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2009/11/06

ヤンキース9年ぶりの頂点へ導いたのは他ならぬゴジラであった

http://sports.nikkei.co.jp/mlb/index.aspx?n=AS1G05025%2005112009

ピンストライプのユニホームを身にまとって7年目。ヤンキースの松井秀喜外野手(35)が5日(日本時間)、米大リーグワールドシリーズの最優秀選手(MVP)に選ばれた。夢の舞台で輝いた「背番号55」。声援を送ったファンが、見守り続けた恩師が、そして家族が日本選手初の快挙に酔いしれた。「最高のかたち」「日本の誇りだ」。やむことのない称賛の声が列島を駆け巡った。

 「苦しみを乗り越えてよく頑張った」。松井選手の中学校時代のコーチで、石川県能美市職員の高桑充裕さん(43)は故障を抱えながらもチームの優勝に貢献した教え子をねぎらった。

 昨年夏、ケガに悩んでいた松井選手を応援しようと米国へ。「1年でも長くプレーできるよう頑張って」と声をかけると、松井選手は笑顔で「頑張ります」。その結果がこの日のMVP。「ここまで復活してくれるとは。私の誇りです」

 日本シリーズ第5戦の舞台、東京ドームで試合開始を待っていた野球ファンも快挙に沸いた。中野区の会社員、飯塚武生さん(30)は「巨人に戻ってほしいという気持ちはあるが、やはりヤンキースのユニホームが似合う」と来シーズンの活躍に期待した。

 ケガを心配し、見守ってきた家族はほっと胸をなで下ろした。

 「とにかくうれしいの一言。(ワールドシリーズ優勝の)夢がかなえられ、ほっとしている」。松井選手の兄、利喜さん(38)は地元の能美市で弟の偉業をたたえた。

 第1戦と第2戦を現地で観戦し、「球場が盛り上がる中でも、普段通り落ち着いて試合に臨んでいる」と感じた。5日は仕事でほとんど試合を見られなかったが、終了間際にテレビを付けると、1本塁打を含む3安打、6打点の大爆発。ケガで満足に野球ができない姿をそばで見てきただけに「最高のかたちになった。しばらくゆっくり休んでほしい」と、うれしさをかみしめながら弟の体を気遣った。

今年のMLBワールドシリーズは、6年ぶり出場のニューヨークヤンキースと、2年連続出場のフィラデルフィアフィリーズの実に59年ぶり(ヤンキースがMLB記録の5年連続日本一に輝いていた、戦後第一次黄金期の頃です。)の顔合わせになりましたが、4勝2敗でヤンキースが9年ぶりの世界一に輝きました。そして、その世界一に貢献、MVPに輝いたのは・・・・・・・そう、天性のホームランバッター、「ゴジラ」松井秀喜でした。

早いもので彼がメジャー挑戦・ヤンキース入団してから今年で7年目になります。1年目の2003年は本塁打こそ16本に激減しましたが、打点は100以上マークしました。全試合出場も果たしました。フロリダマーリンズには敗れましたが、ワールドシリーズにも出場しました。2年目の2004年は本塁打激減の反省点を活かし、30本強まで伸ばしました。残念ながらプレーオフでは、レッドソックスとのリーグ優勝決定戦で、ペドロ・マルティネスに死球をぶつけられて勢いをそがれ、チームも3連勝4連敗で2年連続のワールドシリーズ出場はならなかったのですが・・・・・・3年目の2005年は、本塁打はやや減少しましたが、打率は初の3割越えでイチローを上回り、打点も自己ベストをマークしました。

ここまではほぼ順調でした。しかし・・・・・・結果論になってしまいますが、4年目の2006年、WBC出場を、ヤンキースの世界一奪還に集中する為に断った事がケチのつき始めとなってしまいました。あの悪夢の5.11で手首を骨折、出場試合数は100を大きく下回り、実にプロ1年目の1993年以来13年ぶりに規定打席に達しませんでした。5年目の2007年は右膝などに不安を抱えながらも、打点は4度目の100打点以上をマーク、5月のシアトルマリナーズ戦では日米通算2000本安打も達成し、名球界入りを果たしました。本人に言わせれば「失敗」のシーズンだったようですが、成績自体は決して悪いものではありませんでした。しかし、6年目の2008年は6月までは首位打者争いをするほど好調でしたが、またもや怪我でシーズンの大半を棒に振り、チームもプレーオフ連続出場記録が13年でストップし、全く不完全燃焼なシーズンとなってしまいました。

そして迎えた今年2009年、スポーツ過去ログでも「ゴジラ17年目の挑戦」という駄文を以前書きましたが、やはり膝等の不安は隠せませんでした。ポジションもDHがもはや主となりました。ゴジラ不要論は耳が痛いほど囁かれていました。しかし・・・・・・・・・・

7月までは調子がいいとは言いがたかったですが、8月以降、ゴジラはその本領を発揮しました。8月13日のマリナーズ戦では1試合5打点、21日のレッドソックス戦では1試合7打点と特にその打棒は火を噴きました。惜しくも30本100打点には届かず、本人も反省したように打率も高いとはいえませんでしたが、それでも本塁打はメジャーでは2004年に次いで多く打ったし、年齢等を考えればやはり悪い成績ではありませんでした。

そして6年ぶりに進出したワールドシリーズでは、まさにシーズンの最終章を締めくくるに相応しい大活躍を見せました。第2戦では「史上最高の投手」と呼ばれたマルティネスから決勝本塁打を打ち、フィラデルフィアでは、DH制はナショナルリーグは採用していない為代打での出場となりましたが、第3戦では2試合連続本塁打、第5戦でもヒットを打ちました。そして圧巻はニューヨークに戻った第6戦でした。因縁のあったあのマルティネスからまた先制2ラン本塁打を打つ等6打点をたたき出して、13打数8安打3本塁打8打点で黄金時代が過去のものになりつつあったチームの、久々の栄光に大きく貢献、かくして日本人選手初のワールドシリーズMVPに選出されたのです。

私は、彼への意識過剰な報道を行うマスコミには一貫して批判的ですが、松井は成績もさる事ながら、それ以上に賞賛すべきは「チームの勝利を第一に考える」所です。前述したように3年目までは比較的順調でしたが、それ以降は怪我などに苦しめられ、試合にすら満足に出場できないシーズンもありました。不要論も根強くなってきました。ペナントレースが終わって、一定以上の成績を残せたことを安堵した反面、「まだプレーオフがあるのだから、不要論などを吹き飛ばす為にも存在感を示してほしい。」と思っていました。しかし、しかし・・・・・・・・まさかワールドシリーズという夢の大舞台でMVPという栄誉に浴するとは思ってもいませんでした。しかし、それこそそうした数々の不安と戦い、放出されるかもしれないチームで栄光を信じて努力してきたからこそ輝いた栄誉以外の何物でもありません。

おめでとう!!55番!!おめでとう!!「ゴジラ」松井秀喜!!彼が来期以降もヤンキースでプレイしていられるかどうかは分からない。しかし、何処でプレイしようがその野球人生を完全燃焼させてほしいと思っています。

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