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2011/04/29

ホリエモンも出た杭だったか

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110429ddm041040158000c.html

ライブドア事件:堀江被告、異議申し立て

 ライブドア(LD、現LDH)を巡る粉飾決算事件で、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載など)に問われた元社長、堀江貴文被告(38)は28日、上告を棄却した最高裁決定(25日付)を不服として、異議を申し立てた。最高裁が結論を見直す可能性は極めて低く、申し立てが棄却されれば懲役2年6月とした1、2審判決が確定する。

 申立書で堀江元社長側は、弁護人への照会も行わずに元社長の職業を「不詳」と記載した決定は不当と主張している。

あの「凋落」からはや5年経ったが・・・・・・・・・

ホリエモンの人間性は好きではない(結果論ながらも、親父のスパルタ教育が彼を歪ませてしまったらしく、その点は気の毒だとも思うが・・・・・・)し、東国原ら有名人がこの判決について、ツイートしているのにも売名臭さが感じられる。しかし、彼よりも粉飾決算の桁が違うのに、より軽い刑罰で済んだ例もあると聞きます。結局の所、なまじ目立ちすぎてしまったから良い標的にされてしまったのでしょう。そう。まさに「出る杭は打たれる」です。

ホリエモンとは話がそれるけど、昔では長屋王、菅原道真、源義経、そして彼らほどメジャーではないけど野中兼山もいい例だったでしょう。

長屋王は、ときの聖武天皇が、会った事すらもない生母・藤原宮子(不比等女)の尊称、当初は「大夫人」とされていたけど、撤回させて「皇太夫人」とさせた。どっちでも良いじゃないかと突っ込みたくなるような問題だったけど、母親が藤原氏だった聖武天皇に対し、彼の母親は天智天皇の皇女で、元明天皇の姉にあたる御名部皇女。父親も、天武天皇の長男で太政大臣まで上り詰めた高市皇子。つまり、長屋から見れば父方の祖父が天武、母方の祖父が天智でもあったわけだけど、ただでさえ、嫡流にかなり近い存在で官位等の面でかなり優遇されていた。

それなのに、ズケズケと口出しされては藤原氏は勿論、聖武天皇にとっても面白くなかったという想像は難くなかった。聖武天皇はそもそも即位までの経緯からしても、父・文武天皇が亡くなった時はまだ6歳で、舎人親王や新田部親王等まだ元気だった長老達を差し置いて祖母(元明天皇)と伯母(元正天皇)が天皇制の性質上イレギュラーな女帝として成人を過ぎるまで即位してもらい、とうとう外祖父の藤原不比等は即位をみないまま亡くなってしまったのだから。(親父の鎌足よりも長生きしたとはいえ)彼については、里中満智子氏も、持統天皇・称徳天皇と並ぶ「古代王朝三部作」シリーズとして題材にしたけど、あえて意地悪な言い方をさせてもらうとすれば、美化しすぎていたきらいがあったのは否めない。同漫画中でも、大伴旅人に忠告されていたけど、ただ反対するのではなく、きちんと代案等藤原氏とよーく根回しする等天皇を立ててあげるべきだった。彼があのような死に追い込まれたのには、融通の利かなさは藤原頼長にも通ずるものがあったけど、残念ながら彼自身にも原因があった。

菅原道真も、彼を大宰府への左遷に追い込んでしまったのは、源能有平季長等の、多くは無かった理解者が亡くなってしまった状況の悪さもあったけど、宇多上皇の責任もかなり大きかったと思います。

臣籍降下していた所を、光孝天皇の意を汲み取った藤原氏の配慮のおかげで天皇になれたも同然だったのに、阿衡問題で一杯食わされた。その苦い経験から対抗馬として道真を担ぎ出したまでは良かったけど、醍醐天皇への、藤原穏子(藤原時平妹)入内を反対した一方、その弟の斉世親王には道真の娘を娶らせたのは優遇しすぎだった。

道真は醍醐天皇即位後はついに時平に次ぐ右大臣にまで出世していたから、藤原氏としては、「俺達の真似(つまり天皇の外戚として政治の実権を握る)をさせるつもりか?」とますます黙ってはいられなくなっただろうし、元々上皇と関係が良くなかった醍醐天皇からすれば、「上皇は朕の代わりに斉世を天皇とするつもりなのか?」といつ廃位されるかも分からない不安があった。ましてや宇多上皇自身、第一皇子ではなく、同腹の兄の是忠・是貞両親王を退けて皇位についた。結局の所悪戯に、道真の立場を余計悪くしただけだったのです。その結果は周知の通りだけど、大宰府左遷以降醍醐天皇との思い出を偲んだ誌はあっても、宇多上皇とのそれを偲んだ誌はありません。宇多上皇は確かに名君たる素質はあったけど、柔軟性を欠いた道真等側近達の起用でついにそれを活かし切る事は出来なかった。道真の娘と娶らせた斉世も先立って亡くなってしまった。遊び暮らしていたばかりではなく、実は道真失脚以降も一定の政治的影響力は保持していたらしいけど、生きている時に道真の名誉回復を見る事ができたのは救いだったのかもしれませんね。

野中兼山も、阿久根市某前市長と似ているなあと言うか?方向性自体は間違ってはいなかったのかもしれなかったけど、やり方が少々強引だった。結局死後40年程度も一族が幽閉され、子孫が絶える事になってしまったのも、そうした反発の強さが伺えるけど、何とも過酷だった。さあ、ホリエモンはどうなるか?起死回生の逆転ホームランを放つのか?それとも・・・・・・・

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