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2009年9月

2009/09/29

「涼宮ハルヒ」シリーズと平野綾のこれから?

アニメといえば、今は「涼宮ハルヒの憂鬱」なる作品が大人気なようで、私もデフォルメショートギャグバージョンだった「涼宮ハルヒちゃんの憂鬱」共々何話か見た事はありますが・・・・・・・

まあ、こんな事言ったら袋叩きになりそう(苦笑)ですが、内容自体は典型的なオタク&中二病患者向けですね。主人公の涼宮ハルヒも、野村監督のボヤキ等同様外から人間観察等の意味で見る分には悪くは無いかもしれませんが、実際身近にこのような人がいたら、関わらない方が賢明ですね。ただの人間には興味ありません?持ってもらわなくて結構です。振り回されたりとかごめんですから。

声優の平野綾ちゃんとやらも、アイドル的な人気を誇っていて、声優はベテランクラス(野沢雅子氏や永井一郎氏等)しか知らない私の母でさえも知っているほどで、他にもデスノートや、ドラゴンボール改(既に他界されたデンデ役・鈴木富子氏の後任として)など何作も有名作品に出演しているのだから、普通に勝ち組だといえますが、演技力はせいぜい中の下レベルですね。デンデにしたって、最初聞いたときは桑島法子氏の劣化バージョンか?と思ったけど、感情の表現や抑揚のつけ方等凡庸ですね。「彼女じゃなければ務まらない」といったレベルでは少なくともないと思います。アイドル声優と言えば、一昔前には椎名へきる氏等が一時代を築きましたが、そのブームが過ぎ去ったあとは、日高のり子氏を激怒させたサイン拒否事件(某ファンが日高氏の知人で、サインを貰う様頼まれるも、椎名氏は「何でサインしなければいけないんですか?」と拒否した事件)など天狗になってしまった事も相まって、彼女も声優としても歌手としても中途半端な存在になってしまいました。しかし、こう言っては悪いですが、カリスマ性では平野綾ちゃんよりと比べれば、当時の椎名氏のほうが断然上だったと思います。果たして彼女が5年後も、10年後も現在の人気を維持できるのか?現状の演技力等を見ると、厳しいのではないか?と思いますが・・・・・・・・・・

平野綾ちゃんもさる事ながら、キョン役の杉田智和氏も残念ながらミスキャストです。声に若さがない。高校生にしては老けすぎです。半ば狂言回し役でもあったキョン、ハルヒ等について独白するシーンも見られましたが、余計そのミスキャストぶりが目立ってしまっていた格好でした。銀魂の銀さんは、決して悪くはなかったのだが・・・・・・・・・彼も、やはり他にも数多く有名作品に出演しているのだからやはり勝ち組と言えるけど、現状では伸び悩んでしまう可能性が高いのではないかと思います。

主題歌も、EDの「ハレ晴れユカイ」は特に有名で、各種動画共有サイトにも多種多様なパロディバージョンが氾濫していますが、客観的に見れば、もうかっての人気は無いモーニング娘の歌同様軽薄で低俗な歌です。まあ、このアニメの主題歌に高尚な代物を求めること自体お門違いなのかもしれませんが、過去の歴史等を全く正視できていない、学習能力皆無なファンによる、「ロックマン」シリーズの「思い出は億千万」や「エアーマンが倒せない」など同様一種の「歪さ」が見出せます。勿論そういう「氾濫の背景」等は異なるのですが。

反発を買うのは承知の上で言っているのだけど、ファンも私とは「住んでいる世界」が全く違うのだと、この「涼宮ハルヒ」シリーズの人気を見て改めて思います。私は作品にも声優にも主題歌にも特に思い入れとかはないのですが、そういうのが好きな人種であるファンたちにこれからもその人気は支えられていくのでしょう。もっとも、「ブームに弱い」という典型的な欠点を持つ日本人のこと、その「これから」はそれほど長い期間ではないのかもしれないが・・・・・・・・・・

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2009/09/27

過大評価されている選手と過小評価されている選手(MLB投手編)

まず過大評価されている選手ですが、私が代表格と思うのはサンディ・コーファックスです。確かに最後の5年間の成績は超一流でした。打者の正確な価値を示すのが打率なら、投手は防御率と言われていますが、その5年間いずれもナショナルリーグ全体のそれよりも2回り前後以上(コーファックスの防御率は62年から2.54、1.88、1.74、2.03、1.73.ナショナルリーグは4.48、3.81、4.01、4.03、4.09)良い数字だったのです。(勿論この5年間いずれも最優秀防御率のタイトルをとっている。)しかも、サンフランシスコジャイアンツと熾烈な優勝争いをした1962年以外はドジャースの打線はそれほど強力ではなく、彼やドン・ドライスデール等の投手陣に負う所が大きかった。

しかし、そうした絶頂期の「凄さ」を認識した上で言わせて貰うのですが、彼を「史上最高の左腕」とまで評するには特に勝ち星が足りないです。彼は日本で言えば、江川卓に似ていると思うのですが、200勝以上の投手が100人以上いるMLBの中で、彼の勝ち星は165勝に過ぎません。現役ではランディ・ジョンソン等40歳を過ぎても一線で投げている投手は全然珍しくないですが、彼が一流以上の成績を残したのは1961年も含めた僅か6年間です。結局の所、表面上の成績では衰えた姿を見えないで絶頂期の内に引退した事、引退後もマスコミ嫌い故にあまり公の場に姿を表さない事などが過大評価されている要因となっていると言うか、もっと悪い言い方すれば要領良かったのでしょうね。山口百恵を御覧なさい。もっと良く分かると思います。ドライスデールとコーファックス、どちらが上だったか?勝ち星・奪三振数はドン・サットンに次ぐ球団2位、連続無失点記録も樹立(後にオーレル・ハーシュハイザーに破られる)、2桁勝利回数も13回で、生涯防御率もコーファックスの2.73とそれほど遜色ない2.95なドライスデールの方が明らかに上だったと思うのですが・・・・・・・・・・医者からも「このまま投げ続けていれば日常生活にも支障をきたす。」とまで言われていたらしいし、31歳の若さで引退したコーファックス氏の判断は決して間違っていなかったと思います。寧ろ、やめてからの方が人生長いのだから賢明な判断だったでしょう。しかしまた、つくづく「たら、れば」論になってしまうけど、1966年に引退しないで成績落とした状態であと数年続けていれば一発での殿堂入りは微妙だったんじゃないですか。ファンの人はこんな事色々言われたら面白くないでしょうが、同胞のハンク・グリーンバーグみたいに数回は落選していたでしょう。せめてあと3年はそうした絶頂期レベルの成績を続けて残していて、ペドロ・マルティネス等並み(220~230勝程度)まで勝っていればまた話は違っていたとも思いますが。

逆に過小評価されている選手の代表格はジム・カットとバート・ブライレブンだと思います。ジム・カットは、セネタース-ツインズという地味なチームでプレイしていた期間が長かった事・キャリア全体では25年も投げていた事(本当は凄い事なのだけど。)等がその要因ですが、2桁連続勝利16回(途切れた後も20勝以上を2回達成している。)、ゴールデングラブも16年連続受賞、勝利数(283勝)だけではなく、登板試合数・奪三振数・投球回数等も長いMLBの歴史の中で歴代50位以内に入っています。また、ツインズだけでなく、フィリーズやヤンキース、カーディナルスでも地区優勝に貢献していて、カーディナルスでは既に44歳とピークは超えていましたが、17年ぶりにワールドシリーズに出場して、4試合に登板、初の世界一に貢献しています。

成績は間違いなく超一流、コーファックスより118勝も多く勝っているのに、未だに殿堂入りしていません。というか、記憶が曖昧なのですが、確か既に殿堂入り選出の資格すら失っています。(間違っていたら恐縮です。)ドライスデール以上におかしい話で、彼は日本では梶本隆夫に似ていると思うのですが、間違いなく「過小評価されている投手」トップ5に入ります。

ブライレブンはそのカットがエースとして脂が乗っていた時に入団したのですが、いきなり2桁勝利をマーク、22年間で287勝し、奪三振数は現在も歴代5位、パイレーツ(1979年)と、その後インディアンズを経て戻ったツインズ(1987年)の両リーグで世界一にも貢献しました。負け数も250と多いですが、3年間在籍していたに過ぎなかったパイレーツ以外では中下位チームに所属していたのを多少は割り引く必要はあります。流石に資格初年度で殿堂入りというのは、逆に過大評価かもしれませんが、ブライレブン以外に3000以上奪三振をマークした14人の引退選手は皆殿堂入りしています。しかし、ブライレブンは2009年も得票率は62.7%に終わりました。チームメイトでもあったカットほどではないのせよ、彼もまた明らかに過小評価されています。

その他は、ハンク・アーロン等とチームメイトであったフィル・ニークロもやはり過小評価されていると思います。ナックルボーラーの名手でありましたが、40歳以降で121勝も挙げています。これはナックルボールが肩に負担がかからない事が大きかったのですが、反面コントロールはかなり難しく、盗塁も許しやすい等使いこなすにはかなり高い技術が要求されます。(現在でも、松井秀喜も苦手とするティム・ウェイクフィールド等ごく少数しかいない。)そして彼も歴代16位の318勝(弟のジョーも221勝している。)を挙げたのですが、やはり資格初年度の引退6年後の殿堂入りはならず、10年後の1997年にやっとその栄誉を受けました。あとはトミー・ジョンですね。メスを入れたらもう復活できないジンクスみたいなのを破って、日本の村田兆治にも良い意味で影響を与えたのに・・・・・・・・・どうもMLBはコーファックスとか一部を除いた投手に対してそういう殿堂入りとか厳しい感じもします。以上であり、今回はMLB投手編ですが、MLB野手編などはいつになるかはまだ分かりません・・・・・・・と言うか、もうこれっきりにします。ブライレブン氏はその後2011年に野球殿堂入りされたようですが、今更ながらもこの場を借りて「おめでとうございます」と申し上げさせていただきます。(※2016年9月某日一部再編集実施。)

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2009/09/21

ロシアにおける「歴史の法則」と大粛清

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20090919-OYT1T01201.htm?from=main5

メドベージェフ大統領とプーチン首相の関係は、やはり亀裂が入っているようですが、確かに現状の分析・批判だけなら誰にでも出来ます。それを解決するのが大統領の仕事だと思うのですが、補佐的な経歴しか有していないだけに、自分の色を出したくてあせっているのかもしれません。いずれにせよ、「2つの権力は最後まで並び立たない」、これは歴史の法則の一つと言えます。

ロシアについて見れば、ロマノフ朝2代目ツァーリー、アレクセイ・ミハイロヴィッチ・ロマノフの息子、イヴァン5世とピョートル1世の共同統治は東ローマ帝国のコンスタンティノス7世、ロマノス1世及びその長男クリストフォロスの前例に倣ったものでした。この前例については、ロマノス1世の偉い所は跡継ぎにするはずだったそのクリストフォロスが先立って死ぬと、まだ残っていた無能な息子達の器量を見抜いて、世襲を断念、コンスタンティノスを次期正皇帝に指名した事でしたが、すんなりとはいかず、その息子達に追放されてしまいます。さらに彼らはコンスタンティノスも排除しようとしましたが、これは失敗してしまい、追放、しかし、ロマノス1世の追放は死ぬまで解かれませんでした。

イヴァン5世とピョートル1世も、イヴァンは病弱、ピョートルはまだ子供だった為に姉の摂政・ソフィアの専横を許し、やがて成長したピョートルによってソフィアは追放、イヴァンは共同統治者にはとどまり、30歳で若死にしながらも、子孫は残しました。しかし、結局曾孫のイヴァン6世はそのピョートルの娘のエリザヴェータ(イヴァン6世にとっては祖母の従姉妹)によって、廃位、まだ赤子だった彼は幽閉のうちに育ちましたが、監獄から逃げようとした所を殺される悲劇的な最後を遂げたのです。このエリザヴェータの甥、ピョートル3世の妃が池田理代子氏も題材にしたあのエカチェリーナ2世です。

ロマノフ朝が倒れ、ソ連が成立したのもつかの間、その翌年の1923年6月にレーニンは廃人となってしまったのですが、彼の晩年から書記長に就任した「ミスター独裁者」ヨシフ・スターリンは、グリゴリー・ジノヴィエフやレフ・カーメネフとトロイカを組んでレフ・トロツキーの追い落としを行いましたが、スターリンはこうした歴史の法則をおそらくロシアの歴代権力者の中では最も理解していたのか、あの大粛清を行い、オールド・ポリシェビキでスターリン以外に生き残ったのは、最高幹部会議会議長(国家元首)を務めていたミハイル・カリーニンアレクサンドラ・コロンタイ、そして側近で首相を務めていたヴァチェスラフ・モロトフ等ごく少数にすぎませんでした。しかし、彼らにしたって、カリーニンは儀礼的な役割を果たしたに過ぎなかったし、コロンタイは外交官として国外に派遣されていたのは表向きで、実質的には追放されていました。モロトフも、スターリンや前述のジノヴィエフらとは年齢的にやや下の世代で、第二次世界大戦中は首相をスターリンに譲り、外相に専念しましたが、戦後後継者候補として西側諸国のマスコミに報じられた為スターリンに疎んじられています。夫人もユダヤ人という理由で追放されてましたが、そこまで冷遇されても終始スターリン主義者だったのは・・・・・・・・

http://www.eurus.dti.ne.jp/~freedom3/ww2-gdp-sai-axx.htm

http://www.eurus.dti.ne.jp/~freedom3/cccp-usa-coldwar1947-1991-sai-axx.htm

大粛清については、その引き金となったセルゲイ・キーロフの暗殺も、スターリンが関わっていた説もありながら、擁護的論調も存在するようですが、やはりその弊害は決して小さくなく、経済的には上記URのHPから分かるように、最盛期だった1938年には経済成長率は1.8%に大きく低下しました。当事大粛清に大きく関わっていたNKVDの委員だったニコライ・エジェフはこの機能不全の責任を取らされ、解任、ドイツのスパイというでっちあげな理由で1940年に粛清されています。スターリンは彼の粛清について、「奴は人殺しだ。1938年に多くの人たちを殺した。だから我々が処刑したのだ。」と部下に言ったと言われていますが、「じゃあ、その人殺しを委員に起用したあんたの責任はどうなんだい。『私は知りません』な問題じゃ全然ないだろ。」と思わず突っ込みたくなりますね。(苦笑)勿論こんな事を当事のソ連で言ったら即粛清でしょうが・・・・・・・

スターリンの最期については、あれだけ多くの人を冤罪でこの世から抹殺したのに、まだ粛清しようとしていたから、逆に粛清されたのではとする説も根強いようですが、そのエジェフの「行き過ぎた点数稼ぎ」を告発した事もあった(そうしないと、今度は自分が粛清されるからだろうが。)ゲオルギー・マレンコフが後任の筆頭書記(兼任首相)に就任するも、集団指導体制を構想していた彼は二キータ・フルシチョフに筆頭書記の座を譲ります。しかし、首相の座も、腹心のニコライ・ブルガーニンに譲る羽目になるわ、元々は自分の構想であったスターリン批判の功をフルシチョフに横取りされるわなど踏んだり蹴ったりで、「歴史の法則」の例外にはなりませんでした。後任の首相となったブルガーニンもやがてフルシチョフと対立、ラーザリ・カガノーヴィチや前述のマレンコフ・モロトフと反党グループを形成しましたが結局彼らはいずれも失脚させられます。しかし、フルシチョフがこの集団指導体制を無視した事に対する反発も無くなったわけではなく、スターリン時代に引き続いてルイセンコ一派を重用した事もあって失敗した農業問題等もあって、彼もまた失脚を余儀なくされる事となります。

「権力の並立」がロシアである程度機能していたのは、その次のレオニード・ブレジネフ(書記長)、アレクセイ・コスイギン(首相)、ニコライ・ボドゴルヌイ(最高幹部会議会議長)のトロイカ体制の時代だったでしょう。しかし、このトロイカ体制にしたって、コスイギンは経済面では、計画・管理面での企業分権化などを目的としたコスイギン改革を行おうとしましたが、1968年のブレジネフドクトリンによるチェコスロバキア侵攻により頓挫、外交面では西側諸国とのデタントを主導し、印パ戦争の調停にも尽力しましたが、中国との関係は、1969年の国境紛争もあって悪化する一方だったし、デタントも晩年にはアフガニスタン侵攻で再び西側との関係が悪化する事となりました。もう一人のボドゴルヌイもやはり晩年には失脚しています。

その後、ユーリー・アンドロポフ、コンスタンチン・チェルネンコの政権が短命で終わった後、ミハイル・ゴルバチョフがペレストロイカを推し進める事となりましたが、この時ゴルバチョフを推薦したアンドレイ・グロイムコは最高幹部会議議長に祭り上げられました。これは長期政権であったブレジネフ時代、所謂老人世代の時代からの生き残り(彼自身も既に76歳であった。)であった事を疎んじられたが故の人事でしたが、引退後はゴルバチョフがその座を兼任、1990年には大統領制を導入して、自らが就任する事でより強力にペレストロイカを進めようとしました。しかし、ゴルバチョフはまことにわが国では徳川慶喜に似ていたのですが、既に半ば連邦の維持すら難しい状態に陥っていて、ソ連邦は周知の通り1991年12月に崩壊する事となりました。

スターリンは現在ロシアで再評価を受けているようで、大粛清も歴史教科書では正当化されつつあるようですが、とんでもない。大粛清もまた長期的に見れば、間違いなく後年のソ連崩壊の要因の一つです。

この時、政敵トロツキーが創立した赤軍も、機械化を推進したミハイル・トゥハチェフスキー元帥等高官将校の実に3分の2も粛清されたのですが、冬戦争の失敗や独ソ戦争初期の大敗は間違いなくこの赤軍大粛清が最大の原因でした。その結果、確かに戦勝国にはなりましたが、被害は甚大なもので、そうした大きな傷跡を残したにもかかわらず、アメリカに対する超大国となった為に、東ヨーロッパ等の勢力圏維持等の為の経済・軍事的負担を、ゴルバチョフがペレストロイカを推進した末期を除いて以後殆ど強いられる事となりました。一方それよりももっともっと大切な軽工業等国民生活に密接に関係ある部門は軽視されました。

上HPからも分かるように、米ソの経済力の格差は、第二次世界大戦前・戦中においては、大粛清が沈静化した1939年の49.8(対アメリカ比率)が最大でした。しかし、アメリカは本土が戦場にならなかった反面、ソ連が受けた独ソ戦争等の甚大な被害で、終戦直後の1947年には28.7まで低下していました。その後1950年代には追い上げていき、フルシチョフも「あと20年でアメリカに追いつき、追い越す。」と息巻いたようですが、これは結果的に見れば過大評価で、1960年代に入り、一服、1970年代に西側で進んだ、コンピューター・半導体等の技術革命がソ連では殆ど起こらなかったこともあって、格差が最も接近した1975年においても45.0までつめるのがやっとで、後は崩壊まで次第に西側との格差は拡大していきました。つまり、1947年から30年近くかけて、やっと大粛清が始まった39年前の1936年の水準に戻したに過ぎなかったのです。

ソ連崩壊後、エリツィン政権時の経済混乱を経たプーチン政権において、国力は回復しました。しかし、それでもソ連を構成していた15の共和国の2008年次GDP(購買力平価換算。IMFによる。)は約3兆2700億ドルで、これは1929年から見れば、79年で約13.74倍の増加。約2兆2300億ドルなイギリスの9.29倍、約2兆1300億ドルのフランスの11.07倍に比べれば大きい(ただし上HPの数値は1990年基準のものである事に注意されたい。)のですが、アメリカ・日本・ドイツ・イタリアには及ばず、特にアメリカには比率で23.0にすぎず、1929年の28.2にもまだ及ばない数字です。近年のロシアの強硬な外交姿勢から、新冷戦とも呼ばれるようになったけど・・・・・・・・・・・

http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html

そして、100年に一度の経済危機といわれている金融危機はロシアでも決して無縁ではなく、それはメドベージェフ・プーチン双頭体制の入りつつある亀裂の大きな要因となっていますが、今年は-5%台のマイナス成長となる見込みのようで、メドベージェフ大統領がいかに手腕を発揮していくのか?この先プーチン王朝は続いていくのか?大いに注目される所かもしれないですね。

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2009/09/20

巨人に意地を見せた阪神と記録的な大失速に泣くヤクルト

今年の巨人は、阪神に5カード連続の負け越しで、最終戦には勝ったものの、対戦成績は11勝11敗2分のタイで完全優勝は阻止されてしまいました。これで2000年代は巨人・阪神は勝ち越し回数がお互い4回、(巨人2000~2002、2008。阪神2003~2005、2007。)タイが2回(2006、2009。)として、同年代の「伝統の一戦」は終わりましたが、阪神が同一年代で巨人に4シーズン以上勝ち越したのは実に1940年代以来、つまり2リーグ制が始まってからは初めての事なのです。全シーズン負け越した1990年代とは対照的であり、名実共に「伝統の一戦」が復活したと言えるのですが、それでも2リーグ制が始まってからは、勝ち越したのは10シーズン、つまり6年に1回の割合で、ドラフト制導入後に限定しても、9シーズン、5年に1回の割合にすぎません。さて、2010年代も真の「伝統の一戦」は続くのか?やっと3位に上がったとはいえ、今年の阪神の戦いぶりを見ていると、その可能性は低そうな気がするのですが・・・・・・・・・・

阪神は意地を見せているけど、逆にアンチ巨人から袋叩きになりそうなのが、ヤクルトです。横浜に勝ち越して、やっと連続カード負け越しを球団ワースト記録の12で止めたと思ったら、今日も高橋尚に2年5ヶ月ぶりの完投を許して、本拠地であっさり3連敗、神宮球場での連敗記録も、投高打低だった当事、プロ入り最低の打率に終わった(それでも、打率ベスト10入りは果たしたが。)長嶋茂雄の打率よりも勝率が低かった(.264)1970年(昭和45年)の記録に並んでしまいました。巨人戦9年連続負け越しは既に確定していますが、今日の敗戦で今年も2桁の負け越しも確定してしまいました。

後半戦の勝率は未だ2割台で、過去にも、何とか3位タイでターンも終わってみれば最下位、宇野光雄監督の辞任と相成ってしまった1960年(昭和35年)や、名将・三原脩を招聘し、前年の最下位独走から2位でターンして、躍進したかと思われたが、最後は田淵幸一が前年の死球禍のためにフル出場できず、貧打極まれりな阪神にも抜かれて2年連続最下位に終わった1971年(昭和46年)のようなシーズンはありましたが、今年の失速振りは・・・・・・

ヤクルトの黄金時代は1990年代だったのは周知の通りですが、それは「球史に残る名捕手・古田敦也&外国人打者頼み」による所が大きかった。実際、1990年代~2000年代前半のチーム成績は彼らの成績にほぼ比例していたのです。そして、古田が2000本安打を達成するも、衰えが明らかとなった2005年には連続Aクラスは4年でストップ、選手兼監督となった翌年は、Aクラス入りはしたが、負け越し、そして2007年は21年ぶりの最下位で、巨人5年ぶりのリーグ優勝を目の前で見せ付けられる屈辱も味わい、古田も現役引退&監督退任となりましたが、野村ID野球を唯一実行できた彼の退場は、同年西武ライオンズが26年ぶりにBクラスに転落した事と同様、「一つの時代の終わり」を象徴するものでした。

新時代は始まり、高田繁監督を招いた去年、スタートこそ「史上初の対優勝チームに最下位チームが同一カード3連勝」という快挙を成し遂げる等幸先良かったのですが、この開幕カードが現時点では「最後の対巨人戦勝ち越しカード」であり、若手選手の台頭・五十嵐亮太の復活等明るい話題も見られながら、巨人戦に6勝18敗と大きく負け越した事が響き、得失点差で上回っていながら、順位を一つ上げるのが精一杯とチグハグした戦いに終始しました。そして今シーズンは、プレーオフ出場はもう確実と思われたら、後半戦の「記録的な大失速」で、去年と同じパターンになりつつあります。

ヤクルトにとって、さらにトホホなのは広島と並ぶ、「人材派遣球団」と化してしまっている事です。特にその巨人に、ラミレス・グライシンガー・ゴンザレス等を放出して、彼らはいずれも「巨人の優勝に無くてはならない存在」として大活躍しているのですが、巨人以外にも、稲葉篤紀は日本ハムでリーグ連覇、「日本ハム」としての初の日本一に貢献して、今年も、去年から藤井秀悟と再びチームメイトになりましたが、2年ぶりのリーグ優勝は秒読み体制に入っているし、岩村明憲は、今年は後半戦の大型連敗等古巣ばりの失速で、5割維持が精一杯なようですが、去年のタンパベイレイズ初のリーグ優勝に貢献しました。石井一久は、ドジャースで、日本でのプレイ経験もあったトレーシー元監督の下で2004年の地区優勝に貢献した後、古巣に復帰しましたが、僅か2年で西武に移籍、4年ぶりの2008年日本一に貢献しました。高津臣吾も、2004年にホワイトソックスに入団し、1年目は好成績を残したが、彼は2年目では研究されたのか、救援失敗が続き途中で解雇されています。チームがその年に88年ぶりの世界一になったのは皮肉なのだが・・・・・・・

石井共々古巣復帰した高津は、結局2年間ともぱっとしない成績に終わり、韓国を経て、メジャー再挑戦をしているようですが、逆にヤクルトが補強した選手は、外国人選手は、ケビン・ホッジスとアダム・リグスは成績が良かったのは1年だけで、ノーヒットノーランもやってのけたガトームソンは年俸でゴネてソフトバンクに放出(ただし、目立った活躍は出来ず、今年は韓国の起亜タイガースでプレイしている。)、ガイエルも、過去ログでも言いましたが、今年もMVP級レベルとまではいっていません。外国人以外にも鈴木健も結局尻すぼみに成績が低下してしまったし、初のFA補強となった相川亮二も所詮Bクラス常連チーム捕手の補強だし、トレードで獲得した一場靖弘も、戦力になっていないのです。

来週前半は、広島との3連戦で、ヤクルトとしては最低でも勝ち越さなければいけないですが、新時代を迎えたヤクルトに必要とされているのは、「外国人打者頼みからの脱却&対巨人コンプレックスの克服」だと思います。前者については、西本幸雄監督時代以降の近鉄にも同じことが言えましたが、結局克服できないまま消滅してしまい、合併したオリックス・バファローズにもそれは受け継がれているのですが、彼らに頼らない生え抜きの4番打者の育成が特に急務と思われます。後者については、かって1978年に初優勝した時の広岡達朗監督&森昌彦コーチ(当事)コンビのような指導が必要だと思います。高田監督も、あのV9戦士の一人(入団したのはV4からだが。)ですが、そういう指導があまりやっていないように思えます。

阪神とヤクルト、2000年代の対巨人戦戦績はまさに対照的なものとなってしまいましたが、2010年代はどうなるのか?まだ今シーズンは終わってはいませんが、改めて注目してみたいと思います。

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2009/09/19

神谷明、小五郎そして名探偵コナンとグッバイ

http://mainichi.jp/enta/mantan/news/20090919spn00m200005000c.html

アニメと言えば、クレヨンしんちゃんの原作者失踪も驚いたけど、またまた続けてこのようなニュースです。声優界の重鎮の一人、神谷明氏が長年レギュラーを務めている名探偵コナンの毛利小五郎役を降板するらしいですが、神谷氏のコメント等から察するに、ギャラをめぐるトラブルのようで・・・・・・・

最近も、某洋画のCMで、吹き替え版の声優を担当したケンドーコバヤシ氏が出ていたのを見たけど、「もういい加減そういうのはやめようね。」なんですよ。どうせやらせるんだったら、いっそ「トラブルメーカーだが、最後は主人公達にコテンパンに懲らしめられる小者役」(例:「ワンピース」ではワポル、「NARUTO」ではデイダラなど。ワポルは島田敏氏ではもったいなさすぎ。)とかやらせればいい。もっとも、神谷氏の降板以前にコナン自体原作・アニメいずれもこれ以上続けるべきかどうか大いに疑問なのだが・・・・・・・・・

キャラクターの頭・胴のバランスが歪、ダラダラした金太郎飴的な話を延々と続ける、少年探偵団は事件をゲーム感覚で捜査ETC・・・・・・・・下手なバトル漫画よりも人が死んでいるのだけど、何よりいつまでも新一に会えない毛利蘭ちゃんが気の毒(まあ、そんな思い入れのあるキャラではないけど)だと思うのは決して自分だけではないと思うのだが・・・・・・・・・・

後任は、約1ヵ月後に「週刊少年サンデー」で発表されるらしいけど、憶測される原因もあいまって、より厳しい目を向けられるのではないかと思います。一番良い事は、原作・アニメ共々さっさと終了させる事なのだけど、後任の方とやらには、「ドラえもん」リニューアル版のドラえもん・のび太みたいなミスキャストにならないよう、せいぜい頑張ってほしいものですね。

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2009/09/16

あの人気漫画家は何処へ・・・・・・・・

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00163093.html

何でも、アニメも今年で放送18年目になる、「クレヨンしんちゃん」の作者、臼井儀人氏が行方不明なようで・・・・・・・・

クレヨンしんちゃんと言えば、ひまわりが生まれてからはパワーダウンしている(まあ、近年の長寿アニメは皆そうだけどね。)のは否めません。先日もたまたま目にした、実写映画版で主演を務めた草なぎ剛くん等芸能人とのコラボには、「だからそういうのはもういいよ・・・・・・・・」とウンザリさせられ、劇場版もかなり出来不出来の差が激しくなっている(大塚明夫氏がアクション仮面を苦しめた、しょーもない小物悪党を演じたシリーズも駄作でした。普通に無駄遣いでしょうよ。)のだけど、やはり心配ですね。酒井法子の場合は、結局逮捕されて、金払って保釈もされたようですが、臼井氏は果たして・・・・・・・・・・・最悪の結果とならなければいいのだが・・・・・・・

【追記】(平成21年9月20日編集)

http://www.asahi.com/national/update/0920/TKY200909200151.html

群馬・長野県境の荒船山で、遺体が発見されたようですが、やはり臼井儀人氏ご本人だったようです。原作はもう今年で終了でしょうが、アニメはどうなるのか・・・・・・・改めてご冥福をお祈りいたします。

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2009/09/14

カントリーサイン(市町村標識)と歴史上の人物達

http://mytown.asahi.com/toyama/news.php?k_id=17000000909140002

富山県高岡市と言えば、昔は越中国の国府が置かれていて、大伴家持は746年(天平18)から5年間、同国の国守を務めていました。現在も高岡駅近くに銅像が立てられてますが・・・・・

http://homepage2.nifty.com/jagotaro/gazo/country/index.htm

http://homepage2.nifty.com/jagotaro/gazo/country/pref/16-toyama/takaoka.htm

このHPは、じゃごたろさんという方のHPで、私も度々覗かせて頂いているのですが、カントリーサインは何かご存知でしょうか?元々は北海道独自のイラスト入り市町村標識の事を言ったのですが、現在では全国の市町村標識の事を言います。前述の高岡市では、大伴家持のイラストが描かれていますが、同市の他にも、歴史上の人物のイラストが書かれている市町村があります。主な例を挙げると・・・・・・・

仙台市   伊達政宗

上越市   上杉謙信

鳥取市   大国主命&因幡の白兎

高知市   坂本竜馬(来年の大河ドラマ主人公ですね)

大分市   大友宗麟

中津市   福沢諭吉

等です。このイラスト型カントリーサインは、勿論彼ら歴史上の人物達に限らず、その地域を象徴するものが色々描かれており、北陸では、石川県以外の県で多く見られるようですが、残念ながら私の地元・茨城にはありません。隣の栃木県同様、紋章&ローマ字表記入りが主ですが、土浦市・坂東市・つくば市・古河市、平成の大合併により消滅した自治体では、旧岩瀬町・旧伊奈町・旧谷和原村・旧玉里村のように、紋章あるいは紋章&ローマ字表記なしな標識が多い自治体もいくつか見られ、栃木県に比べると、普及率ではやや劣ります。関東地方でイラスト型カントリーサインが見られる地域は、埼玉県の秩父地方と群馬県の一部都市部にとどまります。埼玉県はまだともかくとして、群馬県は「関東地方でカントリーサインに力を入れていない県ナンバーワン」なのだけど・・・・・・・・紋章あるいは紋章&ローマ字表記なしな標識が依然多く見られます。前橋市も、国道50号の伊勢崎市との境は旧式のままです。それはともかく、茨城にもこういうイラスト型のカントリーサインがあればもっといいのでは?とも思うのだが・・・・・・・・・

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2009/09/13

映画「ガタカ」をやっと見終わったけど・・・・・・

最近のテレビは何度も言うように、面白い番組がロクに放送されていないのですが、面白くない番組をイヤイヤ見るよりは、面白そうな録画番組でも見た方がいいだろうということで、映画「ガタカ」(1997年作品)を少しずつ見ていたのですが、やっと見終わりました。

遺伝子の優劣により、「適正者」・「不適正者」の差別がなされていた近未来世界が舞台でしたが、不適正者として生まれた主人公・ビンセントと、適正者だが足の自由が利かないジェローム・同じく適正者であった弟のアントンとの対比やサスペンス的香辛料であった、上司の殺害事件の展開等盛り上げるべき所でしっかりストーリーを盛り上げていたと思います。ただ、ヒロイン・アイリーンとの恋愛の描写は、平板で、「適正者」と「不適正者」の壁を越えた恋愛だったはずなのが、あまりカタルシスとかが無かったように思われましたが・・・・・・・キャスト及びその吹き替え声優陣の演技では、主人公役のイーサン・ホーク氏も勿論ミスキャストなどではなかった(日本語吹き替え版での宮本充氏は正直イマイチだった)ですが、ジュード・ロウ氏の方が存在感があったと思います。

まあ、100点満点なら80点弱といった所だったでしょうか。それなり以上に纏まった佳作だったと思います。

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2009/09/05

新テニスの王子様第12・13話-越前王子様wwと金太郎くんww、2人の(以下略ww)

勘違い振りがつくづくイタいww許斐剛大先生wwのデビューCD、好評発売中wwですが、いよいよ明日は有明でテニプリフェスタwwが開催されますねぇww。えっ、お前も行くつもりなのかって?行くわけねぇだろww。まあ、それはさておいて、今月号またまた越前王子様wwをはじめとするイケメンな皆さんが表紙を飾ったwwけど、この「非情なる第二次選考」が盛り上がりを見せていた中、影が薄くなっていた越前王子様、トイレに向かったと思ったら、既に先客がいました。もう「確率何%」だけで誰かはすぐ分かりますが・・・・・・

直後、金太郎くんが越前王子を見かけ、王子は彼を連れてどこかへ行ってしまいましたが、まだ「コシマエ」って・・・・・・だから誰かいい加減フーゴを呼んでこいよww。人の名前ぐらいすぐ覚えろよww。

一氏くんと財前くんの、新たな外野組が登場した頃、その「非情なる第二次選考」はさらに展開されてましたが、丸井くん、自分が棄権するのかと思ったら・・・・・・・勝手にジャッカルを棄権させようとするなよww。

次の組み合わせは海坊主wwと坂本ちゃんwwで、そのまた次はいよいよあの越前王子様wwの出番だと思ったら、まだ王子様は戻ってきません。しかたなく、データくんwwと観月くんが先に試合を始めるも・・・・・・・・

海坊主と坂本ちゃんのバトルは、あのノーラン・ライアンの球よりも断然速いww七式波動球wwを坂本ちゃんが返そうとしたら、球をマトモに食らって吹っ飛んでしまいましたww!!!

丁度吹っ飛ばされた所にお互い愛し合っているww一氏くんがいて、まさに「僕の胸に飛び込んできなさい」(長嶋茂雄風ww)と言わんばかりに受け止めようとしたwwけど、結果は宇野勝もビックリwwなヘディングキャッチで気絶wwと相成りましたww。坂本ちゃんの「ユウくーーーーーん」って、お前キモいよww。

越前王子より先にトイレに駆けつけていたのはやはりデータくんだったけど、自分で作った乾汁による腹痛で棄権を余儀なくされる、実に情けなさすぎるww決着となりました。データくん扱い悪すぎww。

次はタカさんと亜久津くんのバトルだったけど、既に後者に軍配が上がっていて、青学勢は続けて脱落となってしまったけど、亜久津くんは越前王子様しか眼中に無いようです。つーか、君も十分生意気だからww。何たって、あの鬼おじさんwwに喧嘩を売ったのだからww。まあ、越前王子様にはじぇんじぇん敵わないけどww。

その次は烏丸くんと赤ちゃんwwのバトルだったけど、烏丸くんが一方的に押していた中、赤ちゃんがまたまた悪魔化してしまいました!!赤ちゃん凄い怖いよww。しかし、烏丸くんは、赤ちゃんwwのナックルサーブを普通に返し、ジョセフ・ジョースターのアニキのお株をも奪う台詞の先読みを決めてくれましタァンww。しかし、後輩を思う彼はあと1本で勝てる所を棄権する事となりました。赤ちゃんは怒りに任せて、ラケットを叩きつけようとしたけど、その思いをすぐに理解しました。さあ、彼がその「更なる高み」に登る日はやってくるのか?

その頃すっかり迷子になってしまった王子様&金太郎くんでしたが、たまたまその赤ちゃんを黙らせたww徳川カズヤくんと鬼おじさんwwが球を5球も打ち合う姿を見て、テニス星人wwとしての血が騒いだのか、無謀にも?勝負を挑む事となります。いつもの大ゴマwwと共に。(だから、大ゴマいい加減ウザいよww。)

いやあ、10月号の話も、デビューCDに単行本発売、トンガリの中の人プロデュースによるミュージカル等許斐大先生wwますます大ハッスルwwしまくりなのか、爆笑ポイントwwがいつもに増してテンコ盛りでしたなww。許斐大先生、あんたやっぱり天才だよww。全く別の意味でだけどww。9月も8月に続いて「テニプリ月間」だ!!テニプリますます大万歳!!ですなww。

「さすが許斐剛大先生ww&越前リョーマ王子様ww!!おれたちにできない事をまたまた平然とやってのけるッ!!そこに只管しびれるッ!!あこがれるぅ!!」wwwwwwwwwwwwwwww

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2009/09/04

失速著しい東京ヤクルトと「アンチ巨人」のもう一つの実例

東京ヤクルトについては、国鉄時代の巨人戦というテーマ(というほどのものでもない?)の元で某駄文を書きつられたばかりだけど、今週前半の阪神戦でも負け越して、これで9カード連続負け越しです。前半戦まではいい線行っていて、巨人と優勝争いをしていましたが、あっという間に貯金が減ってしまいました。

この失速の要因ですが、去年同様「戦力は低くはないが、もう一つ決定打に欠ける。」これに尽きるのではないかと思います。今は亡き近鉄もそうでしたが、ヤクルトも強い年は「助っ人外国人がMVP級レベルの活躍をする」年です。今年は、確かに両外国人共に主軸としての役割を果たしてはいますが、MVP級レベルとまではいっていません。青木選手も最近は復調傾向ですが、彼にしては物足りない成績しか依然残せていません。投手陣も、救援陣は信頼でき、先発陣も石川選手など頑張ってはいますが、もう一つ柱にかけます。巨人・中日と比べると、安定感がやや劣るのは否めません。防御率も最下位を独走している横浜に次いで悪い数字です。

下手をすれば、4年ぶりの勝ち越し・3年ぶりのAクラスも危ういですが、またまた5割前後のチームが日本シリーズに出場する可能性が出てきたという事で、改めてどうなのかなあと。プレーオフをするということは、その分消化試合も減らさなければいけないですが、雨天中止等になった場合の予備試合も組めない(10月以降にずれ込んでしまう)総当り24回戦と交流戦24試合あわせて144試合と増加しています。総当りは22回戦の134試合で十分だと思いますが、まあ特にセの四球団は巨人・阪神となるべく多く試合がしたい等の思惑があるのでしょう。

去年からはまた、1位通過チームには1勝のアドバンテージが加えられ、主催も同チームの元行われるからますます1位通過チームに有利なシステムとなったけど、そこまでしてプレーオフを存続させたいのでしょうか?NPBには合わないシステムだと思いますが、そんなにプレーオフがやりたいのなら、かなり条件を厳しくするか、独立リーグ等も加入させて、MLBのように複数地区制にして球団数を倍増させればいい。まあ、もし後者を実行すれば間違いなく選手のレベルは低下するでしょうが・・・・・・・・・

プレーオフの話にも深入りしてしまったけど、ヤクルトと言えば、かって「アンチ巨人!快楽読本」という、アンチ巨人が巨人を批判する内容等の本が双葉社から出版され、続編及びそれと統合した文庫版も出版されました。その中の、他セリーグ5球団のファンが巨人を独白の形で批判等するコーナーがありました。その中のヤクルトファンを名乗る花野都氏(この人はこの「快楽読本」シリーズの主筆者の一人でもあった)という人が、国鉄・サンケイ時代からのスワローズファンを自称していました。1956年生まれである彼は、小中高時代のスワローズについて「今の(1999年当時)タイガースが弱いというものじゃないほど弱かった」等と誇張していましたが、実際の国鉄・サンケイ時代のスワローズは金田正一というスーパーエースがいたから、同じBクラス常連でも大洋(現横浜)・広島よりは上なシーズンも多かったし、90年代の阪神よりもマシでした。経済力も悪くはなく、飯田徳治・豊田泰光・宮本敏雄各選手などを補強できたからのカネもありました。まあ、飯田選手は阪神戦でのアキレス腱負傷などあって、惜しくも2000本安打(大正生まれだからどのみち名球会の対象外だったのだけど)に達せず、豊田選手は衰えるのが早く、宮本選手は2年連続打点王のタイトルを獲得した往年のバッティングはついに甦らなかったけど。

しかし、何よりも噴飯ものだったのは神宮球場を自慢した一方、後楽園球場を「スタンドがゴチャゴチャした汚らしい球場」と貶した事です。まさに「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」で、応援歌「闘魂こめて」をyou tubeやニコニコ動画で貶したり、その替え歌を作ったりするアンチの事も笑えまいでしたが、スワローズだって国鉄時代は巨人とその後楽園球場を共用していたじゃないですか。武蔵野グリーンパークを僅か短期間で放棄してまで。国鉄時代からのスワローズファンならそれを知らないはずはないと思うのですが、スルーですか?それとも「以前使用していた球場なんか知ったこっちゃありません」なのですか。札幌に移転した日本ハム(旧東映・日拓)は今も1カードは、昭和63年以降巨人と共用していた東京ドームで主催試合をやっているのですがね。


それに日本ハム以外にも、ロッテも大毎時代は後楽園球場を本拠地にしていて、昭和35年には大洋と日本シリーズを戦って、東京球場時代(昭和37~47年)を経た県営宮城球場(現クリネックススタジアム宮城)時代(昭和48~52年)もペナントレースや昭和49年の日本シリーズでやはり使用していたことがあったし、もっと前の1リーグ時代の、フランチャイズがはっきりしていなかった時代は他のチームが後楽園球場主催試合をおこなったのは全然珍しいことではなかったですよ?さらに言えば、昭和53年に後楽園球場で初めての日本一になったチームってどこのチームでしたっけ?ご存じでないわけないですよね?花野氏も、もう一人の主筆者な手束仁氏も。

 

 

http://www.sports-factory.net/top.html


余談ながら、この「アンチ巨人!!快楽読本」は続編も出たと言ったけど、それは中日中心でした。花野氏と並ぶ、主筆者の手束仁氏が中日ドラゴンズファンだったからです。(上URは手束氏の公式HP)ですが、1999年に11年ぶりに優勝したのだから嬉しかったのは分るのですが、少々図に乗っていたではと冷ややかな目で見ざるを得なかったですね。1976年の「巨人VS阪急」の日本シリーズでのマナー悪い巨人ファンを批判したコーナーでは、近鉄ファン、いや西本幸雄氏のファンと言った方が正確であろう佐野正幸氏がその時の経験を語っていたけど、私怨がちょっと露骨で「もう少し落ち着けよ。」でした。「週刊ベースボール」でのコラムでも、星野仙一氏等球界の一部有名人のパリーグへの無知ぶりに怒りを露わにしていたけど、「ああ、何も知らない奴がなんかまたバカな事言ってら。」と聞き流す程度の戯言でしょう。

しかし、特に花野氏ですね。ご本人はそうしたスワローズへの誰よりも長く深い愛や反権力でもあり続ける俺カッケェー!!とかしてやったりのつもりだったのでしょうが、そうした巨人ディスりって自分が誰よりも愛しているはずのスワローズの事も、今までの歴史も否定しているんだ、貶めているんだという重大な矛盾に全く気付いてないのは非常に愚かしいと言うか、アンチ巨人の悪い見本みたいになっています。ただ純粋に野球が好きなだけのアンチ巨人なら全く問題ないですが、そうではない連中も目立つのだから困ったものですね。

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