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2009/06/21

「アドルフに告ぐ」とアドルフ・カウフマンの生涯など

「アドルフに告ぐ」は、確かに歴史考証の杜撰さも指摘(もっとも、wikiで記されている内容は、いかにも「出来のよくない百科事典」なwikiらしいというか、屁理屈的な記述もあり決して100%鵜呑みに出来ないが。)されています。しかし、WBC等でもナショナリズムを煽られている現在ですが、より「国家とそれが掲げる『正義』の元に生きる人間の在り方」などに鋭くメスを開いた、手塚治虫晩年の名作である事には変わりありません。

この作品の主人公の一人はアドルフ・カウフマンで作中の記述に従えば、彼が生まれたのは作者・手塚治虫と同年の1928年(昭和3)で、死亡したのが1973年の第4次中東戦争のさなかでしたから、満45年の生涯でした。その生涯はまさに「血塗られた生涯」だったというべきか、彼は実に多くの人間を殺傷していたのです。

アドルフの父は、アドルフが「ヒトラーはユダヤ人なのか?」の好奇心からくる質問に興奮し、無理をしたためにこじらせていた肺炎が悪化して死亡しました。彼の部下であったミッシェは、ヒトラーユーゲントに入学させられるのを嫌がり、逃亡しようとしたアドルフを捕まえ、「ヒトラー=ユダヤ人」の紙切れを書いた人間(その人間はアドルフ・カミル)を吐かせようとした所、故意ではなかったとはいえ、橋から転落させられて死亡(?)しました。

ヒトラーユーゲントがユダヤ人弾圧にかかわったというのは、フィクションですが、エリザ一家のゲットー送りにも関わったし、恋心を抱いていた故に唯一友人のカミルのいた神戸に逃がすことの出来たエリザも後に彼に強姦されています。この時とほぼ同時期にカミルの父も射殺しています。中国人のスパイともガチンコの殺し合いを演じました。第2次世界大戦の敗色が濃厚となる中で起こったヒトラー暗殺未遂事件での容疑者狩りでは、ユーゲント時代の悪友・フリッツを冷酷に見捨てています。このフリッツは、カウフマンがエリザに恋心を抱いてデートしたのを写真にとってカウフマンをユスった過去があり、結局口止め料をもらう事で、カウフマンは交際をばらされずにすんだのですが、その為に後に全く逆の立場になってしまったのはまさに皮肉でした。「砂漠の狐」と連合軍に恐れられたロンメルの殺害は拒否しましたが、その為に左遷されたポーランドでユダヤ人を収容所送りにしようとした際、バイオリニスト、ユーリー・ノルシュティンを射殺しました。しかし、その後しばらくその亡霊に苦しめられる事となりました。

左遷されていたのを見かねていたランプの勧めにより、「ヒトラー=ユダヤ人」の秘密文書及びそれを知る人間(峠など)の抹消をせんと日本に戻りましたが、そこでも母と再婚していて、義父となっていた峠草平のみならず、エリザとすでに出来ており、強姦された事に怒ったカミルをぶちのめして、母・由季江に勘当されました。そして、その後もなお秘密文書を手に入れる為に、ハムエッグ(赤羽元特高刑事)とグルになって、峠だけでなく、カミルと小城先生(峠の弟の恩師)をも拷問しました。直後の空襲を経て、由季江の知り合いであった本多大佐の息子(スパイであることがばれて、父大佐に射殺される。)が持っている事を知って、文書を手に入れましたが、ヒトラーはすでに自殺(作中ではランプに射殺される)していてタイムアップでした。

日本を出て、パレスチナに潜入し、パレスチナ解放戦線の組織に入った後も、家族を(間接的に)イスラエルの軍人となっていたカミルに殺された事に激情し、組織を脱退、その仲間を殺してまでもカミルとの決戦に挑んだのですが、敗北しました。45年の血塗られた生涯を閉じたのですが、ここまであげた登場人物はあくまでごく一部であり、その被殺傷者リストはもっともっと長いものになるのは想像に難く無かったです。

こうしたカウフマンが辿った生涯こそ、文庫版第2巻での解説でも、萩尾望都氏も指摘していましたが、「『国家』という人間が生きる基盤が振りかざした『正義』に振り回された故の悲劇」と言え、彼はついにそうした正義と決別できないままその生涯を終えてしまったのですが、そうした悲劇をいっそう引き立てていたのが、ヒトラーと愛人エヴァとの会話をたまたま盗み聞きして、ヒトラーも実はユダヤ人である(史実では否定されているが。)事を知ってしまったエピソード、狂気からナチスドイツという国家に尽くしていたロンメル等を抹殺してしまった事に対して疑問を持つようになったエピソードなどだと思います。

このように彼は確かに「ナチスドイツ」からしか正義というものを教わっていなかったのだけど、それと決別するチャンスも決してなかったわけではなかったのです。日本に渡る途中の北極海ではまた、これまで多くのユダヤ人等の命を奪ってきたことに対する良心の呵責に悩まされたシーンも描かれていました。

しかし、結果的にそれはカウフマンの心をほんの少し揺り動かした程度に過ぎなかったのです。実際、日本に帰った後会った峠に対しては、「アーリア人=選ばれし民族。日本人=二流民族」とハッキリ見下しましたが、これは彼本人の意見ではなく、ヒトラーの「我が闘争」での思想のコピーに過ぎませんでした。後に母・由季江が空襲で植物人間になってしまったことを知った直後、その峠を「この世で一番愛していた肉親を奪い、瀕死の重傷を負わせた。」と責めていましたが、もし本当にそうなら、勘当された際彼は彼女ではなく、ドイツを捨てるべきだったのです。そして、彼女を必死に守るべきだったのです。結局彼は言ってる事とは違い、母親よりも国家の方が大事であり、峠への弁は独り善がりな逆恨み(まあ、親を戦争で失った事の無い自分がこんな事を言うのもなんだけど。)だったのですが、この「母との決別」もそうした「ナチスドイツ」しか正義を教わらなかったゆえの悲劇でした。そして、そうした『正義』の正体に気づいた時は「既に時遅し」だったのですが、沢山の人間を巻き込み、殺傷してきた彼があのような最期をとげたのはまさに必然的だったと言えたのです。

実の所、感情移入が可能だったのは、狂言回しの役だった峠草平でした。弟が政治活動をしていた事から、ヒトラーの秘密文書に関わる事になり、肉親や職を失うばかりでなく、心身に障害を抱える事となりましたが、スポーツマンらしく持ち前の運動神経も活かして、粘り強く『戦争』という『国家』と『国家』の正義のぶつかり合いの元に行われた殺し合いの時代を生き抜きました。その結果彼は、障害は残りながらも「3人のアドルフ」よりも長生きし、「良き時代の生き証人」となったのです。ランプの娘・ローザを強姦したシーンについては、批判の声もあるようですが、肉親(弟)の突然の死亡など峠の葛藤が掘り下げられていて興味深いものがありました。

確かに、前述したように時代考証が杜撰な所があるのも無視できないし、手塚作品を全て手放しで賞賛するつもりもないけど、作者・手塚治虫が訴えかけたかったものなど、この作品は現在もなお、異彩を放っているといえるのではと思います。そしてそのさらなる完成形が「グリンゴ」だった筈だったのですが・・・・・・・・・・

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