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2009/09/04

失速著しい東京ヤクルトと「アンチ巨人」のもう一つの実例

東京ヤクルトについては、国鉄時代の巨人戦というテーマ(というほどのものでもない?)の元で某駄文を書きつられたばかりだけど、今週前半の阪神戦でも負け越して、これで9カード連続負け越しです。前半戦まではいい線行っていて、巨人と優勝争いをしていましたが、あっという間に貯金が減ってしまいました。

この失速の要因ですが、去年同様「戦力は低くはないが、もう一つ決定打に欠ける。」これに尽きるのではないかと思います。今は亡き近鉄もそうでしたが、ヤクルトも強い年は「助っ人外国人がMVP級レベルの活躍をする」年です。今年は、確かに両外国人共に主軸としての役割を果たしてはいますが、MVP級レベルとまではいっていません。青木選手も最近は復調傾向ですが、彼にしては物足りない成績しか依然残せていません。投手陣も、救援陣は信頼でき、先発陣も石川選手など頑張ってはいますが、もう一つ柱にかけます。巨人・中日と比べると、安定感がやや劣るのは否めません。防御率も最下位を独走している横浜に次いで悪い数字です。

下手をすれば、4年ぶりの勝ち越し・3年ぶりのAクラスも危ういですが、またまた5割前後のチームが日本シリーズに出場する可能性が出てきたという事で、改めてどうなのかなあと。プレーオフをするということは、その分消化試合も減らさなければいけないですが、雨天中止等になった場合の予備試合も組めない(10月以降にずれ込んでしまう)総当り24回戦と交流戦24試合あわせて144試合と増加しています。総当りは22回戦の134試合で十分だと思いますが、まあ特にセの四球団は巨人・阪神となるべく多く試合がしたい等の思惑があるのでしょう。

去年からはまた、1位通過チームには1勝のアドバンテージが加えられ、主催も同チームの元行われるからますます1位通過チームに有利なシステムとなったけど、そこまでしてプレーオフを存続させたいのでしょうか?NPBには合わないシステムだと思いますが、そんなにプレーオフがやりたいのなら、かなり条件を厳しくするか、独立リーグ等も加入させて、MLBのように複数地区制にして球団数を倍増させればいい。まあ、もし後者を実行すれば間違いなく選手のレベルは低下するでしょうが・・・・・・・・・

プレーオフの話にも深入りしてしまったけど、ヤクルトと言えば、かって「アンチ巨人!快楽読本」という、アンチ巨人が巨人を批判する内容等の本が双葉社から出版され、続編及びそれと統合した文庫版も出版されました。その中の、他セリーグ5球団のファンが巨人を独白の形で批判等するコーナーがありました。その中のヤクルトファンを名乗る花野都氏(この人はこの「快楽読本」シリーズの主筆者の一人でもあった)という人が、国鉄・サンケイ時代からのスワローズファンを自称していました。1956年生まれである彼は、小中高時代のスワローズについて「今の(1999年当時)タイガースが弱いというものじゃないほど弱かった」等と誇張していましたが、実際の国鉄・サンケイ時代のスワローズは金田正一というスーパーエースがいたから、同じBクラス常連でも大洋(現横浜)・広島よりは上なシーズンも多かったし、90年代の阪神よりもマシでした。経済力も悪くはなく、飯田徳治・豊田泰光・宮本敏雄各選手などを補強できたからのカネもありました。まあ、飯田選手は阪神戦でのアキレス腱負傷などあって、惜しくも2000本安打(大正生まれだからどのみち名球会の対象外だったのだけど)に達せず、豊田選手は衰えるのが早く、宮本選手は2年連続打点王のタイトルを獲得した往年のバッティングはついに甦らなかったけど。

しかし、何よりも噴飯ものだったのは神宮球場を自慢した一方、後楽園球場を「スタンドがゴチャゴチャした汚らしい球場」と貶した事です。まさに「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」で、応援歌「闘魂こめて」をyou tubeやニコニコ動画で貶したり、その替え歌を作ったりするアンチの事も笑えまいでしたが、スワローズだって国鉄時代は巨人とその後楽園球場を共用していたじゃないですか。武蔵野グリーンパークを僅か短期間で放棄してまで。国鉄時代からのスワローズファンならそれを知らないはずはないと思うのですが、スルーですか?それとも「以前使用していた球場なんか知ったこっちゃありません」なのですか。札幌に移転した日本ハム(旧東映・日拓)は今も1カードは、昭和63年以降巨人と共用していた東京ドームで主催試合をやっているのですがね。


それに日本ハム以外にも、ロッテも大毎時代は後楽園球場を本拠地にしていて、昭和35年には大洋と日本シリーズを戦って、東京球場時代(昭和37~47年)を経た県営宮城球場(現クリネックススタジアム宮城)時代(昭和48~52年)もペナントレースや昭和49年の日本シリーズでやはり使用していたことがあったし、もっと前の1リーグ時代の、フランチャイズがはっきりしていなかった時代は他のチームが後楽園球場主催試合をおこなったのは全然珍しいことではなかったですよ?さらに言えば、昭和53年に後楽園球場で初めての日本一になったチームってどこのチームでしたっけ?ご存じでないわけないですよね?花野氏も、もう一人の主筆者な手束仁氏も。

 

 

http://www.sports-factory.net/top.html


余談ながら、この「アンチ巨人!!快楽読本」は続編も出たと言ったけど、それは中日中心でした。花野氏と並ぶ、主筆者の手束仁氏が中日ドラゴンズファンだったからです。(上URは手束氏の公式HP)ですが、1999年に11年ぶりに優勝したのだから嬉しかったのは分るのですが、少々図に乗っていたではと冷ややかな目で見ざるを得なかったですね。1976年の「巨人VS阪急」の日本シリーズでのマナー悪い巨人ファンを批判したコーナーでは、近鉄ファン、いや西本幸雄氏のファンと言った方が正確であろう佐野正幸氏がその時の経験を語っていたけど、私怨がちょっと露骨で「もう少し落ち着けよ。」でした。「週刊ベースボール」でのコラムでも、星野仙一氏等球界の一部有名人のパリーグへの無知ぶりに怒りを露わにしていたけど、「ああ、何も知らない奴がなんかまたバカな事言ってら。」と聞き流す程度の戯言でしょう。

しかし、特に花野氏ですね。ご本人はそうしたスワローズへの誰よりも長く深い愛や反権力でもあり続ける俺カッケェー!!とかしてやったりのつもりだったのでしょうが、そうした巨人ディスりって自分が誰よりも愛しているはずのスワローズの事も、今までの歴史も否定しているんだ、貶めているんだという重大な矛盾に全く気付いてないのは非常に愚かしいと言うか、アンチ巨人の悪い見本みたいになっています。ただ純粋に野球が好きなだけのアンチ巨人なら全く問題ないですが、そうではない連中も目立つのだから困ったものですね。

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