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2012/11/25

セルゲイ・ショイグ新国防相の手腕はいかに

http://www.worldtimes.co.jp/syasetu/sh121122.htm

露国防相更迭/軍改革につながるかは不透明

 ロシア国防省をめぐる巨額詐欺事件が大きな話題となっている折りから、プーチン大統領はこのほど「公正な事件捜査に不可欠な条件を作る」目的で、セルジュコフ国防相を更迭した。後任には、世論調査で大統領、首相に次いで信任度の高いショイグ氏(モスクワ州知事・元非常事態相)が任命された。

 

軍上層部内の権力闘争か

 スキャンダルは国防省直轄の防衛関連持ち株企業「オボロンセルビス(防衛サービス)」社の関係者が同省の資産を不正に売却するなどして約30億ルーブル(約75億6000万円)の損害を与えたというもの。だが「有能な国防相だった」(メドベージェフ首相)セルジュコフ氏の更迭に関しては、詐欺事件との関連というよりも、軍上層部内の権力闘争と結び付いているとの見方が強まっている。

 セルジュコフ氏はプーチン政権2期目の2007年2月、文民国防相として財務省連邦税務庁長官から抜擢された。

 プーチン大統領が彼に期待したのは、ロシア軍の近代化、それに伴う再編(スリム化)であり、軍内部の腐敗・汚職の根絶であった。

 セルジュコフ氏はそのために軍組織改革に大ナタを振るった。軍人の待遇改善にも力を入れたが、その一方、08年以来約4万人の将校を解任したり早期退職に追い込み、4年前に1107人だった現役の将軍や提督を610人にほぼ半減させた。部隊の数も大幅に削減した。

 こうした荒療治によって国防省・軍内部にセルジュコフ氏に対する不満が渦巻いたとしても不思議ではない。

 また、セルジュコフ氏は国内の軍需産業からの装備・兵器の調達を、旧式で時代遅れとの理由で極力控えて、フランスやイタリアなど外国からの輸入に力点を置いた。その結果、軍産複合体からも反発を買っていた。これとの関連でロゴジン軍需産業担当副首相との関係が悪化したといわれた。

 プーチン大統領は、20年までの軍近代化のため20兆ルーブル(約50兆円)の予算を計上するとの計画を発表している。この巨額の予算の分捕り合戦が軍関係者の間で既に始まり、これが国防相の交代を促した要因の一つとの見方も出ている。

 また、セルジュコフ氏がプーチン大統領の盟友であるズプコフ元首相(政府系「ガスプロム」会長)の女婿で、同氏とユリア夫人との仲が悪くなっていたことも、国防相更迭の背景にあるのではないかとみられている。夫婦関係が冷えきった上に、セルジュコフ氏は元部下の若い女性を愛人にしていたという。彼女は今回の詐欺事件の中心人物として家宅捜索を受けた。

 

問われる新国防相の手腕

 国防相更迭後、プーチン大統領はマカロフ参謀総長も解任し、後任にゲラシモフ中央軍管区司令官を充てた。国防次官の大幅な交代人事もあって、ロシアの国防省幹部は総入れ替えとなった。軍改革を進める姿勢を示した形だ。

 しかし、思い切った改革には強い抵抗が予想され、今回の人事が奏功するかは不透明だ。ショイグ新国防相の行政手腕が問われる。

ロシア連邦軍の将官の人数はwiki英語版にも載っているけど、総人員では下回っているのに2008年時点で1100人強って、900人弱程度の米軍(但し、沿岸警備隊は含まず)より多かったなんてちょっと意外?まあ、KGBとかの準軍事組織も軍人扱い(プーチンも予備役大佐で、大尉だったカダフィとは違って、本当に大佐)ですけどね。(ちなみに自衛隊は2010年時点で約260人)

新国防相、セルゲイ・ショイグの他にも、ロシア現役の上級大将は副国防相、連邦保安庁長官、国内軍総司令官等全部で7人いるらしく、新参謀総長、ワレリー・ゲラシモフはまだ大将のままなようですが、その大将だって参謀総長、空軍以外の各軍総司令官(4人。現空軍総司令官は中将)、東部及び西部軍管区司令官、あと海軍総参謀長兼総司令官代理(この人はもう定年の60歳を過ぎているが、特例により延長となっている)と少なくとも8人はいるようだけど、もうそんなにいない感じですね。

第一次プーチン政権以前は参謀総長及び各軍総司令官は上級大将以上、軍管区司令官が大将(元帥・上級大将の例もあり)、艦隊司令官が大将または中将、軍司令官が中将、師団長が少将が原則充てられたようで、ゲラシモフ新参謀総長は在任中に上級大将に昇進する可能性もあるけど、もう今後は各軍総司令官が大将、軍管区司令官及び艦隊司令官(カスピ小艦隊以外)が中将、軍司令官が少将、師団長が大佐の指定職になっていくのでしょう。(但し、陸軍は基本的に軍の下はもういきなり旅団で、師団が存在するのは海軍と戦略ロケット軍と空挺軍のみ。)

帝政時代に遡ると、特に第一次世界大戦時は第二次世界大戦時の旧帝国陸軍に似てましたが、最上級佐官扱いだった准将が19世紀に入るまでに廃止されたから旅団長が少将でしたが、師団長と軍団長は中将、それと軍司令官と戦線司令官(戦線はさらに軍が複数集まった編成)も兵科大将の例もあったけど、大戦後期は中将の例も珍しくない等中将ポストが結構多かったんですね。オーストリア=ハンガリー帝国軍みたいにさらに上級大将でも新設すればよかったろうにと言うか、実際ソ連時代に入って1940年にあのゲオルギー・ジューコフが上級大将1号となった(後にソ連邦元帥。まあ1940年以前は将官なら呼称が一等軍司令官、二等軍司令官、軍団長、師団長、旅団長と言い換えられたのに過ぎなかったのだから、この一等軍司令官が上級大将に相当すると考える事もできる。この一等軍司令官にまでなった人は9人しかおらず、しかもあのスターリンの赤軍大粛清もあって、天寿を全うできたのは直前に病死したセルゲイ・カーメネフと後のソ連邦元帥、ボリス・シャポシニコフ、セミョーン・チモシェンコの3人だけだった)けど、確かにただでさえ(制度的繋がりはないとは言え)そんな帝政時代からどんどん階級デフレ化しているのに、ポスト自体を減らされるだけでなく指定階級まで下げられる等したら面白くはないでしょうね。いくらどんどん軍事的脅威を増している中国に対抗するつもりであっても。

このショイグその人も、エリツィン政権時代から長く非常事態相を務めるようになるまでは建築畑で活躍してきたエンジニアで純粋な職業軍人ではないんですね。人気はあるようですが、まあそれで政治ができれば苦労はしないし、前任者のセルジュコフも何だか抵抗勢力にポストを追われた感の方が強いようですが、さあ果たして彼は・・・・・・

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