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2011/05/15

中華民国の一級上将たち

http://www.mnd.gov.tw/publish.aspx?cnid=83

過去ログでも述べたように、東アジア圏では旧帝国陸海軍等における大将を、上将と呼称する国があります。中国、台湾(中華民国)、北朝鮮、ベトナム、ラオスが該当し、かっては日本の影響を受けていた満州国軍もそうでした。ソ連・ロシアや戦前ドイツでの上級大将が、これらの国では大将と呼称されているのです。北朝鮮の将軍様三男も大将です。

この内台湾こと中華民国には上将が一級と二級に分けられていて、一級上将はロシアでの上級大将、これら東アジア諸国の大将に相当します。現在では国防部参謀総長のみが充てられる階級となっていますが、この階級が制定されたのは1935年頃らしく、共産党との国共内戦に敗北し、台湾に逃れるまでは以下の面々が授与されていました。(歴任役職は1935年~第二次国共内戦頃の役職)

①何応欽(軍政部部長、陸軍総司令、軍事委員会参謀総長)

②フウ玉祥(軍事委員会副委員長、抗日戦争第三・第六戦区司令長官)

③閻錫山(軍事委員会副委員長、抗日戦争第ニ戦区司令長官)

④張学良

⑤李宗仁(抗日戦争第五戦区司令長官)

⑥唐生智

⑦朱培徳

⑧陳済トウ

⑨陳紹寛(海軍総司令)

⑩程潜(抗日戦争第一戦区司令長官)

⑪白崇キ(軍事委員会副参謀総長)

⑫陳誠(抗日戦争第九戦区司令長官、軍政部部長)

この12名ですが、陳紹寛以外は全員陸軍出身です。彼らには大きくいくつかタイプが分けられます。(死後追贈された面々は除く)

その1は台湾に蒋介石と共に逃げた後も死ぬまで要職を歴任できた人達。これは何応欽、閻錫山、陳済トウ、陳紹寛、陳誠が挙げられます。中でも陳誠は国共内戦では指揮能力を発揮する事は出来ませんでしたが、遷台後は行政院長(首相に相当)や副総統等を歴任し、内政になかなかの手腕を見せています。結果的に蒋介石より先に死んでしまったため、総統になる事は出来ませんでしたが、これが逆だったら、蒋経国がすんなり実権を握れていたかは分からなかったかもしれない。何応欽梅津美治郎との協定や湖西作戦での日本軍撃退、降伏調印式の中国側代表と日本との関わりが深かった軍人の一人でしたが、97歳まで長生きしています。

その2は蒋介石との確執から引退を余儀なくされた人達。これは張学良白崇キが該当します。前者はあの西安事件後軟禁されて、やっと蒋介石・経国親子が死んで民主化された後に自由を回復する事が出来ましたが、日本を恨んだ気持ちも理解できなくは無いです。後者は、日中戦争(抗日戦争)での指揮官としては有能な方で、セツ岳と共に日本軍からの、長沙の防衛に4回中3回成功しています。「日本軍は中国大陸では51勝1敗3分けだった」と誇張され宣伝も聞かれますが、実際は湖西作戦以外にも負け戦や、勝ったと言えたか疑問な戦いも少なくなかったわけです。

その3は遷台に同行せず、大陸で共産党政府での要職を歴任した人達。これには唐生智、李宗仁、程潜が該当します。但し、李は一時期は代理総統まで登り詰めましたが、アメリカに亡命し、大陸に戻ったのは文化大革命直前の1965年の事です。唐は文化大革命では個人攻撃も受けましたが、いずれも天寿を全うしています。残りのその4は事故等で遷台前に不慮の死を遂げた人達。これにはフウ玉祥と朱培徳が該当します。特に朱培徳も、あまり蒋介石との関係は良くなかったらしいですが、その最後はどうもキナ臭いものがあります。

国防部参謀総長のポストが設置されたのは1946年5月の事で、初代参謀総長には陳誠が任命されました。しかし、1950年代までは一級上将ではなく、二級上将のポストでした。1959年に彭孟緝が、「歴代では唯一二度目の参謀総長」に任命されましたが、一級上将のポストとなったのは彼以降で、それ以前に参謀総長を経験した幹部は全員任命後もしくは退任直後に一級上将を授与されています。但しまた、遷台後は27人が一級上将を授与されていますが、参謀総長にならなくても授与された人達も存在します。

前述の、日中戦争では長沙防衛等で活躍するも、国共内戦では海南島を防衛できず放棄したセツ岳、第一軍団司令や陸軍副総司令等を歴任した胡璉、第二次国共内戦時の陸軍総司令だった余漢謀、引退前には国防部長も務めた黃杰・宋長志、余や同様陸軍総司令を務めた経験があった劉安祺、台湾警備総司令部副総司令等を務めた劉王章の6人がいます。しかし、彼らの内、宋はいつ頃授与されたかは分かりませんが、黃杰以外いずれも、引退前後に軍歴の最後を飾る栄誉として授与された名誉的な意味合いが強かったようです。

なお、一級上将の上には特級上将もかっては存在し、蒋介石のみが授与されました。これは陸海空軍全ての指揮を取る権限等が与えられていて、蒋介石は海外のメディアでは大元帥と呼称されていましたが、国民党が初の野党に転落した2000年に廃止されています。また2001年には、准将を設け、今までの中将は少将、二級上将は中将、一級上将は単なる上将と、アメリカ・西欧式階級にしようとの提案も出たようですが、未だ実施はされていないようです。これは民進党が2008年の総統選挙に破れ、国民党が8年ぶりに政権与党に返り咲いた事とも無関係ではないかもしれません。

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