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2011年3月

2011/03/31

「メガマンユニバース」開発中止と本家シリーズ本来の「賞味期限」

http://www.kotaku.jp/2011/03/mmu_canned.html

おっさんロックマン無念...カプコン『メガマン ユニバース』開発中止を発表

掲載日時:2011.03.31 18:40 

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ガチャピンも参戦するはずだったのに...。

メガマン ユニバース』はPSNとXBL向けに今年リリース予定でしたが、開発元のカプコンはこのタイトルを開発中止にすることを明らかにしました。

『メガマン ユニバース』は『ロックマン2』にインスパイアされた2.5Dの横スクロールアクションで,
ユニークなローンチトレーラーも発表当時話題になりました。

ゲームにはさまざまなキャラクターが登場する予定で、日本でおなじみのロックマンはもちろんの事、北米版『ロックマン』のボックスアートのおっさん風ロックマン、『ストリートファイター』シリーズのリュウ、そしてカプコン以外のキャラクターが参加する予定もあったようです。

伝統的な横スクロールアクションののほか、ステージエディット機能も搭載される予定でした。

公式サイトのプレスリリースに記されたは開発中止の理由は諸事情によるものだそうで、詳細はわかりません。中止の本当の理由が東北地方太平洋沖地震の影響によるものなのか? それともプロジェクトをリードしていた稲船敬二氏がカプコンを去ったからなのか? 真相は闇の中です。

 
メガマン ユニバース 公式サイト [カプコン via Kotaku] [Pic]

(ニール太平)

稲船敬二氏の退社は勿論無関係ではないのだろうけど、結論から言えば当然の判断でしょうね。

もうこのブログでも反感買うのは承知の上で何度も何度も言っているけど、ロールヒロイン化等カプコン・ファン共々明後日の方向に向くうちにいつしか新作そのものが制作されなくなってしまった本家シリーズ、2008年に「フォルテ」からでも10年ぶりの登場となった「ロックマン9」は確かにゲーム自体のクオリティは高いものがあった。

しかし、それは過去ログで紹介した某ブログ主も的確に指摘されていたけど、あくまで「『自称』最高傑作『ロックマン2』の亜流として」という但書つきであり、ロックマンの弱体化は教条主義以外の何物でもなかったのです。そしてまた一方、歴代土下座シーン等変に受け狙いに走ったかと思えば、カプコンの「顔」の一つであるロックマンに対する理不尽な仕打ちとEDも「6」のそれがマトモに見えるほど酷い代物だでしたし、ロールの「8」衣装お披露目も、ロックの命よりも大事だと言わんばかりだった(苦笑)けど、力の入れ所のズレッぷりにはただただ気味悪さを感じた。私から見れば「9」もまた迷作でした。同じ「2」をいくらか意識した「3」や「4」とは半ば対照的でありました。

そして、基本的なシステムは「2」や前作「9」と殆ど変わっていなかった「ロックマン10」が、去年3月に登場した。1996年の「ロックマン8」から、「タツノコVSカプコン」まで年々悪化していたロールヒロイン化はいくらか沈静化の傾向が見られました。しかし、カプコンがまた同じ様な失敗を繰り返したのは変わりなかったのです。

「6」ではチャージショット、「8」ではラッシュを強化しすぎたジレンマに直面したけど、今度は特殊武器を、教条主義的にチャージ&スライディングを廃止してまで、前作で所謂「過去のいい所取り」したジレンマに直面した。勿論これは私にとっては大きな減点要素になった。ブルースモードも所詮はこうした教条主義への誤魔化に過ぎなかったし、ロックマンキラーズの登場も、そうするぐらいならニンテンドーDSとかでリメイクしたほうが建設的だったと思うが・・・・・・・・・・結局「ロックマン10」も、異常な懐古主義の表れである「思い出は億千万」や「エアーマンが倒せない」等「21世紀におけるFCシリーズ」に早くも暗雲が立ち込めた失敗作となってしまったと自分は思います。

そして今回「DASH3」共々シリーズ期待の新作・・・・・・・だったはずの「メガマンユニバース」も流石にFCグラフィックでは無くなったけど、結局の所またしても実質「自称」最高傑作「2」のリメイクであり、もはや病気レベルである「教条主義」は全く変わりなかった。「DASH3」と違って今一つ盛り上がらない・・・・・・と思ったら、今回のニュースなわけだ。

まあ「お前いい加減くどいよ」と思われるかもしれないけど、自分がまた改めて思った事は、「ああ俺の思ってきた事は間違いではなかったのだなあ。」ですね「ロックマン9」は、つい最近もwiiウェアランキングでまた上位に返り咲いたらしいけど、結局「一時的な中興」に過ぎなかった。改めてそう強く確信しました両者の行き詰まりがそのシリーズ企画の最たる要因だった「CAPCOMVS.SNK」シリーズもこの点で同質とも言えます。「2」までは良かったけど、無能なプレイモアによる「カオス」でそうした盛り上がりを台無しにしてしまった。

その「ロックマン9」が登場してからまだ2年半しか経っていないけど、果たして本家シリーズは今後何処へ行くのだろうか?「歴史は繰り返す」とは言うけど、また新作が何年も制作されなくなり、その反動でまた今度は、トルネードマンとかのマスターベーション楽曲が、ニコニコ動画等で「歪んだ人気」を博すようになるのだろうか?「ロックマン2」が登場してからもう22年と3ヶ月経つけど、カプコン及びファンの根本的な問題は、教条主義に固執し、真に名作なのは過去になりつつある本家シリーズの「歴史」から学んでいないのではないかという事なのです。それをしないで見かけ上は御大層にやれリメイクだ、やれ新作だと作っても全く意味はない。梯子をかけないで屋根に登るようなものです。

今回の開発中止は確かに残念ではあっただろうけど、いつまでも「ロックマン2」という過去の栄光に固執ぐらいなら、もうロックマンを完全引退させた方が何倍も良いです。

残念ながら現在は病気療養中らしいけど、ワイリー役、青野武氏はハマリ役だった。「ロックマンロックマン」でロックマン役を担当された小林由美子氏も、大いに感情移入させられる好演技を披露された。彼ら声優陣の演技ももっと見たいとも思っていたけど、まあしょうがないでしょう。ロールヒロイン化が確立した「ロックマン8」以降、現在まで続く迷走を見ると、所詮この「本家」シリーズはFC・GB時代までが身の丈にあった賞味期限だった。既にロックマンの役割は終わっていたのかもしれません。

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2011/03/29

はるな愛も被災者を勇気づけた

http://woman.infoseek.co.jp/news/entertainment/story.html?q=rbbtoday_75611

03/29 16:43
「その行動力に感動」……はるな愛が福島県を2度慰問し被災者を激励

はるな愛オフィシャルブログ

 タレントのはるな愛が、被災地の福島県を2度慰問したことをブログで報告している。

 はるなは24日、原発から約40キロの福島県相馬市に救援物資を届けたことを報告。動画もアップしながら現地の悲惨な様子をつづり、「みんなと握手して逆に頑張ってって励まされて涙が出ました。他の被災地も行きたかったですが、時間がなかったです。また急に時間が出来れば行きたいです」とコメントしていた。

 28日には、「今日仕事がなくなって被災地に行きました!」と、福島原発から近い原町、双葉町、浪江町の住民が避難しているという福島県二本松市の避難所に救援物資を届け、炊き出しを行ってきたことを報告。「人間として当然の事をしただけです。日に日に環境がよくなる事を願います。被災者の皆さん一緒に頑張りましょう!みんながついてます」とつづるはるなに「その行動力に感動します」「頭が下がる思いです」などのコメントが多数寄せられている。

昨日のヘイヘイヘイスペシャルでも出ていたが・・・・・・・・

キワモノという認識は変わらないけど、たとえそうであっても、励ましてもらえれば嬉しくないわけがないですよね。KAT-TUN(と言っても、Aは今アメリカにいるが)の田中聖くんも、仕事が空いていた時間を使って被災地に励ましにいったようだけど、一般的なイメージは別にして、実はいい人なのかなあとも思えてきました。やはり偏見はいけないのですかね。

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2011/03/27

あの有名声優もブログを・・・・・・・・・

http://gree.jp/kumai_motoko

声優のくまいもとこ氏、かっては「YAT安心!宇宙旅行」の頃からつい最近まで「持ち上げられすぎと違うか?」と思っていました。しかし、数年前の事ですが、タイトーでの某パズルゲームでの好演(くまい氏の役はプレイヤーキャラの一人である某少年)を見て、改めてその演技力を認識しました。これは男性声優では山口勝平氏も同じです。

くまい氏は同じ事務所では、大先輩の野沢雅子氏(現在は独立)や高山みなみ氏等同様少年役を演じられる事が多いですが、非人間キャラや、「スティッチ!」シリーズのユウナ等のような女の子役も巧みにこなされています。そんなくまい氏のブログもたまたま目にしましたが、氏の人柄がよく表れていますね。ご病気を患われ、何役も途中降板を余儀なくされる等そのキャリアは必ずしも順調とは言えないようですが、これからも見る人の心を惹きつけるような演技を披露していただきたいと思います。

【追記】(同日19時台に再編集)

何だかんだ言いながら、他にそんな面白い番組もやってなかったから、「サザエさん」を仕方なく目にしたが、波平が教えを請おうとしたゴルフの「師匠」、声優はそのくまいもとこ氏だった。この「師匠」、波平に対するコーチを断るも、自分が失恋したのにがっくり来ていた所を波平にアドバイスされ、逆に彼に教えを請う・・・・・・というオチだったけど、くまい氏の事を取り上げたその日に、ゲスト出演(去年8月下旬にも出演されていたそうだが)を目にするとは何という偶然と言うか。この「師匠」のモデルであろう石川遼は、残念ながらまた予選落ちしてしまったそうだが・・・・・・・・

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明かされたジェームズ・ディーンの「心傷」

http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20110327-753408.html

ディーンに性的虐待受けた過去

23日に79歳で死去した米女優エリザベス・テイラーさんが、生前に故ジェームズ・ディーンに関するある秘密を、ジャーナリストに明かしていたことがわかった。2人は1956年公開の映画「ジャイアンツ」で共演したが、ディーンは公開前年の55年に24歳の若さで事故死した。ジャーナリストのケビン・セスムズ氏がUSウィークリー誌に明かしたところによると、テイラーさんは97年のインタビューの最中、「これから私が明かすことは、私が死ぬまで秘密にしておいてね」と前置きした上で、「ジミー(ディーンの愛称)が11歳の時、お母さんが亡くなり、ある牧師に虐待を受けるようになったの。そのことが彼を一生怖がらせていた。事実、その通りだったの。”ジャイアンツ”の撮影中は、一晩中語り明かしたものよ。彼はその時、私に告白したの」と明かしたという。

 セスムズ氏は、「リズは、自らの人生やハリウッドの俳優仲間たちの人生を振り返った回顧録を出版することもないまま亡くなった」と語った。

 [2011年3月27日5時43分]

また一人、ハリウッドのスターが亡くなられたが・・・・・・・・・・・

ジェームズ・ディーンも、最近「エデンの東」を見る機会があって、「家族の葛藤」等非常に考えさせられたものがあった。名作と言われているのも頷けるけど、こういう他人の過去、告白した方も公開した方もどっちもどっちだけど、わざわざ公にするほどの事なのだろうか?まあ、利益の為なら何でもするマスゴミに、最初から良識とかは求めていないが・・・・・・・・・

そういう意味では、1973年の優勝争いの真っ只中に、江夏豊が球団から「勝たなくていい」と言われて、いじやけ、その経緯をぶちまけられるも、「この事は俺達だけの胸にしまっておこう」と諭し、記事にしなかった某スポーツ誌記者とかは、マスゴミでもこういうマトモな人もいるんだなあと改めてしみじみとさせられたが・・・・・・・・まあ別に神聖視するわけではないけど、いくらそういう過去があろうが無かろうが、たとえ主演級の役が数作だけでも、彼がハリウッドの大スターである事には何ら変わりはないでしょう。

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2011/03/22

リビア内戦とロシアの揺れる?「双頭体制」

http://www.asahi.com/international/reuters/RTR201103220084.html

露大統領「十字軍発言は容認できぬ」、プーチン首相を暗に批判

2011年3月22日

[ゴルキ(ロシア) 21日 ロイター] ロシアのメドベージェフ大統領は21日、米英仏軍などによるリビア攻撃を中世の十字軍に例えたプーチン首相の発言を、名指しは避けながらも批判した。

 プーチン首相は同日、ミサイル製造工場を訪れた際、リビアへの軍事行動を認めた国連安全保障理事会の決議について、「中世の十字軍を思い起こさせる」と述べていた。

 同首相の発言を受け、メドベージェフ大統領は記者団に対し、「物事を評価する際には、十分な注意が必要だ。文明間の対立をもたらす十字軍などの表現を使うことは容認できない」と強調した。

 プーチン首相に対する痛烈批判と受け取られる大統領の公の発言は、2012年に迫った大統領選を前に、「双頭体制」を築く両氏の間の不和を示すものではないかとの声も上がっている。

一般的に、フランスやこのロシアのような半大統領制の国は、大統領は外交と国防、首相は行政を責任・担当する(フランスは確か大統領と首相の所属する政党が違う、コアビタシオンな場合のみだったかな?)といわれています。それだけに、既に世界金融危機勃発時から必ずしも関係が良好ではない事が伺えますが、自らの管轄に、形式的にはかっての上司とは言え、出すぎた発言をされるのは面白くないと思うのは不自然ではないでしょう。しかし、この国の場合は・・・・・・・・

http://route-125.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-8747.html

過去ログでもどーでもいい駄文を書いたけど、ソ連時代から見ても、スターリンがレーニン死後すぐにレフ・カーメネフグリゴリー・ジノヴィエフとトロイカ体制を組んだのも、最大の政敵・トロツキーを失脚させるために彼らを利用したに過ぎなかったし、その後の恐怖政治への反省から集団指導体制を築いたはずのフルシチョフ・ブレジネフも、最終的には彼らだけが権力を集中してしまった。

それはそもそも一党独裁の社会主義国家は、その党の実務最高責任者な書記長が最高権力者だというのもあり、ソ連に限った事ではなかったけど、フルシチョフ時代は、首相のゲオルギー・マレンコフニコライ・ブルガーニン、最高会議幹部会議長のクリメント・ヴォロシーロフ、ブレジネフ時代は同議長で、フルシチョフに近かったアナスタス・ミコヤンと彼の後任に就任するも、第一副議長への降格を拒否したニコライ・ポドゴルヌイいずれも失脚を余儀なくされた。(ヴォロシーロフはフルシチョフ失脚後に引退から復帰するも、ブルガーニンは階級まで、連邦元帥から少将まで4等も降格され、現在も返してもらっていない。)首相のアレクセイ・コスイギンも、コスイギン改革はプラハ侵攻で中止を余儀なくされた。そして、ブレジネフ~ゴルバチョフまで、国家元首格である最高会議幹部会議長をも兼任するのが慣例となってしまった。ただ、ゴルバチョフは、歴代の最高指導者達とは違い、新たに大統領制を導入しながらも、結局保守派と急進派の板ばさみにあったまま逆に権力を集中できず、ソ連をぶっ壊す方向に進めてしまったのは皮肉だったのだが・・・・まあ、この国に限ったことではないとも思うけど、結局独裁者無しでは纏まらない国なのでしょう。

本来なら、レーニンの後継者には、書記長として、有数の理論家だったニコライ・ブハーリンが就き、史実どおりの首相・最高会議幹部会議長(厳密にはこれは1938年以降の名称だが)であったアレクセイ・ルイコフと、ミハイル・カリーニンのトロイカ体制で行くべきだったのではなかったかとも思うけど、もしスターリンの登場が無かったとしても、結局派閥争い等が長引き国力回復は思うようにいかず、大祖国戦争でもせいぜいソ連国内からドイツ軍を駆逐するので精一杯。トロツキーの唱えた「世界革命」は実現出来なかったのかもしれない。しかし、史実は表向きは世界恐慌中も高い経済成長を遂げながらも、その為に払った犠牲は決して少なくなかった。強制労働によるものも大きく、そこまでして世界第二位の経済大国に躍進したかと思えば、第二次世界大戦でまたまた2000万人以上もの犠牲者を出した。にも関わらず、身の丈不相応な縄張りを抱える事と成り、それらを維持するための重工業偏重もさる事ながら、ルイセンコ理論を採用したのも拙く、最後まで農業がアキレス腱だった。やっとそうした縄張りを放棄したと思ったらもう手遅れでぶっ壊れてしまった。どちらが良かったのか?今となっては分からないが・・・・・・・・・

プーチン本人としては、2024年までまた2期連続で大統領を務めた後は、流石にまた首相に降格して2030年から3たび大統領になるつもりはなく、自分に忠実な子分を大統領に据えて、かってのアンドレイ・グロムイコ等のようにキングメーカーとして影響力を保持する「青写真」を描いているのではと思うけど、実際彼の支持率は、メドヴェージェフの倍の高い支持を誇っているらしい。プーチンと大統領の座を争うつもりはないらしいメドヴェージェフ、プーチン批判は本心なのかパフォーマンスなのか半ば分からない面もあるけど、果たして過去のトロイカ体制での、マレンコフやブルガーニンみたいにつまはじきにされてしまうのか?それとも・・・・・・

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2011/03/21

滅多打ちにされるのも良い勉強

http://www.daily.co.jp/newsflash/2011/03/21/0003882593.shtml

佑ちゃん3回9失点、阪神戦でプロの洗礼

阪神打線につかまり、厳しい表情を見せる日本ハム・斎藤佑樹=札幌ドーム(撮影・吉澤敬太)
阪神打線につかまり、厳しい表情を見せる日本ハム・斎藤佑樹=札幌ドーム(撮影・吉澤敬太)

 日本ハムのドラフト1位・斎藤佑樹投手(早大)が21日、オープン戦・阪神戦(札幌ドーム)でプロ入り後初めて先発した。3回を13安打9失点とプロの洗礼を浴びる形になった。一回は2死二塁のピンチで新井を一邪飛に抑えたが、二回にブラゼル、金本、林に3連打を浴び、プロ入り後の実戦9イニング目にして初失点を喫した。三回には8本の長短打を集中され8失点。

 斎藤は「プロの打者、タイガースの打線はすごいと改めて感じました」と話した。

(2011年3月21日)
早稲田の先輩で、実際指導した事もある広岡達朗も、「2桁なんてとんでもない。5勝程度だろう。」と今期成績を予想していたけど、まあこういう日もありますよ。地震でこの「佑ちゃんフィーバー」も半ば吹っ飛んでしまった感もあるが・・・・・・・・
パリーグは4月12日に開幕延期したのに対して、セリーグはたった4日延期の3月29日にとどまり、東京ドームも節電に務めるつもりではいるらしいけど、それでも大量の電気を使用する。そんな中巨人が勝っても正直嬉しくないが・・・・・・・今月31日の広島戦ではついにルーキー・澤村がデビュー登板するらしいけど、正直どーでもいいですね。星野仙一も、北京オリンピック以来印象は悪いし、あまりご意見番ぶってまた勘違いされるのも困るけど、こうしたセリーグの「4日延期」を「茶番劇」と評したのはそのとおりだとは思います。

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リビア内戦と各国の動向

http://mainichi.jp/select/world/news/20110321ddm007030127000c.html

リビア:多国籍軍空爆 中国「一貫して反対」 ロシア「中東の過激主義助長」

 【北京・成沢健一、モスクワ田中洋之】リビアへの武力行使を容認した国連安保理決議の採決で棄権した中国とロシアは、多国籍軍によるリビア攻撃に遺憾の意を表明した。

 中国外務省の姜瑜(きょうゆ)副報道局長は20日、「中国は一貫して国際関係での武力行使には賛成しない」とする談話を発表。「情勢ができる限り早く回復・安定し、民間人の死傷者がさらに増える事態を回避するよう望む」と指摘した。

 ロシア外務省も19日、一般市民の被害回避と速やかな攻撃停止を求める声明を発表した。ロシアのロゴジン駐北大西洋条約機構(NATO)大使は、「紛争の拡大と制御不能の連鎖反応につながり、北アフリカや中東地域全体の過激主義を助長する」と警告した。

 ロシアの軍事専門家はインタファクス通信に、リビアの旧ソ連製兵器は、最新兵器に対抗できないと指摘した。

米英仏に対し、中露はリビア空爆に反対、ベネズエラも同様の態度を取っているけど、いかにも分かり易いと言うか。反対している国はいずれも非民主国で、飛び火なんかでもされたら自分達に都合が悪いですからね。

奇しくも来年2012年は、中国は胡錦濤が総書記と政治局常務委員を引退する予定で、ロシアもプーチンが大統領選挙に再立候補する可能性が高い。大事な時期です。アメリカもオバマ大統領は果たして再選できるか否かです。

特に中国は、カダフィが六四天安門事件について言及した時なんか露骨に嫌な態度を示した一方、「一貫して国際関係での武力行使には賛成しない」って・・・・・・・・・日本に限らず、旧ソ連やインド、ベトナム等周辺諸国とは常に領土問題起こしている中国が言っても説得力は皆無でしょう。(苦笑)

リビアとは話が反れるけど、自衛隊が暴力装置というのなら、米軍やこの中国人民解放軍はウルトラスーパー暴力装置だよ。仙谷くん?日本は日本で、地震のどさくさにまぎれて、この妄言をはいたおバカさんを官房副長官に「復帰」させたり、谷垣自民党総裁に入閣依頼したりと民主党政権は頓珍漢な人事ばかりやっている。

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2011/03/15

残り任期わずかな胡温体制下の中国と「追いつかない」皇帝制の変容

http://mainichi.jp/select/world/news/20110315ddm007030121000c.html

中国:全人代閉幕 最大の危機は「腐敗」 温首相「国民からの批判必要」

 【北京・成沢健一】中国の国会に当たる第11期全国人民代表大会(全人代)第4回会議が14日閉幕した。温家宝首相は閉幕後の記者会見で、政権にとって最大の危機要因は腐敗との認識を示すとともに「国民の不満を解決するため、国民に政府を批判させ、監督させなければならない」との考えを明らかにした。

 温首相は「政治体制改革がなければ経済体制改革も成功し得ない」と改めて表明。「公平と正義は社会安定の基礎となる」と述べ、所得再分配や教育・医療の不公平の解消を進める方針を示した。

 一方で、「政治体制改革は容易なことではない。安定した環境を必要とし、党の指導の下で段階的に進める」と述べ、国民にどう批判や監督をさせるかについては具体的に言及しなかった。

 また、温首相は「北アフリカなどで起きた政治的動揺を注視しているが、中国との比較は不正確だ」と指摘し、「中国は国情に応じた発展の道を歩む」と強調した。

 国民の不満が大きいインフレについて温首相は「虎のようなもので、いったん放すと封じ込めるのが難しい」と主張。「一部の国が実施している量的緩和策が為替や商品の相場を大きく変動させている」と述べ、名指しを避けながらも米国の金融政策を批判した。

 この日閉幕した全人代では、年平均の経済成長率目標を7%に設定した「第12次5カ年計画」(11~15年)や今年の政策目標を盛り込んだ政府活動報告などを採択した。政府活動報告では、今年の成長率目標を8%前後とするとともに消費者物価指数(CPI)上昇率の抑制目標を4%程度とし、都市部の登録失業率を4・6%以内に抑えることなどを掲げている。

 最高人民法院(最高裁)と最高人民検察院(最高検)の活動報告も採択したが、いずれも反対や棄権などの批判票が20%前後に上り、汚職への取り締まりが十分ではないとの不満の根強さを示した。

中国は周知の通り、溥儀をラストエンペラーとして20世紀初頭の辛亥革命で皇帝制は表向きは廃止となりました。

しかし、それまでずっと中華思想等の下中華皇帝が君臨していた中国大陸、急にそうした皇帝制と決別するのには無理があった。溥儀を退位させる事を条件に、孫文から新生中華民国大総統を譲ってもらった袁世凱も皇帝になろうとしたし、彼の死後、軍閥割拠、日中戦争・国共内戦を経て誕生した中華人民共和国もその実共産党王朝で毛沢東が初代皇帝となった。

彼が実は、暴君と言われている殷のチュウ王(実際はそうではなかったらしいが)を高く評価していたのも、共産党王朝の成立要因を考えれば何も驚く事ではなく、また秦の始皇帝については、「私は反右派闘争で、彼が行った焚書坑儒での数百倍の知識人を処分してやった。だから私を秦の始皇帝みたいだと罵る事は不適切なのだよ。」とミョーに大物ぶっていたけど、この時点までならまだいくらかは擁護できた。そう、毛沢東はあくまでも革命家だったというか、月並みだけど、レーニンモンゴルのスフバートルみたいに建国数年で死んでいればよかったのです。

毛沢東の後は、国家主席兼任共産党主席・劉少奇と国務院総理・周恩来、共産党軍事委員会主席・ホウ徳壊(OR葉剣英)、その後は国家主席・胡耀邦と国務院総理兼任共産党軍事委員会主席・トウ小平、共産党総書記・趙紫陽のトロイカ体制がベストとまではいかなくても、ベターだったのではないかと思い、実際大躍進政策失敗後は国家主席・劉少奇とトウ小平が疲弊した経済の建て直し等に務めた。しかし、国家のトップを退いても、党・軍事のトップへの留任を許してしまったのが、文化大革命の悲劇を産んでしまったのは過去ログでも言った通りです。

しかしまた、平時で少なく見積もっても7000万が殺された毛沢東時代も確かに異常でしたが、二代目皇帝・トウ小平の時代もまた異常でした。

文化大革命で失脚した第1世代の元老が復帰したのはともかく、彼らがいつまでたっても権力を手放さない。トウ小平は独裁者というよりはバランサーの性格が強く、そうした元老たちの受け皿として共産党中央顧問委員会を設立はしたけど、実質中央政治局常務委員会の更なる上位機関となってしまって、若返りという目的で設立した意味が無くなってしまった。さらにこの顧問委員会の中でも、主任・副主任・常務委員・ヒラの委員の序列がありましたが、顧問委員会常務委員以上のメンバーで政治局常務委員を務めた経験があるのはトウ小平と陳雲ぐらいしかいないのにです。

特に八大元老のメンバーである陳雲、薄一波、王震、李先念(王と李は顧問委員会のメンバーではなかったが)が老害でしたが、実際建前上は最高指導者であるはずの胡耀邦が彼ら長老の攻撃にさらされて失脚したり、六四天安門事件で総書記を解任された趙紫陽の後任で江沢民が、陳雲達の推薦で選ばれてます。

その後保守派が勢いづき、李の後国家主席に就任、天安門事件で戒厳令を出した楊尚昆まであからさまに軍部に影響力を及ぼす等増長してきた。半ば彼ら長老の傀儡だった江沢民にも痺れを切らした(「この体たらくのままならば、お前には総書記を辞めてもらう。」と脅されたとか)トウ小平、ついに南巡講和という逆転サヨナラホームランをかっ飛ばして、漸く彼ら長老は1992年~翌93年にかけて引退、顧問委員会も廃止となり、楊から国家主席も譲られた江沢民が漸く独り立ちしましたが、その独り立ちをした途端、反日教育に血道をあげる事になったのは周知の通りです。

そして2002年~2004年にかけて、三代目江沢民から四代目胡錦濤への、「初の平和的な権力移譲」が行われるようになり、10年単位で「皇帝」が交代する前例が作られるようになった。これだけでも中国の皇帝制は良い様に変容してきていると評価できなくも無いけど、一方で、市長・党書記を務めた上海閥の親玉として子分を政治局常務委員に送り込み、自身も健康不安説などが囁かれながらも未だにキングメーカーぶっているのもまた確かです。次期五代目皇帝の習近平もそんな上海閥の一人ですが、未だブレジネフ~チェルネンコ政権期のソ連以上に異常だった「老人支配」時代の悪影響が及んでいると言えるのです。

そういう意味では、毛沢東死後、一時的に最高指導者となっていた華国ホウ、確かに彼は長老たちから見れば子供同然だったと言うか、あの中国を支配するには頼りなかったのも確かですが、変に権力に固執しないでトウ小平による改革開放への道を開いたのには一定の評価はしても良いのではとも思います。

いずれにせよ、21世紀の中国、そうした「変容」は見られながらも、ロマノフ朝末期のロシアもそうでしたが、民心に追いついているとはまだまだ言い難い。実際中東での民主化運動が飛び火している事も相まって、特に温家宝(彼も胡耀邦に大きくインスパイアされている人物の一人)は大きな危機感を抱いているようだけど、果たして・・・・・・・・・・・良識的な隣人達の志は強く支持したいけど、果たして台湾みたいに中華皇帝制との決別はやってくるのだろうか?習近平体制が始まる2013年はもう近い未来だが・・・・・・・・・・

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2011/03/14

あの勘違いナルシスト(褒め言葉)も地元にエール

http://www.daily.co.jp/newsflash/2011/03/14/0003866594.shtml

お笑いタレントで宮城県出身の狩野英孝は14日、「その後」とのタイトルでブログを更新。両親とは一度、連絡取った後はまた連絡が取れていないが、「テレビの情報や新聞でウチの父親が取材をうけてる姿を見て『本当に生きててくれてありがとう』と、涙が出てきました」とつづった。東北の被災者には「まだまだ東北は凍えるような寒さだと思いますが、だんだん確実に春は近づいてきています。悲しみや寒さや悔しさで胸がいっぱいでしょうが、みんな負けちゃダメだよ!みんな頑張れ!!」とエールを送った。

(2011年3月14日)

狩野英孝くんの実家はお寺だとは前から知ってはいたけど、彼も旧栗駒町の出身だったんですね。

勘違いナルシスト芸人として活躍中な彼、やはりロンドンハーツでのはじけっぷりが爽快ですね。特に自ら楽曲をプロデュースした某企画、そのセンスの無さはある意味天才というか、爆笑しっぱなしで、ある意味レジェンドを刻み付けたと言って良かったでしょう。(笑)

ガレッジセールのゴリ氏(忍者ハットリくんでの演技は残念ながら微妙だったが・・・・・)にも言える事だけど、こうした地元や家族へのエールからも分かる様に、嫌味っぽさとかがないのが良いというか、少なくとも彼には悪い印象はないです。色々心配なのは想像に硬くないですが、これからも見る人々を爆笑の渦に引きずりこんでほしいですね。

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2011年東北沖太平洋地震はやって来た・・・・・・・・その2

週明けの今日の出勤は私は通常通りでしたが、現場の方は本来のローテーションで出勤日である班のメンバーだけが日勤勤務として出勤しました。

トヨタも少なくとも、16日までは生産停止の意向らしいですが、私の職場も製造どころではなく、私自身は管轄部署の整理・片付け・点検等をやっていました。水の方も、私の住む某市は断水が完全に解除されてその点は良かったのですが、明後日までに震度7の余震が来る確率が70パーセントだとか・・・・・・・・もう勘弁してくれよ(´・ω・`)ですが。(苦笑)

スポーツも、ゴルフでは石川遼が世界16位に上がったのは明るい話題ですが、サッカーはJリーグ今月の試合は全て中止、野球も巨人は予定通り開幕するらしいですが、被害の中心地に近い楽天は・・・・・・・・・折角初の開幕権を得られたというのにファンの方々にとっては・・・・・・・・・・どうなるかはまだ予断を許さず、「ワシが育てた」が口癖のあの人には良い印象はないですが、こういう時だからこそ、選手の方々には人々を勇気づけるプレーを披露していただきたいと強く思います。もっとも、そんな所じゃないかもしれないが・・・・・・

しかしまた、台湾では「日本人は犬。助けるな」と暴言吐いた某議員補佐が解任されたとか・・・・・・・・・韓国も相変わらず上から目線だけど、こういうニュースを聞くと、怒りよりも悲しみがこみ上げてきますね。よほど台湾及び台湾人に恨みでもあるのか、ブログで汚い罵倒しているむじなこと酒井亨くんが喜びそうなニュースですが。(苦笑)

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2011/03/12

2011年東北沖太平洋地震はやって来た・・・・・・・・

7日月曜日に雪が降ったと思ったら今度は・・・・・・・・・・

地震が起こった昨日11日当日は仕事は暇で定時で帰れるかなと思ったら、突如その地震は起こりました。一時は午後3時過ぎには電気は復旧しましたが、すぐまた地震は起こり、停電、おまけに一時的な雨まで降り、職場はもう生産どころなんかじゃない。自分の職場は24時間生産体制だけど、完全に稼動停止して職場を後にしました。

しかし、帰宅までも一苦労で、信号も停止していたから所々で渋滞。自宅に着くまでに1時間半近くもかかってしまった。漸く自宅に帰ったと思ったら、停電しているままなので、パンに蝋燭を刺して、暗いのを凌ぎましたが、暖房で寒さを凌げないのには参った。夜11時過ぎ頃まで車の中で過ごしました。

翌日(つまり今日3月12日)には水までもが断水してしまい、気温も、朝も普通に冷え込んだため、普通に寒い。しかし、家庭の事情で昼間は目立つので、車の中にい続けるわけにもいかない。寒いから夕方まで布団の中にうずくまる事ぐらいしかする事が無かった。

その後はまた暖房がかかる車の中で過ごし、茨城放送のラジオを聞きながら、県内の地震情報などを確認していましたが、先ほどの夜10時過ぎ、漸く私の住む県内某所でも停電が解除されたので、車から戻り、こうして人生初めて味わった体験をこのブログに記すことが出来るようになったわけです。しかし、午後11時現在、まだ断水は続いている。どうやら今日は風呂には入れそうにない。去年11月中旬~12月上旬に入院していた時も、風呂は2日に1回だったけど、毎日入らないと何だか気味が悪い。しかし、まあしょうがないでしょうね。

最後に、茨城県内での17名の方も含む、この2011年東北沖太平洋地震での犠牲者の方々のご冥福を心からお祈りします。

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2011/03/09

東京都知事選挙×セールスマン東国原×ドクター中松

http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20110308-OHT1T00271.htm

東国原氏、都知事選への支援「なくて不思議」…著書の握手即売会で

 東京都知事選(24日告示、4月10日投開票)の立候補を14日に表明する予定の前宮崎県知事・東国原英夫氏(53)が8日、都内のコンビニエンスストアで新著「日本改革宣言」の発売を記念し、握手即売会を行った。

 都知事選に関し、既成政党からの支援の話は「全然ないのが不思議」と話した東国原氏だが「来るものは拒まずです」と連携の可能性に含みを持たせた。都知事選への出馬の意向を固めたとされる自民党・丸山和也参院議員には「選択肢が多い方が、民主主義の確保という意味で都民には良いこと」と歓迎した。

宮崎では、確かにセールスマンとしては合格点は取れていたかもしれない。しかし、国政進出騒動は無節操で興ざめさせられたし、累積赤字や口蹄疫等の肝心な問題は殆ど解決できないままだった。まあ、彼を選んだ宮崎県民にも大きな責任はありますが、正直「知事としてはどーよ?」ですね。身の丈不相応な青写真を描いているようだけど、残念ながら就任した際に自分が思った「初心忘れるべからず」は伝わらなかったようです。東京でもセールスマン「だけ」やるつもりなんですか?

2011年東京都知事選挙、彼や某迷言がパロディもされた某仕分け人は勿論論外なのだけど、その他の実際表明した候補も・・・・・・・・・

渡邉美樹はワタミ自体がブラック企業として悪名高いし、小池晃は親中、松沢成文は隠れ民主、中村克も過去に何度も問題言動が見られた。

正直自分がもし都民だったら、この人に入れたい!!と思える候補がいないのだけど、胡散臭い面々の中では、ドクター中松ですらマトモに見えてしまうのは自分だけだろうか?

http://222.146.204.251/~mame/doc/nakamatsu/mokuji.html

上記HPは、そんな彼についての経歴や業績等を検証したサイトだけど、いやはやというか、矛盾だらけなのには改めて苦笑させられましたね。特に興味深かったのは学歴ですが、信用できるのはせいぜい麻布中学までなんじゃないだろうか?発明件数についても、実際特許として認められたのは200件あるかないかで、エジソン以上どころか日本一ですらないのだけど、日本一である故・伴五紀を知っている人はどれぐらいいるだろうか?

大正5年生まれの伴氏は、現・筑波大学の前身である、東京文理科大学を25歳の時に卒業。陸軍予科士官学校や東京理科大学で教鞭を取る傍ら、自ら会社も起こし、写真用ストロボやカーステレオ等を発明した。平成15年に87歳で逝去された同氏は、「日本のエジソン」と呼ばれたらしいですが、こうした経歴・実績をちょっと調べただけでも、過小評価されているんじゃないかと思えます。客観的に見れば、ホラ吹きである中松氏が、パフォーマンス等半ばマスコミに面白がられ、一方で伴氏がその業績の割りに知名度が今一つ(?)なのは「何だかなあ」ですね。どうせ今回も当選する可能性は低いでしょうが、まあお元気な限り頑張って下さい。

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BBCの「遅かった」謝罪メール

http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011030901000151.html

英BBCが長崎市に謝罪 二重被爆者を番組でちゃかす

2011/03/09 10:19   【共同通信】

 英BBCテレビのお笑いクイズ番組が、昨年1月に93歳で亡くなった長崎市の二重被爆者山口彊さんを「世界一運が悪い男」とジョーク交じりに紹介した問題で、BBCから長崎市に「感情を害し、おわび申し上げます」との謝罪のメールが届いていたことが9日、分かった。

 長崎市平和推進課によると、メールはBBCのマーク・トンプソン会長の署名入りで7日に届いた。過去にBBCの番組が核問題に真摯に取り組んできたことを挙げた上で「今回の件では迷惑を掛けた。被爆者の気持ちは理解している」と書かれていたという。

 長崎原爆資料館の中村明俊館長は「誠意は伝わるが、今後の具体的な取り組みは示されていない。二重被爆を含めた被爆の実態を取り上げてもらうきっかけにしていきたい」と話している。

メールで謝罪するのではなく、まずは直接日本に来て、被爆者の遺族の方へ、その後長崎県庁を訪問して長崎県民の方々に公式謝罪しなきゃダメだろと思うけど、まあ謝罪自体はした分さすがに特亜三国よりは全然マシでしょう。このお笑い番組は当然放送終了。プロデューサー等のお偉いさんらの更迭等もやってほしいものだけど。

しかし、yahooでもコメント欄が設けられていて、一々そういうのに突っ込んだらキリがない(苦笑)のは分かってはいるけど、「日本は米英に戦争を起こさなければいけない状況に追い込まれた」って・・・・・・・・確かにそれ自体は自分も否定はしないけど、直接この不祥事とは関係ないし、日本だって日露戦争の「判定勝ち」や朝鮮併合等に溺れるあまりそういう原因を作ったんじゃないか。被害者面するなよと強く突っ込まずにはいられなかったですがね。まさに自尊史観者お決まりの言い訳です。あと「自称」カナダ在住30年の、「アングロサクソンは自分の都合の悪いことは冗談で流す」というようなコメントも見られたけど、本当にカナダ在住30年なんでしょうかね。右に偏っていると言うか、ネット右翼の溜まり場なのでしょう。ロクなもんじゃない。

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2011/03/06

毛沢東のメタボ化はいつからはじまったか

http://www.plapic.com.cn/index/index_lib2.htm

グーグルである画像検索していた時に、たまたまこのようなサイトを目にしましたが、これは人民解放軍画報というサイトで、歴戦の軍事指導者達の画像が多く載っています。ですが、その中でも特に毛沢東の画像の多さが目立ちます。

http://www.plapic.com.cn/lib/00001/200001.htm

まずこれは、青年時代~日中戦争勃発までの時期の画像ですが、整った顔をしていますね。ユン・チアン著の「マオ」によれば、毛沢東は既に国共内戦勃発時から美食家(「たらふく食べてたらふくクソをするんだ」と嘯いていたとか)だったらしいですが、長征が終わる前後からやや肥りはじめてきていますね。

http://www.plapic.com.cn/lib/00001/200002.htm

そして、日中戦争が勃発してからはさらに肥り、顎が二重になっているのが分かります。しかし、健康など一切気を遣っていなかったらしい後年とは違い、「やべっ、ちょっとダイエットしなきゃ」と思ったのか、1938年秋以降はスリムになっています。スターリンの著書を読んでいる画像は、前述の「マオ」にも載っていましたが、45歳にしては若々しいですね。

http://www.plapic.com.cn/lib/00001/200003.htm

そして、百団大戦等が原因による日本軍の掃討強化で、解放区が縮小していた1941年まではその体型を維持していたようですが、同年以降また肥り始め、1943年秋頃には一時ややダイエットしたらしいですが、1976年に死去するまでほぼずっとメタボ体型だったわけですね。ちなみに、宮下あきら氏の代表作、「魁!!男塾」の塾長、江田島平八の半生を描いた「天下無双江田島平八伝」でも、毛沢東は登場し、日本軍に捕らえられて処刑されかかったのを助けられた・・・・・という設定で、筋肉質な体型として描かれていましたが、再メタボ化が始まったのとほぼ同時期です。

体重は110キロあったんじゃないかともいわれていますが、さすがにそこまでは無かったでしょう。身長は183センチ説と165センチ説もありますが、172センチ程度だったらしく、この時代の中国人としては長身です。(これもおそらく晩年の身長で、それ以前は175センチ程度だったかもしれない)実際に周恩来朱徳劉少奇ら他の幹部たちとの写真を見てもその背の高さが分かる。主な政府・軍幹部で彼より背が高かったのは十大大将の一人で、文化大革命時には散々な迫害を受けた羅瑞卿と、唯一、1955年と階級復活時の1988年に2度上将(欧米諸国の4つ星大将に相当。)階級を授与された洪学智ぐらいしか見当たりません。体重は85~95キロ程度だったでしょう。ちなみにスターリンの身長は163センチ弱しかなかったらしい。1949年12月にソ連を訪問し、スターリン70歳の誕生日(実際は71歳)パーティーに出席した際の並んだ写真を見る限りでは、9センチも身長差があるようには見えないですが、まあ影武者かシークレットブーツで誤魔化していたのでしょう。

しかし、1966年7月の、文化大革命勃発直前には長江での泳ぎも披露したらしく、中年以降メタボ化したが、水泳が巧いという点ではわが国の徳川家康と共通しているとも言えたでしょう。最近ついに少将に昇進した孫の毛新宇はその祖父以上にメタボですが、生活は質素で、肥っていたどころか寧ろ痩せ型だった蒋介石とは対照的です。(蒋介石は写真を見る限りでは、30代半ば頃が最も体重があった時期だった)

そう言えば、以前にも過去ログでも触れましたが、1935年に大元帥に相当する特級上将(本来は元帥扱いだが、陸海空全軍の最高指揮権を持っていたので、大元帥扱いとなったのかな?)となった蒋介石に対し毛沢東は、実は1955年の階級制定時には中華人民共和国大元帥という最高の階級が彼の為にもうけられたのですが、あくまで革命家だったからかこれを固辞したので、空位のまま廃止されています。この点でも蒋介石や、スターリン、金日成とは対照的です。独裁者というのは、自分の後ろ盾である軍部に階級を与えたがるもので、北の将軍様が良い例なのだけど、高級将校達を大量昇進させておきながら、自分は形式的にはそのトップにならなかったという点では伍長のままだったヒトラーと似ているのかもしれません。(大元帥に相当するらしい「国家元帥」という階級は存在し、ヘルマン・ゲーリングのみが授与されたし、毛沢東も、共産党中央軍事委員会主席は国家主席退任後も共産党主席共々死去まで務めた)ちょっと毛沢東のメタボ化から脱線してしまったけど、こんな所ですかね。

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2011/03/05

新テニスの王子様第48・49話-勝ち組たちよ!!俺たちは帰ってきた!!

2番コートの乗っ取りを宣言した負け組み達(金太郎はいい加減人の名前ぐらいすぐ覚えろよ(#゚Д゚))、皆傷だらけですが戻ってきました。勝ち組達は認めようとはせず、追い返そうとしましたが、弾をぶつけるなんて乱暴ですなあ。まあ、老人虐待した誰かさんもいるから今更全然驚く事ではないけど。(苦笑)

しかし、世界の三船にしごかれた彼らにとっては何とも無かった。全て弾かれたけど、田螺はジョジョ7部の大統領ばりにイケメンwwwになったし、真田皇帝陛下はどす黒いオーラを纏い、さらに暴君っぷりに磨きがかかった。喧嘩を止めに入ったのは鉄砲くんだったけど、やけに紹介が長い。そしてネガティブwwwww。越前王子様wwwwもまた同じ紹介繰り返さなくて良いからwwww。

結局彼らは2番コートに入る事を許可されましたが、猫丸くんみたいに温かく迎えてくれたメンバーもいた。そして最強中の最強候補な殿(徳川)もかってはその負け組の一員だった事が明らかに・・・・・・・・・

その舌の根も乾かぬうちにコーチ陣から新たなアナウンスがなされました。そう、海外遠征組20名の帰国が近いという。そのアナウンスが終わった後、美味しい料理を食べ、熱い風呂に入りいよいよ就寝と思いきや・・・・・・・・・・そう、猫丸くん達の部屋メンバーが元で枕投げwwwwが始まったのです。

予想に反して(?)頑張っている平理・天神コンビはあっけなく亜久津くんにKOされましたが、何故かタカさんも枕を手にしただけでバーニング!!猫丸くんと副部長くんも何故かシンクロ!!wwww天才くんは、白石くんや幸村くんと植物を眺めていましたが、知らせに来た弟が枕投げの巻き添えを食らったのに笑みを浮かべながら、参戦・・・・・・・って、ママン!!このお兄ちゃん怖いよ!!wwwwww

アトーべ様はストリートファイターⅣシリーズでも同僚として共演(だから中の人が同じだけだっつうの)した樺地くんに枕集めを支持しましたが、いつの間に仁王との相部屋が仁王王国に。何跡部王国に対抗してんだよwwww。石田くんアバターでも登場(だから中の人が同じだけだから)した金太郎くんも必殺技で暴れまくりもうやりたい放題。勿論お咎めを受けないわけは無く、廊下に正座させられますが、たかが枕投げでテニスの必殺技使うなんてDQN過ぎだよwwwwお前らはwwww。

その頃、一度は小便かけた後埋めたはずだった負け犬たちのジャージを律儀に洗濯したのか?世界の三船が乾かしながら焚き火をしていましたが、案外このオッサンも良い所もあるというか?

そしてついに海外遠征組が帰国して、いよいよ彼らと戦う第三次選考の結果が楽しみ・・・・・・と思いきや、来月号は休載らしいです。

折角また今月の話が爆笑ものwwwwでますます楽しみだったのに残念なアナウンスですが、他方アニメ10周年記念プロジェクトの一環としての劇場版は、またリョーガのようなオリジナルキャラが登場する事が確認されました。来月は新展開の話が読めないのは、大のテニプリファンwwwwとしてはアレですが、同じスクエア連載陣では、許斐大先生とはまた毛色が違う奇才・漫☆画太郎先生のミトコンも相変わらずギャグセンスのキレ(この先生もかなり作風的に好き嫌いが分かれるけど、自分は嫌いではない)があって爆笑ものだし、彼やTOLOVEるダークネスを意欲連載している矢吹「知欠」健太朗先生やダストマン・クリスタルマン産みの親でもある村田雄介先生に負けないためにも、もっとパワーアップして戻ってくるっきゃない!!テニプリにも、許斐大先生にも辞書には不可能なんてないのだから。YES!!HE CAN!!wwwwYES!!WE CAN!!wwwwww

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2011/03/02

ドリフターズの生涯現役宣言?

http://www.daily.co.jp/gossip/article/2011/03/02/0003837838.shtml

68歳加藤茶“生涯お笑い”宣言

 「加トちゃんペ」のポーズでそろえる(左から)高木ブー、仲本工事、加藤茶、志村けん=東京・赤坂
 「加トちゃんペ」のポーズでそろえる(左から)高木ブー、仲本工事、加藤茶、志村けん=東京・赤坂

 ザ・ドリフターズの加藤茶が68歳の誕生日を迎えた1日、都内で「芸能生活50周年の宴」を行い、04年3月にリーダー・いかりや長介さんが亡くなって以後初めて、高木ブー(77)、仲本工事(69)、志村けん(61)とメンバー4人でドリフコントを披露した。

 トレードマークのハゲづらをかぶり、志村から鉄板でアタマをはたかれた加トちゃんは、「今のドリフターズのコントをやっていきたい。年になると笑いを引退する人も多いですが、体が続く限りやって、笑って死にたいです!!」と“生涯お笑い”も宣言。

 1969年から1985年まで放送された「8時だョ!全員集合」で国民的人気を集めるなど、芸能界で過ごした半世紀については、「50年といっても、バーッと過ぎた感じ。17、18歳で田舎から出てきたときは、コメディアンになる気はなく、一生懸命ドラムをたたいてました。一番の思い出は…離婚ですね」と自虐的に振り返り、苦笑いを浮かべていた。                               

(2011年3月2日)

「全員集合」は世代的に見た記憶は殆どないですが、「ドリフ大爆笑」は放送される度見てましたね。今でもドリフのコントは笑えますが、特に楽しみにしていたコントはやはり、バカ兄弟でしたかね。ジャンプで連載されていた某ギャグ漫画でもパロディされていましたが、それも彼らがやはり一時代を築いた事の証明の一端だったとも言えたでしょう。

性格俳優としても、「踊る大捜査線」シリーズ等で味のある演技を見せていた故いかりや長介氏の逝去は誠に残念で、没後7年経とうとしている現在でももうこの世の人ではないとは思えないのだけど、これからもご健在なメンバー一堂、某家電量販大手のCMでも目にするけど、見る人を笑いの渦に引き込んでほしいと強く思います。

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