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2009年11月

2009/11/30

「スーパーストリートファイターⅣ」も新キャラは残る2人だが・・・・・・・

来年3月に家庭用でのみ発売予定な「スーパーストリートファイターⅣ」ですが、まず8人の新キャラの内、ディージェイ・Tホーク、そしてストリートファイターシリーズ初の韓国人キャラなジュリが公開されました。何か韓国の人達はキャラデザが悪いとかブーブー文句たれているようですが、まあ所詮半島ですからね。(苦笑)ある人のレポートによれば、現時点ではそれほど強くはないらしいですが、まだ開発中だし、最終的には強い性能に仕上がっている可能性が高そうですね。そうしなければ、あちらの人達はまたうるさいだろうけど、SNKの某テコンドー使いだって、デビュー以来殆どの餓狼・KOFシリーズに出ていて、弱かったのはデビュー作の餓狼2とKOF97ぐらいなものだし。声優は喜多村英梨氏ですが、タツカプ繋がり?ですね。

そして先週27日には新たにアドン・コーディー・ガイの3人の登場が確認されましたが、アドン、個人的にあまり好きなキャラではないけど、前作ではサガットの咬ませ犬にされる等散々な扱いでした。(苦笑)そう言えばZERO2では、スーパーコンボにまつわるストーリーが明示されていて、そこでもタイガージェノサイドでボコボコにされたのだけど、「次はあのディストラクションかよ。」ですね。(苦笑)コーディーは未だに囚人服な姿のようで、アドンにも言えることだけど、ZERO3で劣化したままなのかね?声優の岸尾だいすけ氏は、実績は確かだからミスキャストという可能性はなさそうですが・・・・・・・・ガイは公式オフィシャルブログでは苦無をブロッキングしている画像が見られたけど、もしかして・・・・・・・・・・・

これで8人中6人が確認されて、ZEROキャラやファイナルファイトキャラを復活させるのはいいのだけど、完全な新キャラがジュリだけ(彼女にしたって、いっちゃってる系だし)なのは寂しくないのではないですか?(苦笑)えっ、お前さくらやダンに対しては、復活自体に文句いってなかったって?まあ、彼女らについては自分も100歩譲ってやや軟化しましたが、復活自体は問題じゃない。その際の待遇等がズレているのがいかにもカプコンらしいというか、おかしいのです。さくらはⅣの時代では大学生か社会人になってる筈なのに何でセーラー服姿なんだっつうの。(苦笑)春麗は彼女を「永遠の女子高生」と評したというけど、彼女だけサザエさん方式で歳を取らないとしたらあまりにもご都合主義だろうよ。オリジナルアニメーションまで設けられたようだけど、優遇されすぎですね。「ロックマン」シリーズでの大きな問題点の一つに「ロールヒロイン化」があるとはもう何度もいっているけど、「ストリートファイター」シリーズの場合は「さくらセカンドヒロイン化」ですね。ダンはさくらよりはマシなのだけど、元々単なるピエロに半ば堕していたというか、プロローグでのブランカとの噛み合ってない会話は笑えないし、声優も、彼だけに言えることではないけど、合ってないですね。前の細井治氏の方が良かったですが。ゴウケンが、実は長い間気絶していただけなやや苦しい後付設定や、実は良い人でしたと言わんばかりな元、またまたバッドエンドなローズ、ルーファスのキャラデザ大幅変更とかはまだ目をつぶれるのだけど・・・・・・・・・

まあ、ジュリだけが完全新キャラだけなのも必然的のかもしれない。他のセスを含む5人だって、どこかで見たようなキャラだし、そもそも「ストリートファイター」シリーズ自体、Ⅲ3RDでの「春麗主人公化」でも露骨に現れていたように、「結局『過去の栄光』に頼らなければいけないジレンマ」に直面していたのだから。Ⅲシリーズは結局彼女を特別待遇で復活させてまでしても、ブロッキング命なマニア達の玩具であるという本質は変わらなかった。SNKとクロスオーバー(これも、カプコン・SNK双方の行き詰まりなしでは実現しなかったと言っていい代物だったけど)もやったりしたけど、結局行き詰って、その行き詰まりに対する答えは、「Ⅱの正統的な続編ではなく、21世紀風リメイクなⅣ」の登場しかなかった。それでも、ZEROシリーズでの「ストリートファイタースペシャル化」(Ⅱシリーズのキャラが全員復活)Ⅲシリーズでの「春麗主人公化」よりはマシだと思っていたのだけど・・・・・・・・

のこり未確認新キャラは2人で、その内の1人は、前述のガイの画像から、いぶきな可能性が高そう(つーか、Ⅳの時代じゃ、まだ中学生だろ?彼女は)ですが、もう一人は果たして・・・・・・・・・ZEROシリーズ登場キャラの復活が相次いでいるようだけど、中平漫画からの招かれざる刺客な、設定先行の勘違いお嬢様・かりんとか、まさに体育会系の嫌な面を体現したレインボーミカとかは勘弁してくれよだけど、十分ありえるかも知れんね。(苦笑)Ⅳシリーズの、豪鬼の真・瞬獄殺時の演出、「一瞬千撃」だって、その中平漫画からの逆輸入品だし、その漫画「RYUFINAL」に対しても、媚び諂いしていたけど、「カプコンは中平と何かコネでもあるのか?」と邪推せずにはいられない。(苦笑)

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2009/11/29

ロシア人は本当にあの「スターリン時代」に戻りたいのか?

http://www.jiji.com/jc/zc?k=200911/2009112000738

ヒトラーとスターリンは同じ=リトアニア元議長が会見

 来日中のランズベルギス元リトアニア最高会議議長は20日、東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見し、ヒトラー総統のナチス・ドイツも独裁者スターリンが率いた旧ソ連も「同じファシズムであり、違うのは色だけだ。茶色か赤か、それだけだ」と述べ、両者は本質的に同列のものだと指摘した。茶色はナチス突撃隊の制服の色。
 「ベルリンの壁」崩壊20年の今年、バルト3国ではヒトラーとスターリンを同列視して批判する声が強まり、リトアニアで7月に開かれた欧州安保協力機構(OSCE)の会議では両者による犠牲者を共に追悼する決議が採択された。これにロシアは強く反発している。
 しかし、ランズベルギス氏は「(ナチスがリトアニアを占領した)ヒトラー時代よりスターリン時代の方が殺された人は多い」と強調。最近のロシアは「スターリン化の揺り戻しがあり恐怖を感じる」と警鐘を鳴らした。 
 音楽家の同氏は1980年代後半から民族組織サユジスを率いリトアニアを独立回復に導いた中心人物。(2009/11/20-16:40)

同列どころか、スターリン時代のソ連の方が酷いとは過去ログでも言ったとおりですが、大粛清への擁護論として、「派閥抗争や、赤軍の旧態依然とした将校を一掃した事はソ連の大いなる発展につながった。」とか、「赤軍はもともと物量で他国の軍隊よりも段違いに多く、軍隊を統率すべき指揮官も元々不足気味だったから、赤軍大粛清もそれほど影響はなく、寧ろゲオルギー・ジューコフイワン・コーネフ等の若い将校が活躍するきっかけとなった。」とか「スターリン時代は暗黒時代というのは、あくまで西側からの視点に過ぎず、生活水準の向上など希望にも満ち溢れていて、暗黒期と黄金期が隣り合わせな時代だった。」とか聞きますが、繰り返し言うようにその「黄金期」ですら、強制収容所での無償労働者等に支えられた、「見かけだけの黄金期」に過ぎなかったし、赤軍大粛清も、旧態依然とか若手将校とか言うけど、粛清された3人の元帥の内、ヴァシリー・ブリュッヘルミハイル・トゥハチェフスキーは、前述のジューコフやコーネフだけでなく、アレクサンドル・ヴァシレフスキーコンスタンチン・ロコソフスキーフョードル・トルブーヒン等その「若い将校」とそれほど大きく年齢が離れていたわけではなく、彼等の内ロコソフスキーはやはり粛清されかかっていました。(ジューコフの勇気ある嘆願により釈放される。)しかも、スターリンと関係が良かったクリメント・ヴォロシーロフ、セミョーン・ブジョーンヌイ、ボリス・シャポシニコフ、グリゴリー・クリーク、彼らも「旧態依然とした将校」だった筈ですが、生き残っています。(クリークは戦後粛清されたが。)彼等の内、シャポシニコフは有能な人で、赤軍大粛清で弱体化した軍の再建に尽力していたそうですが、彼にしても、フィンランドとの冬戦争で被った損害の責任を取らされて、赤軍参謀総長を辞任する羽目になりました。(独ソ戦勃発後再任されるも、間も無く第一線を退き、終戦直前に亡くなる。)ヴォロシーロフに指摘されるまでもなく、どう見ても責任を負うベキなのは、赤軍再建により時間が必要だったにもかかわらず、フィンランドを過小評価してロクに長期戦も想定しないで戦争をおっぱじめたスターリンその人だったのだが・・・・・・・ニコライ・エジョフも、ちょっと点数稼ぎが過ぎた程度で、今度は自分が側近のゲオルギー・マレンコフの「点数稼ぎの材料」(そうしないと今度は自分が粛清されるからなのだが)にされてしまい、スターリンに「人殺し」と罵られましたが、その人殺しを起用したのはあんただろうに。(苦笑)

赤軍大粛清と言えば、スターリンの片腕だったヴァチェスラフ・モロトフは、晩年のインタビューで「トゥハチェフスキーはクーデターを起こすつもりであり、我々はその日日まで知っていた。」等と発言したそうですが、そりゃ「死人に口無し」とはよく言ったもので、トゥハチェフスキーだけでなく、彼に関係ある人達は殆ど粛清された(親交のあったドミトリー・ショスタコーヴィチは流石に命はとられなかったが、尋問された上に、プラウダ批判やジダーノフ批判でバッシングの憂き目に遭った)だろうからそんな事が言えたのです。このモロトフも戦後は西側マスコミに「スターリンの後継者」と報道された事もあって、バッシングを食らったり、閑職に左遷されたり、奥さんがユダヤ人であるというだけでブタ箱送りにされ、それに同意しなかった為にまたバッシングされたりと、スターリンのコードネーム・「コーバ」と呼ぶ事も許されたほどの蜜月ぶりはどこへやら、冷遇されっぱなしだったのですが、たとえそうであっても、スターリン体制を否定すれば、今度は「じゃあ、そのスターリンの下で政策に関わってきたあんたはどうなんだ。」と自分に跳ね返ってきます。(フルシチョフは「そんなのしらねーよ。」と言わんばかりにスターリン批判をしたが)それもそうした一連の政策を擁護した理由の一つでしょう。

結局第二次世界大戦に勝利して超大国となったのはいいが、その代償に失ったものもあまりに大きく、最盛期の1939年でさえ、経済力はアメリカの半分に過ぎなかった(戦後はピークの1975年ですら、購買力平価換算のGDPは45%に過ぎなかった。)のに、見栄を張りすぎて自分の勢力圏を守る為に軍事や科学技術偏重等のイデオロギー第1主義で、国民の生活を全く後回しにしたために経済がどんどん疲労していってソ連は崩壊の憂き目を見ることとなった。しかし、ソ連が消滅しても、「自分達が決めた縄張りは絶対に守らなければならず、それを侵そうとするものには徹底して牙を向ける」という、帝政時代からの地政学的な伝統は決して消滅したわけではありません。

ソ連時代末期においても、東欧革命には干渉しなかった筈のゴルバチョフでさえ、バルト三国の独立は軍を送って阻止しようとした。チェンチェンや北方領土、カレリア、南オセチア等の領土問題の根深さも、これを良く踏まえないと理解は出来ないと思いますが、昨年からの金融危機を影響をもろに受け、今年の経済成長率は-6~7%に大きく落ち込む見込みです。数十人もの死者を出した脱線事故も、そうした「地政学的な伝統」故なテロの可能性が強いなど、政情は不安定で、そうした背景もスターリン再評価にあるようですが、結局の所、実際あのような時代に生きた人達の痛みが理解できていない、歴史認識不足というか、あのソルジェーニーツインも「ロシアには愛のある独裁が必要だ。」といったようだけど、スターリンは決して「愛のある独裁者」などではなかった。(だからこそ、その政権末期に批判してブタ箱にぶち込まれたのだが。)このようなスターリン再評価の動きが見られる内はいつまで経っても進歩しないでしょうね。まあ、何度も言うように日本人も、そうしたロシアや中国・南北朝鮮等曲者ばかりな周辺国を批判してばかりいる場合でもないと思うのだが・・・・・・・そう言えば、明らかにロシアが敵国のモデルな「皇国の守護者」も打ち切りの憂き目を見たらしいですが、まあしょうがないだろうね。絵も内容も人を選ぶ代物だったし。

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フォルテがライト博士を倒しに行く?-唯一評価できる「ロックマン2」の改造版

http://www.youtube.com/watch?v=m5oogRXz1SI&feature=rec-HM-fresh+div

シリーズ「自称」最高傑作「ロックマン2」の改造版は数多く、私も何作か見ましたが、その多くはやたら悪戯に難しかったり、「ロックマン」の世界観に合わないBGMが挿入(KOF96のゲーニッツテーマBGMが挿入された改造版も見られた)されていたりと、製作者の自己満足に終始した代物が殆どなのですが、ロックマンではなく、フォルテがプレイヤーキャラであるこの「Adventure of Bass II」、Smotileさんという人が2年前にアップした一連のプレイ動画ですが、特筆すべきは8ボスキャラのステージ構成で、オリジナルを参考に、変に奇を衒ったりしないで巧く作りこまれていたといった印象で、実際にプレイしてみたいなあと思います。ワイリーならぬライトステージ以降の更新が止まっているのは残念ですが。

フォルテが、実態は「ゲームジャンルにおける『行き過ぎた懐古主義』を蔓延させた問題作」であった「ロックマン9」で、設計図での姿しか見えなかったのは不自然であり、幾つも存在したEDの突っ込み所であるというのも何度も述べたとおりですが、彼をベタでも、スペシャルステージのボスとして登場させるべきだった以前に、1999年にPS復刻版を出そうとした時点で、特にステージ構成とかこの「Adventure of Bass II」のようなリメーク版を製作すべきだったと改めて思います。勿論グラフィックはこの改造版のようなFCグラではなく、「8」をベースとしたものにすべきだったのですが。そして、フォルテ自身も、「ロックマン7」でデビューしたときは、ロックマンとの笑えなさ過ぎるやり取りからも見える、ファンのレベル低下を促進した「ロールヒロイン化」が既に進みつつあった事もあって、その後の「ロックマン&フォルテ」等ではプレイヤーキャラとなるも、結局その存在は活かしきれなかった。

ここは、実際の「ロックマン7」や「ロックマン8」とはパラレルとして、PSリメーク版シリーズでは、「ロックマン5」か「ロックマン6」からもうフォルテを登場させるべきだったと思うのですが、現実は、この当時Xシリーズも、しばらく不作が続く事となり、DASHシリーズも、主人公のロックは、タツノコVSCAPCOMでも登場しましたが、赤字で続編願望が強いにもかかわらず、進展の兆しが見えない等シリーズを取り巻く状況は決して明るいものではなかった。「本家」シリーズは、本当はしだいに人気が低下していく中で、意欲的なリメーク版を製作し、「2」偏重ではない、別の方向性を示していかなければならなかったのですが、それを実行するにしても、当時の状況は悪かった。それこそ「ロックマン本家」シリーズの大きな悲劇の一つであり、こっちの方は最近リメーク版が登場した「エグゼ」シリーズのヒットをもってしても変わらず、2009年現在にいたるまでどんどん悪い方向に進んでいるのです。その挙句が「ロックマン9」の登場で、フォルテを活かしきれなかったと言ったけど、そういう意味ではあのEDでの、彼の不自然な描写も必然的であったかもしれません。

「ロックマン」改造版では、他には「MEGA MAN3ALPHA」、「MEGA MAN4GADGETMASTER」、「MEGA MAN6RE」(「ロックマン6史上最低の戦い」)等が高い評価に値すると思いますが、これらはいずれもyou tube等で見る事が出来ますが、オリジナルの良い点はそのままに、ステージや特殊武器等に改良を施していますが、もし本当にリメーク版が出るとすれば、具体的にどんなリメークが望ましいのか?既に「2」については、やや簡単ながら述べましたが、今後も不定期ながら触れていきたいと思っています。

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2009/11/26

佐野洋に対する、「10番打者」での別所毅彦過小評価への批判

http://www.amazon.co.jp/%E9%80%B1%E5%88%8A%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB50years%E2%80%95%E5%89%B5%E5%88%8A50%E5%91%A8%E5%B9%B4%E8%A8%98%E5%BF%B5%E7%89%B9%E5%88%A5%E4%BC%81%E7%94%BB-B-B-MOOK%E2%80%95%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA-562/dp/4583615523

昨年夏、「週刊ベースボール」創刊50周年を記念した特別企画号が出版されました。内容は、まず「ONを神聖視しすぎなのでは」だけど、最後の方に、佐野洋氏原作「10番打者」の中の話、別所毅彦引き抜き事件等を題材にした「不均衡計画」が掲載されてましたが、正直「?」な内容でした。一部記述を引用してみます。

その後(巨人移籍後)の別所の働きについては、多く触れる必要はあるまい。(中略)三十五年に打ち立てた三百十勝という記録は、前人未踏の記録として球史に輝いている。

しかし、『桜機関』員であった私は、この大記録も、彼が巨人軍にいたからこそ、達成できたのではといいたいように思う。つまり、例の別所事件がおきたとき、連盟が巨人に有利な裁定をせず、太陽あたりにいせきされていれば、決してこれだけの投手寿命を持たず、また勝利数も上げられなかったのではあるまいか?その証拠として、ほとんど同じ時期にプロ入り、同じように剛球投手であった真田(朝日-太平-太陽-松竹-阪神)とを比較してみよう。(中略)

別所が巨人に移る二十三年の末までに、別所は八十七勝、真田は八十六勝で、ほとんど同じような成績をあげていたのだ。真田は、体格も決して小さいほどではない。その後も、別所と同様な成績を上げたとしても、何の不思議もない選手だった。だが、彼は昭和三十年に二勝をしたのを最後に、引退を余儀なくされた。合計勝利度数は178である。(中略)

この差は、どうして生じたか?やはり体力にまかせ、不調時にも登板するという無理がたたったためであろう。ことに、所属の松竹が優勝した二十五年には三百九十五三分の二回という登板を強いられた。

だから、もし別所も、巨人への移籍が流れ、弱小チームに移されたら、こんにちの大記録は作れなかったはずだ。この意味で、別所の大記録を生んだというだけでも、『不均衡計画』は、一つの成功を納めたといえるであろう。

まあ、こういう「強いチームにいたから勝てたんだ。」の弁、そのいた人を否定するには便利な詭弁と言うべきか、よく聞かれますが、確かに全く関係ないとは言わない。しかし、まず真田こと、真田重蔵を比較対象にしたその時点で説得力に欠けるのは否めません。

打者の価値を表すのが打率なら、投手は防御率と言うけど、真田は1流ではあったけど、同時代に投げたエース達の中でずば抜けていた存在だったわけではない。

生涯防御率は2.83だったけど、別所の2.18以外にも、完全試合男・藤本英雄の1.90(日本記録)、戦後はやはり弱小球団でなげたビクトル・スタルヒンの2.09、選手兼監督も務め、45歳まで投げた若林忠志の1.99、やはり弱小チームにしか所属しなかった為に優勝経験すらなかった「元祖鉄腕」野口二郎の1.96、フォークの神様・杉下茂の2.23中尾ひろ志(変換できん)の2.48川崎徳次の2.53他の彼らと比べていずれも劣る数字です。

防御率ベスト10に入った回数を見ても、真田は昭和18・23・25・27年の4回で、中尾の3回よりは多いけど、スタルヒンの12回、若林の10回、藤本の9回、野口・杉下の7回、川崎の5回に比べるとやはり少ないのです。

「強いチームにいたから別所はあんなに勝てたんだろ。」と言うけど、それを言うのなら、真田だって生涯の勝ち星の5分の1強を一気に稼いだ昭和25年(シーズン39勝は現在もセリーグ記録)は、あのプロ野球史上5指に入る、強力な「松竹水爆打線」のおかげだし、大阪(阪神)に移籍した昭和27年も、防御率3位で16勝9敗の好成績を収めたけど、毎日の引き抜き事件の後遺症がまだ残っていたとはいえ、当時の大阪は、まだ藤村富美男もバリバリの四番で、決して昭和30年代後半~40年代のような貧打線だったわけではなく、勝率.664で巨人に3.5ゲーム差の2位でしたが、得点数も巨人に次ぐ600点で、120試合制だったので、丁度1試合に5点取っていた計算です。

その昭和25年に、作者は真田が400回近く投げた事を強調していたけど、この時代、稲尾和久はやや例外だったにせよ、何処のチームのエースも似たり寄ったりな酷使をされていて、決して真田だけが異常だったわけじゃない。

別所と真田、彼らの生涯勝利数が130以上も差がついてしまったのは、1に「純粋な投手としての能力の差」、2に「何処のチームで投げさせられようが関係ない頑丈な肉体との差」です。実際、中3日で登板させる事を要求して、当時の巨人・水原茂監督に「それは監督が決める事だ。」と立腹させてしまった事もあったし、後年の解説者時代の巨人びいきぶりから、「もう南海に在籍していた事すら忘れてるんじゃないか。」と揶揄する声も聞くけど、決してそんな事は無く、「さんまのまんま」に出演したさいにも、南海時代の昭和22年にシーズン47完投を記録した事を真っ先に自慢したと言います。

前述の中尾や川崎とは比較的生涯防御率は近いですが、現行のルールに当てはめれば、真田は11年投げて内規定投球回数(当時は試合数よりも多く投げなければいけなかった)に達したのは7回に過ぎませんが、中尾は16年投げて13回、川崎は15年投げて11回規定投球回数に達しています。真田も、野口や、国鉄時代の金田正一みたいに決して全く打線の援護に恵まれなかったわけでなかったのですが、中尾は生涯巨人、川崎も最初の3年、南海に所属した後巨人・西鉄(ただし、三原脩監督の元、黄金時代を迎えたときにはもう成績は下降線を辿っており、昭和31年の、古巣巨人との日本シリーズでも第1戦に先発したが、ノックアウトされている。)に所属していた事を差し引いても、真田が彼らと同等、あるいはそれ以上の格な投手だったと評価するのも、やはりやや無理があります。

別所を過小評価しすぎというか、佐野氏にとっては耳が痛いであろう批判文になってしまったけど、指導者としては、別所は昭和36年に巨人投手コーチに就任するも、中村稔とのトラブルもあって、翌年シーズンに途中辞任、39年にはかって引き抜いた三原脩の元で、大洋の投手コーチに就任して、その年は最後まで阪神と優勝争いをして、2位浮上に貢献しましたが、翌40年は開幕ダッシュに成功するも、ずるずる失速、Aクラスどころか中日にも抜かれて4位転落、41年は南海からスタンカを補強するも、既に峠を越していて、アトムズとの同率最下位に転落した責任を取って退団しました。その後も、アトムズ・ヤクルトの監督を務めましたが、45年は楽天1年目の勝率よりも低い.264、特に巨人戦5勝21敗の惨敗で、8月の16連敗もあり、解任されました。

対する真田は、大阪明星学園の野球部監督に就任し、38年夏大会の優勝に貢献し、「初の甲子園優勝経験投手でもある、甲子園優勝監督」となりました。その直後プロ球界に復帰し、「世紀のトレード」小山正明が入団した東京オリオンズでは2年間ともBクラスに終わりましたが、阪急ブレーブス・近鉄バファローズでは西本幸雄監督の元、合計6度のリーグ優勝に貢献しました。同球団では、前述の野口との同僚でしたが、どうやら真田に軍配が上がった格好です。ただ、野球殿堂入りは、別所は昭和54年にその栄誉に浴する事が出来ましたが、真田はそれより11年遅れた平成2年の事でした。そして、もうあまり真田には時間が残されておらず、平成6年5月に亡くなり、別所も5年後の平成11年6月に、長嶋巨人2度目の日本一を見ることなく、眠るようにこの世を去ったのです。

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2009/11/23

伊藤美咲の結婚は確かに祝福すべき事。しかし・・・・・・・

http://www.daily.co.jp/gossip/article/2009/11/23/0002534114.shtml

大手パチンコメーカー・京楽産業の榎本善紀社長(41)と入籍した女優・伊東美咲(32)が米ハワイで24日(現地時間)に行う挙式に向け、22日夜、中部国際空港からツーショットで旅立った。挙式には友人でタレントの神田うの(34)らが出席する。

 午後8時50分ごろ、榎本氏と中部国際空港の出発ロビーに姿を見せた伊東は、顔を隠すためか白いマスク姿。航空会社の地上係員や友人、関係者ら約10人の“護衛”に囲まれ、報道陣から隠れるように足早に保安検査場へ向かった。

 左手薬指に指輪はまだなかったが「(結婚)おめでとうございます」との報道陣の呼び掛けに「ありがとうございます」と幸せそうに答えた。

 伊東と榎本氏は昨年11月にハワイ・オアフ島で行われた友人のタレント・植松真実(32)の結婚式で出会った。新郎新婦の付添人であるブライズメイド(女性)とアッシャー(男性)としてペアを組み、バージンロードを歩いたことが縁で、今年に入り交際に発展。名古屋に住む榎本氏との遠距離恋愛を実らせ、今月18日に伊東の実家がある福島県で婚姻届を提出。思い出の地、ハワイでウエディングベルを鳴らすこととなった。

 挙式にはパチンコ経営や不動産など幅広く手がける日拓グループ社長・西村拓郎氏(39)の妻でWデート仲間の神田うのら親しい友人、親族が出席する。

この伊藤美咲の結婚について、yahoo!!のコメント欄を少し見てみたら、「金目当てだ」とかの声も聞こえるけど、それは言うだけ野暮でしょう。結婚自体はやはり普通に祝福したいとは思うし、容姿的にも美人ではあるけど、彼女、肝心の本業では演技力低いですからなあ・・・・・・・・他人に迷惑かけない範囲なら、誰と結婚するのも、何処に旅行へ行くのも自由ですが、これから演技力等が上がる見込みもあまりなさそうだし、これを機に引退でもされた方が彼女自身のためになるんじゃないですか。長谷川京子氏という反面教師もいるのだし。

【以下2014年5月18日追記】

何でも本格的に復帰されるらしいですが・・・・・・・・・一度浴びたスポットが忘れられないのはまあ自明の理かもしれませんが、もう一度改めて演技の勉強でもし直される等される方が良いのではないかと思います。今ではかっての彼女以上にゴリ押しが露骨な人達が出てきているのだから尚更かもしれませんが、今のままではそれほどの需要とかは見込めないかなあと。

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「新・三銃士」にはやはり高い点は無理

3連休も今日が最後ですが、三谷幸喜氏脚色で話題な「新・三銃士」、深夜にアンコール放送がされてました。というか、別に深夜じゃなくて普通に昼でも需要あると思うのだけど・・・・・・

まあそれはともかく、話はそれなり以上のレベルだとは思います。主人公・ダルタニャンは、コンスタンスに良い所見せようなどとして、仲間の三銃士(特にアトスはボナシューに偽って名乗られたりした為に一時牢にぶち込まれていた。)に迷惑を掛けたりした等「典型的な中二病患者」と化していたけど、またロシュフォールに遭遇した事などがきっかけで次第に成長し始める展開とかはそれなりに掘り下げられていると思います。敵方も、実はアトスと関係があったミレディー、彼女も仲が悪かったそのロシュフォールに協力を持ちかけられるも「ミレディーが頼るのはミレディーだけ。」と言うような事をいって断る等敵ながら清々しいというか、その人生観には共感がもててしまいます。ただボナシューは典型的な小物というか、やはりうざったいですが。(苦笑)

声優陣は、プロの江原正士・戸田恵子・山寺宏一・高木渉各氏は言うまでも無く、演技等全く問題ありませんが、非プロ組の方も、瀬戸カトリーヌ氏は無難にこなせるようになってきたと思うし、池松壮亮くんと貫地谷しほりちゃんも、まだいくらか固さは残っていますが、特に池松くんは1話に比べれば聞けるレベルにはなってきたと思います。ただ、ナレーションの田中裕二くんは相変わらずダメですが。いかんせん軽いです。ただ、プロ組は主要キャラ以外にも何役か兼役しているけど、それでもおそらくギャラは非プロ組以下なのだろうね。いずれにしても、全員プロの声優を起用すべきだったという考えは変わっていないのですが。

脚本の方も、コンスタンスに良い所見せようとするも、またロシュフォールに襲われて失敗して、アトスにも叱られたダルタニャンを、アラミスが「怒る事と叱る事とは違う。」等というように言い聞かせたのは名シーンだったと思うけど、その前後の、リシュリューに一泡吹かせようとして三銃士達がわざとアンヌ王妃の偽手紙をつかませたシーン、だから何で今度は桃太郎侍のパロディなんだよ。(苦笑)そんなパロディやったって、若い世代の人達は知らないだろっつうの。(苦笑)私なんかも高橋英樹氏主演のテレビドラマ版が放送されていた時点でも生まれてすらいないですし。あっ、こんな事言ったら歳ばれるなww。

まあ確かに良い点もあるし、駄作ではないと思いますよ。しかし、相変わらず「?」と思える点も普通に目立つのが痛いというか、まあ現時点では100点満点なら50~60点程度でしょうね。正直それ以上の高い点はつけられないですね。放送はまだ来年の5月いっぱいまで続くようですが、残念ながら他人に視聴を薦められるレベルではない。今度また人形劇作品を作るつもりなら、NHKと関係深い81プロデュースには江原氏以外にも実力派粒ぞろいなのだし、全員プロの声優を起用して、脚色も、ドリフとか桃太郎侍とか変に奇を衒わなくていいからちゃんと普通に視聴者に訴えかけられるような事が出来る人を起用してほしいものだね。

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2009/11/18

グレインキーのサイヤング賞とカンザスシティロイヤルズの黄昏

http://mainichi.jp/enta/sports/baseball/major/news/20091118k0000e050026000c.html

大リーグ:サイ・ヤング賞にロイヤルズのグリンキー

 【ニューヨーク小坂大】米大リーグ、ア・リーグのサイ・ヤング賞(最優秀投手)が17日発表され、ロイヤルズの右腕、ザック・グリンキー投手(26)が初めて受賞した。

 今季33試合に先発したグリンキーは150キロ台の直球、100キロ前後のカーブに、今季からチェンジアップを効果的に織り交ぜた投球で、16勝8敗の好成績を上げた。防御率2.16は両リーグ通じて1位、奪三振242個は両リーグ通じて3位。中地区で同率最下位と低迷したヒルマン監督(元日本ハム監督)率いるロイヤルズの投手陣を1人で支えた。

 同賞は全米野球記者協会の投票で選出。ア・リーグは記者28人がそれぞれが3人を連記して、1位が5点、2位が3点、3位が1点となり合計点で決まる。今回はヘルナンデス(マリナーズ)、サバシア(ヤンキース)、バーランダー(タイガース)と最多勝(19勝)を獲得した3人との争いに注目が集まった。

 グリンキーは勝ち星こそ劣ったものの「打線の援護のないロイヤルズでなければ20勝はした」と評された投球内容や、06年に精神疾患の社会不安障害となりながら乗り越えたことで1位票25(計134点)と大多数の支持を得た。2位はヘルナンデスで1位票2(80点)、3位はバーランダーの1位票1(14点)だった。

ザック・グリンキーじゃなくて、ザック・グレインキーなのではと思うけど、まあそれはどうでもいい。日本ハムの連続リーグ優勝に貢献したトレイ・ヒルマン監督を迎えた昨年のカンザスシティロイヤルズは、前半戦こそ大型連敗があったけど、後半戦やや盛り返して僅差で最下位だけは免れました。元々MLBは、アメリカンリーグもナショナルリーグも中地区の戦力レベルは高いとはいえないのですが、今年はどうかなとそれなりに注目していました。しかし、投手陣は前述のグレインキーと、ストッパーのホアキム・ソリア頼みだったし、野手陣もビリー・バトラーの開眼(但し、守備力は低い。)はありましたが、得点力は下から数えた方が早かった。後半戦は首位を走っていたデトロイト・タイガースに終盤の6試合で5勝1敗と意地を見せましたが、結局オールスターを挟んだ10連敗等もあって、前半戦は37勝51敗.420でしたが、後半戦も28勝46敗.378と勝率は上がるどころか寧ろ下がって、クリーブランドインディアンズとの同率ながら、また地区最下位に逆戻りしてしまいました。

思えば、ロイヤルズは日本の広島東洋カープに似ていると思います。共に創立期は弱小でしたが、1970年代後半に強豪チームの仲間入りをしました。ロイヤルズはジョージ・ブレットが21年間ロイヤルズ一筋でプレーし、3つの年代(1970~90年代)で首位打者を獲得しましたが、これは長い間一流の成績を維持していてもなかなか出来ない快挙でした。総合力では同じ三塁を守ったマイク・シュミットブルックス・ロビンソンに決してひけを取らなかったと思いますが、ロイヤルズは同じミズーリー州を本拠地とするセントルイス・カーディナルスを破って初の世界一に輝いた直後、広島は巨人とのデッドヒートの末に5度目のリーグ優勝を成し遂げた直後、それぞれ80年代後半にはチーム力にかげりが見え始める事になります。広島は、1993年にヤクルトとの16-17の乱打戦を落す等野村謙二郎・江藤・前田等若手野手陣が育ってきたと思ったら、今度は看板の筈だった投手陣が崩壊、19年ぶりに最下位に転落し、以降長く投手力低下に苦しめられ、Aクラス入りは4度(1998年以降は12シーズン連続Bクラス)にとどまっていますが、ロイヤルズも90年代中盤は3、3、2位とやや盛り返すも、1996年には創立初の最下位に転落し、以降今年までの14シーズンで8シーズンも最下位に沈んでいます。

2003年はトニー・ペーニャ監督の元、ほぼ最後まで地区優勝争いをし、最終的にはミネソタツインズに7ゲーム差の3位でしたが、野手陣はともかく、投手陣の弱体ぶりは変わらず、規定投球回数に達したのは阪神・巨人でもプレーし、日本のファンもお馴染みなダレル・メイだけでした。この年のロイヤルズの躍進とは対照的に、デトロイトタイガースは実に119敗も喫し、勝率は同じ虎でも、あの暗黒時代の阪神ですら記録しておらず、楽天1年目のそれよりも低い2割6分5厘と体たらく。アメリカンリーグ中地区のレベルの低さに助けられた感は否めませんでした。案の定、この躍進は1年限りで翌年からは3年連続100敗に沈みました。ただ2006年は、2009年も前述どおりタイガースとの終盤6試合で5勝した一方、最後のカードだったミネソタでのツインズにはあっさり3連敗を喫する等ツインズの中地区優勝を後押しする形となってしまいましたが、この年も土壇場で、3年前とは打って変わって優勝争いしていたタイガースに3連勝し、地区優勝は阻止しています。ただタイガースはワイルドカードでプレーオフに出場、そこでも勝ち抜いて22年ぶりにワールドシリーズに進出した(タイガースのジム・リーランド、カーディナルスのトニー・ラルーサ両監督、軍配はカーディナルスに上がったが、どちらが勝っても「初の両リーグ世界一監督」となっていた。)のですが。

暗黒時代に突入してしまったロイヤルズにとっての最たる不幸は、マイク・スウィーニーが力を発揮しきれず、もう一人の主力打者、カルロス・ベルトランも結局放出してしまった事だと思います。スウィーニーは2001年までは順調にスラッガーとしての道を歩んでいたかと思ったら、2002年以降怪我がちになってしまいました。2003・2004年は100試合出場がやっとで、2005年は122試合出場、規定打席にも達し、打率.300・21本塁打・83打点と一定の成績も残しましたが、この年を最後に3桁試合数出場すら出来なくなってしまいました。シアトルマリナーズに移籍した今年もわずか74試合出場、本塁打も8本と到底期待にこたえたとは言い難い成績に終わりました。古巣出戻りのケン・グリフィーJRもやはりフル出場できず、マリナーズは4月好調も、5月に躓き、結局イチローが9シーズン連続200本安打を打ち、その内容が疑問視(実際私も表面の記録ほどの内容はなかったと思います。勿論アンチのように全否定するのにも反対であるのは変わりませんが。)されながらも、OPSがチーム2位である事からも分かるとおり投高打低で、その躓きを挽回できないまま、勝ち越すのがやっとのシーズンで終えてしまいました。故障に悩むシーズンを続けているうちに、いつの間にか30代後半に突入してしまった彼ですが、来年もかっての活躍を望むのは難しいと思います。というか、近年のマリナーズの野手補強、金はあるから積極的には行っているけど、全体的に失敗してますね。まあ、そうでなければイチローがいながら6年で4度も地区最下位に沈むわけがないのだが。

マリナーズにやや深入りしたけど、ベルトランの方も、2004年途中に移籍したヒューストンアストロズではプレーオフには進むが、ワールドシリーズに出場できず。2005年には今度はニューヨークメッツに移籍するも、その年にアストロズが初のワールドシリーズ進出を成し遂げたのは皮肉でした。メッツも2006年には地区優勝はしましたが、プレーオフではカーディナルスに敗れ、2007年は地区連覇ほぼ間違い無しだった筈がフィラデルフィアフィリーズに逆転優勝を許しました。フィリーズは2008年・2009年とナショナルリーグのチームとしては13年ぶりの連続リーグ優勝、2008年には世界一にもなりましたが、メッツはこの痛恨事がショックだったのかパッとしない戦績に終わっています。まさに対照的ですが、そんなわけで成績自体はスウィーニーよりも断然優秀な数字を残していますが、未だワールドシリーズ出場の夢はかなっていません。

広島は12年連続Bクラス、ロイヤルズも1996年以降は14シーズン中8度も地区最下位に沈んでいる暗黒期の真っ只中にありますが、グレインキーのサイヤング賞受賞はそんなチームの数少ない明るい話題となったし、21世紀以降のMLBはほぼ交代して違ったチームがリーグ優勝・ワールドシリーズ優勝しています。2001年ダイヤモンドバックス、2002年ジャイアンツ・エンゼルス、2003年マーリンズ、2004年レッドソックス・カーディナルス、2005年ホワイトソックス・アストロズ、2006年タイガース、2007年ロッキーズ、2008年フィリーズ・レイズと言った具合にです。ロイヤルズももう24年もリーグ優勝から遠ざかっていますが、全くチャンスがないわけではないと思います。今年はヤンキースVSフィリーズの59年ぶりのワールドシリーズ顔合わせでしたが、来年はもしかしたらロイヤルズVSカブスのワールドシリーズでも実現するか?それとも・・・・・・・・・やはり去年今年と結果を残せなかったヒルマン監督のシーズン途中解任の可能性のほうが高そうだが・・・・・・・・・・

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2009/11/15

「獣の奏者エリン」=こまっしゃくれた優等生が作った代物

今年1月から放送されているアニメ作品に「獣の奏者エリン」という作品があります。これ、原作は小説らしいが・・・・・・

まあ確かにエリンの成長の様子等主要キャラの掘り下げはそれなりだと思います。世界観等の作りこみもまずまずです。しかし、自発的に見る気はなくとも、丁度夕飯の時間帯に放送されているから目にする事が多い作品でもあるのだけど、面白いと思った事は一度もないです。

普通に良い点以上に悪い点が目に付くというか、作画は古臭いし、話の展開は単調になりがちでテンポも良くない。それに声優陣も、藤原啓治氏石田彰氏等プロの方は問題ないのですが、主役の星井七瀬ちゃんはかなり微妙ですな。そんな酷いというほどでもないけど、やはり演技が固いです。エリンの、感情の起伏が激しいとはいえないキャラクターのおかげで誤魔化せてるといった印象ですね。藤原氏演ずるヌックの相棒なモックは、アメリカザリガニの片割れだけど、大河ドラマ等(「天地人」も加藤清史郎くんを「汚い大人達の玩具」にしただけの駄作だが。)の時代劇のみならずアニメまでお笑い枠かい。(苦笑)実際演技力は星井ちゃんにすら・・・・・・・でしたが・・・・・・

エリンにしたって、じゃあその生き様に100%共感できるのかと言えば、そこまででもない。他のキャラだって、例えば今エリンを利用しようとしているダミヤは、他のアニメや漫画、映画等でも何度も見てきた、つまらない三流マキャべりストである。ヌックとモックがそこそこ良い味だしている程度です。全体的には低レベルな作品ではないのだろうし、「21世紀のハイジ」を目指したと言うけど、私から見れば「こまっしゃくれた優等生が作った代物」ですな。上っ面はそれなりに作りこまれているように見えるが、実際見てみたらあまり深みとかがないです。原作は知りませんが、読んでみたいと思えるほどの魅力は正直見出せません。

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2009/11/11

旧東欧にとってのソ連=ナチスドイツ以上の侵略者

http://www.asahi.com/international/update/0730/TKY200907300394.html

【モスクワ=副島英樹】第2次世界大戦の開戦から70年のこの夏、原因や評価をめぐってロシアと一部の欧州諸国が火花を散らしている。

 「ソ連をヒトラーのナチスドイツと同列に扱おうとする試みはロシア国民への侮辱であり、受け入れ難い」。ロシア上院は18日、「責任をソ連に負わせる動きがある」として、こんな声明を採択した。

 旧ソ連バルト3国のリトアニアで7月3日、欧州安保協力機構(OSCE)の議会が人権と自由に関する決議を採択。その中に「8月23日をスターリニズムとナチズムの犠牲者追悼の日にする」「20世紀の欧州はナチスとスターリン主義という二つの全体主義体制を経験した」などの記述があることに反発した。

 独ソは1939年8月23日にバルト3国でのソ連の権益黙認の代わりに独のポーランド侵攻を認める条約を締結。70年がたつのを機にリトアニアなど旧共産国主導の決議に問題の記述が盛り込まれた。

 上院の声明は「39年に始まった第2次大戦は20世紀の最大の悲劇だが、主因をつくったのはナチスドイツの指導層だ」と指摘。「戦争が起こった現実の原因について修正を加え、ソ連にも責任を負わせようとする試みは、平和のために高い犠牲を払った我が国民への侮辱だ」としている。

ソースはちょっと古いですが、ロシア人の歴史認識不足が伺える出来事だったと言えます。「ナチスと一緒にするな」?とんでもない。結論から言えば、旧東欧でのソ連はまさに「ナチスドイツ以上の侵略者」と評するに相応しいものでした。ロシアでは「ソ連は欧州をファシズムから救った。」と過大評価しているらしいですが、詭弁以外の何物でもないですね。

そもそも第二次世界大戦勃発はナチスと、ナチス以上の全体主義だったソ連の、独ソ不可侵条約締結もその原因の一つだったのですが、そのドサクサにまぎれて、ポーランドの東半分を占領、カチンの森事件という虐殺事件を起こして、しかもナチスのせいにしようとしたり、冬戦争でフィンランドを攻めたり、バルト三国を強引に併合した国は何処の国ですか?しかもフィンランドは、爆撃について、モロトフは「パンを投入しているのだ。」と言い訳こいたけど、スターリンがあの大粛清で高級将校の実に約3分の2も殺したから結局無能な司令官しか残らないで失敗したときた。ここまで殺して弱体化しない方がおかしいのだけど、当然と言うか、ヴォロシーロフが逆ギレしたくなる気持ちも分かります(苦笑)

そして大戦後、チトー元帥がほぼ自力でナチスを追い出したユーゴスラビア以外の東欧諸国を衛星国にしたのだけど、そのマルクス主義の理想とはかけ離れたソ連型社会主義を押し付けたせいで、ソ連自体もそうだったけど、ハンガリー動乱やプラハの春弾圧等を経た1970年代以降第3の産業革命というべき情報技術の革新が殆ど起こらなかったこともああって、経済水準で西側との差は次第に開いていった。東ドイツは、ベルリンの壁等で反ソ運動を押さえつけ、「東欧の優等生」と呼ばれたほどだったけど、それでも経済水準は西ドイツの3割ほどしかなかった。そしてソ連自体、そうした「勢力圏」等を維持しきれなくなって経済破綻、崩壊していったわけですが、東欧諸国はその後も、政治的には確かに共産主義と決別したけど、経済的には市場経済化等必ずしも円滑にはいかず、しばらくマイナス成長に悩まされた。チェコ等はもともと工業化が進んでいた国で、2008年の購買力平価換算GDPは2万5千ドル強だったけど、もしソ連に邪魔されないで資本主義経済下で国づくりを進めていたら、日本並の経済水準に今頃達していてもおかしくなかったと思います。それだけでなく、ベラルーシはチェルノブイリ原発事故の後遺症を背負う事になったし、バルト三国は残留ロシア人の問題を今でも抱えている。フィンランドもやはり日本同様現在もカレリア等領土問題を抱えている。現在も中東欧及びその近隣地域に大きく悪影響を及ぼしているのは間違いなくナチスドイツではなく、ソ連です。ソ連は間違いなく、旧東欧諸国及びその国民に対する加害者だった。

ロシア国民からすれば、第一次世界大戦では敗北したドイツからの侵攻を跳ね返した、第二次世界大戦における誇り高き戦勝を傷つけられた気分であるのは理解できます。そしてその大祖国戦争に勝利したのは、スターリンによる5カ年計画等の工業化による成果であったのも否定しません。しかし、バーナード・ショー等の西側知識人は見落としてしまったけど、それは強制的に、無償で奴隷同然に労働させられた人達の犠牲の上に成立したものであって、決して社会主義が正しかったわけではない。しかもそれで得られた富は殆ど一般の国民には還元されず、スターリンをはじめとする共産党の幹部達が独占した。

大祖国戦争の勝利にしたって、スターリンが赤軍大粛清で高級将校等を見境もなく殺しまくった結果、無能な司令官しかいなかった序盤戦は大敗ばかりだったけど、自軍兵士による射殺、疎開禁止等も相まってその為に払った犠牲は決して小さいものではなかった。過去ログでも言いましたが、大粛清が沈静化し、独ソ不可侵条約が結ばれ、第二次世界大戦が勃発した1939年時のソ連の国力はアメリカの50%弱(1990年換算購買力平価GDPによる)でしたが、結局1991年の崩壊までソ連は1939年当時の国力差までもすら、挽回する事が出来なかった。結局社会主義・共産主義は、それ自体のイデオロギーに縛られて、「国が健全に発展する為には『まず国民が肥え太らなければいけない』」という、政治のイロハのイを忘れてしまったから衰退を余儀なくされてしまった。

結果的にソ連に幕を下ろすこととなったミハイル・ゴルバチョフは、「知ってるつもり?」で自身が取り上げられた際のインタビューでも「この『冷戦』の時代は絶対に教訓としなければいけない。」と言うような事を言っていましたが、悲しいかな、現在のロシア人にはこうしたゴルバチョフのメッセージが殆ど伝わってないのだと改めて思います。そしてまた国力回復したかと思ったら、確かにBRICSの中では最も先進国に経済水準が高いけど、かっての被害者、ポーランド・チェコ・スロバキア・ハンガリー・バルト三国にはやや及ばない。そこで世界同時不況でロシアは最も痛手を被った国になってしまったのだけど、再三言うようにそういう「伝わっていないメッセージ」こそが現在のロシアの大きな問題点の一つなのだと思います。そうでなければ、旧東欧の「衛星国化・ソ連型社会主義化」等を「解放」と称して正当化できるはずなどないのです。

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2009/11/08

巨人7年ぶりの日本一と元広島監督の逝去

http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20091108-563905.html

頼もしきリーダーが攻守に巨人を引っ張った。阿部慎之助捕手(30)が2回に先制二塁打を放ち、守っても6投手の無失点リレーを演出。7年ぶりの日本一の立役者はMVPに輝き「みんなで勝ち取った日本一。最高です」と叫んだ。

 先発の東野が打球直撃で降板した直後の2回2死三塁。直球2球でカウント1-1からの3球目、外角スライダーをとらえた。「少しタイミングを外された」と言うが、軸足に体重を残し、体を開かず打ち返す。打球はぐんぐん伸びて、中堅フェンスを直撃。「絶対に先制点がほしかったので良かった」と喜んだ。

 その後は守備に神経を集中した。内海には直球主体の組み立てで腕を振らせ、好投を引き出す。6回途中からも救援陣をもり立て、失点を防いだ。9回は2死二、三塁と一打同点の大ピンチ。4番・高橋を空振り三振に仕留めるとマスクを脱ぎ捨て、わき上がる歓喜にようやく身を委ねた。

 入団2年目の7年前より大きな感慨がある。「若い選手に日本一ってすごいんだと味わわせてあげたかった。正直、本当に苦しかったが、最後にみんなで喜べて良かった」。チームの先頭に立ち続けた1年が最高の結末を迎え、心からの笑みがこぼれた。

海の向こうでもヤンキースがあのゴジラの猛打などで世界一となりましたが、日本でも28年ぶりの顔合わせとなった「巨人VS日本ハム」の日本シリーズは巨人の4勝2敗で7年ぶりの日本一に輝きました。

28年前の昭和56年は原辰徳監督デビュー年でもありましたが、今年は監督を務める事になったWBCでも韓国との決勝戦で勝って世界一。プロ野球でも惜しくも完全優勝は逃しましたが、ドラフト制施行後ではまだ4回目の勝率.650越えで独走優勝、そして日本一と、これ以上にない最高の年だったのではと思います。

敗れた日本ハムも勝者を素直に称えるなど潔い態度を見せていたようですが、ダルビッシュの体調が良くなかっただけに少なくとも彼を2回先発させて敗れるよりはまだ良かったのではと思います。彼は球界の至宝の一人だし、無理はさせてほしくないと思っていたからです。3年ぶりの日本一はなりませんでしたが、4年間で3回もリーグ優勝しているのだから、やはり札幌移転は成功していると言えるでしょう。来期も優勝争いしてほしいものです。

一方でこのような訃報もありました。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200911080031.htm

広島東洋カープの元監督で、楽天の編成部長を務め、3日に61歳で死去した三村敏之氏の葬儀が7日、広島市安佐南区の葬斎場で営まれた。プロ野球界や一般の参列者たち約800人が最後の別れを惜しんだ。

 遺影はコチョウランに囲まれ、ひつぎには広島監督時代につけていた背番号78の楽天のユニホームが入れられた。山本浩二元監督(63)は40年前の出会いや猛練習を回想。「お互いに負けたくない気持ちで頑張った練習が(初優勝の)原点だった。カープを天国から見守って指導して」と弔辞で語りかけた。広島時代に三村氏の下で7年間、プレーした阪神の金本知憲選手(41)は鍛えられた日々に感謝した。

 野村謙二郎監督(43)やカープOBが参列。斎場の外では大勢のファンが冥福を祈った。

後輩の達川光男はあの平成8年のメークドラマを許した事について「逆に言えば三村さんが巨人の独走を許さなかったと言う事。」とコメントしたそうですが、そりゃ「後に名球界入りする選手が3人(野村・金本・前田智)もいて、優勝確実だったのに中日にまで抜かれて3位に終わったからアホ」だなんて思ってても言えないですからね。

三村氏と言えば、丁度去年の今頃、某雑誌でかっての黄金期について、「根本さん(陸夫)と広岡さん(達朗)・関根さん(潤三)のコーチがその礎を築いた。」と強調されていた(衣笠等も同じような事を述べている)のを目にしましたが、結果論ながらその自分が逆に広島暗黒期を招いてしまったのは皮肉でした。後にヘッドコーチとして古巣に戻りましたが、低迷に歯止めをかけることは出来ませんでした。今村と堂林という2人の甲子園優勝投手のドラフト指名を見届ける事が出来たのが救いだったのかもしれません。何はともあれ、ご冥福をお祈りいたします。

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2009/11/07

テガミバチでの、邪推せずにはいられない作中の描写

今秋からも、アニメ化されている作品は多いですが、その中の一作に「テガミバチ」という作品があります。これは仮想世界での「ココロ」を届ける郵便配達を題材にしたハイ・ファンタジーものらしいですが、確かに光る点はあります。主人公・ラグは一見やや頼りないですが、やるべきところではやる(仕事上変装した事もあったけど、あまり違和感がなかった)、まじめでいい奴だし、憧れの存在であったが、記憶を失い、敵味方に分かれてしまっていたゴーシュとの葛藤等バックホーンも良く掘り下げられている。その敵組織「リバース」等世界観や設定等も良く作りこまれているし、「一種の芸術」と言うべき作画力も非常に高いものがあります。

しかし、そのリバースに所属していたゴーシュの拘束等がきっかけで、乗り込んできた政府連中により、館長は左遷、主人公も左遷させられてコールドレターを処理する事となったのですが、石の椅子職人・ラノワという男に会い、彼の依頼通り元恋人に手紙を返送しようとするも、彼女は信じられないほどメタボに・・・・・・・・・

非常に醜い容姿に変わり果てたと思ったら、実は彼女の義母がなり済ましていたのです。というのも、彼女も下品な関西弁(大阪弁?)が特徴的でしたが、息子も息子で、この元恋人に対する愛情等は全くなく、愛人達を常に侍らせて傍若無人な言動を繰り返していたのです。そしてついにふとしたはずみで妻を・・・・・・・・・・・・結婚はこの元恋人の実家からの融資狙いにすぎなかった。そう言えば、某お笑い芸人と離婚してまだ日の浅い某有名女優が、某吉本有名芸人共々声優挑戦した某アニメに出てきた悪役親子も・・・・・・でしたが、まさに「親が親なら子も子」を地で行ってましたな。

結局融資は止められて、使用人達にも給料が払えなくなり、主人公らに直接懲らしめられた(生ぬるいレベルだったが)息子共々無一文に転落、このバカ息子のせいで死んだかに思われた元恋人も、実はメイドだった女の子が良い子で、遠い所に匿ってもらっていて、主人公の粋な計らいで「感動の再会」を遂げたけど、素直に「めでたしめでたし」と喜ぶ気にはなれない。

この醜い容姿の義母、ワンピースとかでも出てきそうなキャラでしたが、何で仮想世界で関西弁?で喋っているキャラがいるんだよ。(苦笑)まあ某ゲーム会社の格ゲーキャラみたいに訛りとか表現したつもりだったのでしょうが、なんか「関西人=下品で金に汚い」という作者の偏見が嫌というほど伝わってきたのだけど、作者の浅田弘幸とやらは、修学旅行かなんかで現地人に何か嫌なことでもされた思い出でもあるのですかな?そう邪推したくなりますが、感動の見せ方等非常にあざとかったです。これはちょっと印象悪い点ですね。

確かに前述通り良い点も多々あるし、全体的にはレベルの低い作品ではないと思うけど、主人公以外のキャラも、相棒のニッチは、酌量すべき事情もあるけど、悪く言えば頭の悪いガキ(彼女がらみでの、笑いを取ろうとしたシーンも見られるが、全然笑えない)、ゴーシュの相棒だったロダはただの冷徹な、つまらない女、館長らの左遷を通告した政府の連中も上っ面なカッコ付けオッサンとずれている面々も目立つし、設定も悪く言えば、説明が多いというかそれ先行な面があるのも否めない。全体的にレベルが高かったとは言い難かった旧月刊少年ジャンプの中ではかなり人気があるようだけど、正直あまり好きではないです。

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2009/11/06

ヤンキース9年ぶりの頂点へ導いたのは他ならぬゴジラであった

http://sports.nikkei.co.jp/mlb/index.aspx?n=AS1G05025%2005112009

ピンストライプのユニホームを身にまとって7年目。ヤンキースの松井秀喜外野手(35)が5日(日本時間)、米大リーグワールドシリーズの最優秀選手(MVP)に選ばれた。夢の舞台で輝いた「背番号55」。声援を送ったファンが、見守り続けた恩師が、そして家族が日本選手初の快挙に酔いしれた。「最高のかたち」「日本の誇りだ」。やむことのない称賛の声が列島を駆け巡った。

 「苦しみを乗り越えてよく頑張った」。松井選手の中学校時代のコーチで、石川県能美市職員の高桑充裕さん(43)は故障を抱えながらもチームの優勝に貢献した教え子をねぎらった。

 昨年夏、ケガに悩んでいた松井選手を応援しようと米国へ。「1年でも長くプレーできるよう頑張って」と声をかけると、松井選手は笑顔で「頑張ります」。その結果がこの日のMVP。「ここまで復活してくれるとは。私の誇りです」

 日本シリーズ第5戦の舞台、東京ドームで試合開始を待っていた野球ファンも快挙に沸いた。中野区の会社員、飯塚武生さん(30)は「巨人に戻ってほしいという気持ちはあるが、やはりヤンキースのユニホームが似合う」と来シーズンの活躍に期待した。

 ケガを心配し、見守ってきた家族はほっと胸をなで下ろした。

 「とにかくうれしいの一言。(ワールドシリーズ優勝の)夢がかなえられ、ほっとしている」。松井選手の兄、利喜さん(38)は地元の能美市で弟の偉業をたたえた。

 第1戦と第2戦を現地で観戦し、「球場が盛り上がる中でも、普段通り落ち着いて試合に臨んでいる」と感じた。5日は仕事でほとんど試合を見られなかったが、終了間際にテレビを付けると、1本塁打を含む3安打、6打点の大爆発。ケガで満足に野球ができない姿をそばで見てきただけに「最高のかたちになった。しばらくゆっくり休んでほしい」と、うれしさをかみしめながら弟の体を気遣った。

今年のMLBワールドシリーズは、6年ぶり出場のニューヨークヤンキースと、2年連続出場のフィラデルフィアフィリーズの実に59年ぶり(ヤンキースがMLB記録の5年連続日本一に輝いていた、戦後第一次黄金期の頃です。)の顔合わせになりましたが、4勝2敗でヤンキースが9年ぶりの世界一に輝きました。そして、その世界一に貢献、MVPに輝いたのは・・・・・・・そう、天性のホームランバッター、「ゴジラ」松井秀喜でした。

早いもので彼がメジャー挑戦・ヤンキース入団してから今年で7年目になります。1年目の2003年は本塁打こそ16本に激減しましたが、打点は100以上マークしました。全試合出場も果たしました。フロリダマーリンズには敗れましたが、ワールドシリーズにも出場しました。2年目の2004年は本塁打激減の反省点を活かし、30本強まで伸ばしました。残念ながらプレーオフでは、レッドソックスとのリーグ優勝決定戦で、ペドロ・マルティネスに死球をぶつけられて勢いをそがれ、チームも3連勝4連敗で2年連続のワールドシリーズ出場はならなかったのですが・・・・・・3年目の2005年は、本塁打はやや減少しましたが、打率は初の3割越えでイチローを上回り、打点も自己ベストをマークしました。

ここまではほぼ順調でした。しかし・・・・・・結果論になってしまいますが、4年目の2006年、WBC出場を、ヤンキースの世界一奪還に集中する為に断った事がケチのつき始めとなってしまいました。あの悪夢の5.11で手首を骨折、出場試合数は100を大きく下回り、実にプロ1年目の1993年以来13年ぶりに規定打席に達しませんでした。5年目の2007年は右膝などに不安を抱えながらも、打点は4度目の100打点以上をマーク、5月のシアトルマリナーズ戦では日米通算2000本安打も達成し、名球界入りを果たしました。本人に言わせれば「失敗」のシーズンだったようですが、成績自体は決して悪いものではありませんでした。しかし、6年目の2008年は6月までは首位打者争いをするほど好調でしたが、またもや怪我でシーズンの大半を棒に振り、チームもプレーオフ連続出場記録が13年でストップし、全く不完全燃焼なシーズンとなってしまいました。

そして迎えた今年2009年、スポーツ過去ログでも「ゴジラ17年目の挑戦」という駄文を以前書きましたが、やはり膝等の不安は隠せませんでした。ポジションもDHがもはや主となりました。ゴジラ不要論は耳が痛いほど囁かれていました。しかし・・・・・・・・・・

7月までは調子がいいとは言いがたかったですが、8月以降、ゴジラはその本領を発揮しました。8月13日のマリナーズ戦では1試合5打点、21日のレッドソックス戦では1試合7打点と特にその打棒は火を噴きました。惜しくも30本100打点には届かず、本人も反省したように打率も高いとはいえませんでしたが、それでも本塁打はメジャーでは2004年に次いで多く打ったし、年齢等を考えればやはり悪い成績ではありませんでした。

そして6年ぶりに進出したワールドシリーズでは、まさにシーズンの最終章を締めくくるに相応しい大活躍を見せました。第2戦では「史上最高の投手」と呼ばれたマルティネスから決勝本塁打を打ち、フィラデルフィアでは、DH制はナショナルリーグは採用していない為代打での出場となりましたが、第3戦では2試合連続本塁打、第5戦でもヒットを打ちました。そして圧巻はニューヨークに戻った第6戦でした。因縁のあったあのマルティネスからまた先制2ラン本塁打を打つ等6打点をたたき出して、13打数8安打3本塁打8打点で黄金時代が過去のものになりつつあったチームの、久々の栄光に大きく貢献、かくして日本人選手初のワールドシリーズMVPに選出されたのです。

私は、彼への意識過剰な報道を行うマスコミには一貫して批判的ですが、松井は成績もさる事ながら、それ以上に賞賛すべきは「チームの勝利を第一に考える」所です。前述したように3年目までは比較的順調でしたが、それ以降は怪我などに苦しめられ、試合にすら満足に出場できないシーズンもありました。不要論も根強くなってきました。ペナントレースが終わって、一定以上の成績を残せたことを安堵した反面、「まだプレーオフがあるのだから、不要論などを吹き飛ばす為にも存在感を示してほしい。」と思っていました。しかし、しかし・・・・・・・・まさかワールドシリーズという夢の大舞台でMVPという栄誉に浴するとは思ってもいませんでした。しかし、それこそそうした数々の不安と戦い、放出されるかもしれないチームで栄光を信じて努力してきたからこそ輝いた栄誉以外の何物でもありません。

おめでとう!!55番!!おめでとう!!「ゴジラ」松井秀喜!!彼が来期以降もヤンキースでプレイしていられるかどうかは分からない。しかし、何処でプレイしようがその野球人生を完全燃焼させてほしいと思っています。

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2009/11/04

新テニスの王子様第17・18話-敗者達の再挑戦と世界の三船ww!!

もう毎月毎月テニプリだけでもジャンプスクエアの発売日が楽しみで楽しみでしょうがないwwですが、どうせなら祝日であった昨日に発売してほしかったと思うのは私だけではあるまい。

まあ、それはともあれ、今月もテニプリwwの時間がやってきましたww。サガットもビックリなノッポの斉藤コーチ越前王子様wwと金太郎くんwwと共に「非情なる第二次選考」の敗者達の前に姿を現したかと思ったら、「再挑戦のチャンスを与えてやる。この崖を登ってみろ。」と提案されました。

早速皆斉藤コーチの言うままに登り始めましたが、王子様ww、口では「にゃろう」と言っていますが、どんな猛者達に出会えるか等楽しみなのが顔見てすぐに分かりますね。ブチャラティも、ジッパーこそ使いませんが、軽々と登っています。リチャード坂田は笑い、田螺のデブは沖縄方言の叫びが相変わらずウザいwwですが、老人虐待したクズwwwの甲斐も相変わらずの性悪ぶりで、小石を足で故意に落そうとして同じ脱落者の足を引っ張ろうとしました。もうお前もいい加減承太郎先輩に気合入れてもらえよ・・・・・・・・・・・(# ゚Д゚)

しかし、この漫画の数少ないマトモなキャラである副部長くんは、鬼おじさんとの戦いで手首を傷ついているピーチキャッスルくんを気遣っていました。そこにバンダナスネークくんが突き放した言葉をかけて、またいつものように喧嘩になったかと思ったら、なんとおぶってくれました。なんだかんだいって仲良いんだね。この二人は。

しかし、やはり無理があり、落ちそうになると思いきや、今度は詐欺コンビの片われ、仁王くんがアトーべ様に成りすまして、樺地にピーチキャッスルくんを担がせました。と思ったら、今度はふとした弾みで真っさかさまに転落死する運命だった坂本ちゃん真田皇帝陛下とタカさんがつかんでくれたのです。なんか、今までの言動を見ていると、妙な違和感がある(副部長くんとタカさん以外は)のですが、まあ、ほんのちょっとは彼らを見直しましたかね。

斉藤コーチが見守る中、いよいよ頂上が見えてきましたが、金太郎くん、全然疲れているそぶりなど見せず、一足早くさらに登りました。まあ彼も良く言えば純粋なんだね。

そしてその頂上ですが、カラス達も姿を見せる中、木の間に縄で仕切られたコートが特徴的な練習場でお兄さん達が特訓に励んでいました。しかし、その練習はスパルタなんてもんじゃないほど過酷なもので、佐久部がバテた所を水でぶっ掛けられたと思ったら、その裏コーチの名はミフネ。そう・・・・・・・・・

「世界の三船」キタァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーwwwwwww!!!

えっ、その三船じゃないって、そんな細かい事気にするなよww。酒を飲みながらお兄さん達を罵倒するこの「世界の三船」ww、ボールを早く拾う事を要求しましたが、たった1秒遅れただけで崖下にぶちまけ、しかもそれら全て拾って来いと命令・・・・・・柘植コーチなんて全然甘っちょろく見えますね。(苦笑)この世界の三船、過酷な特訓に耐えている選手達を罵倒しながら自分は瓢箪に入っている酒を飲んでいた、大そうな御身分なようだけど、どっちがクズだよ。他のスポーツ系漫画でも出てきそうな勘違い横暴コーチだろうよ。

と思ったら、越前王子様wwが全て打ち返していました。今回の話、王子様あんまり目だってねぇなあと思ったら最後の最後でww。王子様って、ホントカッコよすぎwwwwwwww。しかし、世界の三船wwは彼らが来る事は分かっていました。さあ、更なる過酷な特訓が待ち受けていますが果たして彼らは全員生き残る事が出来るのだろうか?

あと、今日11月4日はまたまた、ペアプリなる「公式キャラクターガイド」が発売されたようだけど、キャラクターは真田皇帝陛下wwとアトーべ様wwwwwww!!精悍な顔つきな皇帝陛下とカッコよすぎなポーズで決めているアトーべ様の表紙が目印!!「プライベートの王子様」wwなる描き下ろし漫画まで収録されているようで、一部ジャンプスクエアにも公開されたけど、皇帝陛下さっさと豆なんか食えよww。学校に遅刻しても知らねぇぞwww。アトーべ様は流石何を着てもカッコよすぎるwwww!!決まっておられるwwww!!!そこにしびれるぅ!!あこがれるぅwwwwwwwwwww!!!このペアプリも要注目間違いなし!!!ですねwwwwwww。

そしてこれは、テニプリとは直接関係ないですが、なんとあの異形の天才作家・太宰治の名作「走れメロス」許斐剛大先生wwwのキャラクターデザインの元、「アニメ青い文学シリーズ」として第8・9話にアニメ化されます!!!放送日は11月28日と12月5日!!!メガネ関西弁wwもご出演されます!!!(だから中の人がおなじだけだっつうの。)女性受けする、小奇麗なだけで、決して画力が高いとはいえない大先生wwwwがキャラデザを手がけるなど太宰治への冒涜以外の何物でもないwwwwですが、

「全世界のテニプリ&許斐剛ファンよ!!!注目せよwwww!!!必ず視聴せよwwwww!!!(視聴しなかったら北朝鮮の強制収容所行きwwww)テニスバトル教教祖様であらせられる大尊師を崇拝せよwwwww!!!」

いや、ほんとまたまた楽しみが一つ増えましたwwwが、許斐大先生ほんと絶好調すぎwwww。今月号のジャンプスクエアはついに「D.gray-man」(この作品には期待していたのだが・・・・・・)が舞台を移して連載再開されましたが、スクエアの真の看板はこの「新テニスの王子様」のほかにはナイィッッッッwwww!!!最狂、いや最強のギャグ漫画「テニスの王子様」wwwwは世界一ィィィィィィィィィーーーーーーwwwwwwwwwww!!!!!!

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2009/11/01

ジャック・バウアーの毛利小五郎への華麗なる転身?

トラブルが原因なのかどうかはハッキリしませんが、「名探偵コナン」の毛利小五郎役を降板された神谷明氏の後任に小山力也氏が起用されました。昨日小山氏が初めて担当された話が放送されました。

この後任のニュースを聞いた時から、「演技力は高い人だから、問題ないだろう。」と思っていましたが、実際違和感などはそれほどなかったです。シリアスな場面では、いつも通りの深みのある演技を披露されていましたし、ちょっとくだけた場面でも無難にこなされていました。

話は、小五郎が刑事時代に逮捕した富樫某が仮出所したと思ったら、また殺害を犯した。小五郎は真実を突き止めようと富樫を問い詰めようとし、犯人は別の人物で富樫は無罪と思ったら・・・・・・・やや意外な展開・結末の話でした。少年探偵団も出てこなかったと最近では比較的見ごたえのある話ではあったと思います。被害者は、他の大多数のそれ同様「人間のクズ」で、犯人にも同情してしまうのだが・・・・・・・・・・

まあ、コナン自体今後も何年も続けるべき価値がある作品かどうかは疑問(もっとも、他の長寿アニメにも言える事だが。)ですが、小山氏には今後も、この名探偵コナンでも好演を披露されていただきたいとは思います。

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