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2011/08/27

今はまだそんな去就どころじゃないだろうに・・・・・・

http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20110827-OHT1T00120.htm

梨田監督が退任へ、後任に栗山氏最有力…日本ハム

 日本ハムが、梨田昌孝監督(58)と来季の契約を更新しないことが26日、確実となった。2年契約の最終年を迎えた今季は、開幕から好調を維持。ソフトバンクとマッチレースで優勝を争っているが、現在までに契約延長の打診はなし。関係者は「今季限りです」と成績にかかわらず続投はないとの認識を示した。後任には野球評論家の栗山英樹氏(50)を推す声が浮上。また、横浜2軍監督で球団OBの白井一幸氏(50)や外国人監督の招へいも検討されている。

 梨田監督が、今季限りで日本ハムのユニホームを脱ぐことになった。就任1年目の08年は3位だったが、2年目にリーグ制覇。近鉄時代の01年に続き複数球団を優勝に導いたのは、史上10人目の快挙だった。

 昨季は、ロッテと1勝差でチーム5年ぶりのBクラス転落。しかし、4年間の監督生活で、その手腕は高く評価されている。投手出身の糸井を中堅手として固定、リーグを代表する外野手に育て上げた。また、昨季は成長途中にあった中田を我慢して起用し、現在の大ブレークを演出。対話を大切にしながら、ベテランと中堅、若手をバランス良く起用し、スムーズな世代交代にも成功している。

 今シーズンはソフトバンクとともに、3位以下に大差をつける“2強独走状態”をキープ。事実上、V争いはこの2チームに絞られている。指揮官の手腕を疑問視する声はない。

 その一方、球団側は指揮官も“新陳代謝”が必要という方針を打ち出していた。Aクラスは当たり前となったチームをさらに強化し、常勝軍団を築くためには、新監督の招へいが欠かせないというのだ。

 現在まで、梨田監督に来季続投の打診はされていない。最初の2年契約が切れる09年は、8月中に契約延長が決まっている。だが、今月も残りわずか。この段階で打診もない。球団関係者が「梨田監督は今季限りです」と断言するように、事実上続投は消滅した形だ。

 「若返りを図ることになるでしょう」(球団関係者)という後任人事だが、球団内で推す声が多いのが野球評論家の栗山氏だ。90年に29歳の若さで現役引退後、プロでの指導経験こそないが、プロ、アマ問わず現場の最前線で熱心に取材を続けており、その論理的な野球理論は多方面から評価されている。また、さわやかでまじめなイメージは、球団の親会社である食品会社にも好ましいものだ。実際、就任には至らなかったが、古田政権後にヤクルトの監督候補に挙がった時期もあった。

 まだシーズン中とあって正式な打診はなく、一本化には至っていないようだ。他候補としては、ヒルマン政権下でヘッドコーチを務め「日本ハム野球」を知り尽くした白井横浜2軍監督。また2003年に就任したヒルマン監督のように外国人を招へいするプランも検討されている。

 ◆栗山 英樹(くりやま・ひでき)1961年4月26日、東京・小平市生まれ。50歳。創価高から東京学芸大に進み、83年のドラフト外でヤクルト入団。右投両打で俊足巧打の外野手として活躍し、89年にはゴールデングラブも受賞した。しかし、右ひじ痛に加え、めまいや吐き気を伴うメニエール病の影響もあり、90年に29歳の若さで引退。現在は野球評論家、キャスターを務め、白鴎大経営学部教授として教壇にも立つ。通算494試合、打率2割7分9厘(1204打数336安打)、7本塁打、67打点。23盗塁。176センチ、74キロ。

島田紳助引退報道(ミョーに美化していないか?マスゴミは)も記憶に新しいが・・・・・・・この報道については、「あえてチームの士気を高めるため」という意見もあるようだけど、梨田監督は、所謂西本門下生ではフィリーズの「赤鬼」マニエルの次に頑張っていると思うのですがね。

マスゴミの記事なんてアテにならないけど、もし本当だとすれば、ちょっとひどいですよね。現在は連敗中とはいえ、上には上がいると言うか、首位でもおかしくない成績なのに、「指揮官にも新陳代謝が必要」なんて訳分からん言い訳ですね。500歩譲って、来年2012年は違う人が監督を務めるとしても、栗山はないですね。解説での話しぶりを見ても、所詮3流タレント解説者と言うか、内容が乏しいし、第一選手としても一流とは言い難かったけど、指導者としての経験ゼロなのも不安要素ですね。そういう人が監督になれるのも、日本のスポーツの変な所なのだが・・・・・・・・新庄も嫌いではないけど、客寄せパンダはハンカチだけでも十分過ぎますね。まあ、一番無難なのは白井だろうが・・・・・・・・まあまだシーズン中だけど、もし2012年よその球団の監督を務める事になるのなら、3球団で優勝した人は三原脩と、師匠の西本幸雄(※西本は大毎監督時代の1960年には三原率いる大洋と日本シリーズで対戦し、敗退したが、阪急に移った1969年には、やはり大洋から移った三原率いる近鉄と最後まで優勝争いを演じ、4球団での優勝を阻止したが、1974年には近鉄でその三原が果たせなかった初優勝を目指す事になったという因縁がある。)しかいませんが、日本ハムのフロント陣を見返して欲しいものです。

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