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2011/07/09

1979年と今年2011年の巨人の類似点

http://hochi.yomiuri.co.jp/giants/news/20110709-OHT1T00054.htm

東京Dで観戦しながら自転車で発電!スタッフ募集

 巨人は、節電キャンペーンの一環として、東京Dの巨人戦で試合を観戦しながら自転車をこいで、電力を生み出す発電スタッフ「東京ドーム発電MAN&WOMAN」を募集する。発電した電気は、試合後にヒーロー選手が場内を1周する際に乗る「ヒーローカー」の動力に使用される。

 対象は26~28日横浜戦、8月2~4日阪神戦、12~14日広島戦、19~21日ヤクルト戦、23~25日阪神戦の計15試合。右翼2階席の部屋に自転車5台を設置し、7人で休憩をはさみながら試合開始から終了までこぎ、300ワット時の発電を目指す。

 募集期間は18日まで。16歳以上が対象で、各日7人を募集。応募多数の場合は抽選となる。応募には事前に「ジャイアンツCLUB G―Po会員」への登録が必要で、G―Po会員専用ページ「My G―Po」から申し込むことができる。

 試合当日は入場券がなくても観戦可能。「TOKYO SETSUDEN DOMEリストバンド」や「ジャイアンツ×adidasフェイシャルシート」がもらえる特典もある。

一言で言えば、「つまらない小細工なイメージアップ」であり、「そんなのナベツネや清武等にやらせなさいよ。」なのだけど。

昨日の広島戦で、気の緩みからか女ともイチャイチャしていた事もあり、チーム共々波に乗れないマエケンをKOした巨人、何とか自力優勝消滅は免れましたが、依然波に乗れない戦いが続いているようです。

しかし、今シーズンの巨人は実は32年前の1979年と状況が似ている点が多いのです。まず開幕前からして、1979年は周知の通り江川事件でエゴぶりを曝け出しアンチを大量生産してしまったけど、今年も東日本大震災でそれどころじゃなかったのに3.25ドーム開幕を強行しようとして良識的な人達の顰蹙を買ってしまった。

開幕前の数シーズンの状況については、長嶋第一次政権時は、長嶋茂雄が監督になったのは良いとして、あろうことか全球団負け越しで終盤の12連敗、そして広島の初優勝を目の前で見せ付けられる等もう散々で「球団史上初の最下位」に転落してしまった。堀内恒夫・原辰徳第二次政権時においてもやはり、2005年は皮肉にも反対していた交流戦のおかげで最下位を免れるのが精一杯。原監督が2年で復帰した2006年は序盤は首位快走も、その交流戦から急失速、阪神に対しては互角に戦い何とか4年連続の負け越しは免れるも、中日に6勝16敗と実にその「長嶋政権元年以来の」二桁負け越しを記録、最後は1975年同様本拠地で優勝チーム監督の胴上げを見せ付けられる羽目になったけど、落合政権2度目の優勝をアシストする形となってしまい、「球団史上初の連続シーズンBクラス」に泣いた。

これに対してどう対応したか?長嶋第一次政権時は「とりあえず長嶋並みに打てる人が必要だ」との事で張本勲を日本ハムとのトレードで獲得した。原第二次政権でも、小笠原道大はやはり日本ハムから来た強打者だった。2006年には既にイ・スンヨプをロッテから獲得したし、後にヤクルトからもラミレスを獲得したので、いずれの時期も、主砲コンビの内少なくとも1人は非日本人であった。そう言えば、長嶋第一次政権の時はジョンソンや大洋から来たシピンもいたっけ。前者はミスターを反面教師としたのか、メッツではワールドチャンピオンに輝いたし、オリオールズでも地区優勝まではいったけど。

かくして長嶋第一次政権時はついに阪急には日本シリーズで勝てなかったが、1976・77年と連続優勝し、1976年は、10月16日・広島市民球場で前年後楽園で古葉監督の胴上げを見せ付けられたカリを返した。原第二次政権も、2007年は欠陥プレーオフ制度の為に日本シリーズには出場できなかったが、2008年はメークレジェンドで大逆転連覇、プレーオフでも中日に散々やられ続けたカリを返し、西武との日本シリーズでは勝てなかったが、2009年もリーグ優勝、プレーオフ勝利をまたまた落合監督の目の前で見せ付けて36年ぶりのリーグ3連覇。日本シリーズでもついに日本ハムに勝ち7年ぶりの栄光に輝いた。

しかし、こうした栄光は決してこうした「四番打者コレクション」だけによるものでもなかった。長嶋第一次政権では小林繁&新浦壽夫が一本立ちし、太平洋から移籍した加藤初も広島戦でのノーヒットノーラン等息の長い活躍を続けた。原第二次政権では、東野峻・越智大祐・山口鉄也(野手では彼らに加えて坂本勇人や松本哲也等)ら生え抜きが台頭するようになり、ヤクルトから移籍したディッキー・ゴンザレスも、1976年の加藤同様の好成績を巨人1年目の2009年では残した。

小林や新浦は正確には、川上政権時代末期から既に成長は見られ、全くのゼロから育ったわけではなかった(特に小林は1974年には既に防御率リーグ3位であり、長嶋信者は1981年の日本一を「長嶋遺産だ」と自分達に都合のいい詭弁で捲し立てるけどのだけど、それを言うのなら、1976・77年のリーグ連覇も「川上遺産」と言えるのである)けど、いずれも時期も決して監督だけでの手柄ではなく、それぞれ杉下茂・尾花高夫という有能な投手コーチがいた。彼らはまたいずれも、現役時代はセリーグのエースとして巨人の前に立ちはだかったけど、特に杉下は1954年には神懸りな活躍を見せ、彼のせいで巨人はリーグ9連覇ができなかった。(前後の1951~53年、55年は日本一。1956年~59年はリーグ優勝)同年には奇しくもヤンキースも103勝しながら111勝したインディアンズにリーグチャンピオンの座を譲る事となったけど、彼らはまた、奇しくもコーチとしては優秀でも監督をやらせるとどうもパッとしない。

杉下は1959年にプレイングマネージャーとなったけど、1年目はAクラス維持が精一杯で「水原茂監督巨人での最後の優勝」を許し、2年目は優勝戦線にとどまっていたはずが終わってみれば2リーグ制初のBクラス転落でクビ。その後阪神で投手コーチとして1964年の逆転優勝に貢献した後監督に昇格したけど、Bクラス低迷で巨人第一次黄金期の監督でもあった藤本定義が現場復帰。直後また中日に戻り、病気で途中辞任し、共に1954年の日本一に貢献した西沢道夫の後任として3度目の監督を務めたけど、今度は最下位に終わりやはりダメだった。尾花も横浜の監督に就任した去年は3年連続の最下位に終わり、今年も打つ方は内川が抜けた穴を感じさせないのだけど、大味で安定した強さはなく、やはり最下位に沈んでいる。

巨人とは話がややそれたけど、そんな栄光も長続きせず、長嶋第一次政権時は、1978年、129試合連続得点等取る点数も多かったが、取られた点数も少なくなく、得失点差は当時としては「歴代優勝チーム最小」の15点に過ぎなかったヤクルトの初優勝を許したし、原第二次政権も、去年2010年、交流戦で日本ハムに連敗してから徐々に歯車が狂い出し、戦力で上回っているとは言い難かった中日の4年ぶりのリーグ優勝を許した。

さあ今年はそんな雪辱を晴らさんと新たな気持ちでシーズンに臨んだはずであり、1979年は中日と、今年2011年はヤクルトとの開幕カードいずれも勝ち越したけど、1979年はいよいよ張本勲に衰えが見えてきて、ついにオフの納会でロッテへの移籍を余儀なくされた。中畑清が三塁のレギュラーに定着したけど、まだクリーンアップを打つまでではなかった。6月2日の阪神戦でついにデビューした江川卓も、なかなか打線の援護に恵まれずついに9勝10敗に終わった。新浦も酷使による疲労が目立って見えるようになった。特に打線が遠藤一彦に15三振を喫したり、三沢淳に9回二死までノーヒットに押さえ込まれる等パッとせず5位に終わった。

2011年も現在の所、1979年の戦況にやはり似ている。小笠原は2000本安打を達成したのは良いけど、彼も今年で38歳。やはり衰えが目に見えてきて一時は登録抹消を余儀なくされた。長野久義は中畑同様レギュラーの一角となって来て、本塁打・打点共にチーム3位だけど、それでも統一球採用も響いてとにかく打てない。だから、ルーキー・澤村拓一もアンチヒーローである点も共通している江川同様、内容は良いのだけど、7月8日現在で4勝6敗(防御率2.34)とやはり負けが先行している。越智や山口も勤続疲労は明らか。またリリーフも、1979年は西本聖が6セーブ稼いだかと思えば、夏場は新浦も起用されるようになる等ハッキリ固定されなかったけど、2011年もロメロは、防御率4点台では全幅の信用なんかおけない。特に今月1日の中日戦は悪い負け方だった。またあの落球騒動等脇谷亮太もまた、江川同様阪神との「因縁」を作ってしまった。

まあ今日の試合はどうなるかですが、自力優勝消滅も時間の問題でしょう。しかし、今年はセもパも2強4弱だが・・・・・・・・・・極端な話、勝率5割未満同士のチームが日本シリーズで対戦する可能性もあるわけですからね。現行プレーオフ制度では。おかしいよ。パリーグで1973~82年の間採用されていた2シーズン制もそうだったけど、ルールを煮詰めないで無理にやろうとしているもんね。過去の失敗から全然学んでいない。これでもし巨人が何とか3位でクライマックスシリーズにも勝ち、オリックスは何とかまだしも、楽天またはロッテと日本シリーズを戦って勝ってもファンは素直に喜べるのだろうか?どうしてもプレーオフをやりたいのなら、独立リーグも参加させて球団を24球団に拡張。2地区制とすべきだと思いますがね。その代わりレベルは確実に下がるだろうけど。

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