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2009/12/15

西武・涌井の怒りと時折不可解なる「沢村賞」選考

http://sankei.jp.msn.com/sports/baseball/091215/bbl0912151850005-n1.htm

今季、沢村賞を獲得した涌井秀章投手(23)が15日、「評価のされ方が物足りない」として、8000万円増の年俸2億円の提示を怒りの保留。埼玉県所沢市の西武ドームでの契約更改交渉後に会見したエースは「沢村賞のすごさを分かっていないようなので、しっかり評価してもらいたい」と不満を口にした。

 今季は16勝(6敗)を挙げて最多勝を獲得。さらに11完投、投球回は211回と3分の2、防御率2・30、199奪三振などの成績を残し、選考基準をすべてクリアして沢村賞を受賞した。昨年、楽天の岩隈沢村賞を受賞して3年総額11億円とみられる大型契約を結んだ経緯などもあり、大幅アップの期待は大きかった。

 だが、球団は沢村賞のタイトル料を査定に入れておらず、説明を聞いた涌井は「ひどくないですか」「無理です」「帰ります」の三言だけ発し、約20分で席を立った。

いや、「沢村賞のすごさ」と言われてもねぇ。(苦笑)君の先輩のように、防御率はチーム(西武)のそれと大して変わらない(その先輩は3.60だったが、その年2001年の西武チーム防御率は3.88)上に、勝数も15だが、敗戦数も15だったのに何故か受賞した人がいるのだか。(苦笑)

その先輩は間違いなく「過大評価されている投手トップ10」に入る(それを差し引いてもやはり一流の投手である事は否定しませんが)けど、wikiで改めて沢村栄治賞の歴代受賞者を見てみたら、彼同様防御率が3点台の人が他にも何人か見えました。

昭和25年  真田重蔵(松竹。当時は重男)

昭和51年  池谷公二郎(広島)

昭和53年  松岡弘(ヤクルト)

平成6年  山本昌(中日)

の4人ですが、真田重蔵の場合、前年の24年から引き続き飛ぶボールを使っていた為、3点台ながら、防御率ではリーグ8位でした。真田と言えばまた、過去ログでは佐野洋氏「10番打者」で、彼と310勝した別所毅彦を同列視した事に対しての厳しい批判をさせてもらったけど、繰り返し言うようにこの年の真田にしたって、現在もセリーグ記録な39勝も稼げたのは球史に残る強力な「水爆打線」のおかげだったではないですか。よそのチーム、例えば国鉄や広島にいたらシーズン39勝なんて無理だったでしょう。その3分の2も勝てたかどうか怪しい。真田は一流ではあっても、生涯防御率や実働期間等を見ても分かるとおり決して超一流ではなかった。たとえ巨人にいても、実際の生涯勝利数(178勝)よりせいぜい20~30勝程度しか多く勝てなかったでしょうね。(それでも十分一流ではあるし、どのみち名球会の対象外なのだが。)

やれ「球場が狭い」、「いいピッチャーとあまりぶつからない」、「打線の援護に恵まれている」、「前の監督の遺産」等特定の野球選手・監督を否定したいが為の詭弁が半ばまかり通っているようだけど、それらは多少割り引く必要はあっても、否定する理由なんかにはなりません。私も決して前述の「涌井の先輩」を凄くないなどとは思っていませんが、佐野氏には今からでも遅くないから自分の見識不足を猛省していただきたいものですよ。

佐野氏再批判に深入りしてしまったけど、次の池谷公二郎は、負け数も15と多いですが、さすがに勝ち越してはいます。防御率3.26も、広島のそれの4.02よりは0.76良く、前述の「涌井の先輩」の0.28より差は大きいです。ですがやはり私は防御率1点台(最優秀防御率)のロッテ・村田兆治か、26勝した阪急・山田久志の方が相応しかったと思います。

3人目の松岡弘に至っては、防御率(3.75)はヤクルトのそれ(4.382)よりは0.63良い数字ですが、リーグトップ10にすら入っていません。この年のヤクルトは球団創立初の日本一を成し遂げましたが、彼や安田猛、王貞治に756号を打たれた鈴木康二朗等の投手陣よりも若松・マニエル・大杉等の打撃陣による所が大きかった。その証拠に、広島との最終戦以外129試合全て得点した記録を作ったのにも関わらず、得失点差は僅か15点。これは「優勝チームの最小得失点差」であり、平成11年の福岡ダイエーホークス優勝まで21年間破られませんでした。それなのに、当時の監督・広岡達朗はつい最近も某インタビューで「私はお荷物球団2つも短期間で強くした。」と自慢していましたが、実際はまだ本当の地力がついたわけではなかったのに、勘違いしてヤクルトの戦力を過大評価、まだより高い次元の野球を目指せるときではなかったのに、マニエル放出という、プロ野球史上10指に入る「失敗トレード」を演出、広岡政権自体も瓦解してしまったわけですが、自らも高く評価している西本幸雄の、三原脩に次ぐ「監督としての、3球団めでの優勝」に貢献してしまったのは皮肉でした。最近も目の仇にしている野村克也を「フロントが監督より立場が上なのを理解していない。」などと批判していましたが、まさに「お前が言うな!!」というか(苦笑)、野村も勿論過大評価されすぎだが、広岡も過大評価されていると私は思います。広岡達朗批判にそれてしまったけど、前年に早くも200勝達成、この年も、25勝・30完投等の大車輪の活躍を見せた鈴木啓示の方が相応しかったと思います。

4人目の山本昌(防御率3.49)も、同僚でこの年の最優秀防御率であった郭源治(ただし、投球回数は140回弱)に防御率は一回り以上劣っていて、中日のそれ(3.45)ともほぼ同じぐらいです。19勝(8敗)は流石なのですが・・・・・・・・とはいえ、防御率2・3位の巨人の桑田真澄や斉藤雅樹も、勝利数も完投数も2桁ではありましたが、共に勝利数は14勝。まあ彼の場合は何とか消去法で受賞させてあげられるといった所ですかね。これは昭和42年セリーグ三塁手ベストナインを受賞した長嶋茂雄の例等にも言えることです。(この年の長嶋は、打率がプロ入り後初めてベスト10にも入らず、本塁打・打点も昭和35年についで低い数字に終わっている。)

沢村賞は一応選考基準はあるようですが、あくまで参考程度なようです。しかし、この歴代受賞者中防御率が3点台だったのは5人いて、私が思うに最も不可解だった受賞は昭和53年の松岡弘だったのですが、防御率は、年によって投高打低だったり、打高投低だったりとまちまちですが、やはり2点台以下という条件はハッキリとつけるべきだと思います。涌井の場合はその条件は満たしていますが、その言動は見ていて普通に大人気ないですね。自分自身は頑張っても、他のピッチャーが足を引っ張って、結局Aクラスすら維持できなかった事に対する苛立ちもあるのだろうし、それは理解できないわけではないのだけど・・・・・・・・まあ、君だけが頑張ってもチームが優勝できるわけではないのだけど、そんなブーブー文句たれる暇があるのなら、来年もせいぜい同じぐらいな成績を残し、チームの優勝奪還に貢献できるよう努力すればいいんじゃないの?私は君にも西武にも特に思い入れなどはないけどね。

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