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2011/03/22

リビア内戦とロシアの揺れる?「双頭体制」

http://www.asahi.com/international/reuters/RTR201103220084.html

露大統領「十字軍発言は容認できぬ」、プーチン首相を暗に批判

2011年3月22日

[ゴルキ(ロシア) 21日 ロイター] ロシアのメドベージェフ大統領は21日、米英仏軍などによるリビア攻撃を中世の十字軍に例えたプーチン首相の発言を、名指しは避けながらも批判した。

 プーチン首相は同日、ミサイル製造工場を訪れた際、リビアへの軍事行動を認めた国連安全保障理事会の決議について、「中世の十字軍を思い起こさせる」と述べていた。

 同首相の発言を受け、メドベージェフ大統領は記者団に対し、「物事を評価する際には、十分な注意が必要だ。文明間の対立をもたらす十字軍などの表現を使うことは容認できない」と強調した。

 プーチン首相に対する痛烈批判と受け取られる大統領の公の発言は、2012年に迫った大統領選を前に、「双頭体制」を築く両氏の間の不和を示すものではないかとの声も上がっている。

一般的に、フランスやこのロシアのような半大統領制の国は、大統領は外交と国防、首相は行政を責任・担当する(フランスは確か大統領と首相の所属する政党が違う、コアビタシオンな場合のみだったかな?)といわれています。それだけに、既に世界金融危機勃発時から必ずしも関係が良好ではない事が伺えますが、自らの管轄に、形式的にはかっての上司とは言え、出すぎた発言をされるのは面白くないと思うのは不自然ではないでしょう。しかし、この国の場合は・・・・・・・・

http://route-125.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-8747.html

過去ログでもどーでもいい駄文を書いたけど、ソ連時代から見ても、スターリンがレーニン死後すぐにレフ・カーメネフグリゴリー・ジノヴィエフとトロイカ体制を組んだのも、最大の政敵・トロツキーを失脚させるために彼らを利用したに過ぎなかったし、その後の恐怖政治への反省から集団指導体制を築いたはずのフルシチョフ・ブレジネフも、最終的には彼らだけが権力を集中してしまった。

それはそもそも一党独裁の社会主義国家は、その党の実務最高責任者な書記長が最高権力者だというのもあり、ソ連に限った事ではなかったけど、フルシチョフ時代は、首相のゲオルギー・マレンコフニコライ・ブルガーニン、最高会議幹部会議長のクリメント・ヴォロシーロフ、ブレジネフ時代は同議長で、フルシチョフに近かったアナスタス・ミコヤンと彼の後任に就任するも、第一副議長への降格を拒否したニコライ・ポドゴルヌイいずれも失脚を余儀なくされた。(ヴォロシーロフはフルシチョフ失脚後に引退から復帰するも、ブルガーニンは階級まで、連邦元帥から少将まで4等も降格され、現在も返してもらっていない。)首相のアレクセイ・コスイギンも、コスイギン改革はプラハ侵攻で中止を余儀なくされた。そして、ブレジネフ~ゴルバチョフまで、国家元首格である最高会議幹部会議長をも兼任するのが慣例となってしまった。ただ、ゴルバチョフは、歴代の最高指導者達とは違い、新たに大統領制を導入しながらも、結局保守派と急進派の板ばさみにあったまま逆に権力を集中できず、ソ連をぶっ壊す方向に進めてしまったのは皮肉だったのだが・・・・まあ、この国に限ったことではないとも思うけど、結局独裁者無しでは纏まらない国なのでしょう。

本来なら、レーニンの後継者には、書記長として、有数の理論家だったニコライ・ブハーリンが就き、史実どおりの首相・最高会議幹部会議長(厳密にはこれは1938年以降の名称だが)であったアレクセイ・ルイコフと、ミハイル・カリーニンのトロイカ体制で行くべきだったのではなかったかとも思うけど、もしスターリンの登場が無かったとしても、結局派閥争い等が長引き国力回復は思うようにいかず、大祖国戦争でもせいぜいソ連国内からドイツ軍を駆逐するので精一杯。トロツキーの唱えた「世界革命」は実現出来なかったのかもしれない。しかし、史実は表向きは世界恐慌中も高い経済成長を遂げながらも、その為に払った犠牲は決して少なくなかった。強制労働によるものも大きく、そこまでして世界第二位の経済大国に躍進したかと思えば、第二次世界大戦でまたまた2000万人以上もの犠牲者を出した。にも関わらず、身の丈不相応な縄張りを抱える事と成り、それらを維持するための重工業偏重もさる事ながら、ルイセンコ理論を採用したのも拙く、最後まで農業がアキレス腱だった。やっとそうした縄張りを放棄したと思ったらもう手遅れでぶっ壊れてしまった。どちらが良かったのか?今となっては分からないが・・・・・・・・・

プーチン本人としては、2024年までまた2期連続で大統領を務めた後は、流石にまた首相に降格して2030年から3たび大統領になるつもりはなく、自分に忠実な子分を大統領に据えて、かってのアンドレイ・グロムイコ等のようにキングメーカーとして影響力を保持する「青写真」を描いているのではと思うけど、実際彼の支持率は、メドヴェージェフの倍の高い支持を誇っているらしい。プーチンと大統領の座を争うつもりはないらしいメドヴェージェフ、プーチン批判は本心なのかパフォーマンスなのか半ば分からない面もあるけど、果たして過去のトロイカ体制での、マレンコフやブルガーニンみたいにつまはじきにされてしまうのか?それとも・・・・・・

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