人の事情でニューハーフとなっているのです)を除いてもこれでⅢ出身キャラは7人揃いましたね。これでZERO出身キャラ(ローズ・元・さくら・ダン・ガイ・アドン・コーディー、そして今回のロレントの8人)とほぼ同数となりました。まあガイやコーディー・ヒューゴー、ロレントは正確に言えばファイナルファイトシリーズ出身ですが・・・・・・・Ⅲシリーズについても、Ⅳシリーズを重ねる毎に意識しているのも伺えます。「スーパー」からのウルトラコンボ選択制もⅢのスーパーアーツ選択制がヒントだったのでしょうし。まあ現実には過去ログでも指摘してきた様に、Ⅲシリーズ自体、春麗を「事実上の主人公」、性能も上位キャラ待遇として復活させてまでしてもついに商業的には振るわず、必ずしも成功したとは言い難かったのですから虚しさも感じられるのですが。そうでなかったら、そもそもⅣシリーズ自体時系列的にⅡとこのⅢのあいだのお話(無印の時は1994年頃と推定されたが、「スーパー」以降は1996年頃?)にはならなかったのですから。

ハイパーストリートファイターⅡは歴代シリーズをキャラ全員遊べる等今でも自分でプレイするのも対戦動画を見るのもどっちも楽しいです。しかし、このⅣシリーズは、仮に後に「ハイパーストリートファイターⅣ」として、無印・スーパー・AE・AE2012そして今回のウルトラとシリーズ全ての性能を選べるとして、このハイパーストリートファイターⅡ程の魅力は見いだせるのか?果たして。それはこのウルトラ登場でますます明らかになるのでしょうが、本当に「ウルトラ」と呼ぶに相応しい力作に仕上がることになるのか?そう言えば来年4月は、ある時は古泉、そしてまたある時は新テニプリの殿(徳川カズヤ)でもあるエル・フォルテ(菊丸がリュウ、樺地がマイク・バイソンで、アトーベ様がバルログでもあり、ストクロで美醜コンビを組んでいたのは絶対テニプリも意識してでの事だったのだろうが)はまたまた承太郎先輩にもなるようですが、確かめてみたいと改めて思います。

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ネルソン・マンデラもさらば

http://news.nifty.com/cs/topics/detail/131208745832/1.htm

皇太子さま、マンデラ元大統領の追悼式に出席へ

 

 

2013年12月8日(日)15時29分配信 J-CASTニュース

 

 

 

 
 

   南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領の追悼式に皇太子さまが出席される。2013年12月8日、産経新聞(朝刊)、NHKなどが報じた。マンデラ元大統領は5日に死去し、南アフリカでは8日から1週間にわたり追悼行事が行われる。皇太子さまは10日に行われる式典に出席される。

   海外王室関係者以外の葬儀に皇太子様が出席されるのは異例。式典にはアメリカのオバマ大統領やフランスのオランド大統領らも出席する予定。

http://www.youtube.com/watch?v=AFHFfZK_cE0

「赤いナポレオン」ことヴォー・グエン・ザップが天寿を全うしたと思ったら、今度は・・・・・・・

上記you tube動画でレビューしていた人もいて、このシリーズは私も小・中学生の頃までデパート等での書店でも良く見かけたのですが、「伝記 世界を変えた人々」でもこのネルソン・マンデラはルイ・ブライユ等共々取り上げられていました。当時まだ存命でしたが、それだけ彼の、肌の色とかバカバカしい理由で差別されるべきではない、自由と平等を求めづけて闘っていった姿が全世界の人達の心を強く打ったという事だったのでしょう。

天皇・皇后両陛下も、53年ぶりのインド訪問には「まだネルーが生きてた時じゃん!!」と言うか、時が経つのは早いように見えてそうとも言い切れないのかなあですが、皇太子も先日亡くなられた彼の追悼式に参加されるようですね。まあもう両陛下も高齢だし、負担をかけたい為にも公務等頑張っていただきたいものですが、このマンデラの遺志を継いで、真に平等で異人種同士共存できる国となる事を願わずにはいられません。ご冥福お祈りします。

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2013/12/07

百人一首の歌人達(4)-81番後徳大寺左大臣と松殿家の衰退・没落

「ほととぎす鳴きつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる」

http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history/1382023761/l50

このシリーズ第4弾です。ホトトギスは朝にならないと鳴かない鳥らしいですが、徹夜してでもその鳴く声を聞こうとした、いかにも風流人らしいこだわりとか伝わった名歌です。

この歌を歌ったのは今回の主人公、徳大寺実定で、曽祖父の藤原公実は甥だった鳥羽天皇の摂政就任を望んで果たせなかった人でしたが、祖父の実能が徳大寺家の祖となりました。徳大寺家は閑院流の傍流で、摂政関白にはなれないが、太政大臣(江戸時代以降は左大臣)にはなれる清華家の家格を有していました。

百人一首の歌人ではないけど、もう一方の主人公が彼とも関わりのあった松殿家です。その末路等についてはwikiでも書かれている通りで、某巨大掲示板でもスレが立っていたようですが、確かに松殿基房の立ち回りは拙過ぎて尽く裏目に出てしまいました。

兄の近衛基実が祖父・忠実や父・忠通の後を追うように早世して、息子の基通はまだ6歳の少年でした。過去ログでも度々強調しているけど、普通なら親がどんなに高位高官でも早死してしまうと出世に不利になってしまいます。ところが平安後期~鎌倉前期にかけて貴族の家格は徐々に固定化していきました。前述の実定曽祖父、公実が摂政になれなかったのも先祖代々納言級止まりだったからですが、保元の乱の勝者となったとは言え、決してノーダメージではなかった近衛家は結婚関係等平家と結びついていて、基実死後平清盛の娘、盛子が彼の正室だった事を利用して摂関家領を事実上掌握していました。

しかしまた、清盛は元来「アナタコナタ」と評されるような絶妙なバランスな政治手腕を持っていた大政治家で、基房に対しても殿下乗合事件での対応等それなりの配慮は示していたようです。にも関わらず、彼の神経を逆撫でするような事ばかりやってました。それはwikiでも書かれていますが、1179年(治承3年)に事実上の嫡男だった師家をまだ7歳の子供だったにも関わらず、本来なら非参議の基通に譲るべきなのが、権中納言に抜擢したのも特に拙かったでしょう。結果治承3年のクーデターが起こりましたが、ここでその場しのぎの事しか考えないで出家してしまったのも拙かったです。と言うのも、このクーデターで解官された人達は短期で復帰し、クーデター以前より出世した人も何人もいたからです。

果たして平家へのルサンチマンや近衛家に対する対抗心からの焦りからか、「身内に対する甘さ」等この治承3年のクーデターからの反省点を学ばないで、もっと大失敗だった木曽義仲と組む選択肢を選んでしまいました。この時実定は喪中だったらしいですが、父の実能は既に亡くなって久しかったし、母の豪子の喪中だったのでしょうか。もしそうだとすれば、享年は60代か70代と思われますが、今度はこの内大臣になったばかりの実定を辞退させて、師家を内大臣・摂政(天皇は後鳥羽天皇)としたのですが、この時まだ11歳。大叔父の藤原頼長の14歳をさらに更新した最年少就任記録です。さらに娘を義仲の正室としたらしいですが、源義経に敗れて討ち死にしたので、基房・師家親子の天下は長続きせず、再び失脚しました。と言うか、木曽の田舎育ちだった義仲、牛車の乗り方すら知らず公家たちから馬鹿にされる程で京の都は全く畑違いだったのですが、基房は本当にこのような人が平家に変わって新たな時代の担い手になれるとでも思っていたのだろうか?義仲は義仲で、藤原光隆をさんざんコケにしていたのもそうしたハナから自分を見下していた貴族に対する鬱憤が溜まっていたからだったのでしょうが、下心があると分かっていても、それなり以上の優遇をしてくれた基房を「こいつは何か他の貴族とは違う良い奴なのかな。」とでも思っていたのかもしれません。しかし、この時実定だけでなく、義弟だった藤原忠雅(姉妹の忠子が師家生母)の官職も奪う結果となってしまった為か、清盛の反感を買ってまで婚姻関係を結んだ花山院家との連携も見られなくなってしまったようです。

その後実定は、内大臣に復し、1189年(文治5)には藤原経宗の薨去で後任の左大臣にまで登る等、姉妹の欣子・多子(近衛・二条両天皇の妃となった。)がいずれも皇子を産まなかった為天皇の外戚にはなれませんでしたが、結構要領よく世渡りを行っていたみたいです。摂政関白太政大臣となった九条兼実とも良く連携していたらしいですが、1196年(建久7)の政変も彼が生きていたらまた違った展開になっていたかもしれません。

一方松殿家ですが、可哀想だったのは師家です。今ならまだ小学生の子供です。権中納言にせよ、摂政内大臣にせよ彼自身が権力を欲して自ら強く望んだ地位ではなかったでしょうが、父の思惑も含む政争に散々翻弄され、60歳で出家するまで官職なしなままでした。結局嫡流となったのは師家でも、長子の隆忠でもなく、失脚後に生まれた忠房で既に後白河法皇は亡く、叔父の九条兼実政権となっていましたが、wikiによればまた、この忠房が兼実から見ればそれぞれ孫・曾孫にあたる「九条道家・頼経親子の失脚後、摂関に就任する可能性があった。」との事らしいです。そこでこの鎌倉前期の主な上級貴族の、官位官職昇進時年齢を調べてみました。

九条道家 三条実親 西園寺実氏 土御門定通 大炊御門家嗣 徳大寺実基 松殿忠房
従三位 12 16 17 15 17 18 14
参議 17
正三位 19 18 17 19 20 16
権中納言 12 24 24 21 22 23 18
従二位 13 24 26 23 23 24 16
正二位 14 27 28 26 25 27 20
中納言 14 29 27 30 19
権大納言 15 30 31 30 30 34 23
(1208年) (1225年) (1225年) (1218年) (1227年) (1235年) (1216年)
大納言 40 32
内大臣 19 37 48 41 45
右大臣 22 43 41
左大臣 25

※1・・・・官位にはそれ相当の官職がありますが、厳密なものではありません。従って必ずしも上から下の官位または官職に順に昇進したとは限りません。

※2・・・・権大納言は昇進年も明記しました。

※3・・・・徳大寺実基は実定の孫にあたります。

こうして見ると、確かに忠房の昇進は途中までは順調でした。摂関家の道家は、祖父兼実も既に玉葉を記し始めた15歳で内大臣となっていたのですが、彼は別格としても権大納言までの昇進は清華家出身である他の5人よりもいずれも速かったのです。彼が権大納言に昇進した1215~1247年の間、左大臣は9人中8人が摂関家・1人が清華家、右大臣は13人中8人が摂関家・4人が清華家・1人が源氏将軍(源実朝)、内大臣は17人中7人が摂関家・9人が清華家・1人が源氏将軍(源実朝)でした。権大納言から大納言までは昇進が9年かかりましたが、この時点でまだ32歳。松殿家4人目の大臣昇進の可能性はありました。基房が亡くなったのは太陽暦では1231年(寛喜3)2月の事でしたが、いくらか松殿家復活の希望も感じながらあの世に行けただけまだ幸せだったかもしれません。

しかし、官職はその大納言で止まってしまい、基房死後の1231~38年にかけて実親・実氏・定通・家嗣が大納言を経ずに忠房を追い越して次々と大臣に昇進してしまい、実基も1241年に大納言となって忠房に並ぶと、1246年にはついに内大臣に昇進して忠房を追い越してしまい、1254年には既に名誉職となっていましたが、祖父を超える、徳大寺家では初の太政大臣となったのです。

道家と彼ら清華家5人すべてまたはいずれか持っていた強みは、(1)皇室と婚姻関係(藤原道長の時ほどではないにせよ、やはりものを言ったのです。)を持っていた(2)鎌倉幕府や他有力公家とも連携を取っていた(3)例えば九条家なら皇嘉門院領等強い経済的基盤にも恵まれていた。主にこの3点だったのですが、松殿家はこうした強みはいずれもなかったと思われます。藤原道綱も亡くなるまで23年間大納言のままで、一時無能だった従兄弟の左大臣・藤原顕光の引退の噂が立った時、「一度就任したら直ぐに辞めるから大臣にしてほしい。」と願った所、藤原実資に「何も知らない奴が大臣を望む等おこがましいにも程がある。」と酷評されたエピソードがありますが、忠房も結局出家するまで22年間も大納言のままでした。と言うか、この時代になると、段々本来イレギュラーだった権官だけが置かれるようになり、正官は殆ど任じられないようになっていったようですが、忠房が在職していた間大納言は「欠員が出ない、または他にも適任者がいた為昇進させられない権大納言に取り敢えず吸えるポスト」になっていった感じだったのかも?

要するに、途中までは摂関家とまではいかなくとも、清華家クラスの家格となるかに思われた松殿家でしたが、師家も隆忠も、そして忠房も元摂政関白太政大臣の息子だから昇進できたようなもので、清華家どころか大臣家よりもさらに下な羽林家クラスに落ち着いてしまったのです。

忠房の後は、息子の良嗣は19歳で公卿(従三位)、父出家後の24歳で正三位、最終的には35歳で正二位にはなりましたが、39歳で早くも出家、孫の通輔は生年不明ですが、1260年頃の生まれとすれば、40歳となった1300年で漸く公卿(従三位)、wikiでは「曾孫の忠嗣の時には中興の兆しもあった。」というような事が書かれていましたが、彼の上司の二条良基って、忠嗣とは親子ほどの年齢差(良基の方が23歳若い)です。本来なら忠嗣の方が官位官職の上で良基の上位者となっていたはずなのですが、43歳でやっと公卿(従三位)、49歳で参議、50歳で正三位、51歳で権中納言、54歳で中納言、60歳で権大納言、そして61歳で正二位です。これでは長生きしたから出世できたようなものです。織田信長の舞う幸和舞通りの寿命なら参議か正三位止まりです。その後北朝で足利将軍と連携を取りながら朝廷での権力者として君臨していった良基とは袂を分かち、南朝側についてしまったようですが、最後の家豊は従五位上よりも上の官位に昇進した記録がない(と思われる)だけに、62歳まで生きた父の忠顕よりも先に早世した可能性があります。いずれにせよ、松殿家は戦国時代に断絶してしまったようで、その後も再興の動きが見られたかと思いきや、短期でまた断絶してしまったようですが、それなら摂関家と婚姻関係等を結ぶ事は出来なかったのでしょうかね。何だか実定よりも松殿家中心の話になってしまったけど、徳大寺家の方は現在は江戸時代に創設された閑院宮の血筋となっています。しかし、それより前の室町~戦国時代前期に登場した、実定の直系子孫で13代目当主の実淳の娘が近衛家に嫁いだので、少なくとも女系の子孫は現在もいます。細川護煕元総理大臣・近衛忠てる兄弟も実定の子孫の一人です。(母親が近衛文麿の娘)

【追記】(2014年5月11日付け)

世界帝王事典によれば、忠房は父・基房が亡くなった1231年(寛喜3)に大納言を辞めていたらしいですね。また隆忠(基房長男・忠房兄)の系統からは娘が園家に嫁いで、さらに西園寺家久我家等にも血は入っていたらしいですが、忠房の子孫が断絶した際、隆忠の血を引いていたこれらの家から当主を出して再興させる話は出なかったのですかね。結局2度も本来弟分の家だった九条家から当主を出す、再興の試みがなされたあたり、基房の孫世代で羽林家クラスまで落ちてもそれなりの特別視がなされていたという事だったのでしょう。wikiでは園家の系図は26代の基久までしか載ってないけど、もし現当主の基信氏が基久の直系子孫ならば、松殿家の血筋(隆忠本人は松殿とは名乗らなかったらしいが)は現在も女系ながらも受け継がれている事になりますが・・・・・・・

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2013/12/04

新テニスの王子様第112・113・114話-「今明かされる王子様とリョーガの思い出!!そして殿VS頼通のバトルの始まり!!」

さあ皆さん!!まだ2013年は終わってはいませんが、もう2014年1月号の新テニプリwwwwwwのお話です。

もうバトルの番が回ってきたのに、越前王子様wwwwwとリョーガwwwwは姿を現しません。ミスターTwwwwww(デューク渡邊)は「お頭を待たせるなんていけませんわ。」と冷静ですが、頼通wwwww(平等院鳳凰)は「待ちくたびれたわ!」wwwwww、そして殿wwwww(徳川カズヤ)に対して「徳川・・・殺るぞ。」と危ない呼びかけを行いました。

一方その王子様&リョーガ、後者の「授業」がやっと終わったと思いきや、あくまで王子様はリョーガとの手合わせを望みます。しかし、ここでリョーガは何故自分が王子様の前にまた姿を現したかを語りましたが、ついにこの兄弟の出会いそして別れが語られる事ともなりました。

初めての出会いの日の事です。無精ひげは既に見られましたが、若かった南次郎国王陛下、リョーガに自分とその家族を紹介しました。今でこそ実際こんなガキがいたらぶん殴ってやりたい程のクソガキなwwwww王子様ですが、この頃はまだいくらか可愛らしさも感じられます。流石に。

早速テニスに講じる事となりますが、まだまだリョーガにとっては弱っちいガキだった王子様を本気に相手にしようとはしませんでした。「わはははは」「弟のくせに生意気だ!」と微笑ましさも感じられたかと思いきや・・・・・・左手だよ!!左手!!どこ触ってんだ!?貴様は!!もしかしてアレかwwwwww!!

一緒にピザとかご飯食べたり、お子様には刺激が強いwwww雑誌を読んだり、海賊とかの衣装を身にまとっていたのはまだともかくとして、他所の家の果物をテニス悪用して盗るなよwwwww。

しかし、そんな楽しい日々も長くは続きませんでした。リョーガは叔母さんの家に引き取られる事となったのです!!真剣勝負と見せかけて、ちょっと離れた隙に遠くに行ってしまったオチは許斐剛大先生らしくないwwwと言うか、ベタwwwwでしたよね。「テニスをつづけろおたがい強くなりつづけたら・・・・いつか会える時がくる」!!いや、確かに言ってる事自体は良い事なのだけど・・・・・・・

リョーガ、感傷的に過去の思い出に浸っていたかと思えば、真剣勝負をする気になったようですが、果たして・・・・・・・・そして彼らが不在の中、ついにバトルを始めた殿と頼通wwwwwでしたが、鬼おじさんとも死闘を繰り広げたあの頼通wwwwwが胸にボールを強打して倒れた!?そして殿、「確信した・・・俺は強くなりすぎた」って、ウゼーwwwwというか。しかし、頼通もさすが強者です。「大海原を小舟で漕ぎ出すかよ。」と怯みません!!さあバトルの行方はどうなる?どっちも気になるぞ?

いやあ良い所でまた終わっちまいました。今回のお話も。

メディア進出面でも相変わらず絶好調!!クリスマスに発売されるらしいDVDファンディスクは、U-17日本代表合宿メンバーの名鑑だけでなく、天才くんwwwww(不二周助)や赤毛wwwwww(丸井ブン太)、白石wwwwww等皆の気になる「冬の過ごし方」wwwwwwwも大公開!!ジャンプフェスタ2014でのベストオーダーも決定したし、新作アニメシリーズ制作もまた然り!!そしてあの許斐大先生のもう一つの力作「LADY COOL」も忘れてはならない!!おっと、もう一つ。そう。テニプリフェスタ公式メモリアルブックFEVERも20日に発売だぞ!!王子様やバルログ・アトーベ様wwwww等お洒落な衣装に身を包んだ皆皆カッコよすぎwwwww鮎原こずえ風に言えばまさに「だって涙が出ちゃう!!感激しちゃうんだもの。」だ!!

バルログと言えば、古泉でもある殿は、来年の4月にはあの承太郎先輩やエル・フォルテにもまたまたなる!!けど、許斐剛大先生!!こんな素晴らしいイケメン戦士達を応援してくれるファンの方たちの為にも、来年こそセカンドシングルを出してAKBにも対抗!!そして夢のネスカフェCMに、明石家さんまさん・唐沢寿明さん・羽生名人・しょこたんら歴代出演者達と夢のオールスター出演も果たそう!!夢はきっと叶うから!!YES!!YOU CAN!!wwwwwYES!!WE CAN!!wwwwwww

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2013/12/01

SFシリーズ、ベガの歴代BGM集

http://www.youtube.com/watch?v=VQ9lQxQzTiA&list=FLR_OSclZ9dFa_g6SlW7CjFA&index=19

他にもリュウやバイソン、さくら等の動画もありますが、全SFシリーズで使われた、加藤保憲、あっ間違えた(苦笑)鷲崎、あっまた間違えた(苦笑)ベガの歴代BGM集です。特に1:10前後から始まる、ストⅣシリーズライバル戦時等に使用されている、初代Ⅱのアレンジバージョンですけど、カッコ良い良アレンジとなっています。ⅣシリーズはZ、良オリジナルBGMは戦闘開始時BGMと、勝利セリフ表示時BGMぐらいでZERO3等同様全体的に低調なのですが、Ⅲ以前に登場したキャラのアレンジバージョンにはどれもハズレはありません。と言うか、ジョジョジアニメーション3部(ルパン某最新TVスペシャルシリーズでもポルナレフのインドでのトイレシーンのパロも見られて、シュトロハイムのパロ共々失笑させられたが)放送開始もそうだけど、ウルトラも来年4月に稼動開始となったようですね。まあロレントの、ZERO2でのステージBGMも良BGMでしたが、全体的な低調さは変わらないでしょう。と言うか、やはりどうしても5人中4人がストクロにも登場していた面々では余計新鮮味に欠けるのは否めないが・・・・・・・・と言って5人目も、無印で登場した面々が微妙ですからね。本当にキャラが立っているのは強いて言えばジュリ(キム・カッファンとの同胞対決も実現するか?)ぐらいだけど、彼女もアレ系だし・・・・・・・・ジュリの中の人は私が見る中で最も高い演技力のある若手女性声優さんだと思いますが・・・・・・

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百人一首の歌人達(3)-19番伊勢、45番謙徳公と50番藤原義孝

「難波潟 みじかき芦の ふしのまも あはでこの世を 過ぐしてよとや 」(伊勢)

「あはれともいふべき人はおもほえで身のいたづらに成りぬべきかな」(謙徳公)

「君がため 惜しからざりし 命さえ 長くもがなと 思ひけるかな」(藤原義孝)

このシリーズ第3弾です。伊勢石ノ森章太郎氏の「萬画日本の歴史」でも、藤原時平・仲平兄弟の恋愛相手として触れられていて、お世辞にもイケメンとは言えなかった(苦笑)仲平がデレデレになっていたのですが、時平も以下の歌が残っているようです。

「ひたすらに厭ひはてぬるものならば吉野の山にゆくへ知られじ」(訳:「貴女が私をひたすら最後まで厭い続けるのなら、私は世を厭い、吉野の山に籠って行方をくらましてしまおう。」

この貴女とは伊勢の事を指しますが、時平ってセンチメンタルな一面もあったんですね。しかし、結局彼女はこの2人ととも結婚しませんでした。時平及び彼の子孫は周知の通り(女系では宇多源氏やさらに藤原北家御堂流に血は受け継がれたが)で、仲平も弟の忠平の後塵を排していた為か、確認できる唯一の息子も早めに出家させたと思われますが、最初は時平に勝るとも劣らない好色だった宇多法皇と結婚、その次は皇子の敦慶親王との間に中務を産んだらしいですが、この敦慶親王は伊勢よりも15歳も歳下。GMとして中日に戻ってきた落合博満・信子夫婦以上の年齢差でした。息子にあげちゃうなんて、飽きちゃったのですかね。そう言えば宇多法皇ってまた元良親王には・・・・・・・・

この中務が宇多法皇の兄弟だった源国紀の孫である信明と結婚し、その間に生まれた井殿が忠平の孫、藤原伊尹と結婚したので、謙徳公と諡された伊尹は伊勢の義理の孫にあたります。(と言うか、伊勢自身も忠平等の遠祖・藤原冬嗣の兄、真夏の子孫で、真夏は冬嗣には官位官職で水をあけられてしまいましたが、子孫は日野家等大いに栄えました。)

残念ながら父の師輔は摂政・関白になる事なく亡くなりました。もし冷泉天皇の即位時まで生きていたら、摂関と太政大臣の分離が実際(兼家政権期)よりももっと早く見られ、実頼は名誉職的性格の太政大臣就任のみにとどまったのではと思われますが、その后宮政策等の布石は十分活かされました。(天皇及び天皇の兄弟達と外戚関係に無かった実頼を無理に排斥したりはしなかったと思う。)

師輔が亡くなってから約3ヶ月経った960年(天徳4)8月22日の昇進人事で宇多法皇孫の源重信と共に参議昇進、公卿に列せられました。この時点で藤原純友退治に貢献した小野好古(76歳)や、大江維時(72歳)、橘好古(67歳)の非藤原系のおじいちゃんトリオがまだまだ頑張っていたという事もありましたが、そこからの出世が速かった。

安和の変前後で失脚した源高明だけでなく、実頼、師尹、師氏の叔父さん達や祖父忠平とは政治的ライバル(醍醐天皇の外叔父だった)だった定方の五男だった朝忠、そして棚からぼた餅的に左大臣となった、魚名流の在衡と目上の一族が次々と死んだ事もあって、摂関職だけでなく971年(天禄2)11月2日に遂に太政大臣にもなりました。公卿に列してからここまで11年(正確には11年と2ヶ月少し)、良房の23年、基経の17年、忠平の28年、実頼の36年いずれも大きく塗り替えたスピード記録でした。大臣に昇進してからは僅か1年と9ヶ月少しとこれもスピード記録です。

しかし、伊尹及びその子孫達はそうした栄光に上り詰めるのは確かに速かったですが、そこからの転落も速かった。太政大臣に昇進して1年で皇太子師貞親王(花山天皇)の即位を見る事なく48歳で伊尹は亡くなってしまったのです。

貴族の家格が定まっていったのは平安末期~鎌倉前期の事。この時代はまだ藤原氏による他氏排斥が完了したばかりでまだそこまではいってません。どんなに親が高位高官でも早死してしまうと出世に不利になってしまいます。

その例の一つが過去ログでも触れましたが、飛鳥時代後期~奈良時代前期の石川氏(蘇我氏倉麻呂流)です。乙巳の変はあくまで蝦夷流総本家だけが滅びたのであって、この時点で倉麻呂その人が生きていたかどうかは分かりませんが、彼には何人も子供がいました。しかし、壬申の乱まで30年足らずでに皆表舞台から姿を消しました。既に664年(天智天皇3)に亡くなっていた連子の息子だった安麻呂も大海人皇子(天武天皇)に味方しましたが、間も無く亡くなったようです。この時点で息子の石足はまだ5歳の子供でした。結果石川氏はもうなるべく詳細は避けますが、藤原氏やその親戚筋の中臣氏、多治比氏、石上(物部)氏、大伴氏等他氏族に遅れをとってしまいました。お姉さんが藤原不比等と結婚した縁で長屋王の変後の729年(神亀6)3月に漸く権参議従三位となりましたが、天平に改元した直後の8月9日に亡くなったので、息子の年足が列せられた749年(天平勝宝1)まで実質80年近くも公卿不在の時期が続いてしまったのです。(この時代はまだ公卿の人数自体比較的少なかったとは言え)結局さらに50年経った桓武朝期に公卿(従三位または参議以上)が途絶えてしまい、貴族(五位以上)もまたさらに50年以上たった文徳朝期に途絶えてしまったようです。主な例外は、たまたま娘婿の源定省(宇多法皇)が初の「臣下から即位した天皇」となった藤原高藤とその兄弟の利基の勧修寺流ぐらいです。(宣孝が高藤の、紫式部が利基の直系子孫です。勿論宣孝には式部・太宰三位以外にも妻子はいました。)式家の藤原緒嗣も、結局嵯峨天皇が北家(冬嗣)の方を気に入ってしまい、息子達も早世か引退したので、彼の死以降はもう政治の主導権は握れませんでした。

遠回りしてしまいましたが、ここでこのシリーズ第3弾3人目の主人公である伊尹次男の義孝の登場です。974年(天延2)4月時点で彼の官位は正五位下でした。従兄弟達は朝光(伊尹次弟の兼通の子)は早くも参議となっていて、7歳歳上だった兄の顕光も公卿目前でしたが、歳の近い道隆(三弟の兼家長男)が従五位上、道綱(同次男)が従五位下とそれほど大きく遅れを取っていたわけではありませんでした。まだ巻き返しのチャンスはありました。しかし、彼も直後兄の挙賢共々疱瘡で早世してしまいました。他にも何人か兄弟はいたようですが、やはり早世したか、早々と出家したのでしょう。この時点で息子の行成はまだ2歳です。

代わって権勢を振るったのは次弟の兼通で、伊尹薨去直前に47歳でやっと権中納言になったに過ぎなかったのが、その詳しい経緯もwikiにも書いてあるので割愛しますが、太政大臣への昇進は公卿となってから5年と1ヶ月、大臣となってからは僅か3ヶ月と兄のスピード記録を早くも更新しました。公卿から太政大臣への昇進は、平清盛が最速だったと思いきや、違っていたんですね。この兼通だったのです。(大臣からの昇進は兼通・清盛共にほぼ同じです。)ただ摂関経験者の太政大臣昇進は清和上皇の遺言(「摂政なのに右大臣では官職が低い。」)で昇進した基経の先例によるもので、この時点では摂関とセットの実権があった官職だったので清盛とは単純には比較できないでしょう。

しかし、兼通も死ぬ間際に犬猿の仲だった兼家の関白就任を妨害する事には成功しましたが、彼ら一族の運もそこでほぼ尽きてしまったようです。娘を天皇家に嫁がせても皇子が生まれなかったし、高明弟だった兼明を皇族復帰させてまで官職を上げた従兄弟の頼忠(実頼の子)を後任の関白に吸える事自体も、成功はしましたが、外戚関係はありませんでした。

そんな内に伊尹・義孝と外戚関係にあった師貞親王が花山天皇として即位して、義孝の兄弟では唯一平均寿命を保ったと思われた義懐が外叔父として出世しました。しかし986年(寛和2)4月時点でまだ20代だった彼、官位は従二位でも官職はまだ権中納言でした。序列上位の公卿はまだ9人もいました。伊尹が摂政に就任する直前では実頼、師尹、在衡、兼明の4人で、兼通の時はその伊尹等同じく9人でした。花山天皇は、父の冷泉上皇に似て奇行も目立ちましたが、政治的には義懐共々意欲的な政策を実行していたみたいです。しかし兼通の死に際の妨害は却って政治の停滞を招いてしまいました。兼家が懐仁・居貞・為尊・敦道各親王の4人も天皇家の外孫に恵まれるようになったので尚更です。(前の2人はぞれぞれ後の一条・三条天皇で、後の2人は和泉式部との恋愛で有名です。)

もしこのまま花山天皇が在位していれば、989年(永祚1)の頼忠死後に兼通みたいに内覧を経てから関白内大臣となっていて、父や叔父並みのスピード出世を遂げていたでしょう。しかし、人柄は良かったけど、マキャベリズムな素質には欠けていた頼忠と父の下で経験積む機会に恵まれなかった若い義懐は兼家の敵ではありませんでした。息子達も総動員した兼家の策略で出家させられ、義懐も間も無く出家しました。

残る伊尹一族の希望だった行成は20歳を過ぎてやっと昇進の機会に恵まれるようになりましたが、その時には既に道長の時代となっていました。顕光も儀式での失態等を重ね、道長や彼の再従兄弟の実資にも散々酷評される等無能で、公季(道長の叔父)共々后宮政策にも失敗したので、兼通流ももう盛り返す事はなかったのですが、正二位権大納言がやっとでした。1021年(治安1)~1035年(長元8)の間、道長出家後に太政大臣となった公季は1029年(長元2)になくなりましたが、左大臣頼通・右大臣実資(道長の再従兄弟)・内大臣教通、そして大納言斉信(道長の従兄弟)の4人がずっと不動だったのです。内実資と斉信は行成より歳上でしたが、もし彼らより長生きしていれば何とか内大臣まで出世できていたかもしれません。(頼通・教通の異母兄弟だった頼宗に越される可能性もあったが)実資死亡時点で74歳だったので有り得なくはなかったでしょう。しかし、現実には道長と同じ日に死んでしまいました。世間は良くも悪くも大物だった道長の死で大騒ぎとなってしまい、影が薄くなってしまいました。映画「源氏物語千年の謎」では、行成は金魚の糞みたいに東山(紀之氏演ずる)道長にくっついていましたが、もし伊尹・義孝親子がもっと長生きしていれば道長と行成の立場は逆になっていた可能性もあったのです。この行成の最期はそんな伊尹一族の栄光と転落を象徴していたようだったと言えます。そして彼の子孫が最後どうなったのかもまたwikiに書かれている通りです。彼ら個人よりも伊尹一族の話となってしまいましたが、「運も実力の内」とはやはり言い得て妙なのかもしれません。

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