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2010年8月

2010/08/29

かってはSMAPも6人だったが・・・・・・・

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/entertainment/news/CK2010082802000108.html

【芸能・社会】

5人のKAT-TUNに台湾熱狂 5周年の来年も5カ国・地域で

2010年8月28日 紙面から

 【台北=鈴木学】人気グループKAT-TUNがデビュー5周年の来年、韓国、中国、ハワイ、タイ、台湾の5カ国・地域のツアーや、国内5都市での公演を計画していることが27日、分かった。初のアジアツアー「WORLD BIG TOUR」の最後を飾る台湾公演初日のこの日、関係者が明らかにした。特に国内では「ワイルドな感じがイメージに合う」として、コンビナートで公演を行うという驚きの企画も模索中だ。

 「5」にこだわった活動を企画する中で出てきた計画で、5パターンのコンサートが予想される国内公演は春夏に開催。政情不安から今年は中止したタイを含む海外は、亀梨和也(24)の主演舞台「ドリームボーイズ」の公演後、10-12月に開催する予定で、赤西仁(26)脱退後の5人は、来年も動向が注目される。

 一方、台北アリーナで開かれた台湾公演は初日から約1万3000人の超満員。田中聖(24)が「開心〓(カイシンマー=楽しんでますか)?」と声を上げると、歓声で会場が揺れた。

 初の海外公演となった6、7日の韓国ソウル公演では、田口淳之介(24)、田中が感激の涙を流したが、やっと海外の雰囲気にも慣れてきた様子。赤西不在も関係ない熱狂ぶりに、「Real Face」など約30曲の熱いパフォーマンスで応え、新生KAT-TUNを強烈に印象づけた。

 トークでは、中国語で「愛してますか?」と問いかけた亀梨は、沸き起こる歓声に「ここに住もうかな」。また、「KAT-TUNのファンで幸せ」の文字が入った王冠カードを一斉に掲げる観客のプレゼントに感激のメンバーたちは、アンコールの「SMILE」を中国語で歌い、ファンと一体となった歌声が温かく会場を包んだ。

 28日も同所で公演。4カ所10公演のアジアツアーを打ち上げる。

◆中丸「結束強くなった」 亀梨はファンに感謝

 ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長が、ソロで海外進出を目指す赤西の脱退を認める発言をした今ツアー初日の7月16日から1カ月余。KAT-TUNはこの日、発言以降初めて報道陣に心境を語った。

 赤西不在の中で5、6月の国内アリーナツアーを乗り切り、本ツアーもファイナルまでたどり着いた。中丸雄一(26)はこの間を「不安を乗り越えて結束力が強くなりました」と振り返る。意見がまとまらないこともよくあったが、田中は「グループのためにまとまれるようになった。大人になった」と明かした。

 かつての赤西のパートを分担するなど、5人でのコンサートを作り上げていく中では、ファンに助けられたという。亀梨は「状況を理解してもらって、赤西がいなくなった分も応援してくれている。『これでいいんだ』と自信になるライブをさせてもらった」と感謝。

 メンバーの思いをまとめるように、田中が「赤西も赤西でその道で頑張ってほしい」とエール。「嫌いだってわけでもない。お互いに成功できれば」と力を込めた。

◆上田着地に失敗 左足親指を脱臼

 公演終盤、上田が左足親指の付け根を脱臼するハプニングがあった。ソロ曲「RABBIT OR WOLF?」を歌い終え、約3メートル下のメーンステージにジャンプした際に着地に失敗。自力で引っ込んだが、立てなかったため救急車で病院に運ばれた。本人は、28日の公演やファンイベントには「出たい」としており、事務所サイドも「たとえ車イスに乗せてでも出します」。

※〓は口に馬

まあ上田氏も、あまり無理はしない方がいいと言うか、まあ不満分子がいなくなってかえって良かったんじゃないですか。正式な決定は、秋の全米ツアー後らしいが・・・・・・・・あとは、亀梨和也氏が、いつ低視聴率男の名を返上できるか?ですかね。低視聴率女の方の、上戸彩氏の方は、また今秋フジテレビでの某ドラマで主役を張るらしいが・・・・・・・・・嵐と比べると、パッとしない印象を受ける(松本潤氏も、今回のドラマは視聴率振るわないみたいだし、大野智氏の怪物くんもやはり面白くなかったが・・・・・・・)彼らですが、果たして・・・・・・・

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2010/08/28

年金詐欺も「叩けば叩くほど出ていく」もの?

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2010082802000216.html

【社会】

『111歳』死亡 年金詐取計画的か 長女ら母死亡日手続き準備

2010年8月28日 夕刊

 東京都内で男性最高齢の百十一歳とされた足立区の加藤宗現さんのミイラ化した遺体が見つかり、妻の遺族共済年金九百十五万円が詐取されていた事件で、長女真子(みちこ)容疑者(81)=詐欺容疑で逮捕=が六年前、加藤さんの妻が亡くなった当日に、年金を支給する公立学校共済組合に電話し、遺族共済年金決定請求書の用紙を取り寄せていたことが、捜査関係者への取材で分かった。

 警視庁捜査二課は、真子容疑者らが遺族共済年金について下調べした上で、それまで加藤さん名義で受給していた老齢福祉年金より支給額が高いことに目を付け、計画的に切り替えたとみて調べている。

 捜査関係者によると、真子容疑者は取り寄せた請求書の用紙に加藤さん名義で代筆。加藤さんの孫娘の登貴美容疑者(53)が真子容疑者の指示を受け、戸籍謄本などを準備して組合に郵送したという。

 加藤さんは一九六九年八月から老齢福祉年金を受給。七八年十一月ごろに死亡したとみられるが、その後も受給が続き、元教員の妻が百一歳で死亡した二〇〇四年八月以降は遺族共済年金に切り替わっていた。

 公立学校共済組合によると、遺族共済年金を受給するには親族から死亡の連絡が必要。また、真子容疑者、登貴美容疑者はともに十八歳以上のため受給資格がなく、受給権者は配偶者の加藤さんだけだった。

最近やけにこういう事件が多いですね。生きていれば、130~150歳の「消えた超高齢者」も少なくなく、もうあの泉重千代翁やジャンヌ・カルマンの享年(前者については、晩年実際は10~15歳若いのではないかとも言われたが、明治4年の国勢調査でちゃんと記録は残っているし、話題性先行のマスゴミは信用に値しないというか、1,2年程度の誤差でしょう。)を越しているのだから、笑うしかないのでしょうかね。勿論、まだ生きた事にされている天国の本人達はそんな訳には行かないのだろうけど・・・・・・・「家族を持つ事が果たして本当に幸福な事なのか?」そうした疑問を改めて感じさせてくれるこの一連のニュースですね。

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2010/08/17

中国人民解放軍の十人の大将(上級大将)達と1988年における階級制度復活

過去ログでは、かって1955年~65年にかけて存在した「中国人民解放軍の10人の元帥達」について述べましたが、その直ぐ下には大将という階級があり、当時のソ連・東欧では上級大将に相当しました。その階級を授与されたのは以下の面々です。

  • ・張雲逸
  • ・肖ケイ光
  • ・徐海東
  • ・許光達
  • ・王樹声
  • ・譚政
  • ・羅瑞卿
  • ・粟裕
  • ・黄克誠
  • ・陳コウ
  • 彼らは、十大元帥同様、国共内戦や日中戦争等に多大な貢献をした軍事指導者でしたが、特に粟裕はゲリラ戦等の理論家として知られ、張雲逸等共々主に華中で活躍しました。譚政は主に政治将校(政治委員)として活躍し、肖ケイ光と許光達はそれぞれ海軍・陸軍装甲部隊の創設にも大きく関わった。陳コウは日中戦争で唯一日本軍と正面で戦ったといって良い百団大戦にも参加しており、黄克誠は総参謀長・国防部副部長等を歴任していました。徐海東も、北伐戦争時から軍歴を有していましたが、日中戦争途中病気を患い、半ば一線を退いていました。

    上将(ソ連・東欧での3つ星大将、アメリカ・西欧での中将に相当)や中将・少将は、1955年に階級が制定された後も、昇進者は見られましたが、元帥とこの大将は合わせて20人同時授与された後は与えられた者は存在せず、軍事指導者としての最高級の栄誉だった事が分かります。しかし・・・・・・・・

    そんな彼ら10人の大将達も、誕生して間もない「共産中国の荒波」から逃れる事は出来ませんでした。まず、黄克誠がつまずきます。

    彼は前述通り国防副部長として、ホウ徳壊直属の部下として働いていましたが、廬山会議で彼ら共に毛沢東の大躍進政策を批判した為に、参謀総長の座共々解任されてしまいます。

    その後任は、部長がまだ50代前半だった林彪ならば、黄克誠の後の副部長が羅瑞卿で、彼らの関係は当初は悪くは無かったようですが、毛沢東に追従し、ゲリラ戦等に固執していた林彪と、ホウ徳懐同様軍の近代化を主張していた羅瑞卿はやがてソリが合わなくなっていきます。この間粟裕も閑職に回され、譚政も早くも失脚、陳コウは、まだ階級制度が存在していた1961年に比較的早く亡くなりましたが、同制度が廃止された1965年についに林彪の妻、葉群の中傷もあって、羅瑞卿は失脚します。彼は毛沢東の信頼は厚かったのですが、同時に後任の国家主席として、政治的実権を掌握していた劉少奇とも関係は悪くなかった事も命取りとなってしまいました。この失脚は毛沢東もしぶしぶ認めたと言われています。

    直後いよいよ文化大革命が起こり、そのさなかで張雲逸と王樹声は比較的要領よく切り抜け、元帥だった朱徳等共々天寿を全うする事が出来ましたが、羅瑞卿に対する攻撃は特に熾烈を極めました。ついに飛び降り自殺をしようとしましたが、足を負傷しただけで済み、しかもその後の治療が満足になされなかったために切断する羽目になり、さらに公の場に引っ張り出されて個人攻撃の応酬に遭う・・・・・・・・いや、まさに踏んだり蹴ったりとはこの事です。

    彼以外にも「生き残った大将達」は、徐海東と許光達もやはり迫害の中で憤死し、黄克誠や肖ケイ光も、完全には抹殺されませんでしたが、やはり迫害を受けていたと言います。

    政敵を粛清し、軍を自分達の腹心で固め、毛沢東の後継者として公式に明言される等すっかり権力に酔っていた林彪でしたが、奢れるもの久しからず。

    劉少奇を抹殺して半ば存在意義が無くなった国家主席制度の廃止に同意しなかった為、毛沢東の不興を買い、暴走。クーデターに走って失敗した挙句ソ連に高飛びする途中に墜落死しましたが、同意していたとしても、何らかの理由をつけられて失脚していた可能性は大いにあります。功績がありすぎる臣下(=劉少奇やホウ徳壊、林彪等)は、やがて皇帝(=毛沢東)によって排除されるという、王朝時代からの伝統があるからです。周恩来は他の幹部たちと違って教養があり、そうした中国の伝統もよく理解していたからこそ、養女を惨死させられ、自身も四人組の攻撃を受けても、ナンバー3にとどまり、死ぬまで何とか国務院総理であり続けました。

    林彪の死により、文化大革命は一つの転換を向かえ、外政的では日本等との国交回復、台湾での蒋介石政権に変わる国連への参加等が見られましたが、内政的には、失脚していた幹部の復帰等が見られました。粟裕は国務院に閣僚入りを果たしましたが、肖ケイ光は、今度は江青から、「お前は極右林彪とつるんでいただろ」とまたまた個人攻撃を受けます。「お前らもその林彪と一緒に叩いていただろ」と言うか、もう無茶苦茶。何が何でも自分達が気に食わない人間を叩かずにはいられなかったと言うか、当初は毛沢東との結婚を認める代わりに政治に口を出させなかった筈の、このオバハンをのさばらせてしまったのも、さらに中国が混乱する大きな要因となりました。

    しかし、止まない雨はありません。形式的には、劉少奇の代行としての副主席も、実質国家主席だった董必武(知名度は低いが、共産党創立に参加したメンバーとしては、毛沢東以外では政府の高級幹部であり続けた唯一の人物。「中国のミハイル・カリーニン」と評しても差し支えないかもしれない)、なし崩し的に国家元首格となっていた朱徳、癌に侵されながらも国務院総理の重責を全うしていた周恩来、そして毛沢東その人と、「第一世代」の重鎮達が次々と亡くなり、文化大革命が終わると、迫害されていた他の大将達も復権していく事になります。ただ、彼らの中でも散々イジメを受けていた羅瑞卿は、晩年の写真を見る限り、義足はつけてもらったようで、名誉回復も間もなく、1978年には再三の治療をドイツで受ける事となりました。手術自体は成功しましたが、72歳の老人となっていた彼、精神的にも肉体的にも既にボロボロで直後に心筋梗塞をおこし、帰らぬ人となりました。

    粟裕は76歳、黄克誠は84歳、譚政は82歳、そして「大将最後の生き残り」であった肖ケイ光は86歳と、やはり文化大革命時には2度も失脚したトウ小平の改革開放政策による祖国の発展を見届ける事(但し、黄は晩年失明した。)が出来ましたが、元帥の面々ではホウ徳壊と賀龍が迫害死を強いられ、朱徳と陳毅も、完全な失脚こそ免れるも攻撃を受け、文化大革命のさなかに死去、生き残り組は、徐向前は国務院副総理・国防部長、聶榮臻は中央軍事委員会副主席、葉剣英に至っては、4人組の逮捕も主導し、国家元首格であった全国人民代表大会常務委員長などをそれぞれ歴任した事等を考えると、政治家にとって健康はいのちであるという事を改めて認識させられます。

    譚政と肖ケイ光がまだ存命だった1988年9月には、23年ぶりに階級制度が復活し、この際1955年にも開国上将となっていた洪学智は既に75歳でしたが、再び授与されています。他にも、この第一次階級制度下では中将以下だった軍人達も、年齢・功績に応じた階級を授与されましたが、国際比較では、日本語版wikiでの某ページによると、この第二次階級制度下での上将は、アメリカ・西欧での大将(ロシア等での上級大将)に相当するみたいで、第一次のそれとは違うみたい?です。

    第一次での大将・元帥の階級は置かれておらず、それはあくまで、過去そういう階級を授与された「20人の偉大な軍事指導者達」の功績に報いるため?なのでしょうが、同時にも4つ星ながらも元帥に相当する一級上将(中華民国では5つ星で蒋介石のみに授与された)も存在しました。しかし、授与が予定されていて、確かに相応しい軍歴もあったトウ小平も、譚政同様政治委員として活躍していた楊尚昆も固辞した為、結局そのまま廃止されています。時期が違うので単純に比較は出来ませんが、

    元帥(第一次)>一級上将(第二次)>大将(第一次)>上将(第二次)>上将(第一次)

    の順でしょうかね?階級の「格、重み」としては。

    現在の中国人民解放軍は、将官・尉官は3階級だが、校官(左官に相当)は4階級制なのも特徴的です。上校と大校はそれぞれアメリカ・西欧の大佐・准将に相当するらしいですが、毛沢東の孫である、毛新宇が大校から少将に出世したのも記憶に新しい所です。彼は純粋な職業軍人というよりも、歴史研究家としての業績の方が優れているようで、軍事科学院にも所属していますが、おじいちゃんのかっての政敵、劉少奇の息子・劉源(陸軍上将)も、同院で政治委員を務めているのはまさに歴史の皮肉であるといえます。

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    2010/08/16

    暦の上ではもう「秋」だが・・・・・・・

    http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4502944.html

    都内で今夏一番の暑さ、練馬38.1度

     東京都内はこの夏一番の暑さ。練馬では38度を超える猛暑となりました。

     楽しいお盆休みが終わり、16日から仕事という人も多い中、夏の暑さの方はというと、ひと休みとは、いかないようです。

    【東京・渋谷では―――】
    Q.暑さ対策は?
     「水分をとる!汗ふきシート!」

     「東京・練馬区です。現在、手元の温度計はなんと40度を示しています。暑いです」(記者)

     東京・練馬では都内で今年の最高気温となる38.1度を観測しました。

     「ぬるいです。ほとんどお湯」(水遊びする子ども)

     家族サービスを終えたお父さんたちは16日からスーツに着替え、職場復帰のはずなのですが・・・

    【東京・丸の内では―――】
     「今日はリハビリかなみたいな感じはありますね」
     「(今日から仕事ですか?)サラリーマンですから。クーラーかけて家に閉じこもりきり。巣ごもりってやつですよ」

     異常に暑いこの夏はまだまだ続きます。

     「午後3時です。埼玉県熊谷市の気温は現在36度ということなんですが、現在、手元の温度計では既に38度をさしています」(記者)

     「日本一暑い町」と称される熊谷市でも、16日は気温がグングン上昇。同じく「日本一暑い町」の称号を分け合う岐阜県多治見市。16日はライバル・熊谷市ほど気温は上がりませんでしたが、それでも36.2度と猛暑日となりました。

     この暑さのメカニズムを解明しようと、先月から筑波大学の研究チームが学生やボランティアとともに市内の15か所で風の強さや体感温度などの観測をしています。

     「この夏の暑さは人間の力では、そう簡単に涼しくならないよね」(観測ボランティア)

     午後5時現在、気温が30度以上の真夏日となったのは全国680地点。そのうち35度以上の猛暑日となったのは134地点。

     うだるような暑さが続くこの夏。都内にあるこちらの総菜店では、あるものが売り上げを伸ばしているといいます。それは・・・、天ぷらです。

     「部屋のクーラーは効いていても(料理で)火を使うと、台所で換気扇を回しても暑いですから。台所だけ熱をもっちゃう。(Q.揚げものなどやってられない?)そうですね」(買い物客)

    Q.涼しい季節よりも売れる?
     「3割~4割増で売れている。夏に(揚げ物が)これだけ売れるのは新鮮な感じがする」(「おそうざい村」店員)

     ユニクロ銀座店では、早くも16日からヒートテックの販売が開始されました。この猛暑の中、ヒートテックを手にする女性客。一体何に使うのでしょうか。

     「エアコンで室内とか冷えるので」(購入客)
     「レッグウオーマーは今日から会社で使おうと」(購入客)

     「“肌冷え”など女性特有の悩みをもったお客さんもたくさんいるので、そういうニーズとしても使って頂ければ」(ユニクロ 生産部 西川雅昭 部長)

     一方で、16日も熱中症による搬送者が相次ぎました。

     「気温は40度あります。グラウンドで野球をしていた少年たちが熱中症により病院に搬送されています」(消防車のアナウンス)

     16日午前、東京・江戸川区では野球の試合をしていた中学校の男子部員9人が熱中症の症状を訴え、病院に運ばれました。

     「8人くらいがいっぺんにバタバタと。動かないので、みんなで服を脱がせてパンツ1つにしてあおいでましたよ」(近所の人)

     多くの観光客で賑わった鳥取砂丘でも30代の主婦が熱中症で搬送。この熱中症、注意が必要なのは屋外だけではありません。東京23区でこの1か月間で死亡した熱中症患者は97人。そのうち少なくとも92人が住居など屋内で発症しているのです。

     埼玉県でも15日、無職の76歳の男性が自宅で熱中症になり、死亡しました。警察によりますと、男性は長男と2人で暮らしていましたが、収入は年金だけ。10年以上前から電気代が支払えず、クーラーが使えなかったといいます。

     立秋を過ぎ、暦の上ではもう秋。この暑さはいつまで続くのでしょうか。(16日17:52)

     私の職場は完全週休2日制な代わりに、夏休みは1日か2日年休で休む形式を取っていて、今年の夏休みは14日~明日17日までです。もうそろそろピーク過ぎたかなあと思ったら・・・・・・・・・この暑さ。ほんとやんなっちゃいますな。(苦笑)

    元々この暦は中国にあわせて設定されたもので、中国でも、北京でもやはり最高気温が40度を超えたらしいですが、一番暑いのは7月で、湿度は日本よりは低い分まだマシかもしれない。(華中以南は日本の本州に気候が似ているようだが・・・・・)今年は残暑もやはり、近年では1999年や2000年、2004年、2007年みたいに厳しいのですかね。暑さには人並み以上には強い自信はあるけど、早く秋が来てほしいものです。

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    2010/08/15

    今日は「終戦記念日」だが・・・・・・・

    http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/200815016.html

    全閣僚が見送るなか 石原都知事が靖国神社参拝(08/15 20:54)

     終戦記念日の15日、菅総理大臣と17人の閣僚が靖国神社への参拝を見送ったなか、東京都の石原知事が2年ぶりに参拝しました。

     東京都・石原知事:「(Q.政府の閣僚が全員参拝しないと明言していますが)そんなこと知らないよ」「日本のこと考えないやつのこと話してもしょうがない。この国はこのままだとダメになるよ」
     石原知事は毎年、終戦の日に靖国神社に参拝していますが、去年はオリンピック招致のための海外出張中で参拝を見送っていました。

    8月15日・・・・・・・中国や台湾では終戦記念日は9月3日で、その他連合国では9月2日ですが、私達日本人にとってはやはり「特別な日」です。この時期に決まって、こういうニュースが報道されるが・・・・・・・・・・石原慎太郎はあまり好きではないけど、「誰々が靖国に参拝した、しなかった」って、そんな騒ぐほどのものなのですかね?

    彼の参拝よりも、やたら中国等に機嫌をとっている民主党政権の姿勢の方が大いに問題だと思うけど、だから日本はいつまでたっても舐められるんだよ。いや、勿論「大東亜戦争=アジア解放の為の聖戦」とか、「日本はアメリカに負けたのであって、中国に負けたわけではない」等の詭弁には到底同意するつもりもさらさら無いのだけど・・・・・・・だって後者については、そもそも中国ですら降伏させられなかったのが、アメリカと戦争する羽目になった大きな要因の一つだったのだから。日本は戦術では、、中国でも特に国民党軍には勝っていた戦いは多かったかも知れなけど、戦略では到底そうだったとはいえなかった。大陸打通作戦にせよ、ただちょっと占領地を広げただけ(しかも、末期にはそれらの維持もままならなかった)だったし、八路軍については、「弱いから温存していた」といい、確かに百団大戦以外で正面で戦った事は殆ど無かったけど、じゃあ、そういう温存を許した日本軍って一体なんだったのかね?中国については、勿論チベットでの仕打ち等よくは思ってはいないけど、やはりそれとこれとは別です。

    戦後65年経って、日本人は何だかこうした「過去の教訓」を忘れかけているような気がするけど、改めてこうした「第二次世界大戦の現在にまでなお及ぼしている影響及びその未来への教訓」を考えていかなければいけないと、こうした石原都知事の参拝報道も見て思います。

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    2010/08/14

    井上真央×長野県×NHK朝ドラマ

    http://www.asahi.com/showbiz/nikkan/NIK201008120017.html

    朝ドラヒロイン「井上真央」にどよめく

    2010年8月12日

     女優井上真央(23)が、来春から放送されるNHK朝の連続テレビ小説のヒロインに決定した。11日、東京・渋谷区の同局で井上らが会見した。タイトルは「おひさま」に決定し、舞台は長野県の安曇野市と松本市。戦前の1932年(昭7)から戦中、戦後の55年過ぎまでを生きた女性の一代記を描く。今回のヒロイン役はオーディション選考ではなく、“朝ドラの最善策”として、NHKが「まっすぐな笑顔を持ち、実績のある」井上の起用を即決。井上も「成長できるチャンス」と意気込んでいる。

     井上が登壇した瞬間、約50人の取材陣から「まさか」などとどよめきが起きた。朝ドラのヒロイン役は長らく「新人の登竜門」とも言われ、06年まではオーディションで選ばれる傾向にあった。しかし、選ばれたのはTBS系「花より男子」などの主演で知名度抜群の井上だった。新人どころか5歳で子役デビューした芸歴18年の「ベテラン女優」だ。06年に宮崎あおい、藤山直美をヒロインに起用した例もあるが、久々の大物ヒロイン登場だ。

     緊張から口元をギュッと引き締めていた井上だが、マイクを持つと笑顔で意気込みを語り始めた。「(朝ドラのヒロインが)いつかできたらいいなと思いながら、半分はあきらめモードでした。長期にわたるので体力も心力も大変そうですが、成長できるチャンスと思って頑張ります」。

     関係者によると、NHK側から出演のオファーを受けて承諾したのは、約3週間前だが、既に脚本家岡田恵和氏が執筆した台本を読み、役柄に感情移入していた。「1週目からボロボロ泣いてしまいました。早くこの世界観に飛び込みたいなと思いました。手際良く料理をするシーンがあるので、役作りのため料理をしてます。知らない時代を演じますが、同じ世代の方々にメッセージが伝われば」。一方で会見後には「昼ドラや夜ドラ主演は経験したので、後は“朝ドラ”だと思っていたところに話がきたので、すべて制覇できました」とちゃめっ気も見せた。

     会見に同席した小松昌代チーフプロデューサーは、井上の起用理由を淡々と説明した。「温かい気持ちになれる人で、まっすぐな笑顔を持った人が井上さんでした。また、地デジ完全移行の年で最初の朝ドラにもなるので、井上さんの明るい印象から成功の意味も込めてでもあります」。01年前期「ちゅらさん」も担当した岡田氏は「すてきなヒロインを得て充実した気分です」と太鼓判を押した。

     同ドラマはヒロイン陽子が、戦争をはさんで、昭和という激動の時代に明るくたくましく生きる女性の一代記を描く。10月にクランクインを予定し、ヒロインの夫、家族などの主要キャストは後日発表となる。

     井上真央氏は演技力は確かだけど・・・・・・・・・NHK朝ドラマは、今放送されている「ゲゲゲの女房」もそんな面白いとは思わない(というか、水木しげる先生はあんなイケメンじゃないだろ)けど、今度のシリーズこそ見れる代物に仕上がるのでしょうかね。NHKのドラマは、土曜深夜社会派枠も出来不出来の差が大きい(「鉄の骨」も話自体は面白かったけど、カンニング竹山氏が残念ながらミスキャストだった)し、中学生日記もミョーに現代的過ぎて?つまらない。大河ドラマも「龍馬伝」も微妙とどうも信用できないのだけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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    2010/08/08

    ソフトバンクは今年こそ日本シリーズに行けるか?

    http://www.sanspo.com/baseball/news/100808/bsg1008082057002-n1.htm

    西武が首位奪回!栗山&中島で見事鷹撃ち

    2010.8.8 20:54

     (パ・リーグ、西武7-4ソフトバンク、18回戦、西武12勝6敗、8日、西武ドーム)西武がソフトバンクとの直接対決に3連勝し、首位を奪回した。この日も栗山、中島の2・3番コンビが計3打点を挙げる活躍で鷹を打ち落とした。

     獅子はよみがえった。首位ソフトバンクに0・5ゲーム差で迎えた直接対決。午後5時から始まった薄暮ナイターで、西武が執念を見せて首位に返り咲いた。

     先発の大沼が二回に3点を先制されると、渡辺監督は見切りをつけ、この回限りで降板させる。すると、打線は三回から反撃を開始。二死から片岡が中前打と二盗で得点圏に進むと、続く栗山が左中間へ適時二塁打を放ち、まず1点を返した。栗山は3試合連続打点。恐怖の2番打者としてチームに勢いを与えた。

     四回は二死から平尾が中越えへ同点3号2ラン。「なにが来てもいいようにタイミングを合わせていた。きのうの借りを返せた」。前夜は3打数無安打に加え、守備でもタイムリーエラーを犯し、途中交代を命じられた。その悔しさを晴らす価値ある同点弾だ。

     さらに五回には二死二塁から中島が左前適時打を放ち、ついに勝ち越しに成功した。八回に再び同点とされるが、直後の攻撃で栗山が二塁打を放ち出塁すると、中島のタイムリーで再びソフトバンクを突き放した。打線改造で“定位置”に戻った2番栗山、3番中島のコンビは首位攻防3連戦で計15打点の大暴れ。この勢いは本物だ。

     ソフトバンクは昨日までしばらく首位だったとはいえ、和田や杉内に続く先発の柱が不在で、打つ方も、スペランカー川崎は頑張っていますが、もはや小久保・松中の衰えは隠せません。要するに、決して弱くは無いのだけど、今年ももう一つ決定打に欠けるのです。最後に日本シリーズに出場した2003年に、西武に22年ぶりに勝ち越して以来、隔年でその後シーズンも勝ち越していますが、今年は大きく負け越しています。今日で56勝46敗3分となり、結局和田と杉内が作った貯金16を維持し切れていません。

    特に2004年と2005年も一位通過で実質リーグ3連覇だっただけに(というか、そんなにプレーオフをやりたいのなら、独立リーグ等を入れて、アメリカみたいに球団を増やし地区制にすべき。レベルは間違いなく下がるだろうが)プレーオフでの敗退は気の毒でしたが、今年こそ7年ぶりに日本シリーズにいけるのでしょうかね。それには1位通過こそが絶対だと余計思うが・・・・・・・

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    2010/08/06

    新テニスの王子様第33・34話-悪魔のような天使の赤ちゃんと新旧部長の再会!!

    さあ、このブログの、記念すべき?500回目の記事ですが、今月も、楽しみにしていた筈の、新テニプリwwwwのお時間ですwwww。

    オサム監督と白石くんには秘められた過去があって、彼はオサム監督から渡された純金を腕につけて、それを包帯で隠していた事が明らかになりました。松平・都コンビはこっそり盗もうとしましたが、すぐにばれてしまった。ここから白石くんと赤ちゃんコンビの反撃が始まります。外野の声

    「みたみた跡部!アイツ純金を手になんてうらやまC!!」

    「あーん悪趣味だぜ。」

    「本土の人間は派手好きですねぇ」

    お前らウザいよwwww。特にドン・アトーべ様wwwwには言われたくないというかwww。ただ、流石は部長は冷静に分析しており、どちらもスマッシュなどが決まって、いつの間に30-0に。そのときの赤ちゃんのお顔は、悪魔ではなく、天使のような微笑だったけど、何だか気持ち悪かったですねwwww。しかもまた大ゴマwwwwだしwwww。

    重りが取れてさらにパワーアップした白石くんと赤ちゃんはまさに息がぴったりでしたが、相手側も黙っておらず、赤ちゃんを標的にする事で悪魔化させようとたくらみました。しかし、赤ちゃんは「アンタ潰すよ」の決め台詞こそ出ましたが、正気を失わず快勝!!いやあ、確かに笑いも見られる事には見られるのですが、この勝負もテニプリらしからぬ?比較的爽やかな勝負でした。そして、今度は大和元部長と手塚部長が激突する!!さあ、次の勝負も早くも楽しみだ!?

    許斐大先生どうしたんだ?と言うか、好勝負と言えば好勝負ですが、テニプリらしさが何だか薄れているのは、全く別の意味でwwwwテニプリwwwwの大ファンな私としては何だかさびしいというか、物足りないというのも正直な心情ですね。

    ペアプリも、今度は亜久津くんとその赤ちゃんらしいですが、ミュージカルも上演されるようで。メディア戦略の方は相変わらず好調なようですが、今度の勝負こそは、手塚ゾーン等そろそろ久々にテニプリらしい笑いを披露してもらいたいはずです。この33・34話感想タイトルも、銀狼怪奇ファイル主題歌となったマッチの「ミッドナイトシャッフル」が元ネタですが、許斐剛大先生に不可能は無い!YES!!HE CAN!!wwwwwwww(だから何でオバマ大統領wwww)

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    2010/08/02

    なお健在な「アーティスト魂」

    http://www.afpbb.com/article/entertainment/music/2745348/6037731

    【8月2日 AFP】食道がんの手術と治療のため7か月間にわたって休養していた指揮者の小澤征爾(Seiji Ozawa)さん(74)が1日、長野県山ノ内町で記者会見し「第2の人生」の始まりを宣言した。

     小澤さんの事務所によると、小澤さんは同日、同地で若手演奏家たちと練習で現場復帰した。

     記者会見で小澤さんは、「今、指揮できることが夢みたい」と喜びを表現。「体力は戻っていない。やせているし、食べ物も少ししか食べられない」としつつ、「今日が第2の人生の第1日目」と語った。

     小澤さんは9月5日、サイトウ・キネン・フェスティバル松本での指揮で正式に復帰する予定。(c)AFP

    そう言えば、甥っ子さん(彼も良い歌は何曲かあったのだが・・・・・・)の方は最近聞かないけど、痩せた姿は痛々しいながらも、アーティスト魂は全く健在ですね。同じ病気の、サザンの桑田佳祐も、「あなただけを」とか、「マンピーのGスポット」とかいくつか好きな歌はあり、大変ではありますが、病を乗り越えて、また良い歌を作って欲しいと願わずにはいられないですね。

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    2010/08/01

    ミャンマー軍の階級について

    正確には、「歴史」カテゴリというよりも、「軍事」カテゴリかもしれないけど、基本的に上級大将とは、過去ログ「ソビエト連邦の上級大将たち」でも言った様に、軍の規模が大きい国にしか存在しない階級です。上級大将の無い国は大将が基本最高階級であり、、少将の下に准将が置かれています。また文化大革命以前の中国や北朝鮮、ベトナムでは、大将が上級大将に相当し、大将に相当する階級は上将という、東アジア特有の階級名が存在します。

    つまり、基本上級大将と准将が並存する事はなく、せいぜい長編小説「銀河英雄伝説」シリーズでの、ゴールデンバウム朝・ローエングラム朝銀河帝国軍というフィクションの世界のみかと思いきや、現実の世界にも並存する国がありました。今なお、軍事独裁政権が続いているミャンマーです。

    上級大将は、1992年以来国家元首(国家平和発展評議会議長)の座にあるタン・シュエがこの階級にありますが、大将との間にも上級大将補という階級があり、マウン・エイが授与されています。

    http://santamariaaesanborn.blogspot.com/2010/06/than-shwe.html

    階級の肩章はどうなっているのかというか、まず上の画像はタン・シュエで、ミャンマー軍(陸軍?)軍服は平常勤務服が緑色、礼服がカーキ色のようですが、大きい丸型と、星型がそれぞれ縦2つ、横2つに並んでいるようです。

    http://www.shanland.org/oldversion/weekly-diary-no-336-24-2013-30-january-2009.htm

    これに対し、上級大将補マウン・エイは、大きい丸型と星型が縦2つ、横1つです。

    http://burmanewscasts.blogspot.com/2009/07/will-shwe-mann-become-mr-president.html

    そして、普通の大将であり、陸海空軍統合参謀長も務めるトゥラ・シュエ・マンは大きい丸型と星型が横3つに並んでいる配置、つまり星型の数自体は上級大将補と同じなようです。

    http://www.rfa.org/english/news/burma/lawyers-10302008130234.html

    上級大将補・大将が3つ星なら、准将はどうなのかというと、これはチョー・サン准将(2007年当時)の画像ですが、丸型1つのみ。左官ははっきり確認したわけではないですが、星型のみの配置なようです。

    まあこれもどうでもいい事かもしれませんが、つまり、少将または准将が通常1つ星の国では、ミャンマー軍の上級大将は5つ星の元帥で、上級大将補・大将は4つ星で、上級大将補は「元帥候補の資格を有する上級大将」または北朝鮮で言う次帥、大将は上級大将に相当するといえるのかもしれません。しかし、アウン・サン・スーチー氏も、自宅軟禁解除は近いとは言われていますが、果たして軍事政権が収束するのはいつの日か・・・・・・

    【追記】(2011年2月26日編集)

    英語版ウィキペディアによると、欧米では上級大将補は大将同様、(アメリカやイギリス等での)大将扱い、上級大将が元帥扱いらしいです。

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