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2011/08/17

亡くなったばかりの「あの人」はジャンパイアだったのかもしれないが・・・・・・

http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20110817-OHT1T00024.htm

平光清さん、肺がんで死去…巨人・川上監督を退場させた唯一の審判

 元セ・リーグ審判部副部長の平光清(ひらこう・きよし)さんが9日午後7時47分、肺がんのため死去した。73歳だった。東京都出身。葬儀および告別式は故人の希望により、近親者で済ませた。

 平光さんは1965年にセの審判員に採用された。初出場は同年4月10日の大洋・国鉄戦(川崎)の右翼線審。通算1061試合、日本シリーズに5度、オールスターに7度出場した。90~92年に同審判部副部長。独特なジャッジング・スタイルと白髪姿で、ファンにも知られる存在だった。

 92年9月11日の阪神・ヤクルト戦(甲子園)9回、阪神・八木の本塁打の判定を二塁打に覆したことで、37分間の抗議を招き、同年限りで審判を退職。この試合は延長15回引き分けとなり、試合時間6時間26分は現在も史上最長試合となっている。74年7月9日の大洋戦(川崎)で巨人・川上監督を退場させた唯一の審判でもある。関係者によると、最近はがん治療に専念していたという。

あの阪神-ヤクルト天王山の本塁打は、確か、当たり自体は本塁打コースも、阪神応援団の旗に当たって二塁打になったと思うけど。

確かに彼は、1961年日本シリーズで物議を醸した円城寺満共々ジャンパイアだったのかもしれない。しかし、一々突っ込んだらキリが無いのも分かっているけど、ヤフコメ住人のアンチ巨人は何様のつもりなのかね?鬼籍に入られたばかりの人を好き勝手に罵倒とかしたりして。キミ達のお仲間が大嫌いな中国人・朝鮮人(勿論皆がそうではないと信じたいが・・・・・)と同レベルじゃん。長野の広島戦死球事件もそうだけど。彼らの巨人嫌いって、もう精神病レベルなのでしょうかね。(苦笑)「アンチ巨人快楽読本」シリーズにも、そんなアンチ何人もいたしね。

国鉄・サンケイ時代からのスワローズファンを名乗っていた花野都氏とやらは、後楽園球場を「スタンドがゴチャゴチャした汚らしい球場」と罵っていたけど、おいおい。あんたの応援しているヤクルトだって、後楽園を本拠地にしていた事があって、そこで球団史上初の日本一にだってなった事あるだろ。その汚らしい球場で、巨人と、ホーム・ロード問わずほぼ全試合組んでもらって、人気カードとなったのも、飯田徳治をはじめ、杉山悟・宮本敏雄・豊田泰光等好選手をそれなりに補強ができた理由の一つだったと思うのですがね。もっとも、巨人から来た宇野光雄は、後の大毎でも、須藤豊等一部選手の反感を買って、結局2年間ともBクラス。その後自分を放出した水原茂へのわだかまりが解けて、中日に移った彼の下でコーチとして働いていた時もBクラスと、私はあまり彼は指導者としては有能だったとは思いませんけどね。古くからのファンを名乗っているのなら余計「そんなの知りません」なんて言わせない。まあ何はともあれ、ご冥福をお祈りいたします。

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