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2010年10月

2010/10/31

次期五代目皇帝の朝鮮戦争発言と中国最大の誤算

http://www.47news.jp/CN/201010/CN2010103101000266.html

中国副主席発言に韓国反発 親北朝鮮路線と警戒

 【ソウル共同】中国の習近平国家副主席が、朝鮮戦争(1950~53年)について「平和と人類の進歩を維持するための偉大な勝利」と発言したことに、北朝鮮による侵略戦争とする韓国が強く反発している。中国の次期最高指導者に事実上確定した習氏の発言だけに、韓国メディアや政界からは「中国の親北朝鮮路線を示した」として、警戒する声が出ている。

 習氏は25日、北京で開かれた中国の朝鮮戦争参戦から60年の祝典に出席。元義勇兵たちを前に問題の発言をした。

 これに対し、韓国外交通商省は26日、報道向け資料で「朝鮮戦争が北(北朝鮮)の南侵で起きたのは国際的に認められた歴史的事実」と主張。金星煥外交通商相も不快感を示した。

 一方、韓国メディアによると、中国外務省の馬朝旭報道局長は28日、定例記者会見で、習氏の発言内容を「中国政府の定論」と指摘、韓国世論に再び火を付けた。馬局長は29日、中韓の報道官交流として韓国を訪問したが、日程はすべて非公開とされた。

まあ確かに国共内戦が一段落着いた直後で、アメリカが主だった国連軍と引き分けに持ち込んだのだから、そういう風に言えなくも無いのだろうが・・・・・・・

次期国家主席がほぼ確定している、上海閥の一人でもあるこの習近平2012年に開催されるであろう第十八次全国人民代表大会総書記2013年国家主席2014年には党中央軍事委員会主席、そして2015年には国家中央軍事委員会主席に就任と、胡錦濤が江沢民から段々権力を委譲されていったように、彼もそうなっていくのでしょう。

この上海閥の親玉な江沢民自身は、国家主席は楊尚昆、総書記は趙紫陽、そして党・国家軍事委員会主席はあのトウ小平から受け継ぎました。しかし、両軍事委員会については、元々第一副主席にもその趙紫陽がついており、彼が兼務していた総書記も、トウの片腕仲間だった胡耀邦が前任者で、彼が元老達の批判を受けて解任された事で、趙が国務院総理を辞任してその後任に任命されたのです。ところが、この趙も、胡耀邦急死直後の天安門事件で失脚してしまった。

トウ小平が国家主席にも、国務院総理にも、総書記にも就任しないでキングメーカー(国務院副総理には3度22年務めていた。内周恩来末期~華国ホウ内閣時の4年間は常務副総理)に徹し、毛沢東から「あなたがやれば私は安心だ。」と言われていたらしい華国ホウを、総書記、国務院総理及び党中央軍事委員会主席(国家中央軍事委員会は当時まだ設置されず)の座から引き摺り下ろして、総書記(当時は党主席)を胡耀邦、国務院総理を趙紫陽に任命したのもまさに遠慮深謀のなせる技だったと言って良かったでしょう。

彼自身は副総理の座は退きましたが、党中央軍事委員会主席には自らが後釜として就任、憲法改正で設置された国家中央軍事委員会主席も自らが兼務し、再設置された国家主席・副主席には、同輩の元老への名誉職としてそれぞれ李先念と人民軍解放軍開国上将でもあったウランフをすえた。ここまでは良かったのですが、今から思えばトウ小平、いやポスト毛沢東期の中国最大の誤算は、この信頼していたはずの部下だった胡耀邦・趙紫陽としだいに考えが合わなくなっていった事だったと思います。

彼は前述通り、独裁者というよりもバランサーの面が強かったともいえましたが、彼らを要職につける一方、元老達の事も無視するわけには行かない。彼ら2人とも英明な政治家ではあったけど、言葉をもう少し選ばなかったからトウの不興を買ってしまった。

この時代の中国はソ連以上の長老支配体制で、この2人の失脚後、改革はなかなか進まず。表向きは既に公職を退いていたトウ小平が1992年に南巡講和を行い、同年の第十四次全国人民代表大会でやっと長老保守派は壊滅して、名実共に江沢民時代が始まった。しかし、その江沢民が「愛国教育」等日本に及ぼした害等は・・・・・・・・・周知のとおりです。彼もまた、胡耀邦に取り立てられ出世した面々の一人でしたが、国家主席退任後も影響力は強く残り、胡錦濤の共青団と上海閥・太子党の権力闘争が尚も続いている。もしこの2人が失脚しないでいずれかがトウ小平の後釜で最高指導者となっていれば、中国もここまで大国主義をむき出しにする事は無かったかもしれません。しかし、現実は李克強との後継者争いに習近平が勝利してしまった。ましてやこの世代は、青春期に文化大革命を体験した世代で、理系の大学を卒業したエンジニアだった胡錦濤や温家宝ら第4世代とは違い、大多数はまともな教育を受けていないと言われています。日本にとって歓迎できるような政権体制ではない事は確かだと思われますが、果たしてこの先の中国の行く末は・・・・・・・・習近平は「中華人民帝国」のラストエンペラーとなるのか?それとも・・・・・・・・

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2010/10/19

ソフトバンク、「鬼門プレーオフ」を克服できず

http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20101019-OHT1T00163.htm

ミラクル・ロッテが日本シリーズへ!ソフトを投打に圧倒

 ◆パ・リーグ クライマックスシリーズ ファイナルステージ第6戦(6試合制) ソフトバンク0─7ロッテ(19日・福岡ヤフードーム) ロッテが成瀬の好投と好機での集中打でソフトバンクに完封勝ちし、1勝3敗からの3連勝でファイナルステージを突破。史上初めて、レギュラーシーズン3位チームが日本シリーズに駒を進めた。

 ロッテは5回、2死から里崎、西岡の連打と四球で満塁。ここで井口がソフトバンク先発・杉内から死球を受け、押し出しで先制。サブローも2―3から四球を選んで連続押し出しで2点目。さらには今江が中前にしぶとくはじき返して2者生還、一挙4点を先行した。

 8回にもソフトバンク4番手のファルケンボーグを攻め、1死二塁から金泰均が右越えの適時二塁打、さらに大松が右翼ポール際へ2ラン本塁打を運んでダメ押し。

 先発の成瀬も第1ステージの西武戦から2試合連続で中4日の登板ながら、精密なコントロールで内外角にボールを散らして相手打線に的を絞らせず、113球、散発4安打で完封。最後の打者・小久保の打球をつかんだ西岡がグラウンドにつっぷしてうれし涙にくれる幕切れとなった。最優秀選手(MVP)には第1戦1失点完投、この日と合わせて2勝を挙げた成瀬が選ばれた。

 ソフトバンクは最終戦も打線の不振が目立ち、孤軍奮闘した杉内も踏ん張りきれず4回2/3でKOされた。力尽きた杉内は降板後ベンチで号泣。リーグ優勝で1勝のアドバンテージを得ながら07年以降計6度のプレーオフ、CS出場でまたも敗退し、悲願のシリーズ進出は今季もならなかった。

 ロッテ・西村監督「1年目で胴上げは最高の気分。リーグ戦終盤から、負けたら終わりの戦いが続いていた。本当に精神力の強い選手。みんなで一つになって戦った一年の結果だと思う」

 ソフトバンク・秋山監督「(最終戦から)長くあいて調整がうまくいかなかったところが一番かもしれない。それ以上に向こうの投手が良かったのもある。短期間決戦で力を出せなかった」

ソフトバンクにとって、プレーオフはつくづく鬼門なのか、初めて2シーズン制として導入された、南海時代の1973年には、総合勝率3位ながらも、「死んだふり」優勝(これこそが、現在に至るまで続いている対野村克也過大評価・歪なる神聖視の根本的要因となっている。実質優勝させたのはヤクルトだけ)した過去があるだけに、今年も日本シリーズ出場を逃したのはより皮肉に感じられます。

しかし、プレーオフへの批判をするのは容易ですが、冷静に考えれば今年の優勝は、実質リーグ3連覇した2003~2005年とは違い、他5球団のだらしなさに助けられた面が大きかったのもまた事実だったと思います。(これは中日にも言える)

西武はかっての投手王国はどこへやら。21世紀以降は打高投低な傾向が強く、90年代以前ほどの常勝軍団ではなくなってしまい、野球を知らない関係者の某失言もあって失速、ロッテも得失点差がリーグ最大ながら最下位の楽天に負け越し、最後の最後でやっとAクラス入り。日本ハムも去年日本シリーズでのダルビッシュの酷使も響いた形となってしまい、楽天はフロントの迷走もあって最下位に逆戻り。金子・木佐貫がエースとして活躍し、T-岡田が本塁打王となったオリックスがそこそこ頑張った程度でした。

ソフトバンク自身は、悪く言えば小久保や松中の衰えが目立ってきて、ぺタジーニも結局期待されたほどの働きは出来なかった。投手陣も、和田と杉内は確かにペナントレースでは終始安定してローテーションを守ったけど、彼ら以外の投手がこの2人が作った貯金18(チーム全体では13)を維持しきれず、リーグ最多登板であった摂津等リリーフ陣に負担をかける事となってしまった。そしてプレーオフでは第6戦スタメン野手の平均年齢は30.7歳とやや高めだったけど、彼らがこの2人を援護しきれず、特に杉内は0勝2敗では・・・・・・・・・現在のプレーオフ制度に反対という考えは変わりませんが、勝てなかったのも無理なかったかもしれません。

ソフトバンクは、南海~ダイエー時代の、実質1967~99年の実に33年も「本当の意味での優勝」から遠ざかっていましたが、歴史は繰り返すと言うか、次の日本シリーズ出場は、2036年あるいは、死んだふり優勝した1973年から26年遠ざかっていたとすれば、2029年頃となってしまうのでしょうかね。その時はもう私なんぞはいい歳したオッサンとなっていますが、ダイエー時代末期以降、戦力を活かしきれていない現状を見ると、冗談抜きでそうなりそうな気がします。

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2010/10/17

「第四次ダイナマイト打線」の阪神、5年ぶりの日本シリーズ進出はならず

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101017-00000538-sanspo-base

最後の最後でも、勝てる試合を落としてしまいましたね。阪神は。

打線は確かに強力ではありました。47本のブラゼルを筆頭として、メジャーから帰ってきた城島が28本。15本塁打以上が6人。90打点以上が5人で、3割打者も5人。マートンはシーズン最多安打で、鳥谷は得点圏打率首位。第一次が1947~49年、第二次が唯一の日本一となった1985年、暗黒期を乗り越えて優勝した2003年が第三次とすれば、今年2010年は第四次ダイナマイト打線を結成したと評して差し支えなかったでしょう。
しかし、そんな巨人にも引けをとらなかった強力打線に対し、先発投手陣は最後まで頼りないままでした。
規定投球回数に達したのは久保だけ。ソフトバンクにも在籍していたスタンリッジはそこそこでしたが、メッセンジャーはイマイチ。巨人キラーとなった筈の能見・安藤・福原も本来の力を発揮する事は出来ませんでした。チーム防御率は4点台。中日よりも得点数が200以上も多かったにもかかわらず、リーグ優勝を逃す事となりましたが、このCSでも・・・・・・
真弓監督の采配は、金本に対する扱いも批判を受けましたが、広島の先輩だった鉄人・衣笠も、故・宇佐美徹也に批判されていた(この人も、稲尾和久のシーズン登板記録更新を阻止しようとしたのは越権行為以外の何物でもなかったが)通り最後の2年間はボロボロだった事を考えると、まさに「歴史は繰り返す」と言った所だったでしょう。
かくして阪神の2010年は終わりましたが、来年は果たしてどうなるか。つい最近の巨人の悪い所を真似ている印象がありますが、監督交替後借金を一気に返済したヤクルトにも抜かれてBクラスにまた転落しそうな気がするけど、戦後は15~20年周期の優勝にとどまっているだけに次の優勝はこの分では2020年~2025年頃になりそうですね。まあ横浜・村田にブーイングするような、「阪神が好きなだけ」ではない、「本当の野球ファン」なら、それぐらい我慢できるとは思いますが。(皮肉)

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2010/10/10

「スーパーストリートファイターⅣ」はカプコン対戦格闘の迷走歯止めには成り得なかった

スーパーストリートファイターⅣ、家庭用が発売されてからもう半年がたとうとしていますが、12月にはとうとうアーケード版が逆輸入されるらしいです。しかし・・・・・・・

私は家庭用はXBOX版を購入して、真・剛拳と真・豪鬼(後者の方が強かったが)どちらとも会いましたが、まず良かった点について。キャラクターごとにアニメーションが挿入されてましたが、作り手の、キャラクターに対する愛情とかよく伝わりました。あの「Ⅱ」の車破壊とタル破壊のボーナスステージが復活したのも、古くからのファンには思わずニヤリとさせられた事だったでしょう。

既存キャラも、当然かってのⅡダッシュ等のように調整が施されました。ダイヤグラム上ではなんとE・本田が1位!!彼と春麗、「ヘタリアのドイツ」ガイル、「強力若本」(笑)ベガ、バイソンが五強で、まことがあのダンよりも下な最下位となってしまいましたが、Sランク相当のキャラはおらず、サガット・リュウも弱体化したとはいえ、まだまだ強い。対戦バランスは無印と比べるどころか、数多いシリーズの中でも優良な方だったと思います。ウルトラコンボを二者択一制にしたのも、戦略の幅が広がったといえましたね。

声優陣も、ドラゴンボール改でも「グッドタイミング!!」等受け狙いな(笑)演技が記憶に新しい若本規夫氏には相変わらず、「俺たちが出来ない事を全く平然とやってのけるっ!!そこにしびれるっ!!あこがれるっ!!」だったし、新キャラ・ジュリ役(いずれは同胞のキム・カッファンとの対決も実現するか?)の喜多村英梨氏も、そのいかれっぷりとか清清しかったというか、彼女の演技があったからこそ大いにそのキャラクターが活かされていたと言えた。タツカプでも、ガンちゃん役の好演(「ヤッターマン」リメイク版も、彼女の方が適役だったと思う。)が光りましたが、その演技力の高さは出色のものである事を改めて認識させられました。

しかし、「何だお前また文句垂れるのかよ。」と思われるかもしれないけど、褒められるのはここまでですな。

ジュリや、正史ではやはり初の中東出身(そう言えば、某3D格闘ゲームでも、同郷のヒロインがいたが、対決の可能性はキムVsジュリ以上に低そう)なハカンの他にも、「ZERO」シリーズからはアドン・ガイ・コーディー、「Ⅲ」シリーズからはダッドリー・いぶき・まことが参戦したけど、そもそも無印では、Ⅱの翌年らしいから、ソ連崩壊直後の1992年の出来事の筈が、さくらが女子高生として復活したその時点でおかしい。ZEROシリーズは1987年に登場した初代のちょっと後の出来事だから、彼女は芸能人で言えば、藤原紀香氏や、喜多嶋舞氏等と同世代。もう大学生か社会人になっている筈だけど、いぶきやまことのストーリーでは、Ⅲ3rdの3年前の出来事だという。すると、同作が登場したのは1999年の5月だから、実はⅣシリーズって、1996年の出来事?どっちなんですかですね。

仮に後者を取るとしても、いぶきはEDでは大学に入学した事が描かれているから、中学三年生ぐらいで、1981か1982年生まれの、池脇千鶴氏等と同世代。まことは年齢ははっきりわからないですが、まあいぶきと同世代でしょう。一回り歳が離れているはずの彼女らが、同じ女子校生として一堂に会するのは、おかしい。小学生でもすぐ気づく矛盾です。

「KOF」シリーズでも、やはり前述の藤原氏や、喜多嶋氏と同世代なボガード兄弟と、東国原知事や、巨人の原監督等と同世代な筈のリョウ・ロバート(「龍虎」の時代はソ連のアフガン侵攻や、イラン革命に直面したカーター政権下の1979年頃。タクマは昭和一桁生まれで、石原東京都知事等と同世代)が若者同士で戦っているけど、アレはあくまでパラレルワールドだからおかしいと思う人はいません。しかし、この「ストリートファイターⅣ」シリーズはれっきとした正史なんでしょ?

「Ⅲ」シリーズは開発時間とコストの割りに、思うようにヒットせず、結局春麗=主人公格という超優遇措置を取っても、成功には至らなかった。末期症状を呈していたSNKとのVSシリーズも、カオスでミソをつけてしまう等行き詰っていた。ファイティングジャムも盛り上がらずにいつしかカプコン対戦格闘ゲーム自体が制作されなくなってしまっていた。「Ⅳ」シリーズは、そうした行き詰まりを打破するために、「Ⅱ」の3D風リメイク版という事で、古くからのファンを呼び戻そうとして制作したのではないですか?

サガットが「Ⅰ」から「Ⅱ」で身長が9センチも低下したり、当初彼が殺したはず(後に豪鬼に変更)の剛拳が、SNKのギース・ナコルル宜しく「死んだ事=無かった事」だったりした事等はまだ大目に見れ、深入りしてしまったけど、どうもこうした「時系列の矛盾」からも、カプコンの「対戦格闘ゲーム制作における一貫性の無さ」が露呈されてしまっているといえます。

彼女ら他シリーズキャラを不自然な形で復活させるぐらいなら、ジュリやハカン(彼も何故か関西弁喋りだったけど、嫌いなタイプではない)のような純オリジナルキャラをもっと登場させるべきだったと思うけど、まあアーケード版では、今度はユン・ヤン(ヤンの元ネタと思われる、ガンダムWのトロワは15,6歳ぐらいだから、彼らもそれぐらいの歳で水嶋ヒロ氏等と同世代か?)が登場するみたいだし、「馬の耳に念仏」というものなのでしょう。

残念ながら、私にとっての、「スーパーストリートファイターⅣ」は、「カプコン対戦格闘ゲームの迷走」の歯止めには成りえませんでした。今後も「ストリートファイター×鉄拳」、「マーヴルVSカプコン3」の登場が予定されているようですが、そうした「迷走」は今後も続くでしょうね。ゲームバランスの向上等無視できない点も確かにありますが、私の評価は近年の作品同様低いです。それはアーケード版も変わりないでしょう。

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あの「発言」が虚しい、日本シリーズにすら進出できなかった2010年の西武ライオンズ

http://www.daily.co.jp/newsflash/2010/10/10/0003522314.shtm

ロッテが延長十一回勝ち越し パ・CS第2戦

「CSファーストS・第2戦 西武‐ロッテ」(10日、西武ド)

 西武は一回2死一、二塁で、中村が左前適時打。さらに2死満塁からブラウンの右前2点適時打で計3点を先制。

 ロッテは二回、今江が西武の先発岸からソロ本塁打を放った。

 西武は三回、ブラウンの犠飛でリードを再び3点に広げた。

 ロッテは1‐4で迎えた六回、無死一、二塁からサブローの適時二塁打で1点を返した。七回には無死二塁から里崎の中前適時打で1点差に詰めより、九回に里崎のソロ本塁打で同点に追いつき、2試合連続の延長戦となった。

 ロッテは延長十一回、2死一、二塁で井口が小野寺からタイムリーを放ち1点を勝ち越した。

まあ、西武ファンにはますます酷な言い方になってしまいますが、マジックも点灯していた、目前のリーグ優勝を逃して、プレイオフでも、リリーフの不安定さを露呈して敗退・・・・・・・・・今年の西武はいい面の皮と言うか、結果論になってしまうけど、噛ませ犬になってしまいましたね。

例の関係者の「失言」、あまり粘着するのもアレだけど、スポーツというのはいくら人気が有ろうが無かろうが、相手が、そしてそのスポーツを心から愛しているファンがいてこそ始めて成立するもの。彼らがいなくなっては西武ライオンズももう存在意義などありません。正直近年の西武は印象悪い(私の職場にもアンチ西武は何人かいる)けど、まあ某関係者は、期待なんてしていないけど、頭冷やして、監督・選手共々出直して欲しいものですね。この伊東時代からのパターンでは、来年はBクラス転落になりそうだけど。

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2010/10/09

新テニスの王子様第37話-部長は勝利して静かに旅立つ・・・・・・・

実に10日強ぶりの更新となってしまったこのブログですが、新旧部長の対決は続きます。

もはや手塚部長には、大和おじさんwwwの「幻有夢現」は通用せず、ゲームを優勢に進めますが、そんな彼が走馬灯のように心に蘇ったのは、仲間達との戦いの日々でした。そして、天衣無縫の極みwwwwまで発動してしまいましたwwwwが、また大ゴマかよwwwww。ほんと許斐大先生wwwwは大ゴマが大好きですなwwww。

手塚部長の勝利で、総入れ替え戦も王手となりましたが、コートから去る部長の前に立ちはだかったのは、いつもカッコ良すぎるアトーべ様wwww。

「ドイツ行きたいんだろ?行ってとっととプロになっておけ・・・すぐに追いかける。何も言うな手塚。このチームは俺様に任せておけ。」

相変わらず笑いもこみ上げてきたwwwけど、アトーべ様も、ライバルと闘っていくうちに「絆」とかが感じられてきたのか、たまにはいいこと言う。ちょっとは見直しましたかな?

王子様等には再会しないまま別れを告げる事となった部長でしたが、今回は笑いの方もまあまあでしたかな?完全版新巻では、幼少期のアスラン・ザラ、いや観月くんの姿wwwwも見れる等大先生のファンサービス精神は相変わらずwwwwなようですが、「TOLOVEるとらぶる」もまたスピンオフ連載(しかも、ララちゃんの乳首を早速拝めてしまった!!矢吹先生のファンサービスにもしびれるっ!!あこがれるっ!!)が始まった事だし、彼や、「ロックマン」シリーズのダストマン&クリスタルマン生みの親でもある、村田雄介先生に負けじと頑張ってほしいものですwwwww。

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