« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月

2009/08/27

依然不完全燃焼なのが歯痒い寺原隼人

21世紀に入って暗黒期の真っ只中にある横浜ベイスターズ、今シーズンはユニフォームを新調して望みましたが、ユニフォームを変えて勝てるのなら苦労はせず、巨人・中日・阪神に大きく負け越し、イチローの打率と勝率が同じぐらいで、主砲・村田のつくづくツイてない戦線離脱もあって、同一年代早くも6度目(1950年代以来)の最下位は時間の問題な状況です。

そんな横浜にスペランカーこと多村とのトレードで、寺原隼人が入団して今年で3年目となります。彼については、高校時代から私も見ていましたが、プロ入り後の山口高志等同様「球は確かに早いが、それだけで総合力はさほどではない。」と思っていました。それでも、1年目は、あの「怪物」江川卓がデビューした時の巨人もそうであったように、登板を重ねる毎に序盤は好調だったチームは失速(一時は勝率5割を切っていた)しながらも、高卒ルーキーとしては合格点はあげられる成績を残しました。2年目も一定の勝ち星は挙げましたが、防御率は5点台で、3年目以降は怪我もあって、殆ど活躍できず、球団が次々と大物新人選手を獲得していった事もあって、全く伸び悩んでしまいました。

そんな時に、前述のトレードで横浜に移籍、1年目の2007年はは初めて規定投球回数に達し、12勝をマークしました。チームもあと少しで5割だったのですが・・・・・・・・・2年目の2008年はチーム事情からストッパーを任されましたが、これは戦略的に失敗に終わりました。なぜならその寺原までつなぐ展開そのものが少なかったからです。チームは最下位独走、首位打者となった内川の打率が、チーム勝率よりも高いという、2リーグ制初の不名誉な記録も話題になりましたが、寺原自身は防御率は3.29と、抑えとしてはもう一つ信頼性に欠ける成績でした。

そして今年、再び先発に戻りましたが、ダイエー時代同様怪我もあって、内容的にはそこそこですが、勝ち星は現在で2勝止まりです。2日前の阪神戦でも8回投げましたが、勝利投手になる事は出来ませんでした。

親会社であるTBSは多額の赤字を抱えていて、今年一杯でベイスターズを売却するのではとも言われていますが、今年先発投手で唯一合格点といえる成績を残しているのは「ハマの番長」こと三浦大輔だけでありますが、その三浦も来年で37歳、横浜はまた、現存するセリーグ全球団に対して負け越しているのですが、そんな暗黒期の真っ只中にある横浜の浮上は寺原の活躍なくして有り得ないと思います。思うのですが、規定投球回数に達した事すら1度しかないまま、彼ももうすぐ26歳の誕生日を迎えます。果たして真のエースとなれるのか?それともダイエー・ソフトバンク時代と同じパターンを辿るのか?後輩の大場も、鳴かずとばずなままのようですが・・・・・・

| | トラックバック (0)

2009/08/23

「ロックマン11」も早くも登場!?-依然進まない意識革命

http://www.youtube.com/watch?v=JBTB1UAHC6g

http://www.youtube.com/watch?v=-O5W5cG6J-E&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=2jBUbh4TwtU&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=_G-NsVunkfM&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=4QTmNFt4-8w&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=tZHhEWoBMTA&feature=related

PS3等でもプレイできるようになった「ロックマン9」、お盆前の8月12日には「ヒーローモード」、「スーパーヒーローモード」も配信されたようです。オリジナルが十分難易度高いレベルで、それよりもさらに難易度が高くなるブルースモードがあるのに、大して意味はないのでは思うけど、まあいつまでも「引っ張り過ぎ」かもですね。少数ながらも存在する他批判的な意見に対して、「本当なら5000円程度の価格でもおかしくないのに基本1000円のダウンロード費用ですむのだから文句を言うな。」と2chで言っていた人もいましたが、廉価だからなのが、そうした免罪符になるというのがそもそも独善的でおかしいし、またそうだったのも、何度も言いますが、ゲームジャンル自体の「行き過ぎた懐古主義」・ロックマン2への「歪なる神聖視」という悪影響によるFCグラフィックによるものです。それ以外での「ロックマン9」の登場は残念ながら、冷静にFC時代末期以降の「本家」シリーズが置かれていた状況を見れば有り得なかったのです。


そんな中、最近もたまたまyou tubeで上記改造ロックマンのある動画を目にしましたが、既に今年2月中旬に過去ログでも触れた「MEGAMAN10」(過去ログ「ロックマン10」は本当にこうなる?-その成功の可能性は」はこのブログではアクセス数堂々の?1位である。)がすでにカナダの方に製作されたためか?「MEGAMAN11」としての改造版のようです。


ちょっと見た感想としては、ストーリー的にはDR.Mなる人物が大きくかかわるようですが、これはFC版4~6までの「正体隠し」というか、黒幕は勿論ワイリーでしょう。(苦笑)特殊武器は、ゲット場面を見た限りではユニークそうな武器が揃ってるんじゃないかと思います。だけど、そもそもはっきりと例えばFCシリーズをベースとした改造版ならともかく、またFCグラフィックなのは「もういいよ。」としか言いようが無いし、BGMも、一部ボスキャラなどのそれも聞きましたが、冒頭2番目のURから聞ける、ポリューションマンBGMは、もの寂しさが巧みに表現されていたと思います。冒頭5番目のURから聞けるパイロマンBGMはまあまあといった所ですね。しかし、9のようなアイテムショップシステムもあるようですけど、ロールのそれまでいるのかねですね。これも何度も言うように、「ロックマン9」で、ロックマンからチャージショットとスライディングを奪って原点回帰したと思ったら、こういうロールヒロイン化も何故原点回帰しなかったのか?つくづく理解に苦しみます。


理解に苦しむといえば、wiiのバーチャルコンソームも、少なくともFCシリーズ全てがとっくに配信されている筈が、何故か去年の11月か12月でロッテリア(苦笑)やドクロボット等やはり「2」を意識した点が色濃く見られた「3」で止まっているのが不自然(「4以降はチャージもスライディングも出来た『ゆとり』仕様だから配信する必要なんてない」なんて思ったのかどうかは知らんけど。)で、まさかここで終わりじゃないだろうね?


こうした神聖視に拍車をかけた最たる要因
こそ、実はこれも過去ログで批判しましたが、正当なるリメイクシリーズ第1作・・・・・の筈だった「ロックマンロックマン」が、ファンやカプコンが思っていたほど盛り上がらなかった事であると、最近このような改造版を見て改めて強く思います。

このリメイク版は何が問題点だったのか?どうすればよかったのかは、「ロックマン」カテゴリからの過去ログ拙文「『ロックマンロックマン』とそのシリーズ化の是非」等を一読していただきたいですが、私が稲船氏から聞きたかったのは、「2、3とシリーズが続いていくはずだった」という他人事なコメントなどではなくて、何故これほどまでに力を入れたのに、自信作だったはずなのに相応した盛り上がりを見せなかったのか?では、どのようにシリーズの問題点を解決して新たなる「青写真」を描くべきなのか?こうした点だったのですが、結果的にyou tubeやニコニコ動画など動画共有サイトの普及も相まって、「思い出は億千万」とか「エアーマンが倒せない」とか、ファンの中でも所謂老害である懐古厨が自分達に酔っているようなミョーな組曲も出てきてますますその神聖視は歪なものとなっているのです。そうした楽曲の歪さに私自身が気づくまではそう時間はかからなかったのですが。そして、去年の「ロックマン9」の登場直後にBESTPRICE版がリリースされましたが、それによって具体的な進展が見られたわけでもありません。「たのみこむ」等でシリーズ化嘆願しているファンの声がただむなしく聞こえるだけなのです。


近年の本家シリーズは、2002年にシリーズ15周年を記念したフォルテのGBA移植版発売、2004年にアーケード版「パワーバトル」&「バトルファイターズ」のPS2移植カップリング版発売、2006年に前述の「ロックマンロックマン」、そして去年2008年に「ロックマン9」のwiiウェアダウンロード開始と2年毎に動きが見られます。もしかしたら、さらに2年後の、来年2010年には本当に「ロックマン10」か、「ロックマンロックマン2」が登場するのかもしれない。しかし、これももう繰り返し何度も何度も言いますが、「ロックマン9」も、確かにゲームの出来自体がいいのは否定しません。BGMのセンスの良さも戻ってきたとは思います。しかし、所詮それは、カプコンが全く解決できていない「自称」最高傑作「2」への歪なる神聖視・一部の、妙な妄想に血道をあげるファンも残念ながら一部いるようですが、力の入れ所がズレている「ロールヒロイン化」・ニコニコ動画へのあざとい「媚び」等「全く悪い意味で異質な代物」です。より「ゲーム」ジャンルにおける行き過ぎた懐古主義を蔓延させた迷作なのです。それはゲーム自体の出来不出来とはまた別です。「6」のそれが全然マトモに見えてしまう、あの突っ込み所だらけな「史上最低のED」でなくても、私の評価はかなり低くなっていた事は間違いありません。

そして、その「9」がある程度の商業的成功を収めても、それを10年以上維持・上昇させる事が出来るか?自信を持って断言できます。「ズバリ無理」です。それは今までのシリーズの歩みを冷静に見れば解る事です。「『ロックマン』本家シリーズ=名作アクションゲームシリーズ」なのはもはや全く過去の事なのです。せいぜい1994年10月にFC版1~3をリメイクした「ロックマンメガワールド」が発売された頃までです。まあ、20年以上経っても、そうした神聖視等と決別するチャンスがありながら結局変わっていない様ですが、カプコンや、そういう思い出は億千万等に酔っている一部ファンとかが変わらない事にはどうしようもない。彼らは確かにシリーズの歴史における大きなポイントではありましたが、過去の成功にとらわれ過ぎでもあるのです。

| | トラックバック (0)

2009/08/20

ついに許斐剛大先生デビューCD発売ww!!ミュージックステーション出演を決定せよww!!

8月19日・・・・・・・アフガニスタンがイギリスから独立(1919年)したり、佐藤栄作首相(当時)がまだアメリカ領だった沖縄を訪問(1960年)したり、ソ連8月クーデター(1991年)が起こり、ソ連崩壊が決定的になるなどこの日も色々な歴史的出来事が起こりましたが、そんな8月19日・・・・・・今年はあの福田負債(ガンダム種も種死も、本当に酷いアニメだったww。)と並ぶ、稀代の逆ストーリーテラー(作品を真面目に見た場合、いかに多くの突っ込みポイントを抽出するという意味でww。)・許斐剛大先生wwがCDデビューされました!!!

全くうそ臭いwwテニスインストラクターの経歴もつ大先生wwですが、特別描き下ろし漫画「海パンの王子様」(褌はいていたのは真田皇帝陛下wwだったようでww。)も収録されるなどそのファンサービスは健在のようです。そういえば、記念すべきww「新テニスの王子様」単行本第1巻も好評発売中だけど、皆はもう買ったかな?カッコ良過ぎなイケメンテニス王子・越前王子様wwのお顔が目印ですよww。(承太郎先輩にいい加減気合入れてもらえよ。このクソガキ( ゚д゚)。)

ジャンプスクエアでの情報では、特にOVA版、「ナニワの王子様」の一部台詞が(何を大そうらしくww公開されていたり、「立海烈伝」での赤ちゃんwwのあどけない御姿が公開wwされていたりと相も変わらずてんこ盛りだったwwけど、来月6日にはテニプリフェスタ2009が開催されるなどまだまだ大イベントが控えています。ここはその前祝として、ますます勘違いしまくりなwwな我らが許斐剛大先生には是非ミュージックステーションにご出演していただきたいものですなww。勿論、シングル売り上げランキングでベスト10にランク、タモリや他出演者から拍手される事なんて絶対に無いでしょうがww。

全く別の意味でww慣れ親しんだ皆が帰ってきて、全く別の意味でww嬉しくてしょうがないwwですが、繰り返し言うようにますます目が離せませんww。もう9月4日が楽しみで楽しみでしょうがないですなww。

「我が『テニスの王子様』は永久に不滅です!!(長嶋茂雄風ww)」

| | トラックバック (1)

2009/08/16

21世紀ロシアとその伝統的独裁の行く末

http://www.nikkei.co.jp/kaigai/eu/20090813D2M1304613.html

ロシアといえば、近年歴史教科書でもあの世界最悪の独裁者の一人、ヨシフ・スターリンの大粛清を正当化する内容に記述が変更されたというニュースも聞きましたが、近年はまた、もし現代にスターリンがいたら投票するか?との世論調査で投票すると答えた人が35%も占めたようです。逆に、ペレストロイカやグラスノスチを推し進め、冷戦の終結など世界平和などに貢献したミハイル・セルゲイヴィチ・ゴルバチョフは現在もロシアでは不人気(ソ連崩壊後の1996年大統領選挙でも出馬するも、得票率は1%にも満たなかった!!)なようですが・・・・・・・

反体制派として国外追放されたはずだったノーベル賞作家の故・ソルジェーニツィンですら、「ロシアには独裁が必要だ。しかし、それは愛があるものでなければいけない。」と言ったそうで、またソ連以前にロシアを支配していたロマノフ家の末裔による皇帝即位に、反対7%に対して、賛成35%の結果が出たようですが、こういうロシア人の感覚は私から見れば何とも理解しがたい風に思えます。

ロマノフ朝は、一般庶民になまじ知識など持たせたら自分達に都合が悪いという事で、読み書きなどの教育を熱心に行わず、おかげで帝政時のロシアの識字率は20%程度で、そうした後進性が、カール・マルクスが意図していなかった(マルクスは、イギリスやフランスのような先進工業国でこそ、共産主義革命が起こりうると考えていた。)ロシア革命の勃発の原因の一つとなったのであり、その結果生まれたソ連は、その帝政時代以上に抑圧的な国家で、それは革命の指導者・レーニンの予想以上に早い引退・死去によって、最悪の独裁者・スターリンが登場したという悪い事情も重なってより歪なるものとなってしまったのです。(トロツキーが指導者となっていても、ソ連が正常な国家たり得たかどうかは疑問ですが。)

確かに、スターリンはソ連をアメリカと並ぶ超大国としたのは事実かもしれない。就学率は著しく高くなったし、社会保障制度も整備、衛生環境等その他帝政が数百年にわたって解決できなかった課題も一定以上の進歩は見られました。

しかし、計画経済下での経済成長の実態は、強制収容所にぶち込まれた政治犯等の強制労働によるものが大きく、社会主義が正しかったからではなく、軍事工業や重工業が重視された一方、国民生活に直接関係ある軽工業は軽視されたし、大粛清では、政治家や、「赤いナポレオン」と呼ばれた、ミハイル・トゥハチェフスキー元帥等の軍人だけでなく、国の発展に尽くすべき文化人や一般人なども多数命を落としました。特に植物学者のニコライ・ヴァヴィロフは、あの馬鹿げたルイセンコ論争に巻き込まれて・・・です。

大粛清が沈静化した後の第二次世界大戦、特に独ソ戦などで、前述のトゥハチェフスキー等有能な高級軍人を粛清した為に序盤戦で大敗を重ねた一方、そうした計画経済下での工業化があったからこそドイツの侵攻を跳ね返して戦勝国となりました。しかし、その先にあったのは冷戦で、外面的には確かに社会主義陣営の名手として、今も多くのロシア人が誇りを持つべき世界を二分する超大国となりました。初の人工衛星打ち上げなども達成しました。しかし、内面的には、それ故にそうした陣営の維持などのためにより軍事や重工業などがますます重視され、国民の生活はないがしろにされました。情報処理や半導体等ハイテク技術の導入にも対応できませんでした。それらの矛盾がしだいに抑えられなくなって、あのソ連崩壊が起きたわけで、結果的にその幕引きをしてしまったゴルバチョフは前述どおり「売国奴」などロシア国内では散々な評価のようですが、彼が1985年に書記長としてソ連という壮大であった実験国家の指導者にならなくても、崩壊していたと思います。必然的だったのです。

ソ連は、要するにその成立条件からしてマルクス主義とはすでに乖離していたのだけど、農業集団化や大粛清、第二次世界大戦など多くの犠牲を払いながら超大国となっても、最終的にそれはそうした多大な犠牲に見合ったものだったとは到底いえなかった「破滅への輪舞曲」だったのであり、ロシアやウクライナなど構成していた共和国の国民にとっては真に不幸な時代であったのではなかったかと思います。にも関わらず、ロシアはプーチン政権以降再びソ連時代への回帰傾向にあります。冒頭の歴史教科書における大粛清正当化もその一つであり、確かに国力は回復し、世界同時不況下、昨年はマイナス成長となったとしてもそれはロシアだけでは決して無いし、いずれGDPも欧州最大となる時が来るでしょう。しかし、こうした「独裁者を求める」ロシア人の意識について、たまたま目にした某ブロガーも、「結局農奴制の時代からあまり変わっていないのではないか?」と指摘していた人もいて、これには私も異論はありませんが、こうした意識が変わらない限りは「真の先進国」(経済大国であることとはまた別である)にはなりえないと思います。「歴史は繰り返す。」と言うけど、まさに今までその長い歴史の中で、ロシア人が味わってきた浮き沈みをまた数十年後あたりに繰り返すと思います。そういう歴史に学んでいれば、スターリン再評価などされるはずはないからです。もう少なくとも、あのイヴァン雷帝の時代から変わっていないから、それはかなり難しいロシア人への「宿題」だと思いますが・・・・・・・

また長々と駄文を書いてきたけど、わが国の政治状況を見れば、私達日本人も、そうしたロシア人を笑える立場では決して無いかもしれません。確かに自民党は腐っている所が多く、決して積極的に指示するつもりも無いけど、その自民党から政権を奪取せんとする民主党が今度は、とっくに「過去の人」になったはずの田中眞紀子(彼女自身も世襲議員なのに!!)を仲間に引き入れてる有様なのですから・・・・・・・・ますます自民党が東国原英夫を出馬させようとした事を批判できなくなったと思うけど、まあ、「与党には厳しく、自分達には甘い」民主党らしいといえるでしょう。まさに。8月30日は日本沈没の日となるのか?それとも・・・・・・・・

| | トラックバック (0)

2009/08/14

週刊プロ野球セ・パ誕生60年その4-「1977年 王貞治756号と阪急3年連続日本一」

半月ぶりの更新ですが・・・・・・

①王貞治、アーロンを超える756号!!

ライターは大内隆雄という人で、この756号フィーバーで「長嶋さんを超えたと思ったのではないか?」との質問に対し、軽蔑しながら「王貞治にとって、野球とは、ホームランとは何なのかだけを考えてきたんだ。」と回答されて、赤面したエピソードを明かしていたけど、まさに口だけというか、2006年WBC主役を王貞治ってわかってないですよ。あなたは。

確かに、やたら感情先行で、特に「監督としての王貞治」を否定したくてしょうがない人(過去ログ「WBCとON?」で言及した、西本幸雄教信者の某ブロガーがその典型的な人種だが、西本信者も変な連中が多い。)をネットでよく見かけますが、あのWBC第1回大会の優勝は、監督・王貞治の求心力があったことも確かに否定しません。でも、彼が投げたり打ったり守ったりしたわけではない。「監督=過去の名選手への恩賞=チームの顔」という図式が成り立ってしまうのが野球に限らず、日本のスポーツの変な所なのだけど、この大内隆雄というスポーツライターの文は回顧気分に水を差していますね。あと、長嶋茂雄引退試合の日の記事を読んだときも思った事だけど、「9月3日の王貞治」という、記録達成時の、一々「何時何分に何をした」とか記すのやめようね。(苦笑)芸能人じゃないんだから。

②鈴木啓示、200勝達成

団塊の世代では一足早い達成でしたね。今は無き近鉄は、「歴代エースは、全盛期時には他球団のそれに勝るとも劣らない高いパフォーマンスを見せたが、力が衰えるのも早かった」のも伝統でした。そういう意味では、現在は楽天でプレーしている岩隈久志も今後どこまで成績を伸ばせるか(今年も2桁勝利はクリアできそうだが。)も要注目といえますが、実際現存他球団はその楽天とヤクルト以外は、すくなくとも100勝投手は5人以上はいる(ヤクルトは金田正一・松岡弘など4人)のですが、近鉄は鈴木以外は、佐々木宏一郎(113勝)と後年コーチとして彼を指導した武智文雄(100勝。現在フジテレビで解説をしている関根潤三等は彼の元同僚)の2人しかいなかったのです。しかも佐々木は、前述の近鉄の「伝統」の例外ではなく、30代に入って急激に力が衰えてしまったし、武智も100勝ギリギリでした。他にも、土井正博とのトレードで移籍した柳田豊は通算で110勝しましたが、内16勝はライオンズ時代での勝ち星だったのでやはり近鉄では100勝に僅かに及ばないままユニフォームを脱いでいます。

要するに鈴木啓示は、近鉄の歴史において例外中の例外な存在であり、まさに「野球の神様が近鉄にくれた最高の宝物」とも言えたのです。ただ指導者としては、1994年には優勝争い(西武には12勝14敗善戦したが、その一方で開幕戦で伊藤勤にサヨナラ満塁本塁打を打たれて勝てる試合を落としたり、森監督の胴上げを目の前で見せ付けられる屈辱も味わった。)をするも、最終的には確執があった野茂英雄をメジャーに逃げられるわ、翌年の1995年には最下位に転落して監督を途中辞任するわで殆ど近鉄に恩返しできず、結果的に彼の監督就任は「近鉄消滅の序章」となってしまったのは否めないと思いますが・・・・・

③ロッテ、後期優勝・プレーオフに進出

といっても、確かに後期こそ優勝はしましたが、通年の勝率は5割1分そこそこです。金田監督もそれはちゃんと理解していたのか第5戦で敗れた際に「力の差や。最後はごまかしがきかなかった。」とコメントしていたようですが、この2シーズン制を採用した人達は真に無能であったと思います。昭和48年の南海も「死んだふり優勝」と揶揄されましたが、通年で2位以下の5割そこそこでも日本シリーズに出場できる可能性が出てしまったのだから。

④サッシー、浮上せず!!

サッシーとは前年ドラフトで鳴り物入りでヤクルトスワローズに入団した酒井圭一の事です。ネッシーになぞらえてこのような愛称がつけられましたが、結局不完全燃焼のまま引退しています。まあ、このような選手は全然珍しい事ではないですが、最近ではソフトバンクの大場翔太が良い例ですね。プロ1年目の去年も、結局3勝5敗、防御率は5点台と到底期待にこたえたとはいえない成績で終わりましたが、今シーズンもぱっとしません。

⑤中日・藤波トレード拒否

相手の基満男は早々と快諾したそうですが、藤波の拒否によってご破算となりました。まあ、当時のライオンズはまだ「黒い霧」事件の後遺症があったから気持ちは分からないでもないのだけど・・・・・・・基は後に同じセリーグでも大洋に移籍してそこでも活躍しましたが、結局優勝経験なしのまま引退しています。一方の藤波も、それよりももう少し後の事となりますが、星野仙一監督就任に伴い、谷沢健一・大島康徳・平野謙など他主力選手共々引退(又は放出)を余儀なくされています。

⑥その他チーム

・中日

阪急との大トレードは「出て行った方が活躍した」という大損トレードで、大リーガー・デービスの加入も、負傷直後に、彼に見下されて萎縮していたマーチンが打ち出した事などを考えれば到底資金に見合ったものとはいえませんでした。また後楽園球場を前年に続けて鬼門としていましたが、それでも2位に僅差の3位につけたのはやはり地力はそれなり以上にあったという事だったのでしょう。

・阪神

チーム本塁打数1位ながらも得点数は最下位でしたが、今年のセリーグにも似たようなチームがありますね。そのチームの監督代行はこの1977年に大ブレイクしたのですが・・・・・・

・大洋

その監督代行の大ブレイクなどもあって、前年の得点力不足は解消され、得点数はリーグ1位の巨人(648点)と遜色ない2位(643点)でしたが、取られた点数も多く、結局土壇場の連敗もあって2年連続最下位に沈みました。前年の秋山登監督はこの年は2軍監督に降格されましたが、即退団とならなかったのはやはり、生え抜きが故の温情措置だったのでしょう。

・近鉄

良かったのは5月まででした。2年連続して、南海には勝ち越した一方、阪急には大きく負け越し、西本監督にとっては古巣のチームをアシストする形となってしまったのは皮肉です。後に赤鬼が来たのだけど結局・・・・・・・・

巨人も記録的な独走優勝を成し遂げましたが、日本一となったのは阪急であり、内情を見れば、確かにマスゴミが必要以上に強調した(苦笑)とおり長嶋監督が自前で育てた選手もいましたが、多くは川上時代から(特に野手は)の選手がまだ主力だったのです。翌年の1978年は今度こそ日本一奪還と思ったでしょうが・・・・・・

| | トラックバック (1)

2009/08/11

国鉄時代を中心としたジャイアンツVSスワローズ戦の歴史を見る

今年高田監督を迎えて2年目の東京ヤクルト、今シーズンは開幕の阪神戦を勝ち越しスタート、久々に優勝争いに顔を出していました。ところが、先週の巨人戦、ヤクルトは21世紀に突入してからまだ1度も巨人戦で勝ち越していないのですが、同カード3連戦では全敗してしまいました。ゲーム差は7.5.ここでヤクルトは優勝戦線からは脱落したと見ていいでしょう。

連続負け越しが始まった2001年は、終盤の神宮3連戦で全敗しながらもリーグ優勝・日本一となりましたが、翌2002年は最終的に巨人の独走を許してしまい、2004年も、中日には勝ち越しながらやはりほぼ巨人と星を食合ったために落合監督1年目の優勝を許してしまいました。若松監督最後のシーズンであった2005年も、巨人が絶不調だったのにも関らずまた負け越したのが響いて連続Aクラスは4年でストップ、古田兼任監督1年目の2006年はAクラス争いでは勝利しましたが、21年ぶり(平成に入ってからは初)に最下位転落となった2007年、2008年には2年連続原監督の胴上げを見せ付けられる屈辱を味わいました。特に2008年は巨人戦でまたまた大きく負け越したことが響いて得失点差ではプラスながらも5位に終わったのです。

野村監督最後の優勝した年であった1997年には、広島から移籍した小早川毅彦選手(当時)の開幕戦本塁打で勢いをつけ、19勝8敗と逆に大きく勝ち越していたヤクルト、去年までの対巨人戦8年連続負け越しは、野村ID野球の元、旋風を巻き起こしたのがもはや遠い過去の事(野村監督自身も過大評価されているのは否めないと思う。広岡達朗氏のヘイトにも同意するつもりはないですが。)を象徴する出来事の一つに思え、とにかく巨人及びその「協力者」をたたきたくてしょうがないアンチ巨人(彼らの言ってる事は矛盾していて、論理的でないことが多いのですが。)からの攻撃材料を増やしている格好になっているとも言えます。アンチ巨人でなくとも、ヤクルトファンとしては巨人戦はイライラさせられる事が多いカードだと思いますが、ここで私が最近興味深く感じるのは、国鉄時代での対巨人戦戦績などです。

NPBが2リーグ分立したのは、周知のとおり1950年で、ヤクルトの前進・国鉄スワローズはその際にセリーグに新規加入したチームの一つでした。今年途中には早くも後の400勝投手・金田正一が高校を中退して入団しています。(この事が名球会会員資格を2リーグ制以降に活躍した昭和生まれのOBに限定した表向きの理由となっています。)新興チームだから当然戦力には恵まれず、同年には松竹ロビンズ(後に現在の横浜の前身である大洋ホエールズと合併。)が水爆打線のパワーで初代セリーグチャンピオンとなりましたが、1951年からは3年連続巨人が日本一(しかも、ペナントレースもいずれも全球団勝ち越し!!)となりました。この間まだプロに入って日の浅い金田投手は、後年ほどの制球力は無く、巨人戦で制球ミスから自滅した試合もありました。

巨人と国鉄の戦力差は歴然としていたのですが、そんな巨人を一泡吹かせたのは、その巨人から来た正三塁手・宇野光雄選手でした。トレードでの移籍となり、この経緯についてはウォーリー与那嶺氏の自伝でも言及されてますが、彼は古巣を見返すべく選手兼監督(監督は1956年以降)として奮起する事となりました。

かくして迎えた1954年シーズン、優勝候補巨人と、フォークボールの神様・杉下茂氏を擁した中日が優勝争いを演じる事となりましたが、国鉄も6月までは大阪(後の阪神)とAクラス争いを演じる健闘を見せました。オールスター後失速し、最終的には初の勝ち越し&Aクラスはなりませんでしたが、中日に6勝19敗1分と大きく負け越したのに対し、巨人には12勝14敗と善戦し、結果的に巨人の「V9」を阻む事となりました。(詳細は後述。)宇野光雄は選手としてもベストナインに選ばれましたが、この年はMLBでも、前年まで5年連続世界一だったヤンキースが103勝あげながらも、111勝したインディアンス(この年以降41年もリーグ優勝から遠ざかり、映画「メジャーリーグ」でネタにされる事になる。)の前にV6はなりませんでした。

翌1955年は9勝17敗と再び大きく負け越し、巨人は独走でペナントをものにし、日本シリーズでも1勝3敗からの大逆転劇をやってのけましたが、1956年には12勝14敗と善戦し、勝率を.485まで上げました。南海から飯田徳治選手を獲得した1957年にはついに初の巨人戦勝ち越しを達成しました。この年も巨人はスタートは良かったのですが、5月以降は中日に差をつけられ、それを縮めようとして国鉄に邪魔されるパターンが多く見られました。しかし一方で、その中日相手に金田投手が完全試合を達成した事で、中日は失速、巨人が4連覇を達成する事となりました。

そしてその年のオフに入団したゴールデンルーキー・長嶋茂雄選手の1958年プロデビュー戦もやはり後楽園での国鉄戦でした。金田との対決での4打席4三振は有名ですが、国鉄は巨人相手に3連勝という好スタートを切りました。しかし好事魔多し。5月下旬の阪神戦で飯田選手がアキレス腱断裂した事で徐々に失速、この年はまた、金田投手のベストシーズンで31勝14敗。防御率1.30の好成績で投手三冠王となりました。しかしそんなスーパーエースがいながら、最終的にチームはBクラス。(投手三冠王がいながらもBクラスチームは、この年の国鉄以降も去年の楽天等数えるほどしか存在しない。)チーム防御率もリーグワーストと天皇の異名を持ったのも頷けたと言うか、まさに「金田あっての国鉄スワローズ」でした。1959年も、5月頃までは2位につけており、最終的にはAクラス・5割ともにあと少しというところまで行きましたが、この年は阪神・中日には善戦したが、巨人には8勝18敗と久々に大きく負け越し、独走の形となったリーグ5連覇・巨人第二期黄金期最後の優勝をアシストする事となりました。(1954年にも優勝していれば「V9」であった。)その巨人のチーム力が落ちてきた1960年も、オールスターまではAクラスを維持していましたが、最終的には勝率3割台の最下位転落となり宇野監督はこの年で辞任しました。宇野は、翌年には日本シリーズの采配をめぐって永田雅一オーナーと対立した西本幸雄前監督の後任で、大毎オリオンズの監督に就任しましたが、ベテランに甘く、若手を見下す態度が須藤豊等一部選手の反感を買った事もあり、2年連続Bクラスで辞任します。結局監督生活全てBクラスだったわけで、特に国鉄時代は「前半戦まではそれなりに善戦するが、後半戦は失速して結局定位置におさまる」パターンが目立ちました。その大きな要因の一つは、「選手層の薄さ」であり、大毎でも優勝しながら前任監督がクビになったという悪い雰囲気(永田は周知の通り、「世紀のトレード」をしたり、東京球場を建設したりするなどしましたが、結局本業の映画がにっちもさっちも行かなくなり、球団も手放し、大映も倒産した様です。)の中で貧乏くじを引かされたという酌量の余地はありましたが、この人が有能な監督といえたかどうか?甚だ疑問ですね。巨人を放出されたというわだかまりは後年解け、実際大毎の監督辞任直後に古巣に2軍監督(前述の須藤は大毎時代に宇野氏と確執を起こし、2軍落ちとなったあと巨人にトレードされたが、ここでも同じユニフォームを着た事となる。)として戻り、その後は当時の監督・水原茂氏が中日監督に就任した際に2年間コーチを務めましたが、4位・5位に終わっています。彼が亡くなったのは1994年4月17日。後身のヤクルトの2年連続リーグ優勝・2度目の日本一を見届けた後の事でした。

宇野監督辞任後、砂押邦信監督を迎えた1961年ペナントレースは巨人に11勝13敗2分と再び善戦し、9月始めごろまで巨人・中日と優勝争いをして最終的には初のAクラスいり(3位)を果たしました。翌年は再び最下位転落となりましたが、1963年は、西鉄V3戦士の一人・豊田泰光選手と巨人から2年連続打点王の実績があった宮本敏雄選手を獲得、結果的に豊田選手は衰えるのが早く、宮本選手も打棒復活はならず、飯田選手もこの年限りで引退しましたが、阪神とほぼ最後までAクラス争いをし、ON砲が本格的に完成した巨人にも16勝12敗と勝ち越しました。しかし、これが結果的に2度目で最後の、「国鉄スワローズ」としての巨人戦勝ち越しとなりました。1964年、金田選手は14年連続20勝を達成しましたが、B級14年選手制度を活かして巨人に移籍、背景は経営に次第にかかわってきたフジ・サンケイグループの人事権介入などに対する不満でした。国鉄は翌年途中にサンケイスワローズに球団名を変更、この年からあの巨人V9が始まるのですが、7勝21敗の惨敗に終わりました。以降1974年まで11年連続負け越し。1967年にも3勝23敗、別所毅彦監督時の1970年にも5勝21敗と惨敗し、国鉄時代のような意地を見せることは出来ませんでした。(ただ、1973・1974年には比較的善戦した。)スワローズに春が来たのは、アトムズへの変更を経てヤクルトスワローズとなった時だったのです。

かなり長くなってしまいましたが、広岡監督時代の初優勝・80年代の低迷・野村監督時代の黄金期を経て、再びヤクルトは国鉄末期~アトムズ時代のような「ジャイアンツコンプレックス」に陥っているといえます。CS制度のある現在では、3位までなら日本シリーズにいける可能性はありますが、そのためには絶対にこうした「ジャイアンツコンプレックス」を克服するのは避けては通れない関門だと思います。しかし、勿論私は「犬ルト」などと低次元な揶揄をするつもりは毛頭ありませんが、現実には中日には大きく勝ち越している事もあり、そうした巨人3連覇への道をアシストしている形となっています。前述の11年連続負け越しは球団ワースト記録であり、その更新の可能性もありますが、果たして今年こそそれを克服できるのか?今シーズン別人のような成績しか残せていない青木宣親選手の弁当が話題になるのもどうなのかな?とも思いますが・・・・

| | トラックバック (1)

2009/08/08

離婚した矢田亜希子と崩壊した酒井法子の神話

http://www.asahi.com/showbiz/nikkan/NIK200908080018.html

まずは矢田亜希子の方ですね。元夫の押尾学は、私のような凡人とは全く住む世界が違うというか、以前から言動がずれていた人だったからクスリで逮捕されたと聞いても、それほどは驚きませんでした。

個人的には彼女にもあまり良い印象は持っていません。彼女は以前平成15年版「白い巨塔」に、東教授(主人公財前の上司)の娘役で出演していたけど、彼女はロクに人生経験も無いくせに知ったような口ばかり叩くこまっしゃくれたお嬢様で、超主観的ながらうざったかったのが悪い意味で印象に残っていますね。(苦笑)「ラストクリスマス」では、織田裕二と共演していましたが、演じたヒロイン役の性格は東教授の娘と似たり寄ったりでした。(苦笑)いや、勿論演じた役の人格=役者の人格ではない事ぐらい分かってはいるけど・・・・・・

元夫の逮捕で彼女も責任取るべきだという意見も出ていて、繰り返し言うように何の思い入れもないですが、それには個人的に同意できないです。押尾学と結婚した時は、「後々自分で自分の首を絞めることになるのではないか?」と思い、実際その通りになったのだけど、彼女もまた、迷惑を被った被害者の一人です。勿論まだ1歳の子供はもっと可哀想だし、「男を見る目が無かった。」と言われればそれまでなのでしょうが・・・・・・

http://www.asahi.com/national/update/0808/TKY200908080090.html

そして偶然にも、そんな押尾学の事件とほぼ同時に起こった、酒井法子一連の事件ですが、やはりこれもそんな驚くべきニュースでは決して無いのでしょう。小学校4年生の子供を預けていた知人も、警察に知らせたのが遅い点など行動には不自然な点が目立ち、何やらきな臭い存在です。おそらく彼女も、他にも何人もいるであろう、「ノリピー逃亡協力者」の一人なのだろうけど、アイドル時代から常に安定した人気を誇ってきた酒井法子の神話は、これで完全に崩壊してしまいました。その崩壊前後のギャップは、今の所はまだ、「神」田代まさしwwほどではないようですが・・・・・・・・

元々彼女にもそんな思い入れはないし、生きていようが死んでいようがもう驚かないですが、子供のこれからの人生が心配です。(大きなお世話?)

サーファーで、自慢できるほどカッコよかったはずのパパは実は自称で、クスリをやっていて逮捕。美人なママもやはりクスリをやっていて、その反応が消えるまでの時間稼ぎのために自分だけで、パパの愛人でもある知人に預けてどこかいなくなってしまった。保護されたのは良かったが、前後にママにも逮捕状が出されてあっという間に両親とも前科者になってしまった。まさに最悪な夏休みです。学校でいじめられたりなどして、将来性あふれる人生が歪まなければいいのだが・・・・・・・・

【追記】(同日午後9時編集)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090808-OYT1T00850.htm

もう少し逃げ回るのかと思ったら、どうやら出頭したようですね。まあ、ちゃんと罪を償って、もう芸能界には復帰しないでいただきたいものですが・・・・・・・

| | トラックバック (1)

2009/08/05

新テニスの王子様第10・11話-華麗なるナルシストとマムシの本能!!

9月号の感想ですが、さあ、いよいよこの「非情なる第二次選考」第2のメインディッシュwwが始まろうとしていました。そうです!!我らがナルシスト、アトーべ様wwごと跡部景吾様のショータイムですww!!それと同時に、ナッシュ部長とバンダナスネークくんのバトルも始まろうとしていました。「百錬自得の極み」・・・・・部長はつくづく人間の姿をしたテニス星人中のテニス星人でありますww。

やっとこさ自分の出番が来て、張り切りまくりなwwアトーべ様はいきなりタンホイザーサーブを披露しましたが、日吉は全く涼しい顔で返しました。「もう何度も見せて貰いましたから。」いやあ、君もかっこいいねぇ~えらいねぇ~ww

日吉はあのアトーべ様wwと互角の勝負をしていたけど、バンダナスネークくんは相手が悪すぎたというか、一方的に押されるままチェンジコートとなりました。その際ナッシュ部長とアトーべ様は会話していたけど、「後輩への継承」という点では確かに「お互い考える事」は同じでしたね。短いながらも熱いやり取りだったと言えます。

チャンジコートしても、形勢は変わらず、とうとう膝に負担をきたしたバンダナスネークくんは、アウトボールを打ってしまいましたが、ナッシュ部長はそれをあの手塚ゾーンwwで返しました。(だから大ゴマうざいよww)ギャラリーも当然反応は出たけど、天才君は流石洞察力に優れているというか、そんなナッシュ部長の真意を見抜きました。

それを知る由もない、バンダナスネークくん、とうとう足が動けなくなり万事休すの所を・・・・・

「手塚てめぇーーーーっ!!」

とついに心に眠る野生が目覚めたというべきか、とんでもない暴言wwを吐いてしまいました!!勿論これはナッシュ部長にとっては計算ずくで、それを分かっていた天才君もしたり顔ですましてみていましたが、本当は凄く仲が良いwwピーチキャッスルくんは全く驚きの表情を隠せませんでしたww。結局試合はナッシュ部長の圧勝でしたが、最後には本能的な叫び笑いをあげ、出すべきエネルギーは全て出し切ったwwバンダナスネークくんでありましたww。

一方、アトーべ様と日吉くんのバトルはまだ続いていましたが、ナッシュ部長同様、アトーべ様も計算づくであり、彼の弱点であった「持久戦の弱さ」を克服する為に鍛えていたのです。そして、ついにあの究極の名言が・・・・・・・・

「俺様の美技に酔いな。」

来たァァァァァァァァーーーー!!そうです。あの越前王子様wwのクズ迷言、いや名言「まだまだだね。」wwと並ぶ、凄いカッコいい決め台詞wwと、テニス星人ならではwwの氷帝コール(と大ゴマww)と共に十八番「破滅への輪舞曲」をいつも通り、感激の涙が出ちゃうほどwwカッコ良く決めてバトルにけりをつけたのですww。

アトーべ様は、劇場版短編作品でも、子分の樺地の為に誕生日パーティー(誕生日間違えていたのは御愛嬌と言った所だったけど。)を開く等仲間思いな一面もあるけど、このバトル後も、ラケットで尻を叩いて励ます等途中経過はともかくとしてwwなかなか清々しい終わり方だったと思います。さあ、次は誰が戦うのかなぁww。余計楽しみで楽しみでしょうがないけど、越前王子様wwはまだまだでしょうね。一番の楽しみは一番最後に取っておくこと。これお約束ですからねww。

ジャンプスクエア9月号発売と同日に記念すべきww単行本1巻も発売されたし、19日にはますます勘違いしまくりなww許斐剛大先生wwのCDデビュー作(書き下ろしの「海パンの王子様」って、誰だよ褌はいている奴はww。)も発売開始される等8月はまさに「テニプリ大万歳!!」なテニプリ月間ですなww。もうこの8月19日は、日本、いや世界漫画史に記憶を残すべき日として、祝日法を改正して祝日にすべきwwですな。来月も、6日にはフェスティバルもまた開催されるらしいし、本編もこの第2次選考はしばらく続くような事を大先生も仰られていたけど、ますますパワーアップして帰ってきた「新テニスの王子様」、ますます目が離せませんww。

| | トラックバック (1)

2009/08/02

「ハリー・ポッター」シリーズも3作目まで見たが・・・・・・

http://www.daily.co.jp/gossip/2009/08/02/0002188465.shtml

何だか「パリーポッター」シリーズの、主人公のライバル役の青年が来日しただけで阪神タイガース機関紙のデイリースポーツが騒いでいる(苦笑)だけど・・・・・・・

同シリーズは、その名前を聞いた時から「本当に面白いのか?」という捻くれた疑問を抱いてきて、実際原作小説は初期シリーズを、映画版は、3作目まで見た事あるけど、やはりこの答えは「否」でしたね。

確かに劇場版2作目での「空飛ぶ車」とかファンタスティックな描写はそれなりにはすごいとは思います。でも褒められるのはそれだけですね。概して展開が、詰め込みすぎというか、冗長である事もいなめないのだけど、最も良くないのは「名キャラとか名シーンとかが皆無に等しい」という事であります。

主人公ハリーは、成長の描写が掘り下げ不足だから、感情移入とかとは無縁な主人公だし、ヒロインのハーマイオニーも可憐さがないというか、ませてる性格ブスで魅力ないですね。赤髪のロンも頼りない兄ちゃんです。同じ頼りなさを感じていても、「こいつは俺がしっかり見守ってやらないといけないなあ。」という気にさせられるキャラも中にはいるのだけど・・・・・・・・

脇役キャラも、マクゴナガル先生はただの厳格な先生で面白みのないキャラだし、父親とは犬猿の仲で息子のハリーも憎んでいたスネイプも、陰気なキャラで生徒達への態度がとにかく鼻につきます。日本語吹き替え版声優の、青野武氏はイメージには合ってはいると思うけど・・・・・・・・前述のライバルキャラ・ドラゴ・マルフォイは悪っぽい金髪の少年で、主人公一行に比べればそこそこキャラは立っていますが、時折へタレな所を見せるのはいただけません。配役の方が来日したぐらいで騒がれるようなキャラでは全然無いですよ。ハリーを養育する立場でありながら、虐げていた伯父一家を醜く描くのもいい加減あざといです。好感持てるのは主人公達の良きサポート役、ハグリットぐらいです。

何だかまだ20代に入ったばかりなのに年相応以上に大人びてしまっていると聞いた、初代ハリー役のダニエル・ラドクリフ氏とやらも、ハリーのイメージを払拭するのは容易ではない(ヌードにも挑戦したとか)だろうし、この先の役者人生どうなるやらですが、このシリーズ以上の代表作に巡り合ってもらいたい所ですね。

| | トラックバック (0)

2009/08/01

中田横浜市長の今後の行方は?

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090802k0000m010036000c.html

以前にも某スキャンダルが報じられたし、それらが一気に暴露される前に先手を打ったのだろうけど、まあ、中田宏とやらが横浜市長を辞任するのは勝手です。今後政治には一切関わらなければね。だってそうでしょ。市長を途中で投げ出すような人が他の大きな責任を伴う政治的な仕事なんか出来る訳ないのだから。

そんな彼に接近してきたのが、まさに「類は友を呼ぶ」と言うべきか?橋下徹大阪府知事のようであります。最近は地方分権など大そうな事をさけんでいるようだけど、スタンドプレーが目立つというか、顔にも表れているけど、初めて見た時から胡散臭くて信用できないと思いましたよ。私は。小泉元総理がまさにその典型的な悪例だったけど、日本人は、つくづくこういうタイプに騙されやすい国民性であるという事なのでしょうが、まあ、繰り返し言うけど、「歴史は繰り返す」ともいうし、やはりもう一度落ちるところまで落ちないと本当に分からないような気がします。中央政界のみならず、このような地方自治体関連のニュースを見ても。

| | トラックバック (0)

« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »