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2009年1月

2009/01/29

「ロックマン&フォルテ」とそのテーマなど

「ロックマン9 野望の復活!!」で正史認定された「ロックマン&フォルテ」の存在価値はフォルテがプレイヤーの手で使用できる。これだけです。

難易度は2や9と並んでトップクラスに位置し、「ロックマン」というゲームは元来「死んで覚える」アクションゲームだから、それ自体に目くじらを立てるつもりはありません。ところが、終盤のキングステージではボスとの連戦等とにかく詰め込んでしまえという感があったのは否めません。要するにバランスを欠いていたという事です。

また、難易度が高いという事は特殊武器の好活用やパワーアップパーツ等の開発が鍵となってきますが、その特殊武器、燃費が悪いのが不満でした。パワーアップパーツでいくらか良くする事は可能ですが、これもまた「新要素を免罪符とした理不尽に感じられる制限」というシリーズが抱えてきたジレンマの一つです。

CDコレクションも、他のシリーズには見られなかった、毛色の違った要素でしたが、これも折角苦労して集めてもそれに見合ったメリットはありません。

BGMも相変わらず低調でした。ボスバトルのそれは、普通に「ズレていて、ダサい」代物に過ぎなかったし、テングマンやバーナーマンのそれも、全然ボスやステージのイメージに合っていません。「やる気の無さ」が大いに感じられたというべきでしたが、唯一の例外はコールドマンステージのそれ。でも、これは事実上の第2面(1面はオープニングステージ。)だしねぇ・・・・・・・・

新ボスのキングもキャラクターが全然浅くて、バラードやサンゴットのような名優にはとてもなれなかった、つまらないボスでした。ワイリーも、流石は天才科学者というべきなのか、この頃になると、高度な思考回路を持つロボットを製作できる(そういえば、この頃既にゼロの開発も始めていたか。)ようになり、副作用として彼らはワイリーのいう事を聞かなくなったのだけど、キングもその一人で、「なぜ、我々ロボットは劣等である人間などの為に働かなくてはならないのか?」「何故、仲良くすればいいはずなのに、ロボットはロボット同士で戦わなくてはならないのか?」本作にはそうした、続編の「ロックマンX」シリーズにつながる、「人間社会におけるロボットの在り様」がテーマとして描かれていた・・・・・・・筈なのですが、それにしては中途半端過ぎるのです。実はこれは本作で最も駄目な点なのですが、①何故SFCが対応ハードだったのだろう?②何故「ロックマン9」として製作せず、「8の外伝」として製作したのだろう?③何故やっと9作目でこのような「テーマ」を打ち出したのだろう?④何故キングをラスボスにしなかったのだろう?⑤何故去年「自称」続編の「ロックマン9」が登場したのだろう?これだけの疑問点が浮びます。

①は「PS・SSに移行してしまった事に対するお詫び」と釈明したけど、結局は「自分達のやる気の無さに対する言い訳」なのではです。ちゃんとPS・SSで発売すべきだったと思います。アニメーションは無くても全然かまいませんが。「ロールヒロイン化」を悪い意味で助長してしまった様だし。

②は①でも少し触れたけど、言い換えれば「そもそも『8』は外伝作るほど存在価値のある作品だったのか?」という事です。自分は正直「ノー!!」ですね。「8」の所でも述べた様に同作は名作どころか寧ろ、「『ロックマン本家』シリーズの現在に至るまでの迷走を決定付けた迷作」であるからです。

③は要するに「そういうテーマは『ロックマン7』で使うべきだったんじゃないの?」という事です。「7」もフォルテのデビュー作という以外存在価値は感じられないですが、彼は「5」か「6」でデビューさせるべきでした。

⑤は③でも言及したテーマの下、ストーリーが展開するのならそれはロックマンとワイリーの宿命の対決ももう終盤戦と言う事なのです。実際、これとほぼ同時期であろう、「ロックマン2 ザ・パワーファイターズ」でのフォルテEDでは99%ワイリー製であろうゼロの存在が仄めかされてました。ところが、本作では中途半端に終わったまま、ファミコンシリーズPS復刻版も、15周年記念のはずのGBAリメイク版も「やる気の無さ」ばかりが目立ち、ますます衰退し、その閉塞感からファンはますます「ロックマン2」への異常なほどの神聖視に走り、その結果全くいびつな産物である「ロックマン9 野望の復活!!」が誕生したのです。しかし、「9」でのライトナンバーズはスクラップにされる運命にありながらも、まだまだ人間のために働きたいという意志を持っていて、人間の為に働くのを良しとしなかったキングとは本質的に異なる存在です。EDで正史認定されたと言うけど、それ故に余計本作は浮いた存在になってしまったと言えるのです。フォルテの設計図が見られたのもかなり不自然だったし。まあ、「9」はそのフォルテ以上に浮いている、全く悪い意味で異質な存在ですが。私から見れば。

前述のゼロを主人公にした「ロックマンゼロ」シリーズの4作目、「ロックマンゼロ4」について、某所で「作り手の情熱が感じられるが、それが過ぎてプレイヤーから見れば堅苦しく感じられるシリーズ」と評していた人がいました。確かにそういう作品も万人受けは難しいでしょうが、この「ロックマン&フォルテ」のように「作り手の情熱」があまり感じられない作品も困り様です。実際、料理をちゃんとうまくやっていれば、「本当の意味」で名作になれる可能性だったあったのです。「8」の悪い点もほんのちょっぴりは改善されてはいたし。でも、やはりこの時点で「シリーズの迷走」という歯車は止められなかったのかもしれません。

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西武新ユニフォーム

HPで西武ライオンズの新ユニフォームを見ましたが、タンパベイレイズ(旧タンパベイデビルレイズ)に似た、シンプルなデザインは悪くは無いでしょうね。そういえば、レイズにも在籍した西武OBの某投手もいたけど・・・・・・・・今年から変更されたチームカラーは西鉄と西武の融合で、西鉄は巨人陰謀説もある「黒い霧」事件で、その末期は悲惨だっただけにこうした「歴史の共有」というのは、最近のプロ野球では数少ない「良い事」ですね。ただ、優勝した次の年にユニフォームを変えたチーム、他に昭和35年の巨人、57年の日本ハム(但し、この年のパリーグは2シーズン制で、ペナントレース通算では1位。)とかがあるけど、いずれもリーグ優勝できなかった。西武も去年はデーブ大久保の不祥事や黒江コーチの退団など暗い話題も見られたけど、さあ、どうだろうか・・・・・・・・・

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2009/01/27

「ロックマン8」とロールヒロイン化の進行

「ロックマン8」はようやくプレイステーション・セガサターンに進出したシリーズ8作目ですが、「ロックマン」シリーズの迷走を決定的なものとした「負の遺産」となってしまった様に自分からは見えます。なぜかそう思うか?それは1の所でも述べましたが、「ロールヒロイン化」が蒋介石の言う「軽い皮膚の病気」から「重い心臓の病気」へと進行したからです。

そもそも、ファミコン・ゲームボーイ時代までは登場しても、1シーン程度(番外の「ロックボード」は例外だが。)の登場でした。ところが、7では特殊武器ゲットの際、ロックと、全くピントがずれたやり取りをしていて、この時点で「どうしたんだ!?カプコン?」と突っ込まずにはいられなかったけど、この8では、アニメーション導入に伴い、彼女の衣装はそれまでのワンピースから、アニメを意識した衣装にモデルチェンジされ、ロックマンのサポートに尽力する等さらに出番が増え、さらに「ヒロイン化」されていったのです。

この「ヒロイン化の進行」について、あるファンの方は以下のような考察をされていましたが・・・・・・・

「度重なるワイリーの世界制服を阻止すべく、幾度も戦いに向かった兄ロックが傷つく姿を見て、何もできない自分(ロール)が辛く感じるようになり、いつしかその良心回路はそのジレンマに過負担をもたらす事となった。ワイリー7度目の世界征服と相成った『ロックマン7』でのロックとの会話などのエピソードはその表れであり、おそらくそれを見たライト博士がハードディスクの交換を施し、かくして新型ロール・ライトが登場したのである。」

「『ロックマン』シリーズもロールちゃんも20年間愛され続けている。これまで長い間ファンの新規開拓をしながら愛され続ける事は大変な事である。だから、ロールも彼女の設定そのものが変わってきたが、それはその時代にはその時代にあったキャラクターが必要と言う何よりの証明である。」

確かに一理ある所もあります。こうした「ゲーム本編には描かれていない、ロールの心の葛藤」があったのは想像に難くなく、ファンの単なる妄想では決して無い事は私にもよく分ります。もう一つの「時代にマッチするキャラクターの存在の大切さ」という考え自体も正論です。

しかし、そうした葛藤の描写も、キャラ自体の存在も許容されるのはあくまで「その登場ゲームをプレイする上での本質を崩してはいけない」範囲にとどまります。20年間愛され続けているといっても、一方のアクションゲームの雄、「スーパーマリオ」シリーズは実写映画版の失敗や任天堂自体の、プレイステーションなどの登場による後塵拝し等もありましたが、今なお任天堂はその技術力等を活かし、数多くの「本当のプレイヤー達」を魅了してやみません。

「ロックマン」シリーズはどうか。本当の「栄光の時代」は、大作の一つ、「ロックマンワールド5」や本家1~3までを纏めてリメイクした「ロックマンメガワールド」がリリースされた、平成6年までの7年間に過ぎないと私は思います。それ以後は次第に迷走している印象しか感じられませんが、それはカプコンがこうした本質を崩してはいけないというルールを忘れ、「ロックマン2」への必要以上の神聖視等ファン共々あさっての方向に向いてしまったからであります。「ロックマン」は断じてヒロイン萌えゲームなどではない。人類の平和の為に戦うロックマンの姿を見ながら、「覚えるたびに巧くなる」醍醐味を知らしめてくれる名作アクションゲーム(の筈)と確信して疑わないですが、ロールの方が「本当の8の目玉」キャラであった筈のデューオより存在感があったなんて、普通に考えればおかしい話でしょう。「複数の役者が一人の芸名を共有している」というのは流石に過大評価ですが、小杉十郎太氏の好演(彼の他に、主演の折笠愛氏等声優陣は全体的に及第点だったと思います。ライト博士役の飯塚昭三氏や、フォルテ役の檜山修之氏みたいに声質的にややあってない方もいましたが。)が無ければ、もっと空気キャラになっていた可能性だってあったのです。そう言えば、セガサターン版のみに登場したカットマンとウッドマンも、BGMアレンジはやる気ないわ、声優は棒読みで下手だわとほんとに取ってつけただけな追加要素(しかも、ウッドマンは何故かしゃべり方が力士風だったし。)でしたが、ロールに力を入れる余力などあったのなら、デューオを「謎のロボット」という、ブルースと被る設定などにしないで、当初の構想どおりコサック博士製作という設定の下、真面目にキャラを掘り下げていくべきだったのです。そうでないと小杉氏も報われないと言うか、非常に失礼な事なのです。

しかし、現実は今は亡き鈴置洋孝氏のTVCMナレーションも功を奏さず、アニメーション・主題歌・声優・新キャラ等と「名作となる素質がありながら、それらを活かしきれなかった迷作」となってしまったのです。ゲーム自体も、エネルギー缶等が一時廃止されてしまいましたが、中間ポイントを超えれば武器エネルギーが全回復したり等それらが無くてもクリアできるような難易度の調整等配慮されてました。しかし、ラッシュはストックアイテムみたいになってしまって、6ではチャージショットを強化しすぎた様に、今作ではまた彼を強化しすぎた反動が表れてしまいました。(ラッシュボンバーやラッシュチャージャー等初心者救済策があったのも無視できなかったとは言え)特殊武器は個性は強かったけど、決定打としてはもう1つ弱かったかも。ロール声優の小西寛子氏は21世紀を待たずに表舞台から姿を消しましたが、「ロールヒロイン化」の悪影響は今もなお、少なからずカプコンやファン等に垣間見られます。ロールには恨みはないけど、どうも力の入れ所がズレている様に見えます。

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2009/01/26

審判は敵?

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/sports/darubish_yu/?1232944212

球界を代表する、スーパー投手・ダルビッシュ有の、WBCに臨む際のコメントが載せられていたが、見出しを見た瞬間、あの2006年第1回大会の審判・ボブ・デービッドソンに対する皮肉かと思わず勘ぐってしまいましたね。(苦笑)

WBC監督は北京オリンピックで失敗した星野か?それとも・・・・・というのがしばし話題となったが、これも「正常な指導者教育」をしっかり行ってこなかった球界に対する警鐘の表れと言えるのでは。そもそも短期決戦に弱い星野をオリンピック監督にしたのが間違いの元だったのだが・・・・・・・・WBCで何処の国が勝とうが正直興味は無いけど、ダルビッシュには頑張って欲しいとは思いますよ。

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2009/01/25

「ロックマン7」とその存在意義

「フォルテのデビュー作」。「ロックマン7」の存在意義はほぼこれだけと言っていいでしょうそもそもスーパーファミコンというハードへの移行がすでに「時遅し」でありました。

平成7年3月といえば、もうセガサターンやプレイステーションが登場するかしないかの時期です。その新キャラ・フォルテのデビューもやはり「時遅し」でありました。彼はロックマンのライバルキャラとしてそれなりにキャラが立っていたから余計そう思うのであるが、もう一人の新キャラであるライトットは、オープニングステージ前のデモで笑えないボケをかます等完全なる場違いな存在でした。キャラクターと言えば、「ロールヒロイン化」が見られるようになったのもこの頃からです。とはいえ、この7ではまだそれほど酷くは無い。かって、日中戦争直前まで国共内戦に血道を注いでいた蒋介石は日本の侵略を「軽い皮膚の病気」、共産党を「重い内臓の病気」にたとえていたが、この時点ではまだ前者程度のレベルだったのです。今から思えば、このライトットは相対的に見て、8以降のロールよりはまだマトモな存在に見えます。あくまで、8以降のロールと比べた場合であり、特殊武器ゲット時にも見える、やり取りのセンスの無さには正直乾いた笑いしか浮かびませんでしたね・・・・・・・・

ゲーム面では、チャージショットのダメージを2に減らしたのはいいとして、ラッシュの合体を更に強化してしまったために、特殊武器の、悪い意味での異質さが更に目立った格好となり、より存在感が薄れてしまいました。新ハード・キャラクター・ゲームシステムいずれも選択を誤った格好となってしまった「ロックマン7」、私から見ればこれ以降の「ロックマン」シリーズはファミコン・ゲームボーイシリーズとは全く異質な代物に過ぎないのでありますが、さらに性能の高いハード、セガサターン・プレイステーションに移った形となった次回作が「ロックマン」本家シリーズ迷走を決定的なものとしていったのです。

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「ロックマン6」とその限界点

「ロックマン6」はファミコン版最後のシリーズであったが、ラッシュとの合体が目玉でした。しかし、それ以外の部分が、丁度開発が「ロックマンX」とほぼ同時期という事もあってか、おざなりにされてしまった印象でした。設定上は「ハイパーロックバスター」を装備する等パワーアップしていた筈が明らかに弱体化していたり、特殊武器が迫力感に欠けたり、今回の新たな黒幕ミスターXも結局はワイリーの自作自演でしかなかったり等等であります。この6から所謂「プレイヤーを惹きつける香辛料たり得る新要素の副作用としてのジレンマ」に悩まされるようになるのであるが、残念ながらもう既に前作の「5」で、技術が発想に追い付いてしまったと言えます。6でのこうした躓きも「ロックマン」シリーズを駄目にした大きな要因の一つです。

そういう事を冷静に考えれば、昨年登場した「9」で「ファミコンの新作」として、ファミコングラに戻ったのも、「ある意味斬新であるが、それだけ。」に過ぎません。ニコニコ動画では、6の改造版「史上最低の戦い」も見ることができるが、易化傾向にあった難易度がやや高めに設定されていたり、特殊武器が改良されていたりとハッキリ言ってオリジナル以上の良作に仕上がっています。正直「2」の改造版ばかり氾濫しているのにウンザリさせられているというのもあるのだが、こうした「良い所はそのままに悪い所を真面目に改良した」改造版こそもっと注目されて良いと思うのですが。そもそも、平成11年に「PS復刻版」シリーズを出す時点でこのようなリメイクをすべきだったと思うのだが、その復刻版は1作ずつ、中身を無理やり豪華そうに見せてファンに売りつけた代物でした

こういう、所謂「やる気のなさ」(が感じられると思ったら、この6の場合、「タツノコVS.CAPCOM」では今や犯罪者と化した小室哲哉氏の元嫁の方が歌っていたロールのテーマ曲「風よ・・・伝えて」をスタッフロールの後に何故か聴ける等力の入れ所がずれてるだろと突っ込みたくなるような代物だったのだけど・・・・・・)も今から見れば、シリーズの大きな分岐点だったように思えてなりません。しかし、現実にはネットの進む普及も相まって、私から見れば、ファンのアレ以外の何物でもないように見える、「思い出は億千万」や「エアーマンが倒せない」等の妙な組曲や多種改造作品の氾濫等「2」への神聖視はますます進み、それは「ロックマン」シリーズをいっそう駄目にしてしまっているのであります。

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「ロックマン5」と特殊ステージなど

「ロックマン5」はシリーズ中最も難易度の低い作品(とはいえ、購入初日のクリアはできなかったが。)ですが、ただ難易度が低くなったというわけではなく、特殊ステージ(重力、水中バイク、宇宙)やFCのスペック内での限界までの挑戦の賜物であったワイリーボスと「作り手」の意欲が大いに感じられた事には代わりは無かったし、BGMもクールなものが多く、そのクオリティはシリーズで3本の指に入るでしょう。前者は、原曲はどれもハズレがなく、これは普通に「凄い事」だったと思うのですが、PS復刻版でのアレンジ版は全体的にイマ一つだったのがちょっと残念でした。テレビCM曲にもなったナパームマンは、原曲の緊迫感が殺されていたし、クリスタルマンも悪くはないが、水晶の神秘性とかが全く無くなっていました。ウェーブマンステージも最初のメロディ、南国トロピカル調なのはちょっと違うぞと・・・・・・・・ボス決定・特殊武器ゲット・パスワード・グラビティーマン・ワイリーマシーン&カプセル戦・スタッフロール等好アレンジなのも勿論数多くあったけど・・・・・・・・・

後者についても、ニコニコ動画等の動画共有サイトでは改造版は「2」のものが大半で、それが過度の神聖視を産み、現在に至る「迷走」の大きな要因の一つになってきたと言う事は何度も述べてきたが、「グラビティーマンの罠」なる5の改造版も存在するようです。難易度的にかなり鬼畜で、8ボスステージ全て重力反転があるばかりでなく、クリスタルマンステージでは勝手にロックマンの体力が減少したりする場所が存在したり、スターマンステージではクイックマンステージのビームとの組み合わせ、ジャイロマンステージでは目の前にボスへのシャッターが見えるも、棘等に阻まれて普通にそこから行く事はできず、遠回りの形で、そこに辿っていく等ビームは別にして、結構面白い趣向が見られている改造作品だと思います。こういう別シリーズの改造版ももう少し注目されてもいいのでは?と思いますが・・・・・

確かに初心者入門用的な内容で、上級者の方には物足りなく感じられたのかもしれませんが、だからこそ、PS復刻版等が出た時リメイクのし甲斐があったもとも言えると思うし。あと、説明書でワイリーステージの存在をばらしてしまった事、これはジョジョの荒木先生風に言えばまさに、「大人は嘘をつくわけではありません。間違いをするだけなのです。」なのでしょうかね・・・・・・・・

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「ロックマン4」と特殊武器など

「ロックマン4」は、ワイリー1回目の世界征服の際、ロックが自ら志願して戦闘用ロボット「ロックマン」に改造されたバックストーリーが公開された事からも「『ロックマン』シリーズのもう一つの原点」のシリーズと言えます。

新たに追加されたチャージショットと特殊武器の兼ね合いがよく取れていた、ナンバリング作品では1,2を争う名作だと思いますが、その特殊武器は「2」の強化版な趣の武器が多いのが特徴でしょう。フラッシュストッパー、ファラオショット、リングブーメラン、ドリルボム、スカルバリアが該当すると思うが、リングブーメランはワールド4では威力が低下した代わりに燃費が向上し、アイテムを回収できるようになりました。また、スカルバリアはワールド3ではエネルギー弾に限り、3発まで防げる(ワールドではこれがないと、ダイブマンを倒すのはきつい。)事ができ、ファラオショットは、アーケード版2作目ではファラオウェーブという、ロックマンの前後にいる敵にチャージなしで攻撃できる武器に変わったが、いずれもこうした変更は正しかったと思います。もっと言えば、ドリルボムも、後の「ロックマン&フォルテ」のグランドマンの特殊武器のような性能でも・・・・・・・

この他、「自称」最高傑作である「2」を意識した所といえば、隠しサポート武器のバルーンやBGMが、ボス決定・勝利ジングル・スタッフロールが2のアレンジ版に戻った事等が挙げられ、3と共にそういう所が見られながらも、シリーズならではの「色」を出せた名作としての評価を受けるに至ったが、皮肉な事に「3」、「4」のそうした成功もより「ロックマン2」への絶対的な神聖視に繋がってしまったとも言えます。

また、4のもう一つの目玉として、ミハイル・セルゲイビッチ&カリンカ・ミハイロヴナのコサック博士父娘の存在も挙げない訳にはいかないでしょう。PS復刻版で娘のカリンカがナビゲーター役を務めたのは、本来のストーリーと矛盾してダメでしたが、彼等はもう1作ナンバリングシリーズに登場させても良かった気がします。まあ、パパの方は「5」では、PS復刻版のみ登場していましたが。有賀ひとし先生の漫画では、彼等は準レギュラーを務めており、私は彼のアレンジを全て肯定するわけではないですが、コサック父娘準レギュラー化は「良いアレンジ」だったと思います。

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コンビニに・・・・・・

昨日夜は、東京まで行って来たが、その帰りの25時20分ごろ、埼玉県越谷市県道161号沿いのコンビニに白いワゴン車が突っ込んだ事件を目撃してしまった。こういう事件はニュースとかではよく耳にするけど、実際にお目にかかったのは初めてでしたね。貴重な経験なのかどうなのかは分らないけど・・・・・・・

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2009/01/24

「ロックマン3」と池原版など

昔、「コミックボンボン」で池原しげと先生の漫画版が連載されていました。本家では最後の「アトム型ロックマン」(池原先生はあの手塚治虫の弟子でもある。)が見られた、「ロックマン5」の後、2(確かサブタイトルは「Dr.ワイリーの野望」だったと・・・・・)が連載されたのは不自然で、ここにも「『2』への過大な神聖視」の悪影響が垣間見られたが、それ故に、より不自然なものとなってしまったのが、この池原版における「ロックマン3」の位置づけであります。

池原版「ロックマン」は連載開始されたのが平成3年頃という事もあってか、1や2の前に4が連載されたが、そのオープニングで3のボス達が登場してきて、ロックマンに撃破されてしまうのです。しかし、2みたいに漫画化される事はなく、結局池原版で本格的に戦ったのはワールドの方のみでした。池原先生は「ロックマン3」でボスキャラ応募したが、採用されなかった事があるらしく、結局7までのシリーズでこの3だけが漫画化されなかったのもそうしたルサンチマンがあったからなのだろうか?

3のゲーム性についても、「2に比べて、BGMがパワーダウンした。」という声も聞くが、私はそうは思いません。テレビCMでも使用されたスネークマンは所謂「神曲」と言われているが、そのほかにもボスキャラ応募特別CDでアレンジ版が聴けた(ニコニコ動画でも聴く事ができる。)スパークマンや、ジェミニマン・タップマンとかも名曲だと思うし、ステージセレクトやワイリーボスも「3ならではのドラマを盛り立ててくれた」、緊迫感あふれる曲で、ワイリーステージ3も「いかにも戦いは終盤戦」という感じがして、「2」に負けず劣らず良いBGMが揃っていたと思います。「思い出は億千万」?生憎私が2のBGMで好きなのはワイリーステージ1よりもフラッシュマンの方なのですが。

しかし、そういう印象をもたれるのも無理が無い所もあると思います。というのも、PS復刻版ではアレンジBGMが聴けるが、3は全てアレンジONではないばかりか、そのアレンジ振りもシリーズ中最も駄目だったからです。まあ、あのアーケード版の使いまわしだったのですが。ステージセレクトは原曲のような緊迫感が殺されていたし、ジェミニマンも少々静かすぎる。タップマンやマグネットマンに至っては、それぞれ7のオープニングステージ・クラウドマンステージのそれである。いや、確かにこれも名曲ではあるけど・・・・・・・・あと、BGMと言えば、ドクロボットとの戦闘BGMを2のボス戦闘BGMにしなかったのも、カプコンにしては賢明な判断だったと言えるが、こうしたPS復刻版におけるアレンジの駄目っぷりも、少なからずいびつな「ロックマン2への過度の神聖視」に貢献してしまったと言えるでしょう。もっと言えば、全員2ボスの「亡霊」としてのドクロボットを登場させなかった方が良かったのではなかったかと思えるのですが・・・・・・・・・例の「ロッテリア」はって?勿論駄目です。そうしたロックマンのポーズこそ、2でやれば良かったじゃん。元々2のカセットイラストでのポーズだったのだから。

【追記】(※平成21年12月編集。)

wikiで見たら、池原版は1ではなく、4の方が先に掲載されたのですね。私が勘違いしていましたが、その部分を訂正させていただきました。申し訳ない。

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農林漁業に追い風?

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/employment_measures/?1232784536

今、農林漁業への就職希望が殺到しているらしいです。前々から、日本の食料自給率が先進国最低クラスである事を「よからぬ事」と思っていたから、ニートとかフリーターの人とか本人が嫌じゃなければ、こういう職業につかせてあげればいいのではと思っていたけど・・・・・・・・私の地元は茨城ですが、やはり求人が著しく少なくなっています。私の職業は製造業だが、ハローワークで検索すれば、例年この時期は少なくとも30件前後出てきます。しかし、この不況で一日の求人数は多くても10件台です。今年は戦後最悪の不況年になりそうだが、果たして大統領に就任したオバマはこの日本も含めた「世界的大不況」にどのように対応してくれるか。イラクやアフガンで戦争なんかしている場合なんかじゃないと思うが・・・・・・

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今更ながら・・・・・・

ヤクルトがユニフォームを変更したようで。ビジター用はライトグレーっぽく見えたが、これでセリーグは上下ツートンユニフォームの球団は中日と、今年やはり新球場元年という事で変更した広島だけとなったようで。日本もMLBみたいに上着の色をチームカラーとしたユニフォームはオルタネートユニフォームとして扱えばいいのにとつくづく思います。勿論何でもMLBの真似をしていいというわけでもないけど・・・・・・・・特に薬物は・・・・・・・・・・そういえば、来週28日は西武も前身の西鉄のチームカラーと融合させたチームカラーのユニフォームを「出陣式」なるキャンプ直前イベントで披露するらしいが、どうかね。あまりダサいユニフォームじゃなければ・・・・・・・

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「ロックマン2」とその神聖視

昭和63年に発売された「ロックマン2」は確かに名作であり、「ロックマン」シリーズの出世作となりました。と同時に結果論であるが、後のシリーズ迷走の大きな原因の一つともなりました。

完成度の高いゲームシステム、戦闘的な8ボス、絶大なインパクトをもたらしてくれたワイリーボス達、センスのいいBGM、そして「戦いの虚しさ」を伝えてくれるあのED等・・・・・・・・・当時のカプコン開発陣の手腕は見事なものでした。しかし、カプコンも、そしてファンもこの「ロックマン2」を必要以上にシリーズの中で大きく位置づけ、神聖視することになってしまいました。とはいえ、「ロックマン3」と「ロックマン4」まではそれが良い形で現れていたから表面上はまだ良かったのです。それぞれ、ドクロボットとしての2ボスとの再戦・特殊武器の強化版と3・4ならではの色も出せたから。しかし、それ以降は・・・・・・・you tubeやニコニコ動画では「思い出は億千万」や「エアーマンが倒せない」及びその派生組曲等が氾濫しているが、自分には正直、「住んでいる世界が違うのではないか。」というか、妙な組曲にしか感じられません。億千万って、郷ひろみかよ。(好きな方には申し訳ないが。)いや、ファンが「ロックマン2」を単にシリーズ最高傑作と位置づけているだけなら何ら問題ないのです。人の好み自体はその人の勝手だから。問題は彼らが前述の組曲や2の改造版動画等をyou tubeなどで流し、知らない人にまであたかも「『ロックマン2』だけが特別な存在を持つ名作」だと印象操作している事、そして、カプコン自身までが「自称」最高傑作として位置づけてしまっている事等であります。

「自称」最高傑作とはPS復刻版の説明書に見えたのだが、そこまで位置づけるぐらいならなぜ、例えばBGMアレンジが一部しか存在せず、しかもアーケード版の使い回しなのだろうか?「思い出は億千万」のワイリーステージ1等だけでなく、全てオリジナルアレンジBGMを使用すれば良かったのでは?ちなみにヒートマンステージBGMのそれは、アーケード版使い回しよりも、テレビCM版の方が良かったと思うけど。また、復刻版といえば、カバーイラストにロールがいるのも少々不可解であるが、作り手が特定のシリーズを「最高傑作」として位置づけている事がそもそもおかしいのです。「ロックマン2はカプコンも認めるほどの最高傑作という事」と受け止めているファンもいるが、私はそうは思いません。

2が史上最高傑作=その後の、3~フォルテ(9EDで正史認定)の7作は2に遠く及ばない→私達「作り手」は、結局無能でしたと半ば公に認めているようなものだからであります。現実には「ファンを惹きつける為の香辛料」としての新要素が理不尽な制限を産む等のジレンマがあり、それはアクションにとどまらず、続編を作り続けるのならあらゆるジャンルが抱える「宿命」のようなものであるが、そうする以上、前のシリーズを越えようとする志を持つ事は「作り手としての義務」なのでは?実際、ファミコンシリーズは段々難易度が易化していったわけだけど。

ロックマンと並ぶ、代表的なアクションゲームシリーズ「スーパーマリオ」シリーズでも「スーパーマリオワールド」はロックマン2と同じくVIPシリーズや全自動シリーズなどよく改造版も見かけるし、「駅のホームですっぽんぽん」(苦笑)等の組曲も見られます。他にも「でっていう」、「さだまさし」、「日本テレコム」等(苦笑)等も半ばマリオワールドと同義語になっています。しかし、任天堂が「スーパーマリオワールド」は2Dマリオシリーズ史上最高傑作です!!とPRしたのなんて聞いたことないよ?「スーパーマリオブラザーズ3」を「ファミコン最高傑作」とは宣伝した事はあるけど。成18年に発売された「NEWスーパーマリオブラザーズ」もワールドではなく、「スーパーマリオブラザーズ1」と「スーパーマリオブラザーズ3」のオマージュが見られたけど、これは賢明な判断だったと言えたでしょう。

去年9月にダウンロード配信開始された「ロックマン9 野望の復活!!」は、ニコニコ動画に媚びた、悪い意味で異質な代物であり、同作についてはまた、日を改めて触れるけど、繰り返し言う様に冷静に見れば、ファミコン・ゲームボーイシリーズの中でこの「2」だけが突出していると言うほどのものでもないのに、カプコンもファンも「思い入れのフリをした思い込み」で「2」を無責任かつ過度に神聖視し、それが「ロックマン」本家シリーズそのものをますます駄目にしている事に全く気づいていないからです。「見かけだけ」は「ファミコンの新作」と宣伝した「9」が、私から見ればあのような代物となったのは当然の結果と言えたのです。

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2009/01/23

「ロックマン」と携帯アプリ版

今更説明不要な「ロックマン」シリーズ。去年9月には「ロックマン9 野望の復活!!」のダウンロードが記憶に新しいでしょう。「ロックマン」はその1作目であり、この時点で既に「名作」と呼べる資格を持っていました。しかし、携帯アプリ版(完全版)については、ハッキリ言って、条件付での「ロールプレイヤーキャラ化」はちょっと「?」でしたね。

野暮なツッコミである事を承知の上で言いますが、そもそも、彼女は特殊武器が使えない代わりに、試作型のチャージショットを撃つことが出来ますが、これは「ロックマンロックマン」でのロックマンにも言える事ですが、後のストーリーと矛盾しています。彼女にそれが出来るのなら、どうして次回作の「2」でライト博士はロックにチャージショットが出来るようにしなかったかの疑問が残るし、また、4のバックストーリーが台無しになってしまいますよ。「ライト博士の技術力は世界一ィィィィィィ!!!!」かどうかは知らないけど。彼女の出番はFC版同様最後のEDだけで十分です。

これも、後にも述べる事になる「ロールヒロイン化」の悪影響がこの携帯アプリ版にも表れているのではと言うか、要するに「余計な事をして、自分達が自ら作った名作を汚しかねない事はしちゃ駄目だよ。」という事なのです。そんなにロールちゃんをプレイヤーキャラにしたいのなら、次回作は「スーパーヒロインロボロールちゃん」でも作れば良いでしょうよ。(苦笑)マリオだって、「スーパープリンセスピーチ」という、ピーチ姫主演作あったのだし?私持ってますが。それとも、「ロックボード」でもリメイクすればいい。

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2009/01/22

ブログ立ち上げ

私の名はKIRA1994。KIRAは漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の吉良吉影、1994はSNKの有名格闘ゲーム「THE KING OF FIGHTERS 1994」がそれぞれ由来です。色々訳あって、無料ですが、ブログを始めました。色々興味ある事について書いて行きたいと思いますので、どうかお楽しみに。

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